小学校時代

2015年11月14日

 小学校の卒業アルバムにのこる、わたしの作文。ハハハ、まァ読んでみてください。小学生らしいですよ。


 僕がこの学校を出ていくなんて、あまり考えたことはなかった。でも考えてみるともうすぐ卒業だ。
 一年から六年まで、いろいろのことがあった。取っ組み合いをして泣いたり、仲のよかった友達が転校したり、遠足の時、電車の中でゲームをしたり、書ききれないくらい、いろいろなできごとがあった。
 中でも思い出に残るのは富士学園と、弓ヶ浜学園のことだ。富士学園では、きもだめしの時O先生に、
「むかしここで首つりしたんだぞ。」とか、
「ここから血が落ちてくるんだぞ。」
などとおどかされた。弓ヶ浜学園の時は杉並区のたくさんの学校の中で、一番乗りで行って、子ども会をしたり、リクレーション室ではね回っているうちにすぐ日がたってしまった。
 それに思わぬ体験もした。五年生の時急におなかが痛くなり盲腸炎とわかり、入院して手術をしたのだ。
いろいろなことがあったけれど桃一の六年間はぱっと過ぎてしまったような気がする。それに百五周年という伝統のある学校で学んだこともうれしかった。僕が学んだこの一の三、二の三、三の三、四の三、五の一、そしてこの六の一の教室と、走り回った校庭。どれも思いでに残っているでも僕には一つ不安がある、それは、きちんと卒業できて、中学でもがんばれるだろうかという不安だ
 先生方にはいろいろお世話になったと思う、でももう別れなくてはならないなんて――。
今そんな気持ちでいる。



 なんだか、この頃からあまり文章力が上達していないんじゃないの……。
 句読点は、今はちゃんと打てますし、段落もちゃんと落とせますけどね。
 ていうか、ちゃんと卒業できるから心配すんな! 義務教育なんだしと教えてあげたい。しかしこういうところを見つけるにつけ、子どもの頃から心配性だったのだと、つくづく思う。

 ある意味、個人情報だだ漏れですが、今は当時の場所に住んでいるわけではないので、どうということもないでしょう。見る人によってはわかるかもですが、これもひとつの記録。よしとしましょう。今さら失うものなどありはしないのさァ!
 そんなことあったけ? という内容もあったが、よく思いだしてみると……うむ、確かにあったなァと筆写しながら笑いました。小説のネタ探しって楽しいなァ。

 ついでなので、今でも歌える校歌の詩でも載せときましょうかね。


  明らけく治まるみよのとせ春
  あけし学びのわが窓は
  年へていよよ輝けり
  輝く光身にあびて
  若き血潮はたぎるなり

  桃の井の深き泉はとこしえに
  まことの水のわくところ
  くみあじわわんいざ友よ
  桃の井深くくむ水は
  心のかてぞ身のかてぞ

  武蔵野の広きは心富士が嶺の
  高きは希望わが進む
  道ここにありここにあり
  みちふみわけて登りなば
  高嶺の花も手折るべし

 桃一小の卒業生みんなー、歌ってねー!

 作文の隅に、わたしの描いた絵があるんですが、これ懐かしい! 校舎の真ん中に時計があったのですが、その近くにそそり立っていた木の絵を描いてるんですね。あれ、杉だったかなァ……たぶんそうだったと思うんですけど、今も元気にしてんだろうなァと思ったら、えもいわれぬ気持ちが……。
 泣いてないよ。そこまで感傷的にはなりません!

 最後の頁に寄せ書きがあるんですが、これが面白い。
 好きな言葉:幸福
 趣味・得意なこと:絵を書くこと――っておい、誤字しとるやんけ!




ipsilon at 18:08コメント(0) 

2010年06月23日

さて、もう1記事、ポワリと浮かんだことを書いてみようと思う。


私は小学生の頃から鍵っ子でした。
家に帰ると自分でドアの鍵を開け
誰も居ない部屋に入り、電気を点けて良く1人で遊んでいたんです。

私の一番の遊び場は
キッチンとドアを繋ぐ廊下でした。
幅は1メートルも無く長さは3メートルも無かったはずです。
床は木のパネルが張られたフローリングでした。

私はよくその場所に自分の持っていた玩具を持ち寄って
1人で遊んでいたんです。
その頃手元にあったのは超合金とか、姉のお下がりの人形とか、
姉と遊びながら作った紙でできた諸々の品々でした。
お姉さん子だったんで、きせかえとかも作りましたよ。
くは! こっ恥ずかしいなぁこれ書くの(笑)

まぁそんな具合に持ち寄ったもので遊んだんです。
でもその内容がなんとも言えないんです。

ここには誰ちゃんの家がある。
ここは善い者の秘密基地。
ここは学校で、ここは悪の基地。
そんな設定を廊下の木製パネルの目の区切りで自分で考えたんです。
そして物語を紡ぐのです。

誰ちゃんが正体不明の敵に襲われた!とか
学校に悪のロボットが現れた!とかね。

物語の結末は当時見ていたロボットアニメのごとく、
正義が悪を倒すことになった。
いや、それがそうでもないんです。

例え正義が勝ったとしても
そこに至るまで多大な犠牲が払われるとか、
正義と悪が同士討ちになるとか、
下手をすると、正義が負けることもあったんです。
確か、正義が勝てることの方が少なかったはずです。

私の紡ぎ出した物語は半分以上は
悪が勝ったストーリーだった気憶があるんです。

子供ながらに「あー今日の話は切なかったなぁ」
「今度は救いのある話にしよう・・・」
などと言って、泣きたい気持ちになりながら
ひとしきり遊んだあとの玩具を片付けた気憶もあります。

なんて暗い子供でしょうね(笑)

でもそこで過ごした時間が楽しかったことだけは確かです。
這い蹲ったり寝っころがったり、
狭い廊下を満喫してましたからね。

私の世代の男の子が見たであろうアニメは
勧善懲悪ヒーローものばかりのはずなんです。
そりゃー、正義が勝つまでの苦難とかは
描かれていたはずですけど、
そこまで正義が負ける話ばかりではなかった筈なんですけどね。

その当時一番好きだったのはこのアニメです。
(再放送で見たんだと思うけどね)



いやはや懐かしい。懐かしすぎる(笑)

それにしてもいい歌ですね。

あーその他に、これも好きでした。



もうね、オジサンこの辺の話し始めたら止まりませんよ(笑)

そして多分、私に一番影響を与えたのはコレでしょうね。



どれもこれも地球を守るとか
愛とかそういうテーマばっかり。
今じゃーそんなアニメありませんが、
当時はそういうのばかりだったんですよねー。

そして最後に辿りついたのがコレですね。


私はスターウォーズ大大大好きです。
ここで語ることはしませんが、
これだけ様々なテーマを内包した大作であり、
エポックメイキングな作品は、今後現れないと思いますね。

エピソード4が公開されて、もう32年ですか。
くは。早いな。
エピソード4公開当時、私は10歳だった訳ですね。
父に凄い映画があるから見に来い、そう言われて見に行ったんです。
そして度肝を抜かれて、
それ以来、エピソード3までずっと追いかけた映画です。

エピソード3のラストシーン。
泣きましたよ(笑)


IMG_2945

これは多分、5,6歳の頃かなぁ。
か、、、可愛いな自分(笑)
こんな顔して笑ってたんですね。
隣にいるのは姉ですよ。



さて、そんな風に私が10歳くらいの頃だったと思います。
私は語るに言葉がないような経験をしたことがあるんです。
いや、それ自体大した事ではなかったような気もするのですが、
大人になって思い出した時、
その時の気持ちを言葉にできなかったんですね。
それは今もそうです。


私の母は、産後のあがりの微妙な時期に、
親戚などのトラブルに巻き込まれて、
精神的に病んでしまった部分があったんです。

極度のストレスを感じるとヒステリーを起こす。
ヒステリーを起こさなくても
偏頭痛に襲われて、無意識に首を振り続ける。
そんな母の姿を私は物心ついたころから見てきていたんです。

時には頭痛に襲われて布団に横たわった母の横に
寝転び、
「また頭痛いの? 大丈夫?」
などといって、母の頭痛が少しでも和らげばと
首を揉んだり、肩を叩いたり、何かしらしていたんです。
そのうち疲れてしまって、母の横で眠ってしまったことも
あったと思います。

時には
「ダメ、母ちゃん首振っちゃダメだよ」
そういって母の頭を押さえつけたこともあります。
そんな時、母はそれまで上下に振っていた首を
左右に振り変えたりしました。
その時の私は、子供ながらに、
母に何もしてあげられない無力感に苛まれたものです。

ある日、そんな母が、
苦しさのあまり私の首に手をかけてこう言ったことがあったんです。
「なぁシンジ、もう一緒に死のうか。母さん疲れちゃった」

私は上に被さって私の首に手を回した母の顔を
しっかり見ながらこう言ったことを覚えています。
「いいよ。母ちゃんがそんなに苦しいんならいいよ」と。

結局この時、母の手に力が篭ることはありませんでした。
あの時母は、私の言葉を聞いて泣いていた気憶もあるのですが、
良く憶えていないんです。

でも、何も恐くなかったんです。
子供だったから死が良く解っていなかったのか?
そんなことは無かったと思います。
今になってさえ鮮明に憶えているのですから、
それなりにショックは受けたんだと思うんです。その事に。

歳を重ね、
私自身が死を望んだ時、
初めてあの時の母の気持ちが分かったともいえます。

自分が死んでしまったなら
この子は生きていけない。
ならばこの子を殺して自分も死のう。
母はきっとあの時、そう思ったんでしょう。

どれだけ苦しかったことでしょう。
でも母は生き続けましたし、その後
そのような事は一度もしませんでした。
相変わらず、偏頭痛に襲われて
首を振る日々はあっても、あの日言葉にしたような事は
二度としなかったんです。

あの時、私は何を感じたのかな?
どう考えたのかな?
首に回された母の手に本当に恐怖を感じなかったのかな?
あの時私が母に返した言葉に嘘は無かったのかな?

いろいろ思い出してみようとしても
何も湧き上がってこないんですね。
それでいのでしょうが
このいつまでもかかった靄がどうにも気になるんです。
まぁ気にしても仕方のない事です。

でも、布団に入って寝付こうとした時、
ふと、あの時の光景が未だにフラッシュバックするんです。

母が忘れないでね! って伝えたいのかな?
そうかもしれませんね。
決して美しい思い出とは言えないんでしょうが
母と息子が命懸けになった瞬間。
そういう瞬間なんて案外少なかったと思いますからね。


私の子供時代。暗いなぁ(笑)
せめて餞に記事の最後くらい、
盛大なファンファーレを鳴らしておこうかな。



それにしても、幾つになっても子供みたいに
夢ばっか見てるんですね。私って。
自分で記事書いててホント、そう思います(笑)

だから、地球を守るのだー!! かはは。まだ言ってるし。
つーことで、フランスで大人気になったアニメの曲をもうひとつ。



コレさ、良く考えると変な名前だよね。
だってUFOロボだよ。UFOって未確認飛行物体だよ。
そんな名前のヤツに地球の未来を託していいのか?(笑)
UFOロボのくせにさ、正体バレバレだしね(笑)
昔のアニメって設定真面目に考えると、マジで面白いね。かは。

てかなんだよ! デュークフリードって!
カッコイイ名前じゃまいか(笑)

なんだよ! トランペット、めっさカッコイク フィルインしてんなー!

♪みんなのちきゅうー!! って、思わず歌ってしまったよ(笑)

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ipsilon at 22:05コメント(0) 

2008年08月19日

 そこにいつ頃からいっていたかは定かではない。だが、そこは心のオアシスだった。男の子というものは大概ロボットや戦車や戦闘機などに夢中になる機会が一度ぐらいはあるものだ。しかし、架空のロボットや既に戦争の遺産となった「ゼロ戦」などの戦闘機を間近に感じて遊ぶことは難しい。だから、男の子はプラモデルに夢中になるのだ。

 そんなプラモデルをよく買いに行った近所のお店があった。通称「ジジババ」。お爺さんとお婆さんが経営というか店番をしていたから、勝手にそんな名前を付けて呼んでいた。ジジババはいわゆる個人経営の小さな文房具店なのだが、食べ物以外の子供が興味をもちそうなものは大概売っていた。お菓子を売っていない駄菓子屋とでもいえばわかりやすいだろうか。
 とにかくジジババにはお世話になった。文房具はモチロン、マンガを買うのもジジババで、お目当てのプラモデルや、それに色を塗る筆や塗料なども売っていたと記憶している。
 なにしろ、いろいろなモノが雑然と並んでいたので、どんなものが並んでいたかを正確には思い出せない。

 そんなジジババによくプラモデルを買いにいった。とはいっても限られた小遣いだったので、行くたびに買うなどという贅沢はゆるされず、欲しいと思うキットを見せてもらって何も買わずに帰ってくるなんてことの方が多かったはずだ。「あれを見せてください」「これを見せてください」とさんざん眺め回した末、「今日はやめておきます」といって帰ってきたことが何度もあった。
 しかし、ジジババのお爺さんもお婆さんも嫌な顔ひとつせずに、そんな我儘につきあってくれた。時には1時間ほど眺め回していたこともあったはずだ。
 店番は大概お婆さんの方がしていたが、あの優しい笑顔にどんなに救われたことだろう。今になって思えば両親の田舎にいる祖母とはなかなか会えなかったので、ジジババで祖父母との疑似家族体験をなんとはなしにしていたのかもしれない。


ipsilon at 23:04コメント(4)トラックバック(0) 

2008年08月05日

 虐めという躓きを経験した小学校時代だったが、それなりに良いことも幾らかはあった。A先生との出会いは、そういった僥倖の始まりだったのかもしれない。とにかく生徒思いの先生だった。それゆえかクラスには足の悪いA君がいた。
 A君は通常であれば介護や養護の必要な学校に進学せざるを得ない状況だったらしいのだが、ご両親たっての「普通の小学校生活を送らせてあげたい」という希望で学友となったのだ。杖がなければ歩けない子で、卒業までA君係という名で級友たちがA君の学校生活を手助けした。

 A君係を数年経験したことで得たものは大きかった。そこには、係としてやるべきことをするというだけではなく、小学生といえども誰もが持つ、プライベートや羞恥心に立ち入りすぎないでA君と接しなければならないという難しい部分があったからだ。
 手助けが必要と思っても、「A君嫌がりそうなことは、彼の気持ちを察して確認する」とか、「係ゆえに知ってしまうA君のプライベートを言いふらさない」とかいったものがそれなのだろう。
 今思えば、虐めにあい、「されて嫌なこと」を知っていたり、家庭環境のせいで、思ったことを言う前に一度黙考する子だった部分が係をするには活かされたのだと思う。A先生は、きっとそのあたりを見抜いていて、誰を係りにするのかを決めたのだろう。

 そんなことがあり、その後の学校生活は比較的平穏だった。A君係を通して、人との距離の取り方を覚えた収穫は大きかったし、以前より友人も作れて卒業の日を迎えられたのだ。
 ただ、完全に心を開けた親友は作れなかった。心底人を信じることに恐れがあったのだ。

 しかし、何年かが経ち同窓会で会ったA君に真剣な面持ちで、「あの時のことは本当に感謝している」と言われたことは忘れ得ない。A君係を通して「人に感謝される喜び」を知ったことも、金の宝であることは間違いないことなのだ。
 A君、「こちらこそ本当にありがとう」。

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2008年08月04日

 健康で過ごせることがいかに素晴らしいかを知るには、病気をしてみるに限る。かといって自ら進んで病気になりたいという人はいないだろう。
 では、初めから病気を持って生まれて来た人は、いかにして健康のありがたさを知るのだろうか? 次期に直る病気であれば、治癒することで健康の素晴らしさを知ることができよう。問題は直らない病気をもつことなのだ・・・。

 小学校で受けた虐めで発症した自律神経失調症。当時医師からは「うつ病」という診断はなされなかったが、今思えばきっと鬱病だったのだと思える。あの時、どうやって不登校から脱したかという記憶はない。真剣になってくれた父が友達の家に怒鳴り込んでくれたような気もするが、子供同士の喧嘩で、怪我をしたことに父が怒ったという気がしないでもない。とにかく、ハッキリ覚えていないのだ。
 ただ確かなことは、それからの小学校生活はいつも友人に煙たがられたり、ウザがられていたということだけ。たとえ言葉や態度で虐められなくても、いつもそういう空気があったことをいまでも思い出せるのだ。いつもいやな感じがしていたのだ。
 だから、風邪を引くと出る持病の喘息で学校を休めるのは嬉しかった。38度の熱があってもやりたいことが出来る自由を満喫して、母によく叱られたものだ。
 喘息は確かに苦しかった。息が吸えず、夜眠ることもままならない。太い輪ゴムを噛む様な嫌な感触。もうひとつあった持病のアレルギー性鼻炎が併発すると鼻は完全に塞がれ、口だけで喘ぐように息をし、喉がヒューヒューと音を立てた。呼吸困難で死ぬのではないかと疑ったことさえあった。
 食物アレルギーでじんましんが出たこともよくあった。しかし、こうした持病は成長して体力や耐性がつくことで改善されていった。
 唯一今でも改善されないのが、鬱病という憎らしい奴なのだ。

ipsilon at 22:44コメント(0)トラックバック(0) 
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