2015年10月26日

小説『ケイローン奇譚』宇宙シリーズ【外伝】――いて座#14

 ニハルが察した姉アルナブの想い、神のみぞ知る邂逅への懸けは、人がもつ感覚の緻密さと精妙さによって成し遂げられたのかもしれない。
 しかしそれは、人と人、すなわち絆、人間であってこそ、はじめて為しうるといっても過言ではないだろ。
 師と愛弟子たちのあいだをゆきかった熱情、三者三様に使いきった冷静な叡知、それぞれの胸の奥にある心意、それらが絶妙の調和をたもったまま結びついたとき、懸けは現実になったのかもしれない。瑣末な邂逅であると笑うことはできまい。人は暮らしのなかで、その瑣末が積み上げられたある瞬間、奇跡がおこったと信じるのだから……。
 ともかくこうして暗黒崇拝教の勢力は、撤退後ようやく首脳会談ともいえる場をもったのである。
 <ケイローン>艦橋に隣接した作戦室には、ヒドラとアルナブの姿しかなかった。だが、しつらえられたスクリーンにはニハルが映り、音声防御シールドに守られたペールとメールの声が、すでに彼らに挨拶を済ませていた。
「こうなってみると、話しあうべきことは山のようにある、さてなにからはじめるか……」
 会同の興奮覚めやらぬヒドラは、まだ議題の整理がついていなかった。
「まず、政変に対する処理法の検討。つぎに超光速航行のもつ危険性について。その後、今後全般の戦略的計画。必要があれば質疑応答ということでどうでしょうか?」
 アルナブの提案に誰もが数秒の沈黙でこたえたあと、ヒドラが口をひらいた。
「よかろう、ではまず政変の話といこう」
 これに関してはニハルが計画を申し出て、承認を得た。なぜすぐに海王星に降下しなかったかという理由も、明快に説明され、ヒドラも納得した。
「卿はそこまで考えておったか。多少の不安はなきにしもあらずだが、その点は結果を見て修正できる範囲といえる」
「しかしヒドラ様に杞憂をもたらしてしまったこと、畏れおおく感じ入っております。ゆえにこの作戦は必ず、成功させる所存です」
 ニハルはそういって衷心をあらわしてみせた。
「では議題をすすめよう、現在ケイローンが抱えている問題についてだ」
 ここで意見が衝突した。ニハルの考えは常識的だった。今後しばらく、<ケイローン>は超光速航行を差し控える。当然、ヒドラは戦団との共同歩調をとることはできなくなるが、<ケイローン>にはアルナブが引き連れていった勢力を護衛として割き、アズライール団の全勢力に降下作戦への加勢を要望した。
「卿は俺に高みの見物をしろというのだな。さなくば、作戦成功に自信がないのか……どちらだ?」
 むろん、ヒドラはニハルの作戦を買っていた。まず失敗など考えようもないと判断していた。そのうえでの詰問なのである。
「ともあれ、いまはわたしの案だけに拘らず、みなの意見を聞くべきかと」
 ニハルはヒドラの本心を読みとっていた。ゆえに衝突を避け、師からの問いかけを躱したのだった。
「いいだろう……」
 ヒドラはアルナブに視線を向けた。
 彼女の私案はこうだった。ケイローンの超高速航行は破損の修理が完了するまで実施しない。政変処理に関する戦団編成については、ニハルに同意だった。だがそのあと、アルナブはヒドラを激怒させかねないことを口にした。
「超光速航行システムの修理ですが、わが崇拝教の科学力をもってしても、現状不可能と判断しております。よって、地球圏科学者の知恵を借りなければならないと愚考しました。無念ではありますが、われわれはDOXAのように優秀な科学者をもってはおりません」
「貴様、なにをいうか! この俺にDOXAの手を借りろというか。貴様はいつから内通者になった! 地球圏に男でも出来たのか! さては姦通しおったな……メス豚めが!」
「…………」
「ヒドラ様、冷静になってください」
 それはメールの声だった。ふくよかで諭すような響きがあった。
「情報によれば、あたくしたちの医師ともいうべき元DOXAの科学者、アグリオスは行方不明になって久しいのだと。もちろんわたくしたちも自己修復機能をフル回転させ、破損への対処はするつもです。しかし、ことタキオン抽出装置に限っては、どうにも手に負えないのです。その点に関して、アルナブ様は正しいのです。共鳴を止める手立てがなければ、タキオン抽出装置が破損することもまず間違いないのです」
「手がなくもないのです」
 ニハルの声だった。
「実はわが戦団に元DOXAの民間人捕虜がおります。その男の専門は宇宙工学でございまして、しかし保証はできかねます。どちらにしても修理は、ケイローンが海王星に来られてからということになるかと」
「貴様までDOXAに肩入れするか……姉弟揃って恩を仇で返すようなまねを……」
 ヒドラは苦渋に顔を歪め、卓上で握られた拳はわなないていた。
「俺にとってこのケイローンがどれだけ重大な意味をもつのか知らぬとは、こういうことか……」
 アルナブはその言葉を聞いて気づいた。
 ヒドラがこれまでどんな苦境に立たされようと、ケイローンから一歩たりとも動こうとしなかったことを。
 わたしの知らないことがある……何かあるのだ……。軽口は慎まなければなるまい。
「ペール、なにかいいたいことはないのか?」
「…………」
 ヒドラは両親の気持ちを念慮していた。
 自分のもつ機能を失う。それは彼らにとってみれば、内臓のひとつを失うに等しい。ペールとメールはそれでいいというのだろうか? ケイローンは彼らの肉体そのものである。視覚こそもたない彼らだが、船内通路を歩く振動も、銃砲火に焼かれることも、船内で交わされる喜怒哀楽に満ちた会話も、彼らの神経回路に流れこんでいるのだから。戦いのたびに激痛を感じ、人の死を悼んできた。宇宙をゆくときは、星空に癒される人々と共に安らぎを感じてきたのだ。
 不幸ばかりを味わってきたペールとメールにとって、安住の地とはどこなのだ? 奴隷商人に拉致され、自らの意志でなく人格コンピューターにされた父と母。生も死もあるこの世界で、永遠に生きつづけることを運命づけられた彼らの幸福とは、いったい何なのだ? 海王星の地の底で船体を休め、戦いから解放されることが安らぎだといえるのか? 船内に誰もいなくなった孤独なケイローンを想像してみるがいい、それでは生ける屍ではないか……。
 俺は、海王星の地下で骨休めする両親に墓参りする日々など望んではいない。彼らだってそうだろう。だからこそ、戦いの痛みや苦しみがあっても、俺は両親とともに生き、そして死ぬことを選んだ。彼らも俺のその気持ちには気づいているはずだ。ケイローンは……永遠の生命に苦悩する宿命なのか?
 そのときヒドラの耳奥でトゥラキアの声が蘇った。
 そうね……死ぬことは恐いことかもしれない、だけど、死ねないことも幸せではないようね。
 彼らは死を望んでいるというのか? だとしたら、ペールとメールに猛毒の矢を放ったのは誰なんだ? ヘルクレスの放った矢、それにはヒドラの毒が……。俺が? 俺が両親を苦しめつづけてきたというのか!?……そうかもしれない……。戦いをやめないこの俺がいるかぎり、ケイローンの身体のなかをヒドラの毒は廻りつづける……。
 深く長い嘆息のあと、落ち着きを取りもどした声でヒドラはいった。
「この件、すまんが余に一任してくれ。卿らの意見はしかと心に留めた。超高速航行は可能な限り自重するつもりだ。しかし、余に決意ありという時は、黙って見過ごしてくれ」
「御意のままに!」
 アルナブが礼をもって敬意を表明していた。
 スクリーンのニハルも姿勢を正し、ヒドラの意向を受け入れた。
「しかし、不思議なものよ……。ケイローンの超光速航行システムだけが共鳴をおこした。他の船には一切そうした兆候はない。卿らのいったDOXAの力が必要とかいうこと、案外本当かもしれぬな……。所詮、コピーはコピーに過ぎぬということかもしれん……」
 その後に用意されていた議題は、とくに波乱を引き起こすことなく進んで、散会となった。一応、すべての準備は整ったのである。
 だがヒドラは、作戦室を出てゆくアルナブの背中に問いかけた。
「卿、時間はあるな。もう少し話しておきたいことがある。余の部屋に来てはくれまいか?」
 その声には憂いが含まれているようだった。
「喜んでご同道いたします」
「大した話ではないのだが、ひとつ確認しておきたいことがあってな」
 アルナブを従えて自室へと向かうヒドラの耳奥には、トゥラキアの声がまた蘇っていた。

 もくじへ 次話へ

―#14―


ipsilon at 21:13コメント(0)小説『ケイローン奇譚』宇宙シリーズ【外伝】――いて座  

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
プロフィール

イプシロン(シンジ)

カテゴリ別アーカイブ
記事検索
最新コメント
ギャラリー
  • 小自分史(1)
  • Thank you my girl
  • 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
  • 勝利のアクビ
  • 一瞬の憩い
  • 笑顔は美しい
  • 4つ目の自分
  • 4つ目の自分
  • 3つの自分
  • アリイ 1:48 三菱零式艦上戦闘機52丙型(a6m5c)
  • ハセガワ 1/700 病院船「氷川丸」 竣工
  • フジミ 1/72 空技廠 零式小型水上偵察機(E14Y) 完成
  • ハセガワ 1/700 重巡洋艦「古鷹」 完成
  • スケッチ アミダラ女王
  • 静止した時間
  • 蝶
  • 祈り
  • チャム・ファウ
  • どこかのお家の猫ちゃん
  • 「みちくさ」
  • ザハロワは美しい!
  • デジ絵「星座と少女」(完成)
  • チュチュがじゃまだよ〜
  • アティチュード
  • 瀕死の白鳥
  • デジ絵「夏の風」(完成)
  • デジ絵「風」(完成)
  • デジ絵 ランカ・リー(完成)
  • 栗木さん 応援イラスト
  • イラスト「天使」
  • 水彩画 愛嶋リーナ 完成
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「graduation 」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「アメジストの祈り」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「初雪」
  • 水彩画 愛嶋リーナ
  • デッサン 愛嶋リーナ
  • 水彩画 アリスとネズミ
  • イラスト アリスとドロシー
  • イラスト 眠そうなネフェルタリ
  • スケッチ 微笑の国の人
  • なんでだろうう? と思うこと
  • スケッチ アソーカ・タノ
  • スケッチ ライオン
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG 缶コーヒー"カフェバニラ"
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • スケッチ 騎士の左腕
  • アーソウカ、、だった!
  • スケッチ 懐かしのアイツ
  • ニャンとも言えない気持ち
  • 旧作 ペン画
  • デッサン ドイツ兵 in 1944
  • 水彩イラスト ニホンカモシカ
  • デッサン アフリカゾウ
  • 水彩画「水辺の豹」
  • 習作デッサン「豹」
  • 旧作 Gジャンガール
  • イラスト「蜜虫」
  • 「ネフェルタリと豹」下絵
  • イラスト「ネフェルタリ」
  • 水彩画 「装身具をといたクレオパトラ」
  • デッサン+色鉛筆 眼
  • スケッチ 「装身具をといたクレオパトラ」
  • 習作 ネフェルタリ 下書き
  • デッサン 眼
  • デッサン途中 布の研究
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • デッサン チャイナドレスの子
  • スケッチ クレオパトラ
  • 水彩画 死せるクレオパトラ
  • スケッチ クレオパトラ
  • デッサン 小野田寛郎さん
  • デッサン 猫
  • デッサン Diane Kruger
  • デッサン ベッキー・クルーエル
  • デッサン 中澤裕子
  • ベッキー デッサン
  • 萌えキャラ 線画 修正 その1
  • 萌えキャラ 下塗り
  • デッサン 杉崎美香 8時間目
  • 習作 フォトショップ 萌えキャラ風塗り
  • デッサン 杉崎美香 6時間目
  • 欝
  • 習作 水彩 その1
  • デッサン 杉崎美香 4時間目
  • 習作 小池栄子 その1
  • 習作 杉崎美香 その4
  • 習作 Face
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 杉崎美香 その3
  • 習作 杉崎美香 その2
  • 習作 その4
  • 習作 杉崎美香 その1
  • 習作 その2
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 好き好き大好き
  • 電話中
  • βズガイキング
  • モー様の絵 ハケーン!(笑)
  • Mクン 見っけた!(笑)
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ