2018年09月14日

ジェーン・オースティン『自負と偏見』考察(2)

 昨夜、全61章あるうちの21章までを読み終えた。全体の1/3を読み終えたということになる。
 ようやく事件ともいえない出来事が起こり、面白くなってきたところだ。この事件とまではいえないが、誰の日常にでも起こるような出来事だけが描かれていくのがオースティン作品の特徴であり、良さなのだそうだ。確かにそういう手ごたえを感じた。その起こった出来事が社会生活、ひいては人間にとって普遍的な出来事だからであろうし、かつまた、その出来事の奥では普遍的な人間心理が働いていると読めれば、『自負と偏見』は非常に面白く、かつ深い哲学のある作品だと思えるからだ。

 その哲学の部分について語るなら、こうなるだろう。
 ヒロインのエリザベス(リジー)の家庭環境、生育環境によるものの見方(自負心)から起こった、ミスター・ダーシーに対する偏見がいかにして解消され、二人が結婚へと至るかという部分である。
 ほうそうかいと言ってしまえばそれまであろうが、わたしはこの哲学の部分に非常に大切なものがあると気づいた。簡単にいえば、人は誰しも自分の物差しでしか相手を測れないことから誤解や偏見を持つということ。そしてまた、そういった偏見を自ら乗り越えていける唯一の方法は、相手の立場にたって自らの偏見を打ち破ること――人も自分もともに「ありのまま」に見ること――であろう。
 これまでわたしが散々述べてきた言い方をするなら、他人は自分がつくった印象にすぎない、それこそが偏見である。したがって、相手が言ってきたこと、特にやってきたことを「ありのまま」に見つめなおすことによって、その偏見は打ち破れるということだ。またそうしたものの見方は、自分のものの見方をいつも「ありのまま」にしていく訓練でもあるということになる。

 ただ『自負と偏見』で語られているのは、それだけに留まっていないのが凄いのだ。
 つまりそうした偏見を生む自負心は、家庭環境や生育環境によって、自らが気づかないうちに作られてしまっているというところまで描いていることだ。
 もはやこうなると心理学の範疇であるし、いわゆるAC(アダルトチルドレン)や毒親について語っているのと同じである。
 しかし、そう気づいてみると、オースティンの人間観察――別の言い方をすると自己観察眼――の鋭敏さに驚愕せざるを得ないということだ。

 実際、物語のはじめに語られるのはヒロイン、エリザベスの両親・姉妹であり、また社会環境であり、家庭環境なのだ。
 母親は長女ジェーンを高くかっているがゆえに、二女エリザベスを見下して育てた。その影響(母親から安心感を与えられなかったこと)により、彼女は自己認証欲求が強いということを、オースティンは語らずながらに伝えているのだ。同様に父親に関しても語られている。彼は頭はいいしものごとを的確に見ているのだが、基本自分のことしか考えておらず、娘たちに対して無関心かつ無干渉なのだ。下手をすると妻と娘のことをバカにしているのだ。このことによって、エリザベスは自己認証欲求が強く、男性や知性に対して期待をもたない性格になっており、かつまたそうした両親によって醸成された彼女の性格――ものの見方、考え方――こそがまた彼女の「自負心」だということが、これも日常会話に隠されるようにして、言外に語られているというわけだ。
 こうしたことがはっきり読み取れるために、長女ジェーンを登場させたといっても過言はないだろう。ジェーンは母親に愛され認められて育ったゆえ、人を疑えずなおかつ、楽観的にしかものを見れない性格だと描写されているからだ。

 もともとやさしくて公平な彼女(ジェーン)は、いつも決まって相手の立場にもなってやり、なにか誤解が原因もとではないかと考えるのだったが、そのほかの連中にとっては、みんなもうダーシーは大悪人だということで、それこそさんざんの悪口だった。

 『100分de名著』では、この「誤解の原因」を「スキーマ」とか「認知の歪み(バイアス)」という次元で捉えて語られている。
 だからこそ、わたしなどは、初期仏教経典にある言葉は、認知の歪みを正していけると思ってきたし、仏教は哲学でありながら認識学であるといってきたわけだ。心理療法からいえば、こうした歪んだ認知を自覚する方法を「認知行動療法」と呼ぶわけで。行動の部分を経験と書きかえれば、ゴータマが到達したのは、体験則に基づいてあるがままの自己と世界を認知したうえでの実際主義というようになるわけだ。
 『自負と偏見』は、ただ読めばある種のコメディータッチの喜劇だが、深読みすれば、このような哲学性を見出せるだろう作品なわけだ。

 だから、いわゆる二男、二女がどうしても抱えてしまう、劣等感から生まれる自負心を上手く表現してもいるのだろう。
 わたしなど二男ゆえにか、エリザベスの気持ちがよくわかるのだ。
 母親への信頼感がなく、かつ父親や男というのは、無関心で無干渉なもの、自分の都合のいいときだけ何か言ってくる存在だと見えたなら、独立心旺盛な自負心が芽生えるは、ある種、当たりまえのことだろう。

 ともあれ、『自負と偏見』は、前述したことと併せて、18世紀当時の英国の階級制度や相続制度や社会通念(不労所得での暮らしへの憧れ)なども、エリザベスの自負心を形作る要因になってもいるわけだ。しかし、エリザベスは比較的そうした環境に左右されておらず、自分自身に生きる個人主義的(独立心旺盛)、な当時としては先進的な女性として描かれているのも面白い。
 けれども、もちろんのこと彼女は自分がそうした複雑に絡まった要因によって自負心が築かれたことを自覚していないのだ。だからこそ、自負心から偏見を起こし、てんやわんやが起こるという構成になったいる。またそうした無自覚な自負心がどういった誤解(偏見)を彼女に持たせてきたかに気づいていくのに重要な鍵を握っているのが、結末で結婚することになる、ミスター・ダーシーなわけだ。
 いやはや、構成も素晴らしいが、物語で語られている哲学性の部分は、どんな時代のどんな人間にも当てはまるというのが凄いのだ。しかもそういった哲学性が、この記事のように語られず、あくまで登場人物たちの会話と、軽妙かつ諷刺たっぷりな地の文で表現されているというのが凄い。

 そういう意味で、エリザベス(オースティン自身に最も近い登場人物という評もある)の立場にたって読むと、ほとんどの登場人物は諷刺の対象になっていて、実際、両親をはじめ彼女の周囲の人物を相当にこきおろしていたりするのも、また面白いのだ。特に前記事で少し触れた三女メアリーへのあてこすりは激しく、彼女が出てくると思わず吹き出してしまうレベルなのだ。
 中野の解説にあったのだが、18世紀は小説というものは低俗な娯楽(実際物語のなかでもそう表現されている)と見られており、オースティンの場合も、文字面だけ読めば確かに「面白い娯楽小説」なのだが、そこに普遍的な人間心理や哲学を潜ませて、19世紀に勃興する文学という次元まで、すでに18世紀のうちに高めてしまったのだから、凄いわけだ。

 そしてそして、何よりこの『自負と偏見』の凄さは、実はダーシーとエリザベスが似た家庭環境、生育環境(裕福さとかそういう違いはあるが、親に認証されず、無関心、無干渉な環境)、で育ってきており、二人は似た者どうしであるがゆえに、ダーシーはエリザベスの自負心がいかなるものかを写す鏡の存在であるということだろう。ところが、彼ら二人にはそういう自覚がないゆえに、むきだしの心で激しくぶつかりあうことで、互いの自負心を自覚しあい、最後は結婚に至るということになるのだろう。
 もう少しわかりやすくいうなら、エリザベスとダーシーの関係は、自分と似たところがある、あるいは自分で自分を嫌っている部分を相手を鏡として見て自覚していくことで、互いに自分の「ありのまま」を再発見していく物語が『自負と偏見』なのだろう。

 中野は解説でいっている。
 オースティンの作品には欠点のない人物は1人もいないと。したがって、『自負と偏見』でそうした人々の関係がどのように移り変わっていくかを眺めていけば、オースティンが見出した理想の結婚や人間関係は、互いの欠点を自覚しあい、あるいは長所を自覚しあえる関係だといって過言はないだろう。


 「そんじょそこいらの教養じゃ、むろんだめ。やはりひときわ抜きんでたというんじゃなくちゃ、ほんとうに教養があるなんて言えないわ。教養ある女というからには、音楽も歌も絵も踊りも、それからフランス語、ドイツ語なんてものまで、完全でなきゃだめだわ。いいえ、そればっかしじゃだめなの、歩きかたから、声の調子、話しぶり、言葉づかいといったものにまで、なにか、こう、なんともいえないあるものがなきゃだめ、教養なんて言葉はとても当らないわ」
「もちろんそういうものは、みんななけりゃいかんが」とミスター・ダーシーが補った。
「といってもそれだけではまだ足りない。もう一つその上に、広く本を読んで、精神の修養をはかり、なにかちゃんとしたものを、持つようにならなくちゃいけないでしょうね」


 これらの言葉は、オースティンの思想そのものであろう。しかし肝心な部分は「なにかちゃんとしたもの」と、まだぼかされている。それは一体なんなのだろうか?


 それはきっと――
 「あなたがものごとをなすやり方を、私がまるごと受け容れることのできるような智恵を与えてください」といつも祈ることにしている。
 フランク・フールズ・クロウ(テトン・スー族/1979年『Fools Crow』)

 という、ネイティブ・アメリカンの思想なのだろう。
 「ありのまま」を受けいれるには智恵と勇気が必要であり、その根底には寛容さがあるのだろう。

ipsilon at 12:44コメント(0)  

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
プロフィール

イプシロン(シンジ)

カテゴリ別アーカイブ
記事検索
最新コメント
ギャラリー
  • 小自分史(1)
  • Thank you my girl
  • 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
  • 勝利のアクビ
  • 一瞬の憩い
  • 笑顔は美しい
  • 4つ目の自分
  • 4つ目の自分
  • 3つの自分
  • アリイ 1:48 三菱零式艦上戦闘機52丙型(a6m5c)
  • ハセガワ 1/700 病院船「氷川丸」 竣工
  • フジミ 1/72 空技廠 零式小型水上偵察機(E14Y) 完成
  • ハセガワ 1/700 重巡洋艦「古鷹」 完成
  • スケッチ アミダラ女王
  • 静止した時間
  • 蝶
  • 祈り
  • チャム・ファウ
  • どこかのお家の猫ちゃん
  • 「みちくさ」
  • ザハロワは美しい!
  • デジ絵「星座と少女」(完成)
  • チュチュがじゃまだよ〜
  • アティチュード
  • 瀕死の白鳥
  • デジ絵「夏の風」(完成)
  • デジ絵「風」(完成)
  • デジ絵 ランカ・リー(完成)
  • 栗木さん 応援イラスト
  • イラスト「天使」
  • 水彩画 愛嶋リーナ 完成
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「graduation 」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「アメジストの祈り」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「初雪」
  • 水彩画 愛嶋リーナ
  • デッサン 愛嶋リーナ
  • 水彩画 アリスとネズミ
  • イラスト アリスとドロシー
  • イラスト 眠そうなネフェルタリ
  • スケッチ 微笑の国の人
  • なんでだろうう? と思うこと
  • スケッチ アソーカ・タノ
  • スケッチ ライオン
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG 缶コーヒー"カフェバニラ"
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • スケッチ 騎士の左腕
  • アーソウカ、、だった!
  • スケッチ 懐かしのアイツ
  • ニャンとも言えない気持ち
  • 旧作 ペン画
  • デッサン ドイツ兵 in 1944
  • 水彩イラスト ニホンカモシカ
  • デッサン アフリカゾウ
  • 水彩画「水辺の豹」
  • 習作デッサン「豹」
  • 旧作 Gジャンガール
  • イラスト「蜜虫」
  • 「ネフェルタリと豹」下絵
  • イラスト「ネフェルタリ」
  • 水彩画 「装身具をといたクレオパトラ」
  • デッサン+色鉛筆 眼
  • スケッチ 「装身具をといたクレオパトラ」
  • 習作 ネフェルタリ 下書き
  • デッサン 眼
  • デッサン途中 布の研究
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • デッサン チャイナドレスの子
  • スケッチ クレオパトラ
  • 水彩画 死せるクレオパトラ
  • スケッチ クレオパトラ
  • デッサン 小野田寛郎さん
  • デッサン 猫
  • デッサン Diane Kruger
  • デッサン ベッキー・クルーエル
  • デッサン 中澤裕子
  • ベッキー デッサン
  • 萌えキャラ 線画 修正 その1
  • 萌えキャラ 下塗り
  • デッサン 杉崎美香 8時間目
  • 習作 フォトショップ 萌えキャラ風塗り
  • デッサン 杉崎美香 6時間目
  • 欝
  • 習作 水彩 その1
  • デッサン 杉崎美香 4時間目
  • 習作 小池栄子 その1
  • 習作 杉崎美香 その4
  • 習作 Face
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 杉崎美香 その3
  • 習作 杉崎美香 その2
  • 習作 その4
  • 習作 杉崎美香 その1
  • 習作 その2
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 好き好き大好き
  • 電話中
  • βズガイキング
  • モー様の絵 ハケーン!(笑)
  • Mクン 見っけた!(笑)
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ