2018年12月28日

ソクラテス(ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』より抜粋)

ソクラテスは、人はどれほどものを知らないかをはっきりさせた。裸だということをつきつけた。

つまりこういうことだ。ぼくたちは、ふさわしい答えがおいそれと見つからないような、重要な問いをつきつけられる。そこから先、道は二つある。一つは、自分と世界を全部ごまかして、知る値打ちのあることはすべて知っているみたいなふりをする道。もう一つは、大切な問いには目をつぶって、前に進むことをすっかりあきらめるという道。とまあ、人間は二種類に分かれるんだね。

少なくとも人間は、思いこみが強くてかたくなか、どうでもいいや、と思ってるかのどちらかだ。


ええー、そんな自分にはなりたくない。ていうか、どっちも選びたくないんですけど……と思いませんか?
そう、きっと、だから――、人には決して知れないことがあることに対していかなる態度をとるのかという問いに対して、ソクラテスや釈迦やイエスをはじめとする賢い人たちは、第三の道を選んだのだろう。第一の道でもなく、第二の道でもない、「どちらでもない」、つまり仏教用語の概念でいうなら「空」に住することを選んだのだろう。

知らないものを知ったふりをしたり、あるいは知らなくていいやと思うことによって、一切の苦が起こると釈迦は気づいたんでしょ。
知ったかぶりをしても、知るのを諦めても、同じことが起こる。知らないことを知ったかぶりしていることがバレることへの恐怖。知らなくていいやと思っていながら、知らないでいて本当にいいのだろうか? という恐怖だ。
しかし、知らないことは知らない。知れることは知れるという態度をとれば、恐怖は生まれないのだ。
そう、これが完全な静寂であり、一切の苦がない生き方だし、いわゆる涅槃に住しているということになろう。

だから仏教も十二因縁のはじめに「無明(avidya)」があるわけだ。
人には決して知れないものがある=パーリ語でアビッジャー=それを漢訳したのが無明だ。
そしてその、決して知れない無明を、知っているつもりになることを傲慢といっているわけだ。知れないことを知ったふりをして、それに固執するのを執着といったのだ。
だから、釈迦は形而上についての問いには一切答えない態度をとったのだ。
知っている問いだけに答えたのが釈迦やソクラテスやイエスの生き方だということだ。
しかし彼らは自分が知っていることをそのまま言葉にして教えたりはしなかった。

質問されれば、質問しかえし、「ではなぜ君はなぜそう思うのかい?」と問い返し、質問した相手が自ら考え、自らの中から答えらしきものを探し出す「気づき(Sati=サティー)」の手伝いをしただけなのだ。
そう、このサティー(気づき)こそ、後に涅槃であるとか、悟りと呼ばれるようになったものなのだ。

なぜそんな面倒なことをしたのか?
あたりまえでしょ。人間の場合、意識は個人と個人のあいだで繋がっていないのだから。釈迦が「これは決して知れないことだ」と気づいたものを、言葉でもってそのまま教えることはできないからだ。
つまり、わたしにとって知れないことを知れるのはわたしだけであり、あなたにとって知れないことを知れるのはあなただけだからだ。
プラトンの場合、こういうことを「徳は伝えることができるのか?」という問いにしたわけだ。

言い方をかえるなら、人が知れないものは何かを知ろうとするなら、そういう問いへの答えは他人から教わるものではなく、本人の体験知によらなければならないということだ。
したがって、哲学するということは、どのように認識すればいいかという体験知に基づいた認識学でもあるわけだ。



彼(ソクラテス)は、思いこみが強くもなかったし、どうでもいいと思ってもなかった。ソクラテスは、自分は知らないということを知っていただけだ。そしてそのことを思いつめていた。それで、ソクラテスは哲学者になったのだ。諦めない人、知恵を手に入れようとあくことなく努める人に。

ソクラテスは、ぼくたちの認識のたしかな基礎をかためることが重要だ、と考えた。この基礎は人間の理性にある、とね。人間の理性に強い信頼をよせたのだから、ソクラテスは正真正銘の合理主義者だった。



この合理主義という言葉も、近現代一般では利便性や効率化を追求することという意味に解されいて、もはや本来もっていた合理主義――人が知れないものは何で、人が知れるものは何かを認識しようとする主義――とは違ったものになってしまってるのだろう。

いうまでもなく、カントなどはソクラテスの直系である。
なぜかなら、人間の理性はどこまでものごとを認識できるかを徹底的に追及しようとしたのだから。
もちろんトルストイなんかもそういう意味では合理主義者だ。
それは彼の『人生論』を読めば、はっきりわかることだ。

それにしても大変だ。
決して知れないことを知っているいるふりもせず、知ることを諦めることもなく、死ぬまで知ろうと努力する生き方が最も崇高で人間らしい生き方だというのだから。

でもそういう生き方って本当に辛いのだろうか? そんなことはないだろう。
たとえ決して知れないことがあってそれを知れないとしても、それを推察することもできるし、推察したものを信じることもできるからだ。より正確に表現するなら、推察ではなく洞察という言葉のほうが適しているだろうが。
プラトンが『メノン』で語っている論理も結局はそういうことを言っている。
徳を伝える術は、弟子の洞察力を発揮させるような偉大な師匠と、自らの洞察力にもとづいて師匠の教えたいことを自らの中から見出す力、こうした天分の関係性、天分の機会があってあてはじめて徳はなんとか伝達できるのだろう、と。

ともあれ、人間が幸福に生きるためには、洞察したものを「信じる」という行為、ようするに宗教が必要なのだ。
そしてその宗教は、先にお話ししたように、個々人の体験知に基づいたもの、自分自身の宗教、信仰、もう少し柔らかい言葉でいうなら自分自身の思想をもつことであるのだ。

また、知れないとしても、知れないことを不思議だなと面白がり、不思議なことや神秘なことを発見して喜ぶこともできるわけだ。
多分、不思議なことを不思議のまま心から喜べるのが人間にとって、最高の幸福なのであろう。
それを、「ありのまま」に見るというのだろう。



不思議な世界――。

木が緑なのは不思議。
だけど、木が緑な理由を知らなくたって、それは美しい。
海が青いのは不思議。
だけど、海が青い理由を知らなくたって、それは美しい。
人間がなぜ生まれてきて死ぬかは不思議。
人間は不思議な存在そのもの。
だけど、人間が不思議な理由を知らなくたって、人間は美しい。

世界は不思議に満ちてるけど、美しい。
ただそれだけのこと。
あるがまま。



『なんと素晴らしい世界』

木々は緑で、薔薇は赤く見える。
それらは、ぼくたちのために生い茂っているみたいだ。
そして、ぼくは思う。
なんて素晴らしい世界だろうと。

空は青く、雲は白い。
昼は祝福されていて、夜の闇は怯えさせる
そして、ぼくは考える。
なんて素晴らしい世界だろうと。

空に可愛らしい虹がかかる。
行き交う人々の顔に見えるのは、
友だちに「調子はどう?」と握手を交わす声。
でも彼らがかわしあってる声は、本当は「I Love You」なんだ。

赤ちゃんが泣いている、そして彼らが成長していくのを僕は見る。
彼らは僕が決して知れないことを沢山学ぶだろう。
そして、ぼくは考える。
なんて素晴らしい世界だろうと。
そして、ぼくは自分を見つめて思うんだ。
なんて素晴らしいんだろうと。


ipsilon at 21:23コメント(0) 

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