中学校時代

2008年08月26日

 私に、ギターが弾けるようになれたらいいなあと思わせたのは John“Cougar”Mellencamp というバンドだった。とはいっても彼の曲にフューチャーされていたサウンドはエレキギター。弾きたくなったからといって、そんなに手軽に手に入れられるものではなかった。だから私は、とりあえず姉が弾かなくなって家にあったフォークギターを手にとってみたのだ。

 頼りになるのは姉が買った教則本だけ。チューニングはどうやるの? 弦の張替えはどうやるの? カポって何? などなど、とにかくわからないことだらけだった。
 手元に音叉はあっただろうか? 記憶にない。だとしたらどうやってチューニングしていたのだろうか。不思議である。
 左手でコードを押さえて右手で弦を弾く。案外簡単そうに思えたことが全くできない。コードを変えようとするとリズムがズレてしまう。必死に練習すればする程、力んでしまい弦を押さえていた左手の指先がジンジンと痛んだ。私のギターとのお付き合いはそんな感じでスタートした。
 始めに練習した曲は、確かアリスの「終止符」だったと思う。教則本のファーストレッスンの曲だったはずだ。

 「終止符」は比較的簡単なコードの曲だったので、けっこう早く弾けるようになった。しかし問題はそこからだった。教則本の練習曲はだんだんと難しくなっていった。左手の指を4本使って押さえるコード。手がひきつってしまい、この先永遠に押さえられないのではないかと思えるコードも現れた。
 そして、コードを押さえる最大の難関バレーコードが現れた。

 バレーコードというのは、左手人差し指で6本の弦を全て押さえ、残った3本の指でも弦を押さえるというコードだ。いわゆる「F」がその基本なのだが、これはギターを弾く人に訪れる最初の大きな難関なのだ。
 バレーコードを押さえるのにはかなり力がいる。かといって力み過ぎてもいけない。いや、人差し指をなるべくフレットに近づければ力は要らないのだが、近すぎるとミュートしてしまい音が鳴らなくなる。絶妙の位置で一瞬にしてコードを押さえられるようになるまでには泣けてくるほど苦労した。時には人差し指以外の指が目的の弦を押さえられなかったり、違う弦を押さえてしまったり、弦をミュートしてしまったりと・・・。とにかくバレーコードには苦労させられたのだ。

 ようやくバレーコードに慣れた後。今度は右手の弾き方で難関に遭遇した。アルペジオである。ピックを使わずに指で弾く奏法のひとつ。アルペジオはギタービギナーの私にとっては次の大きな難関だった。何度やっても出来ない・・・。コードストロークで弾けた曲も、右手と左手のコンビネーションがおかしくなってしまい、コードチェンジすら出来なくなってしまう。それでも必死に練習した。練習して練習して練習しまくった。そしてある日、突然出来るようになった。

 ギターというものは、諦めずにずっと練習していると、眼から鱗が落ちるみたいに、突然弾けるようになるのだと知った。しかし、次の難関がやってきた・・・。スリーフィンガーである。

 これも右手の奏法のひとつだが、アルペジオより遥かに難しい奏法である。これはアルペジオのテンポを3倍くらい早くしたような奏法なのだが、アルペジオとは指の使い方や右手全体のフォームがかなり違うのだ。またしても弾けた曲が弾けなくなってしまった。またもや右手と左手がバラバラになった。私は泣きそうになった。でも出来ないことが悔しかった。幾日も幾日も練習した。寝ても冷めても練習した。阿呆になるぐらい練習した。それでも中々出来るようにはならなかった。

 さすがにスリーフィンガーに滅入ってきた私は、気分転換に教則本を離れてみることにした。そのころ随分と曲を憶えていたビートルズの譜面を買い、いろいろな曲を弾いてみたのだ。これまで押さえたこともないコード、それまで弾いたこともないテンポ、激しく移り変わるコード。全てが新鮮だった。私はビートルズの曲でギターを楽しんで弾くことを知った。しばらくすると、知っている曲はほとんど弾けるようになっていた。

 これが最大の転機だったのかもしれない。それまで練習する気を失っていたスリーフィンガーに、また挑戦しようと思えるようになっていたのだ。
 いつか眼から鱗のように突然出来るようになる。そう信じて練習を再開した。
 練習に疲れるとそれまでに練習した「22才の別れ」や「異邦人」「チャンピオン」「関白宣言」といったフォークの曲たち、そしてビートルズを弾き語りして楽しむことも忘れなかった。

 中学を卒業する頃にスリーフィンガーの練習曲、海援隊の「贈る言葉」を弾けるようになっていたかは、ちょっと憶えていない。けれども、やっぱりり卒業という言葉を聞くと、私はこの曲を自然と思い出す。だから中学時代の自分史の締めくくりに「贈る言葉」を歌うのだ。

 さようなら、楽しかった中学時代。みんなありがとう。みんなと出会えて私は幸せでした。



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2008年08月25日

 その猫といつごろ出会ったのかはハッキリしない。もしかしたら高校生の頃だったのかもしれない。ただ、私が中学時代に愛用していたクロッキー帳にその姿が残っているから、中学時代の思い出として綴るだけなのだ。

 たいがいにおいて野良猫とはそういうものなのだろうが、その猫は突然やって来た。そして、来た時と同じように突然来なくなった。多分、どこかの家で飼われることにでもなったのだろう。とても器量がよい子だったから。

 おぼろげな記憶を辿ると、その子は雌だったような気がするのだが、雄だったのか雌だったのかは未だに謎である。当時の私にとって性別などさして意味をもっていなかったということだろうか? だからなのか、名前を付けてあげることもしなかった。

 あれは夏の終わりだっただろうか。部屋の中では扇風機が首をグリグリと動かし、開け放たれた窓は蒸し暑い風になぶられていた。その窓を通り抜けてキジトラの猫はやってきた。私は突然の部外者の侵入に驚いたのを良く覚えている。

 いや、出会いはそうではなかったのかもしれない。窓を抜けてやって来るようになったのは、我が家に何度もやってくるようになってからだったのかもしれない。ただ、そうやって訪問してきた姿が強くイメージに残っているだけなのだ。

 母が「にぼし」をあげたり牛乳をあげたりしていた記憶がある。猫の警戒心がとけるのには時間がかかった。でも、私はしだいにそのキジトラの猫と仲良しになっていった。蚤との初めての出会いはこの子の贈り物だった。

 キジトラは大人しい性格のまだ若い大人の猫だった、と思う。噛まれたりひっかれたりしたことはなかった。ネコパンチを喰らったこともないはずだ。それぐらい大人しかった。あまり鳴くこともなかったような気がする。

 仲良しになってからは喉をなでてやると気持ち良さそうに眼を閉じて、大きな音でゴロゴロと喉を鳴らした。頭を擦り付けてきたことも何度もあった。長い尻尾をフニフニと動かしてただじっと横になっていたこともあった。

 どの季節だったか忘れてしまったが、そんなキジトラの姿をクロッキー帳に描いたことがあった。人ひとりと猫一匹の時間。キジトラは随分頑張ってじっとしていてくれた。

 時々、頭を持ち上げて「もういいかニャー」という顔をして私のことを見つめた。私は急ぎながらも丁寧にキジトラの姿をクロッキー帳に焼き付けていった。私とキジトラの時間がどれぐらいだったのかは覚えていない。

 「また今度、続きを描くからまたおいでね〜」そんな声をかけて別れただろうか。その日の猫と私の時間は終わった。結局絵は完成することはなかった。キジトラの猫はどこかにいってしまったのだ。

 でも、キジトラの姿の半分くらいは私のクロッキー帳に残っている。鮮明に写し取ることができた上半身(?)は、あの子の姿をほぼ完全に残している。私の心の眼を通ったキジトラの姿がそこにはある。

 それから後、どれだけの枚数の絵を描いただろうか。しかし未完成ではあれど、キジトラの絵は私の手元に残る作品の中では今でも最高傑作なのだ。また、あんな優しい気持ちで絵を描いてみたい。

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2008年08月24日

 誰にも対しても譲れない、負けられないものがあったとしたら、私にとってそれは絵を描くことだった。
 ポリシーとは自分自身に対して課した不文律。プライドとは他人に対して抱く自尊心と立て分けている私にしてみれば、絵に描くことは私が持っていた数少ないプライドのひとつだった。
 とはいっても絵を描くことを止めてしまった今になってしまえば、そんなプライドはなんの役にも立たないのかもしれない。が、小学校1年の1学期から中学校3年の3学期まで、美術だけは最上ランクの評価を取り続けたのだ。だから、このことは今でも人に胸を張っていえる誇りだと思っている。

 しかし、美術の評価とは基準が曖昧なものなのだ。最終的には好みの問題である。だから、小学校、中学校では美術教師と私の相性が良かったともいえるのだろう。
 高校では教師との相性が悪く、残念ながら最良の評価を得ることは出来なかった。でもそのかわり、学校以外のところで非常に評価された事がある。しかし、このお話はまたの機会に譲るとしよう。ともかく中学時代の私は絵に関しては評価されてしかるべき結果を残したと思っている。2つの作品が上野の美術館に飾られたのだから。

 ひとつは2年の時に描いた平面構成。確か、青い背景に様々な果物を浮かべ、それを組み合わせて向日葵を描いた作品。もうひとつは3年の時に製作した切り絵だ。あまり細かな切り抜きをせず、大胆に切り抜いた作品だった。モチーフにしたのはやはり花。百合の花をメインにしてその回りにいく輪かの装飾花をあしらったものだった。

 平面構成の方は、上野の美術館に行った後、学校教材として学校に留め置かれた。残念ながら、切り絵は手元に戻ってきてしまった。まあ考えてみればどちらの作品も学校保存になってしまうと、美術館に飾られた記念の作品が手元になくなってしまうことを考慮してくれたのだろうと思えるのだが。

 しかし、そういったことは私にとってさほど意義深いことではなかった。なによりの宝となったのはあの時友人と切磋琢磨したことなのだ。美術というものは数学の成績が良いとか、英語の成績が良いとかというのとは少し違ったイメージを人に与える。なぜなら、絵というのは人々の目に直接触れ、鮮烈なイメージを残すからだ。100点満点の数学のテスト用紙と、情熱を込めて描かれた絵。人はどちらに感動するだろうか? もちろん絵であろうことは間違いない。

 そんなことで、授業中良く出来た作品として自分の絵が紹介されて、皆に感嘆されることは、ちょっとしたヒーロー気分を味合わせてくれたものだ。しかし、私が本当に楽しかったのはそんな事ではなかった。
 みんなで次の課題の話しをたり、次はどんなモチーフを使うのかとか、色々な会話が教室に響き、そういった声に囲まれたことが何より楽しかったのだ。他の人が描いている絵を見て歩いたり、自分が描いている途中の絵を見られたり。そんなことが嬉しかった。

 クラスにはH君という非常にハイセンスな作品を生み出す男子生徒がいた。H君は私とはまったく違うタイプだった。スポーツマンで髪型も今風の二枚目だった。チビでヤセで銀縁眼鏡、坊主頭の私とはまるっきり正反対のカッコ良さを持っていた。それでいて美術に抱く情熱も半端ではなかった。H君が作った切り絵は見事なものだった。赤とオレンジの薔薇をモチーフにした燃えるような作品だった。今でも彼の作品は鮮烈に脳内に焼きついている。

 そして部活の美術部には初恋の人、Uさんがいた。彼女とも「何描いてるの〜?」などと声を掛け合って切磋琢磨しあった。Uさんが友達と一緒に私が何を描いているのかを偵察に来てくれることが嬉しかった。そんな風にしてお互いの作品をよく眺めあったものだった。
 しかし残念ながらUさんの作品のイメージは全くといっていいほど記憶に残っていない。だが、それはUさんの作品を評価したくないとい気持ちが私にあったからだろう。好きな人の描いた作品は、どんな絵でも文句なしにNo.1だったということだ。
 
 H君は最高のライバルだったし、もしかするとUさんは最高の理解者だったのかもしれない。そんな恵まれた環境で思いっきり羽を伸ばして大好きな絵にのめり込めた。そうして生まれた作品が友達との関係を広げた。なんと素晴らしい時間だったことだろう。私と私の友達と教室が、明るく暖かく輝いていた黄金の日々。私はそれを決して忘れない。



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2008年08月23日

 私はいつもの様に教科書を鞄にしまい帰り支度をしていた。その頃はまだ比較的真面目な私だったから、教科書を学校に置きっぱなしにするというこはなかった。だから、教科書を鞄に入れることは習慣であり日課だった。
(あれ、何か見覚えのない封筒があるな〜)
 入れ残した教科書はないかと机を覗いていた私はそれに気付いた。
いや、それに気付いたのは教科書を鞄に入れながらだったのかもしれない。どちらにしても、それは私の習慣の中にはない出来事だったから、どんな形にせよ戸惑いを感じた。
(なんだろう? これ?)
まったく見覚えのない封筒をそっと引き出しの手前に寄せてみた。
(!?)
引き出しの暗がりから現れた封筒は、学校の連絡事項などで使う、ありふれた茶封筒ではなく、女の子が好んで使うような可愛らしい装飾の入った封筒だった。
(え!?これってもしかしてラブレター!?)
 直感的にそう感じた私の体は硬直した。と同時に、誰かに見つかりたくないという気持が沸き起こり、毛穴という毛穴で周りの状況を掴み取ろうとするかのように、全身と頭がカアッーっと熱くなった。そして、その封筒と鞄に入れ始めた教科書をそっと机の引き出しの奥に押し戻した。
(どうしよう? どうすればいいんだろう?)
 周りには私と同じように帰り支度をしたり、なんとなく雑談に耽っているクラスメートがまだ大勢いた。
(くそっ! 見つかる訳にはいかないぞ。こんなところを誰かに見つかったら、絶対にからかわれるぞ!!)
 引き出しに押し込んだ封筒と教科書を持てあましていた時間がどれくらいだったのかはわからない。なにしろ全身が熱くなり、針1本あれば行き場をなくした蒸気を噴出させるほど全身を緊張させていたのだから。
(よし、教科書の間に挟んで鞄に入れよう。それなら誰にも見つからないぞ)
心を決めた私の行動は素早かった。というより、一刻も早くこの状況を抜け出したかったためにそうしたのだ。とにかく私は、その事を誰にも気付かれず、そそくさと教室を後にして家路についたのだった。

 家に戻った私は、100メートル走のあと、まだ息が整はないような焦燥感に駆られながら封筒を取り出し、まんべんなくそれを眺めた。引き出しの薄暗がりでみた通り、それは女の子が使うような可愛らしい洋封筒だった。裏面のフラップの部分にはこれまた女の子が使うようなシールで封がされていた。開けられた形跡はなかった。そして、封筒の表や裏には何も書かれていてなかった。宛名も差出人も何も書かれていない。
(やっぱりこれはラブレターなのだろうか? そうとしか思えないよな〜。それとも誰かが悪戯してコレを僕の机に入れたのだろうか?)
 ようやく落ち着いてきた私の頭の中に様々なシチュエーションが浮かんだ。
(うーん、もしかしたら誰か他の人の引き出しに入れようとして間違えたのかも。だってさ、こんな痩せっぽちでチビで銀縁眼鏡の坊主頭君に誰がラブレターなんてくれるのさ。おかしいよ。これは絶対に間違えて僕の机に入れちゃったんだよ。まあそれならそれでいいか・・・)
 そう考えた私は封筒を開いてみることにした。フラップに張ってあるシールを破ったり傷つけないようにして開いた封筒には、四つ折りにされた1枚の便箋が入っていた。
(うーん、入れ間違えられた手紙かもしれないけど、これはドキドキするぞ)
 便箋には、明らかに女の子が書いたであろう丸っこい文字で、

「好きです 放課後 音楽室で待っています M.H」

と綴られていた。
(えっ! 帰ってきちゃったよ!! だって、学校で読む勇気なんてなかったもん。そんなの俺には無理だよ〜!!!)
 瞬間、部屋の時計に目を向けて時間を確認した。
(ああ、もうこんな時間じゃ待ってないだろうな〜。なんか悪いことしちゃったな〜)
 今さっきまで、自分宛ではないと考えていたことも忘れ、私は、私を待っていたかもしれない「M.H」さんにという人に、ただ申し訳ない気持ちが沸いた。ピアノの置かれた静かな音楽室で一人待ち続ける女生徒の姿が目に浮かんだ。でも、その子の顔はのっぺらぼうだった。
(でも、M.Hさんて誰?)
 ようやく、物事の核心に迫った私はとにかくその事が気になりだした。
(今日は行けなかったけど、誰だかわかれば事情を説明して謝ることもできるし、差出人を間違えたのなら、そのことを教えてあげられるかもしれない・・・)
 どうしても核心に迫りたかった私は、同級生の名前が列記されている名簿があることに気がついた。そして「M.H」というイニシャルの子を探し始めた。

(えっ〜嘘だろ〜! こんなことってあるの〜!!)
「M.H」というイニシャルを持つ子がおそらく2,3人はいるだろうと思っていた私にとって、それは衝撃的な事実だった。名簿に「M.H」というイニシャルを持つ子はたった一人しかいなかったのだ。
 私の瞼に音楽室で待つ女生徒の姿と、その人の顔が今度はハッキリと浮かんだ。
(あの人だ、あの人なの? 嘘でしょ〜! やっぱり渡す相手を間違えたんだ! でももうこんな時間だし、いまから行く勇気もない・・・)
 自分宛のラブレターではないという思いと、一人の女性に待ちぼうけを喰らわせて「行かなかった」という裏切りをしてしまったという、相反する感情が私の頭の中をグルグルと駆け巡った。

----------------------------------------------------------------------------

 これは私にとって遠い昔、中学時代の記憶である。でもここまで鮮明な記憶も珍しい。おそらく、これから先の人生でこの時以上にドキドキするような手紙を貰うことはもうないだろう。大人は言葉や態度で気持ちを表すことの方が多いだろうからだ。
 ラブレター。考えてみればそれは非常に儚い存在だ。宛名もなければ差出人もない。思い人とは違う人のところに届いてしまうこともあるであろう。私の手元に届いたラブレターに綴られた文面には核心しか書かれていなかった。稀代の美文だったと今更ながら思う。「好きです 待っています M.H」という文は言ってみればひとつの詩にさえなりうる。たとえ100億の言葉を連ねても「好きです 待っています」という言葉ほど美しくて人の心を掴むということを否定できる者はいないだろう。私は強くそう思う。

 M.Hさんの性格や物腰が、そういう空気を放っていたことを思い出す。とても綺麗で成績も良い人だった。彼女の友達はどちらかというと少し“とんがって”いた人たちだった。でも彼女はその中にいてほとんど“とんがらず”に自然に彼女自身を生きていた。
 学校には子供っぽい生徒、大人っぽい生徒、大人ぶりたい生徒がいた。彼女はその中で大人っぽい生徒だった。妙に自分を主張することのない等身大でいた数少ない生徒の一人だった。外見にもそういう部分が滲み出ていた。
 私はどちらかというと、大人っぽい生徒に憧れた子供っぽい生徒だった。そして、大人ぶりたい生徒が苦手だった。彼女が大人ぶりたい友達グループに近かったせいか、普段会話をすることもあまりなかったし、私は自分に自信がなかったので、まさか、彼女のような人からラブレターを貰えるとは思ってもいなかったのだ。
 考えてみれば、渡したい人を間違えるということは考えにくいことだった。それほど多くない同級生。中学生といえども、自分のクラスの友達の机を間違えるほど間抜けではないからだ。まして彼女はそういう間抜けな人ではなかったのだから。

 回想中で『「行かなかった」という裏切りをしてしまった』という結論を私は綴っているが、私はあの時に強くそう思えた自分が好きだ。たとえどんな理由があれ、裏切ることを厭うあの時の自分がなんとも愛おしく思えるのだ。その後の人生でも「裏切るより裏切られるほうがマシ」というポリシーをもって生きてきたつもりでいる。

 当時の私の慌てぶりとか純情さとか、思い出すだけで可笑しいのだけれど、その時その時を一生懸命に生きていた事だけは確かだ。今の自分はどうなのだろう? そう考えるきっかけとして、ラブレターの思い出は私の中でいまも輝いている。

 素敵な思い出をくれた M.H さん、ありがとう。でも、あの時いけなくてごめんなさい。


▲Oh yeah life goes on, Long after the thrill of livin is gone
 生きるスリルを失くしたらお終いさ!

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2008年08月22日

 私の中学時代最良の出来事は3年間純粋に1人の人を思い続けた美しい初恋の思い出だろう。結局告白することもなく、もう2度とその人と逢うこともないだろうが、今彼女がどんな女性になったのかそっと覗いて見たい気もする。もちろん彼女の幸せを壊さぬように。きっと素敵な奥さんになり、優しい旦那様と可愛い子供(達)に恵まれて平穏な生活を送っているのだろう。

 彼女の名はUさんという。中学の3年間、同じクラスになるという夢は叶わなかったのだが、クラブ活動やスクールライフの中で時々出逢って他愛のない会話を交わしたものだった。
 こんなことを書くと叱られてしまうのかもしれないが、Jさんは特別美人でスタイルが抜群という訳ではなかった。どちらかと言えば可愛いというタイプで少しポッチャリとした体型だった。大人しい性格で友達と話す雰囲気も落ち着いて静かに話すといった感じだった。
 3年間剣道を続けていた子だったので、きっと外見や素行から見られる印象とは違って、芯の強い女性だったことだろう。めったなことで強く感情を見せて喋るようなことは無かったが、話す話題などから正義感の強い人だったとも察していた。Uさんが剣道の胴着を纏った時の凛とした空気に私は思わず背筋を伸ばしたくなったぐらいなのだから。

 Uさんと確実に逢えたのは朝礼の時とクラブ活動の時間だけだった。Uさんは3年間私の隣のクラスだったので朝礼で並ぶと大概横にいたのだ。私はとてもシャイだったし朝礼中ということもあって、中々思い通りに会話は出来なかったが、チャンスがあればUさんの好みだったTVの特撮ヒーロー『宇宙刑事ギャバン』シリーズやアニメ『ウイングマン』の話題を話したりしたものだ。

 クラブ活動の時間は、3年間お互いに絵画部とアニメ部だったので、話そうと思えばそれなりに話せたのだが、なにしろ私はシャイだったし、自分の気持ちに気付かれてしまって嫌われてしまうのが恐かったからか、自分から進んで話しかけたりはしなかった。逆にUさんの方から話しかけてくれたようなイメージが残っている。
 Uさんは決して私のことを嫌いではなかったと思う。みんなが私につけた綽名で私を呼び、その綽名になんとなく愛着を持ってくれていたように思えたのだから。
 とにかくUさんの前で私は借りてきた猫が主人に気に入られようとするかのごとく振舞っていた。Uさんが嫌がりそうなことなど、もちろん一切しなかったし、Uさん好みの話をしようと健気なまでに努力していたぐらいだったのだから。

 そんな微妙な距離のあった3年間の中で、自分でも美しいと感じる思い出が3つある。
 ひとつは美術部でのクロッキーの時間。10分、5分、3分、1分と次第に時間を縮めて部員同士でクロッキーをしたのだが、その時にUさんを描けたことだ。でも残念なことに、Uさんを描く時間はたったの1分だった。もっと見ていたい。そんな気持ちを抱えながら、鉛筆を素早く走らせられるだけ走らせ、クロッキー帳にUさんの姿を必死に描きつけたのだった。そのクロッキー帳はいまでも私の宝物だ。
 なんと言えばいいのか、好きな人を戸惑いも遠慮もなく、まじまじと見つめられることが嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。

 もうひとつは写真。でもこれはUさんと一緒に写した写真ではない。前に触れた様に彼女とは3年間別のクラスだったし、シャイだった私は別の機会にUさんと一緒に写真に移ることもなかったのだから。
 そう、その写真は遠足かなにかで校外に赴いた時のものなのだ。つまり、そういった機会に教諭達が生徒の写真を撮影し、それを後ほど1枚1枚番号をつけて貼り出しそれを希望者は買うという時にゲットしたものなのだ。普通教諭達が撮った写真は自分が写ったものを注文するのだが、コッソリとUさんが写った写真を注文したということだ。
 これってちょっと危ない行為じゃない? ストーカーっぽくない? なんて思ったものだが、年を重ね男友達と初恋の話になった時、みんなも案外そんなような事をしていたのを知ってなんだか安心したりもした。好きで好きで仕方ないとはそんなものなのだと思う。

 そして別れの時。私もUさんもやがて卒業の日を迎えたのだが、この時私は勇気を出した。Uさんが好きなアニメのキャラクターを色鉛筆で描いた絵を、照れくさそうにUさんに渡したのだ。その時はあまりにも緊張していたせいか、何を話したかもUさんが何を喋ったのかも、どんな表情をしていたのかも覚えていない。ただ、Uさんが喜んでくれたことと、卒業の日というなんとも粛然とした空気の漂う廊下で2人だけになったことだけは確かに私の記憶に残っている。

 結局告白はしなかった。一途に片思いであろう純粋な恋を貫いたのだ。でも今はそうしたことが良かったことだと確信している。人が人を好きになり何の約束もせず、何の利害もなく、何の見返りも求めないということは、類稀なまでに純粋な恋心だと思えるからだ。そこには究極の美と呼びたくなるような透き通った水晶のような恋心がある。

flower






 高校生になった私はUさんのことを忘れられずに、一度だけ年賀状を出して高校の文化際に誘ったことがあった。でもその葉書は「あて所に尋ねあたりません」というハンコを押されて、私の手元に戻って来た。そう、それで良かったのだ。高校生になった私は中学時代ほど純粋でもなかっただろうから。
 一生の内でおそらく一度しか出来ないであろうプラトニックな恋の思い出は私にとっては何よりも美しいのだ。


▲Unconditional Love(無償の愛)/Cyndi Lauper

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