2018年12月29日

アリストテレス(ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』より抜粋)

さて、アリストテレスだ。困ったものだ。
なにが困るかといえば、アリストレスという人は、プラトンが開いた今でいう大学、アカデメイアの生徒だったのに、プラトンのイデア論を一部否定し、哲学の歴史に革新的な深化をもたらした人だからだ。

したがって、アリストテレスはプラトンのイデア論を否定したと説明されがちなのだが、そうともいえないのだ。
確かに一部否定はしているのだが、彼はプラトンのイデア論の正しい部分はきちんと継承しつつ革新したのだというのが、正しいプラトンとアリストテレスの関係性になるということを、しっかりと押さえておくべきだろう。

具体的に言えば、アリストテレスは、プラトンの理性至上主義をひっくりかえし、いやわれわれにとって最も重要なのは感覚世界という現実であり、その現実という環境からうける刺激によって、われわれは次第にイデアを形成しゆくものだ、と考えたということだ。
だからイデアそれ自体を否定したのではなく、最終的には、理性も大事、感覚も大事、どちらもほどよく大切にする「中庸」こそ肝要であると考えたということだ。

『ソフィーの世界』のアリストテレスの章で、こうしたことを伝えんとしているのが、この部分だろう。


アリストテレスは、現実は形相と質料が一体となってできたさまざまな個々のものから成り立っている、ということを打ち出した。「質料」はものをつくっている素材、「形相」は、そのものをそのものにしている固有の性質のことだ。
きみの前で一羽の鶏がはばたいているとするよ、ソフィー。鶏の形相とはまさにこの、はばたくことだ。それからコケコッコと鳴くこと、卵を産むことだ。鶏が死んだら、そしてコケコッコと鳴かなくなったら、その鶏に形相も存在することをやめてしまう。あとに残るのは鶏の質料、つまり素材だけだ。これはもう鶏ではない。
さっき言ったように、アリストテレスは自然界の変化に関心をよせたのだった。質料にはかならず内に秘めた特定の形相をとる可能性がある。質料は内に秘めた可能性を現実のものにしたがっている、と言っていい。自然界のあらゆる変化は、アリストテレスによれば、質料が可能性から現実に変化することだ、ということになる。


いやはや、なんとも素晴らしい考察だろうとう唸ってしまうくらいの思想だ。
人間には人間固有の質料、つまり骨格や筋肉や内臓、そして脳といった諸器官が具わり、それらはある意味では、人間の可能性の範囲を定めている。腕の関節が動く範囲には限度があり、走る速度にも限界があるというわけ。
しかし、その限度までは現実の感覚世界のなかで努力すれば、可能性ぎりぎりまで人間のもつ質料がもつ特性を発揮できるということだ。この特性をアリストテレスは形相と名づけたわけだ。
思考に関しても同じ。思考を深めていけば、人間の場合ほとんど神に等しいところまで思索できる能力を質料として与えられているのが人間だというわけだ。もちろんそれを現実に活かさなければ、質料は質料のままで、形相として顕われてくることはないということだ。

狼に育てられた人間なんかが、そういうことを証明しているといえよう。
人間である質料をもって生まれてきても、狼の暮らす環境で育てば、人間としての質料が人間としての形相にまで開花することはなく、狼のように暮らすことしか出来ないという具合だ。

したがって、アリストテレスのこの論理は、プラトンの言う、人間にも動物にも、もともと完全なイデアが刻まれているということをある意味で否定しているのだが、どっちも正しいことを言っているのだ。
それを説明するためには進化論を語らなければならないし、理解しなければならないのだが、ここでは割愛する。
簡単に繙くなら、人間の脳には植物や昆虫や魚など、あらゆる生物の脳がもつ性質があるということから、人間にはあらゆるイデアが刻まれているのはなぜかを考察してみて欲しい。
無論、人間に秘められたイデアは有機体だけに限られているわけではない。感覚のない髪や爪はいわば、石や砂の性質をもっていることを考えてみれば、恐らく納得できるだろう。

なぜそうなっているのか? それを語ると宗教的になるが、人間にあらゆる生物や無機物の質料が備わっているということは、人間は人間だけでなく、あらゆる存在が本性を発揮できるようにしていく責務を負わされている存在だからと考えるべきだろう。

しかし、そうしたイデアを秘めていて、それらを自らの生活にいかそうとするなら、その人が身を置いている環境が非常に重要だということを、アリストテレスは発見したわけだ。
いくら完全なイデアを秘めていたとしても、非人間的な、例えば奴隷以下の環境におかれたならば、その人がどんなに努力しようが、人間的にはなりえないということだ。

ともあれ、アリストテレスは素晴らしい。
植物であれ動物であれ人間であれ、それらはそれぞれの個性にみあった本性を最大限に発揮できる可能性を秘めており、その可能性をどれだけ開花させたかで、その植物、動物、そしてその人がいかに人間らしく生きたのかを量れるということを発見したのだから。
もちろんそれは同時に、環境によって可能性の開花が左右されざるを得ない運命性の肯定でもあったのだが。
しかし、人間の場合、自ら自己の本性を最大限に発揮できるように環境を変える能力も備わっているわけだ。
それゆえに人間は神に一番近いと言えるわけだ。
だが、そうした能力を過剰に使うことは、人間以外の動植物がそれぞれ本性を最大限に発揮することを妨げもするというわけだ。

俺たちがよりよく生きるために、こんな海、埋め立てて基地つくればいいんだよ。
なんてことをすると、その海で生きている動植物はそれぞれに見合った本性を開花できないどころか、その存在そのものを叩き潰されるというわけだ。
基地を作って武力で身を守ることが、はたして人間に備わった本性の可能性を有意義に開花させることだろうか?

何百回考えてみたところで、わたしはそんな風には思えないんだけどね。


ともあれ、アリストテレスはプラトンの理性偏重主義を正したのだといっていいだろう。
このプラトンとアリストテレスの違いを仏教に照らしあわせてみると面白い。

プラトンは原因と結果の法則で、原因を知ることこそ重要だと考えた。そして原因を正せば、おのずから結果も正されるとね。
原因と結果というのがしっくりこないなら、本体と影であるなら、本体である理性が大事だと考えたわけだ。
でも、アリストテレスは違った。
原因と結果ってのは確かにあるんだけど、その間に条件付け、仏教でいうところの縁があって、はじめて原因と結果だろと考えたというわけだ。人間に生れたという原因があるからといって、結果として人間だとは言えない。人間らしく生きられる環境と人間らしくあろうとする生き方という条件が整って、はじめて人間になると考えたといえるだろう。

釈迦も同じことを言っている。
生まれを問うことなかれ、行いを問え。
――とね。
つまり、いい換えるなら、プラトンは結果主義的であり、アリストテレスは過程重視の人だったといえるだろう。

重い病気で長く生きられないように生まれついた子どもにこのプラトン思考とアリストテレス思考を当てはめてみるといい。
重い病気で長く生きられないように生まれついたなら、そのようにしか生きられない。
これがプラトン的思考だ。
しかし、アリストテレスは違うし、仏教の縁起の思想もそういう思考には至らない。
重い病気で長く生きられないように生まれついたとしても、その人が、その人に備わった本性を思う存分開花させ発揮させれば、その人は幸福だということだ。

ホーキング博士は不幸だったんですか? ってことだ。
自分の本性を発揮したどころか、その本性の開花が他人にまで影響を与え、多くの人に喜びや励ましを与えたのだからね。

なににしろ興味深いのはアリストテレスの醍醐味が「中庸」にあることであり、仏教の醍醐味もまた「中道」にあるという点だろう。
したがって、仏教とこのギリシャ三哲人の思想を学べば、哲学の概要は勉強したといっていい。
その後の哲学は、仏教とギリシャ三哲人の思想を細分化したり、再構築したり、別の角度から述べているものがほとんどだからだ。

またギリシャ三哲人のなかでも、プラトンとアリストテレスは政治についても様々言及しており、政治学の基礎(最も優れているのが神のように有能な一人の王が統治する先制君主制、次が神まではいかなくとも、賢者くらいの少数のエリートが指導する貴族院制、その次が民主共和制であるという論理)を築いているので、そこも非常に勉強になる。むろん、メリットが多くなれば、デメリットも大きくなるので、現実には、メリット、デメリットの一番少ない共和民主制を仕方なく選んでいるというのが現実だということだ。

しかし、論理的な構築と現実の政治には大きなかい離があり、ほぼ理想といえる政治形態が現れるには今少し時間が必要だったようだ。
そう、ローマ初期の顔の見える範囲の直接自治的民主制、ルソーが『社会契約論』で述べている政治形態、これが現れるまでは、もう少し時間が必要だったのだ。


なぜ政治を嫌いながら政治に固執してるんだ、お前は?
と聞かれれば、こう答えるだろう。
どう個人で頑張ってみたところでそこには限界があり、より人間らしく生きようとするなら、社会を形作るしかないし、社会的な生き方のなかで人間性を磨くしかないというのが、プラトンやアリストテレスの思考でもあるからだ。その社会の土台になるのが国家だとさえ、彼らすらも考えていたからだ。
まともな社会環境があってはじめて人間であるという本性(崇高な人間として生きられる可能性)を存分に開花し、発揮できると考えざるをえないからだ。

紛争のただなかで生まれ、国家の体裁すらなく、政治などないようなところで生まれた人が、人間らしく生きられるだろうかと問うてみれば、自ずから答えらしきものに到達するはずだ。
しかしだからといって、個人より国家のほうが重要だとも考えてはいない。
どっちも大事。どちらかではなく、「中庸」であるとか「中道」であることが最も重要だということになろう。

ipsilon at 19:48コメント(0) 

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