2018年05月13日

『火垂るの墓』を観た

2018年4月5日、高畑勲さんが亡くなられたことを知っている人は多いだろう。
そういうことがあって、ここしばらく、高畑さんという人は、いかなる思想に生き、その思想をどのように作品に描き出したのかを、追悼しつつ自分なりに読みとろうと、いくつかの作品について考えてきた。

もっとも、この『火垂るの墓』は過去に二度ほど観たあと、「こんな辛い映画二度と見たくない!」と思い、ずっとみていなかった作品だった。
しかし、ついこのあいだ岡田斗司夫による高畑さんを追悼する動画をみて、俄然、『火垂るの墓が』観たくなってしまった。

古い作品ゆえ、様々な人による解釈や都市伝説といえるものがネットにも沢山あるが、おおよそ、高畑さん自身が『火垂るの墓』という作品で伝えたかったことはwikiにある内容といっていいだろう。

高畑勲は、本作品について「反戦アニメなどでは全くない、そのようなメッセージは一切含まれていない」と繰り返し述べたが(「決して単なる反戦映画ではなく、お涙頂戴のかわいそうな戦争の犠牲者の物語でもなく、戦争の時代に生きた、ごく普通の子供がたどった悲劇の物語を描いた」とも、反戦アニメと受け取られたことについてはやむを得ないだろうとしている。高畑は、兄妹が二人だけの閉じた家庭生活を築くことには成功するものの、周囲の人々との共生を拒絶して社会生活に失敗していく姿は現代を生きる人々にも通じるものであると解説し、特に高校生から20代の若い世代に共感してもらいたいと語っている。また、「当時は非常に抑圧的な、社会生活の中でも最低最悪の『全体主義』が是とされた時代。清太はそんな全体主義の時代に抗い、節子と二人きりの『純粋な家族』を築こうとするが、そんなことが可能か、可能でないから清太は節子を死なせてしまう。しかし私たちにそれを批判できるでしょうか。我々現代人が心情的に清太に共感しやすいのは時代が逆転したせいなんです。いつかまた時代が再逆転したら、あの未亡人(親戚の叔母さん)以上に清太を糾弾する意見が大勢を占める時代が来るかもしれず、ぼくはおそろしい気がします」と述べている。

そして、こうしたことを踏まえたうえで、わたしが感じたことを一言でいうならば、こうなる。
『火垂るの墓』の最大のテーマは「人間の中にある最悪のものはエゴイズムである」と。


冒頭から、ずっと清太を見ていれば彼がとてもエゴイスティックであることが見えてきたからだ。
最初の空襲の場面からして、高畑さんはそういう描き方をしている。
清太は、多くの人が逃げていく方向とは反対へといこうとしていることを描いているからだ。もちろん、他の空襲の場面でもそういう描き方をしている。みんなが右へ走っているのに、清太だけが左に走っていくといった風に。
つまり、高畑さんは冒頭ですでに社会と協調することなく自分たち家族だけの幸福を築こうとする清太を描き出しているわけだ。

こうした場面はずっとつづく。
叔母の家にやっかいになっても、お礼も言えない。頭を下げて許しを請うこともしない。もちろん、手伝いもしなければ、辛いことに耐えながら助け合う姿勢がまったくないのだ。

そして終いには、両親が残してくれた金や物(売ればお金になるお母さんの遺品の着物)さえあれば、なんとか節子とふたりだけの家族みずいらずが実現できると思いこむわけだ。
そういう清太を描くために、彼が銀行にいって金を引き出してくる場面を何度も描いている。

んまぁ、お母さんの着物を叔母さんが売ろうとして、節子が激しく泣く。幽霊の清太が、泣き叫ぶ節子の声を聞きたくなくて耳を塞ぐ。そしてそのあと桜吹雪が舞う中、清太たち家族四人が仲良く記念撮影している。そして散っている桜(家族の美しい思い出)が、現実的な食糧=米に変わっていく場面。
もう、言葉にして感じたものを説明しようがないのだが、この場面はヤバかった。ここも涙腺破壊ポイントだったわけで。
でもって、このあとに続く場面、米を見た清太が素直に喜ぶ現金さがねぇ、なんか嫌なんだ。生きてくためには仕方ないのはわかるし、育ち盛りに飢餓ってのは辛いのだろうが、でも何か嫌だった。

ともあれ、物と金があれば生きていける? なわけないだろ! というのが高畑さんの思いなわけだ。
家族(家庭)というのは、社会との協調があってはじめて穏やかな家族を作れるものだ、否、家庭の幸福というものは、安穏な社会があってはじめて実現できるものなわけで、清太はそれがわかっていないんだというのが高畑さんの思いなわけだ。手厳しい描き方だが、これは真実だろう。

そして何より残念なのは、そういう清太のエゴイズムのせいで貧苦にあえぎながら死んでしまう節子なわけだ。
確かに、節子も「叔母さんのところに帰りたくない」と口にするのだが、これはエイゴイズムとはいえないだろう。
なにしろ節子は4歳なのだから。
ゆえに、この節子の思いというのは、子ども心の“あるがまま”だと見ていいだろう。
だからこそ、節子のその後が可哀想で仕方ないというように高畑さんは描いているわけだ。
(どんだけ意地悪なんだよー高畑さん!! 確かに現実ってのはそういうものだが……。社会の中で一番被害を受けるのは子どもだからねぇ……)

ともあれ、そういうことで節子は清太のエゴイズムの犠牲になって最後は死ぬわけだ。
しかし、非常に残念なことに、清太は最後まで自分のエゴイズムに気づかなくて死んだため、地縛霊のようになって、映画公開当時の現代でもいまだ社会を恨みつづけ、しかも何度も何度も自分のしたことを見せつけられることになるわけだ。
そういうことを表現するために、高畑さんは幽霊のようになった清太と節子は、赤い色で塗り、清太の世の中への怒りを阿修羅であるとして描いているわけだ。

観てるこっちからすると、清太、お前が自分たち家族の幸福だけ考えて、世間に背を向け、終いには空襲中に窃盗して、世間の人々に「ざまあみろ!」と嬉々として言うようなことをしておいて、世間を逆恨みするとかないわ!! とムカツイタわけだが、いやそれ以上にそういう清太のせいで死ななければならなかった節子に目をうつすと、もう何ともいいようのない悲しみに打ちのめされたわけだ。

なぜって、その節子はただ“ありのまま”にお兄ちゃんと一緒にいたかっただけであり、そこにはエゴも何にもないのだから。
その悪意がまったくない節子が清太の犠牲になったのに、その節子が自分が地縛霊になってしまったことにも気づけていないと描いているわけだ……。
こんな悲劇ないでしょ……。

冒頭の場面を思い出してください。
節子が叢から起き上がって、三ノ宮の駅で息絶えた清太の姿を見て、兄の遺体に近づこうとすると、幽霊になった清太に肩を叩かれ、止められるんですよ。
だから、節子は自分が死んだことさえ、いわんや兄ちゃんが死んだこともわかっていないわけだ。

なぜ節子が自分が死んだことがわかってないといえるのか?
それは節子の死が迫った場面を見ていればわかります。
大事にしていた人形が何度も何度も画面に大写しされるからです。人形はすでに節子が人間性を失っていることを暗示しているわけだ。
でも、それでも節子は最後に「お兄ちゃん、おおきに」といってこと切れるわけだ。
ここの涙腺への破壊力の凄まじさよ。

そして、節子が死んだあとは、清太もまた人間性を失っているように描かれていく。
当たり前ですよね。節子との暮らしだけが彼にとっては現実だったわけで、それ以外の社会は彼にとっては敵でしかないからです。その敵だらけの世界で人間性を維持していく意味は、彼にはもうないわけです。
(自業自得なんだけどね……)

だから、節子が死んでから清太は、感情をともなった、いわゆるセリフを一言も喋っておらず、彼の幽霊の声でモノローグがあるだけなんです。
もうね、高畑さんの演出、恐ろしすぎるんだなぁ……。
だから、清太の死は、ある意味自殺だといってそう的外れではないわけだ。
その清太の冒頭の辞世の一言も痛いたしいわけだ。「いま何日なんやろ」ですよ。
死後、彼が幽霊になって時間もなにもわからなくなったことを見事に抉りだしているセリフではないかと。
半ば自殺、あるいは社会に対する深い怨恨をこういう形で描写するとか、見事としかいいようがないのだ。
うつになった人ならわかるだろうが、重度になると日付も曜日も朝か夜かもわからなくなりますからね。
地獄とはそういうものだとこの短いセリフだけで表現してるのだろう。

横穴に移り住んでから、お母さんの遺骨を入れた箱の前を赤い二つの光が飛んでいく場面もね、嫌だったなぁ。
赤=阿修羅。お母さんがいるであろう天国とは違うところに、清太と節子はいくんだよと、暗示してるわけで……。

結局、高畑さんは、自分たち家族だけとかいった限られた範囲の幸福なんてありえないよ。それはエゴだよということを、この『火垂るの墓』で描いているといっていいだろう。

しかし、そこでもう一つの視点を忘れてはならないだろう。
それが叔母。
彼女もまたエゴイストだという風に描かれているんです。
それは清太のようなエゴではなく、世の中ってのはこういうもんなんだよ、だから世の中の仕来りに従え! 社会で生きていくには「こうであらねばならぬ!!」という、これも激しいエゴなんですね。別の視点で見れば、全体主義を押しつけようとするエゴですね。
ということで、清太も叔母もどっちも酷い非道いエゴイストなんですよ。

救いがねぇ……。
いいえ、そんなことはないんです。
それが冒頭、清太が瀕死になってるときにおにぎりを置いていくご婦人、あるいは、はじめの空襲のあとにカンパンをもらってきてくれたお嬢さん、あるいは、清太がものを譲ってもらった農夫、そして窃盗がばれて捕まったときに、かばってくれた派出所の人たちもちゃんと描かれているんです。派出所の壁には「八紘一宇」という貼り紙がされてるとかね、細かいとこで、人間は助け合い支えあってでなければ、生きていけないということを演出してるんです、高畑さんは。

特に農夫はセリフできちんと高畑さんの思いを言ってるわけです。
「物や金でどうとかじゃないんだ(趣旨)」とね。
多かれ少なかれ、清太はそのように無償の支えともいえるものに支えられたり守られてきたのに、彼はそれに気づけなかったわけですよ。
まあ14歳には酷とも言えるし、恵まれた家庭環境で育ったゆえの甘えもあるんですがね。

けれども、戦争中だったんだからとは言いわけできないんだぞ! と高畑さんは描いているんです。
だから、だから……なおのこと節子が可哀想で、可哀想で、涙腺のダムが大崩壊を起こしたわけですよ。


なんですか、あのラストシーンまじかの挿入歌がかかるところは……酷すぎるだろ。
かかる曲のタイトルは「home sweet home」ですぜ。
そういう曲がかかってる間じゅう、清太が買い出しにいっていて、一人で遊んでいる節子がずっと映されてんだよ!
この場面のどこが愛しのわが家なんだ!! ふざけんなよーって泣きましたわ。
結局のところ、いつもお兄ちゃんといたいという節子のたった一つの願いさえ叶えてやれなくれ、「home sweet home」だと!? マジふざけんな……。

とにもかくにも、エゴイズムはどうしようもなく人を不幸にするということを、高畑さんは『火垂るの墓』で描き切ったといって過言はないだろう。



しかたない、もっかい泣いとくか……。


見てみなさいよー。曲が終わるまで、節子ずっと一人やないか。バカタレ兄貴が!
もっとも、歌詞を見ると、また違った見方があるとも見えるはずなんですがね。


後半、感情的な表現になったが、そうであっても、亡き高畑さんの思いを、僕は僕なりに受け取って生きていくんだと思ってはいる。
ある意味で、清太の姿は過去のわたしの姿と重なる部分があったのだし。


それにしても面白いことに、こういう作品を作りあげた高畑さん自身が、非常にエゴイストで、嫌だ! と思ったら何がなんでもそれを貫きとうす人だったわけで。また宮崎駿さんも、そういうエゴの強い人なわけですよ。気にいらなければ、人が書いた作画を全部自分で描きなおす人ですからね、宮崎さんは。
だから、エゴを徹底して貫いていくと、そこを突き抜けて、エゴは良くないよ! という見本になったり、こういった作品を作りだして人々を感激させるわけですよ。

エゴな人がエゴはいけないと痛切に訴える。こういうところが人間の面白さだし、不思議なところなんでしょうね。
作品というのは、監督自身の姿を描き出してしまうという町山さんの指摘の的確なことよ。
スターウォーズもしかりなんですがね。アナキンは我儘でエゴイストなルーカスそのものですからね。
ルーカスはスターウォーズの成功にもっとも貢献した編集の奥さんと離婚したわけで、さながらそれはアナキンとパドメの関係でしょ。で、一時は酷いエゴイストなダースヴェイダーになったわけですよ、ルーカスは。

ipsilon at 15:03 
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