2019年02月06日

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』 雑感(2)一部加筆

2013年4月24日ぶりの再読を終えた。
いやはや、素晴らしかった。『若きウェルテルの悩み』がこんなに素晴らしい作品であるのを気づけなかった過去の自分の不甲斐なさを感じながら、同時に今の自分に養われた感受性の深化も感じたという感じだった。

『若きウェルテルの悩み』から学ぶべきことは何かと問われたなら、こう答える。
継続は力なり。地道にコツコツやるしかない。毎日行うことだ。どんな風であってもい、生きつづけろ! だ。
しかしまあ、コツコツとか継続ってのは、わたしが一番苦手意識を感じているものでもあるのだが……。

雑感(1)を書いた時点で、いや『イタリア紀行』を読み終えてから、ゲーテが求めていたものの精髄がなにかは朧気に掴めていたのだが、実はこのウェルテルを読んでちょっと自信がなくなっていた。

というのは、言葉や語義に拘りすぎるわたしの悪癖から来ているであろうことには、なかば気づいてはいたのだが、せっかく見えはじめた精髄がまた霞んでしまったような感慨に陥っていたのだ。

ある意味でウェルテルはそのような力ももっているといえるのだろう。
Sturm und Drang――疾風怒濤。
ウェルテルが、そのように呼ばれていた時代の作品であり、その時代を代表する作品でもあるからだ。

激しい風に運ばれるように生きる。勢いにまかせて巌にぶつかってゆく。結果、砕け散る――。
疾風怒濤というのは、そのような気風がもてはやされた時代だったのだから、ウェルテルにある風情もそれに倣っているのだ。
それだからこそ、後に生きかたを古典的に変えたゲーテからすると面映ゆい、あまり触れられたくない作品でもあったのだ。

何をやっても長続きしないウェルテル。その場その時の気分であれこれ考えはするし、思索はそれなりの深さにも到達しているのだが、どうも彼にはそれらを統合的に見て、総体観として見る目がない。
ゲーテはウェルテルをあえてそのような青年として描いているからだろう。それはまた、青年時代特有の悩みを抱えたゲーテ自身の体験でもあるのだろうが。

ともあれ、この作品は書かれれた時代を抜きにして読むと、かなり危ない作品であることだけは間違いないだろう。
感情のままに生きることは、不幸へ道をゆくだけという視点をもって読むべきだろう。

疾風怒濤。なぜこのような時代があったのか。
中世という暗黒時代に、宗教によって感情を抑圧され、理性すらも奪われていた人々の内心から起った反動が、疾風怒濤だったということも知っておくといいのかもしれない。

細かくいえば、中世のあとには、ルソーを筆頭とする理知主義の啓蒙時代があり、またそれ以前にはルネッサンス(ギリシャ・ローマ文化を中心にした古典復古)運動があった。そして啓蒙時代のあとに疾風怒涛とつづき、次には比較的安定中庸な古典派の時代になってゆく。疾風怒涛はまたロマン派(理想主義)の時代でもあるのだろうが、ともあれ、時代というのも「流れ」なのだということを理解してウェルテルを読むことをわたしはお勧めしたいのだ。
時代もまた生きもので、どっちかに傾きすぎると、揺り戻しがおこり、しだい次第に揺れ幅がすくなくなっていくともいえるのかもしれない。

またこうした作用と反作用の揺り戻しは人間の精神活動にも見られるのだろう。感情と理性の拮抗、あるいは葛藤というかたちで。
ただし、人間の場合、情報がまず感情脳に伝達されたあと理性能に伝わるので、どうやってみても感情が優先される生き方にならざるを得ないわけだ。

無論、ゲーテにしてもしかりで、彼は直情型といえるほど激しい感情の持ち主で、そのことで自身相当に苦悩したのだそうだ。
そうした視点で見れば、わたしなど激情家かと思う。亡き母いわく、小さい頃から少しもじっとしていなかったと。つまりそれは、激情というより情動に生きていたのかもしれないわけだ。いや、今の自分を見ても、それは強く感じるくらいだ。しかし、それはゲーテの例を見てもわかるが、それは決して悪いことではないだろう。激しい感情を制御するための、訓練によって強固な意志を手に入れられるチャンスなのだから。だが、そういうことに気づくのがわたしの場合、非常に遅かったという感じか。

水木しげるも『ゲゲゲのゲーテ』のなかで、そのようなことを言っている。
言うなれば、天才というのは感情過多に生まれてきた人。だから天才なんかに生れると、それを制御できる術、つまり強固な意志を自分で作っていかなければならないのだから、天才に生れることは過酷なことなんだ、と。
適度な感情を天から授けられたほうがよほど楽であろう、と。

しかし、芸術を生むのはあくまでも、理性ではなく、むしろ理性にかけられた箍を完全に外しさった感情、つまり本来生命に備わった「力」なのだ。これはウェルテルのなかでも語られている。大自然だけが大芸術を生むのだといった文で。
だから、こういった部分で、芸術家は最も苦しむのだろう。
理性を必要とする世俗生活、また規範や法律でがんじがらめにする政治や社会生活が、そもそも芸術家肌の人には向いていないどころか、苦痛であるし、それに従うことは己の芸術性を自ら破壊する行為であるからだ。
自慢でいうつもりはないが、実はわたしが苦しんできて、今も苦しんでいるのはそこだと感じている。
昔から、何度も人に言われてきたくらいだからだ。「君は芸術家肌だよね」と。

多かれ少なかれ芸術の道に進みたいなどという人種は激しい感情の持ち主(天によってそう作られた人、そいう本性を具えて生まれてきた人)であることは、彼らを見ていれば感じることだろう。岡本太郎の本も読んだが、常人ではありえないくらい激しい感情の持ち主であることが、容易に感じられたりしたものだ。
だからある意味では、一般の人が岡本太郎の真似をするのは危険でもあるのだろう。
そうなれば、己の分を知って生きるということが最も重要なことになるのだろう。

大自然、例えば、イタリアのヴェスビオ山やエトナ山の噴火を考えてみるとよい。
大地を揺るがし、噴火し、火砕流を起こし、溶岩は灼熱の濁流になり、他の存在を呑み込み溶解し、ときに破壊しつくす。そういう力が人間の感情、生命にもあると考えてみるとよい。
そんな人の傍にいたらどうなるか考えてみるとよい。
大芸術を生みだすために、他人を巻き込み、時に破壊すると。
芸術家がそのように他人を傷つけることを嫌ったなら、彼らは孤独を選ぶしかないのだろう。
しかし、孤独はまた芸術の源泉である感情を発露させる人との縁を失わせもするのだ。この矛盾のなんと過酷なことよ。

そういうことを物語るひとつとしてゲーテがウェルテルを執筆した状況が岩波の解説で触れられている。
激しい感情、自然に宿る力、生命力を爆発させるために、ゲーテはウェルテル執筆中、他人との接触を必要最小限にして、閉じこもってひたぶるにその感情エネルギーを創作に使ったのだそうだ。
執筆期間、僅か4週間だったそうだ。
解説者は一般の人なのだろう、4週間ということはなかったろう、もっとかかってたはずだと穿っているが、こういうことこそ、感情のエネルギーのなんたるかを知らない人の言葉というものだ。
わたし自身、もてあますようなエネルギーがあったときは、2週間で長編小説を書いてるのだから。

またこうしたことは、以前触れた「祈り」のありかたとも通底するだろう。
本当に自分のしたいこと、やりたいことは言葉にしない。思考にさえしないでいることで、本当にやりたいことのエネルギーが自然に蓄積されてきて、いつか必ず爆発せざるを得なくなるというわけ。
水木しげるもまたそう言っていた。創作なんてのはクソみたいなもの。自然に溜まってくるから出すだけ。
そんなものだよ、と。

多くの人は感知できないままエネルギーが蓄積されるのが恐ろしいから、祈りの言葉にしたり、愚痴や文句を言ったり、批判や非難にそのエネルギーを小出しにして使ってしまうのだろう。もったいない。そのエネルギーを創造や芸術にどかんと使えばこの世界がどんなに良くなることだろうに……。まあでも、小出しにしたくなる気持ちもわかる。溜め過ぎれば抑うつになるに決まってるんだから。だから芸術を志すなら、抑うつになることを恐れない気概が必要ともいえるのだろう。かくいうわたしも恐いんだな、抑うつになるのが。だからこうやって、思ったことを書きまくるというわけだ。願いが叶おうが叶うまいが、無言の祈りとかどうでもいいわ。今は抑うつになっても耐えられる肉体ではないのだからという感じか。
まあ、一般の感覚では、こうした感情エネルギーというものが理解できないものなのかもしれないし、わたしだって理解しているとはいいきれないが。

ミケランジェロ一人がなした仕事。つまり彼のなかに宿っていた感情を無駄なく使った結果、どれだけの偉業をなしたかを顧みてみれば、感情というものを上手く使うなら、人間は凄まじいまでの仕事を為すのだ。
ゲーテの使っている仕事というのは、そのような意味であり、いわゆる世間で言われる生きて行くあるいは食うためにするという類の意味ではないことは、しっかり押さえておくほうが賢明だろう。ゲーテのいう努力という言葉にもそのような意味があると読むのがいいのだろう。
システィーナ礼拝堂天井画を見るだけででもミケランジェロがいかに凄まじい感情の持ち主だったかは窺える。

技法はフレスコ。漆喰をねって壁に塗る。漆喰が生乾きのときに、顔料で着色してゆく。
当然、塗ったときと乾いた時の色の変化も計算しないとだめだろう。
そして漆喰が渇いてしまうと、もはや大幅な修正はできないので、失敗したら、漆喰を剥がして、最初からやり直し。
多少は、修正する技術もあったらしいが、基本、フレスコ画はそういう技法だそうだ。

そんな技法をつかって、ミケランジェロは天地創造の場面をわずか1日で描いたのだそうだ。
もちろん、感情だけでそれが出来たのではない。ミケランジェロ自身のした訓練、鍛錬、練習によって培われた速筆という技巧を完全にマスターしていたといっていいだろう。無論、その訓練なども、彼は自分のなかにある力、感情を無駄なくつかったということだろう。
ゲーテもローマ滞在中にこのシスティーナの天井画を見たのだが、一人の人間にできる仕事の偉大さに声を失ったようだ。

そのミケランジェロもまた、描く最中は部屋に鍵をかけて誰も近寄らせず、無言の祈りのなかに自分をおきながらであったことは前にお話ししたとおりだ。
無言の祈りや感情のエネルギーのなんと偉大なことよ。

ともあれ、ウェルテルが自己に宿った激し過ぎる感情をもてあまして、自殺を選ばざるを得なかった状況というのは、そういうものだろう。
第二部はそういう色彩で濃厚に塗りつぶされているのだから、読むのに精神力も必要というものだ。

直情的なゲーテが己の感情と理性を調和させるために、理知的に優れたシーラを親友に持てたことの幸福よ。
ゲーテ自身が、シーラの死に際して「己の半身を失ったようなもの」と言ったのは無理もないことだったのだろう。
またこうした部分からも、人は己だけで完全になれるわけではなく、相互補完しあいながらでなければ生きていけないということも見えてくるのだろう。
どこまでいっても人は矛盾の塊だ。最近つくづくそう思う。

そんな事柄から、雑感(1)で触れたように、若きウェルテル(憧憬:感情)、ウィルヘルム(堅固な意思)と見て、手紙とも日記ともいい切れない文面を追っていく意味は、このようなところにあるといって過言はないだろう。

穿っていうならば、ロッテ=理想の女性像としてのマリア(女として母とした完璧)、アルベルト(カトリックキリスト教思想に従順な人)という構図を頭におきながら読めば、ウェルテルとアルベルトの「自殺に関する議論」がなぜああ書かれているのかも理解しやすいだろう。

最後の一文が、「(ウェルテルの埋葬に)僧侶は一人も随行しなかった」となっているのも、そのようなカトリックキリスト教社会にあった、自殺の禁忌を破ったものへの社会的風潮とも制裁ともいえるものへの、ある種の抗議とも読めるわけだ。こうしたことはシェイクスピアの『ハムレット』(オフィーリアの死)でも描かれていることではあるが。

余談だが、ゲーテがイタリア旅行した際、イタリア各地で偽名を使い、社交界から遠ざかりつづけた理由には、ウェルテルで自殺を擁護したような部分がロ−マカトリックから不興をかい、作品が発禁、焚書にされていた背景からによるそうだ。
ローマに、あのウェルテルを書いた人物がいるとなったばあい、拘禁、処罰される可能性すらあったらしいのだ。
そんなことから、今の日本で保障されている信教の自由、言論の自由がいかにありがたいか、思いを馳せたりしたりもたのだ。

今回の記事では抜き書きはしないが、とにもかくにも『若きウェルテルの悩み』は、哲学と思索をへたあとにだけ紡ぎだされる珠玉の言葉の宝庫である。それだけは断言できる。
ナポレオンが7回読んだというのも肯ける。それぐらい深遠に人間を解剖している作品だといって過言はない。
いな、一人の人間の内面で起こる心理をあますところなくと言えるほど解剖しているともいえる。

格所に散りばめられた暗喩も素晴らしい。
子どもがハシバミの棒をもってというのは、「調和」の象徴であろうし、二本の菩提樹は「夫婦」の暗喩であろうし、胡桃の木は「知性」の暗喩。そういう部分に眼を向けて読むだけでも、身震いする作品だ。
だけでなく、最終盤にウェルテルが戦士でありながら吟遊詩人であったオシアンの歌を朗読するところの詩的美しさはもはや筆舌に尽くしようがないのだ。

オシアンが現実と戦う戦士でありながら、精神世界にも生きた詩人であるということを鑑みただけで、そこにゲーテが込めた思いが伝わってくるはずだ。
このあたりの手法はホメロス的ともいえるだろうが。

あんまり素晴らしいので、わたしは引き続き、岩波版(訳:竹山道雄)を読むことにする。
解説は圧倒的に岩波のほうがよいので、お勧めはそちらだ。
殊にオシアンの歌の翻訳され具合には差があるので、どちらが良いとは言えない。好みで選ぶのがいいのだろう。
少なくとも20いくつかの翻訳があるそうなので、お好みの訳を探してみるのも一興かもしれない。


舞踏会の最中に突然の雷雨。過ぎ去ったあとロッテが涙しながら叫ぶ「クロップシュトゥック!」
その詩人の作品『春の祝い』だ。

詩は春の嵐を乗りこえた恋人たちが結ばれるというものだが、ロッテが涙を流しながら叫ぶという演出によって、ゲーテはここでも(冒頭から至るところで表現しているのだが)、二人が結ばれないことを暗示させているのだ。詩人ならではといえる描写なのだろう。

というよりも冒頭がえげつないだろう。
ウェルテルが好意をよせた女がいて、その女の妹がウェルテルに好意を寄せていたのだが、ウェルテルはその娘の気持ちを揶揄ってしまい、その娘、つまりレオノーラは失恋の傷で自殺したらしいことが示唆されているのだから。

つまりいってみるならば、ウェルテルの自殺はある意味では自業自得なんだと、まずはじめに暗示しているのだから。
レオノーレの自殺のことは、のちのアルベルトと自殺を議論するときにウェルテルによって引き合いに出されるのだが、ここは読んでいて実に心が痛んだのだ。
何事も経験しないとわからないのだから、レオノーレの自殺に関して、ウェルテルを責めるのは酷なのだが、後になってみれば、ウェルテルはレオノーレがどれほどの絶望を味わったかも、なかばはわかっていたということなのだから。

ipsilon at 01:27コメント(0) 

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
プロフィール

イプシロン(シンジ)

カテゴリ別アーカイブ
記事検索
最新コメント
ギャラリー
  • 小自分史(1)
  • Thank you my girl
  • 。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン
  • 勝利のアクビ
  • 一瞬の憩い
  • 笑顔は美しい
  • 4つ目の自分
  • 4つ目の自分
  • 3つの自分
  • アリイ 1:48 三菱零式艦上戦闘機52丙型(a6m5c)
  • ハセガワ 1/700 病院船「氷川丸」 竣工
  • フジミ 1/72 空技廠 零式小型水上偵察機(E14Y) 完成
  • ハセガワ 1/700 重巡洋艦「古鷹」 完成
  • スケッチ アミダラ女王
  • 静止した時間
  • 蝶
  • 祈り
  • チャム・ファウ
  • どこかのお家の猫ちゃん
  • 「みちくさ」
  • ザハロワは美しい!
  • デジ絵「星座と少女」(完成)
  • チュチュがじゃまだよ〜
  • アティチュード
  • 瀕死の白鳥
  • デジ絵「夏の風」(完成)
  • デジ絵「風」(完成)
  • デジ絵 ランカ・リー(完成)
  • 栗木さん 応援イラスト
  • イラスト「天使」
  • 水彩画 愛嶋リーナ 完成
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「graduation 」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「アメジストの祈り」
  • 水彩画(デジタルリタッチ)「初雪」
  • 水彩画 愛嶋リーナ
  • デッサン 愛嶋リーナ
  • 水彩画 アリスとネズミ
  • イラスト アリスとドロシー
  • イラスト 眠そうなネフェルタリ
  • スケッチ 微笑の国の人
  • なんでだろうう? と思うこと
  • スケッチ アソーカ・タノ
  • スケッチ ライオン
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG X-Wing fighter
  • 3DCG 缶コーヒー"カフェバニラ"
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • 3DCG 習作 インダストリアル物
  • スケッチ 騎士の左腕
  • アーソウカ、、だった!
  • スケッチ 懐かしのアイツ
  • ニャンとも言えない気持ち
  • 旧作 ペン画
  • デッサン ドイツ兵 in 1944
  • 水彩イラスト ニホンカモシカ
  • デッサン アフリカゾウ
  • 水彩画「水辺の豹」
  • 習作デッサン「豹」
  • 旧作 Gジャンガール
  • イラスト「蜜虫」
  • 「ネフェルタリと豹」下絵
  • イラスト「ネフェルタリ」
  • 水彩画 「装身具をといたクレオパトラ」
  • デッサン+色鉛筆 眼
  • スケッチ 「装身具をといたクレオパトラ」
  • 習作 ネフェルタリ 下書き
  • デッサン 眼
  • デッサン途中 布の研究
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • デッサン チャイナドレスの子
  • スケッチ クレオパトラ
  • 水彩画 死せるクレオパトラ
  • スケッチ クレオパトラ
  • デッサン 小野田寛郎さん
  • デッサン 猫
  • デッサン Diane Kruger
  • デッサン ベッキー・クルーエル
  • デッサン 中澤裕子
  • ベッキー デッサン
  • 萌えキャラ 線画 修正 その1
  • 萌えキャラ 下塗り
  • デッサン 杉崎美香 8時間目
  • 習作 フォトショップ 萌えキャラ風塗り
  • デッサン 杉崎美香 6時間目
  • 欝
  • 習作 水彩 その1
  • デッサン 杉崎美香 4時間目
  • 習作 小池栄子 その1
  • 習作 杉崎美香 その4
  • 習作 Face
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 Formula 1
  • 習作 杉崎美香 その3
  • 習作 杉崎美香 その2
  • 習作 その4
  • 習作 杉崎美香 その1
  • 習作 その2
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 習作 その1
  • 好き好き大好き
  • 電話中
  • βズガイキング
  • モー様の絵 ハケーン!(笑)
  • Mクン 見っけた!(笑)
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ