2018年05月17日

マーク・トウェイン『人間とは何か』を読んだ

マーク・トウェインといえば『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』といった日向性の作品で有名な作家であろう。
しかし、この『人間とは何か』は、どちらかというとトウェインにある日影性の作品といえよう。

岩波文庫の表紙にある紹介文には「ペシミスティック」とまであるが、個人的な感想を言えば、決してそうはいえないと思えた。
それは、最後の一文に表れているだろう。

老人 人類ってのは、そんなに楽天家なんかねえ? 君もそう思うだろう。これだけの不幸にたえながら、しかもなお幸福だってことを考えるとだな、いくらわしが彼等の前に、冷酷無残な事実を並べ立てたところで、果して彼等のお目出度さ加減を奪えるもんかどうか、怪しいもんだ。そんな力がこのわし、、、、にあるなどと思われちゃ、残念ながら買被りってもんだろうな。そんなことのできるもんはいない。試みっていう試みはなされたんだから、みんな失敗さ。だから、なに、心配することはないんだ。

と、こう終わるわけだ。

つまり、結論としては、人間のどうしようもない愚かさを各々の眼前に晒して見せたとしても、人間というものは、それが自分のことではないとでもいうように、気楽に生きていってしまうものだ。どんなに誰かにおかしな点を指摘され、非難されようと、自分自身で自分のおかしさに気づいて自分を変えようとしない限り、誰が何をいっても意味はないのだ、と言っているのだ。が、はたしてそれがトウェインの本心だろうか?

もちろん否だ、なぜなら、彼がそう思っていたなら、匿名をつかってまで『人間とは何か』を発表することはなかっただろうからだ。
このあたりに、トウェインが一筋縄ではない人物であることが伺える。

といことで、わたしはこの作品がペシミスティックだとは捉えていない。
むしろ、本作はトウェインの渾身の思いが込められていると言えると思う。

そもそも、プラトンが使った対話篇といった形式をとったのはなぜだろうか?
ここにもトウェインの英知があるとわたしは見る。
結局のところ、このような対話を重ねることでしか、相手自身が自分の間違いや思い込みに気づき、自分を正していこうとする行為は引き出せえない、ということを、トウェインは見抜いていたからだろう。

ただし、引用した部分にある「、、、、」というルビを見れば、トウェインが、人は変えられない。変えられるのは自分だけということも十分に承知していたことは読み取れよう。


読み方は人それぞれあるので、細かなことはこの辺にして、わたしが感銘を受けた部分を引用しておこう。

老人
 他人のために自己犠牲をやる人間なんてのは絶対にいない――つまり、他人のためだけの、、、自己犠牲なんてありえない、ってことを言っただけさ。たしかに、人間、他人のために毎日自己犠牲はやってる。だが、それもまず第一に、、、、、は自分のためなんだよ。なによりもまず、、、、、、、その行為は、自分を満足させるものでなくちゃならん。



老人 まず君の理想をより高く、、、、さらにより高く、、、、、、、するように努めることだな。そしてその行く着くところは、みずからを満足させると同時に、隣人たちや、ひろく社会にも善といった行為、そうした行為の中に君自身まず最大の喜びを見出すという境地を志すことさ。

実に見事な宗教観だと思う。
人というのはどうしたって自分が一番可愛い、どうころんで何がどうなろうと自分が一番かわいいわけだ。
であるなら、そのどうやっても捨てられない執着ともいえる自己中心性をまず認めたうえで、それを活かして、利他行為をすればいいと言っているわけだ。

ところが、あらゆる昨今の宗教は、まず他人のために何かやれ! という偽善を勧めているんだ、とトウェインは引用した文の後で見事に暴いてる。そしてそうしたことを教団に強制されるがゆえに、本当に自分がやりたいことを投げ打ち、自分の心に嘘をついて無理矢理に利他行為をしようとするから、精神的な病気になるわけだ。
いわば、強迫神経症といったね。

もっとも、古典的な宗教の祖師たちは、トウェインが言っているような信仰を勧めているのだが、ほとんどの場合、弟子がそうした思想を歪めてきたのであって、祖師はおかしなことを説いていないのだ。

加えていえば、こうした自分のやりたいことが、そのまま隣人や社会への貢献となるように行為せよ! というのはカントの「定言命法」にあたるわけだ。

こういう正しい宗教観を知ってみて面白いのは、自宗の正しさを証明しようとして他宗を極悪呼ばわりすうようなことは、結局のところ、その人が一番やりたいことは他者を徹底的に攻撃してでも自心の安穏を築きたいという自己愛の表れなことは明白だろう。
少なくとも、わたしは自己愛を攻撃的に使いたいとは、もう思わないんですがね。

イプシロン、あんたはそんなことをしてたら悪くなる。そう言ってきた人も同じでしょ。その人自身が、私が悪くなるのを見て、ほらみろ俺の言った通りじゃないか! ってご満悦したかった。そういう感情に浸りたいというのが、その人の本音であり本心だったわけ。
でもわたしは見抜いてたから、付き合ってられませーん! ってやって来ただけ。あんたを満足させるために俺は生きてるんじゃないよーってやってきただけ。


老人 われわれ人間て奴はだな、君のそういう「全体」って奴の上に、なにか主人、そして王ともいうべきものを想定した上で、そいつを「わたし」と呼んでるだけ。だから、それを定義づけるとなると、たちまち困る、できんのだよ。

お見事! そのとおり。厳密にいえば「わたし」なんてものはないのだ。しかし、現実のわれわれの意識は決してそういう捉え方をしない。だったら人は、現実的には、まず自分の中にある自己中心性を見据えたうえで、自分もみんなも幸福になる行為をすることでしか、偽善性のない利他行為などできないということだ。

繰り返しになるが、トウェインの思想は素晴らしいと思う。
人の中にある、ある意味どうしようもないエゴイズムを認め、そのうえで、そのもっとも強いエゴイズムを活かして自分を含む世界に貢献するにはどうすればいいかを端的に語っているからだ。
もっとも、トウェインの言っているとおり、そうした宗教観は一万年も前から繰り返し繰り返し説かれてきた原理なわけだが……。

『「火垂るの墓」を見た』という記事で、エゴイストである高畑さんが、エゴはいかんというのを徹して自分の信念で描いたことで素晴らしい作品ができたというのも、こういう原理なわけだ。エゴを否定している人がエゴイストだなんて矛盾しているが、人間とはそういうものなのだ。
しかし、トウェインが言っているように、また高畑さんが生き様で示してくれたように、まず自分が第一であることが大事なわけだ。そのうえに利他があるものなのだ。
またそうあらなければ、どんなに崇高に見える利他行為をしようが、それは偽善なのだ。

ipsilon at 19:25  
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