2018年05月13日

塩野七生『ローマから日本が見える』とE・ギボン『ローマ帝国衰亡記(普及版)』を読んだ

ローマとひとくちにいっても定義はなかなかに難しい。
ローマ帝国いうなら、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)亡きあと、彼の志を継いだオクタウィアヌスがアウグストゥスという称号を得て、帝政を敷いてから、帝国が東西に分裂し、やがて西ローマ帝国が滅び、東ローマ帝国が滅亡するまでと言える。

だが、ローマという呼称で見るなら、初代国王ロムルスが打ち建てた王政にはじまり、やがて共和制を内包した王政となり、前述したオクタウィアヌスが皇帝となり、帝国が東西に分裂し、その双方が滅びるまでと考えられ、その期間はおおよそ2200年の長きにわたると言えるだろう。

歴史の見方は簡単ではないゆえ、こうした史実をもってローマという国家が人類史上もっとも長い期間存続した文明国家であるというのは難しいが、そういってしまってもいい部分もあろう。

古代エジプト文明にあっては、紀元前5世紀からはじまり、有名なクレオパトラの時代に滅亡するまで存続したのであるし、古代ギリシャ文明は紀元前8世紀ごろにポリス(都市国家)が出来たと言われているのだが、こうした文明とローマを簡単に比較することはできないわけだ。

なぜなら、エジプトやギリシャの文明はローマと比べれば、規模が非常に小さく、当時の時代背景や地政学でみても、外敵からの侵略に悩まされることが稀だったといえるからだ。
しかしローマは違う。版図が拡大していくにしたがい、外敵――蛮族と蔑称される異民族――の侵入に常に脅かされるという構図を持ちつづけていたからだ。

ギリシャやエジプトは内憂はあったが外患に襲われるまでに相当ながい期間、安穏な国家運営を行なえたが、ローマは常に内憂外患を抱えた文明国家だったといえるわけだ。
したがって、近現代の国家と国家の関係性を含んで長期間存続しえた国家として、ローマ及び、ローマ帝国から学べることは多大にあると言えるわけだ。

恐らく、こうした前提を考えて、ロ−マ関係の書籍を選び、学ぶのがいいのだろうが、いざそれを実践しようしても、悩ましいほどローマ関係の書物があり、戸惑ってしまうというのが実際のところだろう。

かくいうわたしも、どの本を読めばいいんだとそれなりに悩んだが、この記事で紹介している三冊で大まかローマ史を学べたことは幸運以外のなにものでもなかったと思っている。

塩野さんの『ローマから日本が見える』は、初代国王ロムルスから初代皇帝アウグストゥス(オクタウィアヌス)を語っており、ギボンの『ローマ帝国衰亡記(普及版)』は初代皇帝アウグストゥスから東ローマ帝国最後の皇帝コンスタンティノスまでを描いているからだ。

とはいえ、ローマ史はそんな簡単なものではないのだが、その辺は個々人が学ぶことでしか解決のしようがないだろう。
したがって、その辺のことは割愛して、読み終えた3冊の中で特に感銘を受けた部分だけを引用しておこうと思う。


塩野七生『ローマから日本が見える』――

政治上の平等を求める抗争ならば、貴族の側が平民に門戸を開けば一気に解決する。
しかし、貧富の対立の場合、一気に両者の溝を埋め、ローマ人が好む「融和」を実現することは難しい。貧乏人を一夜にして金持ちにする「魔法」は二十一世紀になってもまだ見つかっていません。


(宗教や哲学はある意味で、それを信奉するものの共生しか保障しえないが)法は違います。同じ信仰を持っていなくても、同じ知的レベルになくても、法というルールを守って生活している限りは一緒に暮らしていける。

上記2点を併せて考えてみて欲しい。
言われてみれば法は非常に有用であることはわかる。だが、法は機会の均衡(平等)は与ええても、現実にある様々な不平等、不均衡を正すことは出来ないといえるわけだ。

さてそこで大事になるのが、塩野さんの論理だと、一度は否定された哲学の重要性が現れてくると思われる。
なぜそういう思考になるかは、ルソーを学べばわかるだろう。
人間は生まれながらに不平等である。しかしその不平等を解消できうる政治的な仕組みはあるのだろうか? あるとしたら、それは「一般意志」に基づく「社会契約」によって解消しうるかもしれないと考えたのであるし、近現代の政治や行政は、基本的にはこのルソーの思想が根底にあるからだ。

いうまでもなく、ルソーが言っているのは「社会契約」を結ぶための基本になっている「一般意志」である。
すなわち、意志とは制度でも法でもなく、人が契約をどう見ていくかである。
したがって、ルソーの「社会契約」がもちろんのこと、政治や法というものには、その根底に哲学的知見が必ず必要とされるというわけだ。

塩野さんは、まるで法が万能のように言っているように聞こえるが、ここは注意が必要であろう。


結局のところ、説得力とは要するに敵の心を動かすだけの力があるのか、ということです。


味方の良い部分をあげつらったり、敵の悪い部分を指摘するのは簡単だが、このような説得ができる人材はなかなか現れないのだろう。


リーダーたらんとする人は自分が地獄に堕ちることを覚悟してこそ、国民を天国に導くことができる、ということになる。

M・ウェーバーの政治を職業にする人の心得を塩野さんなりに言うとこうなるのだろう。
塩野さんの言葉はウェーバーよりわかりやすいですかね。


E・ギボン『ローマ帝国衰亡記(普及版)』――

古代の精神は実に寛容であり、各宗派についても、人々は相違点よりもむしろ類似点に注目していた。ギリシャ人にせよローマ人にせよ、あるいは蛮人にせよ、それぞれの祭壇に向かってはいたものの、内心だれもが一様に、名称や儀式こそ違え、同じ神を崇めているのだとおもっていたのである。
そして、この古代世界の多神教崇拝に、美しい、ほとんど整然とした体系をもたらしていたのが、あのホメロスの優雅な神話にほかならない。


何もいう必要はないだろう。
ギボンの文章の美しさを味わってほしい。ただそれだけだ。


およそ社会の進歩は、次の三つの側面からこれを考察することができる。
(1)詩人や哲学者は、おのれが生きた時代や祖国を教化しようと、これに精魂を傾ける。(後略)
(2)法治、産業、学芸、これらがもたらせる恩恵は、きわけて堅固不変のものであり、教育や訓練によってそうした技術を身につけた多くの人々が、それぞれの分野で共同体の幸福に資することができる。(後略)
(3)人類にとって幸いにも、きわめて有用な技術、少なくとも必須の技術については、卓越した才能や国民全体の隷従がなくとも、これを発揮することができる。ただ、各村々、各家庭、各個人に、火や金属の使用、家畜の増殖や使役、漁業の方法、航海術の基礎知識、穀物そのた滋養ある穀物の栽培、単純な工芸、これらを永久に伝えようとする思いとそのための能力がありさえすればいい。(後略)



残念ながら、ギボンが人類存続のために掲げた三項目は、崩壊の方向へと進んでいるだろう。
詩人? 現代にまともな詩人なんているんですか? 例えいなくとも、古典の詩歌を復興させようという動きがあればいいのだろうが、さてそういう動きが現代にあるのだろうか?
人々が求めているのは詩歌ではなく、娯楽小説ではないのか?

すでに、日本においては共同体が破壊しつくされていることは周知の事実だ。EUからの英国の離脱もその例に漏れまい。共同体あっての家庭であり、家族であることを蔑ろにして人類に未来などありえないだろう。

そして昨今は、各個人の次元にあっても、AIを万能であるかのごとく思いこみ、自分自身の身体を維持する技術や能力さえ手放そうとしはじめいるわけだ。

ともあれ、悲観的に考えるだけが能ではないのだから、この辺りを、わが身、わが思想に引き当てて、よく考えて見ることも、決して無価値ではないだろう。

結局のところ、ギボンがローマ帝国史を眺め通して見つけだした「衰亡しないための方策」は、法や政治や制度や利便性や効率化、また貧富の差などではなく、人類がもともと持っている能力に行きついていることを考えれば、何に注目すべきかなど、自明の理であると、わたしは思う。

人間性の復興以外に、人類の未来を明るく照らす、希望の光は存在しないのだ。

ipsilon at 13:12  
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