2016年02月

2016年02月23日

 『池田大作全集85 スピーチ集』で学んだことに触れておきたい。

 先生はいったいこのスピーチで何を伝えんとしているのか。
 あくまでも個人的見解であるが記しておこうと思う。

 冒頭、宇宙からみた地球、そして日本からみた故郷ということを語られている。これはいかなる意味か?
 宇宙にある地球とは人類の故郷である。また日本人であるなら、それぞれに北海道であるとか、東京であるとか、千葉であるとか各々、故郷というものがある。そしてまた仏法において「生死」こそ重大であり、仏法とはそもそもその「生死」とはなんぞや? を探求する心であると仰せだ。

 つまり先生は、われわれはどこから生まれ、どこに帰るのか?
 この問いに関して思索することが最も重要であると伝えたいのだろう。

 では宇宙は、地球は、あるいはわれわれの故郷とは、いったい何であるか?
 いまさら言うまでもない。妙法(大宇宙の法則)である。
 広大無辺の宇宙にしろ、われわれの一人一人にしろ、それを生みだした根本に法がある。そういうことになろう。
 ゆえに、大聖人も故郷を大事に思われていたという御書を引用されてもいるのだろう。
 
 大聖人の故郷は安房の国。現在の千葉県。それはそうです。だがそれは表層のお話だ。大聖人も先生もそういうことを伝えんとしているのではないことは明確であろう。
 なぜかなら、一切衆生を救わんとする志のある人物が、個人の故郷に執着するはずがないからである。するなら、一切衆生の故郷とは、生命の故郷とは、すなわち妙法であり、畢竟、南無妙法蓮華経のことであることは確実であると確信するからである。

 その根本の法から生まれてきたわれわれであれば、生にあっても死にあっても、その根本の法に則るべきだと思考すべきなのは当然であろう。

 さて、ではその法に生きるとはいかなることをいうのか?
 先生は故郷のお話をされたあと、いきなり結論を述べていらっしゃる。

 「今」が、どんな勢力を誇ろうとも、また、どんな逆境に陥ろうとも、「未来」は全部、次の人材で決まる。
 つまり、「今」このとき、「未来」の人材を育成している自分であるかどうかを問え。
 と、先生は仰せなのだろう。

 そして次に、その育成の根本は自分であり、今自分が何をしているかである、と、スピーチをつづけられている。だから当然、この後に先生が仰せであることは、「いま・ここ」で「自分自身に生きろ」ということになるわけです。そして、当然、そうなっている。就中それが故郷を大切に生きることであり、「生死」を超えて法に生きることだと仰せなのだろう。

 指導者は自分自身が「戦う気迫」を満々とたたえ、その気迫で皆を勇気づけ、奮い立たさなければならい。
 戦うものは何ものか? これは抜き書いた言葉以前に語られている。すなわち「魔」。無論、己心の魔である。それ以外の場所に魔などいるわけがない。自分の外側に善も悪も魔も諸天も存在しえない。当たり前です。仏法は内道なのだから。だから、自分の外側(環境)に向かって、いくら批判をしたところで、愚痴や文句をいったところで何の意味もない。
 発信するならば、あくまでも建設的意見であるべきなのは、承知の事実だ。
 すなわち、建設的意見とは、正しい法に則ることを勧めるということであり、それが即広宣流布であることは疑いようがない。
 また「戦う気迫」のある状態のことを青春といい、それが美しいんだということでもあろう(タイトルを見れば、それがわかりますよね)。

 また戦う姿勢がどうであるかも、自身に問えと先生は仰せだ。

 「自分はこう生きよう」「こうなろう」「自分は一生、広宣流布に走るのだ」「自分は一生、この信心で、この舞台で戦うのだ」――そう“決めた、、、”人が歴史を残せる。 
 戸田先生の指導と寸毫も変わりません。
「俺には南無妙法蓮華経しかないんだ。これを末法の折伏という」と。

 勘違いしないほうがよい。「誰それをこうするんだ」「誰それにこうなってもらうんだ」ではないということです。
 ネットでの学会員の発言を見ていると、ほとんど全てがそういう発言なんですけどね。
 それはすなわち、自分自身に生きられていないし。先生の指導に反しているということです。
 人ではない、自分です。
 もう何回こういうことを書いてきたことか。何度も個人的にそういうことを伝えてきた人もいる。
 なのに、一年経っても全く自分を顧みないとなれば、わたしだっていい加減、嫌にもなるんです。
 お好きにどうぞ! と言いたくもなるんです。

 「いつか」ではない。「今」である。「今」が、戦う時である。

 そして最後に先生は、非常に重要な指導をされてスピーチを終えられている。
 ミケランジェロのダビデ像についてだ。

 彼(ミケランジェロ)は戦い終えて勝ち誇るダビデではなく、まさにこれから戦おうとする挑戦の姿、出発の姿を、堂々と彫ったのである。

 すなわち、結果ではなく過程――プロセスこそが――大切であると、先生は明確に仰っているわけだ。
 また、この一節からも“はっきりと”、戦い終えて勝ち誇る姿――慢心すべからず。謙虚で誠実であれ!――と仰せなわけです。
 体験談が大事だ。それはわかります。でもね、ほとんどの体験談は、勝ち誇ってるような話が多い(結果主義、実証主義。そして戦ってないと勝手に判断して、この人にはあまり関わらなくていいやという無慈悲。実証ってなに? いつも出した結果だとかいうけどさ、結果は過去ですよ。現当二世ちゃいまんねん。そういうこともわからんなったら、しまいでっせ。あかんよ)。
 おかしいのはそういうところですよね。こんな悲惨な状況だけど、あきらめてまへんねん!! そういう姿、体験を語っていくのがいいのでしょうね。即ち、これが“関西魂”ですよね。だから、先生は心から関西を愛されたんですよね。“ありのまま”を見せながら、今やってまんねん! 見ときなはれ! こういう心で戦い続けられるかどうかだと、わたしは思うんですけどね。
 そういう人を偉いね! と褒められるかどうかでしょ?


 一流の人は直感でわかっている。
 故郷に帰ってくれば、新鮮に蘇る、すべてが奇跡に思える。そして、輝いていることが。




ipsilon at 09:38コメント(0) 

2016年02月20日



小林ぶし、違いますよ。小林節(せつ)さんです。

立憲主義を取りもどすんじゃ! ということで、
一週間に5日も講演して歩いている。素晴らしいと思っています。

毎回同じことを話すのではなく、今というものを重要にして話されている。
それだけでも大変なのでしょうが、節さんからすれば、それが普通なんでしょうね。

民主党も権力の魔性(保身)に食われているとお怒りです。
状況は良くない……。でも僕は楽天的だ。
勝つと思ってやらなければ、負けちゃうんですよ! と。
正義は必ず勝つ! 一昔前のアニメにある勧善懲悪、いい方を変えればカミカゼ的な香りがそこはかとなくしますが、
わたしは、相当にそういうの好きです!
というか、本当に大変な時は、白は白なんじゃという勢いは大事だと思ってますけどね。

でも、節さん、正義は必ず勝つ! と言いきったあと、
「ごめん、精神講談だった」
と言ってみたり。あくまでも現実を見失わない冷静さがいいですね。

早ければ参院選は4月の可能性もある。
戦っている人は戦っているんだなと、背筋が伸びました。
わたしなんて何も出来ないでいますけどね。

みなさんの目が見えないと……こういう誠実さに好感を持ちます。
質疑応答も、ちゃんと先に手を挙げた人の質問に答えようとして見ている。
誠実は人間としての宝だと思います。

そして口が悪いのが、また面白い。飾ってないなァと感心しながら、笑ってしまう。
宮台氏の口癖が「クソ」であるなら、節さんは「馬鹿」。ハハハ、面白い。
最後にクリスチャンじゃなきゃ立てないところに立ってみたりと、お茶目ですね。
宗教も党派も超えた「超党派」のネットワークを! 人間の良心のネットワークを!!
そう、これしかないと思うんですね。

なにしろ、言っていることとやっていることが一致していると思う。
それが、人間として一番信頼されるとことろだと思うわけです。

動き続ける時代を見て、自分の考えも今必要なものに変えていく。
年を重ねれば重ねるほど難しいことを、自然にやっているのも凄いんです。

いまだ、共産党アレルギーの人が多いようですが、
各政党の中で、政党助成金をもらっていないのは、共産だけですよ。
お金=汚いということではないのですが、昨今の政治家は使いかたに対する認識が狂っているので、そこを正す構造を作らなければいけない。
そういう視点も大事なんでしょうね。


政治で、お金を湯水のように使う。別に悪いことじゃないですよね。
それが国民の幸福と福祉のためならね。
問題はそれを権力者が力を行使する為に使うからなんだ。
わかりやすい説明だし、本質論だと思います。




ipsilon at 11:48コメント(0) 

2016年02月19日



関西弁というのは、文字面だけでは伝わらない良さがありますよね。
イントネーション、アクセントですね。
標準語は、抑揚がほとんどない。だから、何か冷たい印象を与えるんですね。
だから、わたしは関西弁がとても好きなのです。似非関西弁しかつかえまへんけどな。

どうよ、この動画。めっちゃおもろいやん。
なんて情緒豊かなんでしょうね。
英語みたいにメリハリがありまんねんなァ。

もちろんほかの地域のお国言葉も好きですよ。
東京人のわたしに遠慮して標準語で話してくれる人は多いのですが、打ち解けていくと、地を出してくれるんですね。
そのとき感じるほっこり。あれがええねんよ。
その人が飾らぬその人でいてくれる瞬間を見つけたときの価値は、プライスレスやでェ。

誇りをもって話して欲しいですね。お国言葉を。




ipsilon at 10:33コメント(4) 
 今年の目標のひとつとしていた問題に取り組んだ。
 昨日の記事を目にした方々は、イプシロン壊れた……とお思いになったかもしれない。でも違うんですね。ある意味計画的ですよ。

 アダルト・チルドレン(AC)のことは相当真剣に学んできたつもりです。
 でも、今年はもう一度しっかり(自分を)見直したい。そう思っていたのです。それには異常なまでの苦痛が伴うことなど承知のうえ。そのことで巻き込まれる人もいるかもしれない。でも、やるんです。誰のため、最後は自分のためだし、自分が成長しなければ、結局周囲の成長を阻害し、自分の懈怠に周囲を巻き込むことになるからだ。
 非情になって、自分のために努力しなければならない時もあるのです。

 わたしが、自分はACかもしれないと強く感じるきっかけになったのは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』だ。
 見ていて、どうしようもなく引きこまれた。登場人物の誰もが、子ども時代に強烈なトラウマを抱えてしまい、自分の思ったように生きられず、常に他人に支配されていたり、他人の目線を気にしすぎる。そういう登場人物ばかりだったからだ。
 ようするに、庵野監督自身もACであり、そういう自分と戦うために、彼はあの作品を作ったのだろう。
 碇シンジ(父親が絶対権力者であり、支配された子ども時代を送った)、典型的AC。アスカ(守ってくれるはずの母親が縊れて死んでいるのを目撃し、誰にも頼らずに生きなければいけない。一番であり、強くて良い子でなければいけないという強迫観念を子ども時代に刷り込まれた)もミサト(研究ばかりに必死になった父親に半ば育児放棄され、自身もそれを引きづリ、研究のためには手段を選ばない大人になってしまった葛藤)もリツコ(親の性関係の乱れのせいで、自分もやはり乱れた関係しか築けない大人になった葛藤)もみなACだ。そして何よりACの最大の特徴をもっていたのが綾波レイだろう。レイ、零、何もない。自分もない。そういう名前ですしね。
「私が死んでも代わりはいるもの。何を驚いているの?」
「だって……だって……」
 凄いセリフですが、ACとはそういう感覚の持ち主ですね。
 シンジの驚きもわかりますけどね。

 エヴァは、背筋が凍るような思いをして何度も見た。そして手にとったのが、西山明の『アダルト・チルドレン――自信はないけど生きていく』という本だ。
 これにも衝撃を受けた。自分のことが書かれている……そう思ってページを繰ったことは忘れようがない。
 こうしてわたしは、自分がACであることに「気づき」、そして認めたのだ。

 まず、この気づき認めるということが第一の難関なんですけどね。
 誰だって、自分がちょっと変わった思考の持ち主だと認めたくないですからね。
 わたしは20代の頃、うつになって、精神科を訪れたことがある。そのときも、うつ病ですと診断されたことを受け入れるまで相当苦労しましたからね。

 今では、AC、うつ病、自律神経失調症、自己愛性人格障害だとか自分で認めてますけど、これは、実はそう簡単ではない。

 ともあれ、そうして自分がACであることを受け入れ、そこからACってなんだ? ということを貪るように学んだのです。そしてその後、自分の過去を徹底的に見つめ直してきたということ。
 もう何度もこのブログはそのために存在していることも、記事に散々書いてきたことです。

 気づき、認め、受けいれる。簡単なようで、多分最も困難なことでしょうね。
 だから、それからも随分抵抗しましたよ。けれども、決定的にもう認めざるを得ないし、認めて回復しようと思えたのは『クヨクヨしなくていいんだよ――「うつ」を克服する7つの鍵』という本との出会いだった。

 つまり、今回読んだ本にあった言葉でいえば、
 気づきにはある一定の時が必要なのだろう。実が熟するのに時間が必要なように、気づきにもそれなりのプロセスが必要なのである。その時がきていなければ、いくら話を聞いても本を読んでも、指摘を受けても、心に届かない。
 そういうことなんですね。
 悲しいかなァこれが現実なんですよ。いくら相手を思いやって百万の言葉をかけていっても、「その時」がこなければどうにもならない。でもそれじゃあ見ていられない……可哀想だ。苦しい思いをするまえに気づいて欲しい。
 心ある人間であればそう思うものですよね。けれども、「その時」が来なければどうにもしようがないのですよ。

 爾時世尊(にじせそん。その時、世尊は)なんですね。
 その人自身の中にあるなにかが目覚めるんですよ。「このままじゃいけない!」って。
 師弟といってもね、ようは自分の中にある心の師に、「ねえ自分、このままじゃいけないんじゃない?」と問われ、「うんいけない、俺、がんがる! チョーがんがる!」みたいに自分で立ちあがることなんですよ。
 それをはき違えて、誰か(会長や組織や幹部)の言う通りにやるのが師弟だとか理解するからおかしくなるんです。それじゃ隋他意でしょうが。他力本願でしょうが。操り人形でしょうが。そこにまず気づくのが信心のうえでは大前提ですよ。

 ですから、それまでは――
 相手が地獄の底へ落ちていくのをただ眺めているしかないのです。それを受け入れて、自分は自分のことをやるんじゃー! という、強烈なまでの意思の力が必要なのが、自分自身に生きるということなんですね。
 そうやって生きている姿、振る舞いを見せることが、実は周囲への最大最高の励ましになるんですね。
 百万の言葉より、自分自身に生きる一挙一動こそが、最高の励ましなのです。
 しかし、これほど難しいことはないのもまた事実なわけです。

 ここ最近のわたしは、これを頭ではわかっていながら、ちょっと見失っていました。
 ACの悪い癖。すぐに人のことに真剣になりすぎる。そういう陥穽にはまっていたのでしょう。
 そこを凄く反省しましたよ。

 ともあれ、今はまだ長文で論理的に順序立てて記事を書けるほどエネルギーがない。
 だからこの辺でやめておきます。
 とにかく、性的虐待の傷が自分で思っていたより、相当深く大きかったことに気づけたことが、今回の最大の収穫だった。
 そのほかのことは、ほとんど知っていたことでしたからね。

 もっとも知っているのと、それを活かしているのは違うんだよなァということも、とても反省させられた。

 あなたはあなた、私は私……人は本来、決して交わることのない川のようなものだ。しかし親は自分の流れのなかで、子を育てようとする。そして、流れに捕われた子供は自由をそがれて苦しむ。



ありのままの自分をさらけ出すこと、自分を飾らずに語ること、皆と話を分かち合うこと、自分の、、、問題に気づくこと。


(ありのままの自分をさらけ出せること)それができる力強さは、多くのことを乗り越えてきたことの実りだ。今ではすべての恥を勲章として掲げることができる。あの苦渋の日々があったからこそ。
つまり、自分の汚点を話せないということは、まだそれを乗り越えていないということでもあるわけです。
どんなに格好の良い記事をかいても、所詮、ありのままの自分を曝け出せなければ、自分に敗北しているということですね。厳しいぃー。


性虐待は、その人の多くのものを壊す。自尊心、自己愛、自信、他人への信頼、世の中への信頼などが一気に失われ、それまでの世界観が壊れてゆく。(中略)アイデンティティの崩壊に匹敵するだろう。


男女間の問題は自分の、、、問題であることを学ぶ。異性への接し方、感じ方、自分が、、、繰り返してしまう行為、必ずぶつかる問題などは、相手に非があるわけではなく、自分が、、、生みだすものだ。まず、自分の、、、問題を探り出すことから、解決への糸口が見つかる。
ふふふ、しつこいくらい「自分の」とか「自分が」にルビふってみましたよ。
わかってもらいたい。変わって欲しい。そう思ってるうちはまだまだ。変われるのは自分だけ。相手は変えられない。これが大前提。

(気づいたからといって、回復したからといって欠点がなくなるわけではないし、完璧な素晴らしい人間に変わるわけでもない。重要なのは、完璧でない“ありのままの自分”を許せるようになる、ということだ。これが回復のもっとも価値ある点といえる。

「ありのまま」と「そのまま」は違うんですが、細かい話はしません。
ようは努力の有無なんですけどね。無理のない程度の努力といえばいいですかね。


それから、S・ソリチュードのことはそこまで気にしてませんから大丈夫ですよ。
へーきのへーちゃんだから曝け出せるわけですから。
自分の中で決めた(笑)はもう使わない! という禁を破ったのは、半分以上冗談だからね〜という意志表示のつもりだったので、気にしないでいてくだいー。
そういうつもりがあって言ったのじゃないことも、もう既に良く知ってますからね。




ipsilon at 00:50コメント(2) 

2016年02月18日

IMG_4415

 この表紙のイラストほど、アダルト・チルドレンをわかりやすく表現したものはない気がしましたね。
 本屋でこの本を手にしたとき、そう思った。
(ああ、そうだね、洋服や靴には色彩があってさ、現実に存在しているしっかりした感覚があるんだけど、自分という存在が異常なまでに希薄だから、人物には表情もないし、生気もないし、表紙の色と同化してるってことで、それを伝えたいんでしょ)
 ということがすぐにわかった。そして、空恐ろしさを感じた。

 そのとおりですよ。
 わたしの感覚は、今でもそうですからね。
 あるのは怒りだけ。ありとあらゆるものに対する怒りだけ。

 強烈なまでの自己不在感。
 自己、すなわち自我がなんなのかがわからない、自分が何をしたいのかすらわからない。だから、自分をどう愛すればいいのかもわからない。愛しているようだけど、それがすごく偽善的だと自分で気づいている。自尊心? それっておいしいの? そんな感じなんですわ。笑っちゃうくらいそれがわかる。本当に欲しいものを買おうとすると襲ってくる罪悪感とかわかります?
 ブックオフに行ってさ、
「あーこの本、前から読みたかったんだァ。でも、今はそんな場合じゃないかも……」
 そうやって、誰が見てるわけでもないのに、ひたすら“よい子”であろうとする。くだらない強迫観念。
 読みたいという気持ちと、よい子でいなくてはという気持ちがぶつかりあって、冷汗が出るような感覚に襲われる。そんなことで葛藤していると、誰かが見てわかるわけじゃないのに、異様に他人の視線が気になる。だから、他人を消すために、葛藤しているときは、僕のまわりには真っ白な霧が漂っている。誰の姿も見えなくなる。

 わかるかなァ、わっかんねーだろうなァ、この辛さ。
 ただの愚痴ですわ。言っても解決しませんからね。
 だから何? 言わないでいたら気が狂うんですわ。


 (虐待をうけた子は自分で鎧を作り、敵を跳ねのけなければならない。これ以上傷つけられないように、叩きのめされないように、敵意を発して自分を守らざるをえない。相手の欠点を見抜く目が鋭くなるし、相手の弱点もすぐにわかるようになる。どうすれば相手が怒るか、傷つくか、逃げてゆくか、知らず知らずのうちに身につけてしまう。
 逆に相手に自分の弱点を知られてはまずいから、自分のことはできるだけ知られないようにしてしまう。(中略)自分が裏切りの行為のようなことをして、それでも相手が好意的だと、やっと少しだけ信用する。(中略)やがて相手が疲れてリタイアすると、ほぅらやっぱり信用できない、と抱いていた不信感を強めてしまうのだ。


 ハハハー、そのとおりでございますぅ。
 あるのは怒り。そして強烈で過剰な自己防御。
 寝ようとして床に入ると、いきなり頭が思考をはじめて、ありとあらゆる怒りが湧いてくる。自己防御策を考えはじめる。悪く言えば、極端な自己正当化ね。
 寝ることもままならないから、疲れ切るまで起きている。
 怒りは自律神経にも影響するから、日々いつも関節とかが怠い。
 本を読もうとしても、数行読むと、凄まじい苛々が湧きおこる。そして動悸だ。全身が何かに身構えるように無意識に緊張するんだ。それでも読む。ひたすら読む。
 引きこもって何もせず、本だけ読んでるお気楽極楽生活。いいね〜。そんな風に見てた人も多いんでしょうねェ。残念でしたー。ハズレです。

 わかるかなァ、わっかんねーだろうなァ、この辛さ。
 
 どうでもいいんですけどね。
 所詮、自分でどうにかするしかないですからね。
 ただの愚痴ですわ。言っても解決しませんからね。

 なんかもうよい子でいるの、疲れました。
 僕はね、すごく嫌な奴ですよ。とんでもない偽善者。



 もう疲れたんだ。
 ありのままを見せてあげますよ。
 その恐ろしい、僕の姿をね。
 同情なんて、いりませんよ。これっぽちもね。
 ただ吐き出したいだけですから。
 そうしないと気が狂いそうだし、寝ることもままならないだけですから。

 だが冷静さも、理性も失わないんだなァ。
 それもまた辛いところですがね。いっそのことそういうものを失えたら楽なんでしょうけどね。
 それで街に出て暴れて、警察とかのご厄介になる。そして施設に送られる。そのほうが楽な気がするぐらいですわ。
 今さら、自分の不甲斐なさや弱さを赤裸々に見せることに恐れなんてありませんよ。




ipsilon at 03:25コメント(5)AC(アダルトチルドレン) 
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