小説『宇宙の大人たち』宇宙シリーズ【第二部】

2013年02月03日


 ニクスの苦悩の日々はまだ終わっていなかった。
 彼はシノーペや他のクルー達や両親と相談して、ようやく腹を固めてDOXA本部への無線回線を開いたのだった。
 しかし、それはあまりにも意外な結果となった。
 ニクスはしばらくしてトロイヤとユピテールからの音声通信を受け取ったからだ。
「なんてこった! 地球の連中は俺達からの連絡がなかったのに、情報を集めてずっと俺達をサポートしてくれてたのか! しかもDOXAの改革までやってのけやがった! あのトーヤがだ! なんてこった!」
 ニクスの喜びようは<スペランツァ>号のクルー達にも波及して皆が感動の表情を見せた。

 三ヵ月後、<スペランツァ>号はハウ一家の住む、フロリダ半島のオーランド近郊にある、DOXAの宇宙港に着陸した。
 ハウとエリス、そしてグリークが出迎えにきていた。
 ニクスはそこにトロイヤの姿が無かったことで、DOXAの改革やトロイヤ達の作戦が現実であったことを実感した。
「ニクスー!」
 エリスが手を振っていた。
「ニクス兄さんだ!」
 グリークが飛び跳ねていた。
「おかえり、ニクス。何やら大変だったみたいだね」
 懐かしい声だった。
「…………」
 三者三様の出迎えに、ニクスは何も言葉を返すことさえ出来ずに、ただただ感慨に耽っていた。
 ニクスの横にはシノーペが寄り添っていた。
「あらまあ、赤毛のお嬢ちゃん。お名前は!」
「あたし? グリーク・メアです……」
「そう、可愛いわね!」
 シノーペはそういって少女を抱き上げた。
 一行はそれからハウの自宅へ向かい、しばし旅の思い出やらを語り合った。
 ニクスはそこではじめてタラッサの失明を聞かされたが、彼女が希望を取り戻したことを知って、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

 帰還した<スペランツァ>号のクルー達はとりあえず一年間の待機期間に入った。
 まだその先の事は何も決められていなかった。
 トロイヤとユピテール、そしてガデアンの温情からの取り計らいであった。
 
 トーリはトーリらしく、DOXAに深入りすることなく、自分のファクトリーで日々を過ごしていた。
 時折、空になった犬小屋を恨めしそうに眺めては溜息をついたが、それもわずかの期間だった。
 ――よーし! もっと本物らしいロボペットを開発するぞ! そうだ、眼の見えない人の役に立つ機能も追加しないとだね。
 新しい夢を抱いたトーリは、既に旧式となった先代のクロノスを犬小屋に入れて、我が心を慰めながら新しい道を歩みはじめたのだった。

 ミマースはガラティアとセドナと共にネバダのラスベガス近くに居を構え、本部勤めの日々を過ごしていた。
「俺にはこういう荒れ果てた大地が似合う!」、と口ずさみながら。
 ミマースは相変わらずといえば相変わらずだったが、彼もまたガラティアのごとく夫として、父として生きる道を選んだことは、妻となったガラティアの目には明白なことだった。
 ガラティアは、時々カジノに出掛けてゆく夫の背に向かっていうのだった。
「あなた……いい加減にしてくださいよ……。いつまでも戦うことを忘れようとしないんだから……」、と。
 しかし、ミマースが負けて帰ってくることはなかった。
 それでもガラティアはセドナと共に、夫に繋がれた手綱を緩めることはなかったのだった。

 クロエとガラティアは夏休みを取って、ニューオーリンズの自然を満喫していた。
 二人は川沿いの道を歩いていた。青々とした草が生い茂り、涼しさを運ぶ風が水面を渡って二人の頬を撫でていた。
「あー、気持ちいいわね! ダフ」
「最高だ! やっぱり休みはいいね!」
「そうじゃないわ、あたしがいってるのは!」
「まあまあ、そんなに尖がるなってば!」
 そのとき、一人の女性が白い杖をついてゆっくりと前からやってくるのが見えた。
 クロエは女性の脇から仔犬が元気一杯にこちらに向かって走ってくることに気づいた。
「あー、ルーチェ! ルーチェ! どこにいったの?」
 杖を持った女は、立ち止まって犬を呼んでいた。
「どうしたんだろうね? 掴まえればいいのに……」
 ダフニスがそういった。
「ダフ、あの人、眼が見えないみたいよ……」
 クロエはいうなり駆け出して仔犬を抱きとめで女の元へと近寄っていった。
「あのー、ルーチェってこの犬ですか?」
 女は杖にあった紐を腕に通すと、両手で仔犬の体を弄った。
 そうして、首輪についた星のペンダントを指先で確かめると。
「ああ、そうです。あたしの犬です。すみません。ついうっかり、リードを放してしまって……。あなたが掴まえてくださったのですか?」
「はい……。あたしに向かって一目散に走ってきたもので……」
 そのとき、ルーチェが鼻を鳴らして、クロエの顔をひと舐めした。
「きゃ! くしゅぐったい!」
「ふふふ……」
 ゆったりとした薄手の長袖の服と足首まであるスカートを履いた女は顔をほころばせてからいった。
「あなた、この仔に好かれたみたいね……。ルーチェは暴れん坊なんだけど、好きな人には従順ですぐに舐めるの……。あ、そういえば、服とか汚れませんでしたか?」
「いいえ、全然! 抱かれてもおとなしくしてましたから」
 クロエの服にはしっかりとルーチェの足跡が残っていた。
 ダフニスは黙ってその光景を眺めていた。
 遠くから男がベビーカーを押して駆け寄りながら、叫んでいるのが聞こえた。
「おーい、タラー! おーい!」
 男は二人のところまで来ると、そこで足を止めた。
「あー、すみません。うちの女房、気が強くてね……。ご覧の通り目が見えないのに、どんどん一人で先にいってしまって……」
 男は息切れしたまま早口でいった。
「いいえ、大丈夫です。……それよりも、素敵な奥さんですね。……それに旦那さんも良い人っぽいですし……。ワンちゃんも可愛いですね……」
「ふふ……ここにもっと可愛い子がいるわ……」
 女はそういって男に仔犬を預けると、ベビーカーの位置に杖を使いながらゆっくりと歩み寄った。
「来てごらんなさい……。声の感じだと、あなたはまだ若いみたいだから、子供はまだかな?」
「あ、はい……」
 クロエはつかつかとベビーカーに近づいて中を覗いた。
「すみませんねー。うちのは親馬鹿でね、すぐに自慢したがるんです……」
「カロン、余計なことをいわないで……」
「いやー、可愛っいーわー!」
 赤ん坊はクロエの声に驚いてほんの少しぐずったが、起きることはなかった。
「名前は、ゼンタ。女の子よ。……あ、ルーチェは男の子よ。この子たち、同じ頃に生まれたの。ふふふ……」
 タラと呼ばれた女は楽しそうに話していた。
 三人はしばらく会話を交わしたあと別れて、それぞれの道を歩きはじめた。
「ねえダフ……、さっきの女の人、強い人ね……」
「ああ、僕もそう思った……」
「あらー、あなたは遠くで見てただけじゃない。話にも加わらないでいたわ」
「苦手っていうかね……。照れ臭いっていうか……」
「まあいいわ……。でも、家族っていいわね」
 クロエは晴れわたった空を見上げてそういった。
「うん……」
「あたしも、さっきの人みたいに、強くて優しいお母さんになりたいなー」
「なれるさ。君ならきっとなれるよ」
「でもあなたがね……」
「え?」
 ダフニスはクロエが何を伝えたかったのか、よくわからなかった。
「ダフ……。こんどああいうことがあったら、あなたも会話に加わってくれる?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、約束して!」
「わかったよ……」
 それからしばらく二人の会話は途切れてしまった。
 そのとき、ダフニスが口笛を吹き始めた。
「あ、それ……、クロノスの歌ね……」
 ダフニスはフレーズを最後まで吹いてから、おもむろに話し出した。
「この歌ね、あの後色々調べたら、詩があったんだ……。僕だって家族の大切さくらい知ってるさ……。ただ、まだ上手く振る舞えないだけさ……。でもボクだってちゃーんと解ってるんだ……」
 ダフニスはそういってまた口笛を吹き始めた。
 クロエはずっと黙ってそれに耳を澄ましていた。
 口笛が止んだとき、クロエはぽつりといった。
「それがあなたの答えなの?……」
「さあね……」
 ダフニスはそういって走り出した。
「まってー! まちなさいよー!」
 クロエがその後を追った。

 ダフニスが吹いた口笛は、一万六千年以上前の時代に作られた歌だった。


 私は名前はマポです。

 私に、祖父(祖母)、父、母、

 兄(姉)と弟(妹)が居ます。


 ダフニスは遠い昔――縄文の時代から――人間は何も変わっていないと思いながら、草原をひた走っていたのだった。


――完――

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 ア バ ナア ガ マポ

 ア ニ ノノ ト アヤ ト イネ ト イエ ト

 オト シ ブ イ ブ ム

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 タルタロスのスペースポートに腰を据えた<スペランツァ>号とそのクルー達は休むことなく働いていた。
 二週間が過ぎた頃、ニクスは艦橋に立って指揮を取っていた。
「終わりましたね……感慨深いものがあります……」
「いや、パードレ、ここからが勝負だよ」
「そうよあなた。船長のいう通りです。そうやって油断したから、事故を起こしたんです。それを忘れないでください!」
「まあまあ、マードレ。あまりきつく当らんでやってくれ……。それじゃ、パードレも委縮してしまうよ……」
 ニクスがそういって笑顔を向けた先にはシノーペがいた。
「いよいよ試運転ですね。正直、緊張します……」
「君もあれから固くなり過ぎだよ……。もう少しリラックスしないと……。時には強気も必要だ!」
「船長の本音はどちらですか?」
 マードレがすかさず突っ込みを入れた。
「いや、まあ、あれだよ。時と場合によるんだな……。こういうのは……」
「さすがのニクス船長もおっかさんには勝てませんね!」
 艦橋に笑いが木霊した。
 そのとき、中央搭の最上階にあるタルタロスの制御室に陣取っていたミマースとダフニスから連絡が入った。
「船長、こっちも準備は万端です」
「いつでもいけますぜ」
 ニクスは二人の声を聞いてクルー達一人一人の顔を思い浮かべて指示を出しはじめた。
「ダフ、クロエはそこか?」
「はい、側にいますけど……」
「そうか、クロエ、聞こえるか?」
「はい……」
「では君は万が一を考えて港の中にある医務室で待機してくれ。事故があったとき、君がそこにいるとミーとダフを助ける人がいなくなるからね」
「はい、わかりました……」
 クロエはそこに残る男達の顔それぞれをじっと見つめてから、何もいわずにエレベーターへと向かった。
「ガラティア、君はどこにいる?」
「あ、ここに……」
 ニクスの後ろから声がした。振り向くと、セドナを抱いたガラティアが立っていた。
「さあ、どうするかなー……。出来ればクロエと一緒にいて欲しいんだが……、大事故にでもなると、あそこも危険だ……。ここは悩みどころだ……」
「あたし……、船の医務室にいます。機械の使い方も随分憶えましたので、あそこにいれば役に立てることもあるかと……」
 ニクスはにっこりして頷いてから口を開いた。
「ああ、そうしてくれると助かるね。よろしく頼むよ」
 ガラティアは小さく会釈をしてからくるりと向きを変えると、艦橋を出ていった。
「ということは、まだ時間はありますね……」
 シノーペが突然明るい声でそういった。
「まあね……」
「じゃあ、紅茶を入れる時間はありますね……」
「…………」
 シノーペは艦橋に設置された簡易キッチンへと向かうと、そこでティーカップを用意してお湯を沸かしはじめた。
 ニクスは黙ってシノーペの背中を眺めていた。
「船長、到着しました。待機します……」
 クロエが報告してきた。
 機械音に満たされた艦橋に湯気が吹き出すコポコポという音が聞こえ出した頃、ガラティアの声が聞こえた。
「医務室につきました。準備はオーケーです」
 クルー達の胸に、はち切れんばかりの緊張が漲っていった。
 汗をかかないパードレとマードレも冷や汗をかくような緊張感の中にあった。
 艦橋に紅茶の甘い香りが立ち込めた。
「さ、どうぞ。紅茶でも飲みながら、リラックスして行きましょう!」
 シノーペはそういってニクスのコンソールにティーカップを置いてから、自分の席に戻っていった。
「船長、本部への報告はなしで構わないのですか?」
 パードレは張りつめた空気を和らげたくて、話題を変えた。
「ああ、構わんさ。俺は二回の航海で二度とも暗黒物質に出会った。なら三度目もあるだろうさ。どうしても欲しいという奴がいるなら、また探し出してやるさ」
「かしこまりました」
「ねえ、パードレ、おもてなしのおまじないってご存知?」
 シノーペの声だった。
「は? おまじない……ですか?」
「ええ、そうです」
「いいえ、知りませんが……」
「マードレは?」
「わたくしも知りませんね……」
「あのね、同じ人を三度もてなすと、その人とはいい友達になれる。そういうおまじないなんです……。つまり、この試運転を成功させるために、あたしは紅茶を入れたってわけです……」
「…………」
「…………」
 シノーペは自信に満ちた顔をしてニクスの方を見ていた。
 ――シノーペ、すっかり元に戻ったね……。
「パードレ、試運転は絶対に成功するよ! 俺が保証する! よしやろう! まずは予定通り出力三十パーセントからだ。パードレ、やってくれ!」
「かしこまりました。では秒読みを開始します……」
 艦橋のあったメインスクリーンはマルチ分割されていた。そこには各部署で配置についているクルー達が映し出されていた。
 画面のひとつが瞬き、試運転の進行状況を伝える文字情報が映し出された。
 表示されている数字が刻々と切り替わっていった。
「十秒前!……五秒前!……三……二……一……始動!!」
 超伝導で光速の三十パーセントに加速された陽子が衝突して消えた。
「データ収集中です……」
 静かな艦橋に紅茶をすする音だけが響いた。
「成功です! タルタロスに異常はありません。全て計算通りです!」
 ニクスは大きく息を吐いたあと、すぐに指示をだした。
「では、出力を六十パーセントに上げよう」
「かしこまりました。秒読開始します……」
 パードレの声以外、何も聞こえなかった。
「……十秒前!……五秒前!……三……二……一……始動!!」
 ニクスとシノーペの眼差しがスクリーンを睨んでいた。
「成功です!!」
「これはたまらんな……。寿命が縮む思いだ……」
 ミマースの声がした。
「船長、息が出来ない感じがしましたよ。少し休ませてください……」
 ダフニスが悲鳴をあげた。
 ベッドに腰かけて祈るよう両手を胸の前で握っていたクロエは、手を解いて嘆息した。
 ガラティアもセドナを抱いて祈り続けていた。
「じゃあ、五分休憩としよう……。パードレ、その間にデータを確認して、不安な個所があれば、そいつをしらみつぶしにしてくれ!」
「了解です!」
 シノーペは席を立って、二つの空になったカップにもう一度紅茶を注ぐためにキッチンへと向かった。
 甘い香りを放ち、湯気を立てたカップをニクスの元に届けにきたシノーペは、ニクスの耳元で囁いた。
「あんな嘘でみんながリラックスできたなら、良かったんですけど……」
「大丈夫さ……。君の作戦は効果があったよ。俺としては三杯目は遠慮したいがね……」
 ニクスはそういって微笑んだ。
 シノーペは――
「あたしもです……」
 と、だけ囁いて持ち場へと戻っていった。
 五分はあっという間に過ぎていった。
「船長、時間です。最後の試運転を開始します!」
「ああ、やってくれ!」
 クルー達の緊張は最高潮に達していた。
 落ち着きなく体のどこかを動かすもの。画面を凝視するもの。祈るもの。人それぞれだった。
「出力、九十五パーセントにて試運転。秒読み……開始します!」
 パードレの声が全員の耳朶を打った。
「……十秒前!……五秒前!……三……二……一……始動!!」
 光速に近い速度で陽子が衝突して消え去った。
「成功です!」
 クルー達の歓声が船と中央搭を揺るがせた。
 その声にかき消されパードレの報告は良く聞こえなかった。
 だがそれは、試運転の成功だけを伝えたものではなかった。
「タルタロスに異常はありません。ブラックホールの発生と消滅を確認しました! すべて計算通りです!」
 ニクスの耳はその報告をきちんと捉えていた。
 聞きなれた男と女の喜びの声が途絶えた頃、ニクスは決意の籠った声でクルー達に告げた。
「善は急げだ! 今から一時間後、暗黒物質を処分して、当船は地球に向けて帰還することとする! しばらく休んでくれ!」
 クルー達はまた感情を爆発させた。

 一時間後、配置に戻ったクルー達は誰もが、暗黒物質の処分の成功を確信していた。
 そしてそれは、その通りになったのだ。
 暗黒物質の結晶は衝突した陽子が作り出したブラックホールに飲み込まれて、瞬時に蒸発したのだ。
 パードレは暗黒物質の処分に成功すると、即座にタルタロスの電源と原子炉を停止させて、離陸の準備に取り掛かった。
 <スペランツァ>号がケレスの大地を震動させて、薄い大気と霧を巻き上げて離れていった頃、ニクスはぽつりと呟いた。
「闇を消し去ったのが闇そのものといえるブラックホールだってのは、なんともいえないね……。帰るべきところに帰っていった……。そうともいえるのかもな……」
 ニクスの呟きを耳にしたシノーペはそれにこう答えた。
「世界を二面的に見ているのは人です。本来、世界も宇宙も人もひとつなんです……。だから、アレが闇に帰ったことは至極当たり前のことかと思います……。愛は死へ向かうべきではないんです。愛は愛へと向かうべきなんです……。あたしはそう思うことにします……」
「意外なことが答えを教えてくれた……。そんな気がするね……」
 ニクスとシノーペは求めるでもなく与えるでもなく、そっと唇を重ねたのだった。
「きゃー! 何してるんですかー!」
「あらあら、まあまあ……」
「見ちゃいらんないねー」
「どうも義眼の調子が悪いようだな……」
「バーバー! マーマー!」 
 パードレとマードレは何もいわずに、<スペランツァ>号のメインノズルに点火して黄金色に輝く船を地球へと向けて加速させたのだった。

 暗黒物質の結晶が消滅した頃、黒い四隻の宇宙艇は海王星の本拠地に帰りついた。
 丁度そのとき、寺院の地下数十メートルでは厳粛な儀式が執り行われていた。
「我らが神、アメミットよ! 目覚めたまえ! そして、我らに力をお与えください!」
 大司教の不気味に腹に響く声が消えたとき、悪魔は目覚めたのだ。
 ワニの額に埋め込まれた暗黒物質の結晶にテラヘルツ派が照射されたのだ。
 アメミットは人声とも獣声ともつかない大音声で何度も咆哮したあと、六人の男女の声が重なり合った人語で厳かに言葉を放った。
「我が欲望を満たすものはお前か……」
「ハハー……。左様で御座います……」
「ならば、求めよ……支配されることを……」
「ハハー……」
 大司教はその日、法皇となった。
 暗黒崇拝教の神、アメミットは宇宙最高の眠らない頭脳として、完全なる覚醒を果たしたのだった。
 トロイヤとユピテール。二人のIQを足した四百を超える知能を誇るDOXAを中心とする地球勢力と暗黒崇拝教との戦火が燃えさかるのは、それからずっと先のことだった。
 それからしばらくして、ヒュードラーは名前をヒドラと変えて司教の地位についた。
 百の頭と猛毒を持つともいわれる蛇となったヘテロクロミアの男は、その無数の頭を使って、その後、神であるアメミットの化身として太陽系狭しと暴れまわったのだった。
 しかし、その物語は別の語り部によって書き残され、歴史となることだろう……。

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 準惑星ケレスには二つのクレーターがあった。そのひとつピアッツィを利用して建設されたのが、超大型タルタロス衝突型加速器、通称タルタロスであった。
 奈落と地獄を司る神の名を頂いたその設備がブラックホール生成機であることは偶然ではなかった。
理論上、無限大の質量を持ち、時間さえ停止させて飲み込む存在。タルタロスという名前にはそうした意味が込められていたのだ。
 施設はクレータに沿って輪を描いていた。円柱をしたチューブになっている輪の部分は半分以上を地中にその姿を隠していた。
 輪の全周は五〇キロを超えていた。直径でいえばそれは二〇キロを超える巨大な施設だった。
 中央に屹立した制御搭は事故の影響で傾き、その一部は焼け焦げていた。
 <スペランツァ>号は中央搭に程近いスペースポートに着陸していた。
 警戒のために、パードレはクロノスの奏でる歌を録音し、実験室の置かれた暗黒物質の結晶に向けて流し続け、出来る限り結晶の振動を抑えて着陸したのだった。そうして<スペランツァ>号は無事にケレスの大地に降り立ったのだった。
 パードレもマードレも郷愁に打たれその光景を見たがったが、それは実現しえなかった。人格コンピューターとしての宿命といえた。
「しかし、不思議なものです。タルタロスが事故を起こすまで、わたくしはここの主任研究者だったのですからね……」
「私は夫の研究助手だったのです……。ここで過ごした時間はわたくし達にとっては最高の日々でした……。なんとも懐かしい限りです……」
 両親はしみじみとした声でそう語った。
「俺も運命を感じるよ。考えてみると、君らほどタルタロスを修理するための適任者はいないんだからな。それなのにDOXAはそれすら気づかなかった……。気づいていたのかもしれないが、そう出来なかったのは組織が官僚化していたってことだろうさ……。で、パードレ、マードレ、修理の計画はどうなってるんだい?」
 まだ病室を離れられないニクスはベッドに座ったまま両親に尋ねた。
「そうですね、事故の原因もわかっていますし、故障個所もわかっています。退屈で郷愁にかられた時間に、随分とそのあたりのことはマードレと話し合ってきたんですよ……」
「なるほどね……。ここから見える輪は君たち夫婦を繋ぐリングでもあったってわけだ……」
 ニクスはそういって窓の外に見える設備の一部に目を落とした。
「いえいえ、それが原因で夫婦喧嘩も絶えませんでしたからね……。衝突型……という名称がそれに当たりますかねー……」
「はは、パードレには人を笑わせる才能があるね」
「まあそれはともかく……、そういったことですので、システム自体の修理だけなら、二週間もあれば可能かと思います、問題はその後の試運転やらですね……」
「うん……。そこでまた事故……。君が恐れているのはそういうことだよな……」
「その通りです」
「でも今度は失敗しないとも思います」
 マードレの自信溢れる声が聞こえた。
「なぜだい?」
「女の勘です! 信念ともいえますかね」
「ははは……、どこかで聞いたような台詞だな……。でも案外信頼できるとも思うね……」
「本気ですか! 船長?」
「パードレ、君はどう思うね?」
「いえ、あのー……、ノーコメントでお願いします……」
 ニクスはファザー、マザーとはまた違うこの両親が好きになっていくのを感じた。
「まあ、俺は君らの間には首を突っ込まないようにするよ。酷い目に遭いそうだからね……」
 両親が声をあげて笑った。
「では、いま動けるクルー達に修理の指示を出してくれるかな、パードレ」
「かしこまりました」
「最近彼らは退屈すると痴話ばなしばかりしてるんだ……、少しは仕事をさせないとね……。体もなまっているだろうし……」
「船長も色々と大変ですなー」
「まあね。さあ、俺は少し休むよ。午後からリハビリをはじめるからね」
「はい、わかりました。ではまた後程」
「ああ、またね!」
 シノーペのいなくなったベッドの方を向いてニクスは、心の中で呟いた。
 ――こんなにも俺の中では大きな存在になっていたのか……。まあいい、リハビリのいい励みになるさ……。
 眼を閉じたニクスはすぐに心地よい眠りに落ちていったのだった。

 作戦を完了したカロンとトーリは、クルーザーに揺られてカロンの自宅へと岐路を辿った。
 バベルの塔に残ったトロイヤは妹のユピテールと協力しあって、短期間で事態を収拾していった。
 トロイヤはユピテールの聡明さに感嘆し、そのユピテールもトロイヤの賢さに舌を巻いた。
 二人は最年少ながら、DOXA史上最強のコンビとなったのだった。
 DOXAは日々改革されていった。それまであった情報局は大幅に縮小され、保身に走った諜報員は徹底的に排除された。
 トロイヤの提案で、新設された諜報隊は本部直轄とされ、少数精鋭の特殊部隊的な色彩を放ち、ハウやカロンが中心となって選抜した信頼のおけるメンバーが集められた。
 ユピテールは組織自体を人間のものとする改革に取りくんだ。それまで無人化されていた部分に人員を配置し、簡単な手続き一つとっても、機械機器を補助とする体制を作ることに奔走したのだった。
 ユピテールはそうした人員の配置を、縮小した情報局から補填し、過度のリストラで社員の家族を路頭に迷わせることもなかった。
 爺やことガデアンも忙しい日々を送っていた。ユピテールもトロイヤも容赦なくガデアンを呼んでは色々と相談を持ちかけた。だがそれはまだ甘えたい気持ちの強い若い二人にとっては必要欠かざる人間関係だったのだ。
 ガデアンは喜んでそれに応えたが、それはまた爺やにとっては体に堪えることでもあったようだ。
 トロイヤにはゆくゆくは育ての親であるハウを本部に向かえてもう一人の爺やを確保する計画もあった。
 だがそれより先に、これまで両親との接点がなかったユピテールにエリスやグリークと過ごす家族的な時間を作ることを提案したのだった。
 ユピテールは喜んでそれを受け入れ、本部では時々エリスやグリークの姿が見られるようになった。
 まだまだ細かな点を見れば万全とはいえなかったが、こうしてDOXAは実に見事に再生したのだった。
 
 自宅に戻ったカロンは、取るものも取りあえず病院へと急行してタラッサを家に連れて帰った。
 カロンが病院を訪れたとき、タラッサは自らの意思で検査結果を聞き、光を取り戻せる可能性が無いことを知っていた。だが、ハウとエリスとグリークに励まされ続けてきた彼女は強く生きることを選んだ。
 困難はあっても自分達の手でゼンタを育て、それまでと変わらない夫婦生活を送ることを決意したのだ。
 タラッサの持っていた激しい気性は活かされた。彼女はカロンの介添えを受けながら、盲学校への入学を申請したり、自宅の改装に励んだりと、活発に動き回っていたのだ。
 そんなタラッサではあったが、まだ叶っていない願いもいくつかあったことも事実だった。
 しかし、彼女はそれを口にすることはなかった。それでも、カロンがバベルの塔急襲作戦の冒険譚を話す度に――
「アナタの話は大袈裟よ! どうみたって脚色しすぎね! アタシはいつかトーリとトロイヤと会って、きちんと本当のことを確かめるわ!」
 といって、その願いの一つを露わにした。
 そんなある日、そのトーリとトロイヤがタラッサの元を訪ねて来たのだった。
「タラさん、こんちわ! お久しぶりです」
「こんにちわ、タラッサ! 元気そうでなにより。顔色もいいみたいだね」
 タラッサは見えない瞳で微笑んで二人を迎えた。
「トーヤ、声が大人っぽくなったわね! トーリはちっとも変わらない! 相変わらずのんびりね!」
 庭にある木製の椅子に腰かけた三人の側では仔犬が嬉しそうに骨を咥えて首をぶんぶん振り回していた。
「ねえ、トーリ、なにかそこにいるの?」
 すっかり音に敏感になったタラッサがそう尋ねた。
「あ、僕の飼ってる仔犬が悪さをしてるんだ」
「ねえ、抱かせてくれる?」
「もちろんさ」
 トーリは暴れるレトリバーをひっ掴んでタラッサのひざ元へと運んだ。
 すると、仔犬はおとなしくなってタラッサの膝の上で立ち上がると、尾を振りながら彼女の顔をペロペロと舐めた。
「きゃ! この子は人懐っこいわね!」
「いや……、そうでもないはずなんだけどねー……」
 トーリは不審顔でタラッサと仔犬を眺めていた。
 それから仔犬はずっと彼女の膝から下りずに寛いでいた。
「タラさん、その仔ね、僕らと一緒に本部まで行ったんだよ」
「まあ、何て勇ましいの!」
「いや……、彼は僕に背負われてただけなんだけど……」
「トーリ、そんなことなかったよ……。だって大事な場面で吠えてたもん」
「彼っていうことは男の子ね」
「うん、そうだね」
 トーリは短く返事を返した。
「耳は垂れてるのね……。尻尾はフサフサね。……んー、この感じだと全体的にはむく毛みたいだけど……、犬種は何なの? 色は? 模様はあるの?」
 タラッサは興味深げに立て続けに質問を放った。
「白いゴールデンレトリバーだよ……。少し黄色味かかってるかなー。真白ではないね。……ちなみに鼻は真っ黒だよ。……確か、生後三ヵ月くらいだったはずだね……。だよね? トーリ?」
「そうだね。まだ三ヵ月だね。多分だけど……」
「トーリ、多分て……どういうことよ?……」
「こいつ、捨て犬だったんだ……」
「あらそうー。酷いことをする人もいるのね……」
 タラッサはそういって仔犬の頭をや全身を愛おしそうにしばらく撫でていた。
 仔犬は嫌がることもなく、時々舌を出して荒い呼吸をしていた。
「ねえ、トーリ。この仔をあたしに譲ってくれないかしら?」
「え?……でも……」
 トーリは返答に迷い、トロイヤは目を丸くしてタラッサと仔犬を見ていた。
「平気よ、ちゃーんと面倒は見るから。それにカロンもいるしね。あ、そうだわ! うっかりしてた……。あたしまだこの仔の名前を聞いてなかったわね……」
「ルーチェだよ……」
「うんそうだね……」
「ルーチェ、ルーチェね……。どんな意味なの?」
 それはありふれた質問だった。
「光……だね……」
 トーリがおっとりとした口調で答えた。
「この仔……、あたしのところにくる運命があったのかもしれないわね……。あたし……確かに目は見えなくなったわ……。でもね、こういう瞬間があると、素直に受け入れられるって思うの。とても心強くなれるの……。今までにも何度かこういうことはあったんだけど……、今日のこの出来事は格別よ……」
 タラッサはカロンと協力して、ルーチェを盲導犬として育て、一生を共に過ごすことを一人密かに胸の奥で誓ったのだった。
 陽光が降り注ぐ庭で、白いペンキの塗られた丸いテーブルを囲だ三人と一匹は飽きることなく話し続けた。
 風がハハコグサを爽やかに揺らしていた。片隅には菜の花が咲いていた。
 タラッサは花の香りを感じて、春がすぐそこまで来ていることを確信した。
 真昼の青空には、白い満月がぽっかりと浮かんでいたのだった。

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 ユピテールの心は燃えていた。自分の歩んできた大地が揺れ動きひび割れ、轟音を立てていることを耳にして燃えていたのだ。
 ――あたしがこの地殻変動を止めてみせる!
 ブラックグリーンの髪が後ろにたな引いて彼女を追った。
 精悍な赤い瞳は熱を放ちマグマがたぎっていた。それが怒りであったのか、志であったのかは誰にも知りえなかった。
 身の丈の三倍はあろうかという扉の隙間をすり抜けた侵入者は三人だった。細身の男。中肉中背の男、そして痩せた色白の銀白色の髪をした少年だった。
 ユピテールは我が目を疑った。
 ――あたしは、こんな連中には膝を屈しないわ!
 部屋に踏み込んだ男達は左右に分かれて扉を閉めにかかった。
 サングラスをした少年が振り向くのが見えた。
 ――恰好だけはそれらしいじゃないの……。
 ユピテールは歩調を緩めることなく白いジャケットの裾を揺らし、白いパンツを履いた足で大股に進んだ。
 飾り気のない銀のタンクトップは汗に濡れていた。
「よし! 閉まりはじめたぞ、あとは電源を落とせばいいだけだ! トーリ、そっちはどうだ?」
「こっちも順調だ!」
 扉が閉まる音を聞きながら、ユピテールは入口から三本目の柱の前までいくと、ピタリと足を止めた。
 と同時に扉は完全に閉まった。
 左右にいた男達が制御パネルを開けて電源を落としたのが見えた。
 それを見やりながらユピテールは誰何すいかした。
「何者! ここまで来たにしては貧相ね……」
「君は?」
 トロイヤが聞き返した。
「トーヤ、気をつけろ銃を持ってるかもしれないぞ!」
「…………」
 カロンとトーリの心配をよそにトロイヤはそうは思わずに、サングラスを外した。
「僕の名は、トロイヤ・メア! 君は?」
「ふーん、礼儀は知ってるようね……。あたしは、ユピテール・オラニエよ! で、用は何? 首謀者はあなたなの?」
「…………」
 トロイヤはどうしたものかと思いあぐねいてしまった。
 あまりにも想像とちがう展開だったからだ。
 二人の男が少年に歩み寄ってくるのが見えた。
「トーヤ、この子は誰だい? 知ってるのか?」
「いや、はじめて会った。でもどこかで会ったことがあるような……」
 トロイヤはカロンの質問に答えてから、揺れる視界に我慢がならなくなって、ユピテールに近づこうとした。
「おい! 安易にそっちに行くな!」
 そういってカロンがトロイヤの元に駆け寄ったとたん、何かが閃いた。
 カロンはもんどり打って床に倒れた。
「痛えー!」
「大丈夫か!」
 トーリが倒れ込んだカロンの側にすぐに駆け付けた。
「何だって俺ばっかなんだよ! にしても痛えーなー……」
「馬鹿ね……。今のは脅しよ。それ以上近づくと今度はもっと痛い目に遭うわ。そしてここまでくると、多分即死ね……」
 ユピテールは勝ち誇った声でそういった。
 トロイヤは柱と一体になった彫像からビームが放たれたことに気づいていた。
 ――あれ? でもはじめに柱を通り過ぎたの僕のはずだ。なのになんでカロンさんなんだ?……。
「トーリ、カロンさん、二人でそこに居てください。彼女のいったことは嘘じゃないと思う。次はレーザーが飛んでくるよ……」
「おい、じゃーお前だって危ないじゃないか!」
 カロンは床に膝をついたままチラつく星を見ながら叫んだ。
「いや、僕は平気らしい。何でかわかんないけどね……」
「トロイヤ、お前のその自信はどこからくるんだ! 進むな、危ないぞ!」
 そのとき、カロンの側で膝をついていたトーリの背中にいたルーチェが鼻を鳴らしたあと、一声吠えた。
「なに? 犬を連れてるの? しかも仔犬ね!? なんて可笑しな三人組なの……」
 仔犬の声を聞いたユピテールは、心の炎が静まるのを感じた。
「こっちにこないで! あたしは仔犬が撃たれて死ぬのも、あなた達がレーザーに焼かれるも見たくないの……。あたしがそっちにいくわ。あたしがしたいのは殺し合いじゃないの。話し合いよ……」
「お嬢様!!」
 遠くからガデアンの声が聞こえた。
「爺やはそこにいるのよ! いいわね!」
 ユピテールは大きな声でそう叫び、ジャケットを脱いで床に放り投げると、つかつかと歩き出した。
 露出された肌は雪のように白かった。
「トーリ、カロン、武器をしまって。彼女は何も持っていない!」
「ああ、わかった……」
「…………」
 トーリは拳銃を腰に納め、リュックを下ろして、ルーチェを袋ごと抱きかかえた。
 カロンはバルカンを床に置いて、そこに片膝を立てて座った。
 そして、トロイヤも銃をしまって、近づく少女を見つめていた。
 ユピテールは手を伸ばせが握手ができそうな距離まで近づくと立ち止まった。
「で、何の目的があってこんなことをしたの?」
「僕は、ここにある人格コンピューターの初号機を停止させにきた……」
「なんですって!……」
「でないと、DOXAは崩壊する。そう判断したからだ」
「なるほど……状況は全て解ってるみたいね……」
 それまで顎に手を当てていたユピテールはその手を腰に当てて堂々といい放った。
「残念だけど、そうはさせないわ!」
 トロイヤはその剣幕に怖気づくことはなかった。
「見たところ、君は若いけどDOXAの幹部らしいね。……ならば、今DOXAが置かれている状況は解ってるはずだ!」
 カロンとトーリは二人の凄まじい対決を茫然と見つめていた。
「ええ、充分解ってるわ。でもね、これはあたしの個人的な問題でもあるのよ……。だって議長はあたしのお爺様なんだからね! 確かに出来たお爺様とはいえないわ。でもね、あたしがここにこうしていられるのも、今の自分があるのも、全てお爺様のおかげなの。……あたしがそのお爺様をシャットダウン出来ると思って!?」
「なら仕方ない。力ずくで止めてみせる!」
 そういってトロイヤはユピテールに近づこうとした。
「これだから男は嫌なのよ……。話し合いがつかないとすぐに力を行使する。あたしの最も好まないことをするのよ……」
 ユピテールは両手を広げて呆れてみせた。
「じゃあ、どうしろっていうんだ!」
 トロイヤが拳を握って怒りを爆発させた。
「僕にとっては君のお爺さんもDOXAも大した問題じゃないんだ。僕は友達の為にここに来たんだ……。だから一歩も引けないんだ!」
「友達!?……」
 ――トロイヤ……カロン……トーリ……。どこかで聞いたことがある気がするのよね……。トロイヤ……カロン……トーリ……。
 ユピテールは何かに気づいて、振り返って叫んだ。
「爺や、書類とデータパッドを持ってここまで来て! 別に危険はないわ!」
「はい、今すぐ!」
 遠くから白髪の老人が両手に書類の束とパッドを持って、足をもつれさせながら走ってきた。
 ユピテールはそれを受け取ると、書類に目を走らせはじめた。
「あなた達は……、元<アキレウス>号のクルーね?」
「そうだよ……。だけど、それがどうしたっていうんだい?」
 それから、ユピテールはパッドに目を走らせると驚愕の表情を露わにして、穏やかに話し出した。
「状況が変わったわ……」
「…………」
「でもなぜ今なの? もっと、もっと早く出会いたかった……。兄さん……」
「!!」
「そうよ、あなたは私の兄なのよ! 嘘なんかじゃないわ!」
「何をいってるんだ! 君は!」
「証拠は沢山あるわ……。あなたとあたしの共通点。アルビノがそれよ。あたしの瞳は赤いの……。そしてあなたの瞳はバイオレットよ。赤みがかったね……。病弱で日光にさえ当れない……。それが証拠よ!」
「でも君の髪は黒じゃないか!」
「馬鹿ね……。髪なんていくらでも染められるのよ。あたしは自分の髪が銀白色だったのが嫌だったの。あたしって気味が悪い……。そうやってずっと嫌ってきたの……。だから、髪を染めてちぢれさせたのよ。……なんならあたしの髪の生え際を見てみる?」
 そういってユピテールは首を傾けて両手で髪を引っ張った。
 トロイヤは生え際の髪が銀白色なことを目の当たりにした。
「でも……、それだけでは僕らが兄弟だなんていえないよ……」
 あくまでも認めようとしないトロイヤをキッっと睨んだあと、ユピテールは脇に挟んでいたパッドをトロイヤに手渡した。
「なら、そのデータを見てみなさい。それは、あたしのお爺様と、その家系がすべて克明に記されているわ……」
「…………」
 トロイヤは手にしたパッドのデータを隅から隅まで読んでから、おもむろに口を開いた。
「どうやら君のいうことは事実らしい……」
「そうよ、あたし達は元々同じ人工受精卵から生まれたのよ。予定では双子になるはずじゃなかったの。……でも、神様が悪戯してあたしたちは双子としてこの世に生を受けたのよ……。そして引き離された……」
「それはDOXAの将来の為だった。君はDOXAで英才教育を受け、ここまできた。……僕は宇宙に放り出された……。不公平だね……」
「計画では、DOXAに残ったあたしが後を継ぐ。でも、あたしにもしもの事があったなら、あなたを宇宙から呼び戻すつもりだった……。どうやらそれが、あたし達のお爺様の考えだったようね……。でも、あろうことか、あなたは地球に戻ってきて、あたしに出会った……。数奇な運命ね……」
「…………」
 トロイヤは混乱していた。何をどうしたらいいのかもわからなくなっていた。
 そのとき、目の前にいる少女が肩を震わせはじめたことに気づいた。
「お爺様は酷いわ……。あたしには、何も、何も教えてくれなかった……。なぜこの部屋には身内しか入れなかったか……今なら解るわ……。そうよ……。トロイヤ、あなたがここに戻ってきても、撃ち殺さないために家系のDNAをセキュリティーに組み込んだのよ……。この柱を通り過ぎてみなさいよ……。あなたは何の抵抗も受けないはずよ……」
 トロイヤは恐る恐る足を進めた。だが、何も起こらなかった……。
「これが何よりの証拠よ……兄さん……」
 動揺し混乱したユピテールは床に崩れて涙を流しながら絶叫した!
「あたし……、どうすればいいのよ!!」
 刹那、天井から厳かな声が部屋に響き渡った。
「ユピ、すまなかった……。儂を許してくれ……」
「お爺様……」
 ユピテールは顔をあげて声の主を探した。
「そして、トロイヤ……」
「…………」
「こうしたことになろうとは、儂も思ってもいなかったのじゃ……。だが、これはチャンスでもある。君ら二人が力を合わせれば、DOXAを健全な形で再生させられるじゃろう……。儂の最後の望みを聞いてくれるかね? ユピ、トーヤ……」
「…………」
「…………」
「儂は愚かだったのじゃ。人格コンピューターとなることで、組織を永遠に維持できる。そう思ったのじゃ。だが、それは間違いだった……。生身の無い儂は、声を限りに叫んできた。しかし、誰も儂の声など聞こうとせんかったのじゃ……。皆がみな、自分勝手なことをいい。DOXAの将来など考えもしなかった。これまで組織を維持してこれたことさえ奇跡じゃった……。そんな中でただ一人、ユピ、お前だけが儂の声に耳を傾けてくれたのじゃよ……。そしてトロイヤ……。君は理想に燃えてここに来た。儂は君に何もしてやれなかったが、君の育ての親は立派だったようじゃな……。感謝しておるよ。ハウとエリスにな……。そして君をここに導いた<アキレウス>号の面々にもな……」
「お爺さん……」
 トロイヤは思わずそう声にした。
「儂の時代は終わった。一隻の船であれば、儂のような存在でも価値はある。だがな、DOXAは大きくなり過ぎたのじゃよ……。元々DOXAは人間の組織じゃった。またそこに戻るだけじゃ。我が孫娘よ、孫息子よ! 力を合わせてDOXAを立て直してくれ……。儂の夢はな、人格コンピューターとなって失われた命を甦らせることじゃった……。これは儂が犯した最大の罪じゃ……。だが、DOXAはそうした目的からどんどん離れていってしまったのじゃよ……」
「お爺様…… まさか、シャットダウンするつもりじゃ!?」
 ユピテールが叫んだ。
「ユピ、許せ、許しておくれ……。あとは君たちに任せる。儂は少し眠ることにするよ……。もしも……もしも、儂の力が必要になったなら起こすがよい……。ユピ、お前はそのやり方を知っておるはすじゃ……。だが、やれるだけやってからじゃよ……いいね……。トーヤ、妹のことを支えてやってくれ。宜しく頼むよ……。ユピテール、儂はお前を愛していたよ……。それだけは嘘ではない……。さらばじゃ、ユピ……」
「だめー! やめてー! お爺様! なぜよ! なんでよー! まだあたしは大人にもなってないのよ!! まだ子供なの……。あたしにはお爺様が必要なのよ!!」
 ユピテールの滲んだ視線の先には、執務机に置かれた電話機に灯る青いランプがあった。
 彼女の目に映っていたそのランプがふっつりと消えた。
 最高議長は、自ら長い長い眠りについたのだった……。

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2013年02月02日


 DOXA所属、準光速宇宙船<ネーデルランダーズ・スペランツァ>号は、人格コンピューター、パードレの操船で準惑星ケレスの周回軌道に入った。
 直径約千キロを誇る巨大な準惑星ケレスは、当初球形をしていることから惑星として分類されていた。
 しかし、地球からの観測が進むに従って、小惑星として分類されるようになった。
 その後、地上からの観測や調査船による実地調査で、準惑星に分類された。
 自己の持つ質量で球形を保っているもの、それが準惑星の定義である。
 学問的にいえば、球形をしておらず、質量が少ないものを小惑星と呼び。質量により球形をなすものを準惑星と呼び。球形の天体としてはそれなりの質量を持つものを惑星と呼びならわしているのである。
 その基準となる質量をもつ天体がケレスの外周を回っている太陽系最大の惑星、木星なのである。
 スペランツァ号の船窓からはその木星が見えていた。
 横に縞模様を描き、南半球には高気圧嵐である大赤斑がはっきりと見て取れた。
「木星が見えると安心するというか、不思議と温かい気持ちが湧くのよね」
 クロエはしばしば宇宙に見入って旅愁の念に沈潜するようになっていた。
 ダフニスもミマースもガラティアもそんなクロエに優しく声をかけたり、からかったりして見守っていた。
「あの星は古代から人間の心を惹きつけてきたからね……。名前ひとつとってみてもそうだな。ギリシャの主神・全能の神ゼウス、それが由来だ。それが訛ってユピテルといわれたり、ヨーウェと呼ばれたり、ジュピターとして愛されてきた。ゼウスってのは社会秩序を司る神でもある……。それだからじゃないかな、人間達があの星を崇拝してきたのは。一人でいれば淋しい。二人になると面倒を起す。そこで必要になるのが社会秩序ってやつだ……」
「ミマース、社会の先生みたいよ。あなたは何でも知ってるのね」
 クロエは即席の宇宙社会学の授業を受けている気分がした。
「ただね、このゼウスって神様は気まぐれだったり、とんでもないことをしでかしたりしたんだ……。『おい! マジかよ!』っていいたくなることばかりする。でもそうした神話を読んでいると、人間の姿そのものが見えてくる。面白いもんだよ」
「そうね、人間て偉そうにしてるけど、案外どうしよもないことばかりしてるものね」
「木星には女神もいてさ、そいつはユピテルの妻だって話だ。……けど、こいつは良く考えるとおかしいんだ」
「どうして?」
 クロエは窓外の惑星から目を放して興味深げな視線をミマースに投げた。
「いやね……、ゼウスのことをユピテルと呼ぶ人もいるんだよ。するってーと、ゼウスとユピテルは同じ神の違う名前だってことになる……」
「雌雄同体ってことね……」
「その通りだ。でもね、それだけじゃないんだ、木星はユピテルが訛りに訛ってジュノーになった。で、そいつがさらに訛ってジューンになり、六月の花嫁を意味するようになった。つまり、木星は六月に結婚した花嫁を守護する天体でもあるんだな」
「でも、なんだか訛り過ぎな気がするわ……」
「はははははは……」
 ミマースは豪快に笑ったあと話を続けた。
「意思があるよね……人間の意思が。……多分古代に生きていた人も木星を眺めては君みたいにセンチになって色々とこじつけたんだろうさ……」
「あたしはそんなこじつけはしないわ……」
 クロエはいつまでも平和が続いて、こういう授業を受けていたい。そんな気持ちを味わっていた。
「まあ俺達男たちからしたら、木星にいる神は不公平な奴だって思うよ……」
「なぜ? なんでそんな風に思うの?」
「六月に結婚した花婿は守ってくれないのかよ! ってね……」
「あははははは……。ミーの考え方って面白いわ!」
「でも木星が魅力的で不思議な存在だってことだけは事実だな……。さっきのゼウス。あれにはまた別の名前もあるんだよ……」
「何て名前なの?」
「パテールさ……。雌雄同体のパテール、メーテル。こいつはギリシャ語でいう両親さ。そんなコンピューターを積んだ船がもう随分前から、木星の辺りをウロウロしている。こいつに因縁を感じたっておかしくないだろ?……」
 クロエは真剣な思案顔をしてから口を開いた。
「ミー、そんなに難しく考えることは無いんじゃなくって?」
「…………」
「誰にだってパパとママはいるわ。そしてそれは愛すべき存在なだけよ……」
 クロエはそういってにっこりと微笑んだ。
「君のその考えに賛同するよ」
「おーい! 両親が集まってくれってさ!」
 ちょうどそこに駆け込んできたダフニスが二人に告げた。
「ラティさんは?」
「彼女はもう集合場所にいるよ。お見舞いで病室にいるんだ」
「じゃあ、行きますかね」
 三人は肩を並べて歩きはじめたのだった。

「えーあー、コホン! 実はですねー……」
「パードレ、そんなに固くなることはないよ」
 ベッドに上半身を起こして毛布を膝にかけたニクスがいった。
「こういったことは、あんまり慣れていないものでして……」
 ニクスとシノーペの病室にはクルー全員が集まって、車座を作っていた。
 床では、ずりばい、、、、が出来るようになったセドナが笑ったり力んだりしながら、亀のようにゆっくりと這いまわっていた。
 セドナが時々小さな手で叩きにゆく先には、クロノスが小さな音量であの歌を美しく奏でていた。
 シノーペはベッドの上で、裾の長いワンピースのパジャマに畳んだ足を入れて、寛いだ表情をしていた。
「今まで皆さんに黙っていて申し訳なかったのですが、色々とデータが集まったもので……」
 パードレは何故今になったかという理由を述べてから本題に入った。
「つまりは、暗黒物質の存在自体が問題なのです」
「とはいっても、アレは今のところ二種類の形態があるよね?」
 ニクスがパードレの説明を受けて、それとなく疑問を呈してから話し出した。
「つまり、ウイスル性の暗黒物質は、粒子状とも霧状とも雲のような存在ともいえる。で、この形態である場合、生物の生命力を奪う力を持つ。いわば、光とは反対の作用を我々にもたらす。体内に入った暗黒物質は人体の中を流れる電気信号と結びついて質量化する。そして人体の様々な機能を低下させて、場合によっては死に至らしめる。これが粒子としての暗黒物質だな」
「…………」
 クロエが寒気を覚えたかのように両手で自分の腕を握った。
「そしていま実験室にあるのが結晶としての形態だ。パードレが集めてくれたデータによると、こいつは放っておけば何の悪さもしない。だが特定の周波数のテラヘルツ派を受けると、共振して非常に不規則で不安定な波長の電磁波を出す。つまり、暗黒物質は光が持つ粒子の性質と波の性質を持った、光に相対する存在だといえるだろうな……。波の性質に関してだけいえば……あの波長は恐らく、生物の本能だとか、感情の深い部分に強く作用する。人によっては人格が急変するようなことさえある……。その典型的な症状を見せたのが、シノーペだ……」
 ニクスはシノーペに視線を向けた。
 彼女は俯いて、動かしていた自分のつま先を指で弄んでいた。
「けど、症状の出る人と出ない人がいるよね。その差はどこにあるんだい?」
 ダフニスがもっともな質問をした。
「今回の騒動の最大の原因はそこにあったし、最大の疑問だった……。パードレとマードレが隠密裏にデータを収集してくれなかったなら、俺達は今でもまともな対処法ひとつ探し出せなかっただろう……」
 誰かが溜息をついたが、ニクスはそのまま先を続けた。
「これはまだ推測の域だが、人は誰でも二面性とでも呼ぶべきものを持っている。簡単にいえばそういう二面性を持った者、というよりは秘めていた者に強い症状が出た。そういうことだと思う。ミマースは別だ。彼の場合全身のほぼ半分がサイボーグだ。だから誰よりもアノ結晶の影響を受けなかった。クロエやダフネス、ガラティアは比較的本能や感情に素直に生きていた。だからあまり強い症状が出なかった。だとしても頭痛や眩暈、そして吐き気に襲われてはいる。俺に関しては以前ウイルス性の暗黒物質に感染したことがあったゆえに、耐性があった。そういうことだと思う……」
「航海長はどうなんだ?」
 誰もが触れてこなかったことにミマースが触れた。
「ヒュードラーか……。ミーは彼の正体を知っているから解るだろうが……。あいつは司法局のスパイだった。しかしそれ以前にあいつは狡賢く、自分の事しか考えていなかった。それは地球を立ってからの彼の行動や言動を見てきた君らも知っているはずだ。それ以上に、暗黒崇拝教の連中とこの船を逃げ出したことが彼の内面を物語っている……。つまり、奴は仮面を被ってたってことだ……」
 ニクスの声には軽蔑が籠っていた。
「彼女の場合……ヒュー航海長とは少し違うんだ……」
 シノーペはきつく膝を抱えて、その上に顎を乗せてただただ俯いていた。
「君らも知っている通り、彼女は錯乱したときの記憶がない。だから……彼女を責めたり、奇異の眼で見ることだけは控えて欲しい。これは俺からの希望であり願いだ……」
「誰も彼女のことを責めたりはしませんよ……」
 そういってガラティアがベッドに腰かけてシノーペの肩を優しく抱いた。
 それぞれが頷いてそれに同意した。
「ありがとう……みんな……」
 シノーペは小さな声を出して瞳を潤ませた。
「つまり、彼女の場合……本心を押し殺していたってことだ。社会とか世間の荒波に揉まれないために、彼女にはそうする必要があった。そういうことなんだ……。まあこれは個人的な問題でもあるかな……。このことはテラヘルツ派で考えると理解しやすい。つまり、我々が利用しはじめたテラヘルツ波は成長光線とも呼ばれ、医学的には血行の促進や凝りをほぐすことに利用されている。いわゆる遠赤外線がそれだ。産業的にもこの波長は利用されている。野菜の鮮度を保ったり、味を向上させている。果ては土壌の改善や病気の予防、成長の促進や燃料の節約にさえ使われている。そのテラヘルツ派の振動に共振して発する波長が暗黒物質の放つ電磁波だ……。それゆえ、アイツの出す光線を浴びると、人間の表面的な感情が削ぎ落されて本能や深い感情に支配されてしまう。そういうことだな……。どちらにしても、人間やこの世界が持つ二面性の隠された面を曝け出させるってことになるだろう……」
「俺もそういう人間だった! ……臆病を隠すために軍隊に入って、それでも自分に満足できなくて、反DOXA勢力に身を置いた。俺はそこに崇高な理想があると思い込んじまったんだ……。自分のことなど、これっぽちも顧みもせずにな……。そして……」
「ミー、止めて! あなたはもう充分苦しんだのよ……」
 ガラティアが切ない声で懇願した。
「いいや、今話すのはシノーペのためだ。早く立ち直って欲しいからね……。俺自身の為なんかじゃない……」
「ミマース充分だよ。彼女はもう自分と向き合ったし、俺とも向き合ったんだ。それが彼女にとってどれだけ酷だったかは、俺が一番良く知っている。それで充分のはずだ……」
 ニクスはそういって自分の胸を掌で強く打ってみせた。
「…………」
「それで、その暗黒物質の結晶が出す電磁波や、それが起こす症状への対処法は見つかったんですか?」
 ダフニスが話を元に戻そうとして、援護射撃を入れた。
「これもまだ推測だがな、あるといえばあるんだ……」
 全員の目がニクスに集中した。シノーペも顔をあげてニクスを見つめていた。
「パードレの解析によれば、暗黒物質の結晶が共振して起こす電磁波と正反対の波長が確認できたそうだ。この歌がそれだ……。クロノスが奏でている歌がそうだ……。シーを元に戻して治療したのもこの歌だ……」
「やっぱりそうだったんですね! 凄い、凄いや!」
 ダフニスが興奮して張りつめたような声をあげた。
「船長、トーリですよ、彼がこの装置を埋め込んでおいたんですよ!」
「なんだって!! なぜ君はそういえるんだ!?」
 ダフニスの発した言葉はニクスはもちろんのこと、そこにいたクルー達の目を丸くさせた。
「これを見てください。こいつはクロノスの設計図です」
 ニクスのベッドの上に、手垢がつき、汚れて折れ曲り、皺のよった図面が開かれた。
 トーリが手書きした回路図にはダフニスが書き込んだであろう赤い線や文字が大量にあった。
「ここです……。この回路の目的がずっと分らなかったんです。ここにある四角い部分。ここは永久電源のエリアです。ですから、クロノスをシャットダウンしようが何をしようが、ここだけは動いているんです。でも、クロノスにはもう一ヵ所永久稼働している部分があったんです。それがここです……。つまり、トーリは知ってたんですよ! ……いや、そうじゃないかもしれません。何かに気づいて防御措置として、この回路を事前に組み込んでいたんですよ!」
「…………」
「この回路は、暗黒物質の結晶の共振に敏感に反応するんです。そしてその波長を検知すると、他の一切の機能を停止してひたすら歌をうたうんです……」
「トーリか……。あいつが俺達を救ったのか……あの野郎め……」
「元<アキレウス>号のクルーって凄かったのね……。なんだか感動するわ……」
 それまで黙っていたクロエは熱い思い遣りに打たれて手を胸の前で握り、震えていた。
「いーや、スペランツァ号のクルーだって負けやしないさ! パードレさえ気づかなかったダフのこの手柄。ミーは体を張ってクルーを守った。ガラティアは必死にセドナの面倒を見てくれた。それにクロエ、君は死にかけた人間を二人も救った。シノーペも含めたら三人だ。君がいなければ、この船のクルーは半減していたかもしれないんだ……。そしてシノーペ……」
 ニクスはしっかりと彼女の瞳を見つめてから口を開いた。
「君は僕に愛をくれた……」
「きゃあー、やだわー!」
「ひゅーひゅー!」
「これはまいった……」
「あらあら、まあまあー……」
「んぎゃー! フガンガー!」
 クルー達の真ん中に甘い香りのする花が咲き誇ったような明るい光がいくつも瞬いた。
 シノーペは顔を真っ赤にして一層俯いてしまった。
 マードレとパードレは何もいわなかったが、直通回線で密かに喜びあっていた。
 ようやく歓喜の輪がぼやけた水玉になって薄らいでいった頃、ニクスがおもむろに話しだした。
「で、パードレ、これからの予定は?」
「……今現在、当船は本部への定時連絡もしていません。これは暗黒物質の危険を考慮したわたくしとマードレの判断です。つまり、本部からすると我々は行方不明だということです。一応、本部からは様々なデータを受信しているのですが、どうもこれが困ったことになっているようなんです……」
「というと?」
 ニクスは思考をフル回転させながら、パードレの言葉を待った。
「DOXA本部、並びに研究施設では、一種クーデターの様なことが起こっているらしいのです。詳しいことはまだわからないのですが、かなり以前から本部は混乱しているのです。各局の諜報員が策動し、しまいには保身に走り出した。その余波をうけてDOXA自体が組織としの機能を失いかけているのです……。そんな本部の指示通りに行動することができましょうか……。無理です……危険すぎます。そもそも、この船には暗黒物質があるのですからね……」
「見事な判断だよ。パードレ」
「ですから、スペランツァ号はこれよりケレスに着陸して、身を隠します」
「ケレスのどこにだい?」
「はい……、わたくしの第二の故郷、超大型タルタロス衝突型加速器のある巨大施設にです」
「……あそこは事故を起こして放棄されたんじゃ……」
「そうです。ですが彼の設備は現在も稼働中なのです。……危険はあります。何が起こるかもわかりません……。しかし……暗黒物質の結晶を処分をするならば、あの施設はもってこいなのです」
「パードレ、もう少し詳しく説明してくれ……」
「以前シノーペさんが提案したブラックホールですよ……」
 クルー達の視線がシノーペに向けられた。
 彼女は顔をあげてぽかんとした表情でそれを受け止めていた。
「あの施設はもともとブラックホールを作り出すために建設されたものです。ですから、我々が身を隠しながらシステムを修理して稼働させることが出来れば、暗黒物質の結晶をブラックホールに閉じ込めて、上手くいけば蒸発させることも可能なのです……」
「意外なところにゴミ箱はあった。そういうことだね?」
「はい、そうです……」
「なんだか、あたしって、映画の登場人物みたいね……。スリルを感じちゃう! でももうサスペンスは懲り懲りだわ!」
 クロエがいささか場違いなことをいって皆を笑わせた。
「事実は小説より奇なりってね!」
 ダフニスが続いた。
「さて……、みんな、何か意見はあるかな?」
 ニクスはクルー達一人一人の顔を順に見やった。
「自分はパードレの考えに賛成だ」
「僕もだね!」
「あたしもよ!」
「賛成です……」
「シノーペ、君は?」
 彼女は髪を揺らして無言で首を縦に振った。
「では決まりだな! 俺も賛成だ!」
 ニクスがチラリとセドナに視線を落とした。
「君はどうかな?」
「バーバー!」
「あらまあ! セドが船長をパパって呼んだわ!」
 ガラティアが驚きの声をあげた。
「ラティ、彼女を抱かせて欲しい」
「はいはい、待ってください」
 ニクスに抱かれたセドナは何度も「バーバー」といって笑った。
「いつか俺も自分の子をこんな風に抱く日がくるんだろうか……」
 クルー達の声が木霊する病室に、会話の声が途切れることはなかった。
 いつのまにかベッドサイドに腰かけていたシノーペはセドナに指を握られていた。
 赤ん坊は残った手でニクスの手を握ると――
「バーバー! マーマー!」
 と、盛んに声をたてて、ころころと笑っていたのだった。

 パードレとマードレはそんなクルー達を抱きかかえながら、ケレスの大地目指して降下を開始した。
 黄金色の宇宙船は、太陽の光を浴びて、船首に描かれた風車とチューリップの花をケレスの大気に擦られながら、ぐんぐん高度を下げていったのだった。

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