連絡事項・ご挨拶・伝言

2015年03月06日

あいさつは、はつらつとした人間性の発露であり、伸びようとする精神の弾みである。
外交といっても人間の出会いから始まり、それはあいさつから始まる。
大いなる友情の海原へと船出する、心の交流の門戸こそ、あいさつにほかならない。

(池田大作)


ネットだからなのか、ブログのコメント欄だからなのか、
礼儀も挨拶もすっとばして、いきなり自分の聞きたいことを質問する人が多い。

もっと酷い場合、
いきなり私の書いた記事をコメント欄で引用して、
それに対して意見を切り出す。

はっきり言えば、
もうそういことをしている時点で、私はその人の人間性を疑うわけですよ。
で、その疑いは、ほとんど的を外したことはない。
真面目に対話をするつもりがあるなら、
ひとまずまともなHNを使うとか、そいう部分でも、相手の人間性は案外読み取れるものですよね。

通りすがり、だとか、それに見合ったHNでコメントすること自体、
真面目に対話するつもりがない。
私は大体、そういう風に感じるし、
現実、いままでのブログ運営経験からしても、それで間違いはなかった。
(たまに例外もありますけどね)

ともあれ――
社会経験の中でも、
挨拶ができない人で、仕事の出来た人には、ほとんど出会ったことがない。

挨拶をしない。
はて? その心理とは一体いかなるものか?

私などが思うに、それは相手を人間として敬っていなということではないだろうか。
たとえ相手がそうであっても、私は人間を敬うべき。
仏の道とは、そういうものであろう。

しかしまだ、私はそこまで出来た人間ではない。


また、コメント欄を閉じたということは、コメントへの返信も遠慮申し上げたいという、
意思表示でもある。

理由は様々あるが、それでも、私が必要であると思えば、
コメントへの返信はしてきたつもりだ。


親しき仲にも礼儀あり。
いわんや、親しくもなっておらず、信頼関係も築けていないであろう間柄で、
いきなり不躾な質問を連発されて、懇切丁寧に質問に答え、
礼を尽くせるほど、私は大人ではない。

自分の聞きたいことだけ聞いて、聞きっぱなし。
質問に答えた、私の存在など気がついていないかのような素振り。
会話というキャッチボールも全くない。

最低限、質問をして答えてもらったなら、
それなりの態度を示すべきではないだろうか。
それが人間として当たりまえのことではないだろうか。


ここは個人のブログです。
また、公共の場でもあるが、あくまでも個人のブログである。
そうである以上、コメントというものは、
公共の場所にあっての、私個人への私信であるということだ。

ここは、2ちゃんねるや、VIP掲示板ではない。
また、2ちゃん、VIPのまとめブログでもない。

よって、上記したブログへの感覚でされるコメント
(いきなり要件を切り出すものや、
何が伝えたいのかわからない一行コメなど)
に対しては、一切返信をするつもりはありません。
場合によっては即削除もありえます。


また、質問をするとしても、大人としての節度を持って欲しいとも思う。
いわゆる「教えて君」。

質問をするにあたり、
自分はこうこうこうだと思ったのですが、
ここに書かれていることは、どういう意味であなたは言っているのですか?
といったように、まず、
自分の頭で考えてから質問するというのが、大人
というか社会人一般の良識であろう。

ネット環境ゆえ、コメントされた方が、大人であるか、
学生であるかの判断など、つけようもない部分はあるが、
何となくわかるものである。

リアルでもネットでも同じである。

例えば、人に道を訊くのに。
いきなり、「おい、どこそこに行くにはどう行けばいい?」と質問する人などいないだろう。

Excuse me.

それぐらいの礼儀があるのが普通ではないだろうか。
中学生でも、それくらいは出来るのではないだろうか。

また、教えてもらえたなら、

Thank you !

そうするのが当たり前である。

自分が当たり前のことをしていないのに、
相手が当たり前の態度を示さなかったからといって、怒らないようにしてくださいね。
この世界は、自分のやったことが、最終的には、自分に帰ってくるのです。
自己責任です。その点を頭の片隅にでも入れておかれると良いのではないだろうか。

中二病。
ネット世界では、それですまされると思ってる大人が、多すぎる。

場を弁えないコメントへの返信は今後、一切しませんこと、
悪しからずご理解ください。

こんなことまで一々記事にせざるを得ない状況が、
私は悲しい。


そうよ、私は冷酷なのよ。
アイスマンなの!
何が悪いのよ!


こんな記事を書いて、私が不愉快になってないとでも思うんですか?
生命力落ちるんですわ。(こんなのは愚痴ですがね)

だから、自分で自分を励ますために、そういう曲を貼っておくのだ。
本当は、そういう記事以外、一切合財、書きたくもない。

一人はみんなのために、みんなは一人のために

そんなこともわからないのですかね。
自分のことをやれば、それはみんなのためになる。
そういう一人をみんなが認めれば、許せば、それは結局みんなのためになるでしょ。

そうやって、みんなが自分のことをやって、みんながみんなを認め合えば、
世界は平和になるって言ってるんですよ。

だから、人のこととやかく言いたくないんですわ。
言えるのはたった一つ。自分の頭で考えなさいということだけ。

一人立つ!
それ以外に何もない。

一人立つ前に、支えが必要なんだとか言いだすから、
甘えや依存になるんでしょ。
順番が違うんだよ。

一人立てば、おのずと自分の限界はわかる。
一人ではどうにもならないことがあると、おのずと気づく。
であれば、人に何かしてもらえたなら、支えてもらったなら、
自然に「ありがたい」という気持ちになるものだ。

一人ではどうにもならない時、人に何かをお願いするとき、
自然に「ありがたい」と感じるものだ。

すなわち、物事に対して「ありがたい」と思えないのは、
一人立っていない証拠であり、甘えて、依存している証拠なのです。




ipsilon at 11:54 

2015年03月04日

大変申し訳ありませんが、しばらくの間、コメント欄を閉じます。
また、コメントへのリコメもできていませんが、ご理解、ご容赦ください。



じぶんで、したことは、そのように、はっきり言わなければ、かくめいも何も、おこなわれません。
じぶんで、そうしても、他のおこないをしたく思って、にんげんは、こうしなければならぬ、などとおっしゃっているうちは、にんげんの底からの革命が、いつまでも、できないのです。

太宰治


啓蒙とは人間が自ら招いた未成年状態から抜け出ることである。未成年状態とは、他人の指導なしには自分の悟性を用いる能力がないことである。
この未成年状態の原因が悟性の欠如にではなく、他人の指導がなくとも自分の悟性を用いる決意と勇気の欠如にあるなら、未成年状態の責任は本人にある。
したがって啓蒙の標語は「あえて賢くあれ!」「自分自身の悟性を用いる勇気を持て!」である。

E・カント


悟性=カントでは,理念の能力である理性と異なって,感性に受容された感覚内容に基づいて対象を構成する概念の能力,判断の能力をいう。

ヘーゲルでは,具体的普遍の認識に至る理性に対して,物を個別的・固定的にのみ見て統合しえない思考の能力,非弁証法的な反省的・抽象的認識能力をいう。 もともと仏語として「悟り得る素質」の意で用いられる。


――自分の頭で考える、
決意と勇気を持て!

そして自分のしたことだけを語れ。
しようと思っていることを語るなかれ。


PS:プリッツさん、関西のおばさま、nihilさん、さくらさん、
温かいコメント、ありがとうございます。
身勝手、ご容赦ください。

頂いたコメントやコメンターに差別をつけるつもりはありません。
ですが、私がリコメをし、言葉を返せば、
面倒なことになるので、スルーさせて頂きます。

やりたい方は、どうぞ、嫌がらせでもなんでもしてくれて構いませんよ。
ですが、速攻で削除しますこと、ご理解ください。




ipsilon at 02:39 

2013年08月31日

何度やってもコメントがはじかれるのは、ライブドアのサーバ自体の不具合のようですね。
順次改善されるとのことなので、しばらくリコメはできないかもしれません。

ご理解、ご協力のほど、よろしくお願い致します。

うーむ、でもなんとかならんのかなぁ……と考えて、管理者モードでやってみたら、
リコメできましたぁ!

放置、とにかくそれはしたくなかったので、スッキリ!
関係各方面にいろいろとご心配をおかけしていますが、大丈夫です。
自分を見失ってなどいませんから。

喜怒哀楽、うんちゃらかんちゃら、それら全ての感情が、
我が心の産物であることなど、忘れようはずがないのですから。
だって、それを絶対に忘れないために、そのことを一人でも多くの人に気づいてもらえる使命を果たすために、あの地獄の7年間があったことは、誰あろう私自身が一番良く知っているからです。



ニューガンダムは伊達じゃない!
っておい、シリーズ間違えてるって! それは逆シャアですからぁ〜☆

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ipsilon at 21:32コメント(0)トラックバック(0) 

2013年08月04日

 ここ最近、一部閲覧者の方のコメントで、心ある閲覧者とコメンターの方々には大変ご迷惑をおかけしています。
 しかし、なにとぞ、なにとぞ、くだんの方のコメントには反応なきようお願いいたします。

 私としましても、多くの方に不快感を与えないように、くだんのコメントをされた方のIPにて、
 コメント拒否をしました。しかし、それとて相手の方がプロキシサーバを通すなどの処理をすれば、
 別のIPにて、コメントできる状況にあります。
 ですから、この先も不愉快な思いをさせてしまう可能性がありますが、ご容赦、ご理解くださいますよう、お願い申し上げます。

 これは私の個人的なスタンスになりますが、問題が起きたからといって、これまでしてきたコメントの解放性を放棄するつもりは毛頭はありません。この理由は何回か、記事にしてきたので、ここに詳細は記しませんが、その点、重ねてご理解くださいますよう、お願い申し上げます。


 世の中には、色々な人がいます。
 私のような創価学会員。そうでない人。私とは違う宗教を信仰されている方々、そして、創価学会を退会された方、アンチ創価学会の方、などなど。
 いかなる理由かは私としては知見しようはないのですが、そうした方の中の極一部に、異常に創価学会又は、創価学会員個人に対して激しい憎悪を持つ人がいます。
 しかし、そうなったことには、必ず原因があるわけです。

 そうした方は、そうなってしまった原因と結果を、ご自身の中に求めていないだけなのです。
 仏法は内道です。そうしたことを理解されている心ある人々からすれば、それは、間違った信仰に憑りつかれているにすぎません。
 同じ宗教を信仰する者といっても、突き詰めれば、一人一人が自分自身教、自分自身宗といえます。
 ですが、社会や他人に対して憎悪を向ける人の多くは、他人教、または世間教になってしまっていると言えるでしょう。ようするに、世法に流されてしまっているということです。もっと言えば、信仰が外道になっている(原因と結果を自分の外に求めている)ということです。
 
 別の言い方をすれば、縁に紛動されている姿ともいえます。
 それは、娑婆世界という時間と空間のある、動的な世界の中で、確たる基準点を持たない根無し草のような生き方といえましょう。娑婆世界は時間と空間があるので、「ここ」と基準点を設置することなど不可能なのです。
 地球の「ここ」といったって、地球それ自体が動的ですので、「ここ」は基準点たりえない、そういうことです。

 しかし、創価学会の思想は違います。
 九識という、南無妙法蓮華経という時間も空間も超越した(別の言い方をすれば、時間も空間も存在しない)静的な絶対に揺るがないものを自身の基準点としているわけです。ですから、いつも同じ場所に根を張った大樹なのです。
 暴風雨にも荒波にも風波にも絶対に揺るがないということです。

 私とくだんのコメントをされた方の違いは、その点に気づいているかいないかの違いなのです。
 ですから、心ある閲覧者、およびコメンターの方々におかれましては、そう心得て頂き、
 くだんの方に対して怒りや憎悪を持たないようにしてほしいのです。
 縁によって、自分の中に湧いた怒りであっても、その怒りは自身を滅ぼすからです。
 何度でも言いますが、これは私の体験でもあります。私はこのことで地獄を見たからであります。

 ゆえに、くだんの方からのコメントがあっても、絶対に反応しないで、無視して、華麗にスルーして欲しいのです。華麗に踊りながら、歌でもうたいながら、スルーです(笑)
 もちろん、私の方でも、出来る限り、閲覧者の方々に不愉快な思いをさせないように処置してまいりますが、
 何分、個人運営のため、行き届かない部分もあるかと思いますが、何卒、ご理解、ご容赦、ご協力のほど、
 よろしくお願い申し上げます。

 悪意に悪意をもってすれば、それは憎悪の連鎖を生み、悪を増長させるだけなのです。
 心ある方々の我慢ならない不愉快なお気持ちは理解できるつもりですが、その点、重ねてよろしくお願い申し上げます。

 一応、心ないコメントをされた方に、どんな背景があったかは、私の方である程度は把握しました。
 なぜ、誹謗とも言えるコメントを投稿されたかも、ある程度理解しています。
 もちろん、それは私個人の主観ですが、どうしてもその理由を知りたいという方は、
 メールにてお問い合わせください。お答えしますので。

 私が憎まれることは厭いません。しかし、くだんの方が悪口することで謗法を重ねることを私は望みません。
 つまり、私に縁することで、謗法を働かせる結果になることを、私は望んでいないのです。
 ゆえに、絶対に反応しないで、無視して、華麗にスルーして欲しいのです。
 みなさんが縁する(コメントなどで反応すること)で、謗法を働かせれば、なおさら、くだんの方を……と思うからです。(ここ、直接的な表現は避けますよ)
 ともかくも、よろしくおい願いいたします。


 余談ですが、私の目指すところは不軽菩薩です。
 怒りを感謝に、
 不信を確信に、
 不決断を行動にするために唱題に励んでいるつもりです。

 中でも、一番苦労していることは、「怒りを感謝に」であります。
 ですから、心ある閲覧者、ならびにコメンターの方々におかれましても、不必要な苛々や、怒りを抱えて欲しくないのです。そう思うゆえ、絶対に反応しないで、無視して、華麗にスルーして欲しいとお願い申し上げました。

 怒るのであれば、相手に対してではなく、諸天に対してでしょう。
 なんでこんな状況なんだ! いい加減にしろ! こっちは真剣にやってるんだ!
 そういう怒りこそ、真の日蓮仏法行者の持つべき怒りかと思います。
 鶴岡八幡宮で大聖人が抱いた怒りはそうした怒りのはずです。

 ともあれ、諸天の加護にはじめから期待するのは、甘えでもありましょう。
 ゆえに、私は、

 「詮ずるところは天も捨て給え諸難にもあえ身命を期とせん」――これでまいります。

 そもそも、こういう状態になったことは、僭越ながら、私の信心が正しいということの証明であると、
 私は受け取っています。娑婆世界的に見ても、私の行動が原因で、ここにくだんの人を引き寄せたことは、私自身しっかりと証拠を発見して認識してもいます。
 ゆえに、心配ございません。

 ですから、「憎まば憎め」であり。
 「喜悦はかりなし」であり、「難即安楽」なのであります。

 ふふふ、以前の私は、親姉弟家族、元カノという一番身近なところに現れた、(己心の)魔を魔と見破れず、
 電池の切れた潜水艦(それも潜航して着底したもの)になってしまったのです(笑)
 二度と同じ過ちをくりかえすつもりは、ありません。
 海底に沈降すると、酸素が汚れて息も出来なくなるんですよ。しかも、日光にもあたれません(笑)

 これはあまり口外したくないのですが、実は、いま抱えている悩みも、とても身近な友人との間の葛藤です。
 これが魔の所為でなくて、なんでありましょう。見破れば、魔は諸天の加護です。
 ならば、唱題で叱咤激励するのみであります。
 おいこらー! 諸天ー! ヤルキはあるのかー! と(笑)
 オレはヤルキあるぞー! 君がそんなんじゃ困るわー! ともね(笑)

 あ、それから、誰人も、私も含めてですが、組織に対しての不平不満はあるでしょう。
 しかし、先生のご指導を拝すれば、そんなものは問題でないことが理解できるはずです。
 そのご指導を記しておきます。

 組織の善悪を超克して、現在の創価学会(原文は日蓮正宗創価学会)の崩れざる発展をみるときに、見事なる先見と感嘆するのは、私一人ではないと思う。

 組織の善悪を超克する心なきものは、心ある創価学会員といえない。
 そういうことではないだろうか。




 【追記】誤字のご指摘ありがとうございます^^ 訂正しておきました。

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ipsilon at 13:21コメント(10)トラックバック(0) 

2013年07月07日

 少し、リコメが遅れると思いますが、ご勘弁ください。
 イプシロン、ただいま、調整中なのです(笑)

 電池の向きを間違えたようで、なんか変なのです。
 でも、大丈夫、イプシロンは交流で動いてますからね(笑)

 例の本(『ベロニカは死ぬことにした』)は、読了しました。
 ええ、嘘だろ! ってくらい読了感のよい、ハッピーエンドでした。大どんでんがえしの後、ハッピーエンドでした。
 人生、捨てたもんじゃないネ☆

 それだけ報告しておきます(*・ω・)ノ



 過去を悔いたり、過去のことを考えたり、未来に不安を抱いたり、未来に恐怖をもつ必要なんてないんです。
 ただ、「いま・ここ」にある「今」を生きさえすればいいんです。
 「今」を、だたただ、必死に生きればいいだけです。
 「今」に疲れたら、必殺の寝逃げで、エネルギーを養えばいいのです。

 そんなことをしているうちに、根は深く強く張っていくのです。

ipsilon at 19:06コメント(0)トラックバック(0) 
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