2017年01月

2017年01月30日

笑っちゃうくらい多くの偉人が「自分らしくあれ!」と語っているんだなァ。
これらの中で、わたしが最も学んだのが、スティーブ・ジョブズなんだけどね。
久しぶりに生声動画でも貼りますか。ジョブズももう故人になってしまったが、言葉はこうして厳然として幾ばくかの真実を伝え残しているのだから。
とはいっても、傾ける耳をもっていなければ、見ても聞いても、何の意味もないんですがね。




ともあれ、リンク先のなかで傑作だと思ったのはこれ。

自分が正しいと思うことをすればよろしい。しても悪く言われ、 しなくても悪く言われる。 どちらにせよ批判を免れることはできない(エレノア・ルーズベルト)

このことは、ブログを通して実体験してきました。何を書いても難癖つける人はつける、ということをね。だからわたしは今ではどんなことがあっても自分の思いを自信をもって素直に書ける自分になれたわけ。
そういう意味では、難癖をつけてくれたおかげで、わたしはエレノアの名言が真実であると知れたわけですから、難癖つけてくれた人は恩人になるわけだ。つまりはそういう信念と感謝を持てることが仏道をゆくということですからね。


エマソンの言葉もいいですね。

自分に何ができるかは、自分以外の者には分からない。いや、自分でもやってみるまではわからないものだ。
そう、体験してみるまではそれがどういうものかは、自分にもわからない。
それがどういうものかをわかろうとするには、反省が必要なんだな。とくに「書く」という作業を通すと、これがやりやすいわけだ。この反省が深いものになると、内観になり、観心本尊になるというだけのこと。

唱題は魔法の呪文じゃあないんです。自分の心がなにをどのように感じたかを見るものです。
何がどのようにを深く深く追求すると、当然、それは真実に到達するだけのこと。
だから本当の唱題には、願いや祈りというのは必要ない。あえて言うならば、真実を覚りたいという祈り以外いらないんですな。でもそれがわからず、私利私欲、様々な執着や欲望を叶えようとしている人が多い。むしろ、釈尊はその執着を捨てろって言ってるの、大聖人もそう言っている。病気? そんなもん「生老病死」の四苦ですわ。避けて通れないんですよ。避けて通れないなら、避けなきゃいいのに、とにかく治すんだということに執着する。病気も味わえばいいだけなのにね。それがわからない。これはもう仏法じゃあないの。釈尊の言葉に耳を傾けることさえできない。それでいて仏法者気取りだもんね。つまり間違った信仰をしているわけだ。可哀想なことですがね。

老子曰く――。
他者を知ることは知恵。自分を知ることは悟り。
だそうだ。ほんと、そのとおりなんだな。


おっと脱線した。エマソンに戻ろう。

あなたが今、夢中になっているものを大切にしなさい。それはあなたが真に求めているものだから。

これも何度も記事にかいてきたことだ。
自分が楽しいと感じることをまずやってみることだ、と。

だからわたしはその人が音楽に興味をもち、頑張りはじめたなら、それを讃嘆して応援した。
どんどんやりなよ! 自分の感受性を信じることから、ものごとは開けるんだから! という気持ちで。
でも、中には「今はそんなことをしている場合じゃない!」とかいって叱る人もいるらしい。

せっかく現れた自主性、主体性をなぜ潰そうとするのか、わたしには一向理解ができない。
わたしも確かにそういう言いかたをしたこともあったが、それは状況が違ったんだな。
その人自身が命を繋いでゆくために必要なものを、他者に奉仕しようとしたから、「そんな馬鹿なことはやめろ!」と叱ったのだ。
当たりまえでしょ。まず自分が生きていなければ、他者に奉仕もできないんだもん。

だけど、その人自身が出来る範囲ではじめ、例えば経済的なこともちゃんと考慮して、今の自分に見合った値段の楽器や機材を買ってやりはじめたことまでは絶対に否定なんてしないんですよ。
むしろ褒めますよ。誰に相談することもなく、自分で考え自分で判断して自分から行動したってことですからね。素晴らしいことじゃないですか!
それに何よりも詩を書くということは、自分自身を見つめることでもあるわけだからね。


とまれ、かくいう自分も、いまだに何がしたいのかがわからない……。
だから困ってるんだけどねェ。だから何かしたくなるまで、何かしらをして生きているってわけだ。



人間は、それぞれ考え方や、ものの見方が違うのが当然である。その違いを認め合い、受け入れられる広い心を持つことが大切である
(新渡戸稲造)


新渡戸さんも素晴らししいね。
自分は違った文化をもつ日本とアメリカの架け橋になるんだ。そういう思いで、『武士道』を英文で書いたりしたわけで。そういう視点でいま一度『武士道』を読みなおしたら、以前とは違ったものを感じるんだろうな。

ipsilon at 10:16コメント(3) 

2017年01月29日

きっとそうするんだろうとは思っていたが、本当に心の芯から公明に絶望した。

共謀罪とは、いわゆる「平成の“治安維持法”」であることなど、それなりに政治的、歴史的知識のある人であれば常識のことである。
その治安維持法。かつて牧口初代会長を獄死にいたらしめ、二代戸田会長の心身をぼろぼろにした、悪名高き法案を容認する公明、そしてその公明を支持支援する創価学会になど、はっきりいって微塵の希望もないだろう。

かつてヒトラーも言った。
この法案は一般人は対象外ですから、と。
かつての日本政府もそうだった。
一般人には適用されませんから安心してください、と。

だが結果はどうだったか?
もはや歴史的周知の事実だが、「政府に対して都合が悪いと為政者が恣意的に解釈して、罪にあたいする対象を拡大したのだ」。

こんな恐ろしい、そして何よりも創価の原点である、決して許してはいけない法案を容認するなど、ありえないことだ。
しかし、そんな創価公明であろうと、批判するべからずというのが、昨今の狂信・妄信学会員の強弁だ。
誠に恐れ入るしだいだ。




2012年、安倍政権が誕生した。
その年くらいから御書『立正安国論』にあるとおり、太陽が二つ見える現証すら起こっている。いい加減に目を覚まさないと、創価公明支持者はまじめに地獄行きですよ。



つまり、どういうことかといえば、極端にいえば、例えばこういった政治的意見を持ち、それを誰かに語ることも出来なくするのが「共謀罪」であるということだ。

読んだ本の感想を自由にいうこともまかりならぬ。読んだ本の感想を書いた。その感想に共感のコメントを寄せた。こういうことさえ政治的意図があると恣意的に――政治的犯罪の思想を共謀したと――解釈され破壊行為であると取り締まられかねないのが共謀罪だということだ。いわんや、政治的結社の自由も当然のごとく奪われる社会になるということだ。もちろん、ブログで好き勝手なことなど書けない世の中になるということだ。
そう、あのジョージ・オーウェルが小説で描いた『1984』の世界がこの日本で現実になるということだ。

先生が何があっても死守すべきと叫んできた「思想・信条の自由」「言論の自由」――つまりは信仰や宗教はこのふたつがあってはじめて成立する――ことをぶち壊すのが「共謀罪」だということだ。
こういうことさえ理解できないで創価公明万歳とかやっているような輩は、どうしようもない偽善者だということだ。はっきりいえば、仏法を破壊している者にほかならないのだ。

参考「日弁連は共謀罪に反対します」
簡単にいえば、「疑わしきは罰せず」が刑法の基本中の基本だということです。
しかし共謀罪は「疑わしきも罰する」という恐ろしい法案だということです。

証拠もなにもないのに、為政者(捜査機関など)が疑わしいと解釈できれば、誰でも監獄にほうりこめるのが共謀罪だということです。
「お前いま、この店であの商品を盗もうと考えただろう? そしてそうするにはどうするのがいいんだろうね? と友人に訊いただろ? その友人は『それって万引きって言うんじゃない?』と証言しているぞ」。従って共謀罪にあたるため逮捕だ。こうなるということですよ。

ipsilon at 19:56コメント(0) 

2017年01月28日

懶惰なわたしにしても、いくらなんでも読み終わるの遅すぎるだろうというペースです。
だって、物語の中でなにも起こらないような展開がつづくんだもん。

しかしこの「大しておおきなことが起らない」という“平凡な日々”こそが素晴らしいのだという漱石がおそらく伝えんとしている部分はスルメを噛むように味わってきました。噛めば噛むほど味がでるんですね。

宮台真司氏のつかった言葉でいえば“平凡な日々”とは、「終わりなき日常」であり、ともすると例えばこの作品前半のように、このような退屈な日々が続くのを読むことは楽しくないと感じる人もいるのだろう。
半分はわたしもそういった感覚を覚えましたけどね。
なんで『門』はこんな退屈な物語なの……と。

しかし、そこにあえて意味を見いだすと、ほうほうそうですか、漱石さん。平凡な日々こそ幸福なのだと語りたいのですねということが見えてきた。


夫婦は例の通り洋燈ランプの下に寄った。広い世の中で、自分達の坐っている所だけが明るく思われた。そうしてこの明るい灯影に、宗助は御米だけを、御米は又宗助だけを意識して、洋燈の力の届かない暗い社会は忘れていた。彼等は毎晩こう暮らして行く裡に、自分達の生命を見出していたのである。

この部分、読んでいてたまらなく心が安らかになって温かい気持ちになった。
そう、そなんだよね。社会悪がどうのこうの、そんなことを口角泡を飛ばして批評したところでね、自分の生命の見えていない者からしたら、見えない暗闇を知ったかぶってあれこれ言っているだけですからね。
自分と自分を映してくれる最も身近な相手――ここでは宗助と御米――同士でさえ照らしあえないで、互いの周囲を明るくできなくて、社会に光明をもたらすんだ! などと粋がってもね……。
きっと漱石はそういいたかったのだろう。
文中にある「例の通り」といった文句は作中なんども繰り返し用いられていたりします。


自分は自分の様に生まれ付いたもの、先は先の様な運を持って世の中へ出て来たもの、両方とも始から別種類の人間だから、ただ人間として生息する以外に、何の交渉も利害もないのだと考えるようになってきた。

これは作中では宗助の性格がこうだという表現をとられているが、ようするにこれは漱石の生きるということへの考えが以前とは変わったということを言っているのであろう。
かつては物事に執着し、これはこうあるべきなどと粋がっていた宗助とは、かつての漱石なのだろう。
また、いわゆる漱石の提示した「個人主義」が、この文章にはっきり現れていよう。
簡単にいえば生まれ持っての運が人それぞれにあるのだから、そこをわきまえずに「こうあらねばならぬ」などと言うことはおかしなことだというのが、漱石の個人主義であり、いい換えれば個々人の個性を大切にする社会を望んでいたのだろう。


(宗助)夫婦と(大家の)坂井とは泥棒の這入らない前より、これだけ親しみの度が増した様なものの、それ以上に接近しようという念は、宗助の頭にも御米の胸にも宿らなかった。

縁とは異なものだ。
大家さんはきっとこんな人。そういった宗助夫婦の先入観と偏見が、大家宅に泥棒が這入って、盗まれそこねて庭に放置されていたものを宗助が届けたことによって改められる場面にある一文だ。
ひょんなことで人は偏見を改め、それまでより近しい関係を作っていく。しかしそうした縁は自然なものであり、なにか無理に近しくなろうとするような不自然なことをしてもしかたない。そういう漱石の自然主義が現れた箇所だろう。

どんな縁であっても、それを価値的にして人は近しい関係を築けるものだ。
そうも言いたかったのだろうし、どんな縁であろうが、縁というものがなければ人は関係性すら作れないとも言いたかったのだろう。

そしてこの宗助と坂井。実はこの家同士は崖を隔てていると表現されているんですね。
ようするに境涯のことを言いたいのだろう。
人にはそれぞれ境涯というものがあって、必死にわかりあおうとしても、どうしても乗り越えられない崖みたいなものがあるんだよということを漱石は伝えたかったのだろう。
確かにあると思うんですよ、境涯というのは。
何もそれを、他人を批判するためにわたしは昨今使ったつもりもないのだが、どうもそういう風に捉える人が多いようでもあるようだ。


ともかく300頁ある作品の半分、約150頁まできて、まだ大したことが何も起こっていないのだ。
こうした展開から、漱石がいかに「平凡な日々」に憧れ、それを理想としてきたかが窺えるのだと思う。
なにしろこの宗助夫婦、夜な夜ないろいろと自分達や親戚、世間についても会話はするのだが、なにしろ宗助も御米も結論や答えを決して出そうとしないのだ。
読んでいて実に気持ちがよかった。
そうあったものはそうあったもの。こうあったことはこうあったこと。ただそう単純にものを見ていきることは、そう簡単なことではないが、彼らはそれを実践しているわけです。

だからといって、何か事が起きても放置しているわけでもない。
小さな物事が起っても答えも出さなければ、結論も急がない。しかし何が起こっているかは認識している。
そうして本当に大きな問題になったならば動く。そのような生き方なんですね。とにかく何というか、自然に起る物事の流れに逆らわずにそれとなく上手に泳いでいる生き様がなんとも温かいのだ。

確かに貧乏っぽいし、色々あるんだけど、味わいがあるんです。
日曜日は何かやったほうがいいけど、いつも寝て曜日になるとか、もう微笑みながら読みました。
漱石ってのは、実に庶民的で、庶民でありたかった人なんだとつくづく思いましたよ。


冒頭からしてこの「呑気さ」ですからね。
でも、狭い自分達の生き様を縁側の窮屈な寸法に喩え、自分達の知らない広大な生命の世界を大空に喩えている辺りが素晴らしいんだなァ。
町ゆく下駄の音が朗らかという表現もいいですね。世間様がまず朗らかであるのがいい。漱石のそうした思想が滲み出ているのだろう。

そして「文字」の不思議をまず語っている。うーん凄い!
文字というのは読み方(見方、捉え方)を間違うと、とんでもないことになるんだ……と。
まあここでは「(明治の)近代化」って本当にこれでいいの? ということを暗喩的に言ってもいるのだろ

はじめは立てきった障子越しの会話。
しかし文字について語りあうと障子をあける。
つまり、夫婦であっても――障子越しで――わかりあえないことがある。それをわかりあうためには、互いを見て文字や言葉で語りあうことが必要だとも言っているのでしょう。だから文字(と文字のもつ意味を正確に把握すること)は大事なんだ、と。

しかしまあ、こんな道理として当たりまえなことを(「そんなこともわかってないのか!」と、わたしのように)はっきり言うと人に嫌われるので、このような小説でそれとなく言うしかないというのは、明治も今も変わりがないのでしょうね。
漱石さん、ご苦労様です! 僕も見習おうとは思ってはいるんですよ!!

ipsilon at 20:36コメント(0) 

2017年01月16日



いわゆる NOEVIR のCMで耳にしたことのある人も多いだろう有名な曲。
タイトルを日本語でいえば「僕は君を愛するために生まれてきた」という、いわゆる恋愛というかオンリーワンな純愛を歌ったものに思えようが、多分、フレディーの伝えたいことは違うのだと思う。

歌いだしにすべてがあると思うわけで――。

An amazing feeling
とても不思議な感覚が
Comin' through
やって来て、去ってゆく。


人生というものはそういうもの。フレディがこの曲でもっともいいたかったのはそういうことだと思うんですな。
ただ来て、去っていく。そういうものなのに、来たものにいつまでも執着し、またいつまでもそれに拘る。
あの時、あの人はああ言ったんだ! だから今でも嫌いなんだ……とかってね。いらぬ執着をするのが愚かな人間であり、それが愚かな生き方なんだというのが仏法だからだ。

ただ来て去っていくものと時の流れのなかにあって、その一瞬一瞬を愛するために僕は生まれてきた。
多分ね、フレディが伝えたかったのはそういうことなんだと思うよ。

なにか運命の人がいて云々……という意味の歌詞じゃあないんだと思うんだよね。


You are the one for me
君は僕にとってただ一つの存在。
I am the man for you
僕は君にとってたった一人の男。
You were made for me
君がいることで、僕が僕になる。
You're my ecstasy
君は僕を恍惚とさせる。
If I was given every opportunity
もし僕があらゆる機会で、そうなれたなら
I'd kill for your love
君のために死ぬことだってできる。

まあ確かに、このような歌詞があると、そう思えても仕方ないんでしょうね。
でも、If I was given every opportunity と歌ってますから、すべての一瞬一瞬がオンリーワンなんだねと思いあえたならという意味にもなるんじゃないですかね。
わざわざ、every single day とか every single beat と、すべての一日一日とか、すべての心拍の一つ一つと歌っていることからも、そういうことなんだと思えるわけです。

もっとも、これは個人的な思いですけどね。

An amazing feeling
Comin' through
というのが全てだということはね。


そしてこの曲――。


なにをそんなに止めないで欲しいのか? と問うてみるとなかなか面白い。
歌いだしはこう。

Tonight I'm gonna have myself a real good time
今夜、自分自身であることで本当にいい時を楽しもうとしてる。

うーむ、渋すぎる!
だってさ、太陽が燦々と輝いている世界の中で自分自身であろうとしているのではなく、あえて、暗闇を連想させる「夜」にそういう思いを抱いているところがね、渋いの!!
つまりは、自分自身であろうとすることを止めるな! というのが多分この曲の本当の意味なんだろうね。


そしてこの曲の歌詞もいい。


Yes it's a hard life
そうさ、人生は過酷さ。
Two lovers together
だって愛しあう二人は共にあるのに
To love and live forever in each others hearts
愛し生きるために、別々の心をもっているんだから。
It's a long hard fight
それは、互いの違いを学びあい、思いやるという
To learn to care for each other
長く辛い戦いなんだ。
To trust in one another - right from the start
愛しあうということは、
When you're in love
自分と違う相手を信じることだし、それがスタート地点なんだよ。

ipsilon at 20:20コメント(2) 

2017年01月15日

なんとも古い曲だが、はじめて知った頃この曲っていうのは、世紀末や終末論といったディストピアのことを歌っているのだと思ったものだ。
しかし、最近歌詞をよくよんでみたら、なんだか違ったのだ。

ここで歌われている Final Countdown というのは、どうやら二度とこない「今」という「この一瞬」のことをいっているらしいんだな。

だから、Final Countdown のところはさ、♪臨終正念〜! って日本語直訳で歌うといいんだろうね。



And maybe we'll come back
どうかな、俺たちまた戻ってこれるのかな
To earth, who can tell ?
地球に。誰がそれに答えられる?

We're heading for Venus
俺たちの目的地は金星
And still we stand tall
それでも毅然としている。


目的地が金星とか意味深ですかね。
金星は古より「美と愛」の象徴として崇拝されてきた天体ですからね。
仏法では、金星――明けの明星――が昇ったときに釈尊が覚りをえたともいわれているとか。

Final Countdown ――なかなか意味深なようですね。

ipsilon at 17:06コメント(0) 
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