2010年05月03日

愛と贖罪〜Shoo-Bee-Doo〜

 シンジが『マドンナ』の下描きを終えて、一息入れていた時、電話が鳴った。

 「お、お袋かな? でもこの時間にってことは、親父に何かあったのかな?」
ゆっくりと立って、シンジは落ち着いて電話に出た。

「いよー、久し振りー」
あろうことか、受話器からランコの声が溢れてきた。一瞬、シンジは耳を疑った。だが、それは間違いなくランコの声だった。
「あー、うん」
「こないだ、ごめんねー。ちょっと言い過ぎた」
「いや、いいよ。俺が悪いんだし」
「でさ、今店終わったんだけどさ、今からそっちいってもいい?」
「え?」
シンジは激しく動揺した。もうランコと一緒に歩くことはできない。そう結論を出していただけに、ふたりだけで会うことなど、ありえないと決め付けていたのだ。
「あ、別に構わないけど」
「なんか元気ないね? 話し方いつもと違うよ」シンジの微妙な変化を敏感に感じとったランコは、声のトーンを下げてそう言った。
「うーん、ちょっと色々あってね」
「あたしのこと?」
「いや、違うよ」と、シンジは強く否定した。
「そかー、ならよかった」ランコの声がいつもの声に戻った。
「じゃさー、いいもん持ってってやるよー。楽しみにして待ってろー。かはは」
そこには、これまでと何もかわらないランコがいた。
「うん」
「なんだよー、やっぱ元気ないなー。ま、いいや。あたしがちと元気つけにいってやるよ」
「あはは、ありがと」さすがにシンジは笑いだしてしまった。
(俺はどんなに憎もうとしても、決してこの先、ランコのことを憎めないだろうな)
シンジの中に自然にそんな気持ちが起こった。
「じゃー駅んとこまで迎えにいくな」と、声だけはいつものシンジに戻る。
「あ、だいじょぶだよ、家の近くまでタクシーでいくからさ、あすこの曲がり角んとこで待っててよ」
「あいよ。気をつけてこいよ」
「がってんだー。じゃああとでな」
「おう!」

 シンジは電話を切ったあと、逢っていなかった間に2人が歩んだ道の違いに思いを馳せた。
(ランコは平穏な毎日だったみたいだな。俺は、ズタボロになっちまったけどな)

 「あ、そうだ。絵見つからないようにしないとな」そういってシンジはスケッチブックを押入れに隠した。そして、円形脱毛がバレはしないかと気になり、台所にいって部位を確かめた。
「だいぶ酷くなってるな。電気点いてたらバレそうだな。ま、ムード作りたいとかなんとか適当なこといって電気消すか。かはは」
 その考えは、ランコに心配をかけたくなくてのことだったが、プランの陳腐さに我ながら失笑を禁じえなかった。

 「あ、そうだ、ランコにあれあげるかな」
そう言うとシンジは、専門学校時代に書いた小説を押入れの中から探し始めた。その小説のテーマは、夢を築く場所がなかったとしても、新天地を求めてでも夢を追い求めよう、というものだった。
 かつて、シンジは言葉でそれを言ってランコを傷つけたことがあったから、違う方法で励ましてあげられたら、そう思ったのだ。

 「あ、ランコ先に迎えにいかないとか。こっちは後だ」
シンジは押入れを開けたまま、Gジャンを引っつかんで、玄関へと急いだ。

 シンジが待ち合わせ場所につくと、ランコが乗っているらしいタクシーがやってきた。
バタンとクルマのドアが閉まり、走り去ると、その向こうにランコの姿が見えた。
「おーっす」
「おー、元気そうだね」
「ったりめーよー!」
「なら良かったよ。じゃ行こうか」

 シンジの部屋についたランコは、これまでより距離を取った場所に座った。
「なんだよ、そんな端っこに座んないで、もちっとテーブルんとこ座ればいいじゃん」
「うん。あれ? シンジ引越しでもするの?」
「あーこれかー、ちょっと探し物してただけだよ、まだ途中だけどね」
「ふーん、そかー」
(さすがにそんな簡単に距離が縮まるもんじゃないな)
「ちと、探し物つづけるね」
「えー、せっかくビール買ってきてやったのにぃー」
「これ終わったら頂くよ」そういって振り向かずにシンジは返事をして、押入れの中でゴソゴソと動いていた。
「ギターいっぱいあるねー」
「あーいま出してるのは2本だから、そうでもないだろ。ほかにもあるけど、しまってあるよ。そんな一変に弾けないからな」
「まーそだよね」ランコがビールの缶を開ける音が聞こえた。
「そこに貼ってあるポスターの人誰?」相変わらず押入れに頭を突っ込んでいたが、シンジの瞼にはランコがおもいっきり腕を伸ばしてポスターを指差している姿が浮かんだ。
「あーそれはね、スティーヴィーレイヴォーンとジミ・ヘンドリクスね」
「ふーん、全然わかんね」
「あははは。男臭いミュージシャンだからな」
「これがアンプか? でかい音でるんだろ?」
「まぁーね。この部屋じゃフルボリュームとかは無理だね。一回やってみたいんだけどね」
ランコは目に付くものひとつひとつを題材に、子供のように質問を投げかけてくる。
「ねね、ちょっと空気入れ替えてもいい?」
「あ、いいよ」
「おー、星が綺麗だねー」
少しだけ冷たい風が吹き込み、ランコの声が聞こえてくる場所がかわったのをシンジは背中で感じた。
「今日は晴れだったもんな」
「うん。久し振りに星見たなー」
「なんだよ、夜行性のくせに。毎日空見上げろよ」
「うっさいよ、ばーか」
なんでこういう普通の会話が、それまで出来なかったのか。先を急ぎすぎた自分を見つけて、シンジの心に悲しみが込み上げてきた。

「あったー。やっとみっけた」
「あったかい。よかったねー」
シンジが押入れから這い出すと、缶ビールを片手に窓辺に立つ、後ろ姿のランコが見えた。それは、いつか『リフレイン』で見た、後ろ姿と比しても比べものにならない美しさだった。
群青の星空をバックに真紅のスーツを来たランコがそこにはいたのだ。愛しさで胸が締め付けられる思いに駆られながら、シンジは押入れから探し出した、A4サイズの紙の束をテーブルに置いた。

 「そうだランコ、今日は星空だしさ、ちと電気でも消して、音楽かけてさ、んでビール飲もうぜ」
「なんだよ、急にロマンチックなこというなー」
「たまにはそういう気分にもなるのさ。かはは」照れ笑いで、用意していたプランだということを押し隠すシンジ。
「んまー、いいよ」
シンジは電気を消して、ベッドサイドに置いている、2つのナイトランプを点けた。
「そんなの部屋おいてるやつ初めて見たよ」
「うっさいわ。これさ、俺が水商売してたときにお客さんとかにもらったやつなの。だから大事にしてんだよ」
「ふーん、そなんだー」

 ようやく2人は向かい合って座った。
「はいよ、お土産」そういってランコはビールを差し出した。
「サンキュ。って乾杯しなかったな」
「いいよ、そんなの」
「あ、そうだ、BGMはマドンナだな」そういってシンジはマドンナの“Like a virgin”をかけた。

「あ、それとね、これさ、ランコにあげる」そういってシンジは、押入れから探し出した紙束を差し出した。
「なに? これ?」
「それ俺が専門学校いってた頃に書いた小説。まー処女作だな。いちおう完結してるし、結末には伝えたかったテーマの結論もちゃんと書いてあるからさ、ま、気が向いたら読んでみて」
「うん、じゃー預かっとくね」
「いや、あげるからさ」
「だって大事な思い出の小説じゃないの? 読んだら返すよ」
「いや、いいよ。どうせ下手クソな文章だしね」
「うん、でもちゃんと返すよ」
「強情なやつだなー」
「まあなー」
シンジとランコは、久し振りに素直に笑いあった。

 依然、2人の間には微妙な距離があったが、“触れ合いたい”と、どこからともなく湧き上がる激情があることは間違いなかった。シンジはシンジでそわそわし、ランコはランコでよそよそしく振舞い、それは2人の間に、えもいわれぬ距離を作らせたのだ。
 それは、一歩踏み出してしまったら、もう戻れないという恐れだったのかもしれない。

 だが、シンジは自分の決めた結論に導くために、もう何もかも振り払ってしまおう。そう思って一歩を踏み出した。
「俺さ、、、、、」
「ん?」
「その服着てるランコが一番好きなんだ」
「あたしもね、これ凄い気に入ってるんだ。随分着てるから痛んできてるけどね」
(ちくしょー、何やってんだ俺。言いたいこと言えない・・・)
「俺さ、、、、、」
「ん?」
「もう終わりにしようと思ってる」
「え?」ランコの表情が曇った。
「もう俺たち、終わりにした方がいいと思ってさ」
「・・・・・・」ランコが手にした缶を、ゆっくり床に下ろしたのが見えた。
「俺やっぱさ、龍さんのこと裏切れないし。それにランコに酷いことしたからね」
「・・・・・・」ランコは黙ったまま聞いている。
「ランコのことは好きだけど、気持ちにけりつけるよ」
「・・・・・・」
「でもさ、、、、、」
「でも?」
「うん」
「なんだよ? 言ってごらんよ」
シンジはランコを見つめて言った。
「このままじゃ、気持ちにけりつけらんない。今だってすぐにでも抱きしめたいしね」
「うん」
ランコがジリジリとシンジの方に体をずらした。
「だから、、、、最後にもう一度だけ、愛しあいたい」
「・・・・・・いいよ・・・ばかだなー、男って。さ、おいで」
そういうとランコは両腕を広げながら、近づいてシンジを胸に抱きとめた。

 シンジはこれで何もかもにケリをつける、という強い決意が揺るがないようにと、心の中心に鍵をかけ、零れそうになる涙を堪えながら、ランコを抱いた。

 星降る夜、床に落ちた赤いスーツとデニムは、もの悲しい形を描いているように見えた。

     Shoo-Bee-Doo / Madonna

ipsilon at 03:55コメント(0)トラックバック(0)私小説『真紅の恋』  

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
プロフィール

イプシロン(シンジ)

カテゴリ別アーカイブ
記事検索
最新コメント
ギャラリー
  • 小自分史(1)
  • Thank you my girl
  • 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
  • 勝利のアクビ
  • 一瞬の憩い
  • 笑顔は美しい
  • 4つ目の自分
  • 4つ目の自分
  • 3つの自分
  • アリイ 1:48 三菱零式艦上戦闘機52丙型(a6m5c)
  • ハセガワ 1/700 病院船「氷川丸」 竣工
  • フジミ 1/72 空技廠 零式小型水上偵察機(E14Y) 完成
  • ハセガワ 1/700 重巡洋艦「古鷹」 完成
  • スケッチ アミダラ女王
  • 静止した時間
  • 蝶
  • 祈り
  • チャム・ファウ
  • どこかのお家の猫ちゃん
  • 「みちくさ」
  • ザハロワは美しい!
  • デジ絵「星座と少女」(完成)
  • チュチュがじゃまだよ〜
  • アティチュード
  • 瀕死の白鳥
  • デジ絵「夏の風」(完成)
  • デジ絵「風」(完成)
  • デジ絵 ランカ・リー(完成)
  • 栗木さん 応援イラスト
  • イラスト「天使」
  • 水彩画 愛嶋リーナ 完成
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「graduation 」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「アメジストの祈り」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「初雪」
  • 水彩画 愛嶋リーナ
  • デッサン 愛嶋リーナ
  • 水彩画 アリスとネズミ
  • イラスト アリスとドロシー
  • イラスト 眠そうなネフェルタリ
  • スケッチ 微笑の国の人
  • なんでだろうう? と思うこと
  • スケッチ アソーカ・タノ
  • スケッチ ライオン
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG 缶コーヒー"カフェバニラ"
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • スケッチ 騎士の左腕
  • アーソウカ、、だった!
  • スケッチ 懐かしのアイツ
  • ニャンとも言えない気持ち
  • 旧作 ペン画
  • デッサン ドイツ兵 in 1944
  • 水彩イラスト ニホンカモシカ
  • デッサン アフリカゾウ
  • 水彩画「水辺の豹」
  • 習作デッサン「豹」
  • 旧作 Gジャンガール
  • イラスト「蜜虫」
  • 「ネフェルタリと豹」下絵
  • イラスト「ネフェルタリ」
  • 水彩画 「装身具をといたクレオパトラ」
  • デッサン+色鉛筆 眼
  • スケッチ 「装身具をといたクレオパトラ」
  • 習作 ネフェルタリ 下書き
  • デッサン 眼
  • デッサン途中 布の研究
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • デッサン チャイナドレスの子
  • スケッチ クレオパトラ
  • 水彩画 死せるクレオパトラ
  • スケッチ クレオパトラ
  • デッサン 小野田寛郎さん
  • デッサン 猫
  • デッサン Diane Kruger
  • デッサン ベッキー・クルーエル
  • デッサン 中澤裕子
  • ベッキー デッサン
  • 萌えキャラ 線画 修正 その1
  • 萌えキャラ 下塗り
  • デッサン 杉崎美香 8時間目
  • 習作 フォトショップ 萌えキャラ風塗り
  • デッサン 杉崎美香 6時間目
  • 欝
  • 習作 水彩 その1
  • デッサン 杉崎美香 4時間目
  • 習作 小池栄子 その1
  • 習作 杉崎美香 その4
  • 習作 Face
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 杉崎美香 その3
  • 習作 杉崎美香 その2
  • 習作 その4
  • 習作 杉崎美香 その1
  • 習作 その2
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 好き好き大好き
  • 電話中
  • βズガイキング
  • モー様の絵 ハケーン!(笑)
  • Mクン 見っけた!(笑)
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ