2013年11月

2013年11月29日

誕生日かぁ、なんか曲あったなぁ。
でもまた暗い曲があたまに浮かぶんだなぁ。

いいじゃん、いいじゃん、あなたもスキねぇ。
ええ、スキですよ。わりと一人でいるのは苦じゃないんです(笑)



なんていうか、錆びが好きな性格なんですね。
いい言い方をすれば、おセンチ(笑)

だから、センチになってたらだめなんだってば、自分!
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

ていうか、引っ越しするときに、彼女と撮った写真を壁に残すなんてシチュエーション、
ありえないよね(笑)
だから、音楽はいいんだけどね。

うん、夢があるんだなぁ。

ipsilon at 10:14コメント(15)トラックバック(0)音楽と動画 

2013年11月25日

誰それがこういってる。
誰それがいってることはおかしい。
誰それはこう思ったらしい。
誰それがいってる思想はおかしい。

他人の文章を読んで批判する人は、結局はそういう人ですね。

そもそも、その書かれた文章の内容に関して、
自分で調べて学んだ形跡がないことも多い。

例えば、私が書いた記事を読んで、
カントだヘーゲルだという話題に触れていたとしても、
自分では大して真面目にカントやヘーゲルを学んでおらず、
また、カントやヘーゲルから学んだことを、
「自分はこう感じた」「こう思った」という表現がない。

他人の書いた文章を、
ことさら文脈をななめ読みして、批判するなど誰にでも出来るのだ。

だが、他人の書いた文章を読んで、
それを題材として、モチーフとして、
その材料やモチーフ自体を深く学び、
その題材について自分の意見をいえる人の、まあ少ないこと。

しょせん、偉そうに批判していたとしても、
他人の文章をななめ読みして、
自らは大して学びもせずに批評・批判している人が多い。

自分ではなにもせずに、他人の書いた文章を偉そうに批評し、
評価・分析しているだけのこと。
言ってしまえば――
自分では何もせず、何も学ばず、
他人の文章に文句をつけているだけのこと。
それがわかると、怒る気にもなりません。
だって、だたの揚げ足取りですもん。

どうせ何を書いても批評・批判される。
更新しなかった理由――こっちの気持ちなんて無視。
しょせん、私のことが嫌いなだけでしょ。

だからさぁ――
嫌いだったり、気に入らないんだったら、
関わらなないで自分のことすればいいじゃんねぇ。


「とある作品」を見て、私が感想の記事を書いた。
その私の記事を批評された。
あれ? なんかおかしくない?

そもそも、その「とある作品」を、
自分で体感し、鑑賞したことに対する感想や意見を書くのが筋じゃないですか?

でも、大概の人――主体性のない人は
他人の(例えば、有名な評論家の)意見なんかにのっかって、
「あの評論家のいってることに同意する」とか言うわけですよ。
なんで自分で考えて、自分の内側から感じたことを引き出そうとしないんでしょうかねぇ。

あるいは、他人の内的世界を自分勝手に推察・推量して、
「あの人はこういう人だ」と、勝手に決めつける。
ようするに、偏見であり、誤認識であり、単なる主観でしょ。

ありのままに見ることとは、
相手の言っていることを信じること。
へぇ〜、そういう見方もあるんだぁと、受容すること。
それしかないのにねぇ。

だから対話が大切といわれている。
言葉にしないと、何を感じているか伝わらないからですよね。
それすら理解しない人、多し。
対話もせずに、いきない批判記事とかを書くわけです。

相手が「私はそう思う」と言ったなら、
例えそれが自分の感じていることと違っていても、
「ああ、そうなんですか」と受け入れる。
それしかないんだけどねぇ。
でも、みんなそんなことはしない。

あの人は言ってることはおかしい。
あの人の意見は変。
あの人のここがおかしい――
と批評・批判するんですよね。

そもそも、正邪なんてないのにだ。
必要なのは、南無妙法蓮華経という法に従おうという意志だけのはずなんですがねぇ。

だからさ、
その他人に対するおかしいと思ってる思考、心はどこにああるんですか?
自分の心でしょ。
それに気づかないと、一生、なんらかの不平不満に苦しむだけなのにね。


しばらくコメントへのリコメも、
記事の更新も控えます。
というか、なかば放置してましたけどね(笑)

身勝手に「イプシロンてのはこいう奴」。
まあそんな記事があちこちに溢れてますからね。

人のこととやかく書いてないで、
自分のことすればいいのにね。

そもそも、意見の相違なんてあってあたりまえ。
だって「桜梅桃李」ですからねぇ。
私はそういうことに怒ったんじゃないことすら、多分理解していないんでしょうね。

人を半ば名指ししてさ、
私の思っている(私の中にある)私像というものを、自分勝手に書かれるという
――つまりは「自尊心」をへし折られるようなことをされたからですよ。
そんなこともわからない方々には、私が感じいった言葉を捧げたいと思いますよ。

「思いやりってなんだろう?」

この言葉は、私がとある友人の記事を批判したときに、
その友人に問いかけられた一言です。
今でも、心に刻んでいますよ。
何かあると、いつも思い出します。

私はその友人だった人に、いまでも感謝してやみません。
「思いやり」を持つことを身をもって教えてくれたからです。
そのことを、身で読ませてくれたからです。
知っていたようで、案外知らなかったんですよねぇ。
良かれと思って意見しても、時には相手にとっては不愉快と感じることがあることをね。

結局は、ありがとう、ありがとう、なんですよ。
感謝のできない人間にだけはなりたくないですね、私は。
例えそれが、自分とは正反対の思想の持ち主にでもね。

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ipsilon at 13:30コメント(34)トラックバック(0) 

2013年11月05日

私にはこの症状がある。そのことは以前に認識してきたことだ。
けれども、どこまでそれとキチンと向き合ってきたかと言えば、それは怪しい。
そんなことで、少し調べてみた。

簡単に言えば、自己愛性人格障害とは、幼少期に親からの愛情を十分に受けなかったことで、
自分自身で自己肯定できないということ。
それゆえに、他者に対して過剰に愛されることを望むというもの。

別の言い方をすれば、他者からの肯定を強く望み、
他者からの否定の言動に対して、並々ならぬ怒りを持つということだ。

はい、大正解ですよ。
私の性格はそうですからね。

で、この自己愛性人格障害というものは、躁鬱や、ひきこもりになりやすいのだそうだ。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \ これまた大正解だ。

なぜ引きこもるのか?
これも意外と簡単な理由だ。
他者から肯定されず、否定ばかりをされる環境から一度脱出して、
一人になることで、自己肯定をしようとするからだ。
これ、本当にその通りなんですよ。
私は子供時代からずっとそうでしたからね。
嫌なことがあると、一人になることを選び、一人でじっくり考えることをしてきたんですよ。

なにを隠そう、ブログを更新しなかった期間、私が何をやっていたかといえば、
まさにこれだったわけだ。
一人になることで、誰かを傷つけることなく、自己肯定できる。
そういう方法論を自然に憶えてきていたということ。


私を良く知る人が共通して抱くであろう感情・・・
それはつまり、私は否定的な言葉を投げつけられると、
普通の感覚では考えられないくらい激怒するということのはずだ。

だから、私の周囲にいて、私のそういう傾向性を知る人は、
私に対して、批判的な助言ができなくなるのです。
そういうことで損をするのは、結局は私です。
でも、そういう自己愛性人格障害の傾向性があるのだから、仕方ないんです。
否定さらたら、黙ってられないんですからね。
たとえ少しくらい理論がおかしくても、そんなことをされた日には、
徹底的に相手を論破して、自己肯定をしますからね。
だからって、嘘や妄想を使ってまでそんなことはしないのです。

どちらにしても、否定からは何も生まれないのだから、気にする必要はないのです。
他者に否定されようが、厳しいまでの自制を働かせて、
自己肯定を繰り返していけば何の問題もないのです。


今さら、幼少期に受けられなかった、溺れさせてくれるような愛情を持って接してくれる人を探すことなど、
ほぼ不可能ですからね。
もし例え、そういう人がいても、その人が相当の覚悟を持って接しられなければ、
双方とも、潰れるほどの苦痛を味わうだけになることでしょう。


私が人に甘えない理由はここにあります。
こんなことを一々説明したくもなかったのですが、まあ自己反省も含めて、
記録の一端として書いてみたまでです。
どちらにしても、ACやら自己愛性人格障害の治療のために、
今さら、甘えられる人を探そうなどという気は、これっぽちいも無いのです。
その証拠は、長年にわたって引きこもってでも自分で何とかしようともがいた過去が証明してると思いますよ。


でもね、自己愛性の何が悪いんでしょうか?
生命は一念三千なんです。
自己愛なんてものは、誰にでもあるのです。
ただ単にその自己愛が、生育過程で歪んで肥大化しているからといって、
それを病気だとのたまい、異常者と言う。
私はそういう社会こそ歪んでいると思うのだ。

誰しも、一念三千を持ち、
どこかしら肥大化した部分など持っているのだ。
その差異を認識しあい、認め合っていけば済む話なのだから。
私が住みたい社会とは、そういう社会であり、そういうコミュニティーだ。


でもね、自己愛性人格障害には、負の面しかないかと言えば、違う。
ある意味、異常なまでの自信家になるのが、この症状のある人。
ということは、自信を持ってやりはじめたならば、誰にも負けないような、
途方もないパワーを秘めているともいえるわけですよ。

これも、凄く解る。
俺にはこれしかないんだ、私はそう思いこむと、半端じゃないパワーを発揮すること、
自分でよく知っていますからね。
ましてや、そこに他人に肯定されたいという強い気持ちが加わると、もうそれは激烈なパワーになるんです。


生前、母がこんなことを言ってました。
「お前は自分で決めたら、てこでも動かないし、自分でやると決めたら、意地でも貫くからな」――と。

さすが我が母です。
私の自己愛の強さをそういう風に見て、
それはお前のよい部分だよ、と
それとなくいつも背中を押してくれたものです。

今さら、育ててくれた両親を恨む気持ちなどこれっぽちもありません。
確かに私は酷いAC(アダルトチルドレン)です。
自己愛性人格障害だって、ACの一種と考えても差支えないようですからね。

だから何?
ACだらか駄目なんて誰が決めたんんだ?
そんなことは無いのです。
ACだからこそ、それゆえに人には無い強さや、鋭い感受性を持ち得た部分だってあるのです。

ようは、その人の悪い部分を見るのではなく、
良い部分を見て行けばいいだけの話なのです。

悪い部分?
それは、こうやって、自分で自分を見つめて、
自分で直していけばいいんです。
人に指摘されたり、否定されて腹が立つなら、
人に言われるまえに自分で気づいて直せばいいんです。
そうこれ、かの有名な、ベンジャミン・フランクリンの取った方法論です。

自分の欠点を見つけ出し、
毎日その欠点を克服するために、毎日それと戦う。
あの有名な方法です。


最後に、最近書いていなかった、先生の思想を書いておこう。
少し忘れがちだった気がするから。

何があっても相手の自尊心を折ってはいけない。
そのために、聡明に賢明に振る舞っていかねばならない。


誰だって、自分を愛してるんですよ。
その自分を愛する気持ちを踏みにじるようなやり方は、決してすべきではないのだ。

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ipsilon at 16:03コメント(48)AC(アダルトチルドレン) 

2013年11月03日



自然の法則って何よ?
ありのまま、あるがままでしょ。
だったら人のことに一々文句を言いなさるな。
何をしていても、それがその人のあるがままなんだからさぁ。
世間がどうの、社会がどうの。
その世間や社会とは「人間そのもの」じゃないんですか?

例えば僕が、誰かに縁をして、僕が悪人になってしまっても、僕がその人から学べばいいだけでしょ。


もし僕が悪に染まってしまっても、僕はこう思うよ。
罪を犯させるきっかけを、僕が与えたともいえるよね、と。
そして、そういうことに気づかせてくれた相手に、こう言うよ。


「ああ・・・僕、悪い縁になってたんだな・・・」と。

ごめんなさい、ありがとう! と。

そういう「感謝」のできる人に―― 僕はなりたい。
きっかけって何よ? 縁でしょ。
全ての縁に感謝でしょ。

言ってみれば――反面教師
誰からも、何からも学べるよ。

でもそうできるか、できないかに、天国と地獄の十字路はある。




僕が怒る、たったひとつのことは、
その、人と人の縁を断ち切ること。
その縁に感謝できずに、愚痴と文句を言うこと。
そして、そうした縁を批判すること。

我ながら、そのとか、そしてとか多すぎ(笑)
太宰の言う、駄文の典型。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

いつまでこんなことを続けるつもりなんでしょうかねぇ。
まあ、華麗に私は私らしく踊るだけですよ。
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

本当に大切な気持は「守ってあげたい」、そう思えるかでしょ。

暗い歌詞ばかりの鬼束が一番好きだと言い張った曲。

でも彼女の座右の銘は「疾風怒濤」。
ウケルわw

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ipsilon at 06:33コメント(28)トラックバック(0)音楽と動画 
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