2019年04月18日

内村鑑三『後世への最大遺物・デンマルク国の話』

 ある時期から仏教を学びなおし、キリスト教を学び、ウパニシャッドを学び、またヒンドゥー教なども学んできて、最近つくづく思うのは、信仰の絶対的必要性だ。
 といっても、その信仰は神だのみであるとか、死後救われるといったものではない。
 信仰とは、最終的には「自己信頼」であるということである。

 本作はそうした内村の宗教的確信を実によく伝えている一書といえる。
 でありながら、一日あれば読める優れた冊子ともいえよう。自分を励ましたくなったときに、すぐ再読できる優れた一書だといえるということだ。


 しかしそれ(大金を稼いで慈善事業にあてる、巨大な公共事業を残す、人びとを啓蒙できる思想を文学によって残すこと)よりもいっそう良いのは、後世のために私は弱いものを助けてやった、後世のために私はこれだけの艱難に打ち勝ってみた、後世のために私は品性を修錬してみた、後世のために私はこれだけの義侠心を実行してみた、後世のために私はこれだけの実状に勝ってみた、という話をもってふたたびここに集まりたいと考えます

 己の信ずることを実行するものが真面目なる信者です。ただただ荘言大語することは誰にでもできます。いくら神学を研究しても、いくら哲学書を読みても、われわれの信じた主義を真面目に実行するところの精神がありませぬあいだは、神はわれわれにとって異邦人であります。

 本当にこのとおりであると思う。したがって信仰とはまず己を信じることにあり、信じたことを実行することであることがわかろう。そこには他律は存在しないのである。自分の信じる宗教組織や団体がそう言うから信じて行動するなどというのは、真面目な信仰者ではないのである。


 国の興亡は戦争の勝敗によりません、その民の平素の修錬によります、善き宗教、善き道徳、善き精神ありて国は戦争に負けても衰えません。

 外に拡がらんとするよりは内を開発すべきであります。

 国の実力は軍隊ではありません、軍艦ではありません。はたまた金ではありません、銀ではありません、信仰であります。


 是非におよばず、だ。
 社会は、すべて人間のやっていることで成り立っているということに気づけば、内村の言っていることが道理にかなった当然至極、自明の理を言っていることは理解できよう。
 人間性や精神性を鍛えんとせず、軍事力だ経済力だと言ってみたところで虚しいのである。人間性や精神性が豊かであれば、国が滅びようがまた復興させられるのであるから。

 内を開発すべきなのは当然である。
 ネイティブ・アメリカンは言っている、この世界には七つの方向がある、と。
 東西南北上下、これで六つ。すべて神聖である。しかしもう一つの方向は容易に示すことができない。
 なぜかなら、自己の内側にむかう方向であるからだ、と言っている。
 人間が、自己の外側にある六つの方角に気づけるのは容易である。目があるのだし、耳があるのだから。ウパニシャッドでは、方向を知るのは耳だと語られていたが、とてもまともな考え方だと感心した。目は見ている方向しか見れないが、耳は方向の如何にかかわらず音を捉えているからだ。
 ともあれ、自己の内側に向くことの重要性に気づくのは、なかなか難儀であるのだろう。
 わたしもそれに気づくのに40年近くかかったのだから……。

 神や仏を信じることは別に恥ずべきことではない。神を信じることは、畢竟神を信じている自分を信ずることでもあるからだ。そのようにしなければ、人間はなかなか自己を信じることが出来ない。だから信仰が必要なのである。だから他律的な信仰や、神だのみ仏だのみのお縋り信仰や御利益信仰は避けるべきなのである。だから、自己批判(あるいは批判してくれる他者や仲間や師匠)なき狂信妄信の信仰は避けるべきなのである。

 ウパニシャッドにも師弟の重要性が書かれていたが、後期になるにしたがって、それが神秘主義に堕落して、真理は独りの師匠から一人の弟子に内密に伝えられるべきだとかいうものに落ちぶれていく。
 どこぞの宗教にある、唯受一人だとか血脈相承だとかいった神秘主義を思いだして苦笑したわけだが……。
 師弟があったほうがいいということの要旨は、自己を批判してくれる存在がいたほうがよいということなのだが、そういうの要旨が失われ、形式主義と神秘主義に堕す危険性は、どの宗教にも起こりえるということになるのであろう。

 まあ、奥義ともいえる深い論理は、どうしても神秘性を伴い抽象的であるから、安易に教えるとかえって人々を惑わせるという部分もあるので、師弟とか批判してくれる人が必要ということは、なかなかに難しい問題を孕んでいるのだが。
 しかしだからといって、師匠に言われたとおりで良いなどとはならないわけだ。

 おのれ古典をとくに、師の説とたがえること多く、師説のわろき事あるをば、わきまへいふこともおほかるを、いとあるまじきことと思う人はおほかんめれど、これすなわちわが師の心にて、つねにをしへられしは、後によき考えの出来たらんにはかならず師の説にたがふとて、なはばかりぞとなむ、教えられし、こはいとたふときをしへにて、わが師の、よにすぐれ給える一つなり。
本居宣長『玉かつま』

 この文は、『ウパニシャッド』の著者、佐保田鶴治があとがきの最後に引用していたものだ。
 佐保田さんは誠実な人で、翻訳の本を読むということは、訳者の解釈を読むことに他ならないのだから、この本は、佐保田観によるウパニシャッドであると宣言していた。それが嫌なら、自分で原文を読みやがれ! とね。実に清々しかったのだが、だからといって佐保田が不誠実なわけではなかった。それは注釈を読んでそう感じたのである。かくかくしかじかの語はこのようにも解せるし、古代の注釈家はこのように解しているが、わたしはこのように訳してみたと、ちゃんと説明していたからだ。こうしたことは『イリアス』の訳者、松平千秋にしても、中村元にしてもそうであった。佐保田さんの場合、初版のときは注釈が700か所にも及び、本文より分量が多くなったのだそうだが、再販のものは、注釈家への批判になっている注釈はすべて削除したと語っていたところにも、好感がもてた。他人がどうこうではない、自分が自信をもって訳すかどうかである、そう考えたのであろうし、他人を批判していい気になるべきではないという謙虚さを、再販するまでの数十年で己のなかに作りあげたのであろう。
 読書の醍醐味は、このような誠実な訳者との出会いによる感動にもあると言えるのではないだろうか。


 蛇足だが、最近気づいたことがある。
 人類の歴史には間違いなく一つの潮流があるということだ。
 すなわち、人類は紀元前からずっと、哲学と宗教の統一理論を打ち立てようとしてきたということがそれである。プラトンしかり、古代インドの哲人たちしかり、老子の道教しかり、仏教またしかり、文学作品もまたそれを目指してきた。ミルトン『失楽園』しかり、ダンテ『新曲』しかり、ゲーテ『ファウスト』しかり、トルストイ『人生論』しかり、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』しかりである。しかしどれもこれも、ことごとく失敗に帰している。だが、失敗といえる責任の半分は書き手にはない。読み手がそのように読んでいないことにあるといえるだろう。
 これらのなかで最も成功しているのは『カラマーゾフの兄弟』であるとわたしは思うが、さて、『カラマーゾフの兄弟』が世間でそのように読まれているだろうかと問うと、相当に怪しいと思わざるを得ないのだ。

 もちろん、わたしは文学をエンタメとして読むことを否定しているのではない。
 まずはじめに「楽しみたい」という気持ちがなければ、『カラマーゾフの兄弟』なんていう、くっそ分厚い本を誰も読もうなどと思わないであろうことはよく承知しているつもりだからだ。しかし、いつまでもエンタメ思考、楽しければそれでいいという思考で読書をするなら、あまり意味がないと思っているということだ。楽しむのが悪い訳ではない。楽しむことだけに拘泥し、楽しみながら学ぶことにいつまでも目を向けられないなら、読書する意味はない、そう思っているだけだ。

 話が脱線したが、こうした哲学と宗教の関係性は科学でいうならば、相対論と量子力学の統一理論を完成させることが人類の夢であるのと似ていて、その点から推察しても、人類の目指している思想の潮流には、一見矛盾するものの統一理論が待ち望まれていることは間違いないだろう。日本であれば、西田幾多郎や鈴木大拙をはじめ、数々の人たちがやはりその方面で努力してきた痕跡もある。

 しかしこれは非常に困難な道であろう。
 宗教は信じることが前提であって、哲学は疑うことが前提のような面があるからだ。矛盾するからだ。哲学をもって真理を論理的に証明しようとすれば、形而上の宗教の範囲に入らざるを得なくなるが、それをすると哲学が哲学である意味を失う。しかし根底に形而上の思想がある――信じること前提としている――宗教だけであると、当然のこと、哲学にある論理性を失うのである。
 この矛盾になんとか整合性をつけようとしてきたのが人類の知の歴史であるといって過言はないだろう。

 まあ、誰かがまとめてくれることを待つより、一人一人がそのようなことを考え、宗教と哲学にある矛盾を乗り超えて、それぞれがそれぞれのなかに宗教哲学的信念を打ちたてていくほうが早いのだろう。
 ひいては、それが自己信頼であり、自己を信じる精神的にすぐれた人間群を生みだしていくのだろう。 


 蛇足であるが、内村鑑三がイギリスの政治家クロムウェルを尊敬しているのには、わたしは多少の嫌悪感を抱いた。
 内村は日清戦争には賛成し、その後平和主義に移行したという経緯もあり、彼の弁論にはすべてを肯定できない部分もあるということを述べておきたいのである。無論、人間なのだから誰でも思いこみや間違いや時代の読み違えもあるのだから、それらをもって内村を全否定するのではない。
 ただ、イングランドがスコットランドやアイルランドに対して行ったことを知っていると、とてもではないが内村のように両手離しでクロムウェルを評価などできないということだ。
 そのようなイングランドの軍事力を使った侵略によって、今もスコットランド、アイルランドはイングランドに対して不信感をもっているからである。
 
 イギリスがEUを離脱するなら、スコットランドは独立するという気勢である。アイルランドも、北アイルランドの国境問題をどうするかで大変な問題を提示しているのだから。
 それでもイギリス政府は、時期をみて強行採決に持ち込もうとしているようだが、そういうイギリスの自分本意で強行的なところが、わたしは大嫌いなのである。インドの独立にしろ、イルラエル問題にしろ、そこにイギリスの影が見えることからも、英国のやり方の狡猾さがわたしは大嫌いなのだ。しかしそうした英国の黒い歴史こそが、その反作用(抑圧があったから立ち上がろうとする人びと)を生んだとも言えるので、短絡的に否定もできないのだが……。
 んま、このような問題は、我が国にもあるわけで、それが本土と沖縄の関係だろう。
 とまれ、そんなことを言ってみても、現実わたしには何も出来ないのであって、出来るのはこのような話をして、興味をもってもらえるように啓蒙することだけなのである……。

ipsilon at 13:32コメント(0) | 知への愛「思索・備忘録・箴言」 

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