2013年02月

2013年02月28日


「トーヤ……あたし……ニューヨークの古巣に戻るわ……」
「…………」
「でも、あたしは逃げ出したりはしない……。必ずいつかここに帰ってくるわ……」
 ユピテールはそれだけいうのがやっとだった。しかし、彼女は打ち砕かれた硝子の欠片となっても、その硬質な輝きを失わなかったのだ。だが、部屋を去る足取りは鈍重で、まるで溶けかけた鉛のようだった。何度も転んでは立ちあがり転んでは立ち上がり、壁と柱を支えにして、泥沼のような執務室の床を必死に蹴っては、巨大な扉に据え付けられた小さなドアに向かったのだった。引き裂かれた服と脱げ落ちた片方のハイヒールだけを残して……。
 トーリの死は、彼を知る様々な人の耳に伝わり、声を通じて、乾いた大地に水が沁み込むように知れ渡っていった。戦争という渦中にあって家族や友人を失っていた多くの人々は、死というものに怒りや怨嗟の言葉を吐き出していた。だが、トーリの死は、それとはかけ離れた感情を人々の心に吹き込んだのだった。それは清水のように湧きあがり、たゆみなく透きとおった哀悼の潮流を生みだしたのだった。
「わたくしの定期健診などどうでもよかったのです……医者よりも優秀なトーリさんの側にいながら、わたくしはそんなことにさえ気づけなかったのです……」
 ことにガデアンとトロイヤの傷心ぶりは目にあまるものがあった。トロイヤは立場ゆえ喪主を務めたが、葬儀の間じゅう傍らに寄り添ったSPの支えなしでは立っている事さえできなかったのだ。葬儀委員長となったハウとエリスの苦衷もまた深かった。男も女も老いも若きも、トーリの死を心から悼んでいた。祭壇に飾られたまだ仔犬時代のルーチェを不器用に抱きかかえて微笑む遺影は、彼を知るものをして涙なしには見上げることができなかった。
 ロボペットの開発にはじまり、視覚障害者と介護機器の発明で得た特許は、数百件にのぼっていた。そうした企業や団体の関係者も多く姿を見せていた。
「彼はね、家の製品のために寝る時間すら惜しんで設計してくれたんだよ……」
 トーリの生真面目さは心臓に負担をかけていた。それが原因で彼を若くして天国へと旅立たせたのだった。
「彼は軍とのコネを使って、それを民間にフィードバックしてくれたのさ。高性能で安価で取扱いやすくて壊れにくい。そういう良い製品が一気に社会に行き渡ったのは彼のおかげさ……」
 すでに軍ではやっかいもの扱いされていたものに、トーリは光をあてたのだ。その一例がHULC(Human Universal Load Carrier)と呼ばれるパワー・アシスト・スーツだった。トーリはここから発想を飛躍させ、中枢神経から意思と反射の経路をわけて、自らの思いに従いつつ条件反射さえこなす、軽量のコルセット型介護機器を開発中だったのだ。と同時に、切れた抹消神経を繋いだり再生する高性能シリコンチューブも実用段階に入っていたのだ。なによりも注目されていたのは、DOXAの機密でさえある、人格型コンピューターの原理を応用して、再生不可能といわれていた中枢神経の蘇生に見通しをつけていたことは驚異的な実績だった。
 彼のたどたどしい文字の書かれたノートには、まだまだ沢山のアイデアが書きこまれていた。人々はトーリの意思を引き継ごう。そう話しあって数年後にはトーリアン財団を設立したのだった。夢は必ず叶う。それを実現するという強い信念と、それを受け継ぐ人材さえ育てあげれば。トーリはその身を殉じて、そうした精神的遺産を残していったのだった。
 葬儀を終えてバベルの塔に戻ったトロイヤは、身も心も年老いた桜の幹のように捩じくれてひび割れ、黒々とした霧に包まれたように陰々滅々としていた。それから数日の間、彼はデスクに向かってただ茫然と虚空を見つめては、ガクリ、ガクリ、と体を震盪させていたのだった。
 ――いくらなんでも急過ぎたわね……あいつにとってここは正念場よ……生きるか死ぬか……そういう思いになるしかないのよ……――。
 ユピテールはトロイヤへの憎悪と嫌悪に駆られながらも、トーリの残した個人宛ての書類を届けるために奔走していた。オーランドからニューヨークへ、ニューヨークからバミューダへ、バミューダからニューオーリンズへと飛ぶと、夏草が生い茂る丘の上に建つ一軒家を目指したのだった。
「いらっしゃい、ユピテール」
「タラッサさん……あたし何ていったらいいのか……」
「……ユピ姉さん……」
 ゼンタとタラッサに迎えられたユピテールは、それまで張りつめていた気持ちがふっつりと切れてしまったのか、玄関でおいおいと泣き出してしまったのだ。
 その声を聞いたタラッサは本能のままに彼女の体を抱きしめていた。
「大変だったわね……本当にご苦労様……。あなた一人がこんなに頑張って……いいのよ泣いて。辛かったでしょう。苦しかったでしょう……ねえ、ユピテール……辛かったわね……」
 ユピテールはタラッサの柔らかい胸に抱かれて、初めて女親の温かみというものを味わっていた。
「あたしには……ずっと母さんがいなかったの……あたしね……誰にもこうして抱いてもらったことがなかったの……」
 タラッサはしゃくりあげるユピテールの頭を優しく撫でながら、持てる愛情の全てを注ぎこむかのように頬をすり寄せて、一緒になって涙をながしていた。
 二人の姿を放心したように眺めていたゼンタがその輪に加わった。
「ママ…………あたし、ママのこと信じる……あたし……幸せだったんだね……」
 タラッサの腰に腕をまわしたゼンタもまた、大粒の涙をぽとぽとと零しては母の背に塩辛い染みを作ったのだった。

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―#26―




ipsilon at 15:18コメント(0)トラックバック(0)小説『宇宙の新星人たち』宇宙シリーズ【第三部】 

 「ケレス星域会戦」での敗退は、太陽系の地球軍勢力圏に深刻な影響をもたらした。兵たちの心に疑念を抱かせ、多くの移住者たちが戦火の及ばない宙域をめざす疎開を誘発したのだった。地球の防衛拠点である月の重要度は高まり、宇宙の総合病院は急激に軍事色を強めていった。
 月基地に足をつけたニクスとシノーペ、カロンやクロエ、ダフニスたちにとって、それは寝耳に水だった。地球軍参謀本部は、失った戦力と資源の確保を考慮して、彼らの地球帰還に一時ストップをかけたのだ。大気圏という壁が彼らの前に立ちはだかった。着陸するにしても、離陸をおこなうにしても、膨大なエネルギーや推進力、そして時間を消費することを憂慮したのだ。儚くとも希望を失わなかったテランの心を慰めたのは、建造が進められている宇宙ステーション<アジア>であり、宇宙医療ステーション<アフリカ>の存在だけだった。
「月だっていつどうなるか、わかりゃしないぜ……」
「わたし……もう地球に帰りたいの……」
 人々は叶うことのない願いを口にしては、自らに同情の言葉を投げかけたのだった。
 だが、人類にとってまだ広大であった太陽系において、ひとり誰よりも深い煩悶に沈んでいる者がいた。その者は黄褐色の砂と岩山にかこまれた、ネバダ州の荒れた大地にそそり立つ、半月をかたどった建物の最上階にいた。
 軍から受け取った、「ケレス星域会戦」の映像と文字データに目を通し終えたトロイヤの眼には、深い愁傷とそれ以上の怒りがあった。
 ――ミマース少将の作戦判断やギュゲス少将の戦術は、これ以上はないほど的確だ……。なのに地球軍は負けた。……原因はわかるほど解っている。僕の責任だ……。兵器の開発に遅れをとってしまった僕の責任なんだ……ムーシコフ総長もニクス兄さんも、誰も僕を責めはしない。けど、これは僕のせいなんだ……――。
「これだ……」
 トロイヤは火花を纏った黒いビームが戦闘艦を撃ちすえた映像を繰り返し眺めては、同じ言葉を繰り返していた。
 ――こんな発想……いったい誰が考え出したんだ……。僕でさえ実現化させた反重力フィールド……これはまだいい。これは使い方の問題だからね……。それとこれだ……ビームの射程を抑えても威力をあげる。これくらいなら僕にだって考えついたことだ……けど……」
 開かれたままデスクに置かれたノートには、トロイアがメモしたアイデアがびっしりと書きなぐられていた。
 その時、銀白色の青年の思索を妨げるかのように、ユピテールが姿を見せた。彼女は執務室の天井まで届く彫像と一体になった柱になど目もくれずに、そそくさと自分のデスクへと足を進めていった。ちぢれたブラックグリーンの髪をなびかせながら、ラメが散りばめられた濃い紫色のハイヒールで床を叩いていた。部屋は夏の暑さでほんのりと蒸しかえっていた。黒いミニのタイトスカートの裾を波打たせて、ユピテールはデスクの前までくると、椅子を引いて腰をかけた。
「おはよう……今日はさらに浮かない顔をしているわね……顔が青白いわ……。レディーを迎えたんだから、少しは血の気のあるところでも見せなさいよ」
「血の気か……」
 そういってトロイヤは、ユピテールが袖を通している白く薄いブラウスから透けた下着を、それとなく眺めながら呟いた。無地のTシャツ一枚にデニムのパンツ姿というトロイヤは、両腕を頭の後ろで組むと、ユピテールに話しかけた。
「なあユピ、なにかそのー、良い発想はないかい? いま僕は技術的なことで悩んでいるんだよ……」
「発想はー……ないわ……。というより、あなたはあたしが意見をいっても否定するだけだからね。……ということで、あたしは意見はいわないって決めたの……」
「そうか……。でも、何かあるだろう? いまの僕には誰かの助けが必要なんだ……」
 ――なにやら深刻でしおらしいわね……――。
 いつになく静かに話すトロイヤの声に弾かれて、ユピテールは椅子ごとクルリと向きをかえて、トロイヤの顔に目を落した。
「ツァオベラーのブラックホール・ビームとでもいえばいいのかな……。あれを遥かに凌ぐ発想がいるんだ……でないと……地球は負ける……。いま僕にある案は戦闘中もステルスを維持できる機能。それだけなんだ……。けど……そんな陳腐なアイデアじゃ駄目なんだ……」
「トーヤ、タルタロス奪取の目的……あなた気がついていて?」
「タルタロス?……あの施設には軍事的利用の価値はないだろう? そうとしか思えないけど?」
「違うわ。そうじゃないのよ。奴らは欲しいものがあったからあれを奪取したのよ……そうは思わない?」
「でもー……一体どんな利用価値があるっていうんだ?」
 トロイヤは腕を組んだまま天井を眺めてユピテールの言葉を待ち受けた。
「情報よ。科学的な実験データ。あそこにはそれがあるのよ。そのデータが何なのかはわかるわよね?」
「ブラックホールか……。しまった! これこそ大失態じゃないか……そうかー……」
「そうよ、もしもあの出力の装置が戦艦だとかに積まれたら……あたしはすぐにそれに気づいたわ……」
「ユピ、なぜ今まで教えてくれなかったんだ!」
 トロイヤはまなじりをあげて声を荒げた。
「大きな声を出さないでちょうだい! あたし、あなたのそういうところが嫌なのよ……。なにかあるとすぐに興奮する……」
「……す……すまない…………。でもそれに気づいたからといって、対処法がなければどうにもならないじゃないか……」
 ユピテールはしばらくのあいだ口を閉じて、ちぢれて長い髪をいじりながら俯いていた。
 それから顔をあげると――
「ねえトーヤ……怒らないであたしの意見を聞いてくれる?」
「なんだい?」
「あのね、ブラックホールに対抗するものってさ、あると思うの。なんていったっけ、ほら、お星様が死んでしまうときに爆発するやつってあるでしょ? そういうの?」
「ああ、超新星爆発だね……」
「それってさ、兵器に転用できない? だってブラックホールより強そうじゃない……」
 トロイヤはユピテールを嘲るように笑った。
「それは無理だろう。そもそも使うこっちの身がもたないよ」
 ユピテールはその笑いの意味を敏感に感じ取って感情を爆発させた。
「なんなのよ! 意見をいえっていうから、あたしはいっただけじゃない! それをなに!? あたしを馬鹿にして笑ったっりしてさ、まるで子供扱いじゃない! もう我慢ならないわ!」
 それまでユピテールが抑えつづけていたものが噴火してマグマを吹き上げていた。
「ユピ、なにをそんなに怒っているんだ? 意味がわからないよ……」
「あなたってとことん鈍感な人ね……いつもいつもあたしのこと否定して、それであたしが平然としていたとでも思っているの! あたしがどんなに傷ついていたか……わからなかったの? 科学馬鹿もここまで来ると呆れるわ!」
「ユピ、科学を冒涜するな! 人は科学がなければ猿同然だったんだ! 君のその感情がいったい何を成し遂げたというんだ?」
「……馬鹿にしないでよ……あたしもう嫌! あたしはね、もう少しあなたには人間らしさがあると思ってた。……でも、今のあなたには絶望するわ……」
「なにが絶望だ! ふざけるな! ぼくだって人間だ! 何が不満なんだ! いってみろ!」
 二人は椅子を蹴って立ち上がると、いまにも殴り合いをはじめそうなほど湯気をあげて、睨み合っていた。
「なら、証明してみせなさいよ! 人間らしいところを見せてみなさいよ! 好きな女がいる……そういう浮いた噂ひとつ聞いたことすらないわ……。少なくともあたしはそういう感情に素直だったわ。あなたの前でもね……」
 トロイヤは大きく息を吐いて自分を落ちつけようとした。注がれた視線のさきには、雪のように白い腕を、くびれた腰にあてて立っている女がいた。赤い瞳には何ものにも屈しない覇気があった。薄く濡れた唇はかすか開いて口惜しさに震えていた。すらりと伸びた足は絹のようなぬめりとした艶を放ち、透けるように白く美しい彫刻のようだった。
「証明してやるよ!」
 トロイヤはユピテールに近づくと彼女の腕を掴んで力一杯に体を傾けた。
「ちょっと、痛いわ! 何してるのよ! 痛いってば!」
 二人は絡み合ったまま床に倒れた。
「なんでこれが証明なのよ! ただの暴力じゃない!」
「違うよ、ユピ。僕はずっと君のことが好きだったんだ。でも……君は妹だった……けどその君が証明しろというなら、僕はそうしてみせる!」
「…………」
 トロイヤのバイオレットの瞳は血走り、ユピテールの赤い瞳は恐怖に震えていた。
「やめて! やめて、トーヤ! 気でも狂ったの!?」
「証明してやるよ! そうして欲しいんだろう!」
 トロイヤは叫ぶやいなや、白いブラウスの胸元に手をかけて、それを引きちぎった。
「いや! ちゃっと! やめてよー! なにするのよ!」
 ユピテールに馬乗りになっていたトロイヤは、叫びなど耳に届いていないかのように、何度も絹を引き裂くような音で壁や天井を叩いた。
「やめて! やめてよーーー!!」
「黙れ! 君が望んだことじゃないか!」
 下着に包まれたユピテールの成熟しきった胸が露わになると、トロイヤの白い手はスカートへと伸びた。
「いや! いやーよー!! 兄さん助けてー!」
 その言葉をきいた瞬間、トロイヤの狂気を秘めていた瞳に嫉妬の炎が燃え上がった。
「黙れ、黙れよ、ユピテール!」
 布が、熟れた女が絶叫して金きり声をあげていた。
「いや、いや、いや……こんなのいやよ……」
 純白の肌をしたアルビノの女は、力を使い果たして茫然自失したまま涙を流していた。
「僕は、お前が好きだったんだ……」
 トロイヤはユピテールの細い手首を掴んだまま、唇を重ねようとした。
 ユピテールは激震する瞳を見開いたまま、黙ってトロイヤの狂った眼を見つめていた。
 ――刹那、ユピテールのデスクにある電話が鳴った。
「…………」
 耳をなぶっていた電子音に気づいたトロイヤは、ユピテールの腕を解いて立ち上がると、デスクへと歩み寄って受話器を取った。
「はい……」
「あ、わたくしです。ガデアンです……」
「ああ、爺やか……」
 ――爺やがなに? あたし……こんな姿を爺やに見られたくないわ……――。
 ユピテールは気が動転して幻覚を見ていた。あられもない姿で床を這うようにして、破れた服をかき集めようとしたが、すぐに無駄だと気づいた。
「その声はトーヤ坊ちゃまですね?」
「ああそうだ、ユピに用かい?」
「いえその……坊ちゃまに伝言をと思ったのですが、直接お話ししたほうがいいでしょうね……」
 ――爺やまであたしを見捨てるのね……ひどい、ひどいわ……――。
 幻覚と幻聴の中で、ユピテールはそれでも必死にクローゼットへと這いよって、ガウンをひっつかむと、素肌ばかりが露わになっていた体にそれを巻きつけた。
「坊ちゃま、落ち着いて聞いてください……このガデアン、一生の不覚です……」
「なに? なんなの?」
 ユピテールは、受話器から漏れるガデアンのかすかな泣き声を聞きつけていた。
 ――爺やはやっぱりあたしの味方だった……でも、なんだか寒いわ……――。
 ようやく現実感を取り戻しはじめたユピテールは、全身に悪寒を感じてクローゼットの中で腕をばたつかた。
「……トーリさんが……今しがた亡くなりました……」
 ――!!!――
「……今……なんていいました?……」
「トーリさんが、亡くなりました。心臓発作で……」
「なぜだ……なぜなんだ!!」
 トロイヤの絶叫が執務室を揺るがせた。
「嘘だ、嘘だ、嘘だー!! 僕は……そんなこと信じないぞ……」
 コードに繋がれた受話器が宙に浮いたままゆらゆらと揺れていた。そこからはガデアンの涙声が零れていた。
 トロイヤは崩れるように床に膝をつくと、嗚咽し、号泣しはじめた。
 ユピテールはトロイヤの狂気に怯えながら、震える手で必死にマフラーを首に巻きつけようとしていた。
 バベルの塔の執務室には、搭自体が轟音を響かせて崩れゆくような光景があったのだった。

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―#25―




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2013年02月27日


「エロス様! 偵察団が敵を捕らえました!」
「規模は?……」
「どうやら偵察隊の模様です……」
「なら見て見ぬふりをするんだ……。本隊を発見するまでは、絶対にステルスの解除も攻撃も許さないよ。そう伝えなさい」
「御意!」
 双方の偵察勢力はいきなり本隊と接触した。
「おい! 冗談じゃないぜ! 退避、退避だ!」
「地球軍の本隊だ! すぐに高速駆逐艇を出せ! エロス様に伝えろ!」
 地球軍の偵察隊は自艦の安全を確保すると、電波を発信した。だが、聖戦団は見えざる者となった駆逐艇が、待機していた「アズライール」「マフムード」団のスクリーンに捕らえられる宙域までくると、発光信号で地球軍の位置を知らせてきた。
「なんたる古風なやりかたじゃ! エロスは何を考えておるのか!」
「はあー……わたくしにはわかりかねますがー……」
 新たにヒドラの副官となったイブリスが眉を曇らせて呟いた。
「エロス様より入電、全艦ステルス航行に移行せよ――とのことです……」
「うんむー……解せぬ……」
「どうされますか? ヒドラ様……」
「ここは、あの女に従おう……ステルス自体は有効であろうからな……」
「はは! 御意のままに!」
 聖戦団は密集隊形のまま、ステルス機能のある艦船が次々に姿を消していった。
「提督! 偵察隊が本隊を発見しました! 方位α0β1γ3です!」
「ほぼ真正面じゃないか! 全艦、魚雷戦用意!」
 第二、第三艦隊はそれぞれ「アズライール」「マフムード」団を正面に見て、ノズルを点火して距離を詰めようとした。
「スクリーン最大望遠です!」
「数が少なすぎるぞ! 偵察隊規模じゃないか……。どういうことだ? 本隊は別にいるんじゃないのか?」
 スクリーンには間隔の開いた、だらしのない敵戦団が映し出されていた。
 ――だが逡巡は許されない……――。
「全艦、魚雷発射!」
 ミマースの指令で、第二、第三艦隊は、一千八百本もの魚雷を放った。
「えっ、エロス様! ぎょ、魚雷が来ます! たっ、多数です! 非常に、多数です!」
「うろたえるな! 馬鹿めが! BH砲をチャージしつつ反重力フィールドを展開せよ!」
「ははー!」
「魚雷、到達時間です!」
 副官の声がしたかとおもうと、広大な宇宙空間に数百の火の玉が膨れ上がった。
 ――……おかしい……すべて敵戦団の前方で爆発しているようだな……――。
 ミマースは冷静に戦況を把握していた。聖戦団はかすり傷ひとつ負わずに、ゆっくりと前進していた。
「ミサイル戦、用意!」
 ミマースは迷うことなく手順書どおりの戦法を選んだ。
「サルボー!」
 銀色の戦闘艦から一斉にミサイルが撃ちだされた。その数、一万発を超えていた。
「みっ、ミサイルです……エロス様……」
 こんどは数千の火球が宇宙の闇で瞬いた。だが、聖戦団は何の損傷も受けていなかった。
「……ったく……眩しくてしかたがないじゃないか……」
 ――奴ら……反重力フィールドを展開しているな……ならば……――。
「曲射ミサイル戦、用意! ……サルボー!」
 第二、第三艦隊から、真上に向けて打ち上げられたミサイルは、しばらく上昇すると向きを変えて前進し、聖戦団の頭上から降り注いだ。
「フィールドを上に向けるんだ! 急げ! 急ぐんだよー!」
「はっ……はー!」
「まだBH砲の射程には入らないのかい!? あと何秒なのよ!? 報告しなさいよ!」
「はー……あと十秒ほどで……」
 エロスは無能な通信士に苛立って、唇を噛みながら閃光と爆炎と火球の中に佇んで、じっとチャンスを待っていた。聖戦団は曲射ミサイルの攻撃で、十隻ほどが戦闘不能に陥っていた。
「おいおい……ミマース……無駄弾が多すぎるぞ……。しかし、この状況じゃーこっちも何もしてやれん……」
 ギュゲスは真っ向から陣形を保ったまま距離を詰めてゆく、両軍の配置をモニターで確認しながら呟いた。
「BH砲、射程に入りました!」
 エロスは――勝負あった!――という光をダークブルーの瞳に宿らせながら号令した!
「撃てーっ!」
 主砲から火花を纏った黒いビームが伸びて、宇宙の闇を突き進んでいった。
「提督、何か来ます! 高質量体かと思われます!」
 質量センサーをモニターしていた士官が、悲鳴のような声をあげた。
 ――まずいな……――。
「全艦、反重力フィールドを展開!」
 だが、BH砲から放たれた高質量エネルギーは、反重力フィールドを引き寄せて突き破り、第二、第三艦隊を襲った。黒いビームの直撃を受けた船は、その部分に強大な引力が発生して、まっぷたつに引きちぎられてしまった。ビームが舷側をかすめた船は、その引力の影響を受けて、様々な機器が故障した。各艦から被害状況の報告が相次いぎ、轟沈、撃沈を含めて、三十数隻ほどが戦列を離れていった。
 ――一体いまのは何だ!? 奴らの新兵器か!?……だが、あの火花のビームはチャージに時間がかかるはずだ――。
 ミマースは怯まなかった。
「全艦、全速前進ー! 各砲門、砲撃戦用意!」
 地球軍の二個艦隊は、ノズルから長大な炎を吐き出すと、猛烈に敵との距離を詰めにかかった。
「ヒドラ様、奴らが罠にかかりました。あとはビームの撃ちあいでカタがつくでしょう。どうぞお楽しみくださいませ……」
「よかろう……ご苦労であった、エロス……」
 ヒドラは身振りで全砲門を射撃準備に入れさせた。
 やがて、双方は敵を射程距離に捕らえると、各艦一斉にビームを放った。だが、その戦いは一方的な展開に傾いていった。
「なぜだ……何故こうもこちらばかりがやられるんだ……何がおこっている?」
 豪傑なミマースも、その光景に動揺を露わにしていた。
「いいかい、密集隊形を崩すんじゃないよ! こっちの射程は短いんだからね!」
「ははー!」
 エロスは、時おり崩れそうになる陣形を、叱咤激励して維持させていた。
 ギュゲスにとって、それは見たこともない負け戦の光景だった。地球軍のビームは敵艦を殴っていた。だがその威力は弱く感じられた。聖戦団の発するビームは細く非力に見えた。だが、地球軍の船を貫いては爆炎をあげさせていたのだ。
 ――なんだ? どうなっているんだ?――。
 唖然として突入する機会も場所も見つけられずにいた第八艦隊に、その時、聖戦団のふたつの偵察団が襲い掛かった。間近までステルスを維持していた聖戦団の攻撃に、第八艦隊は遅れを取ってしまった。
「防御砲火、撃て、撃てー!」
「ビームのチャージはまだかー?」
「魚雷庫への防御シールドの展開、完了しました!」
 さすがの海兵隊員も動揺を隠しきれなかった。
 ギュゲスの眼の前で、一隻の船が集中砲火を浴びて大爆発を起した。
「ハンニバル隊を出せ! 奴らを船とともに死なせるな! 各隊発進しだい、前方のツァオベラー本隊に突っ込めー!」
 それは相当に強引な命令であった。しかし、その強引さが地球軍の全滅を退けたのだ。ハンニバル隊は編隊を組んだまま敵戦団に突入していった。そして、敵艦を射程に捕らえるやいなや、一本棒になって肉薄するとビームを浴びせて、聖戦団を混乱に陥れたのだ。
「こちらも、ゴルゴダを出せ! 何をしておるか!」
 ヒドラが激昂して肘掛けを叩いた。
「それが……この密集隊形では、発進出来んのです……」
 イブリスが怯えてオロオロしながら、くぐもった声を出していた。
「えーい、機雷をばら撒きつつ、密集陣形を解け! ビームの射程距離はそのままじゃ! 射程外に出た奴らにはミサイルをぶちこめ! いいか!」
「ははー!」
 ハンニバル隊の活躍もそこまででだった。
「おい、ミマース! 撤退だ。撤退せんと全滅するぞ!」
「ああ、わかっている。ギュゲス! そっちのハンニバルも下げてくれ。これ以上の損害は致命的になりかねん……」
「…………くそめ!」
 地球軍は全力撤退に移った。隊形と陣形が崩れるギリギリのところで、戦場を離脱していった。
「追うんじゃないよ! 馬鹿が! 放っておけばいいのさ……。あたしにはまだやることがあるんだよ……」
 エロス揮下の「マフムード」団は追撃を中止して、密集隊形を維持し続けた。だが血気にはやった「アズライール」団は、一部の艦船が深追いして隊形が乱れていた。
「一矢報いるぞ! 艦尾魚雷を撃てる船は、Dエリアに向けて持てる限りの魚雷をぶちこめ!」
 ミマースの怒号が消え去ると、地球軍は各個に魚雷を撃ちだした。すでに、反重力フィールドを切って追撃戦に移っていた聖戦団の艦船は、ここで痛い思いをしたのだった。瞬時に十数隻が撃破され、撃沈されたのだ。
「馬鹿めが! 引けー! 引かんか!」
 ヒドラの命令でようやく冷静さを取り戻した各艦は、隊形を整えて追撃戦を中止したのだった。
 地球軍の大敗だった。戦力の四割を失い、多くの船が損傷を受けていた。一方、聖戦団は一割ほどの戦力を失い、作戦の目的である小惑星ケレスにある、タルタロス、タルタロス兇魘譴睫気占領したのだった。
 科学技術が生んだ兵器が、勝敗の行く末を決めた戦いだった。地球軍はBHブラックホール砲や、射程を制御した高エネルギービームによって、苦渋を舐めたのだった。
 ――アグリオス……あたしを惚れさせようたって、そうはいかないよ。……あたしはねー、この程度のことじゃー満足しない女なのさ……そう、欲深い女なのよ……あんたはまだあたしの一部だって、知ってはいないのよ……馬鹿な男ね……――。
 エロスは、艦長室の豪華なソファーに身を沈め、ひとりワイングラスを傾けて、口辺に笑いを浮かべながら、勝利の美酒に酔っていた。星々は誰彼に味方することなく、窓の外で粛然と輝いていたのだった。

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―#24―




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 ニクスとカロンは再開を果たした。ムーンベースに着床した<スペランツア>号は、新鋭艦<パビエーダ>号と船首を並べてその威容を誇っていた。今や宇宙の総合病院とかしつつあった月基地の施設にダフニスもクロエも歓声をあげた。清潔感ある病室に運び込まれた傷病者は、日々明るさを取り戻して冗談を飛ばしあうようになった。
 月の裏側にあるセレーネ基地には海兵隊の第八艦隊が駐留していた。そしてまた、第二艦隊旗艦となっていた<ヨーロッパ>も護衛艦を引き連れてそのセレーネ基地に着床していた。
「よう、ギュゲス! 久しぶりじゃないか!」
「おう、ミマース! 今度はお前を抱擁してやれるぜ!」
 スー族の酋長ギュゲスとそのメンバーだったミマースは友情を取り戻していた。
「また酋長と一緒に戦える。そんな日が来るとは思ってもいなかったですよ……」
「俺だってそうさ。……あの引き金はな……出来れば引きたくなかった……。けど、あの時のお前の眼は死んでいたんだ……暗く悲しい目には激しい怒りしかなかった……」
「そのことじゃー随分と苦しみましたよ……。ですが、もう乗り越えましたよ。俺を信じてくれますか? 酋長?」
「さあな! それはこの先のお楽しみだ!」
 ギュゲスは白い歯を見せて顔をほころばせた。
「そういえば、月の表にDOXAの船がいることを、知っていますか?」
「は? DOXAの船だ? 俺には関係のない話だがなー」
 ミマースはギュゲスの背を叩きながらいった。
「<パビエーダ>号だ。知らないとは言わせないぜ!」
「ふん……まあそうだな……知らんとはいわんが……」
「酋長、娘に会ってきたらどうです? ムーンベースはすぐそこですよ。それに出撃にはまだ間があります」
「何をいってるんだ、ミマース。俺がそんな男じゃないことは、お前が一番知っているじゃないか……」
「そのつもりです……ですが、向こうの気持ちがどうかは、わかりませんよ……」
「リアレス……あいつの育て方を俺は間違えたのさ……。けどな、軍を去ってくれたことには感謝している……。しかしお前、変わったな……」
「ああ、変わったさ。俺を変えたのは女房さ……」
「まずそこが変わった!」
 そういってギュゲスはミマースの胸に指を突きつけた。
「家族はいいもんだ。俺は酋長にもそれを知って欲しい。まあ、そういうお節介ですわ……」
「そうだなー、この戦いが終わったら、会いにいってみるさ。あいつにとっては俺のような禄でもない男でも、親父であることは認めてくれているようだからな……」
「そうか、ではその日のためにも、勝とうじゃないか!」
「もちろんさ! 俺の人生に負けなどないからな」
 ギガンテスの男たちは固い絆を確認すると、それぞれの船に帰っていった。
 第二、第三艦隊の本隊がセレーネ上空の周回軌道に到着すると、第八艦隊の戦闘艦は、錨をあげて次々に基地を離床していった。隊形を整え終えた第二、第三、第八艦隊の約三百隻は、月軌道を離れてしばらくすると、超光速航行に突入して、木星宙域に姿を見せたのだった。
「情報通りであれば、敵はケレスを襲うはずです。接触は近いと思われます」
 ミマースの副官ウルカヌスが足を引き摺りながら、艦長席に近づいてきた。
「情報に間違いはないよ、ウル。そいつは信用できる」
「提督、なぜそうも自信があるのですか?」
「勘だよ……長年の勘というやつだ……」
「はあ……勘ですか……なんだか先が思いやられますね……」
 二人はリラックスした笑いを艦橋に響かせたのだった。
 その頃、聖戦団は高速艦で編成された偵察団をケレス宙域に進出させていた。ステルス機能を使って、見えざる者となっていた戦団は、必要最小限の機械動力だけを駆動し、慣性にまかせて宙域に潜んでいた。
 その後方には密集した球形陣を組んだ、ヒドラの「アズライール」団と、エロスの「マフムード」団が並んで待機していた。さらにその後方にはステルス機能の高い高速艦ばかりを集めた戦団が待機していた。
「エロス、いささか弱気な陣形といえまいか?」
「いいえ、大司教、まずはやつらを蹴散らすのが先かと思われます。タルタロスの奪取はそれからでも遅くありません」
 ヒドラ座上の旗艦<ケイローン>号のメインスクリーンには、白い衣装で跪いているエロスの姿があった。
 エロスは眼のフチを青黒いシャドーで彩り、そこから頬へと細いラインを描き入れ、魔女のような妖気を漂わせていた。
「だが、奴らがこちらの思う壺にはまるとはいえまいぞ……」
「ここはわたくしをご信用なさってください。必ずや敵を卿の前に引き摺り出して見せます……」
「ふむ……ならば、その手際、見定めさせてもらうぞ。この戦いはマフデトの弔いでもあるのだ。負けるわけにはいかんのだからな……」
「はは! 心得ました……」
 頭を深々と下げたエロスの薄紫色に染められた髪が、床に流れていた。
 スクーリンから女の姿が消えると、ヒドラはマフデトがいた場所に視線を落とし、長い嘆息を漏らしていた。
 各艦隊が大きめの球形陣を組んだ地球軍は第八艦隊を中央後方におき、第二、第三艦隊を前衛両翼とする配置をとっていた。
 ――今回は潜宙艦の戦力は期待できない……そして双方の戦力は互角と見た。ひとつの判断が死をもたらす。そういえそうだな……――。
 ギュゲスはいつになく慎重な面持ちで、宇宙を映しているスクリーンを睨んでいた。
「偵察隊、発進します!」
 副官の声がギュゲスのもの思いを破った。
 ――いよいよだな……ミマース、頼むぜ!――
 かくして、「ケレス星域会戦」は勃発したのだった。

(つづく…… 前へ 次へ 第一話へ この記事の最初に戻る

―#23―




ipsilon at 11:40コメント(0)トラックバック(0)小説『宇宙の新星人たち』宇宙シリーズ【第三部】 

 病院船としての活動を続けていたDOXA隊に――クルーが定員割れしている船は地球に帰還せよ、という指示が本部から、ミニ・ブラックホール通信によって送られてきた。<スペランツァ>号はその適用をうけた一艦であった。
 ニクスにしてみれば、まだまだ人手のいる救援活動を続けたい――それが本心であった。だが、地球軍参謀総長、ムーシコフの意向もあって、地球への帰還を決断したのだった。何よりも疲弊しきり、とうに限界を超えていたダフニスとクロエ、そしてすでに妊娠八ヵ月に入っていたシノーペの存在が、ニクスの心を決めさせた最大の理由だった。
 地球勢力は会戦半年を過ぎた頃から、ようやく資源材料の確保や、兵器の生産ラインが軌道に乗りはじめ、本格的な戦時体制に移行しはじめていた。しかしそれはツァオベラー勢にとっても同じことだった。大規模な作戦が行われるであろうというキナ臭さは、どこからともなく漂ってきていたのだ。
 地球軍としては補給線確保のために、定常的な火星爆撃計画が立案されていた。聖戦団は装備の大幅改善と戦団の再編成、そして、木星軌道上に浮かぶ小惑星、ケレスのタルタロスおよび、タルタロス兇涼ゼ莊弉茲立てられていた。双方の通信量の増加は、作戦行動が近いことを首脳部に感じとらせたのだった。
「我が軍としては、DOXA新鋭艦のテストが終了しだい、火星爆撃計画を実施する予定であったが、その期日を繰り上げたいと思う」
「しかし総長、それは危険が大きすぎませんか?」
「無論その点は作戦部も憂慮しているよ。だがね、ムーンベースの医療施設の拡張が敵に知られたようなのだ。わたしとても出来うれば、負傷者は地球に帰してやりたい。だがね、検疫が全くといっていいほど間に合っておらんのだよ……。それゆえのムーンベース拡張であることは、諸君も承知のはずだ……」
「ではあっても、戦力不足過ぎませんか?……まだ第七艦隊の編成も済んでおりませんし、宇宙ステーション<アジア>も未稼働です。ここでの出撃は無駄に戦火を拡大しかねません……」
「考えてもみたまえ。兵がなぜ戦えるかを……。負傷しても面倒を見てもらえる、帰るべき場所がある。そうしたものがあるから、兵は戦えるのだよ。後顧の憂いを断ち切ってやるのも我々の務めではないのかね? 今回の戦いの目的はそこにある。月と地球の防御体制を固めるために打って出る。そういうことなのだよ……」
「…………」
 ムーシコフは時に激し、時に情に訴えて提督たちを納得させていった。その自由自在な発言ぶりは、百年に一度世に出るか出ないかというほど洗練されていた。だが、その時はそうしたことに気づくものはいなかったのだ。
 一方の聖戦団は、法皇の説法で信者たちの狂信的な献身を引き出して、新たに二個戦団を生みだすという離れ業をやってのけていた。ヒドラ配下の「アズライール」、ヘルメス配下の「タルムード」、エロス配下の「マフムード」、そして法皇親衛団「ダルウィーシュ」という陣容を整えたのだった。
 その日、大聖堂を埋め尽くした信者と戦闘員、そして祭司たちの前で、法皇は攻勢にでることを告げた。
「余が忠臣であった、しもべたるマフデト卿は神に召された。諸君らも知っての通り、マフデト卿は神の怒りに触れたのではない。かといって神の身許にゆくにはまだ修養が足りていなかった。一体なぜあの司教は神に召されたのだ……。憎悪である。テランたちの憎悪によって、司教は修行を無理やりに中断させられたのじゃ……。諸君らは憎悪に対して何を用いるのじゃ……」
 法皇は人間の腕を形どった杖を高々と掲げて聴衆に呼びかけた。
 人々は喧騒の中で、それぞれの思いを声を限りに叫んでいた。その時、法皇の両翼に控えていた、ヒドラとエロスが立ち上がった。
「諸君の神はなんぞやー!!」
「アメミッート! アメミッート!」
 聴衆の怒号がドームの天井を打ち鳴らしていた。ヒドラの大音声に負けじとエロスが声を張り上げた。
「神を偉大と認めるか! 神にその身を捧げる意思はありやー!!」
「アメミットは偉大なりー! アメミットは偉大なりー!…………」
 聴衆が独特の節回しでその言葉を四度繰り返すと、さらに声を高めて祈りの言葉を叫び続けた。法皇は怒涛のごとく大聖堂に響きわたった喚呼を耳にし、聴衆の恍惚とした目と目を眺めやり、満足そうに頷いてみせた。
「我が親愛なる同志よ、静まれー!」
 ヒドラの一喝でドームはとたんに静寂を取り戻した。
「法皇より、ご神託がある。皆の者、良く聞くがよい!」
 エロスが艶のある声色を響かせると、あまた百千の瞳が法皇に突きつけられた。
「我が愛する僕たちよ、これは弔いの戦いである。マフデト卿の胸に突き刺さった憎悪の剣を抜き去れ! 憎悪は我らと共にあり! 如何があるか!?」
「憎悪は我らにあり! 支配は崇高なり! 憎悪は我らにあり! 支配は…………」
 聴衆の喚声はさきにも増して高まった。法皇、アル・イブラヒーム・ルッディーン・ハッカーニ祇い鰐悦した表情で聴衆に背を向けると、ゆっくりとバルコニーを後にした。法皇は長く垂れたマントの端で、ヒドラとエロスをいざないながら大聖堂を去っていった。
「あんたとのお寝んねは、しばらくお預けさ」
「ということは……出撃が決まったということだね」
 毎夜、ただエロスを抱き寄せて眠る日々を続けていたアグリオスは、嘘のように生気を取り戻りていた。枯れ果てていた発想を次々と湧き上がらせては、新兵器の開発に邁進していのだ。その発想力はアメミット神さえ呻らせるものだった。
「だが今回は勝てるよ。わたしは君を失うこともないだろう」
「なぜそう言えるんだい? 大した自信家だねー……あんたは……」
 アグリオスは白衣を翻してエロスに向きなおると、確信を込めていった。
「新しく開発した兵器は、まだ使いにくいという欠点はある。だがね、あれは強力だよ。君のような有能な司教が指揮を執れば、万にひとつも負けるとは思えないんだ」
「ヒドラはどうなのさ?」
 エロスの瞳に嫉妬の光が瞬いた。
「彼か……彼には慈悲がなさすぎるのだよ。マフデトはその無慈悲に殺されたんだ……」
「フ! あんたの分析力……それだけは認めてやるよ……。だがね、剣は人を斬ってみないかぎり切れ味はわからんものさ。まあいい……吉報を待つがいい。それよりも、あいつの設計を急いでおくれ。あの剣……あいつは使えると感じたのさ……聖剣になる。そう感じるのさ……」
「エロス、まかせてくれ。君を失わない限り、わたしの智恵の泉が枯れることはないのだからね……」
「それじゃ、頼んだよ、アグリオス……」
 全身を白い衣装で飾っていたエロスは、踵をかえすと、電子機器の並ぶ石造りの部屋を出ていった。
 宇宙壊疽で命を落としたマフデトの荘厳な葬儀が終わると、ヒドラとエロスの二戦団は隊伍を組んで出撃していった。その数、おおよそ三百隻だった。

(つづく…… 前へ 次へ 第一話へ この記事の最初に戻る

―#22―




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