うつ病ランキング
同性愛(ノンアダルト)ランキング
卓球ランキング



次の日、俺は勿論、平岸メンタルクリニックには行かなかった。行くもんか。絶対に行くもんか。


朝練して、授業中寝て、部活して、帰宅しての繰り返しだった。


朝飯と晩飯を食わなくなった。いや、少しだけ食う日もあったが、小さな子どもが食う量だった。

プロテインだけは飲んでいた。胃にも負担は少ないだろうし、筋肉を付けたかったから。


お陰で、吐くことは無くなった。






その次の日も、また次の日も、先生と話す事はなかった。

俺が無意識に避けていたかもしれない。

元々朝のHRで顔を合わせるだけで、俺が話しかけない限り、話す機会なんて初めから在りやしなかったのだと気付かされた。



そして、教育実習最終日が来た。


その日の、最後の眠れない、数学の授業中考えていた。



何を期待しているのだ。

話しかけられることをか?嘘しか言えないくせに?

話す機会が欲しいのか?教育実習生と生徒と言うあまりに薄い関係なのに?

何か言いたいのか?何をだ?

助けてほしいのか?どうして?


「辛いから。」


石川先生に?


「そう。」


なんで?


「信用しているから。」


なんで?


「石川先生の事が好きだから。」


好きだから?


「そう。好き・・・だから・・・」


お前は、男だろ?


「そうだ。」


石川先生も男だろ?


「あぁ。」


男が男を好きなのか?


「・・・」


それを言うのか?


「言わない。」


石川先生に辛い事曝け出して、なんで俺なんだって、思われないだろうか?


「きっと思う。」


他の人間じゃ駄目なのか?


「駄目だ。」


なんで?


「信じられないから。」


なんで?


「皆俺の嘘に気付いてくれないから。」


気付いてくれない?気付いてほしいのか?


「そうだ。」


嘘ついているくせに、嘘ついていることに気付いてほしいのか?


「・・・そうだ。」








なんて勝手な野郎だ。






「・・・」


石川先生は気付いてくれるのか?


「気付いてくれた。」


気付いてくれた?あれはお前が勝手にヘマしただけだろ?


「違う、俺は・・・」


石川先生がいなくなったらどうする?


「どうしよう。」


もうすぐいなくなる。その後どうする?


「どうしようもない。」


どうしようもない。


「どうしようもない。」


また一人だ。


「また一人だ。」


どうする?


「頑張る。」


頑張れるのか?


「頑張る。」


何の為に?


「・・・笑っていてほしいから。」


誰に?


「両親に。」


なんで?


「悲しませたら、いけないから。」


なんで?


「こんなに金かけさせて、良くしてくれてるから。」


そもそも、この北海高校にしたのは何故だ?


「卓球が強いから。」


卓球がしたかったのか?


「・・・」


卓球をしたくて、ここに来たのか?


「そうだ。」


卓球しかなかったんじゃないか?


「・・・」


卓球がしたかったんじゃなくて、卓球しかなかったんじゃないか?


「そうだ。」


他に何も無いから。


「・・・」


他には、なーんにも無いから。


「・・・」


これさえ無くなってしまったら


「何も、無くなってしまうから・・・」


なんで他に何もない?


「見つからなかった。」


どうして?


「分からない。」


淋しくはなかったか?


「・・・」


まだ小さい頃、恐い夢で目が覚めた時、お前はどうした?


「泣いて、両親の寝室へ行った。」


そしたらどうだった?


「そこには鍵がかかってた。」


そしてどうした?


「鍵を開けようと、硬貨を探した。」


見つかったか?


「見つからなかった。」


そしてどうした?


「どうしようもなかった。」


そしてどうした?


「部屋に戻って泣いた。」


どうやって泣いた?


「枕に顔を押し付けて、声を殺して泣いた。」


どうして?


「声を出して泣いたら、両親が起きてしまうから。」


起きてしまう?両親もとへ行こうとしたのに?


「そうだ。」


淋しかったのに、結局、余計淋しくならなかったか?


「淋しくなった。」


枕に顔を押し付けて、声を殺して泣いたって?


「そうだ。」


お前、それ、インターハイ予選前日にもしなかったか?


「・・・」


変わってないんじゃないか?


「・・・」


お前がずっと淋しいのは・・・両親のせいじゃないか?


「違う、俺が弱いからだ。」


じゃあ、病院行けよ。


「頑張って強くなるから、大丈夫だ。」


お前を育てたのは、誰だ?


「両親だ。」


じゃあなんでお前は弱い?


「・・・」


両親のせいじゃなかったとしたら、なんでお前は弱い?


「俺が悪いんだ、俺が弱いから。」


悪いのは誰だ?


「・・・俺だ。」


本当にそうなんだな?


「両親は悪くない。だって親父は町でも有名な良い人だ。お袋だって俺を大切に育ててくれた。それに・・・」


それに?


「他の兄弟は立派に育っている。」


そうだな。


「長女は気が強いけど、綺麗で要領が良い。」


あぁ。


「次女は親父そっくりで穏やかで、こんな子嫌いになる人間いないと言われていた。」


あぁ。


「妹は努力家で、友達も多くて、運動神経も良くて、スキー頑張ってるって。道大会にも出たって。」


あぁ。


「だから、俺も立派にならなくちゃ。俺も頑張らないと。」


何故?


「同じ両親のもとに生まれたのだから、俺も人から褒められないと。」


そうだな。もっと頑張らないとな。


「そう、だから頑張る。」


長女は勉強が凄く出来たが、お前はどうだ?


「・・・」


妹は友達がとても多いが、お前はどうだ?


「・・・」


次女の事嫌いになる人間はいないだって?じゃあお前の事を好いてくれている人はいるのかね?


「・・・」


お前には何がある?


「・・・卓球。」


それが、無くなってしまったら、何が在る?


「・・・」


卓球が無くなってしまったらお前には、何が在る?


「何も無い。」


じゃあ頑張るしかないな。


「あぁ。」


だって、それすら失くしたら


「他に何もないのだから・・・」





俺は、急いで立ち上がり、何も言わず、教室を出て、走ってトイレへ向かった。


また、吐いた。何も食ってないので、胃液を、何度も、何度も吐いた。



吐いていたら、涙が出てきた。



助けてほしかった。


もう、考える事も、答えを探す事もしたくなかった。


なんでこんな考えしか出来ないのか、なんで俺はこんなに苦しんでいるのか、原因を探すことももう、止めたかった。




結局俺は、原因を探したけど、人の所為にしたくないから、全部自分の所為にした。
全部俺が悪いのだと、俺自身が全ての原因なのだと思い込んだ。


悪いのは、全部俺。だから、頑張らないと。







数学の教師は恐いので、終礼が鳴るまで、トイレに閉じこもった。その間、何度も吐いた。




終礼が鳴った。HRがある、石川先生が最後の挨拶をする。俺はそれを見届けなければいけない。

最後の言葉が聞きたい。吐き気は無理矢理我慢だ。




教室に戻り、HRになった。




「では、最後に、石川から挨拶を。」



「えー、皆さん、4週間お世話になりました。

とても勉強になりましたし、正直大変でしたがとても充実した4週間でした。男子はあの事内緒な(笑)

この4週間、授業もしましたし、休み時間に皆さんと接する事がとても楽しかったです。教師という仕事の遣り甲斐と重要さを見つけました。ありがとうございます。

そして、僕としては一番印象に残っていることがあります。それは、北海高校は皆さんご存知だと思いますが、スポーツ校です。皆さんそれぞれ、部活を頑張っているでしょう。

僕はある生徒の部活を頑張っているところを見ました。僕には、それは、命懸けで頑張っている様に見えました。人生を懸けている様に見えました。

とても感動しました。とても強く、僕の実習なんかより、よっぽど頑張っていました。その姿を見て、教育実習に来て良かったと思いました。

大丈夫、皆頑張っているのは分かっています。これからも皆さんの未来に期待しています。

以上です。堤先生、皆さん4週間ありがとうございました!」



そう言って、石川先生は深く礼をした。














・・・もしかして、俺の事か?

いや、違うかもしれない。



でも、もし、俺の事だったら・・・

「命懸け」「人生を懸けている」と言ってくれた先生は、俺の事を分かってくれているかもしれない。


石川先生なら、俺を、助けてくれるかもしれない。

この、辛い状況を、救ってくれるかもしれない。




・・・でも、もう、最後なんだ。

もう、会えないんだ。




もう・・・会えないんだ。












その時、何も考えなかった。


ただ必死で、出来るだけ綺麗に、ノートの切れ端に俺のアドレスと



「助けてください。」


と、一言書いた。



俺のアドレスは、今でも覚えている。

i.could.to.be.because.you.stayed@docomo.ne.jp

(あなたが居たから私は生きられた)

「to be」 はシェイクスピアのハムレット、「to be or not to be(生きるべきか死ぬべきか)」から取ったものだった。



それを折りたたみ、HRの終わった散り散りの人波の中、石川先生のもとへ向かった。







「石川先生、これ、僕からの言葉です。捨ててもいいです。見なくてもいいです。」

と言い、手渡した。

「おう、一平。なんか、久しぶりに喋った気がするな(笑)分かった。」

受け取ってくれた。

「お世話になりました。では、部活がありますので、失礼します。ありがとうございました。」




そう言って、教室を後にした。




























君がいたから、どんな時も笑ってたよ。
君がいたから、どんな時も笑ってたよ。泣いていたよ。生きていたよ。
君がいなきゃ、何も無かった。