2017年02月12日

 あの美しさからして、もしやエミスは混沌の性向を強く持つダークエルフではないのか? という疑念がわたしの頭をよぎった。しかし彼女の耳は尖ってはいない。エルフほど白皙でもない。
 では、ここ一二世紀のあいだに人間に追いやられ辺境の砂漠や岩山や雪原、はては地図にない島々、鍾乳石の突き出す洞窟などで生きつづけている混血種や人型の亜種のなかで、いまだ知られていない種なのかもしれない。いいや、そんなことはない。わたしはそれまで旅の途次で見てきた悪意に満ちた種をつぎつぎに脳裏に思い描いてみた。だが、彼女の容姿や高貴さに似たものを見つけだすことはできなかった。そもそも容貌というものはそのものの性質が外観として現れるものなのだ。ゴブリン、オーク、トロール、オーガーといた鬼に分類される種はみなどこかしら醜怪である。変身によってエミスのような美女を装うことはできても、彼らが放つ臭気を嗅ぎおとすはずがない。では棘のない薔薇のごとき乙女に姿を変えて、人間を欺くことができるほどの知性をもった種か? いいや、少なくともわたしはそうした種を知らない。ドラゴンのように神気さと不吉さを兼ね備え、見た目からは想像できないほど高度な知性をもつ種もいるが、そうした種は往々にして人型とはかけ離れた外見を呈しているのだから。人間に非常に近い種も存在するにはするが、どれもわたしの知るがきり、彼らはどこかしら人間にはない特徴をもっている。翼があるとか、尾があるとか、肌の色が極端に違うとか、異様な言葉を奇怪な声で発するとか……。それでは彼女はドッペルゲンガーなのか? いいやいいや、ありえない。そもそもドッペルゲンガーとは、自分自身とそっくりな人物に出会うことであり、自分の生霊いきりょうを見るということに過ぎないのだから。もしも彼女がわたしの知識にないドッペルゲンガーだとしても、正体を見破ることはできよう。もしそうであるなら、彼女にそっくりな人物とこの村のどこかで出合うはずなのだから。何にしても待つこと……。今はそれしかないのかもしれない。いいや、もうひとつ可能性があるにはある。しかしそれは……それにしても彼女は……エミスとは一体……。
 わたしは一種の錯乱状態にあった。全身の毛が恐ろしさにそそけ立っていた。気がつけばわたしは、わが神に縋りつくように、祈りの言葉を胸の奥で必死に唱えていた。
 しかしその時、あることに気づいたのだ。
 そうだ、彼女には父がいる。そのメリンリー神父に会ってみれば、こうした疑念のいくつかは解消するはずだと。
 そうした結論に辿りついたとき、その神父らしき者がノックする音がして、扉が開くのが視野に飛びこんできた。
「こんばんは、旅の方々よ。娘からお話は伺っていたのですが」
 わたしはわが眼を疑った。それまで頭を駆け巡っていた思考が視覚に異常をきたしたのかと、目を擦ってはみたが、扉を抜けてやってくる神父の姿に変化など起りはしなかった。
 部屋でくつろいでいた誰も彼もがきょとんとした表情をしていた。大抵の物事には動じないクダルラでさえ。 
 黒い祭服キャソックを着てしっかりと身だしなみを整え、小脇に『福音書』を抱えながら質素な杖を突いて立っているメリンリー神父は、百歳近い老人に見えた。エミスを二十代であろうと見ていたわたしたちからすれば、その父というのは壮年であろうと誰もが想像していたのだから。
「ご挨拶が遅れた理由はこのとおり、長く生きているがゆえの節々の痛みでして。特に雨が降る夕暮れというのは堪えるのです」
 神父の声は年相応に枯れてはいたが不思議と心地よく響き、空気を穏和なものにしていた。それでいて聞き取りづらいということもなかった。声を聞いているというよりは心意が直接流れ込んでくるようだった。
「あら、お父様。もう手足の痛みはいいのですか?」
 そこへわたしたちのために納戸へと毛布を取りにいっていたエミスがちょうど戻ってきた。
「ああもう平気じゃよ。霊妙なものでな、雨が止んだ途端に痛みはどこかへ飛んでいってしまったよ。これも神のなせる業じゃろうて」
 白髪とも銀髪ともいえない短めの蓬髪をした老人は、普段は使われていなかった家具の置かれていない部屋へと、杖を頼りにゆっくり足を運びこみながら、
「皆さんどうかなされましたか? ははあ、若い娘に老いぼれた父。想像の外でしたか? しかしそれは常識というもの。この世界には百年生きても信じられないようなことは沢山あるものでしょう。だからわたしなどこの歳になっても生きていることが楽しくて仕方がないのです。一日一日、疑惑という霧が晴れ、信念という太陽が輝くことは喜ぶべきことですからね」
 神父は柔和な笑顔を一行に差し向けていた。

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「父は来年百歳を迎えます。どうやらあなたがたとお話をなさりたいようです。きっと長い長いお話になるでしょう。説教するような口ぶりのときはそうなります。どうか皆さまも固くならずにいらしてください。夜もまたなごうございますから」
「世間知らずの娘がなにかと詮索して失礼があったのではないかと心配していたのですが、わたしにもまたそのような詮索癖があるといいますか、どうも退屈していた時間が長すぎたようで。あいや、親子とは似たものですな」
 エミスとその父は互いの顔を見合って微笑んでいた。
「いけませんでした、わたしとしたことが。お父様に椅子を持ってきて差しあげなければなりませんね」
「それならわたしが」
 アンセルムの声だった。いつもながらに決断力の速さに驚かされる。
「ありがとうございます。西側の真中の部屋が食堂になっております。椅子はそこにございます」
「わかりました。厄介になるだけでは申し訳ないですから」
 そういってアンセルムは神父のもとへと歩み寄り、老人の手をとって丁重に挨拶をして、部屋を出ていった。
 わたしとて叶うことなら彼の手をとってみたかった。そうすれば、メリンリー神父が実在しているかどうかを確かめられるのだから。メタモルフォーゼという変身でもなく、ドッペルゲンガーやポリモーフという同質異像体でもなく実体をもつ者であるかを窺えたのだから。知るのではなく覚ることによって。
 だがその刹那わたしは自分を恥じもした。神に仕える聖職にある者が、溢れるように与えられる善意を未知なる恐れとも見て疑ったのだから。今夜だけは何も考えるまい。判断も留め置くとしよう。明日を待ちさえすればいいのだと思えたとき、わたしはようやく本来のわたしの性向、中立の中立に立ち返れたと確信することができた。今夜はただ生きとしいけるものたちがこの部屋に集い、与えあうものをただ楽しもうとわが神に誓ったのだ。
 わたしが沈思黙考しているあいだにアンセルムは戻り、メリンリー神父は椅子に腰をかけていた。エミスは父の傍らに寄り添っていた。睦まじい父娘がそこに居た。よもやまを語る人々の声が、ようやく明瞭にわたしの耳に聞こえはじめたのはその時だった。

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――#6――


ipsilon at 10:50コメント(0)小説『矢じるし』 

2017年02月11日

「まずはあなた様が服を着替えねばなりませんね。ええとお名前は?」
「エジリオです。ご覧になったとおり、しがない旅の僧侶です」
 エミスから乾いた服を受けとって着替えをすますと、彼女は待ちわびていたように、わたしを連れて教会の一階をあちらへこちらへと動き回った。そのたびにわたしは一行が必要としていると彼女が考えたものを手渡され、それを携えて南西の部屋でくつろぎはじめた仲間のもとに運ぶことになった。
 そんなことをしているあいだに、エミスは一行それぞれから自己紹介を受けた。
 しかし不足しているものはまだあり、彼女はそのあともわたしを連れて教会の廊下を行き来していた。エミスはそうしたことを楽しんでいるようだった。
「旅の方がこんな片田舎の教会を訪れたのははじめてのことなのです。一夜といわずゆっくりされて、あなたがたがご覧になられてきた世の中のことをお聞かせ頂けたらどんなに幸せでしょうか」
「世の中のことといわれましても、われわれのような漂泊の輩が見るものと、一か所に身をおいて暮らすものの見る世界は違いますでしょう。われわれのような者が見てきたものがお嬢さんのお役に立つものかどうか」
 わたしは遠慮深くそう答えた。
「ですが、いかなる物事からも学ぶことはできましょう。心がけしだいではありませんか? ――それはそうと、お泊りになる部屋はおふたつということでよろしいでしょうか? ともに旅をされてきた方々ですから、同じ部屋にとも考えたのですが、なにしろこのとおり手狭でございますから」
 彼女はわたしに連泊を無理強いするのを避けるために、急に話題を転じたようだった。
「すべてお任せします。われわれはご厚意に甘えて厄介になるまでのことです。しかしジャメーランがあの様子ですと……」
「そのことなのです」
 エミスは突然立ち止まって振り返り、すこし首を傾げてから率直に訊ねてきた。
「なぜあの方に神の御業をつかって介抱して差しあげないのかと不思議に思っていたのです。エジリオ様は父と同じ聖職者。ですが恐らくは……」
「確かに、わたしは治癒呪文を行使することができます。しかし出来ないのには理由があるのです。話せば長い話になるのですが――」
「そのことなら私が話してもいいのだが」
 勝手口側の暗がりからコップを手にしたジャメーランが近づいてくるのが見えた。
「あれほど濡れたというのに、どうにも喉が渇いてね、誰かに頼めばよかったのだろうが、そういう気にもなれなかった。アンセルムも疲れているようだったし、他は気ままな連中であることは知っていよう」
「ともかく廊下は冷えます、暖炉のあるお部屋にまいりましょう。お話はよろしければその後でも構いませんので」
 立ち入り過ぎたと感じたのかエミスの声はか細かった。
「それがよかろう、なあジャメーラン」
 無言のまま肯いた魔導士は神父の娘に支えられながら、おぼつかない足取りで一行のいる部屋へ戻ると壁に凭れた楽な姿勢をとってから、話しはじめた。
「わたしは魔道の者メイジだ。好きでこの道を来たともいえるし、そうではないともいえる。わたしはエルフと人間の混血だからなのか、幼い頃から妙な感覚をおぼえることが多かった。それで魔道の道に進んだかといえばそうではない。もともとはソーサラーを志したのだ。しかしわたしの進むべき道はそれではなかった。ソーサラーとはこの世界の生きとしいけるものを形づくる四大、つまり地・水・火・風という精霊を我が身に引き入れてそれを力として術を行使するのだ。しかしわたしからそうした才能の芽が伸びることはなかった。むしろ怨みたくなるような力がわたしの中に眠っていることに気づかされたのだ。それが『魔』というものだ。わたしは忌むべき力に魅入られた愚か者にすぎない。『魔』の行末は悪に通ずる。しかしそれとても使いよう。忌むべき力を我が身に引き入れ、それを悪を滅する方向に導く。こうした徒輩が魔導士と呼ばれる者だ。つまり魔導の道とは悪によって悪を征するということだ」
 コップの水を煽るように飲んだジャメーランの喉が上下に動いた。
「だからエジリオが仕える神の御手なる治癒呪文はむしろわたしを破壊する。彼が仕えているのは聖でありわたしの力の根源は『魔』なのだから……。このわたしとて魔導によって自己を治療する術くらいは知っている。しかし『魔』によって『魔』を封じることは、わたしを死へとおいやりかねないのだ。そんなことだから、体を壊したときはこの世界にあり、わたしの中にもある自然治癒力というものに頼るしかない。魔導の道は死への道。そういう運命を背負った女がわたしだ。もしかすると雷雨もこのわたし自身が招いたのかもしれない。自業自得というわけだ」
 膝を抱えるように座り直していたジャメーランの眼から一滴の涙が零れていた。
「そんなことはございません」
 エミスの声は毅然としていた。
「雨には雨の役割があるのです。ジャメーランさん、窓の外をご覧ください。もう雨は止んでおります。そして月が昇り、星が輝いているではありませんか。雨は大地や草木を潤し、空気を澄んだものにします。あなた様が抱えているものはとても重く、わたしなどが推し量ることさえできないでしょう。しかし、ご自分を卑下してはなりません。わたしが父から教わった第一の誓いが『自ずから卑下すべからず』なのですから。今夜だけといわず、具合がよくなるまでお泊りになってよろしいのです。この何もない部屋にというのではないのです。あなたとあの方には」
 といってエミスはアンセルムのほうへ視線を投げてから、
「はじめからベッドのある南東の部屋へ案内するつもりだったのですから。エジリオさんにはすでにそうお話してあるのです。――あらいけない、わたしとしたことが、そのために掛け物を納戸に取りにいかなければならないのを忘れておりました。さっそく行ってまいります。そのあいだにそろそろ父も挨拶に伺うことでしょう。余計なことをお考えにならないように眠られることです。今少ししましたら、お部屋に案内できましょう。まずは涙を拭いてください。他の方がどうかは知りません。しかしあなたの使われる魔導は人を助けるものとお見受けしました。ですから泣く理由などどこにもありはしないのですから」
 そういってエミスは自分の持っていたハンカチを差しだした。
「かたじけない……」
 わたしはそのとき、ジャメーランが疲労困憊しているのとは別なナニカが彼女のなかで起っていると感じた。数年前、死と隣り合わせの絶望的な状況で気丈な女が物語ったことを今夜口にさせ、ここまで精神を衰弱させたエネルギーとでもいうものが、この村を覆っているような気がしたのだ。そしてそのエネルギーはこの教会を中心に渦をなしているようだった。
 フラーリアンもナニカを敏感に感じとったらしい。彼はエミスが去ったのを目で確かめたあと、耳元でこう囁いた。
「美しい花には毒がある。ことに美しい花は猛毒だ。気をつけたほうがいい」と。

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ラホール村教会の間取り図


――#5――


ipsilon at 19:27コメント(0)小説『矢じるし』 
 小糠雨が強まり、しだいに足もとに白く霧をのぼらせはじめたころ、一行は村へ入るのを妨げるように東西に流れる川を前にして立っていた。
 川には丸太を並べただけの橋が東側と西側に架かってはいたが、欄干のある場所には丸木が渡されいるだけという、見るからにしがないなものだった。村と外界を繋ぐものとして相当の年月を経たきたであろう橋はところどころに補修の跡があり、貧窮ゆえに物の価値を知る住民たちの暮らしぶりをそれとなく伝えていた。
「ちょっくら斥候に出たほうがよさそうだな。こういった貧乏くさい村にいる連中ってのは、極度に余所者を嫌うからな。挨拶なしに村に足を踏み入れようものなら、雨に濡れて野宿なんてことになりかねんからな」
 言ったが早いか、クダルラは風のような素早さで橋を渡り、その先の様子を見ようと駆けさっていった。
「人の意見を聞くということを知りませんね」
 アンセルムは笑いをこらえているような呆れ顔だった。
「あれがローグやアサシンの生業としている、暗殺といったことをする男なら、わたしはこの隙に逃げ出すよ。ただの泥棒であることの幸いよ」
 と、わたしは笑って見せた。
 雨に遮られて無口がちだった一行は、それぞれに口を開きはじめたが、そこへ音もなくクダルラが戻ってきた。
「どうやらこっちの橋はよしたほうがいいらしいぜ。この先は畑だ。道はない。作物を踏み荒らすようなことをしたら村からおっぽり出されるのが関の山だろうよ。作物の出来は悪くないみたいだいしな」
 そういって彼はさっそく拝借してきたであろうトマトに齧りついた。
「西側の橋の先は道がつづいていたぜ。宿を求めるなら本道を行けとも言うしな」
「そのほうがいいようですね」
 即座にアンセルムが賛同した。騎士道とは正道を行くものだといわんばかりに。
「ものわかりのいい娘さんは嫌いじゃないぜ」
「それでクダルラ、何か妖しい気配とかいったものはなかったのかい? どうもわたしは――」
 フラーリアンの言葉をクダルラは遮って、
「正直者の娘さんにしても、エルフの兄さんにしても、人の話は最後まで聞くもんだぜ。それなんだがな――」
 と、彼はトマトを齧りながら滔々と早口で村の様子を話しはじめた。
「こんなちんけな村だってのに、畑にゃあ隠し道があったのさ。それも、この俺様が見逃しかねないほど巧妙に隠されていたんだぜ。余所者を警戒するにしてはいくらなんでも変だ。じゃあ村人同士で監視でもしあっているとでも? 判断のつかないところさ。ざっと見たところ家屋は十軒あるかないさか、それに遠くから見えたあの教会だ。この程度の村なのに、アンセルムの持っている地図に名前が記されていることがまずおかしい。どうだ? まだこの村に泊まる気になるかい?」
「しかしこの雨だよ。しかもだんだん降りは強くなっていくようじゃないか」
 混血ゆえだろうか、寒さに弱いらしいジャメーランの唇はもうずっと前から青ざめ、両手で肩を抱いて震えていた。旅の疲れもかさんでいたのだろう。
 わたしは肯きながらいった。
「並の旅人であるなら、逃げ出すのであろうが、われわれには神のご加護もあることだし、長年ともに危険をくぐりぬけてきた強者といっていいだろう。だから、今夜はあの教会に宿を求めて差し支えないだろう。ぐずぐずしていればジャメーランが魔法を使えないほど体を壊してしまいかねない。彼女なくして危機に対峙できるとも思えないのではないかな?」
「そのようですね、さあまいりましょう。大丈夫ですか? ジャメーラン」
 そういってアンセルムは虚ろな目になりはじめている魔導士の肩を抱いて、西の橋へと踵をかえした。
「俺様は警告はしたぜ」
 とクダルラは不満を表しはしたものの、両の掌を上にあげて「仕方がないか……」という仕草をしながらフラーリアンと眼を合わせたあと、ぬかるんだ道を歩きはじめた。
 盗賊の男がいったように、西の橋の先には道がつづいていた。道は途中家屋が集まった十字路とも広場ともいえない込み入った場所を抜けて、さらに先へと延びたところで途切れていた。通り過ぎてきた場所には明りの揺れていた家もあれば、人気のない暗闇に沈んでいる家もあった。だが、村人たちの気配はすれども姿を見かけることはなく、呼び止められて咎められることもなかった。クダルラの予想とあまりにも違う成り行きはかえって薄気味悪かった。
 道が途切れた行き止りには三階建ての教会が叢雨にしのつかれて濡れていた。空を見上げれば、遠くから稲光りが迫ってくるのと、塔を思わせる屋根の突端で、二頭の竜が絡まりあいながら自らの尾を飲みこもうとするウロボロスの紋章が天に向かって掲げられているのが見えた。まるで雷雨を呼んだのは我れであるといっているかのように。
 礼拝堂と呼ぶにはあまりにも質素だが粗末とはいいきれないその木造の教会は、厳粛なまでに伝統的な礼拝設備の様式にそったものであった。その蔦の絡まる建物もまた、橋に施されていたような補修痕が各所に見てとれ、長年月を経てきたことを示していた。
 わたしは聖職者であり年長者としての使命感から、またジャメーランを気づかうアンセルムを顧みて、真っ先に礼拝堂の入口にある階段に足をかけようとしたのだが、フラーリアンに肩を叩かれたことで我れにかえった。
 彼はアンセルムが裏へと回ってゆくのを指さして、無言のまま「もう夜も近いのです。こんな場合は勝手口からというのが人間世界での常識ではないのですか?」と諭してくれたのだ。わたしとしたことが、長年の放浪とも巡礼とも冒険ともつかぬ旅が不埒にさせていたのかもしれない。しかしその時は、それまであった事柄にいささか気圧けおされていたのが真実だろう。そんなことを考えながら足を早めたとき、アンセルムが扉を叩く音が聞こえた。
「こんばんは、すみません。どなたかおりませんか?」
 彼女の昭然とした声があたりを朗していた。
「こんばんは、すみません。どなたか、どなたかおりませんか?」
 しばらくは雨音と遠雷が耳朶をうっていたが、一行が固まってそこに立っていると、やがて閂を外す音が聞こえて扉が開いた。
「まあこれは……どうしたことでしょう。珍しいこともあるものですね」
 扉の向こうにでアルコールランプを手にしいる女は、驚きと喜びの入り混じった顔をしながらそういった。
 襞で控えめに飾られたワンピースを着たうら若き女はとても美しかった。不揃いに伸びた金髪ではあったが貧しさなど微塵も感じさせなかった。いなむしろ高貴さというか、神聖ささえ漂わせているようだった。まっすぐに人を見つめてくる目は青く澄み、人を疑えない純粋さを醸しだしていた。女は寒村といって過言のない場所にあまりにもそぐわない光を湛えていたのだ。
「旅の方ですね。用向きは察せたと思います……」
 彼女は咳きこみはじめたジャメーランを憐れんだ目でじっと見据えた。
「ですがお父様のお許しが必要なのです。せまい僅かばかりの軒ですが、どうぞお入りになって雨を避けてお待ちください」
 彼女はそういうと、手にした明りとともに奥へと消えていった。
 誰も口を開く者はいなかった。
 わたしが感じたと同じように、一行もまた女のもつなにがしかに打たれて痺れていたのだろう。
 明りを引き連れて戻ってきた彼女は、
「どうぞお入りください。さして綺麗な所ではございませんが、神聖な美しさはある所です。さあ――」
 といって、女はジャメーランに寄り添って一行を教会の中へと招じ入れた。
「申し遅れました、わたしはエミス。父は神父でしてメリンリーと申します。もっともそれは洗礼名であって、あなた方の習慣にのっとるならハンネストということになります。後ほどご挨拶に伺うそうです。それよりもまずはその濡れたお召し物をなんとかしなければなりませんね。そちらのお方ならわたしの言うことがよくおわかりかと思います」
 エミスは、わたしが濡れぞぼった服のうえから首にさげている神に仕える者の証を見つめていた。
「お恥ずかしながら、わたしも神に仕える者の端くれでございます。さあ、そちらの方、少しばかり手伝ってはくださりませんか? ここにはわたしと父しか居ませんもので」
「これは気のつかないわたくしであった。申し訳もない」
 わたしは乾いた服を受けとるために、彼女のあとを追ったのだった。

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――#4――


ipsilon at 13:37コメント(0)小説『矢じるし』 

2017年02月10日

エジリオ……人間種の聖職者(cleric)
  男。性向は中立の中立(Neutral-Neutral)。
アンセルム……人間種の戦士(Fighter)
  女。性向は秩序(Lawful)。
クダルラ……人間種の盗賊(Thief)
  男。性向は混沌(Chaos)。
フラーリアン……エルフ族の弓使い(Archer)
  男。性向は中立の秩序(Neutral-Lawful)。
ジャメーラン……エルフと人間の混血種である魔導士(mage)
  女。性向は中立の混沌(Neutral-Chaos)。


メリンリー……ラホール村の教会に住む神父。
  本名はハンネスト。
エミス……ラホール村の教会に住むメリンリー神父の娘。

ipsilon at 23:22コメント(0) 
周囲を見渡して、それまで納得できなかった出来事に対して、ある日突然知らずながらに妥協して、
「ああ、これでいいんだ」という心を信じればいい、ということは間違いだ。

それを確信というならそうだろう。
しかし、それは正しい確信とはいえない。

なぜなら、物事には必ず「原理・原則」があるからだ。
もっといえばこの宇宙をつかさどる厳粛な「法」を顧みずに妥協し、確信したということになるからだ。

しかし、時空のある世界には確かに限界がある。
いわゆる物理的限界がその最もいい例だ。
その限界を無視した「原理主義」は、「法の道」すわち道理からの逸脱でしかない。

結局は調和の問題なのだ。
今はここまでしか出来ない。だからこれでいいではいけない。
今はここまでしかできない、それはそれで仕方ない。しかし、この先には理想があって、おれはその理想を目指すんだという「心」がある確信を正しい確信というわけだ。
確信には常に「苦」がつきまとうのが本当でしょ。

だから、ある日突然知らずながらに妥協して、それを信じ、安穏な気持ちになることなど、
自分からの逃げでしかない。
それを「現世安穏・後生善処」とはいわない。
「現世安穏・後生善処」とは、
「今はここまでしかできない、それはそれで仕方ない。しかし、この先には理想があって、おれはその理想を目指すんだ」という決意に他ならないでしょ。
ちゃんと大聖人がそう教えてますけどね。先生もね。

この記事はあるブロガーが一身上の心を語ったものを読んでの反論である。
ええ、余計なお節介です。
だからどこの誰のブログを読んでなどとは言いません。

結論は意外とシンプル。結論を急ぐのもよくありませんがね。でも――

駄目なものは駄目!
駄目つ、駄目つ、だーめっ!

That's All !




聴きながら思いましたよ。違法ダウンロード法ができたことで、You Tube からメッセージ性のある音楽をはじめ、多くの日本語歌詞の楽曲が消え去った。
なんとなくアクセスして耳にして人生が変わることだってあるのにね。
法律だ、違法は違法だ。確かに駄目なものは駄目だが、原理主義というか拝金主義が人の心の再生のチャンスを奪ってどうする? 馬鹿らしい。

B'zの楽曲を貼って聴き、やたらに元気になった日々がそうとうに懐かしかった。
メロディにのって直接心に響いてくる言葉という音楽のもつ力の偉大さが妙に懐かしかった。
そして今がそういう環境でないことが異常に寂しかった。

そりゃあね自分でそういうものを探せばいいだけだけど、そういう気力さえ失うことが人間にはあるわけですよ。なんとなくアクセスして聞いたら……そういう環境も大事。
あらゆる人が旺盛な探求心を持っているわけじゃあないですからね。

自殺しようとした人が、ふと手にした聖教新聞。それを読んで自殺を踏みとどまった。
嘘か本当かわからない話だが、そういうことはあると思う。
そういう機会を減らすことには反対だ。
今の「社説」さえなくなった聖教新聞に、ある部分では価値などないと思っているが、それでもある瞬間、誰かを救うこともまたあるとも思っている。
すべてが駄目なんだと私は見ていないわけで。

それでも、駄目なものは駄目!
根源的な間違いをしたり、間違ってることを隠したり、嘘を書くのは駄目なんだよ。

最近読んでいる本で、ある植物学者が言ってました。
植物にとって根が一番大事なんだ、と。
そしてその根を張っている土壌こそ大事なんだ、と。

根と大地のどっちが重要かじゃあない。
二つであって二つじゃあないから切っても切れない。而二不二であって依正不二。

森羅万象をつかさどる法、それが大地だとしたら、法に根ざして生きなければ、生きているとさえいえない。
生きながら死んでても、価値など創造できやしないのだから。

まあ妄信・狂信学会員の発信を見ていると、腹も立てば呆れもする。
「人間革命を果たさせてあげた」体験だってさ。
文章に傲慢な一念が顕れちゃってるんですけど。

「やってやった」という慢心がね。
しかもその体験を本人が語っているのではなく、関わっただけの人や、そのまた部外者がわかったつもりになって語り、賛嘆しているというありさま。

体現してないなら、何も言うべからずとかいう、もう超原理主義の主張にも大爆笑しましたけどね。
そんなんだったら、誰も何も言えなくなるぜよ。
思想信条の自由、言論の自由なんて許しませんといってるのと同じ。まるで安倍内閣やないか。
だから「超」原理主義だと言ったんですよ。

そんなことしてないで、自分の体験を語ればいいのにね。
私? 語ってるじゃないよ。昨日自分が体験したことを中心にして感じたことを書いてるんだからね。
やってごらんなさいよ〜。そういうのを体現というんじゃないの?
こういうとさ、昨日はカレー食ったとかいう記事書くか、「とにかく題目だ」とかいいだすんだな。超原理主義の極論に5W1Hなんてありはしないのにね。
それが今の狂信・妄信学会員だけどね。

「信心即生活」なんでしょ。
だったら、とるに足りない些細なことであっても、自分が生活の(つまり生命活動=生きた)中で体験したことから波及したことを語るのが内道でしょ。
他人の体験を記事にする? それは外道ですよ。だって他人の体験を生きれる人なんていやしませんからね。ゆえに、それは仏法じゃあない!



駄目なものは駄目!
駄目つ、駄目つ、だーめっ!

どないすんねん、おーまえ!
どーないなっとんねーん!


ユーモアある本音ってええなァ。


「従藍而青」という言葉がある。
しかしこれには前置きがあるんですね。
学は以って已むべからず――という前置きがね。

「学は以って已むべからず。青は藍より出でて藍より青し。氷は水これを為して水よりも寒し」

これが一応、きちんと文脈を読みとれる文でしょ。

学びもしないで、ただただ師匠を超える弟子になるのが素晴らしいんだなんてのは間違い。
荀子はこの『勧学』(学ぶことを勧めるというタイトルですねェ)で、
学ぶことを已めるな。それが師匠を超えることになる、と言っているわけで。

先生は福沢諭吉の『学問のすゝめ』を読みなさいと仰ってるんですが、読まれた人は手挙げて〜!
かく言うわたしも未読。駄目な弟子ですよ。
先生が読みなさいというものすら読んでなくて、聖教と大白さえ読んでればいいんだとか傲慢なこといって。
それで「従藍而青」じゃなきゃね〜とか、おかしいだろ。

ともあれかく言う私も、「従藍而青」に最近そういう前置きがあるのを知って、自分が恥ずかしくなったんですけどね。
でも学んだ形跡すら提示することなく、主張されてもねェ。

御書にもある。
行学の二道を――と。
でも学ばない(自分の頭で考えない)人ばかり。そりゃあ学会はおかしくなって当たりまえでしょうね。

ipsilon at 21:09コメント(0) 
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