2016年06月

2016年06月30日

この日に何が起こったかご存知だろうか?
湾岸戦争である。

ではその頃、先生はどこで何を話されていたかを見ていけば、先生がいかに戦争を憎んでいるか、またあるべき宗教の姿を語っているかは明確なはずだ。
ということで、手元にある『今日より明日へ』の79、80、81号にざっと目を通してみた。

湾岸戦争翌日、先生は海外・国際部代表研修で、「魔女狩り」についてスピーチされている。
内容すべてをここで語るわけにはいかないが、わたしが重要だと感じ、今まさに考えるべきことだろうと思った部分を抜き書いておく。

仮にも、それ(魔女狩り)に通じるような行為、宗教的権威による庶民狩り、信徒狩りがあったならば、それはもはや仏法ではない。「外道」である。仏法破壊であり、当然、大謗法である。
何をかいわんやである。わたしが説明するまでもないだろう。いまの学会執行部のしていることを見れば。

では、そうした大謗法(魔女狩り)に勝利した要因はなにか? 先生はこう語られている。
地から沸き出るごとき民衆の「心からの叫び」なのである。
――と。

翌1月19日には、各部代表研修会で、ピラミッドのこと、またユゴーとジョルジュ・サンド(作家)について語っておられる。
ピラミッド建設という大偉業は庶民の自主性によって成った。決して権力者の横暴や、奴隷への酷使でなったものではないというエピソードから、民衆の力がいかに強大かを語られている。
また、最後の一石を積むまでは完成ではないという、「一生涯の持続」こそが大事であるとも話されている。

ユゴーに関してはそう説明はいるまい。
文豪としては、最も権力悪と戦った人である。
そしてジョルジュ・サンドは、そのユゴーにあなたは素晴らしいと褒めたたえられた、これもまた人権の闘志である。


盲従は恐い。無知は不幸をもたらす。“食いもの”にされる。民衆の「理知」を抑えつけ、「文化」を嫌い、ただ従え、従わないものは罪人だ、と宗教が強調するとき――その裏には、何らかの意図があることが歴史の常であった。
ゆえに、私はそうした悲劇をいかなる意味でも起こさぬために「英知を磨け」と叫ぶ。訴えに訴える。

わたしなどが付け加えることなど何もない。

そして23日。
この日は、ナチスと戦った喜劇王チャップリンのことを引かれて指導されている。
チャップリンが、たった一人で「笑い」をもって権力に戦いを挑んだことは有名なエピソードであるとだけ書いておきたい。


80号には「湾岸戦争への緊急アピール」が掲載されている。
いかに先生が戦争を憎んでおられたかは、明々白々である。

ここで先生は三つの提言をされている。
第一に即時停戦。
第二に再戦防止の措置。
第三に頭を冷やして、話し合いを行なうこと。

――と。

これは戦争が起こった場合であり、戦争を起こさないために何が必要かを考えるとするなら、順序が入れかわると思えばいいだろう。

つまりは、まず「対話」ということである。


月が変わって2月になると、先生は沖縄各地を訪問されながら、徹して平和を語っています。
沖縄入りされたその先では、まずまっさきに湾岸戦争の早期終結を祈られています。

そして、簡単な挨拶のあと、先生が沖縄を初めて訪問されたのが、昭和50年7月16日であるということからスピーチをはじめられています。
言うまでもなく、7月16日は、日蓮大聖人が「立正安国論」を提出された日です。
なにをかいわんやです。

そうした師匠が、いまの公明党を見てどう仰るか、安保法制を見てどう仰るかなど、考えるまでもないことです。


また、別の号を眺めていて、テロの起こったトルコについて語っていたり、トルコの大使と対話しているものがあって、なんとも言えない気持ちになった。
トルコ国家の歌詞は素晴らしいと先生は仰っていた。
ということで、テロで犠牲になられた方々を思い、国家を聞いておこうと思う。



1.恐れるな、消える事は無い、この暁にはためく紅の旗は
消える事無く我が祖国の上に燃える最後の火
それは我が民族の星、光瞬いて
それは我がもの、それは我が民族のものなのだ

2.顔をしかめるな、私が犠牲になろうとするのに、優しき新月よ!
英雄的な我が民族に微笑みたまえ、何を激す、何を怒る?
貴方がそうせぬのなら、流された我々の血は後に許されよう
正当な権利なのだ、真実(の神)を信じる者、我が民族の独立は!


権威権力を「恐れずに」戦った、民衆の強さを歌った歌詞である。


ともあれ、眉間に深い皺を刻むのではなく、権力の横暴に対する激しい怒りも、「笑い」に変えて、あくまでも朗らかに楽しく戦っていこうという沖縄での指導を心胆に染めておこうと思った。

ああそれから、沖縄での指導では、非常に重要なことを話されている。
ここに書くことすらままならないような内容なので(人によってはショクが強すぎるので)触れないが、この先何があっても「覚悟」をもって進まざるを得ない状況にあることは、はっきりとわかった。

興味のある方は、ご自分で探して読んでみてください。

ipsilon at 20:40コメント(0) 
平和とは、おとなしく、のほほんと暮らしていくことではない。人を苦しめる「悪」と、敢然と戦っていく。非暴力で、戦っていく――その行動の中に「平和」がある。いな、そこにしかないのです。その「悪と戦う心」をなくして、みなが無気力、無関心――「どうでもいいや」という風潮になった時、それはもう、社会は「戦争」の方向に大きく傾いていると言っていい。(池田大作『四季の語らい』より)


ここに先生の心は明確ですよね。
であるならば、師の心をわが心としていくのが弟子のあるべき姿ですよね?

この箴言は、『四季の語らい』の「平和・教育」という章の一番はじめにある言葉です。
心ある人なら、その意味ぐらいはわかるでしょう。

嘘をみて見ぬふりをしたら、自分が嘘つきになるんです。
わたしはそうなりたくないだけです。

例えば、公明党の北側一雄、遠山清彦議員。
彼らは先の衆院選で集団的自衛権には「反対」とアンケートに答えておきながら賛成したわけです。
ネットでも、こうしたことは簡単に調べられますよ。
しかも遠山さんの場合、そうやって「反対」を表明していたFacebookの記事はさァ、削除してるんだなァ。
なーんて狡猾なんでしょう!

そして現実はどうだったんですか?
自語相違して、安保法案に賛成し、安保法案を安保法制にしたではないか。

嘘つきを信じて支援すれば、その人もまた嘘つきになる。
当たり前の理法さえわからない人たちがいるから、わたしは「それはおかしいよ」と伝えようとしているだけです。

正す正さないはその人たちの自由。
わたしの責任の及ぶ範疇ではありません。
聞く耳をもった方は正すでしょうし、そうでない方は、一生涯そのままなだけです。

山口代表もまた嘘つきである。
消費税増税と低減税率を最後の最後まで推進しておきながら、英国のEU離脱を受けて、消費税増税延期は実はEU離脱を予測して決めたことなんだと大嘘を平気でいうわけです。
「新しい判断です」と平気な顔をして言ったんですからね。

板橋区議会での共産党攻撃も公明のデマでしたよねェ。
事実確認さえしないで、共産党のやってることは違法行為だと議会で言及した。
偏見以外の何ものでもないでしょ。

では色々調べてみましょうといって調べたら、共産党はなんの違反もしておらず、結果、公明区議は発言を撤回して謝罪したじゃあないですか。

「防衛費は人を殺すための予算」。
確かに失言な部分はある。
でもこれはある部分では事実ですよね。
武器や兵器にそれ以外の使い道があるなら、教えて欲しいくらいですよ。
無論、防衛費の多くは自衛隊員のいのちをささえるために使われていることくらい、わたしだって知ってますよ。


しかしメディアや愚民は、舛添氏のときもそうだったが、叩きたい勢力を叩くことしか考えていないのか、公明の板橋区議の件などこれっぽちも触れずに、共産党叩きに必死なわけです。

また、藤野氏は一応は党の役職を辞任するという形で責任をとったわけですが、公明板橋区議はどうなんでしょうねェ。調べてみたらいいんじゃないですか。

こういうところに人間性というものが現れているのでしょうが、愚民はそんなところまでは見ないで――
「ほれみろ! 共産党はやっぱり共産党じゃないか!」
と大喜びなわけです。
そして共産党叩きの言葉は、ほとんど全て感情論、あるいは偏見ですよね。
こういう事実がある。そういうことの提示や認識を行っていない。

嘘つき、何でも反対するから、何でも批判するから、汚いやり方をするから……etc。
それって、ただ単にあなたの感情論ですよね? どこに事実の認識があるんですか? ちゃんと事実を提示しなければ、まるで説得力がないんですがね。
けれども、こういう事実無根の感情論(つまりデマ)にね、愚民というのは扇動されて心理操作されちゃうんですよ。(多くの人が言ってるんだから、あながち嘘じゃないんだろうな……という大衆心理というやつです)

その大衆心理操作の恐ろしさを自覚せず感情論をいうことがいかに危険かすら認識していないのですから、愚民というしかないわけですよ。
所詮、愚民のやる共産党叩きなんて、この程度のレベルなので、騙されないようにしましょう!

情けないやら、悲しいやら……。

共産党が呼びかけて実現した32の小選挙区の統一候補の擁立。
(実際の呼びかけ人は小林節さんですけどね)

これが実現したのは、憲政史上初めてのことなんですけど、そのこともなるべく触れないようにしているメディア。
公明にしても、他の党にしても、野党時代にここまで本気になって、わが身を切ってまで(自分たちの立候補者を取り下げて)、真剣に戦ったことがあったんですか?

裏を返せば、今の日本の政治はそれだけの危機的状況にあるということなんですよ。
党派とか派閥とかいってられない。超党派で協力しあってでも、戦争法を阻止しなればいかんという状況なんですよ。
この「超党派」という思想は、先生がもっとも政治の世界に期待して止まなかったことなんですけどね。
それを「野合」と罵る自公。
人間として恥ずかしい。人間としてね――。


というよりももっと悲しいのは、またしてもトルコの空港で連続自爆テロが起こってしまったことですよ。
またしても、多くのいのちが理不尽に奪われたことなんですけどね。
R.I.P. 亡くなられた方々へ。

ipsilon at 10:00コメント(0) 

2016年06月29日




とにかく励ませばいいんだ、などと乱暴なことをいう人に、わたしはずっと違和感を抱いてきた。
頑張れ、頑張れ! (いまその人が必死にやっていることを応援すればいいんだ!)
そういう声や、声にならない心の声にずっと違和感を覚えてきた。
何かがおかしい……と。

今朝、この動画を聞いて、励ます、あるいは励みの意味がわかった。

励むとは正しい道を歩むことを励むのであって、励ましとは正しい道を歩いていこうと励ますことである。


ともあれ、マルクス主義の正確な理解さえできず、未だに共産党叩きに邁進する人たちが多いので、以下にE・フロムが、正しいマルクス主義について語っている部分を抜き書いておこう。
驚くほど『仏陀の真理の言葉』に近いことを言っているのですがね。


マルクスは、自由で意識的な能動性(すなわち人間の能動性)は「人間の種としての性格である」と書いた。労働は彼にとっては人間の能動性を表わし、人間の能動性は生命である。一方資本はマルクスにとって蓄積されたもの、過去、そして結局は死せるものを表わしている。
資本と労働者の争いが、マルクスに対して持っていた感情的電荷を十全に理解するためには、それが彼にとっては生と死、現在対過去、人間対物、あること対もつことの戦いであったことを、考えなければならない。
マルクスにとっての問いは、「だれがだれを支配すべきか」――生者が死者を支配すべきか――それとも死者が生者を支配すべきか――であった。
社会主義は、彼にとっては生者が死者に勝った社会を表していた。



こうしたことを学ばずして、マルクスの後裔たちが捻じ曲げてしまった社会主義や共産主義をあげつらってマルスク主義を批判していること自体がおかしいのである。
フロムは言う。マルクスを知りたいのであれば、マルクス本人の言葉を読めと。マルクス主義を解説した本など読むなと。
一次資料を読む。わたしからすれば、あまりにも当たりまえなことなんですけどね。といいながら、フロムの書からマルクスを学んでいるんですがね。

マルクスの思い描いた社会主義は、物に隷属し、物ばかりを求める、死した人間たちの支配に屈するなということだ。
マルクスはまた、生きた人間の代表格を、自由で意識的で能動的な人々を、労働者の中に見いだしていたということなのだ。
働くことそれ自体に喜びや幸福感をもっている。マルクスはそうした人間性、ひいては働いているときに起る、人間生命の輝きこそ最上のものと見ていたのだろう。

戸田先生も似たようなことを仰っている。
わたしは、働かない者を信じない、と。
働くことに喜びを見出せないものは、信心をしてもよい結果を生まないということを熟知していたからだろう。
まあ、ずっと無職のわたしが言っても、なーんの説得力もないでしょうけどね。

だがそうしたマルクスの思想は変節され、資本家階級対労働者階級という構図に歪められてしまったということだ。
別にマルクスは資本家という人間を憎みはしなかっただろう。彼が憎んだのは、物に隷属し、そのことに喜びや幸福を見出そうとしているその奴隷根性をもった、死せる人間性に対しての怒りなのだ。いな彼はそれを人間性とすら見たくなかったのだろう。人間以下、畜生あるいは餓鬼とみていたのだろう。


死んだまま、生きるなかれ。
仏陀も同じことを説いているわけです。

つまり、励ましとは、あなたの中にある人間性(ひいては清い生命の法)に従って生きましょう! という掛け声であるべきなのだ。


人間の能動性は生命である。
素晴らしい言葉ではないか!


「人間」が一切の中心である。これまでの近代日本は、ある意味で「人間である前に、日本人」であった。だからであろうか、他国の人には、いくらでも残酷になれた。これからは「まず人間」でなければならない。第一にも、第二にも、人間であれ。第一にも第二にも、人間としての自分を磨け。その「人間主義」に、世界に通用する根本の道があり、日本が進むべき真の国際化の道がある。(池田大作『四季の語らい』より)

人間である前に、日本人――。
今まさに、そういう論調が急加速している。中国が北朝鮮が……。
彼らを人間と見る前に、別の国のヒトとして見ているではないか。

やたらに「日本」という言葉にこだわる自民党。「美しい国、日本」でしたっけ。あるいは、国旗、国歌に敬意を表せとかね。
これらは、人間である前に、日本人たれという思想を煽っているわけだ。ステマとも、マインドコントロールともいえよう。
そしてその自民と協調路線を歩む公明も同罪である。

なぜ時代をわざわざ近代に戻す必要があるんだ?
こんなことにも気づけない愚かさとは、いったい何なのだろうか?

ipsilon at 09:31コメント(0) 

2016年06月28日



正邪でも善悪でもないんですね。
自分のこころが、清らかか、濁っているかなんですね。

世間で起こっていることはほとんど全て不浄。
清らかなのは、真理を知ったこころだけ。
そうあるためには、倦まず、弛まず、こころを清らかにする修養の実践が必要なんですね。

今やったことが未来を創る。
現在を憂えば、未来もまた憂う。
だったら楽しめばええやん! だったら喜べばええやん!

わかっちゃいるけど、それが難しいんですってば、仏陀さん。

やり方、教えて!!
いやまあ、半分は知っているような、わかっていないような……なんですけどね。
でも、自分で見つけなければ納得はできない。そういうことなのだろう。


この世界(娑婆世界)に生まれてきたなら死ぬと覚悟せよ。
みんな最後は死ぬんだから、わざわざ殺すなかれ。

わかりやすーい!!


ipsilon at 10:27コメント(0) 

2016年06月27日

一応、全段を拝読しおえて、わたしの中では、こんな風に記事にすればいいかなというものは出来あがっていたが、それから2、3日たってからの記事になる。

本文を引用して、つらつらとわたしが感じたこと、思ったことを書いていく。
そういう形がいいかな、とも考えたのだが、後半部分はかなり難しく深い内容になっていると見えたので、そうではなく、自分の言葉でまとめてみようと思う。


謗法、権力、主権、武力行使、後半は今まさに学んでおくべきことから成り立っていた。
鎌倉時代というのは、形式的に見ても、主権は鎌倉幕府、ひいては執権職に主権があった。
実はこの意味が非常に重要であることに気づいた。

ではその主権者は、国家に対して一体なにをなすべきか?
日蓮は『立正安国論』で、それを問うている。特に今で言えばその主権者である国家がもつ軍備をもってなにをなすべきかを問うているといえよう。

日蓮は様々な経典を引用しながら、説いていく。
すなわち、軍備というものは、正法(大宇宙の法則=生命の法則)に背き、武器や暴力をもって反抗する輩に対して、(当時)主権者であった鎌倉幕府(実質的には執権職にあった北条氏)が、暴力的反抗を鎮圧する目的で行使することのみ、許されていると説いてゆく。

簡単にいえば、軍備というものは、主権者が正法に背く暴力革命を阻止するための道具としてだけ、その存在が許されるということになろう。

ただし、早まってはいけない。日蓮は決して暴力革命を肯定しているわけではないので。
日蓮宗がカルトだとか云々いう人は、『立正安国論』のこうした部分だけを見て、言っているということなんですけどね。

繰り返しになるが、日蓮は、あくまでも主権者と軍備の関係を言っているだけですからね。
しかし、それを宗教的立場で見るとこうなるとも説明されています。

謗法、すなわち誹謗正法(ひぼうしょうぼう)とは、仏教の正しい教え(正法)を軽んじる言動や物品の所持等の行為を指し、 誹・謗とは“そしる”、つまり貶(けな)す、腐(くさ)す、非難するなど、悪く罵(ののし)ることなわけだが、その謗法というものは、主権者が軍事力を使って、相手を殺害してまでも正さなければいけないほどの極悪であるということなのだ。

日蓮は、こうした謗法の極悪さを、先に述べた五戒よりも悪である五逆罪――父を殺す。母を殺す。阿羅漢(覚りを得、人々のために法を説く者)を殺す。仏身より血を流させる(つまり様々な暴力)。教団を内部分裂させる。――と比較しても、遥かに極悪であるとも説明している。

だから、謗法を働くものは、主権者が軍事力をもって殺害してもよいとさえ経典にはあるのだ、と説いたということですね。

しかし、日蓮は最後の最後にこれを見事に逆転させてみせるんです。
であっても(謗法がいかに極悪であっても)、その者を殺してはならないし、何者をも殺してはならない、と。

それが以下の一文である。

法華経の第二に云く「若し人信ぜずして、此の経(妙法蓮華経)を毀謗せば、乃至その人命終して、阿鼻獄(無間地獄)に入らん」と。

え? それは日蓮の言葉ではなく文証じゃん、と言うのでしょう。だから凄いのです。私言ではないということがね。
きちんと歴史的証拠として文証を提示せずして、いくら説得力のある私言を吐こうが、それは私見でしかないからです。
日蓮は、この箇所で、法華経方便品だけではなく、法華経不軽品、涅槃行の文も引いていることには重大な意味があるわけです。各々は時間的に異なる時に説かれたという意味を考えて頂ければ、わたしの言わんとしていることはわかることでしょう。
別の時代であっても同じ真理に辿りついていたことが伺える。
つまり、同じ内容の文証が存在するということは、真実が歴史的「事実」として顕れているということに他ならないということになるからだ。

つまり、いくら謗法が極悪であったとしても、謗法を働いている者が、自分のやっていることに気づかずにいたところを殺してしまえば、主権と軍事と正法庇護という立場から見て正しい殺害であっても、結果として、ありとあらゆる生命に宿る、仏になれる可能性(仏性)という種子を断ち切ってしまうことになるから、例え謗法を犯している人であろうと、寿命がくるまでは殺してはいけないと経典にはあるんですと、日蓮は説いたのである。

これが日蓮の本意の中の本意であり、これが生命尊厳を堅固に訴えきって一生を終えた人物の本当の心なわけです。
何があっても絶対に殺すべからず。簡単な言葉にすればそういうことになるでしょう。

蛇足になるが、核兵器や原発による核廃棄物は、種子の破壊――種の絶滅――につながるからこれも絶対悪なわけだ。絶滅した恐竜が二度と再び再生することはありえない。これは人類にも当てはまるからだ。
これももちろん、先生は明言されている。


実際の『立正安国論』では、ここまでくるあいだに、絶対的なくらいに、正法を信じない輩がいるんです、などとも語っている。
名づけて一闡提(いっせんだい)がそれです。そして今(鎌倉時代にあって)、最も正法から背き、正法を誹謗しているのが念仏信仰であると語っているのですが、ここのくだりは、それぞれが学べばいいと思います。

まあ、日本は一闡提が暮らす国だってことくらいは、知っておいたほうがいいですね。
現に、正法(妙法蓮華経)に帰依(帰命=南無)している人を馬鹿だ、糞だ、カルトだと最も罵っているのはかくもあろう日本人ですからね。


とまれ、その辺りはそれぞれが学ぶべきところかと思います。
わたしは、こうした公共の場で浄土宗の信仰をしている人を非難するつもりは毛頭ありませんしね。
つまりそれは、日蓮が『立正安国論』の中で述べている精神ともある意味では合致するからです。
国が滅んでしまっては、広宣流布という布教活動など何の意味もない。ゆえに個人攻撃などしている場合ではない。だから大事なのは、まずは主権者が、正しい軍備の使い方を知り、無暗に人と人が殺しあわない国家・世界(今でいえば地球社会)を作るのが先決である。
順番からいえば、広宣流布を進めるのはその後だという精神になるからです。

もっとも、それじゃあいつまでたっても広宣流布は進まないので、国家に平和を築きつつ、同時進行で布教もすれば一番いいよねという態度を取ったのが日蓮なわけですね。
それを言葉で表現すれば「王仏冥合」というものになるのだと、わたしは今回、確信しましたけどね。
国家安泰だけを願うのでもなく、かといって誤った信仰をつづける個人を正法に帰依せしめることだけを願うのではなく、その双方をバランスよく行っていく。これが仏法中道ということになりますからね。

だが残念なことに、学会二世として生きてきた40数年間にそうしたことを正確に教えてくれた人はいなかったんです。無論、正確に知ろうとしなかったわたしが一番悪いのですし、それを他人のせいにつもりはないのですがね。

ようするに、いまの学会員の大多数はこうした、主権者と軍事と国家の安泰と布教との関係を知らず、広宣流布(布教)することだけが立正安国につながるという、まったくもって日蓮の思想精神からかけ離れた行動をしているということです。


さてここで、視点を変えます。
鎌倉時代は、主権者は鎌倉幕府であり、なかんずく執権の北条氏にあったわけですが、今現在の日本はどうでしょうか?

言うまでもありませんね。主権在民、主権は国民にあるわけです。
であるから、軍備はその主権者が、謗法を侵すものが暴力革命などを起こそうとした場合のみ、武力行使という形でもって、その使用を許すということになります。

しかし、今の自公政権はその主権者の権利をまったく顧みず、根拠すら曖昧にして、そもそも主権者でも何でもない政治家輩が身勝手に安保法制を可決し、いままた憲法改正に手をつけようとしているということです。
実に単純明快なことなのです。
こんな間違ったことをしているのを、断固わたしは許しませんよ。
そして、こうしたことを知らず、また知ろうともしないで自公を支援する今の(勝手に名前をつけるなら)創価学会多数派あるいは執行部派に唯々諾々としたがう謗法の輩々を決して許さないのです。


また、先に述べたきた部分とこれまでの部分を鑑みてくると、軍事力をいかなる場合に使用していいかということも、日蓮は言外に語っているのですね。

主権者が謗法を打ち砕くための武力行使は一応はOK。
でも究極的にはそうした謗法の輩、一闡提であっても、誰一人たりも殺してはならない。
じゃあ軍事力は何のためにあるの? それを問いかければ自然と答えは出るわけです。

すなわち、自衛、正当防衛、専守防衛です。
軍事力をこれ以外に使用することは、人道的にいってもあらゆる道に背くことなど、自明の理なのです。
なにが抑止力ですか……阿呆くさいってなものです。
随分とまた美しい言葉ですが、悪い言い方をすれば、「恫喝」ではないか。


ゆえに、安保法制は戦争法なんです。
いかなる理由があろうと、どんな極悪な謗法者がいようが、殺してはならない。
唯一、武力の行使が許されているのは、自衛、正当防衛、専守防衛のみです。もちろんこれも必要最小限度です。殺されそうになったから殺していいのではありません。
出来る限り、相手を殺さない程度に自分の身を守るというのが本意ですよね。

であるはずなのに、なんですか、あの戦争法は?
武器の使用を緩和。そして海外に自衛隊の海外派遣を可能にした。
『立正安国論』にはじまり『立正安国論』に終わるんですよ、なんて言ってきた学会員さんたちは、こういうこともわからず、とりあえず教わったことを題目のごとく言ってきただけということじゃあないんですか?


なぜ日蓮は後半生、時の執権への諫暁をやめて民衆に仏法を根付かせようとしたのか?
この理由はひとえに先見の明にあるんでしょうね。
今(鎌倉のこの世間で)は、主権は北条執権にある。だが、数百年後には、恐らく国民主権になる。
日蓮は数百年も前にそのことを見抜き、確信していたとしか思えない。

それなのに、未だ学会執行部派は、われわれの使命は政治権力に訴え、平安な国家をつくればいいんだという古臭い思想を棄てきれていないわけでしょうね。
これこそ国家諫暁なんだ! とか間違った勇み足をしているのでしょうね。
先生はそんなことを勧めてはおられません。

深く大きく境涯を開き、目の覚めるような 自分自身と創価学会の発迹顕本を頼む
と仰っているわけです。

ここに、いままでの学会が迹であったことは明確ではないですか!!
これまでと同じやり方をしていて、発迹顕本が出来るんですか?
これまでと同じ選挙屋をやっていて、発迹顕本ができるんですか?
考えるまでもない自明の理がここにあるんです。
大体において、大聖人の発迹顕本がいかなることでもって為されたかを考えれば、こんなことはすぐに気づけるはずなのだ。
民衆たちが、殺されても権力に屈しなかったことをもって発迹顕本したんですよ。
それをなんですか、公明が自民に擦り寄ってさえ、非難せず、いな、かえって支援するとか、ありえないことだ!!


古い時代のものになるが、先生は明確に創価学会の存在意義を言いきっている。

一、創価学会は、永遠の民衆の側に立つ
(権力の側に立つなどと仰ってはいません!)

一、創価学会の実践は、人間革命の運動である。
(選挙活動の運動であるなんて言ってません!)

一、創価学会は、仏法中道の大道を歩む
(極右を歩むとは言ってませんし、政治屋になれとも言ってません!)

一、創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある
(明確そのものです! 平和を破壊することに手を貸してどうするんですか!!)

一、創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する。
(言論の自由が脅かされている今、そうした脅かす勢力に味方するとか、ありえない!
「死守」の意味を深く噛みしめるべきである!!)

以上が、先生の提言された「五項目の基本理念」である。


以下に先生が語られている「創価学会の社会的意義は、平和を守り、人間文化の興隆にある」の一部を抜粋しておきます。

平和にせよ、真実の文化にせよ、生命が無上の宝であるとすることによって成り立つものであります。
(中略)
この生命の尊さを真に感じ、因果の理法の厳しさを覚知するならば、殺生の大罪たる戦争を起こすことは、断じてできないはずであります。私ども仏法をたもつ者が、なさねばならない第一のことは、釈尊の不殺生戒の功徳にあたるといわれた寿量品の、更に文底肝心の妙法をもって、殺生の大罪を犯す愚かさを見抜く英知と、これを食い止める清らかな生命力のすべてを人々の心中にわきださせることであります。


学会執行部派は、この参院選でいったい何を語ってきたんですか?
アベノミクス? あるいは安保法制は「歯止め」であり、公明はその「歯止め」の最たるもの?
あるいは、安定の自公ですか? あげくのはてには共産党攻撃ですか?

そのどこに「殺生の大罪を犯す愚かさを食い止める清らかな生命力を人々の心中にわきださせる」という行為があったんですか? 生命は尊いんだ! という論旨を語っていた執行部派をほとんど見た事なかったんですがねェ。どういうこと?

少なくともわたしは、殺し殺されるようなことになるから駄目なんだ!!
ずっとそう語ってきたつもりですがね。


会則変更にしても、ご祈念文の変更にしても、それは生命尊厳をより強く訴えていくためのものであるなら、わたしは納得した。
だが違うじゃないか。世界宗教に? 何を戯言をいっているんだ。ただ単に、学会本部がSGIの個性的な運動を認めようとせず、学会本部が宗教界の専制君主になろうとしている行為なだけじゃないか。
大体において、大聖人は政治であろうと宗教であろうと、一極集中せよなどと仰ってはいない。

其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ(高橋殿御返事)
と仰せなわけだ。
その国の人々の自主性、主体性をこそ尊重すべきなんですけどね。
国連だって一応はそういう方向に舵を切っている。だからPKOなども、問題を抱えているご近所の国が警備や警察行動をしようという流れになってきたんですよ。
遠く、よく知りもしない国にいって、その国とそこに住む人々のことを真剣に考えるなんてね、そう簡単にできないからですよ。

そもそも、リーダーシップというのは、権力を使って皆を統制することではない。
手本となる行動をしていく。先駆して見本となることをいうんですよ。
政治の世界だって地方自治こそ進めるべきだというのが自明の理ですからね。
それを世界宗教になるための前進だと喜ぶ愚か者どもがいる……しかも、部外者の佐藤なんちゃらを広告塔にしてね……実に情けない限りだ。

あいつがナイツとの対談で何て言ったか知っているんですか?

安保法制を否定する人たちは、「だって池田先生がという主語をつかうが、それは止めたほうがいい。私がと言うべきだ」と宣ったわけだ。

つまりこれは、結果として純真な学会員が「先生」と言えなくなる状況を作ることになる。
宗門と、その輩に丸め込まれ、当時の執行部が、先生と会員を分断した手法と同じではないか!!
つまり、「師弟」の破壊を勧めているんですからね。
こいつだけは絶対に許さない!!

それにしてもナイツの塙氏の言葉も酷いですね。
「そんなこと(政治的判断)は一人一人が考えればいい」とか言ってますが、組織をあげて、戦争法に反対している人を排除したり、恫喝したり、丸め込もうとしている現実があるのに、よくこんなことが言えるものですよ。

わたしはね、いま猛烈に怒ってるんだ!!

ipsilon at 14:11コメント(0) 
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