2013年03月29日

小説・短編『あたたか〜い極寒』#2


 冬の風物詩といえば雪であろう。雨ヨ! と書いて雪である。納得ができないのである。けれど、東京に降る雪というのはどうもいただけない。
 しんしんと雪玉が落ちてきている時はよい。あのしんとした寒さの中にいても、なぜか温かい不思議な心持ちになったものだ。泰然としていながら静穏なあの空気。雪の結晶がいらざる音という音を運びさってしまったかのような静寂しじま。曇った窓をこすって掌を濡らしがら、目ばかりぎらぎらさせて銀世界に心を奪われたことが懐かしい。
「いや、今でもそうだけどね。あのサイレントさはさ、何年かに一度くらいしか味わえないものだよね。もの、、としかいいようがないんだよね。別のいいかたをすればあの、、感じ。そんな風にしか言えないんだなぁ」
 あのね、小説ってものはね、そういう「もの」とか「あの」とかいうのをだ、しゃんと言葉にするのが小説なのね。
 この男、小説で一花咲かせようと本当に思っているのであろうか?……。
「しゃーないでしょ。いんだよ。言葉にできないものもあるんだからさぁ」
 …………。
 まあよい。無駄なことに行を使っている場合ではないのだ。
 そう、雪である。東京に降る雪である。白氷が舞っているときはいいのである。だが、いただけないのはやんだあとなのだ。
 なぜなら、すぐにべっちゃりとなってしまって気持ちが悪いからだ。さっさと積もる時は良い。風流なのだ。普段であれば、鳥や猫くらいしか登らない場所に雪がこんもりと可愛らしく積もっている。あのでこぼことも、ゆるやかともいえない雪塊がつくる曲線は実にいい。美しいのだ。優しさを感じるのだ。
 ――あらま、あんなところにも積もってらっしゃる。
 とまあ、大事なお客様が土産をさげて訪問してくれた気持ちになるのだ。
 だから中途半端に降ってはいけない。降るならふる。降らないならふらない。どちらかにはっきりと意志表示すべきなのだ。だから――
「おい、はっきりせいよ、お雪さん……」なんてぐあいに、いもしない着物姿の控えめな娘さんをそこに見いだして、話しかけたくもなるのだ。お雪さんからしたら、ごたくさい事であろう。
「どうせあたくしがどんな身の降り方をしてみても、てて様は満足な顔をなさらないのですから……」とでもうつむくのであろう。しおらしいのである。
 そう、お雪さんというのは、さながら明日が見合いだという晩の娘の心情そのものなのだ。会ってみたいやら会うのが怖いやら、どうでもよい気もするものやら、親を困らせたくないやらと、どうにも落ちつかない心持ちなお雪さんなのである。
 哀れ。まさにその哀れである。儚くも美しいのである。どうのこうのと難癖をつけたくなるものの、結句お雪さんは、どうしてなかなか憎めない娘なのである。急に冷たい態度になったかとみれば、急に痩せ細ったり、湿っぽくなったりして心痛を感じさせる。
「あら、おこんばんわ。ごめんなすって」なんていいあいながら、すれ違うだけであるのに、何故か気になる冷温入り混じった印象を残すとでもいえばいいだろうか。
 掴みどころがないといえばそうなのだが、これもまたお雪さんの一面でしかないのである。
 ときには大玉のように凝り固まっていつまでも頑なな態度を崩さない。しかもそうした大玉が積み重なることすらある。心の奥底に小さな遺恨という石なんぞを持っていて、その小石でごくまれに人様を傷つけたりもすれば、あの人にもこの人にも真正面からぶつかっていって、人を笑わせる陽気さもあるかと思えば、好きなお方の足元をすくったりするような意地悪な面もあるのだ。ともるすと愛する人の足をさらったり、馬乗りになって弱った心臓をずんずんと圧迫させて死なせてしまう冷酷極まりない暗部も垣間見せるのだ。まったくもって多面的な性格なのがお雪さんなのである。
「あれでしょ。ようは雪は降ったと思ったら溶けるとか、溶けた雪に足をズボっと入れると、とたんにびしょ濡れになるとか、凍って滑るとか、雪だるまを作れるとかさ、雪合戦して遊べるとか、たまに雪玉に石入れる悪たれ坊主がいるとかさ、そういうことを言いたいんでしょ?」
 ――まあそうなのだが……わかっていても口にしてはいけないものがあるのですよ。詩情とはそういうものなのですから。せっかくそれがしが見本をみせてやっているというのに。けったくそ悪いことを言いおる、この男は……。
「詩情とかいうけどさ、伝わらなきゃ意味ないでしょ? 解りやすいのが一番だよ」
 ――あんたに説教されとうないわい……。まあよい。話を戻そう。
 雪である。この男の心中にある雪の思い出を見ていこう。
 ここに一枚の写真がある。男と男の姉と、雪だるまが写った一葉だ。誰も彼もこれぞ満面の笑みという顔をしている。男は白と黒の毛糸で編まれた長袖のセーターを着て薄緑色の半ズボンをはいている。足元はよくある黒いゴム長であり、頭には読売ジャイアンツの帽子をかぶり、これもまたジャイアンツのカラー――黒とオレンジ色の――手袋をしている。帽子には黒字にオレンジの刺繍色でYGとある。時代ものである。ジャビットなんてまだ受精すらしてない時代である。柳田とかが活躍していた時代なのである。ちなみに、当時男はショート河野に憧れていた野球少年だったのだそうな。投手なら堀内や小林が大好きだったのだそうな。
 話を戻そう。雪である。
 その写真に焼きつけられた雪だるまの目はマジックで塗りつぶした丸い紙でできており、なぜか手の部分には割り箸をもっていて、鼻は蜜柑だ。箸で蜜柑を喰え! そういうことなのか? と、発想を疑いたくなるが、子供時代――多分小学校三、四年生――であろうから、そこは目をつぶろう。
 この当時は大きな雪玉が作れる量の雪がそれなりに降ったものである。ときには身の丈を超えるように雪を固めて中をくりぬいてかまくら、、、、を作ったこともあったそうな。
 白くでこぼことした天井を見ながら狭い空間にいると、これがなかなか温かい。雪でできているのに温かい。男はそういう奇妙でほんわりした思い出を時々懐かしがるらしい。
 とくに印象深かったのは、高校の入学試験前夜に降った雪だそうな。それはそれは派手に降ったんだそうで、駅から試験場の学校まで歩くのも大変だったんだとか。その高校にはずいぶんと離れた場所から通っていた生徒もいたぐらいだから、試験の日もそういった中学生たちのために、試験開始時間を一時間遅れさせるということになったのである。
 男は、なかば不透明になった窓ガラスから外を眺めて時間をつぶしたのだそうな。傍らではその一時間を使って試験直前の追い込みに励んでいる者もいたのだが、男はそしらぬふりをして過ごしたのだそうな。どうせ窓外にお雪さんでも見つけて口をぽかりと開けて見とれてでもいたのが本当のところだろう……。
「懐かしいねー。もういいよ。今更勉強したところで大して変わりはしないよ。あん時はそう思ったんだよねー」
 諦観してらしたのですね。ですが、少々時期的にはやすぎる諦観かと思いますが……。
「いやね、そこは私立だったんだけどさ、一応自分のレベルより低めの、いわゆる滑り止めだったからね。だから、まあ何とかなるだろうなんてね。そんな感じだったのよ。でもあのとき聞いたガス・ストーブのシュー、シューという音は忘れられないねぇ。雪景色の静けさと重なって風情があったのよ」
 ほうほう。で、入学してからはそのストーブでパンを焼いたり、いろいろと悪さをしましたよね。
「そんなこともあったね。それがさ、ちゃんと焼いたパン喰わないやつがいてね、それが数か月たって夏になったときに腐ってさぁ、教室中悪臭……。授業にすらならないほどの悪臭がしてさ。あれは笑ったよ」
 馬鹿ばっかですね……。大体ね、食べ物をそんな風に粗末にしてはあきまへん。
 ――おっと、男と思い出話に花を咲かせている場合ではないのである。
「いわゆるさ、林間学校みたいのでね、スキー教室にもいったんだよね。中学の時だけどね。あれも懐かしいね」
 ボーゲンやってましたね。帰る直前にはかなり直滑降もできるようになってましたし、ちゃんと曲がれるようにもなってましたよね。それと止まれるようにもなっていて、わざとあまり上手く滑れない女子のとこに滑っていって急ブレーキをかけて黄色い声をあげさせていましたね。仕方のない中学生でしたねぇ。
「あったねぇ。けど、やっぱ雪といって一番思い出すのはあの夜だろうなぁ。あの晩というか深夜だったんだけどね、まあ寒かったんだ、あの夜も」
 どうせ酒飲んで電車なくなって、帰れなくなって……でしょう?
「まあね」

(つづく…… 前へ 次へ 第一話へ この記事の最初に戻る

―#2―

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