2012年11月

2012年11月30日

ダウンダウンダウン〜、、、チョ、落ちてたまるかよ!
そんな感じで、必死に戦っています。
もうこうなったら食って食って食いまくって、体力増進じゃ!とか、わけのわからないことを言いながら、小さな胃袋に食物を叩き込んでおります。
今日もチョコラBBライトなんかを飲んでみたりしました(笑)。


赤い葉

それはともかく、ちょっとウォーキングをサボっていたら、モミジがすっかり紅くなっていましたよ☆


昨日は久しぶりに、アニメを見ました。
そんなことで更新しませんでした。

『灰羽連盟』です。
私がここ数年で観た中で一番感動した大好きな作品です。
この作品で描かれる世界観はまさに「娑婆世界」そのもの、という見方が出来ると思うんです。
ネタバレさせるのはアレなので、あまり書きませんが、是非、是非にも、
心ある方には見て欲しい作品です。暗い話ではあるんですけどね。

(俺これ見たらまた絶対泣くもん・・・でも見直すかなぁ・・・でも泣くんだよ・・・)
(それだけならまだしも、その後いろいろ考えちゃって、思考ループに陥るんだよなぁ・・・)
(まいっか、見るか・・・無重力状態どんとこいだぁ〜!・・・)

そんなことで全13話を見ました。
案の定、泣きました。泣きまくりました。
見終わったあと、布団に入ったら、目が腫れてました(笑)。

とりあえず小説を書こう。そう決めた時、心に浮かんだのは、実はこの『灰羽連盟』なのです。
私もこういう世界を描きたい。心底そう思うのです。
だってさ、仏法の全てがあるとさえいえる内容なんですもん。
でもこの作品を見て、知ってしまうと、もうこれは超えられない壁に思えちゃうんです・・・。

確かに『STAR WARS』や、そのほかの壮大な作品にも、仏法観そのもという作品はあるんです。
でもこの『灰羽連盟』は別格。凄すぎるんです。
ちょっと〜誰か語り合える人いませんかぁ〜!!(叫)


物語の端々を少し語るとすればね、
登場人物の抱えた苦悩や悲しみが、誰もが抱えうる悲しみであるってことなんです。
でもってそれが、現代という病んだ社会そのもの、人間社会そのものを語っているんですよ。

かつて社会現象になった『エヴァンゲリオン』。
これだってそうですけどね。
エヴァの場合、庵野監督の内面にある自分を、様々なキャラクターという形で表現したということです。
でも、エヴァはそれ止まり。
しかし『灰羽連盟』はその外側の世界そのもの、仏法で言う「法」も少しだけ描き出しているんです。
もうね、そこが凄い。凄すぎるんです。

もし私がこの作品を超える作品を書こうと思うなら、
最低限『法華経』全巻と、御書の『三世諸仏総勘文教相廃立』くらいは、学び尽くさないと無理とか思うくらいです。

ともかく、心ある人は見てみてください!!
今なら、有名動画サイトで12話までは見れますので。
13話のみ、検索で探さないといけませけれどね。
(どうしても見つけられない人は、コメくだささればフォローしますので)

とにかく見て欲しい。もう何があっても見て欲しい。
そうすれば、なぜ私が7年間も自分の築いた壁に取り囲まれ、苦しみぬいたかも理解できますし、
そこから抜け出せる唯一の方法も知れるのですからね。
そしてそれは誰しもが抱える小さいかもしれないけれど、とてつもなく分厚く強固な壁を突き破る方法を知れるということでもあるからです。

1日3話(1時間半)見れば、4日間あれば見れるんです。
4,5話までは少々退屈するかもしれませんが、伏線を読み取れる人であれば、
隠し味がじんわりと心に沁み入ってきますから大丈夫です。
6話あたりまでいくと、もう続きが見たくて怒涛のように見ちゃうと思いますけどね(笑)。
そして多分泣くと思います(笑)。


何はともあれ、空想ばかりしているわけにはいきません(笑)。
でもさ、よーく考えてみると、人間て生きているうちの6割以上は空想してると思えるんですよね。
つまり、現実とは「声」にして話すことであり、感情的にまたは理性的に、なんらかの目的がある「行動」をしている時だけですからね。
でも、そうした行動の6割は習慣化した無意識に基づく行動です。
それに気づくと、人間がいかに空想的生き物であるかと驚くのです。

フフフ、アニメや小説や、漫画を読み空想に耽る。
普通に暮らしている人が、そういうアニメばっか見ている人をあながち、馬鹿に出来ないと思いませんか?(笑)。
え? 自己弁護? まぁそうも言えましょう(笑)。

でもさ、どこまでが現実でどこまでが空想(妄想)だと、
ハッキリ明確に言い切ることが出来る人なんて、そうそういないと思うのです。

多分、人間の中で流れる時間は肉体と心では違うと思うんです。
少なくとも心は肉体の5倍くらいのスピードで働いていると。
人寿80歳としたら、心は400年間分生きるってことじゃないですか?

極楽百年の修行は穢土の一日の功徳に及ばず
『報恩抄』


ほらね!^^
あ〜良かった☆私だけが空想家じゃなくて(笑)。






トロ火の空

その日その場所でしか出会えない気持ちを強く湧かせる空。
やっぱり空はでかいなぁ〜、ひろいなぁ〜、偉大だなぁ〜^^


今日であったすべての人々と全ての出来事に深く感謝して
 ありがとうございました。
  拍手メッセをくださった方々にも感謝を込めて。Thank you〜☆


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ipsilon at 22:54コメント(4)トラックバック(0) 

2012年11月29日

 2008年7月下旬。このブログを立ち上げて、とぎれとぎれになりながらも、書くことを止めないできた。そこで一体なにを学んだのだろう? そう考えたとき、思いもよらないこにと気が付いた。子供のような純粋さ。自然に畏敬の念を持ち自然の中にいるだけで生きていることを実感すること。怒ると手のつけられない凶暴さはまるで猛獣のよう。

 だが、私が見つけ出した、いや私が周囲の人々と共に見つけ出したものは、半ば知っていたそういう自分ではなかった。鈍感といえば鈍感なのである。しかしその鈍感さゆえ、見つけ出した宝石は青空にぽっかりと浮かぶ真昼の太陽のように眩しいのだ。汚れを知らない無垢で純白に輝く太陽。それが私の純粋さなのだとは恥ずかし過ぎて、とても声には出来ないが、その声をひっそりと自分の中心にしっかりとしまって、栞をはさむことは怠らなかった。

 何度も何度も読み直した、栞の挟まれた垢まみれの本のページを眺めては微笑んだり嘲笑したりした。何かを文字にすること。書かれた文字を読むこと。そんな単純な暮らしのなかで出会う感動や陶酔。それは千変万化の自然との暮らしと似かよっていた。いつも見上げる樹々や湖面、蝶や水鳥、枝から枝へと飛び回る小鳥たち、彼らを運ぶ風や流暢に生きるノラ猫たちはいつも変わらずそこにいた。だが、彼らの見せる日常には、いつも畏敬すべき生あるものの輝きと変化があった。その息吹は私を内と外から包み込み、優しく流れこんできたり、時に激しく動揺させたりした。湖面に浮かんだ懸命に生き抜いた鯉の白い腹を見たときの恐怖。死の恐怖はやがて私の五感を駆け巡り、それは留まるべきところに留まり、驚愕から畏敬の念へと流れついた。とても大きな自然は、私にそんな悪戯を時々しかけてくる。私はあがなうことの無意味さを知り、大自然の自由奔放で勝手気ままな営みをただ受け入れることを学んだのだ。

 私が書くことに執着しはじめたのは随分昔のことだ。何もかもが楽しかった青春時代、書くとという料理の味を憶えたのだ。食卓を飾った料理は百花繚乱としていた。ポケットを振れば、鈍い金属の音がぶつかり合う音がするくらいの小遣いをはたいてできた贅沢は、そうした料理をくまなく残さず読むということだった。どんなに読んでも貪るように読んでも空腹感は満たされなかった。その空腹感がやがて書くという料理にいきつくのは自然のなりゆきだったのだろう。

 そうして書き上げられた生まれて初めての小説。テーマは重厚だったが、結末を急ぎ過ぎた物語はどう贔屓目にみても駄作であった。かつて私が激しく愛した人に手渡したその物語はいまどこを彷徨っているのだろうか。
 ミハエル。ドイツ系の名前を持つ主人公。非芸術品破壊集団(UADG)という組織の若き美貌のリーダーでありながら、大学で美術を学ぶ青年。そしてUADGの殲滅に力を砕いている国際警察機構。UADGと警察の戦いは熾烈を極めた。芸術品以外を破壊しようともくろむUADGと警察は激しく争ったのだ。
 やがて優秀な警察官だったひとりの男が、UADGの首謀者がミハエルだと察知する。UADGの戦闘マシーンが隠されている貧相なガレージはやがて警察の襲撃を受けることになった。死の瞬間、ミハエルは長く相棒を務めたさえない男に告げる、「もう戦いはやめよう。この地上に芸術品を建てる場所がないなら、宇宙がある。僕たちは宇宙にゆくべきなのだ・・・と」。ミハエルは大学の授業でピカソについて学んだとき、そのことに気づきはじめていたのだ。だが、全てが遅かったのだ。いや、そうであろうか? 彼は遺言を声にし言葉にし、さえないひとりの男に託したのだ。新しい物語がはじまる可能性はあったといえるだろう・・・。さえない男にミハエルの死を無駄にしないという信念さえあれば、無限の可能性を秘めた宇宙[そら]というフロンティアは、その男の頭上わずか、百キロから始まっているのだから・・・。


 私がこの小説を書き上げるまでに、大きな影響をうけたのは栗本薫である。このブログにある私小説の文体からも、恐らく彼女の影響を垣間見れることだろう。たとえば( )の使い方などだ。これは栗本さんが多用した心情表現であり、心の声の表現方法だ。

最近、カントを読み終えて、H・ヘッセの『郷愁(ペーター・カーメンチント)』を読み始めました。
この作品は、『車輪の下』の前作にあたる、ヘッセの出世作です。ヘッセ27歳の時の作品です。
ちなみに、今日の記事の冒頭部分はヘッセ(高橋健二訳)風です(笑)。

そう、私はこの4年間で、書くことそれ自体、そして書いて言葉にして読むことで、自分を見つめ直したり、真実を見つけ出したりしてきたということ。
そして何よりも、書くことで多くの人に伝えたいことを伝えられる醍醐味を知ったということなのです。
なんの気なしに毎日毎日、書いてきました。
そこで培われたものがあると、最近気づかせてもらったんです。感謝感謝です。

布団に横たわり、眠れぬ頭を駆け巡ったのは、書くことを随分と続けてきたという過去の映像でした。
絵に近い世界に身を置きたい、そんな欲望に駆られ、グラフィックデザインという世界に飛び込んでから、出会った世界は求めていたものとは異質の書くという仕事ばかりだった。
新聞の3行広告。雑誌のページ編集にまつわるコピーライトを考えたりと、書くことは常に私の傍らに寄り添っていた。
人はあまりに身近過ぎると、その存在の大切さに気づかないものなのだ。

独立してかつての取引先から依頼された仕事は「リライト」という書く仕事だった。
人々は、少なくとも私のデザインよりも、書くという部分に才能を見出していたのだった。
だから、私にとって書くということとのお付き合いは、振り返ってみれば10年以上にもなっていた。
引越しのときに、かつて書いた原稿や私が作ったページのある雑誌はすべて処分してしまったが、
随分と大量にあったことを簡単に思い出せる。

勿論、普段ここで書いている記事のように、表現したいことを自由気儘に口語で書くのと、小説を書くことは全くの別物です。
なので、そのギャップの大きさは少なからずは知っています。
でも、少しだけ自信もあるんです(笑)。

つい最近、ウェブ小説が沢山投稿してあるサイトや、小説の書き方というサイトを見て回りました。
うん。みんなあんま上手くない・・・^^;。大変申し訳ないですが、いくつかの小説の冒頭で何度もそういう気持ちを感じました。
何にしても、多くの作品は、最近の文化の傾向を如実に表す、二次著作物ばかりだったのです。
つまり、もともとある漫画やアニメ、そして小説を題材に、サイドストーリーを書いたりスピンオフ作品を作っているということ。
ようするに、オリジナルではない小説が多かったということです。

翻って、多くのブックマーク(栞)を付けられていた人のオリジナル作品には、確かに光るセンスもあったし、小説を書く基本がまずしっかりしているなと感じました。
一人称で書くか、三人称で書くかとかね。
まぁそういう基本的なことさえ出来ていない人が多かったのですが、それはそれで面白くもありました。
私は下手だから駄目だ、とかは思わないんです。

絵もそうですが、その作品に一生懸命さや、描いた人の楽しさを感じると、やはり感動するんです。
でも、現実は厳しいですよね(笑)。
やはりテクニックは最低限必要だと思うのです。

だって、文章の基本や基礎っていうものは、人様に読んでもらうための、礼儀礼節でもありますからね。
若い人はいいのです。ただただ一生懸命で楽しんでやっていても。
でもね、オジサンはそういう訳にもいかないんですね(笑)。

ずっと放置して、IDもPassも忘れてしまっていた、イラスト投稿サイト『ピクシブ』も、問い合わせをしてログインできるようにしました。
ここは、小説の投稿もできるんですね。

テーマは実はもう考えてしまったのです。プロットと人物相関は、おおまか頭の中にあります。
あとは題材のリアリティーを出すための資料集めが必要です。

うん。青年とライオンの心の交流の物語です。
タイトルも決めてあります。うん。まだ内緒です(笑)。
中長編になりそうなので、時間がかかることでしょう。
その前に練習として、短編を書くかもしれません。

人生、やってみなければ、海のものとも山のものとも判断はつかないんです。
ならば恐れずに行動あるのみです。

ですから、敬愛する作家、太宰のことも動画で少し学び直したりもしました。
作家という仕事がいかに過酷なものか、そういう事にかなり衝撃を受けましたが、それは私小説を書いている時に味わった「死んでしまいたい」という気持ちであろうと知り、恐れは半分くらいはなくなりました。

うん。そうなんです。創作というのはそれぐらい非現実の世界を彷徨い、現実の世界の日常の物語の中に、いかにうまく非現実を混ぜ込み、読者を惹きつけて楽しませるかなんですね。
つまり、非現実を体験するという苦痛は、いわば死の門を叩くみたいなことなんです。

まぁ私はそいう門をもう叩こうとは思っていないので、大丈夫なんですけどね。
ともかくも、何かを始めなければと思う今日この頃なのです。
何にしてもいい意味で私の妄想力と空想力(笑)、そして簡単に物事を信じてしまう純粋さというか愚かさというか、そういうものを発揮すればいいんだと、それとなく気づいたのです。
深読みマンに生まれたことに感謝です(笑)。ACであることも武器に出来るってことなんです。

とりあえず、私小説を推敲してもいいんですが、、、
ちょっとなぁ、、、またランコのこと思い出そうとするのは苦しそうなんですよねぇ。
あえて、それをするなら、今度は違った文体にしたいとか、思ってみたりみなかったり。
まぁいろいろ妄想が爆裂しています(笑)。
これじゃー深読みマン改め妄想マンですね(カハハ)



自然大好きなヘッセは、そのなかでも空と雲が一番好きだったようです。
あー私と同じだとか思いました。公園に行っても空ばっか見上げるんです。
夜は、月を見ては「お、月天子、今日も輝いてるね〜」って話しかけるんです(笑)。
それだけで楽しくなるんです。ヘッセの子供みたいな純粋さもね、
うん、笑っちゃうくらい私に似てるんです。
妄想と自惚と陶酔もここまでくると、いい迷惑ですが、まぁ笑って許してください(アヒャヒャ)
ある意味創作家には絶対に必要な要素ですからね^^


なにはともあれ、今日の記事は「ですます調」「である調」「小説調」「口語調」が混ざっていて
読みにくかったですね^^;
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


今日であったすべての人々と全ての出来事に深く感謝して
 ありがとうございました。
  拍手メッセをくださった方々にも感謝を込めて。Thank you〜☆


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ipsilon at 01:05コメント(13)トラックバック(0) 

2012年11月28日



今というこの場所で
僕は誰かを目の前にして
ありえないくらい僅かのあいだ
僕は僕の心を解き放つ

ありえないくらい僅かのあいだ
その瞬間に全てをかける

それができない奴隷の僕は
ありあまるほど長いあいだ
僕は僕の過去に生きてしまう
奴隷が奴隷であることを
忘れさることなどできない

奴隷は奴隷らしく
今というこの場所で
ありえいないくらい僅かのあいだ
僕は僕の心を解き放つ

それが虚しいことだと
たとえ知り尽くしていたとしても




今、今日、ここ(自分の心)で起こったことをもとに何かを書くべき。
そういう思いは強い。
でも、そういう状況をまだ作れていない私は、
過去の話をもとに今の気持ちを語ることしかできない。
だとしても、それぐらいならできるんだ。

ある女性[ひと]と出会って、あなたの好きな部分は・・・
「言葉を大事に使うから」と教えられた。

でも、その後もずっと私は言葉で誰かを傷つけ続けてきた。
それだからこそ、この歌を忘れまいとしてきた。

「そんなつもりじゃなかった」
それは私もいくばくかは経験してきたことだ。

でも、それを恐れていたら、何も出来なくなることも、
今は知っている。

「そんなつもりじゃなかった」
そこから始まる「ひび」があることも知っている。
でもその「ひび」は修復しようと思えば出来ることも知っている。
ときには時間がそれを解決してくれることもある。

ほんの少しだけ、自分が誰かに投げかける言葉を
ちょっとだけ点検すればいい。
そうすれば、気持ちが軽くなるはずだ。
自分が誰かに投げかける言葉に自信も持てるようになるはずだ。
そして、それがやがて自分自身になるはずなんだ。
そうなったなら、あなたはとても素敵な人なんです。




顔も名前も知らない人と友達になった。
彼女は言った。
PCの画面にそれは流れた。
「私はあなたに、アンタなんて大嫌いといわれるまで、何があっても、
親友だと思っている」、と。

私はその言葉の「心」を受け取った。
だから、その言葉は今でも私の心の中で
時々、ドクンドクンと脈打つ。

あんな別れ方を選んだ自分を
あんな別れ方しかできなかった自分を
どれだけ責めたことだろう。

それでも彼女の伝えた「心」は
今も私の中で脈打っている。

いつでも帰っておいで☆と。





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ipsilon at 16:48コメント(0)トラックバック(0) 
今日、何回か記事を更新したなかで、色々なことが起こりました。
私が罵詈雑言を吐き、不愉快な気分になってしまった方もいることでしょう。
その点、お詫び申し上げます。


さて、拍手メッセに関してですが、コメントという堅苦しさを排除できる部分があるので、
これはこれとして、再開します。

ただし、拍手メッセにてのご質問など、返答のいるようなメッセは、出来る限りご遠慮ください。
また、頂いたメッセに対して、今後一切返信はしない方針にさせて頂きます。
ようするに、受け専用という形で再開させて頂きます。
これまで善意の励ましなどをくださった方の窓口を解放するのが目的です。
ご理解、ご協力のほど、宜しくお願いいたします。


何分、個人運営であり、様々な試行錯誤の中で運営しているブログです、
これからも迷惑をおかけすることもあると思いますが、
引き続きお付き合いくだされば嬉しい限りです。


今日であった全ての人々と出来事に深く感謝して。
 ありがとうございます。

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ipsilon at 01:19コメント(12)トラックバック(0)連絡事項・ご挨拶・伝言 

2012年11月27日

さて、気分を変えよう





人には深みがある
旅人であればあるほどに
見ようとしなければ見えない星
満点の宇宙にあっては小さな存在
だから近づいてごらんよ
星には色々な表情があること
気づけるはずだから

想像力という翼は
そのためにこそある
過たず矢を放つような翼
真実の翼さえあれば
魂はどこまでも自由だ

今夜約束の場所で会いましょう
射手座☆午後九時
遅れないでね




たかがひとつのブログ
でもね、そこには色々な人が集っている
ここを軸に実際に会って話した友もいる
ここを軸に電話線で繋がった友もいる
コソーリといつも励ましを送ってくれる同志[とも]もいる
ここで知り合い、励ましのメッセージをやり取りしている友だっている
ここにいる私ではなく現実の私を知る友もいる
本の表紙だけ見ていてもみえないものは一杯あるんです

それを全て見通すことは不可能かもしれません
でもここには多くの人が集っていることを理解して欲しいと思ってます

それを知っている私自身にはそれなりの責任があるんです
みんなに心配をかけてはいけないという
その責任感を私は嬉しく思っています

よくいう学会の責任職
そこにそういう意味があることを知っているからです
我が人生は自分が縁した人と共にあるんです
その責任感に立ったうえで生きていくのが仏法者でしょう
私がいま必死になって歩もうとしている道は
そういう責任ある道なのです

だから何があっても倒れることはできないんです
たとえそれが現実には孤独な旅であってもね
わが師である先生はずっとそういう道を歩まれてきたのですから
弟子である私がその道に連なるのは当然のことです




一年に一度の誕生日
出来うれば楽しい日にしたかった
出来うれば楽しい日にしたい
いやきっとそうしてみせる☆
射手座☆午後九時don't be late
ご本尊の前でお待ちしております(笑)



【追伸】まだ頂いているメッセージに返信できていない部分ありますが、少々時間をください。
必ずお返事しますので^^ なによりも、お体ご自愛ください。
少々自分本位の順番になっていますが、ご理解ご容赦ください。
また、心配をしてご連絡をくださった方々、本当に本当にありがとうございます。
怒ると血圧があがるので、あんまり怒らないようにします^^






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ipsilon at 20:04コメント(5)トラックバック(0) 
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