2008年08月

2008年08月31日

 Tちゃんと過ごした日々は単調だった。これまで綴ってきたように、とにかく私は学校生活やアルバイトにと忙しく動き回っていたから。Tちゃんと少しでも趣向のある時間を嗜んだという記憶はほとんどない。例えば映画にいくとか、ただ何となく街を歩き、ただ何となくに買い物を楽しむとか。そういうことをした記憶がない。
 それでも彼女は私と一緒にいることに満足してくれたのだろうか? 恐らくそうだったのだと思う。だからこそあの日々を思い出した私は、Tちゃんの純粋さに心打たれたのだから。

 芯の強そうな顔立ちで、ハキハキした口調で話す子だった。何をしていても屈託なさが漂っていた。これはおかしな表現だけれど、Tちゃんのもつ雰囲気はなんとなく武士を連想させるものがあった。でも、どこからどうみても女の子だったし、きちんとそういう心を持っていた。Tちゃんはそんな子だった。

 学校のある朝はいつからか彼女の家に近い駅で待ち合わせをして学校に向かうようになった。帰りもまた放課後の時間を楽しんだあと、一緒に家路を辿った。
 授業の合間の休み時間には、ベランダで友人と戯れる私の姿を、Tちゃんもまたベランダからそっと見つめていたらしい。そんなところに、ふんわりとした女の子らしさを感じたのを憶えている。

 学校が終わって時間があると、2人は行く場所も見つけられず、家に向かうことも気がひけて、ただなんとなく沿線の高架下でベンチに座って、過ぎていく時間をぼんやりと過ごした記憶ばかりが鮮明に残っている。
 高架下に飽きると私の住む社宅の階段や屋上でなんとなく一緒に過ごした。それから後にした恋愛と較べたらなんと寂しい情景だろうか・・・。
 だから、私がTちゃんにしてあげた事を思い出してみても、悲しいくらい見つからないのだ。

 しかし、Tちゃんは私にいろいろしてくれた。薄いミントグリーンのチェック柄のバッグを縫ってくれたし、薄いグレーのマフラーと手袋を編んで貰ったこともあった。手袋は鍋つかみのような形のもので、左右がバラバラになってしまわないように、紐で繋いであったはずだ。マフラーは長すぎるものだったけれど、その不器用さをなんとも愛らしいと思ったものだった。
 そして、彼女が編集した“ユーミン”の歌が入ったカセットテープ。Tちゃんの達筆な文字で曲名が書かれていたのを今でも思い出せるし、そのカセットにあった曲はどれも優しい恋の歌ばかりだったとことも思い出せる。

 それから後にした数々の恋愛を思い出してみても、Tちゃんほど愛情のこもった贈り物を私にくれた人はいない。それに気がついた私は、とにかくハッっとして思わず涙が零れてしまったのだ。
 Tちゃんがどんな気持ちでバッグを縫い、どんな気持ちで手袋やマフラーを編み、どんな気持ちでカセットを編集したかを思った時、Tちゃんがどれほど私に純粋な愛情を注いでくれた子だったかに気づいて愕然としたのだ。考えてみれば、後にも先にもこうした心のこもった贈り物を貰ったことはなかったのだ。

 誰かに何かをしてあげることは比較的容易なことだ、それがお金を払えば買えるものであればあるほど。しかし、Tちゃんが私に贈ってくれたのはそういう代物ではなかった。彼女が彼女の時間を使い、自分の持っているものを使って作ってくれたものだったのだ。

 Tちゃんは私との別れがやってきた時、こう言った。
「貴方には私の初めてを、私の全てをあげるつもりでいたの」と・・・。

 思春期の高校生だった私は、時にはTちゃんと唇を重ねたり、彼女の体をまさぐったこともあった。でもその先のことなんて考えていなかった。
Tちゃんの言葉に脳髄を打たれた記憶は今でも鮮やかだ。

人生に“もし”が許されるなら、私はTちゃんが居た場所に戻りたい。
きっと幸せを掴むことができると思えるから・・・。
しかし、人生に“もし”など存在しないのだ・・・。

私と別れた後、Tちゃんが“ユーミン”の悲しい恋歌をどんな気持ちで聴いたのかを思った時、私の涙はポトポトと零れた。
だから私は、彼女が幸せになっていることを、今からでもそっと祈るのだ。 



ipsilon at 02:40コメント(2)高校時代 

2008年08月30日

 とにかく高校3年の後半は異常なまでに忙しかった。その頃から始めたレストランでのアルバイト。文化際準備の手伝い。ひとりぼっちの部活。Tちゃんとの時間。その日の優先事項を考えるだけで眩暈がするような日々だった。体にもハードだった。だから授業中は良く寝ていた。
 ある時など、教壇のまん前の席で堂々と寝てしまい、教師に「高いびきをかいて寝ている人もいた」と言われ、ちょっとした笑いものになったことすらあった。それでもめげることなどなかった。とにかく高3の半分の期間は、それほど充実していたのだ。

 文化際は、準備をする組織が色々あったので、Yの提案で「文化際実行委員」というひとかたまりになった。とはいってもこれは形だのものだったはずだ。みんなで纏まって何かをしたという思い出にしたかったYの気持ちからでた言葉が「文化際実行委員」というものだったのだ。実際には組織としてそうなった訳ではなく、各人が各人の立場で出来ることをし、助け合えることは助けあった。そんな感じだったはずだ。
 生徒だけでは如何ともしがたかった所は、Yが教師に色々と頼み込んで協力を仰いだ。校則的に出来かねることも、Yの熱意に動かされた教師の協力で出来たことがあったのだと思う。

 当日校門に立てる看板をみんなで作ったり、祭りの最後を彩る為に企画された焚き火を囲ってのフォークダンス用の材料の準備をしたり、参加者を増やすためのチラシ作りもしただろうか。
 そんな中で最も私の印象に残っているのは体育館の舞台を組んだり、照明の用意をしたことだった。体育館の舞台は、前後に幅が足りなく、そのままではバンドの演奏が出来なかった。そこで鉄筋の材料をレンタルして、出舞台を組んだのだ。当日、クラスメートが演奏することになっていたから、機材の搬入なども手伝った。こういった力仕事はかなりきつかった。でも流れる汗と出舞台を組み上げた後の達成感は一塩だった。

 忙しく立ち回っていた私に「文化際実行委員」の1人が
「何をすればいいですか?」と尋ねたことがあった。
「そんなもん、自分で考えろ!」と私は答えた。
少々投げやりな言葉にも感じられたが、Yに影響された私は、それぞれの“自主性”に任せることが大事だと思っていたから、そんな言葉を発したのだった。
もちろんその気持ちは通じて、その人はその後自分なりに考えて行動してくれた。とにかく準備期間には、今では思い出せないくらい色々なことがあったのだ。

 ひとりぼっちの部活で仕上げた動画は最終的に8ミリフィルム2本分程度(7分程度)になった。何から何まで自分で用意して自分1人で撮影をして8ミリフィルムに焼き付けたのだ。結局決定版のフィルムは忙しさと、部活より「文化際実行委員」を優先したことで、現像から上がったものを受け取りに行かなかった。
 この事は今でも少々残念に思っている。なぜなら、3年間描き続けた動画は全て部室に残してきたからだ。これからアニメ部の門を叩く、後輩の為にいくばくかでも役に立つものとなればという想いでそうしたのだ。だから、高校時代の作品は私の手元には何ひとつ残っていない。

 こうして文化際の日がやってきた。その日は、1人でも多くの生徒に文化際に参加してもらおうとチラシを配ったり、声をかけたりして走りまわった。そして、体育館でのライブが始まった。
 
 それがどの演目で起こったのかは憶えていないのだが、舞台全体を見渡せる場所にいた私は出舞台の一部がグラグラと揺れていることに気付いた。と、同時に私はそこに走り込んだ。急いで組みつけが甘かったところを探し、取りえずそこを押さえた。私の行動に気付いた誰かがすぐさまレンチを持ってきてくれただろうか? 私が懐中電灯か何かで合図しただろうか? そこまでは憶えていない。なにしろ緊急の事だったのだから。ともかく、ボルトを締め付け直し事なきを得たのだ。

 そしていよいよクラスメート達の演奏が始まった。もちろんその演奏は熱が入っていて素晴らしかった。しかし、何より私を感動させたのは友達の演奏を見ていたYの口から溢れ出た「○○ちゃん(私の名前)すげ〜よ!、ドラムの子(女の子だった)。体弱くてさぁ、いつもはあんなに叩けないんだぜ。やべ〜 スゲ〜よ〜!」という言葉だった。

 こんなにも友達のことをいろいろ知っていて、こんなにも人のことで喜べる。私はそんなYに出会えて、色々な感動をすることが出来た。なによりもそれが嬉しかった。

(つづく・・・)



マイムマイムを踊ったフォークダンスの時、
炎めがけて皆をひっぱったことも楽しかったけど、
やっぱりボクに一番の感動をくれたのはこの曲だった。

ipsilon at 04:21コメント(0)トラックバック(0)高校時代 

2008年08月29日

 高校生活の2年間で築き上げた友人達に、一挙に裏切られるという行為を受けた私。でも、救いの神はすぐ近くに居た。最終的にはたった1年間の付き合いになってしまったけれど、私はそいつらに出会ったし、そいつらと過ごした日々を決して忘れないだろう。私が“そいつら”などという言葉を使うのは珍しい。それほど私にとって彼らは気の置ける友人だったということなのだ。

 Y、K、S(偶然ではあるが、そいつらの何人かのイニシャルは私を裏切った奴らと同じイニシャルだ)。
 Yはクラスメートだった。とにかく友達思いの奴だった。というよりは生徒全員のことを思い、高い“志”を持っていた稀少な存在だった。だから、Yの周りには自然に人が集まった。KもSもYの友人だった。Yとどうのようにして友達になったのかはよく憶えていない。しかし、Yとの出会いは私のその後の人生や、世界観や人間観を激しく揺さぶリ続けた。だから、Yはずっと私の心の中で高校生の姿のまま、よく声をかけてくれたのだった。あの人懐っこい顔と声で「なぁ○○ちゃん(私の名前)さぁ〜」と。

 そんなYだったから、私は自然に部活で起こった事件をYに話したのだろう。そして、それらは一気に解決した。
「なにも学校生活を楽しむのは部活だけじゃないさ!」それがYの答えだった。
 そうして私と、私とともに部活から弾き飛ばされてしまった3人の女子部員達は救われたのだ。
 私と3人の女子部員は、Yが力を入れていた生徒会や視聴覚委員、学校生活の中に足を踏み入れたのだ。

 生徒会などという言葉を聞くと「真面目臭い堅物」なイメージが湧くことだろう。しかしYにはそういったところが全くなかった。人を良く褒め、冗談で笑わせ、否定的な意見には「んん〜 まぁそれはいっかぁ〜 アハハハハ」などと笑い飛ばして、周囲を明るくした。彼と彼の周りにあった、あのなんとも言えない暖かい空気を言葉で説明するのは甚だ難しい。安心感、宥和、思いやり、誠実、純真無垢、どんな言葉を並べてみてもあの空気を言い表すことは出来ない。

 そんな空気があったからだろう。私とTちゃん、Yと部員のMちゃん、視聴覚委員だったSと部員のK子はなんとなく付き合い始めた。あの裏切りのあと、一瞬にしてトリプルカップルが誕生するなどと誰が想像しえただろうか。部活を続けることが困難になっていたK子は視聴覚委員を楽しみ、Mちゃんは生徒会を楽しんだ。そして私もひとりぼっちの部活を続けながら、Tちゃんと共に部活とは違うはスクールライフも楽しんだのだった。

 Yは本当に凄い奴だった。クラスでもどこでも彼に相談を持ちかける人は星の数ほどいた。でもなぜか不思議とそういう光景に出会っても深刻さを感じさせなかった。Yに相談したのなら大丈夫だろう、という感覚があったからだろう。
 そういうYの隠された姿を垣間見たのは、Yの家に遊びに行った時の事だった。

 その場所にはYと、私がYの次に信頼していたKがいた。Yは立派な家に住んでいた。けれどどこか寂しい感じがした。Yの彼女Mちゃんが時々来ているという空気もあった。
Kが言った「(からかい半分で)なに、Mちゃん靴とか揃えるのかい?」
「(照れくさそうに)お、アイツ細かいとこ気付くんだなぁ〜」とY。
普段からYの家に遊びに来ていたKならではの目線と、Yの普段の生活がにじみ出ていた。そこに少しだけ入り込んでいるMちゃんの空気が感じ取れて、私は優しい気持ちになったのを憶えている。
 Mちゃんと出会うまで、Yの家の玄関の靴は脱いだら脱ぎっぱなしだったのだろう。それを見たMちゃんが小さな奥さんみたく振舞ってYと仲良くしていたことも嬉しかった。

 私は、その時初めて知ったのだが、実はYは片親で育ってきた人だったのだ。母1人子1人の生活をする家がなんとなく荒れていたり、寂しい空気があるのはあたりまえの事だろう。Yの母と会ったことはなかった、忙しく働いていたのだろう。彼が電話でお母さんと話していたのを一度だけ見た記憶がある。

 すでにYの生い立ちを知っていたKは、玄関の変化に気付いて、Yに心から「良かったな!」と言いたかったのを、奴なりの言葉にしたのだ。なんという優しさだろう。あとになって私はそういうYとKの関係を知った。そして彼らの心の傷の癒し方も。それはこんな風だった。

 どんな経緯でそれが始まったのかは良く覚えていないのだが、確かあれはKがふざけ始めたのきっかきだったはずだ。
「(ニヤリとしながら)よ〜し、いくぞ〜!」それまで押入れの2段目に布団を背負って陣取っていたKは、いきなりそこからYに向かって飛びかかった。
Yは「(心得たとばかりに)お〜し、来るかぁ〜!」という声を上げる前にKの襲撃を受けていた。
「(ケタケタ笑いながら)○○も来なぁ〜」とYは私に言う。
何が何やらわからぬまま私もその儀式に参加した。
 誰かがが押入れに登って誰かに向かってダイブする。布団の下にいるだろう誰かに「お〜しここかぁ〜!」といって乗っかったりもした。部屋はグシャグシャの布団と3人の男子の無邪気さで目茶苦茶になった。
 意味もなく愉快だった。馬鹿みたいに楽しくてしかたなかった。
 いくばくかしてその儀式は止んだ。疲れてしまったのだ。3人で寝転びながらゲラゲラ笑った。

 YもKも普通の高校生だった。私と何も変わらなかった。傷つきやすく、でも人を愛することがやめられず、裏切られたり、複雑な家庭環境に傷ついてもがいていたのだ。ただYやKは、それを言葉にして誰かにぶつけたり、大人ぶったり、人を裏切ったり、非行することで癒さなかっただけなのだ。だから親友同士というYとKでさえ、あまり本音を語り合うことはなかったのだと思う。彼らは高校生なりに、自分の問題は最後は自分で解決しなければならないという事を知っていたのだろう。
 でも、こんな傷の癒し方もある。こんな友達がいる。それを知った日、私の心は底知れない優しい暖かさに包まれたのを憶えている。

 Yは人間が大好きだった。Yがいつだったか言った。
「○○ちゃん、早稲田に新しい学科が出来たの知ってる?」
「いや知らないけど、どんな学科?」
「人間工学課っていうんだけどさ、オレ人が好きでたまらないからさぁ、そこいってもっと人間のこと勉強したいんだよね〜」と。
Yが実際に早稲田の門を叩いたかは定かではない。もうその頃は、お互い大人になりかけていたから、必要以上に干渉しあわなかったからだろうか? 私が、航空の道に進学することも話さなかったかもしれない。
 そういった先の事を話すよりも、今を生きるのに必死だったのかもしれない。

 そんなYとの最高の思い出は高校最後の文化際だった。
「高校最後の思い出に皆で何かを残そうぜ!」とYは口癖のようにいっていた。「3年生だけじゃなくってさ、生徒全員にそういうもの残して欲しいんだよ!」そうも言っていた。
 「今しか出来ないことをしよう」という彼の気持ちが痛いほど解っていた私は出来る限り彼に協力した。
 そして私は、一生忘れないだろう高校最後の文化際の思い出を残したのだった。

(つづく・・・)

 

ipsilon at 22:26コメント(1)トラックバック(0)高校時代 

2008年08月28日

 恋の始まりには3つのパターンがあると思う。惚れる恋。惚れられる恋。そして相思相愛の恋である。たいがいの場合どちらかがどちらかを好きになり、付き合いが始まり、やがて互いに想い合うというパターン。出会った瞬間とまではいかなくても、互いが互いを想い合って始まる恋は非常に稀だと思う。不肖ながら、恋の数だけは多い私でさえ相思相愛の恋はたった一度しかなかったのだから。

 しかし、惚れたり惚れられたりして始まった恋だからといって、それに不足があるなどとは思わない。恋が始まれば必死でその人を愛する。私もそうしてきた。だが、あの恋がそうだったと言えるのだろうか? そう考えた時、あの恋の素晴らしさというより、あの人の素晴らしさに気付き、それと同時に彼女をどこか愛しきれていなかった私に気付いたのだった。

 過ぎ去った高校時代の恋を思い出して、ここまでハッっとさせられるとは思いもよらなかった。彼女を真から愛せなかった自分が情けなくて、その事に気付いた夜、私は自分が情けなくて情けなくて、零れる涙を止めることができなかった。
 彼女と付き合うまでには複雑な経緯があったのだが、だとしても私が彼女にした仕打ちはけっして許されることではないのだろう。

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 アニメ部での活動に熱中していた部員達にとって1年に一度、心わくわくする時を選べと質問したなら、きっと新しい部員がやってくる季節と答えることだろう。もちろん私だってそう答えただろう。

 私の通っていた高校は男女共学とはいえ、男女のバランスが非常に悪かった。学科は普通課と商業課があったのだが、そのどちらも、女子より男子のほうが圧倒的に多かった。それはどの学年でも同じだった。私が、3年になった時のクラスなど、女子のクラスメートは、たったの4人しかいなかった。
 そんないきさつがあったから、私が3年になった時、部に女子が入部したことは部内にちょっとした厄介事の種を蒔いたのだった。

「で、誰が後輩の面倒みるの?」部長のYが言った。
「オレやだよ」Kが言った。
「とりあえずYは部長なんだからYが見るんでいいんじゃない?」
大方の先輩部員達の意見はそんな感じだった。
「まあ3年が面倒みなきゃいけない訳じゃないから、Gが面倒見てもいんじゃない?」と誰かがいうと。
「いやです!!」Gは即座にそう答えた。

 果たしてどんな経緯があって私にその役が回ってきたのかは良く憶えていない。だがその役は私に廻ってきたのだ。
 私自身、1,2年時に先輩に様々なことを教わり、強く影響されたり、負けん気を育ててもらった経験があったから、先輩達が私にしてくれたように後輩に接すればいい。ただし、男子だからとか女子だからという区別をせずに新入部員の面倒を見ることが大切だ。でないと、男子部員全員を敵にまわす事になる。私はそんな風に考えて部員達の指導にあたった。新入部員が何人だったかを正確に記憶してはいないが、その中に、後に私と付き合うことになるTちゃんがいたのだ。

 アニメを作るとはどういうことか。動画を描く為に必要な道具にはどんなものがあるのか。絵コンテとは何か。実際に作品でどんなテクニックが使われているのか、などなど、雑多なことを教え、デッサン力を養うために素描をさせたりした。
 教えることは沢山あったから、なるべく楽しく出来るように工夫した記憶がある。だから私と新入部員達がいるスペースは何時も笑いが木霊していた。

 女子部員だけを優遇したことなどなかった。男子部員を差別したこともなかった。しかし、好かれるという事を誰が止めえようか。次第に私はTちゃんや、K子、Mちゃんといった女子部員に好かれていった。とはいっても、それは私にしてみれば先輩と後輩としての話だった。

 しかし、それを周りで見る同級や後輩の男子部員の眼にはそうは映らなかったようである。そうして、それが始まったのだ。私への嫌がらせ、徹底的な無視である。
 文字で書いてしまえば簡単に思えるのだろうが、これは過酷を極めた。自分の作品の製作には心底力を入れていたし、新入部員の面倒を見ることも続けなければならない状況でそういった嫌がらせを受け続けたのだから。しかし、状況はさらにエスカレートしていった。かつての仲間連中が新入部員にも私を無視することを徹底させたのだ。

 悔しかった。なぜ彼らがそうまでするのかが理解できなかった。あんなに後輩の面倒を見るのを嫌がったのはお前達ではないか! それを押し付けておいて、気に入らないという“嫉妬心”で私に過酷な仕打ちをする。許せなかったし、悔しかった。

 そんな事があって、私は部内で完全に孤立してしまった。しかし、卒業までに絶対に作品を作り遂げたいという熱意だけで、たった一人の部活を続けていった。いや、私は一人ではなかった。心ない旧友たちの仕打ちで、私と同じように部活を続けることが困難になってしまったTちゃんとK子やMちゃんが側にいたのだから。そう彼女達もまた私と同じように嫌がらせの被害者だったのだ。

 そんな経緯から私とTちゃんは付き合うようになった。
 そして、それは惚れられて始まった恋でもあったのだった。

(つづく・・・)



あの日ボクを一人にしなかった

アナタの優しさに気付きました

あの時の優しさを失くさずに

今アナタが暮らしていることを

そっとここから祈っています

ipsilon at 00:06コメント(0)トラックバック(0)高校時代 

2008年08月27日

 高校受験。人生で初めての挫折を味わい、志望校にいけなかった思い出。けれど、結果としてそれは私にとっては幸運な出来事だった。良き友人、良き先輩・良き後輩に恵まれ、私が愛した2人の女性との出会いがあった。

 1年、2年時とスクールライフは平穏で順調だった。滑り止めで受験した学校だったから、さして勉強せずとも落第点を取るようなことはなかった。だがら私はその分自由を満喫した。その自由は3年間所属したアニメ部での創作活動と、読書、そして友人と学校をフケて遊ぶことなどにほとんど費やされた。酒はともかく、煙草を本格的に吸うようになったのはこの頃のことである。

 私が初めて酒と煙草を嗜んだのは以外に早かった。酒は父親に冗談で飲まされて小学校時代に初めて口にした。しかし、酒には抵抗があった。父が暴れる姿を幼少から見てきたからだろう。だから、自分から進んで飲むことはなかった。「自分は絶対酒飲みにはならない!」。その頃はまだそう思っていた。
 煙草は、中学時代に興味本位で吸い始めた。もちろん親の目を盗んでである。だが、それはすぐに両親の知るところとなった。激しい叱責を覚悟していた私に、父は「吸ってもいいけど、外では吸うな。人前で吸うな。家でちゃんと火の始末をして吸うのなら許す」と、意外な態度だった。殴られることを覚悟していた私は、なんだか拍子抜けしたことを憶えている。思ってもいなかった父親の懐の深さ(?)に関心した。というよりは、父親に理解してもらえたことの少なかった私にとっては、それは父親との数少ない嬉しい思い出になった。
 だから、高校生になった私の机にはいつもキャビンマイルドやキャスターと灰皿代わりに使っていた飴の缶があったのだった。

 髪型もだいぶ自由にさせてもらえるようになった。さすがに長髪や茶髪は許されなかったが、それでも私は充分に満足だった。1,2年と、そうして少しずつ自由になる世界を楽しんだ。でも3年になった私は、もうそんな自由では満足できなくなっていた。反抗期というものだろうか。
 高3になった私は親が怒るようなことばかりをしたがったし、実際にそれらを行動にして、それなりに親を困らせた。でも、一線は越えなかった。警察のやっかいになるとか、学校で問題になるようなところまでは暴走しなかった。もしかすると狡賢かったのかもしれない。振り返って見れば、ただ単純に悪ぶったり、大人ぶったりすることがカッコヨク思えただけなのだ。

 そんな3年間だったから、高校生活の思い出は3年時に集約されている。1,2年時は中学時代の延長に毛が生えたような平穏な生活だったのだから。
 だが、実を言うと私の高校2年間は無なのだ。なぜなら、その2年間で最も仲良くしていた部活関係の友人にことごとく裏切られてしまったのだから。



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