絵画「雑文」

2010年09月13日

絵に描いたものを自分の言葉で説明するものではない。

絵を再開してから、
絵とは眼で見て心で感じるもの。言葉はいらない。
言葉にするなら絵など描くべきではないのかもしれない。
そういう気持ちは強まる一方だった。

だから、もう描いてすぐに絵に関して語ることは止める。

一番最近書いた絵は「祈り」「蝶」「静止した時間」。


「祈り」
これは、落書きレベルの絵。
語る言葉はない。


「蝶」
これは、真剣に模写しようかと、ずっと暖めていた画像のデッサン。
PCで、小さなサムネ状態で見ると、
この写真は1羽の蝶のように、私には見えた。
だから蝶という心理的、造形的思考を重視したもの。

人間の出来る様々な動態の中で
美しいと感じるのは自然や動物の形に似ているのかもしれない。
最近はそんな視線を育てたい気持ちが湧いている。


「静止した時間」
時間も空間も決して止まらない。私はそう思っている。
でも時に時間が止まったように感じることがある。
それは大概、なんてことのない瞬間に出会う光景。
モデルが出番待ちの間、特にすることもないもてあました時間。

そんな待合室に忙しく働きながら入った瞬間、
モデルと眼が合い時間が止まった。

それはモデルが美人だったからというのではない。
(もちろんモデルだから、標準以上の美人だけどね)

静と動。
多分、静止した時間というのは、
そういう合間に生まれるのだと思えるのだ。
そう簡単に出会えない時間はきっと美しいのだと思う。
世界にはこんな時間が存在する。
そういう美とでも言おうか。
そういう美を生み出したモデルの存在感とでも言おうか。

静かに佇み何もしていないから時間は静止するのではない。
私の中にはそういう感覚がある。

それを絵として切り取ってみたかったのだ。


ちなみに、「蝶」はPixivでこれまでアップしたバレエ関連の
デッサンの中では一番高い評価を得ている。

でも、私的には「静止した時間」のほうが
遥かに気に入っている。

最近、なんだか抽象画に興味が沸いてきているんだ。

ipsilon at 23:32コメント(0)トラックバック(0) 

2010年06月22日

今私が一番したいことは仙人になること。
人里離れた山にでも篭って、雑音や雑念のないところで
ただひたすら絵を描きたいと思う。

随分前からそんな思考はあったんです。
この引き篭もり状態ってさ、ネットとかなかったら仙人だよな。
そう思ったもんです。
今日も散歩に行ったベンチで
あー俺はやっぱ仙人になりたいんだなーと
つくずつ自分のしたいことを見つめたんです。

リアルやネットであったことに
すぐに心がグラグラして
まったくカンバスに向かえない。
そういう日々が何日か続いたなら
何かを変えなければいけないのだろう。
今まさにそこにいる。

こんな汚れた心で絵なんか描けない。
そういう思いが筆や鉛筆を持つことを躊躇わせるんです。
多分、握れば描けると思うんですけどもね。

でもそういう中途半端でいいのかな?
そう心が訴えるんですね。



仙人になりたいと思考したのは
ここ最近の出来事のせいもあります。
でもそれに納得していいのかも悩むのです。
つまりこういうこと。

インターネットの世界っていうのは、
本音の世界、人々が心を晒してる世界だと言われています。
そしてリアルワールドは建前の世界だと言われています。
ほんとそうだなぁと思うんです。私は。

大体において私が心底傷つくような経験をしたのは、
リアルでの出来事がほとんど。

ネットで論争やちょっとした喧嘩やら勘違いになったことも
もちろんありますよ。
でも、なぜか和解できたことの方が多かった。
私が騒動に巻き込まれるようなところに
書き込みをしてこなかったという理由で
そうあれたということもあります。

人々が本音に近い部分で言葉を発しているから
ここで反論したら喧嘩になるなと判断がついたからなのです。

翻ってリアルはどうなんでしょう。
建前社会で本音言うとどうなるか。
そんなことはここで書くまでもありません。
嫌われて潰されますよ。
そういうのを表す表現、多々ありますよね。

出る杭は打たれる。
正直者が馬鹿を見る。
正論を言うと嫌われる。
などなど・・・・。

なんて虚しい世界なんでしょ・・・リアルって。
そう思ってしまっても別におかしいことだとは思えないんです。
何もそんな生きにくい世界で生きる必要ないんじゃない?
結果、そこに行き着くんです。

言ってしまえばですよ。
生活の手段としてだけあるようなものに見えないですか?
リアルって。

だから、居・食・住さえ整えられる自信があったら
私は仙人生活をしたいんですよ。


リアルで発される言葉、ボディーランゲージや表情も含めて
それは心ある言葉なんでしょうか?

ネット世界にある罵詈雑言、悪辣で短い言葉。
それは建前なんですか?
そこに心は込められてないのでしょうか?
そんなことは無いでしょう。

どちらも、言語というものを通して
言語脳で思考して出てきたその人の言葉のはずです。
人間は言語で思考する生き物です。
ですから、それが発せられた環境で
その人の思いが変わるものではないと思うのです。私は。

ようするに、
リアルであれば
「そりゃーまずいよね、やめたほうがいいよ」
というところをネットでは
「ヴァカジャネーノ スルーしとけ」
となるんでしょうね。

まぁあれですかね、
受け取る側が言葉の表層だけを見ずに
キチンと言葉に込められた心を見つめられれば
相手の気持ちって案外手に取るように解るんだと思うんです。

つまり、言語とは自分自身のボキャブラリーはもちろん、
相打の持つボキャブラリーも推し量った上でしなければ
会話は成立しないということなのでしょう。

それはリアルでも同じ。
しかし、リアルの場合、非常に回りくどく
しかも綿に包んだりもするので、
相手の気持ちを非常に理解し辛く且つ
誤解を生みやすいんでしょうね。

あーあー、やっぱリアルに魅力感じないなぁ。

じゃあ、相手のボキャブラリーとかに期待せず
自分の思いを伝えるにはどうしたらいいか?
多分、繰り返せばいいんでしょうね。
これは解って欲しいと思ったら
しつこいぐらいそれを言葉にする。
そういうことでいいんだと思います。

これはリアルでももちろんそうですが、
表情や声に力入れていったんだから
伝わっただろうという自分の判断で
繰り返さないこと、多いと思うんです。


結局、、、、、誠意の問題か、、、、。
と行き着くんですよね、この問題。


ネット上で発される言葉。
それが長文であるということは、
それを発するのに、時間を要したということ。

その逆もまたあります。
読み手側がどれだけ、読むという行為に真剣になったか。
真剣になった分、それだけの時間を割いて
読んでくれているともいえます。

所詮、物事は等価交換なんですね。
書き手が使った時間を費やし、
読み手がそれを受け取ろうとしたか。
それが問題なんでしょうね。

例えば、2ちゃんやVIPに書き込まれる
たった1行の書き込み。
こんなの5秒で書いたんだろ。
そう判断するのは早計です。

その人がそのスレを初めから読んで書き込んだものだとしたら
どうですか?
たった1行かもしれませんが、
書き手は多大な時間を使ってその1行を書いたといえませんか?
最後は読み手の思うまま、
リアルであれば聞き手の思うままなんじゃないでしょうか?

残念ながら、声にした言葉も
文字にした言葉も
一度自分の中から離れると
もうそれは、発信者の思いとは
別の意味を持って、時にはあらぬ事を伝えてしまう。
悲しい現実ですね・・・。

それを防ぐのは、、、
何度も何度も繰り返すこと
解ってもらえるまで諦めないで繰り返す心なんでしょうね。


諦めないでカンバスに向かう。
いま私が欲しいのはそういう心なんですけどね。



フリーというこのバンド。
この演奏をした時期はもうメンバーの心バラバラだったはずなんです。
互いのエゴが牙を剥いてしまい、言葉すら交わさずにステージに立ったこともあったそうです。
それでも、ここまで一糸乱れぬ完璧な音楽を演れる。

なんでなんですかね?

それは多分、どんなエゴがあったとしても
美しい音楽とはこういうものだという「心」が
メンバー個人個人の中にあったからなんでしょうね。

切ないような哀しいような気持ちしますが、
言葉も結局は同じなんだと思うんです。
そこに「心」があれば、届くはずなんです。

この動画の音楽のような凄みやら、美は
どうしたって伝わってきちゃうものなんだと
私は思うんです。

プロなら完璧な演奏が出来るという訳でもないのです。
最後は心の問題なのです。きっと。

何があってもカンバスに向かう心が欲しいなぁ。

ipsilon at 14:54コメント(0)トラックバック(0) 

2010年06月06日

絵を描くのに必要な心って何なのだろう?
ここ最近ずっと考えてきたことなんですが、

最近webサーフしてて、いろいろな画家さんのサイトやらブログを
見てまわっていたら、なんとなく答えらしきものを見つけたんですね。

それが正解かどうかはわかりませんが、
同じようなことを考えてる人がいるっていうのは、
やっぱり嬉しいものです。

そこのブログをやっている方
端革創作家兼、絵描きという方。
この方、こよなく自然を愛してる方でして、
動物達の残した貴重な革の端っこを使わせてもらって、
絶滅しそうな動物達のことなんかのことも考えながら
創作されてらっしゃる方なんです。

ご自分の描かれた絶滅危惧種とかの動物の絵が売れたお金を
動物保護に寄付したり、
とにかく自然に敬意を払ってらっしゃる方なんです。

だから、革作品にも絵にも優しさが溢れかえってるんですよ。
そういうの、パっと見るとわかるんですよ。
何故かはわかんないですけど、伝わってくるんですよ。

これは、そこの方の描いた絵にコメントされてる方が書いてたんですが
動物の目はどの動物の目を見ても純粋さを感じるんだけど、
人間は違いますね。
っていうのにも、凄く共感したんです。
あー! 同じこと感じてる人がいる! 嬉しいぃー!ってね(笑)
まぁ、人間だけ常に白目が露出してるっていうのも
その原因のひとつかもしれませんけど、
やっぱ、同じ種同士だかから伝わっちゃう
感覚とでもいうのは、あるのかもしれませんね。

多分それは主に目が放ってはいるんでしょうけど
多分、その人が全身から放ってるんだと、
私は思いますけどね。

対人恐怖がまだ若干ある私なんかからすると、
敵意とか蔑みって空気はすぐ分かるんですけどね。
んま、被害妄想かもですけどね。かはは。


で、その方の知り合いの人が描いた、
風景画もブログで紹介されてたんですが、

その人曰く
「自然の美しさを描くことなど不可能
だから描くんです。
だから僕は画家なんです」とね。

意味わかんねーとか言わないでくださいね(笑)

つまり、自然はそれほど偉大で美しいってことなんです。
だからこそ描きたいし、
それをする人こそが画家と呼ばれるにふさわしい
てことでしょうね。

私もなんとなくそう思ってたんですよ最近。
毎日行く散歩で出会う光景。
何度も何度もスケッチしてみようかと思ったんですけど、
その美しさを描ききる自信が
まったく湧かない。それぐらい自然というのが綺麗に感じられていた昨今なのです。
「描きたいんだけど、どうやったってこれは表現できない
これを描くのはフラッシュバックしたイメージに基ずくしかないかもしれない・・・」
そういう風に思っていたのです。

その風景画を描かれた方も、見た風景より
見たイメージを重視して描いている。
つまり、じっと見てきた自然の織り成した光と影、
それをフラッシュバックさせて描いていると知って
私は本当に嬉しくなったんです。
同じことを考えてるプロの方がいるってね。

うんうん、わかる!
そうそう、私ぐらいのヘタレですら、
「ネフェルタリと豹」はそういうフラッシュバックで
完成時の画像が浮かんだもん。
そう思ったら嬉しくて仕方なかったんですね。

端革製作者の方も、やはり同じような思いのある方のようで、
これまた嬉しくなったんですね。

結局、つぶさに物を観察していると、
やっぱりそこに行き着くんだね。と思ったんです。
ま、あちらはプロの方、
こっちは端くれにもならないヘタレですけどね。

でも大事なのは心だよな。
とか思うわけでして。
その心が持てたことが嬉しかったりするんですね。

ですが、ここからが難しいとこです。
つまり、光と影を知らなければ本物の絵は描けないわけですから
少なくとも引き篭もってては駄目ってことなんですよ。

これ、絵を描き始めてから
ずっと私の中でくすぶってた事なんですけどね。
キチンと立体物というより、光と影を自分の目で見ずして
というより感じずに
画像や写真だけを見て描いた絵で
人の心なんて動かせないだろうってね。
動物を描きたいのなら、本物の動物を見ないとってことです。

色とかそんなのじゃないんですよ。
ようするに光と影。
人間は脳で物を見てるんです。目なんて光を感じる器官なだけなんですから、
色彩云々よりやはり鮮烈なイメージを与えるのは光なんですね。

だから、光を感じて脳に焼きついた物を表現しなきゃ
多分ね、伝えたいことは伝えられないんだと思うんです。
色だって所詮光の一種でしょ。
全てが光と影なんですよ。明暗、陰影。

紙に印刷された写真なんて
しょせんCMYKなんですよ。
PCのモニターが作る色なんてRGBなんですよ。
でも、自然が作る光と影はそんな単純じゃないんです。
だから美しいんですね。

至極あたりまえな事かもしれないですが、
デジタルがここまで生活に浸透しちゃうと
案外気付けない事かもしれませんね。


水面を描いた絵。凄まじく美しいなぁ〜。
こんな絵を描いてみたい。

IMG_2881


↑これは私が何年か前に作ったプラモデルの戦車。
このころはまだヒッキーではなかったので、
世の中にある汚れや錆とかを眺めては
プラモに描いていったもの。
いまだに、これを超える描写のものって
実は描けてないんです。
隣の100円玉で、戦車の大きさもわかるとは思いますが、
よくもまぁここまで出来たな、昔の自分! とね。

鉄の地肌を白く塗ったものが剥がれ、錆、くすみ
埃や泥がつき、泥が乾いていたり、その上にまた泥がついたりと、
様々な表現した記憶あるんです。
この作品、当時のプラモ仲間に凄く好評だったんですよ。
仲良くしてた方が似たテーマで
泥だらけの戦車こしらえて、
その方はコンペで1位を獲得されたんです。
それを作る動機になれたかもってとこは
私のちょっとした誇りなんですけどね(笑)

私の作ったプラモのHPはリンクにありますので
興味のある方はどうぞ覗いてみてください。

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ipsilon at 19:36コメント(2)トラックバック(0) 

2010年06月03日

ハイ! イラスト「ネフェルタリ」のモデルになった人
紹介しときまっす!
Angham Mabatさんね。



タレ目ちゃんで綺麗なエジプシャンですよ。
こうやって動いて喋ったり歌ったりするのあると、
イラストもイメージ沸きやすいんだろうね。
まぁー綺麗な人ですよ。
てかPVの中で瞬きしないんだ。
スッゲー頑張って撮影したんだろうなー。
編集にしたってこれスゴイね(笑)

私的には、優しくて温かい顔立ちでイメージして
モデルを探したんだけど、画像ですぐビビっと来たよ。
ようするに描きたくなる顔だったってことですね。

PV見ててもそういうイメージ崩れないかな。
笑顔がいいね、この人。あと声が可愛らしい(笑)
子供っぽいっつーか、ロリ心を刺激するかも(笑)


↑こっちのは大人っぽいけど、やっぱ子供声かわゆす(笑)
ネフェルタリは旦那のラムセス二世と一緒に戦争にもいった人だから
こういう凛々しい顔もしたのかもねー。
んま、美人というのは色んな表情ができるのという
美点を持ってるのかもしれませんねー。
でも声は可愛ゆす。かはは。

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ipsilon at 13:22コメント(4)トラックバック(0) 

2010年05月31日

さて、クレオパトラの絵について
もう少し考えてみます。
考察元は前記事と同じここね^^;

なんか、つとに眺めていただけでも、
絵にクレオパトラに好感のあるものってないですね。
どれももの悲しく、寂しいものばかり。

一番生気を感じるのは、やっぱり一番最初の絵かな。
カエサルとクレオパトラが出会ったのはアレキサンドリア。
ということはエジプト国内。
この絵に描かれている室内の様子とか、いいですね。

カエサルは赤い衣装、クレオは白に復元ですかね、
されてますが、これは主要人物を目立たせる効果もあるんでしょうけど、
まだその2人が敵とも味方ともつかない関係であることを
暗示しているようですね。
どちらの人物も、片手は握られ、片手は開かれています。
クレオの侍従の手もそうなっています。
開かれた手は、力が入っていない≒信頼しているを暗示。
握られた手は、緊張関係を思わせます。
主要3人以外の人物の手が描かれていないことを考えると
ここには多分画家の想いがあるんでしょう。

クレオが侍従にかけた手は、あきらかに信頼を感じさせる描写。
そしてカエサル側にある手には力が入っています。
よく見ると、カエサル側のクレオの足も警戒している感じがします。
侍従の右手はまるでクレオを守るかのような描写。
左手は強く握られ、これも警戒心を感じさせますし、
彼の視線にもそれが垣間見えます。

そう見ていくと、この絵はクレオに好感を持った絵だと思えますね。
なにより、明暗や彩度をクレオに集中していることで
それが読み取れますよね。
まるで、クレオにスポットライトがあたったような
明暗表現ですからね。

この絵は優しさがあっていい絵ですね。

私思うに、クレオは2人の男性を愛したのですが、
多分、アントニウスよりカエサルのほうが
好きだったんだと思うんですよ。

彼女が死を選ぶ機会って2度あったといってもいいと思うんですよ。
でも、カエサルが暗殺されたときは
希望を捨てなかったんですよねー。
そう考えると、カエサルによって、
希望を持ち続ける力というかそんなものを受け取っていたって
思えるんですよ。
まー、アントニウス亡きあとに味方がなかったってのも
あるんでしょうがねー。

むー、リンク先、たくさんの絵があるんだけど、
本当に、グっとくるというか、クレオに好感のある絵は、あとは
旗艦上のクレオパトラとJean-Andre Rixensの描いたものかなぁー。

あとはどの絵にも、権力の対立とか悪意とかね、
そういったものが読み取れるんですよ。
例えば衣装。
なぜ、主要人物を服の色が赤と青なのか考えただけで、
それはわかりますよね。
つまり赤軍VS青軍。

カエサルやアントニウスと一緒にいる絵でさえそうです。
侍従の人数差とか、背景に当時一番有効だった武器の
ハルバード(槍の先に斧がついたもの)
を描いていたりとかね、かなり攻撃的なの。。。

クレオを脱がせているのは、
明らかにさ、「こいつ色仕掛けで権力手中にしたから」
という蔑みを感じるのね。
死の場面もこれは、同じ。
だから、その絵にも好感が持ち辛いのね。

旗艦上のクレオパトラは美しいんだけど、やっぱ物悲しい。
画面中央上には、迫り来るローマの軍船かな、が
鮮やかな色で描かれているんですよね。
危機を伝えるためにやってきたアントニウスの軍船の兵士とかに
覇気も感じられませんね。
クレオの右にいる侍従は慌てています。
ひとり、安寧しているかのようなクレオと彼女の為に跪いて
笛を吹いている侍女の2人の表情は
諦観しきった面立ち。とても悲しいもの。
滅びの美を表現してますかね。
でも美しい絵なことは間違いないですね。

Jean-Andre Rixensのものは、
まるでカメラで彼女の死を捉えたかのような
画家が意思を捨てて描いた場面に感じます。
彼女に右にいる侍女だけが生きているんですが、
彼女の視線の先には、
頭巾をかぶった人とも死神ともつかない人物(?)
がいますよね。

この2点の絵には、ヒエログラフとか
エジプト的な描写が多いので、
クレオに敵意とかを感じないというのがあって好きなのかもですね。
この絵が描かれた時代は多分、まだロゼッタストーンが
発見されていなかったので、ヒエログラフの意味とか
分からなかったはずです。
それでも、そういうモチーフを入れ込んだ画家の心情を考えると
クレオに好感ある絵だって思うんです。
彼女を守っていたであろう、エジプトの神の像とか、
エジプトハゲワシとか鷹のモチーフもそうですね。

安易に薔薇とか使ってる絵とかもねー。
ちょっと嫌(笑)
確かに、クレオパトラは薔薇をこよなく愛した人だけどさ、
それなら旗艦上のクレオパトラみたいにね、
豪快に描かないとでしょ(笑)
だって、宮殿の床を薔薇で埋め尽くしたとかさ、
薔薇の香水使ってたとかさー
ローマ人が薔薇好きだったから、
エジプトでも沢山作ってたらしいしね。

でもエジプトなら、ブーゲンビリアとかさー、
エジプシャンが大事にしてきたロータスとかもあんでしょとか
思うんですけど、
絵が描かれた時代は、現在よりそういった情報が
少なかったかもな、と考えると
そこを攻める訳にもいかない気もしますね。

するってーと何かい?
そんだけ情報が増えた現代人ならさ
ここにある絵より優れた絵を描けて当然なんじゃないの?
とか思っちゃうとね
もー最近の文化人のダメダメ度がわかるってもの(笑)
まぁそれは自分を含めてだけどね。

なにはともあれ、印象派とかが現れるまで
画家って職業は貴族というパトロンあっての仕事や生活だった
時代背景を考えるとね、
多くの絵は
「ちょっとさ、なんかクレオパトラの絵、1枚描いてくんない」
みたいな依頼があって描かれたと考えると
どうしたって、権力社の趣味に合わせざるを
得なかっただろうと思えるのね。
どうしたって、クレオの没落した姿とかにならざるを得なかったのではないか?
そう思えるんですよ。
まーそれでも、ヴェネチア派の絵とか、やっぱ色使いやらは綺麗ですよ。
ヴェネチア派の絵は、私実物見たことあるんで、
想像ができます。

ただ、ロマン派以降、
クレオの絵ってあんま描かれてないようなのが気になる。
けどそれは、多くの画家が、こういった作品を見たあと
彼女を絵の題材にしようと思えなかったのも、
なんかわかる気がするんです。

庶民が楽しそうに暮らす光景とか、
愛情溢れる家族とか、そういうの描きたいって画家のが多いでしょうしね。
実際、貴族がパトロンとして必要なくなって花開いたのは
そういう絵ばかりだった訳ですから。

恐らくそれに、反旗をひるがえしたのは、
世紀末派のクリムトや、シーレといった人達だったのでしょう。
ま、私はこういう滅びの美がけっこう好きなんですけどね。かはは。

祇園精舎の鐘の声〜、所業無常の響きありですよ(笑)

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