2019年02月07日

ゲーテ『若きウェルテルの悩み』第二部、編者より読者へ・名文と所感

第二部では「自信」と「自足」、――換言するなら「自己信頼」こそが、人生をよりよく生きるために重要だということが、逆説的に語られているようだ。
とはいえ、その表現方法は多角的なので、よりよい人生のためのキーワードを読みとるのは、けっこう大変なのかもしれない。しかし、熟考してみれば、案外当たりまえとされていることも多いのかもしれない。だが、その当たりまえに気づけないゆえに、このような作品に価値があるといえるのだろう。

青年時代に多く見られる傲慢さ。若さがもつエネルギーゆえに健康や活力、また若さにそなわる鋭い感受性ゆえに他者を見下す視線。そのようなものが如何なる結果を招来するかがまず語られている。
とはいえ、そうした上から目線が起こる理由として、生きることの前提が受動的であることをおさえておく必要があろう。

自らが置かれた環境によって起こる種々雑多な感情、それらすべてにある思いはまずそこから生まれるという受動的な原理が働いているというのがそれだ。仏教をはじめとする宗教にあっては、この受動的であることがまず確認されるのが特徴である。
であるから、宗教の根底には受動的に起こったことをまず受け入れる、信じるという視点が最重要視されているのだが、案外このあたりのことは見落とされているようだ。

最悪なのは、信じるとことが基本という宗教的心情を利用して、教団の教義を無理矢理信じさせたり、祖師の言葉はすべて真実であるとかやっている宗教団体なのであろう。

ともあれ、まずは起こったことを信じるという大前提を受けいれなければ、それに対して対応するのは不可能だというのが宗教の基本思想であり、かつまたそれは人間が生きていくうえで、当然基本中の基本であるわけだ。しかし、それを意外にも蔑ろにしているのが、人間というものなのだろう。
したがって、宗教の基本中の基本、ひいては人生の基本中の基本は、何が起こっても受け入れるということなのだ。いいかえるなら、起こったことを「忍苦」するのが人生の基本にはあるということだ。受け入れられなくとも耐え抜くという決意こそが宗教の真髄であるのだ。
ドストエフスキーにしても、終生このテーマ(旧約聖書「ヨブ記」)――受け入れられなくとも耐え抜くべきか?――を考えたわけだから、これは人生にとって非常に重大なのだ。そしてまた、このヨブ記に対する答えは、今でも確定されていないのだ。

ゲーテが最も尊敬した哲学者はスピノザだと言われている。そのスピノザは汎神論をとなえ、世界=神であり、世界の一部である人間は、つねに神=世界が起こす能動のもとにまず受動的であると考えたのだが、ゲーテもそのような思想を継承しているといっていい。テレビ放映された『100分de名著』のスピノザの回で、解説者の國分功一朗さんが、やはりそのようなことを言っていた。だから、全知全能なのは神=世界そのものだけなんです、と。
ただし、ゲーテはスピノザはあまりにも潔癖で純粋すぎるとも評価していたようだ。人間はそんな完璧なものじゃない。もっと不完全で混沌としたものだと。

つまり、『若きウェルテルの悩み』のウェルテル、彼の立場というものも根底は受動的であって、そのような状態におかれたウェルテルが感情面でどのように反応し、また理性面でどのよに評価分析をしたかを見てゆくことが大事なのだろう。つまり、人間は環境に決定的に左右される、というよりも、置かれた環境によって起こる感情と理性に基づいて生きているのだということに注意して読むことをお勧めしたいのだ。
ならば、感情を変えるために環境を変えればいいと言い張る人もいるのだろうが、その環境にいるからこそ動きたくないといった感情がまず前提としてあるという点を見落としてはならないわけだ。
だからこそ強固な意志がキーになるのだが、それはいわば鶏がさきか卵がさきかの関係みたいなものなのだ。

その点から見ると、ウェルテルの置かれた環境は相当に劣悪である。身分意識、階級意識があたりまえの社会情勢だからだ。しかも、ウェルテルが身を置いたのは、今でいうなら、地方自治体の司法に携わるひらの官吏官という立場なのだから、そうした職柄にあるだろう一種独特の階級意識やパワハラがいかにえげつなかったかは、容易に想像できよう。

そんなわけで、彼は周囲の先輩や上司に不愉快な印象をもつ。そしてそれが、ウェルテルの若さからくる、他人を見下す傲慢な視点と縒りあわされ、彼の傲慢さを加速させていくさまは、読んでいて恐ろしいのだ。
若さゆえの驕りであったとしても、結局のところ彼が彼自身の傲慢さを相手の態度に見て、自滅してゆくのだ。ああ、無情なり。因果応報、自業自得とはいえ、本人がそれに気づいていないことを読者は知っているから、なおさらに心は痛むのである。

しかし、そんな彼にも少数だが味方もいたのだ。大臣とよばれる人がそれだ。しかしその大臣と彼は会って話をすることがない。思いやりある親展の手紙で、大臣はウェルテルを励まし、諭し、社会の厳しさから将来有望な青年を守ってくれようとするのだが、いかんせん、そこには会って話すという点が抜けているのだ。
ああ、無情、なんたる言葉の無力さよ……。以下は、大臣からの心こもった手紙を受け取ったあとのウェルテルの心情である。

大臣は私の過敏な神経をいさめましたが、それでも活動とか、他人への影響とか、仕事への顛倒とかについて、私が抱いている観念は、たとえ矯激なきらいはあってもなお嘉すべき青年の気魄であるとして敬意を表してくれた。そして、これをいつまでも失くすことがないよう、ただそれをやわらげて、あるべき形にはたらかせて、有効な成果を収めうるように導こう、とはかってくれた。


わたしも20代の頃は、そういう上司や先輩に恵まれた時期はあった。
でも気づかないんだな若いと。先輩たちの懐の大きさに。後になって、もはや若いといって言いわけできなくなたとき、はたとそれに気づいたという感じのことがあった。
いうなれば、ウェルテルの気持ちはこんなだったのだろう。
「認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものを……」
度が過ぎる自尊心、それを傲慢という。そういうことなのだろう。


ではウェルテルが身分や階級を度外視して認めてほしかったのはなにか?

侯爵は私の知性と才能とを、私の心情よりも高く評価している。しかし、この心情こそは私が誇る唯一のものであり、力も、浄福も、悲惨も、すべてはこの泉から湧く。ああ、私が知っていることは、何人も知ることができる。――ただ、私の心は私だけのものだ。

そういうことなのだ。私が知れる知識なんていうものは、誰でも学べば知れるのだ。したがって、わたしが知ってほしかったのは、ずっとずっと、わたしの思いや心情だったのだ。しかしそれは無理。そもそもが無理だったのだ。
そのことに気づくまで、40年を要したのである。
だからこそ、自分を見つめて、自分の気持ちを自分で認めてゆく、自己を信じるという自分自身に生きることを勧めてもいるのだ。
したがって、今のわたしの自他に関する見解は、梨木果歩曰く、「理解はできなくとも、受け入れる」というのが信条というわけだ。

解ってほしいとか、どうせ解ってくれようがないとか、あまり極端な考えをするのはどうかとも思うが、所詮、他人の心など、推察と忖度しかできないということを知っておくことは非常に有益だと思っている。
そうすれば、ウェルテルのような不幸、わかってくれないという不平不満も生まれず、わかってあげようと努力しているんだなんていう、傲慢な気持ちにもならないですむのだろう。努力したって解らないものは解らないのだから。

亡き母がよく言っていたものだ。
「人が痛いのなんてな、100年だって200年だって我慢できるんだ。だから自分のことは自分でやるんだよ」と。
滲みるぜ〜煙がね。泣いてないもん!

またこうも言っていた。
「お前は誰に何といわれようが梃子でも動かないけど、自分で興味をもってコレだ! と思ったら、寝ないでもやるしご飯も食べないでもやるのは知ってるから、あんまり煩く言わないだけだ」なんてね。
心を見てたのだろう。心に干渉しようとしたって、どうにもならない。そこは本人に任せるしかないことを知っていたのだろうし、その上で出来る励ましだったのだと思うのだ。

そう言ってもらえるようになるまで、随分と反抗しましたけどね。余計なお節介はするな。ほっといてくれみたいな態度で。しかし、心が壊れて悲惨なことになって、誰も頼れなくなったとき、最も支えて受け止めてくれたのは、母でしたがね。
そうそう、第一部の最後のほう、月光に照らされながら、ロッテが母と子について語る場面は美しいので、その辺に興味のあるかたは、是非読んでみてくだされ。

そしてまた、官吏官を辞任したあとの描写も素晴らしい。人の心の機微を巧みに描いているからだ。
ウェルテルが故郷にもどり各所を見て歩くのは、己が生まれた原点、自分を生みだしたであろう宇宙にある己の源をもとめる心理であろうからだ。
ヘッセの作品のなにかにも、こうした表現の濃厚なものがあったが、何という作品だったのかは今は思い出せない。
ウェルテルの場合、ここでも「一切のものは過ぎ去る」ということを痛切に感じて、途方にくれるのは哀しい。
わたしもまだ鬱が酷かったころ、通った小学校、思いで多き高校、当時住んでいた社宅から毎日のように足を運んだ最寄り駅などを見て歩いたことがあった。
虚しかった。色々と変わりはてていて、ああここにはもう自分の居場所はないんだなあと吐息したことを憶えている。
自分の居場所は、自分が今いる場所、自分の心にしかないということを今は知っているので、もうそんな郷愁には襲われないのだが。

これで第二部、編者から読者への部分は、読書メーターに書いた感想と併せて語りきれたかと思う。
しかし要約するならこうなる。感情の激しさは、創造の源泉でもあるが、空想の源泉でもある。
この空想が肥大化すると、猜疑心になり、疑心暗鬼に陥り、最後は他人はおろか自分さえ信じられなくなり、狂人になる。その行く先にあるのは、愛憎どちらともつかない心情においての殺人か自殺である。

何も信じられなくなったあと、ウェルテルが神の子キリストにまで愚痴をいう場面の恐ろしさよ。

「帰ってまいりました、父よ。あなたの思召しによってなおも忍び続けるべき流浪を、中途にやめたことを、お叱りにならないでください。世界はいずくに行くも同じです。辛苦と労働があってこそねぎらいとよろこびがあります。それとてしかしなんでしょう? ただあなたのいますところでのみ、私は幸せです。あなたの目の前で、悩みもしたいのです」――天なる神よ、おんみはこの者をもしりぞけたもうのでしょうか?


このわたしも自殺未遂の経験者だが、こうやって見せつけられると、自殺は卑怯だなあとも思うわけだ。
人間社会、あるいはこの世界があまりに辛く悲しいから逃げだして、神様、あなたの懐に帰ってきましたー!
ですが、神様、こんな私を許してくれますか? って、どんだけ我儘なんだよと、やはり言いたくなる……。
やるだけやって駄目で死んでしまったなら、神だって「よく頑張ったね、さあ私のもとへ」と喜んで迎えてくれもするだろう。でもこれじゃあねえ。ウェルテル君……これじゃあねえ……。
しかし、自殺する奴は「弱い」と言われると、とたんに腹が立つ。そうじゃないんだよ。人間の心には限界があるのであって、そこまで追い詰められてしまうと、意志とか糞の役にも立たないんだということを、わたし自身知っているからだ。けれども、知らない人は大体において自殺するやつは「弱い」と言うんだな。それだけのことなのだが、やっぱり腹が立つんだ。大人げないのはわかっている。

そして何より恐ろしいのは、そうした猜疑心や疑心暗鬼は伝染するということだ。
終盤、もはや何も信じられなくなったウェルテルの影響をうけて、それまで疑うことを知らなかったロッテが胸に猜疑を抱きはじめる。ウェルテルが自殺するのではないか? 主人のアルベルトに話しても信じてもらえないのではないか? と……。

あら恐ろしや、恐ろしや。
猜疑心は伝染し、他人をも不幸にするのだ。
ロッテが苦悩しはじめる場面は読んでいて本当に心が痛んだ。

50ページ目くらいから、もはやいかれぽんちになっていたであろうウェルテル……。
もっとはやくロッテにいろいろお説教されれば良かったのにねえ。

そんなにせまく思いつめて、ご自分を呪縛してしまっておいでになるのですもの。うちかってくださいまし! 旅行をなされば、たぶん、いいえきっと、お気が晴れます。おさがしになって、あなたの愛にふさわしい方を見つけて、帰っていらっしゃいまし。そうして、みなで一緒に、ほんとうの友情も幸福を楽しみましょう。

ほぼラストシーンに近い場面だが、ロッテはこれより前にも、ちゃんと諫めている。
そんなに一つのことに熱中しすぎてはいけません、とか。
一つのことに夢中になり没我の境地になり、無心になって自然や生命に宿る創造力をいかんなく発揮するのならいいが、一つのことに夢中になって欲望や執着の奴隷になってはいけないと。

ともあれ、ウェルテルのあまりにも激しい感情の吐露に、思わず引きずられて共感してしまう人もいるのかもしれないが、それは危険であろう。
この『若きウェルテルの悩み』は、彼を反面教師としながら読むことを強くお勧めしたい。
そういう意味では、何があっても自分に生きているアルベルト(高貴な光)に注目して頁を繰るのも一つの読み方かもしれない。ウェルテルがピストル自殺するなんて露も思ってない。旅行に行くからピストルを貸してほしい。そうですか、じゃあ貸しましょう。そこにはいかなる推察も忖度も存在しないのだ。ただありのままに事実だけを見て、それを基にして行為しているだけなのだ。
それを冷たいと見るのが世間なのかもしれないが、自分自身に生きるとは、そのような生き方なんだと思うのだ。


紺の燕尾服に黄色いチョッキと黄色いズボン。いわゆるウェルテルスタイルだそうだが、良い子は真似しないようにしましょう!


『事実だけを見つめる』

もちろん、いっさいの悪から離れるように、
そして、もし善をなしても、善をなしたと思わぬように。
善をなしたとしても、それを価値づけないように。
この世をよく見るように。事実をしかと見きわめるように。
その眼に、自分の想像や心をまじえないように。
ただ、そのままに見つめるように。
死を終わりだとみなさぬように。
死もまた、この世にある事実の一つであることを決して忘れぬように。
そのようにして生きるならば、必ず安らぎに満たされる。

(「スッタニッパータ」第3章)



自殺はOKだとか駄目だとか評価するなということだ。
そういう評価があるから、擁護派と否定派が論争を起こすのだ。
ああ、死んじゃった。そういう事実だけを見つめるのが「ありのまま」にものを見るということなのだ。
難しいけど、そういう境地を目指すのじゃ!

ipsilon at 07:24コメント(0)  

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