2013年08月

2013年08月31日

何度やってもコメントがはじかれるのは、ライブドアのサーバ自体の不具合のようですね。
順次改善されるとのことなので、しばらくリコメはできないかもしれません。

ご理解、ご協力のほど、よろしくお願い致します。

うーむ、でもなんとかならんのかなぁ……と考えて、管理者モードでやってみたら、
リコメできましたぁ!

放置、とにかくそれはしたくなかったので、スッキリ!
関係各方面にいろいろとご心配をおかけしていますが、大丈夫です。
自分を見失ってなどいませんから。

喜怒哀楽、うんちゃらかんちゃら、それら全ての感情が、
我が心の産物であることなど、忘れようはずがないのですから。
だって、それを絶対に忘れないために、そのことを一人でも多くの人に気づいてもらえる使命を果たすために、あの地獄の7年間があったことは、誰あろう私自身が一番良く知っているからです。



ニューガンダムは伊達じゃない!
っておい、シリーズ間違えてるって! それは逆シャアですからぁ〜☆

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ipsilon at 21:32コメント(0)トラックバック(0)連絡事項・ご挨拶・伝言 
 実践理性批判という漢字が並んでいるだけで、ああもう……という気分になる人もいるのだろうが、
 これはそんなに難しいことを言っているのではないと、私は思っている。

 ようは、自分の中に道徳的理想(つまり思想・宗教)を掲げて、それにそって実践的に理性を使え。
 そういっているのだ。
 しかーし、しかしです、
 その理想はどうやって知ればいいのでしょうか?

 学問? まあそれでもいいのです。
 しかし理想は体験からなのです。
 ただこの体験から正しい道徳律を導き出すことは、並大抵のことではないのです。
 まず、なによりも体験経験の数がなければ、批判のしようがないからです。
 つまり、実践理性批判とは、実践(経験・体験したこと)を理性的に批判し、真実を見つけ出せ、という意味でしょう。
 そう考えると、観念(悪い言い方をすれば、空想・妄想)というものの無意味さがわかってくるはずです。
 批評・批判、大いに結構だと思います。
 しかし、自分が体験・経験していないことは、正確に批評・批判など出来ないのです。
 心ある人であるなら、その虚しさに気づくべきです。

 そもそも、私がカントから思う体験というのは、別に信仰体験とかいったものに限っているわけではありません。
 ようは生きることそのもののことを言っていると考えているのです。

 つまり、生きていることそれ自体に価値があるというのは、そういうことからも理解できることなのです。
 だから、社会の役にたたない者は生きている価値がないという考えは間違いなのです。
 それはもちろん、社会活動に参加して、そうした生の体験をたんまりしていくほうがいい事は確かです。

 ですが、生きるということにそういう意味があると理解し、
 生きたことを自分の中の理想の道徳律として生かしていこうとする心・精神性がなければ、
 どんなに社会で認めらても、生きた価値は無に等しいのです。
 言い方を変えれば、心は死んだまま生きているということです。
 別の言い方をすれば、人間でありながら、動物のように生きているということです。

 こういうことをぐだぐだ説明するのはもう飽きたんです(笑)
 でも、働かざる者なんとやら、としか思えない人への問いかけとして記事にしてみました。

 怒ってるときに、こんな理性的な文章など書けないので、暴言を吐いて記事にしたわけです。
 人に何かを伝えるのは難しいのです。
 そもそも、このことを伝えること、理解してもらうこと自体も、非情に難しいんですけどね。
 
 何度でも言います。
 人間は生まれてから死ぬまで、常に孤独なんです。
 でも、白昼夢の中を生きている人はそれにさえ気づけずに死んでゆくのです。
 そんな生き方は嫌だ。
 そう思われるなら、カントの哲学を学んで、自分自身と向き合う必要が絶対的に必要なのです。

 ある日、こんなことがありました。
 私の登録している「読書メーター」で、カントについて書かれた感想に出会いました。
 感想を書いていたのは、20歳くらいの若い女の子です。

 その方は、「定言命法」についての感想を書いていました。
 こういう生き方をしなければと思った――最後はそういう言葉で締めくくっていました。

 でも私はそれを読んで思ったのです。
 ああ、この方はカントの伝えたいことを理解できていないな、と。
 で、それってこういうことだと思うけど、どう思う? とコメントを書き入れたのです。

 すると、全然わかってませんでした、でも、なんども頂いたコメントを読んで、なんとなくわかりました。
 「定言命法」を実践するのが無理だと気づきました、とコメントをくださいました。
 若くたってね、自分の頭で考える人は、すぐに気づくんです。
 私はその方に限りない可能性を見た気がして、とても嬉しくなりました。
 まあ、余計なお節介とも言えますがね(笑)
 

 この「定言命法」というのは、ある定理を提示して、その通りに生きろ、という思想です。
 信心でいえば、教義に基づいて生きる、それにあたるでしょう。
 しかし、この、「定言命法」は曲者なのです。
 なぜなら、観念だからです。万人に通用するかもしれないが、個人個人の立場によっては通用しない面があるからです。
 観念とは、言ってしまえば、想像の産物です。別の言い方をすれば、理論、理屈です。
 ですから、「定言命法」に従って生きるのは非常に危険なのです。

 ゆえに、必要なのは、自分が生きた体験・経験に基づいて、カントのいう、「定言命法」で正しいと信じられることを実践すべきだということがわかってくるのです。

 つまり、自分が生きた体験・経験がなければ、どの「定言命法」が自分に適しているかすら判断がつかない。
 これが真実なのです。
 生きているだけで価値があるというのは、こういうところから答えを引き出せるのです。
 生きていることそれ自体が、生の体験であるからです。ゆえに、生きていること即希望であるということなのです。

 自分が生きた体験・経験を、今と未来に生かしていく。
 生きたことを活かす、生活。
 だから生活は大切、生活をないがしろにしない。
 そうして得た生活の知恵で正しい信心を作っていく。
 それで、この信心が正しいとわかったなら、今度は信心を軸にして生活を組み立てていけばいいのです。

 それが、生活即信心であり、信心即生活でありましょう。
 先生のご指導には別の意味でお話されている部分があるので、これは私見にあたりますが、
 私は間違ってないと確信しています。

 しょせん、自分を正当化しているだけだ。
 そう受け取られる人もいるのでしょう。
 でも、これは事実です。 
 
 どんなに優れた思想・宗教も、その教義や教えを自らの心身で体験しない限り、
 その宗教の正しさは判断のしようがない。
 カントは、「定言命法」という簡単な理論を提示したことで、暗にそういうことを提示しているのだ。



 我が心を「欲望」に支配させるのか、「慈悲」で満たすのか。
 この違いは大きいのです。
 
 心の師とはなるとも心を師とせざれ――です。

 ふふ、自分のブログなのに、コメント拒否画面が出てリコメを阻まれています(笑)
 サーバの反応がおかしいようです。
 でも、ちゃんとお返事しますので、しばし、お待ちくださいね☆

 ちなみに、先生のご指導にある信心即生活は、
 どちらも比べようもなく大切である。
 だから、一方に偏るのではなく、生活と信心の中道をゆきなさい。
 そういうご指導です。

 社会で実証を示すというのは、生活の部分。
 その社会に生きれない者は価値がない、そういう思考は間違いです。
 それは生命そのものへの愚弄にほかなりません。
 誰人にも知られずその辺に生えている雑草。
 その雑草には価値がないのでしょうか?
 そんなことはありません。雑草は雑草の使命を果たそうと、
 必死に大地に根を張り、光を求め、踏まれても踏まれても、生きて生きて、我が使命を果たそうとしているのではないですか?

 のら猫には生きている価値はないのですか?
 考えてみて欲しいのです。


 それでも、生きてゆく
 大切なのは、信じていくこと、信じてあげること

 法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる
 つまり、信心することは、苦悩の中に自ら飛び込むことであったり、いつも苦悩に直面している人のことをいう。
 だからこそ、冬は必ず春となると信じ抜くことが大切なのだ。

 現世安穏・後所善処も同じです。
 現世が安穏であるわけがないのです。
 魔と難の連続です。しかし、信心で乗り越える、信心で越えられるんだと「信じる心がある場所」が後所善処なのです。苦しいとき、自分の胸に手を置いて、ここが、ここが後所善処なんだと、信じられるかどうかなのです。

 もっとも、あの強信の四条金吾でさえ、本当の意味での現世安穏・後所善処を大聖人からご教授されたのは、晩年であり、秘すべし秘すべしと忠告されてさえいる。
 現世安穏・後所善処は、それほど厳粛な法理であり、心構えのない人に話してしまうと、その人の信心を惑わしかねない法理なのだ。(覚悟のない人には、難がくると怯えさせるからだ、だが、臆病にては叶うべからずが日蓮仏法であるからだ)
 骨の髄まで燃え盛るような難の渦中にあってこそ、真実の現世安穏・後所善処は説き聞かせられる法理なのだ、とそう私は思うのだ。



 ああ、強者がやってくる……
 だが、強者は堕ちる……

 さあ、俺を殴ってみろ!

 ええ、私は負けやしないのです。

 「人間は負けるようにつくられてはいない、人間は殺されるかもしれないけど・・・負けはしない」 ヘミングウェイ

 と、自分を励ましておきます(`・ω・´)

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ipsilon at 13:38コメント(53)トラックバック(0) 

2013年08月29日



 『ぼくはくま』もいい曲、ん? 詩なんですよ。ユーチューブにはないのです。著作権のあれですね。
 みんなでUTADAでも聞いて、癒されちゃいましょ^^
 アルファー派 万歳! 声仏事を為す。これ本当、嬉しいですね^^
 歌声だって仏縁。

 おっし、今夜は湯船でソロ・コンサートでもすっかな♪

IMG_4199


 東京の公園はちいさい。
 できるだけ下がってフレーフを切ると、あらまぁ、近くに生えてる木の葉が入っちゃうよ。
 でもそれだって味がある。
 草木に囲まれた空。そんな風情。
 大切なのはそこから見える風景じゃなくて、心に写った風景をどう感じているのか。
 そこでしょ。

 誰になんと言われようと、この聳え立つ立派さが、私は大好きなのだ。


IMG_4200




 本家(女性声)じゃないけど、詩がいいんです。
 聞いてネ♪

 しばらくペースを取り戻すまで、リコメ遅れるかと思いますが、ご理解ご容赦くださいm(_ _)m

 【8月29日の実践】
 朝夕の勤行・唱題60分。
 朝の「学」2点励行。『御書をひもとく』『女性に贈ることば 365日』を学ぶ。
 聖教新聞の読みたいところを読む。
 公園ウォーキング4週。
 私用で外出する。

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ipsilon at 14:30コメント(19)トラックバック(0)音楽と動画 
 うつの経験は無駄にはなっていない。
 昨日は、喜怒哀楽を感じないモードに久しぶりに入った。
 これ、うつを経験していない人からしたら、なんだかわからない状態だろうし、辛いだろうなとか、そんなことを思った。

 人間、ある地点までいくと、心にバリアーを張るんですね。
 感情が表出しなくなり、何も見ても喜怒哀楽の感情が湧かなくなるんです。
 私の場合、慣れたもので、あーこのモードか、お久しぶりね、ってなものでしたが、
 これを翌日に持ち越し、惰性で慢性化させると大変なことになります。

 でも無理してもねぇ。
 とにかく、ここ二日くらい睡眠が浅くて体に疲れを感じながらの、自ら選んだ激怒モード。
 御本尊の前に座れないながらも、横になって寝れないながらも、ひたすらに題目を唱えていました。
 でも何かして、勢いをつけて、明日への精力になるものをと考え、大分前に読み終えていた本を開きました。
 こういうモードのときは、難しい本は読みたくないのです。

 『超訳 仏陀の言葉』です。
 ――以下、気になった3つを抜き書いておきます。


 大きな岩のように

 非難する人もあろう。称賛してくれる人もあろう。やっかむ人もあろう。
 どのような声が聞えようとも、たじろぐな、心を動かすな。
 うきうきした気持ちにさえなるな。
 大きな岩の塊は風に動じない。そうような岩であれ。
 心をざわめかせ、言葉を多くするな。
 また、あれこれと喋ることに楽しみを見出すな。
 苦もあれば、楽もある。けれども、岩のように動ずるな。
 大きな岩そのものであれ。


 ――「ダンマパダ」第六章


 決して怒りを返さず

 自分に対して怒ってくる人に、こちらから怒りを返してはならない。
 怒った人に怒らず、かえって静かにしているのは、
 悪をそれ以上増やさないことになる。
 それは、自分のためにも、怒っている人のためにもなることだ。
 いわば、彼と自分のための治療のようなものだ。
 それなのに、世間の人は理解できない。
 怒り返すのが当然だと思い、怒らないのは愚かだとさえ思うものだ。


 ――「サンユッタ・ニカーヤ」第7篇第一章


 みずからの心を見よ

 自らの心を見よ。よく見よ。
 自分の心が何にとらわれているのか、何に燃え盛っているのか、
 どんな感情に染まっているのか、よく見つめてみよ。
 そこに世間的な憂いがないか、世間的な貪欲がないか。よく見つめよ。
 何もないならば、心もない。
 何かあるならば、それを取り除いてさっぱりさせよ。


 ――「大パリニッパーナ経」第2章


 あ、もうひとつ。


 ただ、いのちがある

 大地は、空になりたいと願わない。
 何も欲しがることなく、ただ雄大に広がっている。
 屋敷の門は静かに、きっちりと閉じる。その慎み深さと静寂。
 深い湖の底には、泥が沈んでいない。どこまでも澄明だ。
 始めも終わりもない。生も死もない。
 ただ、そこに。
 いのち。


 ――「ダンマパダ」第7章



 これは前にも埋めたことのある動画。まあ、見てみてください、感動しますので。
 ちなみに、この豹の名前は「ラハディマ(セツワナ語で、空から降り注ぐ光)」といい、まだ若い雌だそうだ。
 母性本能は種を越えて生きている。ただただ感動する動画だ。

 ただ、命を慈しも。


 【重要な連絡です】某人物からのコメントを拒否するため、禁止ワードを設定しました。
 ワードを公表することはできませんが、投稿の際、禁止ワードが含まれていますと警告が出る可能性があります。その際、ブラウザの「戻る」ボタンで前画面に移動すると、投稿しようとしてタイプして頂いた文章が消えることがございます。ですので、お手数ですが、投稿前にタイプした全文をコピー(ctrl+C)しておくなり、メモ帳やテキストエディターに一度保存されてからの投稿をお勧め致します。

 大変な不自由、ご迷惑をおかけしますが、ご理解、ご協力のほど、よろしくお願いします。

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ipsilon at 08:13コメント(34)トラックバック(0) 

2013年08月28日

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 私は何があっても、出会って縁した人の可能性を信じぬきます。
 ぶつかって喧嘩して疑心暗鬼に陥って、わけのわからない暴言を吐かれようが、玄関先で二度とくるなと怒鳴れれようが、塩をまかれようが、頭から水をぶっかけられようが、その人の仏性を信じぬききます。
 方法論でも策でもなく、手練手管でもなく、ただただ、ひたぶるに信じ抜きます。

 それは私だって人間ですから、
 もうどうしようもない疑心暗鬼に憑りつかれて北極星さえ見えない曠野の闇に、一人立ちつくして凍えるようなこともあるでしょう。
 でも、そこで凍死しようが、涙で星ひとつ見えなくなろうが、決して疑わないし、絶対に信じ抜きたいんです。
 
 私はそのためにこそ、唱題をしています。
 御本尊を信じ抜き、自分を信じ抜き、ありとあらゆる、生きとし生けるものを信じ抜きますよ。

 公園のベンチで一人、自分と向き合って、怒りを鎮めてきました。馬鹿で不出来で、境涯の狭い自分と向き合ってきました。
 鯉が三匹近づいてきて、嬉しそうに楽しそうに、しばらく近くにいてくれました。錦の子、白い子、そして黒い子。
 その黒い子は何度も私の方に頭を向けて泳いでいました。

 餌くれ! まあ普通に考えたら、そういうことで寄ってきたって思うとおもいます。
 でも何かが違うんです。
 彼らが何を伝えたかったのか、いやまた、何も伝えたくなかったのか、それはわかりません。
 でも、思いました。

 側にいてくれてありがとう――と。一人にしないでくれて、ありがとう――と。

 お前さん達も一生懸命い生きてるんだね、ただそれだけを感じました。
 一羽で湖面をゆくカルガモ。
 のんきそうでいいな。

 違うんです、首を動かし、水面に目をみはり、食べ物を探してました。
 一生懸命い生きてるんだね、ありがとう、俺も頑張るよ、とそうカモにお礼をいいました。

 水面はいつもじっとしていません。落ち葉が浮かび、それは風と波に揺られ、
 鯉やカモやアメンボや目に見えない微生物や、様々な生き物との関係性の中で水は生きていたんです、たゆたっていたんです。
 どれかひとつが欠けることで、水面の揺れは、水の生命は完全さを失います。
 落ち葉、汚ぇな、そう思うかもしれません、そう見えるかもしれません。
 でも、その落ち葉も必要とされているんです。そこに在るだけで、価値があるんです。
 道端に落ちている犬のう○こだってそうです。
 まだまだ私は、う○こに頬ずり出来るほど、出来た人間ではないですけどね。

 人間も同じだと思います。
 すべては縁起によって起こり、ありとあらゆる生きとし生けるものの影響を、知らず知らずのうちに受けている。
 それが一人の人間の本当の姿でしょう。
 う○こだって生きてるんです。
 生命は廻りめぐる、いつかう○こが僕の体になる日だってくるかもしれないんです。
 う○こだって必要とされてるんです。僕はう○こかもしれません。
 でも、う○こだって頑張ってるんです。
 昔は肥料になってた結構偉いやつなんです、う○こだって、う○こだって、う○こだって……
 しつこいね、(´・ω・`)

 けど、なかなかそうは思えない、いや、そんな風に信じられない。
 でも私は信じるんです、信じたいんです、信じ抜くんです、信じられない?
 じゃあ、信じられるまで大切な生命の名前を呼べばいい、叫べばいい。

 僕にできるのは、それだけ。
 たったそれだけです。
 そして、僕にできるのは、それを人にも勧めていくだけ。
 たったそれだけです。

 自分の中の怒りになんか負けません。
 たくさんの方に心配をおかけしています。
 ほんとうに済みませんでした。

 怒りを感謝に!
 できそうもなくても、感謝に!
 できるまで、何度でも。

 生きとしいけるもの全てに、ありがとうを。



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ipsilon at 19:36コメント(0)トラックバック(0) 
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