2018年01月01日



「ここを抜け出す道があるに違いない」
道化師が泥棒に言った
「あまりにも昏迷している
救済なんて出来やしない

事業家たちは俺のワインを飲み
農夫たちは俺の土地を掘る
奴らの世界には
心の平衡なんてありゃしない
なあ、そうだろ」

「そう興奮することもないだろう」
泥棒は親切そうに言った
「俺たちみたいなのはそれなりにいる
人生は冗談にすぎないと感じてる連中はな
どっちにしろ、お前と俺はそこから抜け出したんだ
そしてこの現実は俺たちの運命なんかじゃない
だからもう嘘を語るのはやめよう
夜も更けてきたしな、そうだろ」

見張り塔からずっと
王子が眺めつづけていた
その間じゅう、女たちや裸足の奴隷たちが出たり入ったり
その外の、寒く離れたところでは
山猫が吠えていた
二人の乗り手が近づいてゆく
そして、風が吼えはじめた



――更新、無期限停止します。
また会うことがあれば。

ipsilon at 08:28 

2016年12月09日



「責任転嫁」こそ自分の敵。そういうことでしょ。

仏法を学び実践しているうえで、自分がそう感じているのに、それを省みずに、なんにでも愚痴や文句をたれ、批判や批難をする。
そういうのを雖学仏教・還同外見(内道の仏教を学んでいても、還って外道の見に同ず)というんだ。

仏法は「内道」である。
自らの中にある腹立ちに気づくことなく、周囲に当たり散らしているなら、仏法を試みていても、仏法ではない。
いな、外道である。そうした「無量の苦行」を、好きこのんでやっている人は多い。

都て一代八万の聖教・三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとは・ゆめゆめ思ふべからず、然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり、若し心外に道を求めて万行万善を修せんは譬えば貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し、然れば天台の釈の中には若し心を観ぜざれば重罪滅せずとて若し心を観ぜざれば無量の苦行となると判ぜり、故にかくの如きの人をば仏法を学して外道となると恥しめられたり、爰を以て止観には雖学仏教・還同外見と釈せり、然る間・仏の名を唱へ経巻をよみ華をちらし香をひねるまでも皆我が一念に納めたる功徳善根なりと信心を取るべきなり(一生成仏抄)


譬えば物ねたみする女の眼を瞋らして・とわりをにらむれば己が気色のうとましきをば知らずして還ってとわりの眼おそろしと云うが如し(弥三郎殿御返事)
たとえば、嫉妬する女が目を怒らせて後妻を睨み付けることは、自分の気分が鬱陶しいということを知らずに、後妻を顧みて、あいつの眼は恐ろしいと言っているということなのです。

茨木のり子は、素晴らしい感受性をもっていたということになる。


あらまあ、いい記事かいてるじゃない、わたし。

唱題をするといっても、題目だけあげてればいいといっても、化他行の題目のあげかたが、おかしい人が多すぎる。自分の振舞いや言動が他者に向かっての化他の唱題行そのものであるということに気づいていないということだ。なぜかなら諸法実相だからです。

いくら御本尊の前で何百時間と唱題しようと、相手に向かって罵詈雑言や厭味、ひいては馬鹿・阿呆・ろくでなしなどと言って破壊的批判をするならば、そういう化他の唱題を相手に向かって唱えているということだ。

ipsilon at 11:28コメント(0) 

2016年11月06日

ある世界 神が創ったと いうならば
憐れなるかな 感慨ふかく
ありさまたがい たまわせたるか

大いなる その手は巧み 億千のさま
異端なること 遍ねかりし
にゃんと鳴けば わんと答える
ああだといえば こうだと答える

なればこそ 人はたしかに 見てとって
目覚めたるもの 歓喜に浴す
異端なきもの 遍くありと

ある世界 神が創ったと いうならば
素晴らしきかな 不撓不屈なる
変わらざるもの 見出せたりき

大いなる 命の宝珠 どれもかわらず
輝きたもう 歓喜をば見よ
互いはあれど たがいはなしと



確信というのは、なぜか朝の覚醒とともにやってくる。
なぜそういうものが齎されるのかはわからないが。
「なんで誰もかれもが、あれがどうだこれがどうだと言いあうんだろう?――
ばかなんじゃないの? 違いがあるのが普通なのに……。でも何で違いがあるのよ?
違いがあることで争いあうなら、容貌も性格も違いのない人間を作ればよかったじゃない。
いっそのこと人間も動物も植物もみんなコピーのコピーみたいに、何ひとつ変わらないように創ればよかったじゃない?
何でそうしなかったの? その理由は?」
寝覚めの夢でそういう問いに、はっきり答えがでた。

(自分に向かって)あんたさ、考えてみなよ。
「すべての生きものに違いがなかったら、その対極にある『違わない』とは何か? なんて考えないでしょ。
だから神はわざわざ、色んな種類の生き物をこさえておいたんだよ。
もっとも、すべての人間が容姿も声も性格すらも同じ世界になんて、俺は生きたいとは思わないけどね。
そんな気色悪い世界はご免蒙ります!
笑い噺にあるじゃん『無人島に一人漂着して、自分とまったく同じ人しかいない世界で生きていきたいと思いますか?』なんてね」

神(慈悲)ってのはなかなか頭のいい創造者だったんだとつくづく思う。
わざわざ違いのある生き物を創り、そしてその『違い』って何だ? と考えられる種――つまり人間――を創ったというわけ。
違いのある世界を見て、その反対にある違いのない「永遠普遍」なものがあると、気づける能力を与えた。
人にいわれて納得してもだめ。自分で気づいて覚ってこそ確信になる。
だから神と呼ばれるやつは、わざわざ人間をそういう風に創ったわけだ。

そういう人間の、いや命の底にある傾向性なんでしょうね。
日本人は周囲と同じでいられると安心するみたいな空気を強くもっているのは。
けど、そこを同じにしようとしてどうすんだよ?
それはただの感情や表層における「べき論」でしょ。
もっと奥深くを除いてみれば、いかなるものにも変わらずにある「生命」という異端なきものがあるって気づける。
神は人間にそういう「気づける」能力を持たせたんだな。
だから、人間に生まれるということは実は素晴らしいことなんだな。

よく能動的という言葉を、自分から進んでやることと誤って理解しているのを見かけるけど、
これも哀しいですね。
彼らの言っている「自分から――」という文脈を読むと、大抵の場合、積極的にという意味なんですよ。
積極的。静に対する動。動いていないこと、やっていないこと、あるいは自分のやって欲しいことに対してそう振る舞わない人に文句をいってるというパターン。
そういうことに関して、能動的にやりなさいと言いつつも、いってる内容は積極的であれってこと。
ああ、哀しい勘違い。

能動的というのは、自分で気づいて自分でやること。
微妙に違うんだけど、これを混同してる場合が多い。
気づける縁になろうとしてない場合が多いし、気づく縁にしていこうとしている人はいと僅か。


そういえば昔、珈琲のCMにありましたね。
「違いのわかる男、ゴールドブレンド」ってのが。
あれ、いいですね。
『違い』がわかる人なればこそ、違わない部分もあると気づいているというね。
目覚めた人、仏陀の木像とかが金ピカなのも妙に納得できちゃうね。

「違いのわかる仏、ゴールドブッダ」
みんな、なれるといいですね!



いえば、生きるのに宗教なんて必要ないと言い張っている人とかっていうのは、
違いから違いのないものを見いだそうとしないで、ただただ表層の感情的・身体的幸福を追求しているにすぎない。
ここに、人間に生まれた以上、宗教の必要性がきちんと説明できるわけだ。
違いから違いのなさを見出すための手段が、いわば宗教といってもいいだろう。
これを別の言葉でいえば、「真理の追究」ってことになるのだろうが、このやぼったい言葉に騙されて、
宗教を神秘的なものとか、奇跡を起こすものという感慨で眺めている人が実に多い。残念至極。


ともあれ――
違わないものは唯一つしかないんですがね。
ただ、そこに、いのち。

ものごとに違いが見いだせれば見出せるほど、その対極にある異なざる存在への畏怖や畏敬は高まるんじゃないですか?
だから神は人間にものごとの違いがよく見えるようにしたわけで。
だから人間は違っていることに敏感な感覚をもっているわけで。
だから先生は感受性、感覚を徹して鍛えなさいといっているわけで。
前の記事でも先生の期待されていることなど、はっきりしている。
「物の見方、そして日常生活の中での思考法」
先生が戸田先生から、あれこれと学んだなかで絶対に忘れまいとしている部分を鑑みて、我々もまたかくあるべし! とあろうとするのが弟子たるものの務めではないだろうか。 

犬や猫は、種が違おうがそんなの気にしないで子育てするじゃない。
所詮畜生の悲しさはこういうところにあるんですよ。
違いがわからないということは、変わらない永遠普遍の法則がそこに“ある”なんて、彼らはとんと考えもできないわけですよ。

だから目覚めた人は、様々な差異の違いを見れば見るほど、生命の同一性に歓喜したんでしょうね。
そんなとき口から目からこぼれ出るのは、多分「ありがとう」だ。



ipsilon at 10:39コメント(0) 

2016年09月02日




『この悩ましい生身いきみを、冷たいものが包むとき』

この悩ましい生身を冷たいものが包むとき
ああ、滅びを知らぬ魂はどこにさ迷うのか
それは終焉おわりを知らず、休止することを知らず
暗い塵の身をすてて、立ち去るというのか
その時、肉体を脱いでかるがると
星座きらめく天の道をたどりゆき
この虚空のかぎりに満ちひろがって
まなこのごとくに、あらゆるものをうち眺めるのか。

永劫の――かぎりない、――朽ちざるもの
眼に見えぬ思想、しかも眼のごとく
地上と天空のあらゆるものを
眺めまわしつつ想い出に耽るであろう。
過ぎていった歳月が、ただおぼろげに
想い出のうちに跡をとどめるものを
魂は一眸いちぼうにひろびろと見わたし
たちまち、過去の一切はそこに再現する。

その双眸は、混沌の闇をくるめきさかのぼってゆき
地に創造のはじまった以前にかけてゆき
遥かなる天上の生まれ出るところに
この魂こそ、始源の動向を
また、未来の破壊と創造とを見つめ
太陽が消えるときも――宇宙が破綻するときにも
みずからの永劫のさがに縛られつつ
その眼は、そのすべての行方を眺める

愛、希望、憎しみ、おそれ――それらの上に
魂は情熱を超えた純粋のままに生き
時代は、一年のごとくみじかく流れ
年は、ただ瞬間のごとくただよい
はるかに、はるかに、――翼もなく
すべての上に、すべての中に、――翔りゆくその思念は
名もつけがたく、永劫なるものとして
死滅とは何であるかも忘却するであろう。

ジョージ・ゴードン・バイロン


ipsilon at 02:53 

2016年02月08日

     世界、われらの夢(Die Welt unser Traum)

 夜、夢の中で、町々や人々や、
 怪物や蜃気楼や、
 ありとあらゆるものが、
 魂の暗いところから立ちのぼる。
 それは君の形づくったもの、君自身の作品だ。
 君の夢だ。

 昼間、町や小路を通って行き、
 雲や人々の顔を見よ、
 そうしたら、君は驚いて悟るだろう、
 すべては君のもので、君はその作者であることを。
 君の五官の前で、
 複雑多様に生きて動いているものは、
 全く君のものであり、君の中にあり、
 君の魂が揺すっている夢なのだ。

 君自身を通って永遠に歩み、
 あるいは君自身を制限し、あるいは拡げつつ
 君は語るものであると同時に聞くものであり、
 創造者であると同時に破壊者である。

 久しく忘れられていた魔力が
 神聖な幻を紡いでいる。
 そして測り知れぬ世界は
 君の呼吸によって生きている。




 これほど真実を、雄弁に歌っている詩に出会ったことはない。
 そう、世界はすべて自分(の心)が創りだしているのです。そしてそれを感じとっているのは、自分自身の五感と意識(心)なんですよ。
 眠っているときも、それらは休まず働いている、無意識に。
 起きているときも、もちろん働いている。無意識とともに意識が。

 だから、自分が感じたもの、見たものを、蔑んだり、馬鹿にしたり非難し中傷することは、自己破壊でしかないのだ。
 他人のやっていることを見て、「嘘つき」と罵るのは、自分を嘘つきだと罵ってるということなんです。
 ドストエフスキーの言った「悪霊」とはこのことですよ。
 何より問題なのは、嘘をつきながら、ぼくが自分自身を信じていることです。この世でいちばんむずかしいのは、嘘をつかずに生きることですね。
 ――とね。

 
 だから、気もちよく生きるためには、どんな悪辣なものを見ても、ある意味、敬うしかないのです。それが唯一、自己破壊をしない方法だからです。それが常不軽菩薩の行いなのです。
 悪辣なものを見て、放置しないことも、もちろん大事です。
 しかし、批判するにしても、それは「憐れみ」の心からでなければ、自己破壊でしかないのです。
 もしくは批判するのではなく、正しいやり方を提示し、見せていくことでしか、自己破壊を免れる方法はないのです。
 批判するときに「怒りや憎悪」を感じているなら、それは自己破壊なのです。

 しかし、これに気づくことは、難事中の難事なのです。
 一生涯、気づかずに死んでいく人がほとんどでしょうね。
 そして、それ以上に、気づいたその感覚を一生涯維持していくのは、大難事中の大難事、至難の中の至難なのです。

 受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり(四条金吾殿御返事「此経難持御書」)

 考えてみてください。
 好きな人と手を繋ぐ。手の肌触りや体温を感じる。そう思ってるんでしょ。間違ってますよ。そう思うなら、自分で自分に嘘をついているんですよ。
 相手のことなど、これっぽっちも感じられていませんからね。
 感じてるのは自分の五感です。自分の神経がなにかに触れたことを感じとってるだけです。それは相手ではありませんよ。
 知れるのは相手そのものではなく、自分の神経の感受性によって、「なにかに触れた」ということだけであり、相手の体温がどれくらいであるとか、相手の膚のきめ細かさなんて、微塵も感じられないんですよ。
 何度も何度もいってきましたが、これを世間に哲学として知らしめたのがカントなんですよ。
 カントはこう言ってます。「人間は、自分のまわりにある“ものそれ自体”を認識することはできない」とね。

 だが人間は、それを相手であると勘違いし、妄想してるんです。
 自分の感受性で感じたものであるのに、「あいつが悪い」とか言ってるわけです。
 だから、そういう登場人物ばかり出てくる作品を読むと、わたしはイライラするのです。
 イライラしてる場合じゃないんですけどね。憐れんであげられるように、ならないといけないんですけどね。

 ソクラテスはそういうことを知っていたんですよ。
 わたしは無知であることを知ってる。だから他の人より賢いのだ。
 というのは、そういう意味ですよ。

 つまり、人間は自分のことしか知れない。相手のことは一切知れない(環境も含めて)。だから全てを敬うしかない。釈尊もそれに気づいていたし、日蓮も気づいたから、常不軽菩薩の行い以外にない、といっているのです。
 だから先生も何事も(相手や環境を)断定してはいけない、と仰っているんです。
 断定できるのは、自分が感じているということだけなんですから、当たりまえのことなんですけどね。

 我が上なる星空と、我が内なる道徳法則、我はこの二つに畏敬の念を抱いてやまない(カント)

 当たりまえでしょ。自分が見上げてる星空は、自分の心が見てるんですからね。
 それを見て、「汚ったねーな」と思ったなら、自分で自分の心を汚いと罵ったことになるんですから。

 3年言い続けて、このことに気づけたのは、たった一人ですよ。
 まあ、こういうことに気づいた人を「目覚めた人」――ようするに仏陀というのだから、3年で一人の人が気づく「縁になれた」というのは、ありがたいことなんですけどね。
 大事なのは、自分が目覚めさせてあげたんだという風に、絶対に傲慢になってはいけないということです。
 目覚めたのは相手自身。相手が必死になって自分で気づいたということを讃嘆することです。わたしはふつつかながらお手伝いをさせて頂いた。これです! テストに出ますよ!

 まず目覚める。その先に本尊とはなんぞやがあるんですが。順番逆に論じて、顔真っ赤にして教義批判している人が多いんですね。
 だから、まず大聖人は『開目抄』を顕したあとに『観心本尊抄』を顕しているわけでしょ。
 (心の)目を開いてない人にですよ、これが本尊だよ! こうやって見る(観心する)んだよ! と教えても意味がないからですよね。




ipsilon at 19:35コメント(0) 
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  • 習作 ネフェルタリ 下書き
  • デッサン 眼
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  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
  • 旧作 F-4E"Phantom2 & F-5E"Tiger2"
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