2018年07月04日

ドストエフスキー『罪と罰』を読んだ

正直、期待していたほど感動しなかった。
というのは、ここ4、5年にわたって、仏教を中心として、キリスト教、西洋哲学を自分なりに徹底的に学んで、この世界に生きるとか、魂にとって最善とはなにかとか、悟りとは何かをわたしなりに掴めたつもりでいるからだ。
ようするに、『罪と罰』も、わたしが歩んだような「哲学の道」を歩いていけば必ず到達するだろうことを描いていたからだ。

もちろん、傑作と呼ばれるだけあって、「哲学の道」をそう進んでいなくても、非常に感情や、人によっては直感に訴えてくる優れた作品であろう。だが、ドストエフスキーの特徴である、人間の醜悪を徹底的にむきだしにする描写をずっと読んでいると、その醜悪さに苛々してくることは否めないだろう。

もちろん、美しい場面、言葉もあるのだが、美と醜の割合は、醜=95%、美=5%といった割合なので、読むだけでもそれなりの体力が必要だろう。醜100%!! 奉仕にて美5%増量中!みたいなね。
読書、あるいは外国文学、いや、ロシア文学に特徴の登場人物の名前の表記が一人に対してもいくつもあるという(本名、略称、愛称で併記される)難読ささえ乗り越えている人なら、そう難解な作品とはいえないだろう。

個人的に印象に残ったのは、冒頭近くの(主人公)元大学生ラスコーリニコフと極貧の退職官吏マルメラードフの会話場面、そのマルメラードフが馬車に轢かれたのをラスコーリニコフが救護する場面、そうして轢死したマルメラードフの実娘ソーニャとラスコーリニコフが彼女の部屋で「ラザロの復活」について会話する場面、そして3回にわたるラスコーリニコフと予審判事ポルフィーリーの対話といったところ。

エピローグの人間性を取りもどす、いわゆる「復活」の場面は、あらすじを読んで、そうなることを知っていたので、そう感動はなかった。
むしろ、ラスコーリニコフが、ソーニャの信じている自己犠牲に生きることによって結果自分も救われるという信念を、それも結局はエゴじゃあないのか!? と責め立て、聖書「ラザロの復活」にある福音を読ませる場面の緊迫感に痺れた。ある意味では、ソーニャは復活という救いを信じていたのだが、救われたという体験もなく、救えたという体験もなかったのだから、ラスコーリニコフに責め立てられれば、「それもエゴかもしれない……」と不安になるのは当然なわけだ。
そういうふうに読むと、エピローグはソーニャがラスコーリニコフを救ったのではなく、彼ら二人が互いを救いあった――人間は決して一人では救われない――ということを鋭く描きだしていると読めるだろう。

仏教の場合、独覚などという言葉もあるが、現実はやはり一人では悟れないのだとわたしは思っている。究極的には最後は自分の気づき、自覚ですがね。
仏陀が死にそうになったとき、一杯のスープを布施したスジャータ。そういうまだ幼い子どもからの無償の慈悲を受けて、仏陀は自分の中にもそういう慈悲があると気づけたんだと、わたしは解釈している。

『罪と罰』の場面でいえば、ラスコーリニコフが直感的に、自分に対してソーニャが憐みの涙を流す事を望んだ場面などがそうだろう。相手の行為を見ることで、実感として自分の中にもそうした憐みがあると知れることが、人間の中にはプログラムされているのだろう。


何にしても、『罪と罰』は読書メーターの感想に投稿した、
人間にとって最大の「罪」とは何か? エゴイズムである。己の信念や理想こそ絶対に正しいと思い込む理性的で攻撃的なエゴである。その罪によって自分で自分を苦しめるのが「罰」である。
ということが全てだと思った。

もちろん何が「罪」で何が「罰」かは読む人しだいだが。
とはいえ、さらに本質的な解釈(といってもキリスト教での解釈)をすれば、罪とは原罪のことを言っており、罰とは原罪ゆえにあらゆる人間が抱えている宿命、あるいは運命といっていいだろう。

罪とは、生命の木から禁断の果実をとって食べたことによって、森羅万象が一つになっている状態から、やがて死ぬにもかかわらず生きなければならず(生命の木)、善悪や美醜というように、すべてを相対的にしか認識できない、時間と空間のある世界(つまり、意識世界)に生まれてくることで、善か悪か? 生きるか死ぬか? やるかやらないか? 進むか止まるか? といった相対のどちらか一方を選ばざるを得ない苦悩を抱えたというのが罪にあたる。つまり、死ぬにもかかわらず生きなければならない矛盾、どちらか一方を選ぶことで、全体を知ることが不可能になり、部分観しか知りえないにも関わらず、全てを知っていると思い込む傲慢――理性の限界――の中で生きざるを得ないことによる苦しみ、それが「罰」にあたるだろう。
無論、われわれが生きているのは意識世界だけでなく、寝ているときは無意識世界にも生きているわけだ。

もっとも、寝ているときは生きていると意識できないから、生きているとは言えない。だからそういうことを総合すると、われわれは生きているとも死んでいるとも言えないわけだ。
ようするにわれわれの真実の存在(魂)は、生と死という相対的な価値観で判断できないのが、実はわれわれの存在の本当の在りようなわけだ。
そうした真理から見れば、起きて行為しているわれわれは、意識世界を相対的にしか見ようとないし、相対的な判断しかしないから、世間で行われていることはほとんど全て真理に背いた背徳であり、狂気と苦悩ばかりをわれわれは自ら作りだしているわけだ。

そしてもちろん、こうした罪と罰を逃れて生きる方法は、この世界には、宗教的信念に生きるしかないわけだ。
どんなに現世的な願いを追おうと、物質的に豊かになろうが富裕になろうが、利便効率を為しえようが、政治に熱中し権威権力を求めて権勢を誇ろうが、そうしたものは死によって全て失われるのだから無意味、いなむしろそうしたものを求めれば求めるほど、失うことの恐れに苦しむのだから、有害ですらあるというのが、宗教的信念になるわけだ。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。(平家物語)」
というわけだ。

あるいは、
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。(方丈記)」
というわけだ。

『罪と罰』では、そうしたことをポルフィーリーに語らせている場面もある。
ただ人生を、ただ「今ここ」を“楽しめばいいだけ”、といった具合に。


あなたが別な種類の人間の中へ移って行ったところで、それが何でしょう? あなたのような心をもっている人間が、安逸を惜しむわけもないでしょうが、そんなことが何です? 問題は時間にあるのではなく、あなた自身の中にあるのです。太陽になりなさい。そしたらみんながあなたを仰ぎ見るでしょう。太陽はまず第一に太陽であらねばなりません。

間違いなく名言だ。
別な種類の人間というのは、自首して囚人たちの中へということ。安逸を惜しむというのは、ある種、異常なまでの勤勉性を持ち、とことん突き詰めて思索し、性格的に困っている人を見ると放っておけないようなラスコーリニコフなような人であれば、強制労働など苦にならないであろうという意味。
そのあとの文の説明は不要だろう。
あえて言うなら、太陽はまず太陽でというのは、いい換えれば、自分が自分であること、外ばかり見て苛々して人間社会に不満を抱いたり絶望するのではなく、己の中を見る、その作業をする場所が例え刑務所であっても、自分の本性、なかんずく人間の本性、人間に生れてたきた意味と目的を見つけだしなさいということになろう。


ぼくに言わせれば、きみが自分でやる決意がないのなら、正義もへったくれもないよ!

名言だ。
ネットでは、自分で全てやってもいないのに、俺たちの教団こそ唯一無二の正義の教団だなどと大風呂敷を広げている人たちもいるが、そういう方たちには是非こういうことを考えて欲しいものだ。
自分がやってもいないのに、自分が所属している教団のやっていることが正義だと証明できるのかどうか? ということだ。


われわれはすべて、一人の例外もなく、科学、発達、思索、発明、理念、欲望、リベラリズム、分別、経験、その他すべての、すべての、すべての、すべての、すべての分野において、まだ予備校の一年生です! 他人の智恵でがまんするのが安値で、すっかりそれに慣れきってしまった! ちがいますか? ぼくの言うのがまちがってますか?

ちがってません!! 知りもしない、わかれもしない他人の心の内面がわかったつもりになって、あれこれ言う。利口で、いかにも頭でっかちに見えて、実は自分の体験したこと以外、何一つ正確に知ることさえできないことも知らない。そう、無知の知の境涯にさえほとんどの人が達していないわけだ。


明朗な心と、清新な感覚と、素直な清らかな情熱を老年まで保っている婦人は、たいてい若く見えるものだ。ついでに言うが、これらのすべてのものを保つことが、おばあさんになってからも、自分の美しさを失わないたった一つの方法である。
人間の醜悪をむきだしにするドストエフスキーだが、ときどきこういう美しいことも言う。そこがとてもイイ!
しかも女性に優しいフェミニストなのがさらにイイ!
本当の若さや美しさは容貌ではなく、魂から滲みでる空気感――慈悲や憐みのこもった微笑――だということだ。

ドストエフスキーの優しさが『罪と罰』でもっとも感じられる場面は、マルメラードフが馬車に轢かれたのをラスコーリニコフが救護し、そのあと、ラスコーリニコフが帰ろうとしたとき、彼の住所を幼い娘が聞きにくる場面だろう。
マルメラードフ一家は、着替え一枚ない一家、まだ幼い10歳以下の子どもが3人もいる。
轢かれて重体の夫のそばを妻や娘といった大人の女たちは離れるわけにいかない。だから、まだ10歳でボロボロの垢じみて穴だらけなのか、繕いだらけの服を来た長女を使いに出す。
そのポーリャが階段をかけおりてラスコーリニコフに声をかける場面。思わず落涙なんだわ。

下の妹と弟は着替えがないのに洗濯するためにほぼ素っ裸で、弟は服を脱がせてもらうのに、手足を伸ばし、裸足の足を投げ出している。
重体で虫の息のマルメラードフが、死に際にその裸足の足を見て、
「裸足……裸足だよ」と妻に囁く。
自分が死にそうになっていてさえ、妻と子どもたちが貧窮のどん底にいることを心配するその言葉――。
ふつうに号泣したわ!!
ドストエフスキーって人は、貧しい人の中にある大きな優しさを滲みださせる表現は抜群なのだ。だから彼はこう叫んでいるのだ。

貧は罪ならずだよ、きみ、まあしかたがないさ!

でもさ、子どもとワンコを道具立ててそういうのはズルいよ! 涙腺破壊されるに決まってんだから!!

ipsilon at 12:00コメント(0)  

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