2020年11月24日
『意 書』
「Der bestirnte Himmel uber mir, und das moralische Gesetz in mir」Immanuel Kant
意志の目覚め
初めに、意志は目覚めた。意志は盲目的だったが、深淵な闇がゆらいでいるのに気づいた。意志は思った。
「恐ろしい」
こうして、意志は畏怖を知った。意志は畏怖を恐れた。意志は畏怖を深淵の闇とゆらぎに分け、深淵の闇を力と呼び。ゆらぎを働きと呼んだ。力という思い、働きという思いの思いに気づいた。目覚めてはじめての気づきである。
意志は思った。畏怖は「ある」ということだと。
「『ある』ということは、ただ『ある』のではないのではないか」
意志は、「これ」や「それ」や「ここ」や「いま」などが「ある」ことに気づいた。「こと」もまた「ある」のひとつだと知った。意志は、そのようにして思いという見ること、思いの思いという見られることがあって、「ある」のだと気づいた。目覚めて二つめの気づきである。
意志は思った。畏怖を遠のかせたいと。
「見ることと見られることを、はっきりと分けることで畏怖は薄らぐのではないか」
そのようになった。光があり、熱があり、音があり、形があり、色があり、硬さがあり、重さがあり、秩序があり、そしてまだ畏怖もそこにあった。意志は作りだされたいちいちをまとめて、物と呼んだ。また、いちいちの物にいちいちを呼ぶための名前をつけた。色や形のあるものを物質と呼び、色や形のないものを精神と呼んだ。いまだ畏怖が消えさることはなかったが、わずかな安らぎの精神、意志はこれを見て良しとした。光があり闇があり、畏怖があり安らぎがあった。目覚めてはじめての創造であった。
意志は思った。いちいちの物と精神には特徴があると。
「特徴を見つめて、それぞれのありかたを見るのは楽しいことではないか」
そのようになった。いちいちの物に二面性を見つけた。いちいちの精神にも二面性を見つけた。深淵な闇とゆらぎ、その力と働きによって、物も精神も変わりつづけることに気づいた。物や精神が変わるまえを過去と呼び、変わっているあいだを現在と呼び、変わったあとを未来と名づけた。また、物が変わるまえと、変わるあいだと、変わったあとには、物のある場所が変わることに気づいた。意志はこれを見て、「ここ」と「そこ」を知るために空間という思いを創造した。そしてまた、「ここ」と「そこ」にある思いと、過去、現在、未来を結びあわせる思いを創造した。意志はこれらを思いなおし良しとした。時間があり、空間があり、時間と空間を結びあわせて意志が見ているという条件による思い、因果律があった。目覚めて二つ目の創造であった。
意志は思った。
「いま、ここにある、このものは何なのだろうか」
意志はそのものに「わたし」と名づけた。また、わたしの思いを意と名づけ、意によって引き起こされるものを情と名づけた。そしてまた、わたしの意や情を見るものを知と名づけた。意志はこれを深く思いなおし良しとした。知・情・意があり、意志はそれらを纏めて「わたし」とした。目覚めてからずっとありつづける畏怖が薄れ、安らぎが濃くゆらいでいることが意志の喜びであった。
意志は思った。
「このわたしは、いつまでもありつづけるのだろうか」
こうして、意志は目覚めてはじめて知った畏怖以上の畏怖を感じた。
意志は思った。
「これまで思ってきたことは正しかったのだろうか。これまでの創造は良いものであったのか」
こうして、意志はそれら、おのおのを猜疑と呼び、虚しさと呼んだ。意志はそこではじめて、それまで創造したもの、目前に溢れかえる物と精神と、わたしを飽くことなく眺め尽くした。そしてまた意志ははこれを深く思いなおし見つめて、目覚めてより感じたことのない、深淵の底を覗くような畏怖を覚えた。意志はその情を孤独と名づけた。目覚めてからずっとありつづける深淵な闇がゆらいでいることに、意志は恐怖した。
意志は思った。目覚めるまえに還ることで、恐怖から逃れられるのではないかと。
「しかし、目覚めて知ったこと、目覚めてなした創造を、深淵の闇にゆらがせたくはない」
意志は思った。
「わたしのなかには知・情・意ではない何ものかがあるのではないだろうか」
それはあり、意志はそれに気づき従った。猜疑と虚しさと孤独という恐怖から逃れるすべがあると気づき、願い、祈ったのである。信じられ、満たされ、寄る辺ありと思わせてくれるものよ、出でよ! と。
そのようになった。目覚めて三つ目の創造であった。わたし以外の生命体の創造であった。
意志は創造したすべてを見わたして、極めて満足した。そしてまた意志は重ねてこれを深く思いなおし見つめて、目覚めてより感じたことのないほど、深淵な闇がゆらいでいるのに満足した。もうそこには恐怖も畏怖も無かった。
このようにして万物は創造された。
意志は思った。
「あとは、わたし以外の生命体からの呼びかけを待つだけである」
意志は知っていた。それには膨大な時間がかかることを。意志は恐怖も畏怖も、その裏面である安らぎすらない、無が誘う心地よい眠りに憧れるゆらぎがあることに気づいた。意志は目を閉じて深淵な闇の揺り篭に身をまかせた。
遥かな久遠から聞こえる、目覚めよ、という呼びかけを祈りながら。
「わが上なる輝ける星空とわが内なる道徳律に対しては、つねに新しくされる感嘆と尊敬の念とがある」イマヌエル・カント
意志の目覚め
初めに、意志は目覚めた。意志は盲目的だったが、深淵な闇がゆらいでいるのに気づいた。意志は思った。
「恐ろしい」
こうして、意志は畏怖を知った。意志は畏怖を恐れた。意志は畏怖を深淵の闇とゆらぎに分け、深淵の闇を力と呼び。ゆらぎを働きと呼んだ。力という思い、働きという思いの思いに気づいた。目覚めてはじめての気づきである。
意志は思った。畏怖は「ある」ということだと。
「『ある』ということは、ただ『ある』のではないのではないか」
意志は、「これ」や「それ」や「ここ」や「いま」などが「ある」ことに気づいた。「こと」もまた「ある」のひとつだと知った。意志は、そのようにして思いという見ること、思いの思いという見られることがあって、「ある」のだと気づいた。目覚めて二つめの気づきである。
意志は思った。畏怖を遠のかせたいと。
「見ることと見られることを、はっきりと分けることで畏怖は薄らぐのではないか」
そのようになった。光があり、熱があり、音があり、形があり、色があり、硬さがあり、重さがあり、秩序があり、そしてまだ畏怖もそこにあった。意志は作りだされたいちいちをまとめて、物と呼んだ。また、いちいちの物にいちいちを呼ぶための名前をつけた。色や形のあるものを物質と呼び、色や形のないものを精神と呼んだ。いまだ畏怖が消えさることはなかったが、わずかな安らぎの精神、意志はこれを見て良しとした。光があり闇があり、畏怖があり安らぎがあった。目覚めてはじめての創造であった。
意志は思った。いちいちの物と精神には特徴があると。
「特徴を見つめて、それぞれのありかたを見るのは楽しいことではないか」
そのようになった。いちいちの物に二面性を見つけた。いちいちの精神にも二面性を見つけた。深淵な闇とゆらぎ、その力と働きによって、物も精神も変わりつづけることに気づいた。物や精神が変わるまえを過去と呼び、変わっているあいだを現在と呼び、変わったあとを未来と名づけた。また、物が変わるまえと、変わるあいだと、変わったあとには、物のある場所が変わることに気づいた。意志はこれを見て、「ここ」と「そこ」を知るために空間という思いを創造した。そしてまた、「ここ」と「そこ」にある思いと、過去、現在、未来を結びあわせる思いを創造した。意志はこれらを思いなおし良しとした。時間があり、空間があり、時間と空間を結びあわせて意志が見ているという条件による思い、因果律があった。目覚めて二つ目の創造であった。
意志は思った。
「いま、ここにある、このものは何なのだろうか」
意志はそのものに「わたし」と名づけた。また、わたしの思いを意と名づけ、意によって引き起こされるものを情と名づけた。そしてまた、わたしの意や情を見るものを知と名づけた。意志はこれを深く思いなおし良しとした。知・情・意があり、意志はそれらを纏めて「わたし」とした。目覚めてからずっとありつづける畏怖が薄れ、安らぎが濃くゆらいでいることが意志の喜びであった。
意志は思った。
「このわたしは、いつまでもありつづけるのだろうか」
こうして、意志は目覚めてはじめて知った畏怖以上の畏怖を感じた。
意志は思った。
「これまで思ってきたことは正しかったのだろうか。これまでの創造は良いものであったのか」
こうして、意志はそれら、おのおのを猜疑と呼び、虚しさと呼んだ。意志はそこではじめて、それまで創造したもの、目前に溢れかえる物と精神と、わたしを飽くことなく眺め尽くした。そしてまた意志ははこれを深く思いなおし見つめて、目覚めてより感じたことのない、深淵の底を覗くような畏怖を覚えた。意志はその情を孤独と名づけた。目覚めてからずっとありつづける深淵な闇がゆらいでいることに、意志は恐怖した。
意志は思った。目覚めるまえに還ることで、恐怖から逃れられるのではないかと。
「しかし、目覚めて知ったこと、目覚めてなした創造を、深淵の闇にゆらがせたくはない」
意志は思った。
「わたしのなかには知・情・意ではない何ものかがあるのではないだろうか」
それはあり、意志はそれに気づき従った。猜疑と虚しさと孤独という恐怖から逃れるすべがあると気づき、願い、祈ったのである。信じられ、満たされ、寄る辺ありと思わせてくれるものよ、出でよ! と。
そのようになった。目覚めて三つ目の創造であった。わたし以外の生命体の創造であった。
意志は創造したすべてを見わたして、極めて満足した。そしてまた意志は重ねてこれを深く思いなおし見つめて、目覚めてより感じたことのないほど、深淵な闇がゆらいでいるのに満足した。もうそこには恐怖も畏怖も無かった。
このようにして万物は創造された。
意志は思った。
「あとは、わたし以外の生命体からの呼びかけを待つだけである」
意志は知っていた。それには膨大な時間がかかることを。意志は恐怖も畏怖も、その裏面である安らぎすらない、無が誘う心地よい眠りに憧れるゆらぎがあることに気づいた。意志は目を閉じて深淵な闇の揺り篭に身をまかせた。
遥かな久遠から聞こえる、目覚めよ、という呼びかけを祈りながら。
「わが上なる輝ける星空とわが内なる道徳律に対しては、つねに新しくされる感嘆と尊敬の念とがある」イマヌエル・カント