小説『吾輩はハムスターである』

2012年12月13日


 今日はブッポウについて話さなければならない。とても緊張するのである。なにしろボクにしてみれば、難しいテツガクなのだ。それでも一生懸命説明しなければならないのだ。お兄ちゃんに教わったテツガクをボクは話さなければいけないのである。どうぞ皆さん、耳をそばだてて聞いていてください。

 なんでも大昔にいたブッダというヒトが説き表わしたジッセンテツガクだということらしい。ボクに関係があるのは、その中でもほんのわずかな部分だ。
 例えば、好き嫌いという感情。これはブッポウでいうと、畜生の命なのだそうだ。好きな存在だけに優しくし、嫌いな存在には冷酷である。ボクの中にもあるそうした気分をさしていうらしいのだ。少し前に説明した、縄張り意識というものも、これに当たるらしい。
 また、ボクが脂っこくて甘いものばかりを好む性質はブッポウでいうと、餓鬼の命なのだそうだ。行きたいところに行きたい、やりたいことしかしない。そうしたこともこれに当たるらしい。

 それともうひとつ、地獄という命がボクの中にはあるらしいのだ。これは苦いものを食べてしまし得体の知れない恐怖に駆られたり、これまで感じたことのない生き物の気配を感じて恐れたり、高いところから落ちて、痛みを感じたり、焦ってエサを食べようとして喉につまって苦しくなったりしたときのことらしい。

 まあボクの日常には当たり前にあることなので、そういわれても特別恐ろしいとも、なんとも思わないのである。
 なんでも人間さんには、こうした地獄、餓鬼、畜生とは違ったキョウガイというものがあるらしい。
 修羅、人、天、声聞、縁覚、菩薩、仏、がそれなのだそうだ。
 ボクにしてみたらチンプンカンプンなのであって、とても理解できるものではなく、ボクの方が幸せなのか人間さんの方が幸せなのかはボクにはよくわからない。つまり、ボクからすれば、地獄、餓鬼、畜生というキョウガイを知っていれば充分なのである。もっとも、こうしたことはお兄ちゃんに出会わなければ一生知ることもなかったのだが、知ったからといって何かが変わったわけでもない。
 ただ、なんとなく思うのは、ボクがある日体験したことで――ああ……これがお兄ちゃんのいっていたことなんだろうな、と気づいたような気づかなかったような、そんな気がするだけなのである。

 それでは、その時のお話をしよう。
 ある日、ボクはなんだか体に力が入りづらくなったり、きちんと歩いているつもりなのに、よろけるようになったのだ。
 ――あれえ? なんでだ? そんな気持ちはあったけれど、特別気にすることもなかった。そうした日が数日続いたあと、いつにも増しておつむが悪くなった気分を感じたのです。あれをしようと思っても思い通りに体が動かない。あんなに好きだったヒマワリの種もなんだか食べる気がしない。ただただ、眠いのである。
 そんな風にして、うとうとと眠る時間ばかりが増えていったとき、突然前足や後ろ足がプルプルと勝手に動くことに気づいたのだ。体はとても怠く、おつむもぼんやりとしていて、少しばかり苦しかったのだが、足がプルプルと動くと、そうした苦しさが癒されるのに気づいた。だから、足が勝手に動くことは気になったのだけれど、そのままにしておいたのである。

 それからしばらくすると、ボクはとてつもない眠さに襲われたのだ。その眠けはこれまで体験したこともない強い眠気だったせいもあって、とても起きていることなど出来なかったのだ。体が軽くなるようなほんわかとした幸せな気分と、これまでに感じたこともない満足な感情がじんわりと湧き上がってきたので、あえてそれに逆らおうとは思わなかったのだ。そうしてボクは深い深い眠りに落ちたのである。

 そのあとボクは、もう自分の足をみたり、毛に覆われた自分の体や、あんなにモゾモゾしたおしっこをする部分を二度と見ることはなかったのだけれど、なんの不安も感じなかったのである。

 お兄ちゃんは『それが死ぬということなのだ』と何度もボクに話してくれたような気はしたが、ボクにはよくわからなかったのだ。なんでもハムスターというのは、畜生界の生き物らしいので、ボクはこうしたなんの不安もない眠りに落ちたらしいのだが、人間さんがどうなのかということに関しては、ボクにはよくわからないのである。だけれども、ボクは思うのだ。できうれば多くの人間さんがボクと同じような眠りに出会って欲しいと……。


 ボクは今、夢の中にいる。不思議なことだけれど、お兄ちゃんの顔は見えなくても、ニオイがしなくても、何故だか声だけは聞こえるのである。だから、『ねえチッチ、あのお話をしてよ』というお兄ちゃんからのお願いに応えたのだ。なんでもこうしたお喋りは菩薩行というらしいのだが、ボクにはよくわからない。でもなんだかとても眠いのだ。少し眠るとしよう。

 それでは皆さん、またお逢いしましょう。さようなら。

                                チッチ


追伸。誰でも良いので、お兄ちゃんに伝えてください。
ボクが深い眠りに落ちたとき、どこも苦しくなかったし、どこも痛くなかったと。
お兄ちゃんは、随分長いこと、それを気にしているみたいなので。
二年と半年、楽しい時間をありがとう。そう伝えてください。
お兄ちゃんからの声は聞こえるのだけれど、ボクは上手に声を出せないのです。
とてもとても眠いせいなのかな?……

(――完―― 前へ あとがきへ 第一話へ この記事の最初に戻る

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ipsilon at 15:07コメント(0)トラックバック(0) 

 ある日、ボクはとても驚くべきものを見た! それを見た時の恐怖は言葉では説明できない。ただただ、とても怖かったのだ。そいつはチョロチョロと動き回り、ボクに聞こえる高い音で時折り話しかけてきた。だけれども、その存在もボクに対して恐れを感じていたらしく、積極的に接触してくることはなかったのである。

 そもそも、ボクはボク自身がどんな格好をした生き物であるかを知らなかった。前足がニ本あって後ろ足が二本あり、うんちとおしっこをする器官があり、全身が毛で覆われているらしいことは知っていたが、それ以外は分からなかったのである。人間さんは鏡というものを使って、自分がどんな姿をした生き物であるかを認識しているらしいので、自分に似た姿のものを見ても、さして驚かないらしいが、ボクたちは違うのである。

 ボクだってお兄ちゃんが冗談でおいた鏡で自分の姿を見たことはあったが、それが自分自身であるなどと確信することもなかったのである。それゆえ、ボクは仲間に出会っても恐怖を感じたのだ。確かにボクに似たニオイがプンプンしていたのだが、それがジャンガリアンハムスターの雌であると気づくのには、随分と時間がかかったのだ。
 残念ながら、ボクと同じようにケージで暮らしていた彼女と仲良くなることは出来なかったが、お兄ちゃんが彼女につけた名前くらいは憶えている。よっちゃんがそれだ。なんでも、『魔法使いサリー』というアニメに登場する女の子の名前なのだそうだ。
 よっちゃんは気性が荒く、お兄ちゃんにも懐かなかったのだそうだ。実際、ボクもよっちゃんが良く――シュ! ジュ! と怒っている声を耳にしたものだ。
 だけれども、ボクはよっちゃんに大変感謝しているのだ。なぜならば、自分がどんな生き物なのかを教えてくれたのは彼女なのであるからだ。雄と雌という違いはあれども、ボクが暮らしていて一番衝撃的であり、また感動的だったできごとは彼女との出会いにあったのである。

 しばらくの間、ボクは彼女の存在を嗅ぎ取っていたのだが、ある日を境に彼女の放つニオイが少しずつ消えてゆくのを感じたのだ。
 お兄ちゃん曰く、よっちゃんは早死にしてしまったということらしいのだが、ボクにはよくわからないのである。
 死んじゃう。死ぬってなんだ? お兄ちゃんはブッポウとかいうテツガクを使ってボクにとても丁寧に説明してくれたのだが、どうしてもボクにはわからなかったのだ。少ないおつむを使って、ボクはボクなりに想像してみたり必死に考えたりもしたのだが、とんと見当がつかなかったのである。そしてそのうち、そうしたことも忘れてしまったのだ。
 そんなことよりも、美味しいものを食べたり、気持ちよく眠ったりすることのほうが、ボクにとっては重要だったということだ。
 そうしたこと以外で気になったことといえば、おしっこをする部分がなんだかモゾモゾとして、落ち着かない気分になったことだ。こうなるとやたらとストレスが溜まり、それを発散しようとしてケージの棒をガジガジと齧ったり、所構わず走り回ったりしたのだが、どうにもこうにもならない奇妙な欲望を抑えることが出来なかったのである。

 お兄ちゃんの彼女はなぜかわからないが、そうしたボクの気持ちを知っていたらしく、よっちゃんをボクのために連れてきてくれたのだそうだ。
 もしも、ボクがよっちゃんと同じケージで暮らすことになったならば、ボクにはよくわからないながらも、おしっこをするところのモゾモゾ感をまぎらわす方法に自然に気づくことができたらしいのだが、ボクにはそういう機会が廻ってこなかったのである。

 その他にも、ボクには好きなものには優しくして、嫌いなものには冷酷な態度を取るという習性があるらしいのだが、なにしろボクはずっとひとりで暮らしてきたので、あまりそういう気分になったことがないのだ。あえていえば、お兄ちゃんの彼女はあんまり好きではなかったといったところだ。そうではあっても、特別嫌いというわけでもなかったのである。ただなんとなくであり、理由があって好きになれなかったわけでもない。
 どうしても正確にいい表わせといわれたならば、お姉ちゃんはあまりエサをくれなかったからだろう。

 こうした感情は人間さんにもあるらしく、お兄ちゃん曰く、本能というものらしい。ボクには難しすぎて良くわからないし、気にしたことすらないのであるが……。

(つづく…… 前へ 次へ 第一話へ この記事の最初に戻る

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ipsilon at 14:07コメント(0)トラックバック(0) 

 「こっちの水はあーまいぞー、こっちの水はにーがいぞー」
 ボクにうたを歌うことができるかと聞かれればできないと答える。しかし、今日のお話に必要であるから、歌ったまでだ。人間さんの世界でもそうらしいが、ボクたちの世界も同じで、自分が好きな甘いものばかり食べていると肥ってしまうのである。幸いボクの場合、主人であるお兄ちゃんがカロリーの管理をしてくれていたので、肥満で困ることはなかったのである。
 それでも食べ物に関するボクの執着はとても強いのだ。お兄ちゃんにいわせれば、呆れるということだそうだ。ボクにしたらそれでも遠慮して、それほど頬袋を活用することもなかったのだけれど、ハウスに保存食として持ちこんだエサの量に思わず笑ってしまったのだそうだ。

 ボクたちが大好きなのはヒマワリの種がよく知られているようだけれど、基本的にボクたちは食べられそうなものなら何でも食べる。つまり、雑食ということである。それでもやはり好みはある。油っぽくて甘いものが好きなのだ。
 嫌いなものは苦いものや酸っぱいものだ。というよりも、そうしたものには身の危険を感じるのである。苦いものには毒がある。酸っぱいものは腐っているかもしれない。ようするにそうした感覚を知らず知らずのうちに憶えてしまっていたということ。何が危険なものかを記憶するために、赤ん坊の頃にはなんでも口に入れていたらしいのだが、その頃の記憶はあまりない。
 人間の赤ちゃんもそんな風にして危険なものを本能的に憶えるらしいので、ハムスターも人間もあまり変わりがないという、こうした共通項を知ると、不思議とちょっとばかり安心するのである。

 お兄ちゃんからすれば、ボクがエサ箱の中にある色々な種類のものから好みにあったエサを選び出す姿はなかなかこっけいであるらしいのだ。
 これいらない。ポイっ! お、 好物発見! とりあえず頬袋に確保! あ、頬袋が一杯だ……仕方がない。ハウスの倉庫にしまいに行くか。
 せわしなく動くボクのそうした姿が面白いらしいのだ。ボクにすれば大好きなエサを収集する嬉しくて楽しい時間なのであり、今集められるだけ集めてハウスの倉庫にしまっておかねば! という、ある意味では必死の心境なのだが……。
 もっとも、ひと眠りすると、倉庫にしまったことを忘れてしまうので、そんなまぬけな自分に気づいて、ボク自身も可笑しくなってしまうのであるが……。
 まあこの点もボクらハムスターと人間さんはあまり変わりがない。買い物にゆくのに、あれとこれを買ってこよう。そう思っていったはずなのに、買うべきものを忘れて帰ってきてしまう。出かけてからドアの鍵をかけたか自信がなくなる。そっくりなのである。ただし、人間さんはそうしたとき、記憶を頼りに家に帰るのだろうが、ボクたちはそうではない。

 ジャンガリアンハムスターのおへその辺りには臭腺というものがある。だから、普通に歩いていれば道筋にボクのニオイが残るようになっているのだ。これは大変便利な機能なのである。人間さんからしたら、体の大きさに見合わない広い範囲を動き回ってもきちんと巣穴に戻れるというボクらの行動に驚きを覚えるらしいのだが、ハムスターにすれば当然のことなのである。
 しかも、ボクの唾液にはボクだけのニオイがあって、それを体に塗っておくことで、壁や低い天井にもニオイを付けられるので、どんなところを歩き回っても不便を感じないのである。
 こうしたニオイを活用して縄張りを主張するのが普段のボクたちの暮らしなのである。

 お兄ちゃん曰く、人間にはそうした縄張り形成の習性がないため、ここは俺のもの、ここも俺のもの、そしてここも俺のものなどと身勝手な主張をしたり、いきなり他人の縄張りに入り込んでしまうため、トラブルを起こしやすいのだそうだ。
 ボクはそうした経験をしたことがないので、ただこう思うだけだ――人間て面倒くさいなーと。マーキングしとけば済むことなのに……と。

 ボクたちにすればマーキングという行為は自分の体を使っての行動であり示威行為であるから、仲間たちは暗黙の了解をもって縄張りを尊重するのである。
 もちろんそれでもエサが不足するような事態になれば約束を破ることだってある。エサのある場所を探して縄張りの外に出るということだ。当然、侵入したほうは定住者に撃退されたり攻撃されることもあるが、ボクたちはそうしたことを知ったうえであえて危険を冒すのだ。
 少し恰好をつけたいいかたをすれば、生きるための戦いといえるのである。

 まあボクのようにケージで暮らしているものにすれば関係のないお話だが、何かの役にたてばそれでよいと思って話してみたのだ。

(つづく…… 前へ 次へ 第一話へ この記事の最初に戻る

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ipsilon at 12:38コメント(0)トラックバック(0) 

 んがっが。ボクはそんなに驚くほうではないのだが、少し吃驚びっくりしたのである。ボクがお話している口調が硬いとお叱りを頂いたのだ。「もっと君らしく話しなさい」。そうした投書があったのだそうだ。どだい、ボクのおつむでできることは限られているというのに、人間さんたちは随分と我儘でだいそれた注文をするものである。
 まあどんなに頑張ってもボクはボクなのである。今日もあまり肩に力を入れずにお話しようと思う。そもそもボクはハムスターなのだから、ヒトの話す言葉が解せないのである。またその逆もしかりである。
 ためしに、ボクが普段使っている言葉で少し喋ってみよう。











































 ――え? 何も聞こえなかった? そうでしょうそうでしょう。そういうものなのです。
 本来ボクはヒトには聞き取れない超音波でお話しするのですから。見た目の可愛さや、時々みせるどんくさい仕草からは想像ができないのではないないだろうか。ボクにだってそうした威張れる部分があるのだ。
 だから、ボクたちがヒトに聞こえる音で――ジュ! ジュ!っと鳴く姿をみたら、そっとしておいて欲しい。なぜならば、それは嫌悪や恐怖をヒトに聞こえるようにしている感情表現であるからだ。
 それはともあれ、ボクたちハムスターには人間さんより優れている部分がまだある。それは嗅覚だ。――クンクンクンクン。クンクンクンクン。ハムスターを観察したことのあるヒトなら、ボクらが良くするそうした動作に気づくことだろう。時々後ろ足だけで立ち上がって何かをジッと眺めているように見えるあの姿勢も、ボクらハムスター達からしたら、ニオイを嗅いでいる姿なのである。もちろん同時に音も聞いているのだ。
 その反面、ボクたちにはあまり物がハッキリ見えていない。見える距離はだいたい三〇センチメートルくらいで、目にうつる映像は白黒なのである。ただし、夜行性であるから、夜でも良く見えるのだ。もっとも、ボクたちはそれほど視力に頼って暮らしていないので、これで充分なのである。

 自然界に住むボクの仲間たちは、時々空から襲われる。だから、上の方の視野に写るものに対しては非常に警戒するのだ。そんなわけだから、ケージに住むボクにもそいう習性があり、いきなり上から手を出されたりするととても吃驚するのである。もしこれから、ボクらハムスターと暮らしたいと思うことがあるなら、そういったことに注意して欲しいものである。
 ボクもそうだし、仲間たちもそうだが、ハムスターというのはとても好奇心が強いくせに、おっかながりなのである。だから、好奇心を満たす楽しみを与えてくれるヒトにはなつくし、嫌悪感を抱かせることをするヒトの側にいるとストレスで長生きができないのである。これはなにもボクらだけに限ったことではないだろう。人間さんだって同じだとボクは思う。好きな人の側にいれば楽しいし、嫌いな人のそばにいるとストレスが溜まって時には死にたくなったりするのではないですか? ボクはそんな風に思うのです。

 なんだか今日は良いお話ができたので、とても気分がイイ。でも、いくぶん運動不足を感じるので、少しばかり回し車で遊ぶとしよう。

(つづく…… 前へ 次へ 第一話へ この記事の最初に戻る

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ipsilon at 10:50コメント(0)トラックバック(0) 

 さて、ボクの名前についてのお話をしなければならない。難儀なことである。
 そもそもボクには生まれてから主人に出会うまでの記憶がほとんどないからだ。
 いや、記憶はあったのだけれども、それを伝える手段を持たなかったということだ。つまり、こうして皆さんと会話する方法を教えてくれたのが、主人だということである。そうしたいきさつがあるので、ボクがお話できるのは、爪を立ててじっとしていようとしても、ズルズルと滑っていってしまい、時々グラグラと揺れる場所に閉じ込められていた頃のことからである。

 その場所はたいして広くもなく、たしかまあるい穴がどこかに開いていて、そこから時折り頼りなく揺れる光が差し込んできていたように思う。とても落ち着かなくて、恐いという感覚がずっとし続けていたことを良く憶えている。
 ボクがもつ性質は、ほんらい夜行性であるから、暗いことが恐かったのではなかった。いたい場所に留まれなかったり、足元が異様に揺れることに恐れをなしたのである。
 これは主人と話せるようになってから知ったことだが、ようするにボクは空気穴の開いたボール紙で出来た小さな箱に押し込められてペットショップから主人のもとにやって来たということらしいのだ。もう少し詳しくいえば、ボクを主人のもとに運んだのは主人の彼女だったのだそうだが、ボクからすれば、なんともややこしい話である。
 こうしてボクはそれからさき、住みなれることになるケージと呼ばれる場所に落ち着いたのである。

 おおかたの皆さんは、ハムスター用のケージというものを知っているのだろうから、詳しく説明する必要もないかもしれないが、そういうわけにはいかない。ボクにとってそこはボール紙の部屋と比べたならば、天国みたいに住みやすい場所だったからである。
 足元には夏でも冬でも快適に暮らせるおがくずが敷き詰めらていた。たいがいいつも決まった場所にエサもあったし、水もあった。ボクのもつ運動能力が衰えないように考えられた、回し車というものだってあったし、よじ登って遊べる場所もあった。そして、いつでも安心して眠れる巣穴を模した木でできたハウスもあったのである。
 ボクはそこで、何不自由ない生活ができたのである。もしなにか不満を漏らすとしたら、ケージの向こうには何があるんだろう? という好奇心を満たせなかったことくらいだが、ボクがそうした好奇心を長いこと持ち続けることはなかった。
 まあいいや……すぐにそういう気持ちになるからである。楽天的な性格に生まれたことに感謝するばかりだ。
 ボクがこうした暮らしをはじめた頃、主人からチッチという名前を頂戴したのである。

 なんでも主人たちの世界では名前というものは相当に重要らしいが、ボクにとってどうだったかといえば、そんなことはない。ボクからすれば、チッチであるとか、ジャンガリアンハムスターであるとか、ドワーフハムスターであるとか、そんなことはどうでもよかったのである。
 主人や主人の彼女がボクのことをチッチと呼ぶことには特別抵抗はなかったのだけれど、それとてボクにとってみれば、美味しいエサをもらえるという嬉しい知らせだったということである。
 名前を呼ばれて出向いてみると、ケ−ジの外に出してもらえたりしたこともあったのだが、そんなときはたいがいボクのニオイがしない場所に連れ出されてしまうので、少し落ち着かなかったというのが正直なところだ。けれども、知らない場所を冒険することも、それなりに楽しかったのである。
 主人からすれば脱走したかのようなボクの自由な振る舞いにハラハラとさせられたらしいが、半分はそんなボクを眺めて楽しんでいたのだそうだ。
 主人はボクからしても、わりかしよく出来たヒトだったと思う。ボクが落ちつかないそぶりを見せると、すぐにボクのニオイがするケージに戻してくれたのである。ケージの外が気になってボクが暴れると、そっとすくい出して外の世界を満喫させてくれたこともあったのだ。
 ともかく、ボクはそんな暮らしに満足していたのである。

 んあ、なんだか眠くなってしまったので、また少し眠ることにしよう。

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ipsilon at 09:33コメント(0)トラックバック(0) 
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