2015年10月27日

小説『ケイローン奇譚』宇宙シリーズ【外伝】――いて座#17

 ニハルからの吉報はMBH通信によって、すぐさまヒドラとアルナブに伝えられた。
 アルナブは無理に無理を重ね、超次元を突き進み、火星に近い地点で通信を受け、ヒドラは海王星まであと一週間というところで知らせを耳にした。
「ニハルめ、早まりおったな。手を抜くということを知らんようだ。いや、手は抜かなくともよかった。連絡を遅らせれば良かったのだが……それが若さというものかもしれんな」
 戦闘の早期終結はヒドラの予想通りだった。だがそれは、彼の計画を実行にうつす決意を揺るぎないものにした。艦内放送の回線を開かせたヒドラは、総員退去の命令をくだした。救命ポッドが足りないことなど承知のうえだったが、
「定員の限度を無視して乗りこめ!」
 と指示した。
 海王星まで一週間の距離。救助信号は確実に届く。なんとか生き残れるだろうとの結論であり、強引といえたが、この際やむを得なかった。
 彼はもう犠牲も道連れも必要としていなかったのだ。
 こうして、ヒドラは急速凱旋のために、超高速航行で超次元へと跳躍した。
 すでに彼の実の両親である、ペールとメールから確認はとってあった。永遠に生きることを望まない、それが彼らの意思だった。
 人影のなくなった艦橋で、ヒドラは一人背凭れに身をあずけ、自室から運んできた小さな写真立てに納まる、トゥラキアの遺影を見つめていた。
「俺はこれまで勝てない賭けなどしてきたつもりはない。だがそうしたことが必要なときもある。あなたが生きることに賭けたことを今は信じられる。……アルナブの報告を待ってやれないのは心残りだが、これでいいんだ、あいつはきっと俺のしようとしていることを止めるだろうから……」
 <ケイローン>の速度はすでに3.0ライハを超え、さらに加速していた。超光速航行システムのコアに居座った共鳴が強まっていた。
 そのころアルナブはDOXA最高副議長、ユピテールとの通信に成功していた。
「虫のいい依頼であることは百も承知のうえです、ですが検討願えませんか」
 長い黒緑色のカーリーヘアを無造作に束ねた、白皙のユピテールは赤い瞳をいからせていた。
「こちらからの接触を無下に蹴っておいて、困ったからお願いしますといえるその根性が気に入らないわ。一体何度アプローチしたと思って?」
「…………」
「いいこと? あたしたちは核の放射能を何度も浴びせられたのよ! わかってるの!……それだけじゃないわ……女も子どももたくさん死んだのよ、いや、男も死んだわ、老人もよ。というか、老いさき短い老人を殺してどうするのよ!? 無慈悲だわ! 何より許せないのは、男女比がおかしくなって、女たちは男漁りにてんてこまいなことよ! たまったものじゃないわ、誰も彼も目を皿のようにして男を見てる……恐ろしいったらありゃしないわ!……ちょっと、聞いてるの? まあいいわ、どっちにしてもね、あたしはいいのよ、クールでビューティー、それに賢いときてる、そんなあたしに男漁りなんて必要ないの。でも一般ピープルの女は違うの、わかる? あなたにわかって? そりゃーもう大変なのよ、人生の一大事なんだからね! 一大事よ! 意味わかる? それにね――」
 アルナブには理解できなかった。感情のままに怒りつづけ、途切れることなく喋り倒すことが。
 地球圏の女というのは、こういう生き物なのだろうか?……であれば、ヒドラ様が女を毛嫌いした理由に肯ける、喋らせておけばいつかは怒りも納まるだろう……。
 アルナブはそう考えて、沈黙で対抗してみることにした。
「何とかいいなさいよ、このこんこんちきの阿婆擦あばずれ女! あんたなんてきっと恋のひとつも知らないんでしょうよ、きっと一生結婚なんてできないのよ。大体ね、まあいいわ。話は変わるけどね、あの戦争をはじめたのはどっちよ? そりゃあね気持ちはわからなくはないわ、いやわからない、わかりたくもないわよ! あたしはね、夫婦喧嘩も兄妹喧嘩もまっぴらごめんの口なの。いやまあ、まだ夫婦がどういうものか知らないけどね。でもすぐよ、すぐに知るわ、あったりまえじゃないの、そんなこと。そもそもあなたたちときたらさァ――」
 そのときアルナブは全天宇宙図に瞬いている赤い輝点が、ぐんぐん加速していくのに気づいた。
「ユピテールさん、待ってください! ――機関士、状況を説明せよ、ケイローンの速度はわからんのか!?」
「ちょ…………」
 通信回線すら切らず、緊急事態に対応しだしたアルナブを見て、さすがのユピテールも押し黙った。
「MBH通信を許可する、サリティエルのニハルに即刻連絡するのだ、――ヒドラ様との回線は確保できんのか? なんとしても――」
 ケイローン?……ヒドラ?……。
 ユピテールは聞き覚えのある言葉に冷静さを取り戻していった。
「ちょっと、アルナブさんとやら、大丈夫なの?」
「すみません……」
「回線このままでいいの?」
「少し待ってください、五分、いや十分後にでも、こちらからまた連絡を入れます」
 映像が唐突に消え、スクリーンにはノイズが雨のような音をさせていた。
 十分後――。
 ユピテールの前に現れたアルナブの顔には泣きぬれた跡がありありとあった。
「すみませんでした」
「いえ、いいわ、何かあったようね? もしかして、あなたの大事な方の身に?」
「いえ、何でもありません、お騒がせしました」
 ユピテールは気丈に振舞おうとしているアルナブを見て、自分のいったことが的を射ていると確信した。
「わかったわ、お話くらいは伺います。ただし地球でも月でも無理です。火星でなら結構です」
 交渉はなった。だがアルナブにとってそれは深い悲しみのなかでの会見だった。すでに<ケイローン>を示していた赤い輝点は、宇宙図から消失していたのだ。時空を超えて、アルナブとヒドラを繋いでいた赤い光は再び灯ることはなかった。
 <ケイローン>の指令席で、ヒドラはペールからの知らせをすでに耳にしていた。
「コアが破損しました。超次元からの脱出は不可能になりました、海王星への航路も大きく外れました」
「わかってますよ父さん、慌てることもないでしょう」
「あなたは、本当にこれでいいのですか?」
 メールの声だった。
「母さん、いまのボクに嘘はありませんよ。あなたたちには感謝しています、もう普通の関係に戻ったのです、遠慮なく親として話してください」
「ヒュードラー」
「ああ……懐かしい響きですね。はじめてボクの名前を呼んでくれたんですね。これもみんなトゥラキアのおかげかもしれない」
 すでにそこに概念は存在しなかった。すべての機器がわけのわからない数値を示して暴れまわっていた。速度も方位も皆目わからぬまま、ケイローンは超次元を跳躍しつづけている。それが超次元と呼べるのかもわからない。不思議と眩暈や吐き気はしなかった。ヒドラは何かに導かれている感覚に囚われていた。
「誰だろう? ボクを呼んでいるのは? あの助けを求める声はいったい……」
「リビュア! あなた、聞こえませんでしたか、あの子の声が?」
「聞こえたとも、娘の声を聞き違えたりはしないよ」
「父さん、母さん、姉さんの居場所がわかるの?」
 そのとき、タキオン粒子抽出装置の機能が停止して、ケイローンは通常空間に放りだされた。ヒドラの眼前に星のない真っ黒な宇宙があった。
「ヒュー、あなたはきっと来てくれると思ってたわ、あたしはいけないことをしたの……とってもいけないことを……」
「知ってるさ、姉さん。でもボクはそんな風に思っていないよ。姉さんはボクを支えようとしてくれただけだよ」
 ヒドラは宇宙図を見てその場所を確認した。
 いて座A、そこには大質量ブラックホールが存在することが知られていた。
「ケイローン、お前はお前自身に戻るんだ! ヒドラがヒュードラーに戻ったように。父さん、あの黒い星に進路をとってください。全速前進です!」
 ペールは残ったエネルギーをすべて投入して最大加速を維持しようとした。噴射炎は流星のように長く棚引きつづけた。
 <ケイローン>とヒドラ、そしてペールとメールがその後、どうなったのかは誰も知らない。彼ら自身もまた知り得なかったのだろう。
 ただヒドラは、この宇宙の法則に逆らって生きつづける不幸を抱えた両親を救うために、自ら生命を捧げることを誓い、それを果たしと確信していた。ブラックホールのその先には、光の世界があると信じていた。そこで姉のリビュアに再会できると信じて疑っていなかった。

 その後、暗黒崇拝教は、海王圏ネプチュランと名称をかえ、地球圏との外交関係を樹立した。
 民衆の支持をうけて、海王圏初代大統領にはニハルが選任された。フォルクマールが改修したグラッジ・コントロール装置は人の善性を引きだし、共和民主政体をつくりだす大きな要因となったのである。
 アルナブは、トゥラキアの乗船許可データが間違いなく存在することを確かめ、ヒドラとの約束を果たすことができた。ユピテールの全面協力によって、DOXAとの技術提携もとりつけることができたのである。
 海王星を目指しながら一人自室に閉じこもりがちなアルナブは、ヒドラの遺していったデータを読む日々を送っていた。ヒドラの過去を知ってゆくうちに、アルナブは彼が決意してとった行動の底にある意味に気づき、ほんの少しだけ心が癒されてゆくのを感じていた。しかしその本当の意味を知るためには、生きなければならない、彼女にはそう思えたのだった。
 ヒドラの遺したデータカードにある、拙い文字で綴られた詩歌には、ヒュードラーの面影があるように思うアルナブなのだった。

  主よ、わたしをあなたの平和の道具としてください。
  憎しみのあるところには愛を
  いさかいのあるところには許しを
  疑いのあるところには信頼を
  絶望のあるところには希望を
  暗闇には光を、
  悲しみには喜びを
  もたらすものとしてください。

  聖なる主よ、
  慰められるよりも慰めることを
  理解されるよりも理解することを
  愛されるよりも愛することを
  わたしが求めるよう、お導きください。
  わたしたちは、
  与えることにより与えられ
  許すことにより許され
  自分を滅することにより
  永遠の命をいただくのですから。

    聖フランチェスコによる瞑想の言葉――

―完―



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