小説「筆写(著作権切れの作品)」

2019年04月04日

       七(のつづき)

 きょうは清の手紙で湯に行く時間がおそくなった。しかし毎日行きつけたのを一日でも欠かすのは心持ちが悪い。汽車にでも乗って出かけようと、例の赤手拭あかてぬぐいをぶら下げて停車場ていしゃばまで来ると二、三分前に発車したばかで、少々待たなければならぬ。ベンチへ腰をかけて、敷島しきしまを吹かしていると、偶然にもうらなり君がやって来た。おれはさっきの話を聞いてから、うらなり君がなおさら気の毒になった。ふだんから天地のあいだに居候いそうろうをしているように、小さく構えているのがいかにもあわれにみえたが、今夜は憐れどころの騒ぎではない。できるならば月給を倍にして、遠山のお嬢さんとあしたから結婚さして、一か月ばかり東京へでも遊びにやってやりたい気がしたやさきだから、やお湯ですか、さあ、こっちへおかけなさいと威勢よく席を譲ると、うらなり君は恐れ入った体裁で、いえ構うておくれなさるな、と遠慮だかなんだかやっぱり立ってる。少し待たなくっちゃ出ません、くたびれますからおかけなさいとまた勧めてみた。実はどうかして、そばへかけてもらいたかったくらいに気の毒でたまらない。それではおじゃまをいたしましょうとようやくおれの言うことを聞いてくれた。世の中に野だみたようになまいきな、出ないですむ所へ必ず顔を出すやつもいる。山嵐のようにおれはいなくっちゃ日本につぽんが困るだろうというよなつらを肩の上へのせてるやつもいる。そうかと思うと、赤シャツのようにコスメチックと色男の問屋をもってみずから任じているものもある。教育が生きてフロックコートを着ればおれになるんだといわぬばかりの狸もいる。皆々それ相応にいばってるんだが、このうらなり先生のようにあれどもなきがのごとく、人質ひとじちに取られた人形のようにおとなしくしているのは見たことがない。顔はふくれているが、こんな結構な男を捨てて赤シャツになびくなんて、マドンナもよっぽど気の知れないおきゃんだ。赤シャツが何ダース寄ったって、これほど立派な旦那だんな様ができるもんか。
「あなたはどっか悪いんじゃありませんか。だいぶたいぎそうに見えますが……」
「いえ、べつだんこれという持病もないですが……」
「そりゃ結構です。からだが悪いと人間もだめですね」
「あなたはだいぶ御丈夫のようですな」
「ええやせても病気はしません。病気なんてものあ大きらいですから」
 うらなり君は、おれの言葉を聞いてにやにやと笑った。
 ところへ入口で若々しい女の笑い声が聞こえたから、何心なくふり返って見るとえらいやつが来た。色の白い、ハイカラ頭の、背の高い美人と、四十五、六の奥さんとが並んで切符を売る窓の前に立っている。おれは美人の形容などができる男ではないからなんにも言えないがまったく美人に相違ない。なんだか水晶のたまを香水であつためて、てのひらへ握ってみたような心持ちがした。年寄りのほうが背は低い。しかし顔はよく似ているから親子だろう。おれは、や、来たなと思うとたんに、うらなり君のことはすっかり忘れて、若い女のほうばかり見ていた。すると、うらなり君が突然おれの隣りから、立ち上がって、そろそろ女の方へあるきだしたんで、少し驚いた。マドンナじゃないかと思った。三人は切符所の前で軽く挨拶している。遠いから何を言ってるのかわからない。
 停車場ていしゃばの時計を見るともう五分で発車だ。早く汽車がくればいいがなと、話相手がいなくなったので待ち遠しく思っていると、また一人あらわれて場内へかけ込んで来たものがある。見れば赤シャツだ。なんだかべらべら然たる着物へ縮緬ちりめんの帯をだらしなく捲きつけて、例のとおり金鎖きんぐさりをぶらつかしている。あの金鎖はにせ物である。赤シャツはだれも知るまいと思って、見せびらかしているが、おれはちゃんと知ってる。赤シャツはかけ込んだなり、何かきょろきょろしていたが、切符売下所うりさげじょの前に話してい三人へ慇懃いんぎんにお辞儀をして、何か二こと、三こと、言ったと思ったら、急にこっちへ向いて、例のごとく猫足ねこあしに歩いて来て、や、君も湯ですか、僕は乗りおくれやしないかと思って心配して急いで来たら、まだ三、四分ある。あの時計はたしかかしらんと、自分の金側を出して、二分ほど違っていると言いながら、おれのそばへ腰をおろした。女のほうはちっとも見返らないで杖の上へあごをのせて、正面ばかりながめている。年寄りの夫人は時々赤シャツを見るが、若いほうは横を向いたままである。いよいよマドンナに違いない。
 やがてピューと汽笛が鳴って、車がつく。待ち合わせた連中はぞろぞろわれがちに乗り込む。赤シャツはいの一号に上等へ飛び込んだ。上等へ乗ったっていばれるどころではない。住田まで上等が五銭で下等が三銭だから、わずか二銭違いで上下の区別がつく。こういうおれでさえ上等を奮発して白切符を握ってるんでもわかる。もっとも田舎者はけちだから、たった二銭の出入でいりりでもすこぶる苦になるとみえて、たいていは下等に乗る。赤シャツのあとからマドンナとマドンナのおふくろが上等へ入り込んだ。うらなり君は活版で押したように下等ばかりへ乗る男だ。先生、下等の車室の入口へ立って、なんだか躊躇ちゅうちょのていであったが、おれの顔を見るやいなや思い切って、飛び込んでしまった。おれはこの時なんとなく気の毒でたまらなかったから、うらなり君のあとから、すぐ同じ車室へ乗り込んだ。上等の切符で下等へ乗るに不都合はなかろう。

――つづく


 漱石はやっぱり上手いし、ちゃんとしている。
 なんてことのない場面だが、基本はまったく外していない。湯あみしようと家をでる。ここまでは蓋然性のあること。そして駅でうらなり君と会う、これは偶然なので、ちゃんと「偶然」会ったと念押ししている。そうして、坊っちゃんの心理描写がはじまる。うらなり君を表現するために、彼個人に対して「彼はこれこれこういう人だ」とは書かない。他の登場人物と比較しながら、坊っちゃんの心にあるうらなり君の印象を浮かび上がらせる。
 そして、そのあと現実に赤シャツなどが現れて、坊っちゃんの心理が、現実の登場人物と一致する行為をすることを書いている。見事だ。その逆に駄目な心理描写は、すべて主人公の価値観で語るという、例の「作文に毛の生えたようなもの」ということだ。
 そして坊っちゃんの、うらなり君はなんだか気の毒だと思った心理と、そのあと坊っちゃんが取った行為が――あえて下等に乗るというように――一致しているわけだ。

 そして比喩も巧みであり、不自然さがない。
 「天地のあいだに居候をしているように、小さく構えているのがいかにも憐れ」というのは、何もうらなり君一人に言えることではないだろう。すべての人間に当てはまることであって、ここで漱石は人間への憐れみが大事だと、それとなく訴えているのだろう。そして、そうした憐れみを席に座りなさいと勧めるという行為にしている坊っちゃんも描いている。もっとも坊っちゃんも虚勢を張るし、意地っぱりなので、そこに面白味がでてくる。
 病気を嫌いだと言っても、それで病気にならないわけじゃない。こういうところで漱石は坊っちゃんの性格を描くのが上手い。それを聞いて、にやにや笑ううらなり君の行為からも、うらなり君が常識人であることが見えるというわけ。

 他の比喩もみごとだ。「なんだか水晶の珠を香水で暖めて、掌へ握ってみたような心持ち」とか、「あれどもなきがのごとく、人質に取られた人形のようにおとなしくしている」とか、「例の猫足」とか、不自然さがなく、それでいてちゃんと伝わってくるのだから。
 「水晶の珠を香水で暖めて、掌へ握ってみたような」というのは、水晶を暖めれば曇って向こうがよく見えなくなる(容貌の美醜はよくわからない)が、いい香りがして見ていると手に汗が出るという感覚だろう。上手いなァとおもわず唸ってしまった。

 現代作家と呼ばれる人は、どんな比喩だったっけと、最近ある作品を読みかえした。
「聳えるような冷蔵庫」とか「巨大な皿」とか、まあ酷かった。聳えるとか巨大の意味もわかってないのか……とね。
 とくに、これは……と思ったのは「その人の笑顔は神仏のように輝いていた」というやつだ。
 神仏なんて形而上の存在をもちだして、実際の人間の笑顔から感じる感覚を表現するというのが、事物の概念化ですらないのに、多くの日本人はそういう作品を好むわけだ。

 カントの『純粋理性批判』を少し学びなおしたからか、余計にそういう理不尽な比喩が気になるのだろう。
 五感を通して感じる性=感性。その感性で感じたものを概念化する性=悟性。その概念を現実にあるものに当てはめて言葉や行為にする性=理性。そういうことも理解していないのだろう。
 こういうことを理解しているなら、「神仏のような笑顔」なんてのは、理性的な表現でも、比喩でもなでもないということがわかるのだろう。もっとも、そういうのをアートだとか芸術だと思いたいなら、それでもいいのである。
 ただし、概念を概念のまま説明しても、伝えたいと思った感覚(感性で感じたもの)を伝えることさえ出来ずに、無駄に言葉を飾って無駄に言葉を繰りだしているということくらい知っておいたほうがいいかもしれない。

 聖書のなかで、イエスは宣教するのに徹して比喩をつかって話されたという部分がけっこうあるのだが、それの意味が最近、芯から理解できた。概念を概念のまま伝えることは困難、というか無理。したがって、概念を五感でかんじれる事物に喩えて話すことが重要なのだ、と。
 教えを話すのは、大地に種を撒くようなものだ。その種の落ちたところに従って、いろいろある。
 つまり、人の話を聞かない人は、枯れた土壌の人でありとか、そういうことになるわけだ。
 茨のある土に落ちれば種はすぐに枯れる。つまり、偏見先入観をもって人の話を聞くような人には、何を言っても無駄だといことだ。言う側は誰に対しても同じことをいっても、聞く側にきく気がなければ無駄。ところが、聞く耳をもっていれば、聞いた話は10倍、30倍、60倍にもなってその人を潤すというわけ。

 哲学書はなぜ難しいか。概念を概念で伝えようとしているからだ。したがって、哲学者はこの語句にはこのような定義で使用しますと、先に言葉にある概念を断ってから本題に入るわけだ。

 つまり、人と人が真に理解しあえる会話には以下のような手順が大事だということなる。
 Aさんが感性によって得たものをAさんの頭のなかで概念化する。そしてその概念が相手に伝わるように、現実にある出来事(自然現象)に例えて、理性的に話す。
 Bさんはそうして耳にした理性的な言葉から、Aさんが頭のなかの概念がいかなるものかを理解するということ。
 したがって、理解できる会話には、AさんとBさんのあいだに、概念化→理性化(比喩)と理性化されたもの→概念化(譬喩)という2種類の「ひゆ」が働いているということだ。
 これをちゃんと理解していない人が多いから、感情論でぶつかるし、互いのなかにある概念を理解し合うことも出来ないということになるわけだ。

 したがって、話し手として最も重要なのは、悟性化するための情報を集める感性を鍛えることになる。五感をフル稼働しなければ、悟性があっても、うまく概念化できないということだ。また五感をフルに使うことによって、概念化したものを理性化することも上手くなるということだ。だから、仏教で教える一点集中、今やっていることだけに注意を向けるということが大事になるわけだ。あるいはまた自然というものをよく観察することが、生きるにあたって重要だということである。

 このことから聞き手も五感をフルに使っている人は、理性→概念という作業が上手くなるということは理解できよう。

 まあ世の中、時間をかけて読書をしても、面白かったとか、心が痛かったとか、この作品が良かったとか、あそこが好きとか、そんな言葉ばかりで、「なぜ」を理性的に言葉にして感想を書いている人は少ないということだ。「なぜ」好きか、「なぜ」良かったを語らなければ、聞き手には何も伝わらないのだが……。
 そしてこういうことを言うと、そういう人たちから、生意気だとか、上から目線だとか言われちゃうわけ。
 まあ、感性でかんじたものをすべて理性化できるわけではないが、世の中のレベルの低さには、本当に嫌になる。

ipsilon at 21:18コメント(0) 

2019年03月10日

       七(のつづき)

 わかりすぎて困るくらいだ。この様子じゃおれの天麩羅や団子のことも知ってるかもしれない。やっかいな所だ。しかしおかげさまでマドンナの意味もわかるし、山嵐と赤シャツの関係もわかるし大いに後学になった。ただ困るのはどっちが悪者だか判然としない。おのれのような単純なものには白とか黒とかかたづけてもらわないと、どっちへ味方をしていいかわからない。
「赤シャツと山嵐たあ、どっちがいい人ですかね」
「山嵐てなんぞなもし」
「山嵐というのは堀田のことですよ」
「そりゃ強いことは堀田さんのほうが強そうじゃけれど、しかし赤シャツさんは学士さんじゃけれ、働きはあるかたぞな、もし。それから優しいことも赤シャツさんのほうが優しいが、生徒の評価は堀田さんのほうがええというぞなもし」
「つまりどっちがいいんですかね」
「つまり月給の多いほうがえらいのじゃろうがなもし」
 これじゃ聞いたってしかたがないから、やめにした。それから三日さんにちして学校から帰るとお婆さんがにこにこして、へえお待ちどうさま。やっと参りました。と一本の手紙を持って来てゆっくり御覧と言って出て行った。取り上げて見ると清からの便りだ。符箋ふせんが二、三枚ついているから、よく調べると、山城屋から、いか銀のほうへ回して、いか銀から、萩野へ回って来たのである。そのうえ山城屋では一週間ばかり逗留とうりゅうしている。宿屋だけに手紙まで泊めるつもりなんだろう。開いてみると、非常に長いもんだ。坊っちゃんの手紙をいただいてから、すぐ返事を書こうと思ったが、あいにく風邪かぜを引いて一週間ばかり寝ていたものだから、ついおそくなってすまない。そのうえ今どきのお嬢さんのように読み書きが達者でもないのだから、こんなまずい字でも、かくのによっぽど骨が折れる。おいに代筆を頼もうと思ったが、せっかくあげるのに自分でかかなくっちゃ、坊っちゃんにすなまいと思って、わざわざ下書きを一ぺんして。それから清書をした。清書をするには二日ですんだが、下書きをするには四日かかった。読みにくいかもしれないが、これでも一生懸命にかいたのだから、どうぞしまいで読んでくれ。という冒頭で四尺ばかりなにやらかやらしたためてある。なるほど読みにくい。字がまずいばかりではない、たいてい平仮名だから。どこで切れて、どこで始まるのだか句読くとうとつけるのによっぽど骨が折れる。おれはせっかちな性分だから、こんな長くて、わかりにくい手紙は五円やるから読んでくれと頼まれても断るのだが、この時ばかりはまじめになって、始めからしまいまで読み通した。読み通したことは事実だが、読むほうに骨が折れて、意味がつながらないから、また頭から読み直してみた。部屋のなかは少し暗くなって、まえの時より見にくくなったから、とうとう椽鼻えんばなへ出て腰をかけながら丁寧に拝見した。すると初秋はつあきの風が芭蕉の葉を動かして、素肌すはだに吹きつけた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたから、しまいぎわには四尺あまりの半切れがさらりさらりと鳴って、手を放すと、向こうの生垣いけがきまで飛んで行きそうだ。おれはそんなことにはかまっていられない。坊っちゃんは竹を割ったような気性だが、ただ肝臓が強すぎてそれが心配になる。――ほかの人にむやみにあだ名なんか、つけるのは人に恨まれるもとになるから、やたらに使っちゃいけない。もしつけたら、清だけに手紙で知らせろ。――田舎者は人がわるいそうだから、気をつけてひどい目にあわないようにしろ。――気候だって東京より不順にきまってるから、寝冷えをして風邪を引いてはいけない。坊っちゃんの手紙はあまり短かすぎて、様子がよくわからないから、この次にはせめてこの手紙の半分ぐらいの長さのを書いてくれ。――宿屋へ茶代を五円やるのはいいが、あとで困りゃしないか、田舎へ行って頼りになるはお金ばかりだから、なるべく倹約して、万一のときにさしつかえないようにしなくっちゃいけない。――お小遣いがなくて困るかもしれないから、為替かわせで十円あげる。――せんだって坊っちゃんからもらった五十円を、坊っちゃんが東京へ帰って、うちを持つ時の足しにと思って、郵便局へ預けておいたが、この十円を引いてもまだ四十円あるから大丈夫だ。――なるほど女というものは細かいものだ。
 おれが椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、考え込んでいると、しきりのふすまをあけて、萩野のお婆さんが晩飯を持ってきた。まだ見ておいでるのかなもし。えっぽど長いお手紙じゃなもし、と言ったから、ええ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない返事をして膳についた。見ると今夜も薩摩芋さつまいまの煮つけだ。ここのうちは、いか銀よりも丁寧で、親切で、しかも上品だが、惜しいことに食い物がまずい。きのうも芋、おとといも芋で、今夜も芋だ。おれは芋は大好きだと明言したには相違ないが、こうたてつづけに芋を食わされては命がつづかない。うらなり君を笑うどころか、おれ自身が遠からぬうちに、芋のうらなり先生になっちまう。清ならこんな時に、おれの好きなまぐろのさし身か、蒲鉾かまぼこのつけ焼きを食わせるんだが、貧乏士族のけちん坊ときちゃしかたがない。どう考えても清といっしょでなくちゃあだめだ。もしあの学校に長くでもいる模様なら、東京から呼び寄せてやろう。天麩羅蕎麦てんぷらぞばを食っちゃならない、団子を食っちゃならない、それで下宿にいて芋ばかり食って黄色くなっていろなんて、教育者はつらいものだ。禅宗坊主だって、これよりは口に栄耀えいようをさせているだろう。――おれは一皿の芋をたいらげて、机の抽斗ひきだしから生卵を二つ出して、茶碗ちゃわんの縁でたたき割って、ようやくしのいだ。生卵ででも栄養をとらなくちゃあ一週二十一時間の授業ができるものか。

――つづく

※肝臓が強すぎる……酒に強くてなかなか酔わないこと。転じて意志が強くて強情であること。

※椽鼻……椽(垂木)は、屋根を支えるための建材。
 縁側にでて手紙を読んでいる描写だと解せるが、おそらく俯瞰して坊っちゃんを見ている感じを伝えたくて、椽鼻という描写をしたのだろう。地に近いがわから描くか、天に近いがわから描くかで、読み手が受ける情感が変わるのであろう。そう考えると、坊っちゃんの心理描写の間にはさまれた、天と地の間を過ぎてゆく風の描写――すると初秋の風が芭蕉の葉を動かして、素肌に吹きつけた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたから、しまいぎわには四尺あまりの半切れがさらりさらりと鳴って、手を放すと、向こうの生垣まで飛んで行きそうだ――が、じつに意味深く美しいと思えるのではないだろうか。人間とは、天地のあいだにあって、風に吹かれていったりきたりするものだという感があるのではないだろうか。

ipsilon at 22:41コメント(0) 

2014年07月31日



 おれは即夜下宿を引き払った。宿へ帰って荷物をまとめていると、女房が何か不都合でもございましたか、お腹の立つことがあるなら、言っておくれたら改めますと言う。どうも驚く。世の中にはどうして、こんな要領を得ないものばかりそろってるんだろう。出てもらいたいんだか、いてもらいたいんだかわかりゃしない。まるで気狂きちがいだ。こんなものを相手に喧嘩けんかをしたって江戸っ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出て来た。
 出たことは出たが、どこへ行くというあてもない。車屋が、どちらへ参りますと言うから、だまってついて来い、今にわかる、と言って、すたすたやって来た。めんどうだから山城屋へ行こうかとも考えたが、また出なければならないから、つまり手数てすうだ。こうしてあるいているうちには下宿とか、なんとか看板のあるうちをめつけ出すだろう。そうしたら、そこが天意にかなったわが宿ということにしよう。とぐるぐる、閑静な住みよさそうな所をあるいてるうち、とうとう鍛冶屋町に出てしまった。ここは土族屋敷で下宿屋などある町ではないから、もっとにぎやかな方へ引き返そうかとも思ったが、ふといいことを考えついた。おれが敬愛するうらなり君はこの町内に住んでいる。うらなり君は土地の人で先祖代々の屋敷を控えているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違ない。あの人を尋ねて聞いたら、よさそうな下宿を教えてくれるかもしれない。さいわい一度挨拶あいさつに来て勝手は知ってるから、捜してあるくめんどうはない。ここだろうと、いいかげんに見当をつけて、御免御免と二へんばかり言うと、奥から五十ぐらいな年寄りが古風な紙燭しそくをつけて、出てきた。おれは若い女もきらいではないが、年寄りを見るとなんだかなつかしい心持ちがする。おおかた清がすきだから、その魂が方々のお婆さんに乗り移るんだろう。これはおおかたうらなり君のおっさんだろう、切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似ている。まあお上がりと言うところを、ちょっとお目にかかりたいからと、主人を玄関まで呼び出しては実はこれこれだが君どこか心当たりはありませんかと尋ねてみたら。うらなり先生それはさぞお困りでございましょう、としばらく考えていたが、この裏町に萩野はぎまちといって老人夫婦ぎりで暮らしているものがある、いつぞや座敷をあけておいても無駄だから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋してくれと頼んだことがある。今でも貸すかどうかわからんが、まあいしょに言って聞いてみましょうと、親切に連れて行ってくれた。

 その夜から萩野のうちの下宿人となった。驚いたのは、おれがいか銀の座敷を引き払うと、あくる日から入れ違いに野だが平気な顔をして、おれのいた部屋を占領したことだ。さすがのおれもこれにはあきれた。世の中はいかさま師ばかりで、お互いに乗せっこをしているのかもしれない。いやになった。
 世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並みにしなくちゃ、やりきれないわけになる。巾着切きんちゃくきりのうわまえをはねなければ三度の御膳ごぜんがいただけないと、事がきまればこうして、生きてるのも考え物だ。といってぴんぴんした達者なからだで、首をくくっちゃ先祖へすまないうえに、外聞が悪い。考えると物理学校などへはいって、数学なんて役にもたたない芸を覚えるよりも、六百円を資本もとでにして牛乳屋でも始めればよかった。そうすれば清もおれのそばを離れずにすむし、おれも遠くから婆さんのことを心配しずに暮らされる。いっしょにいるうちは、そうでもなかったが、こうして田舎いなかへ来てみると清はやっぱり善人だ。あんな気立てのいい女は日本じゅうさがしてあるいたってめったにはいない。婆さん、おれのたつときに、少々風邪かぜを引いていたが今ごろはどうしてるかしらん。せんだっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。それにしても、返事がきそうなものだが――おれはこんなことばかり考えてさん日暮らしていた。
 気になるから、宿のお婆さんに、東京から手紙は来ませんかと時々尋ねてみるが、聞くたんびになんにも参りませんと気の毒そうな顔をする。ここの夫婦はいか銀とは違って、もとが士族だけに双方とも上品だ。爺さんが夜になると、変な声を出してうたいをうたうには閉口するが、いか銀のようにお茶を入れましょうとむやみに出て来ないから大きに楽だ。お婆さんは時々部屋へ来ていろいろな話をする。どうしても奥さんをお連れなさって、いっしょにおいでなんだのぞなもしなどと質問する。奥さんがあるように見えますかね。かあいそうに、これでもまだ二十四ですぜと言ったら、それでもあなた二十四で奥さんがおありなさるのはあたりまえぞなもしと冒頭を置いて、どこのだれさんは二十はたちでお嫁をおもらいたの、どこのなんとかさんは二十二で子供を二人お持ちたのと、なんでも例を半ダースばかりあげて反駁はんばくを試みたには恐れ入った。それじゃ僕も二十四でお嫁をおもらいるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉をまねて頼んでみたら、お婆さん正直に本当かなもしと聞いた。

本当ほんとう本当ほんまのって僕あ、嫁がもらいたくってしかたがないんだ」
「そうじゃろうがな、もし。若いうちはだれもそんなものじゃけれ」この挨拶には痛み入って返事ができなかった。
「しかし先生はもう、お嫁がおありなさるにきまっとらい。わたしはちゃんと、もう、ねらんどるぞなもし」
「へえ、活眼だね。どうして、ねらんどるんですか」
「どうしててて、東京から便りはないか、便りはないかてて、毎日便りを待ちこがれておいでるじゃないかなもし」
「こいつあ驚いた。たいへんな活眼だ」
「あたりましたろうがな、もし」
「そうですね。あたったかもしれませんよ」
「しかし今どきの女子おなごは、昔と違うて油断ができんけれ、お気をおつけたがええぞなもし」
「なんですかい、僕の奥さんが東京で間男まおとこでもこしらえていますかい」
「いいえ、あなたの奥さんはたしかじゃけれど……」
「それで、やっと安心した。それじゃ何を気をつけるんですかい」
「あなたのはたしか――あなたのはたしかじゃが――」
「どこにふたしかなのがいますかね」
「こちらにもだいぶおります。先生、あの遠山とおやまのお譲さんを御存知かなもし」
「いいえ、知りませんね」
「まだ御存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪べっぴんさんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃけれ、学校の先生がたはみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」
「そうかもしれないね。驚いた」
「おおかた画家の先生がおつけた名ぞなもし」
「野だがつけたんですかい」
「いいえ、あの吉川先生がおつけたのじゃがなもし」
「そのマドンナがふたしかなんですかい」
「やっかいだね。あだ名のついてる女にゃ昔からろくなものはいませんからね。そうかもしれませんよ」
「本当にそうじゃなもし。鬼神のお松じゃの、妲己だっきのお百じゃのててこわい女がおりましたなもし」
「マドンナもその同類なんですかね」
「そのマドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話をしておくれた古賀先生なもし――あのかたの所へお嫁に行く約束ができていたのじゃがなもし――」
「へえ、不思議なもんですね。あのうらなり君が、そんな艶福えんぷくのある男とは思わなかった。人は見かけによらないものだな。ちょっと気をつけよう」
「ところが去年あすこのおとうさんが、おなくなりて、――それまではお金もあるし、銀行の株も持っておいでるし、万事都合がよかったのじゃが――それからというものは、どういうものか急に暮らし向きが思わしくなくなって――つまり古賀さんがあまりお人がよすぎるけれ、おだまされたんぞなもし。それや、これやでお輿入こしいれれも延びているところへ、あの教頭さんがおいでて、ぜひ嫁にほしいとお言いるのじゃがなもし」
「あの赤シャツがですか。ひどいやつだ。どうもあのシャツはただのシャツじゃないと思ってた。それから?」
「人を頼んでかけおうておみると、遠山さんでも古賀さんに義理があるから、すぐに返事はできかねて――まあよう考えてみようぐらいの挨拶をおしたのじゃがなもし。すると赤シャツさんが、手蔓てづるを求めて遠山さんのほうへ出入りをおしるようになって、とうとうあなた、お譲さんを手なずけておしまいたのじゃがなもし。赤シャツさんも赤シャツさんじゃが、お譲さんもお嬢さんじゃてて、みんながわるく言いますのよ。いったん古賀さんへ嫁に行くてて承知をしときながら、いまさら学士さんがおいでたけれ、そうのほうへ替えよてて、それじゃ今日様こんにちさまへすむまいがなもし、あなた」
「まったくすまないね。今日様どころか明日様にも明後日様にも、いつまでいったってすみっこありませんね」
「それで古賀さんにお気の毒じゃてて、お友だちの堀田さんが教頭のところへ意見をしにお行きたら、赤シャツさんが、あしは約束のあるものを横取りするつもりはない。破約になればもらうかもしれんが、今のところは遠山家とただ交際をしているばかりじゃ、遠山家と交際をするにはべつだん古賀さんにすまんこともなかろうとお言いるけれ、堀田さんもしかたがなしにお戻りたそうな。赤シャツさんと堀田さんは、それ以来折合いがわるいという評判ぞなもし」
「よくいろんな事を知ってますね。どうして、そんな詳しい事がわかるんですか。感心しちまった」
「狭いけれなんでもわかりますぞなもし」

――つづく

妲己(だっき):殷の皇帝の妃の名前。悪女の代名詞として『史記』に記述がある。

今日様が許さない=太陽を敬って言うこと。お天道様が許さないという意味。


これまでで一番長い、会話文だけの部分ですかね。
漱石の心やいかに?
人の噂だとか、世間は狭いだとか、いろいろ伝えたいがゆえなんでしょうが、
その心やいかに?

思うに、これまでのことは客観性のあることで、はっきりと、善悪をつけることができた。
しかし、こういう「色恋」に関してはそうはいかない。
だから、会話という現実の人間に近い形で表現したのだろう。
確かに、今日様が許さないってのはあるでしょうし、金で心の売買いするとかよー、オイコラ!
とか言いたくなるのだが、まあ生活、経済地盤とかも考えるとね、なかなかに難しい話なのでしょう。

最後は当事者同士の問題だということ、心の人間性にあるということを伝えるには、
会話文が一番いい。読者に何が善であるかを、それぞれの立場で考えてもらうには、
押しつけにならにようにするためには、会話文が最適だと考えたのではないでしょうか。

あのうらなり君が? とか赤シャツが! とかね、オイ坊っちゃん、お婆さんにあなたが勝手につけたあだ名で話しても伝わらないよ、という部分が面白い。
赤シャツだけ、しっかりお婆さんも、途中から赤シャツとか言ってるし。
この辺で微妙に、漱石は「こいつ悪人ですよー!」ってコソーリ意見を述べている。
漱石かわいい。

いやまあ、それ以上に、坊っちゃんの――
「ちょっと気をつけよう」というところに、漱石の本音がチラ見えしてて、私は爆笑してしまった。
漱石さん、かわゆす。

(男と女のことは)ちょっと気をつけよう(^ー^)


ともあれ、これが日本にかつてあった、中間層の人間の絆だったのであり、
日本ほどその中間層が破壊された国はないという部分であろう。
確かに、噂話は偏見を生むこともあるが、良くも悪くも、人々がお互いのことを知りあっているということは重大なことなのだ。

東京で長いこと暮らしてきた私は、この中間層の破壊が、
いかに日本人に壊滅的打撃を与えたかを身を持って知っている気がする。
亡き母もよく言っていた。
「おれなんかな、自分から人にあれこれする方じゃないから、学会に入ってなかったら、随分淋しい思いをしてたんだと思うよ」と。卓見だ。
組織利用だとか云々だとか、そういう次元の話でない。

人と人との絆が破壊された社会は人間を育てることはない。
人間を人間たらしめないのだと思うだけだ。

それにしても、ゆっくり(書き写しながら)読むというのもいいものですね。
ざざっと読むより、遥かに、精密に作家の個性とか考えたであろうことが伝わってくると思うのです。

ipsilon at 11:13 

2014年07月29日

津軽の雪

こな雪
つぶ雪
わた雪
みず雪
かた雪
ざらめ雪
こおり雪
(東奥年鑑より)


   序    編

 る年の春、私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島をおおよそ三週間ほどかかって一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯しょうがいいて、かなり重要な事件の一つであった。私は津軽に生まれ、そうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木かなぎ五所川原ごしょがわら、青森、弘前ひろさき浅虫あさむし大鰐おおわに、それだけの町を見ただけで、その他の町村に就いては少しも知るところが無かったのである。
 金木は、私の生まれた町である。津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これという特徴もないが、どこやら都会ふうにちょっと気取った町である。善く言えば、水のように淡泊であり、悪く言えば、底の浅い見栄坊みえぼうの町という事になっているようである。それから三里ほど南下し、岩木川に沿うて五所川原という町が在る。この地方の産物の集散地で人口も一万以上あるようだ。青森、弘前の両市を除いて、人口一万以上の町は、この辺にはほかに無い。善く言えば、活気のある町であり、悪く言えば、さわがしい町である。農村のにおいは無く、都会特有の、あの孤独の戦慄せんりつがこれくらいの小さい町にも既にかすかに忍びいっている模様である。大袈裟おおげさ譬喩ひゆでわれながら閉口して申し上げるのであるが、かりに東京に例をとるならば、金木は小石川であり、五所川原は浅草、といったようなところでもあろうか。ここには、私の叔母がいる。幼少のころ、私は生みの母よりも、この叔母を慕っていたので、実にしばしばこの五所川原の叔母の家へ遊びに来た。私は、中学校にはいるまでは、この五所川原と金木と、二つの町の他は、津軽の町に就いて、ほとんど何も知らなかったと言ってよい。やがて、青森の中学校に入学試験を受けに行く時、それは、わずか三、四時間の旅であったはずなのに、私にとっては非常な大旅行の感じで、その時の興奮を私は少し脚色して小説に書いた事があって、その描写は必ずしも事実そのままではなく、かなしいお道化の虚構に満ちてはいるが、けれども、感じは、だいたいあんなものだったと思っている。すなわち、

だれにも知られぬ、このようなわびしいおしゃれは、年一年と工夫に富み、村の小学校を卒業して馬車にゆられ汽車に乗り十里はなれた県庁所在地の小都会へ、中学校の入学試験を受けるために出掛けたときの、そのときの少年の服装は、あわれに珍妙なものでありました。白いフランネルのシャツは、よっぽど気に入っていたものとみえて、やはり、そのときも着ていました。しかも、こんどのシャツには蝶々ちょうちょうはねのような大きいえりがついていて、その襟を、夏の開襟かいきんシャツの襟を背広せびろ上衣うわぎの襟の外側に出してかぶせているのと、そっくり同じ様式で、着物の襟の外側にひっぱり出し、着物の襟におおいかぶせているのです。なんだか、よだれ掛けのようにも見えます。でも、少年は悲しく緊張して、その風俗が、そっくり貴公子のように見えるだろうと思っていたのです。久留米絣くるめがすりに、白っぽいしまの、短いはかまをはいて、それから長い靴下くつした編上あみあげのピカピカ光る黒い靴。それからマント。父はすでに歿ぼつし、母は病身ゆえ、少年の身のまわり一切は、やさしいあによめの心づくしでした。少年は、嫂に怜悧れいりに甘えて、むりやりシャツの襟を大きくしてもらって、嫂が笑うと本気に怒り、少年の美学が誰にも解せられぬことを涙が出るほど口惜くやしく思うのでした。『瀟洒しょうしゃ、典雅』少年の美学の一切は、それに尽きていました。いやいや、生きることのすべて、人生の目的全部がそれに尽きていました。マントは、わざとボタンを掛けず、小さい肩から今にも滑り落ちるように、あやうく羽織って、そうしてそれを小粋こいきわざだと信じていました。どこから、そんなことを覚えたのでしょう。おしゃれの本能というものは、手本がなくても、おのずから発明するのかも知れません。ほとんど生まれてはじめて都会らしい都会に足を踏みこむのでしたから、少年にとっては一世一代の凝った身なりであったわけです。興奮のあまり、その本州北端の一小都会に着いたとたんに少年の言葉つきまで一変してしまっていたほどでした。かねて少年雑誌で習い覚えてあった東京弁を使いました。けれども宿に落ちつき、その宿の女中たちの言葉を聞くと、ここもやっぱり少年の生まれ故郷と全く同じ、津軽弁でありましたので、少年はすこし拍子抜けがしました。生まれ故郷と、その小都会とは、十里も離れていないのでした」

 この海岸の小都会は、青森市である。津軽第一の海港にしようとして、外ヶ浜奉行ぶぎょうがその経営に着手したのは寛永元年である。ざっと三百二十年ほど前である。当時、すでに人家が千軒くらいあったという。それから近江おうみ越前えちぜん、越後、加賀、能登のと若狭わかさなどとさかんに船で交通をはじめて次第に栄え、外ヶ浜に於いて最も殷賑いんしんの要港となり、明治四年の廃藩置県にって青森県の誕生すると共に、県庁所在地となっていまは本州の北門を守り、北海道函館はこだてとの間の鉄道連絡船なども事にいたっては知らぬ人もあるまい。現在戸数は二万以上、人口十万を超えている様子であるが旅人にとっては、あまり感じのいい町では無いようである。たびたびの大火のために家屋が貧弱になってしまったのは致し方が無いとしても、旅人にとって、市の中心部はどこか、さっぱり見当がつかない様子である。奇妙にすすけた無表情の家々が立ち並び、何事も旅人に呼びかけようとはしないようである。旅人は、落ちつかぬ気持で、そそくさとこの町を通り抜ける。けれども私は、この青森市に四年いた。そうして、その四箇年は、私の生涯に於いて、たいへん重要な時期でもあったようである。その頃の私の生活に就いては、「思い出」という私の初期の小説にかなり克明に書かれてある。

「いい成績ではなかったが、私はその春、中学校へ受験して合格した。私は、新しい袴と黒い沓下くつしたとあみあげの靴をはき、いままでの毛布をよして羅紗らしゃのマントを洒落者しゃれものらしくボタンをかけずに前をあけたまま羽織って、その海のある小都会へ出た。そして私のうちと遠い親戚しんせきにあたるそのまちの呉服店で旅装を解いた。入口にちぎれた古いのれんのさげてあるその家へ、私はずっと世話になることになっていたのである。
 私は何ごとにも有頂天になりやすい性質を持っているが、入学当時は銭湯へ行くのにも学校の制帽をかぶり、袴をつけた。そんな私の姿が往来の窓硝子まどガラスにでも映ると、私は笑いながらそれへ軽く会釈えしゃくをしたものである。
 それなのに、学校はちっとも面白おもしろくなかった。校舎は、まちのはずれにあって、白いペンキで塗られ、すぐ裏は海峡に面したひらいた公園で、なみの音や松のざわめきが授業中でも聞えて来て、廊下も広く教室の天井も高くて、私はすべてにいい感じを受けたのだが、そこにいる教師たちは私をひどく迫害したのである。
 私は入学式の日から、或る体操の教師にぶたれた。私が生意気だというのであった。この教師は入学試験のとき私の口頭試問の係りであったが、お父さんがなくなってよく勉強もできなかったろう、と私に情ふかい言葉をかけてれ、私もうなだれて見せたその人であっただけに、私のこころはいっそう傷つけられた。そののちも私は色んな教師にぶたれた。にやにやしているとか、あくびをしたとか、さまざまな理由から罰せられた。授業中の私のあくびは大きいので職員室で評判である、とも言われた。私はそんな莫迦ばかげたことを話し合っている職員室を、おかしく思った。
 私と同じ町から来ている一人の生徒が、或る日、私を校庭の砂山の陰に呼んで、君の態度は実際生意気そうに見える、あんなに殴られてばかりいると落第するにちがいない、とい忠告して呉れた。私は愕然がくぜんとした。その日の放課後、私は海岸づたいにひとり家路を急いだ。靴底を浪になめられつつ溜息ためいきをついて歩いた。洋服のそでで額の汗をいていたら、鼠色ねずみいろのびっくりするほど大きい帆がすぐ眼の前をよろよろととおって行った」

 この中学校は、いまも昔と変わらず青森市の東端にある。ひらいた公園というのは、合浦がっぽ公園の事である。そうしてこの公園は、ほとんど中学校の裏庭と言ってもいいほど、中学校と密着していた。私は冬の吹雪の時以外は、学校の行き帰り、この公園を通り抜け、海岸づたいに歩いた。わば裏路うらみちである。あまり生徒が歩いていない。私には、この裏路が、すがすがしく思われた。初夏の朝は、ことによかった。なおまた、私の世話になった呉服店というのは、寺町の豊田家である。二十代ちかく続いた青森市屈指の老舗しにせである。ここのお父さんは先年なくなられたが、私はこのお父さんに実の子以上に大事にされた。忘れることが出来ない。この二、三年来、私は青森市へ二、三度行ったが、その度ごとに、このお父さんのお墓へおまいりして、そうして必ず豊田家に宿泊させてもらうならわしである。

「私が三年生になって、春のあるあさ、登校の道すがらに朱で染めた橋のまるい欄干へもたれかかって、私はしばらくぼんやりしていた。橋の下には隅田すみだ川に似た広い川がゆるゆると流れていた。全くぼんやりしている経験など、それまでの私にはなかったのである。うしろで誰か見ているような気がして、私はいつでも何かの態度をつくっていたのである。私のいちいちのこまかい仕草しぐさにも、彼は当惑して掌を眺めた、彼は耳の裏をきながらつぶやいた、などと傍から傍から説明句をつけていたのであるから、私にとって、ふと、とか、われしらず、とかいう動作はあり得なかったのである。橋の上での放心から覚めたのち、私は寂しさにわくわくした。そんな気持ちのときには、私もまた、自分のしかた行く末を考えた。橋をかたかた渡りながら、いろんな事を思い出し、また夢想した。そして、おしまいに溜息をついてこう考えた。えらくなれるかしら。
(中略)

――つづく

ipsilon at 16:31 
       六

 野だは大きらいだ。こんなやつは沢庵石たくあんいしをつけて海の底へ沈めちまうほうが日本にっぽんのためだ。赤シャツは声が気にくわない。あれはもちまえの声をわざと気取ってあんな優しいように見せてるんだろう。いくら気取ったって、あのつらじゃだめだ。ほれるものがあったって、マドンナぐらいなものだ。しかし教頭だけに野だよりむずかしいことを言う。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみると一応もっとものようでもある。判然としたことは言わないから、見当がつきかねるが、なんでも山嵐がよくないやつだから用心しろと言うのらしい。それならそうとはっきり断言するがいい。男らしくもない。そうして、そんなわるい教師なら、早く免職さしたらよかろう。教頭なんて文学士のくせにいくじのないもんだ。蔭口かげぐちをきくのでさえ、公然と名前が言えないくらいな男だから、弱虫にきまってる。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろう。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違う。それにしても世の中は不思議なものだ。虫の好かないやつが親切で、気の合った友だちが悪漢わるものだなんて、人をばかにしている。おおかた田舎だから万事東京のさかにゆくんだろう。物騒な所だ。今に火事が氷って、石が豆腐とうふになるかもしれない。しかし、あの山嵐が生徒を扇動するなんて、いたずらをしそうもないがな。いちばん人望のある教師だというから、やろうと思ったらたいていのことはできるかもしれないが、――第一そんな回りくどいことをしないでも、じかにおれをつらまえて喧嘩けんかを吹きかけりゃ手数てすうが省けるわけだ。おれがじゃまになるなら、実はこれこれだ、じゃまだから辞職してくれと言や、よさそうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向こうの言い条がもっともなら、あしたにでも辞職してやる。ここばかり米ができるわけでもあるまい。どこの果てへ行ったって、のたれ死はしないつもりだ。山嵐もよっぽど話せないやつだな。

 ここへ来た時第一に氷水をおごったのは山嵐だ。そんな裏表のあるやつから、氷水でもおごってもらっちゃ、おれの顔にかかわる。おれはたった一杯しか飲まなかったから一銭五厘しか払わしちゃない。しかし一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師さぎしの恩になっては、死ぬまで心持ちがよくない。あした学校へ行ったら、一銭五厘返しておこう。おれは清から三円借りている。その三円は五年たったきょうまでまだ返さない。返せないんじゃない。返さないんだ。清は今に返すだろなどと、かりそめにもおれの懐中をあてにはしていない。おれも今に返そうなどと他人がましい義理立てはしないつもりだ。こっちがこんな心配をすればするほど清の心を疑ぐるようなもので、清の美しい心にけちをつけると同じことになる。返さないのは清を踏みつけるのじゃない。清をおれの片破かたわれと思うからだ。清と山嵐とはもとより比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶だろうが、他人から恵みを受けて、だまっているのは向こうをひとかどの人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作しょさだ。割前を出せばそれだけのことですむところを、心のうちでありがたいと恩に着るのは銭金ぜにかねで買える返礼じゃない。無位無官でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両よりたっといお礼と思わなければならない。
 おれはこれでも山嵐に一銭五厘奮発させて、百万両よりたっとい返礼をした気でいる。山嵐はありがたいと思ってしかるべきだ。それに裏へ回って卑劣なふるまいをするとはけしからん野郎だ。あした行って一銭五厘返してしまえばかしかりもない。そうしておいて喧嘩をしてやろう。
 おれはここまで考えたら、眠くなったからぐうぐう寝てしまった。あくる日は思うしさいがあるから、例刻より早ヤ目に出校して山嵐を待ち受けた。とことろがなかなか出て来ない。うらなりが出て来る。漢学の先生が出て来る。野だが出て来る。しまいには赤シャツまで出て来たが山嵐の机の上は白墨が一本たてに寝ているだけで閑静なものだ。おれは控え所へはいるやいなや返そうと思って、うちを出る時から、湯銭のように手の平へ入れて一銭五厘、学校まで握ってきた。おれはあぶらっ手だから、あけて見ると一銭五厘が汗をかいている。汗をかいている銭を返しちゃ、山嵐がなんとか言うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いてまた握った。ところへ赤シャツが来てきのうは失敬、迷惑でしたろうと言ったから、迷惑じゃありません、おかげで腹が減りましたと答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上へひじを突いて、あの盤台面ばんだいづらをおれの鼻の側面へ持ってきたから、何をするかと思ったら、君きのう帰りがけに船の中で話したことは、秘密にしてくれたまえ。まだだれにも話しゃしまいねと言った。女のような声を出すだけに心配性な男とみえる。話さないことはたしかである。しかしこれから話そうという心持ちで、すでに一銭五厘手の平に用意しているくらいだから、ここで赤シャツから口どめをされちゃ、ちと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名をささないにしろ、あれほど推察のできるなぞをかけておきながら、いまさらその謎を解いちゃ迷惑だとは教頭とも思えぬ無責任だ。元来ならおれが山嵐と戦争をはじめてしのぎを削ってるまん中へ出て堂々とおれの肩を持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着ている主意も立つというもんだ。
 おれは教頭に向かって、まだだれにも話さないが、これから山嵐と談判するつもりだと言ったら、赤シャツは大いに狼狽ろうばいして、君もそんな無法なことをしちゃ困る。僕は堀田君のことについて、べつだん君になにも明言した覚えはないんだから――君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑する。君は学校に騒動を起こすつもりで来たんじゃなかろうと妙に常識をはずれた質問をするから、あたりまえです、月給をもらったり、騒動を起こしたりしちゃ、学校のほうでも困るでしょうと言った。すると赤シャツはそれじゃきのうのことは君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼に及ぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合った。君大丈夫かいと赤シャツは念を押した。どこまで女らしいんだか奥行おくゆきがわからない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄つじつまの合わない、論理に欠けた注文をして恬然てんぜんとしている。しかもこのおれを疑ぐってる。はばかりながら男だ。受け合ったことを裏へ回って反古ほごにするようなさもしい了見は持ってるもんか。
 ところへ両隣の机の所有生も出校したんで、赤シャツはそうそう自分の席へ帰っていった。赤シャツは歩き方から気取ってる。部屋へやの中を往来するのでも、音を立てないようにくつの底をそっと落とす。音を立てないであるくのが自慢になるもんだとは、この時からはじめて知った。泥棒どろぼう稽古けいこじゃあるまいし、あたりまえにするがいい。やがて始業の喇叭らっぱがなった。山嵐はとうとう出てこない。しかたがないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出かけた。

 授業の都合で一時間目は少しおくれて、控え所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話している。山嵐もいつのまにか来ている。欠勤だと思ったら遅刻したんだ。おれの顔を見るやいなやきょうは君のおかげで遅刻したんだ。罰金を出したまえと言った。おれは机の上にあった一銭五厘を出して、これをやるから取っておけ。せんだって通町で飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ置くと、何を言ってるんだと笑いかけたが、おれが存外まじめでいるので、つまらない冗談をするなと銭をおれの机の上にはき返した。おや山嵐のくせにどこまでもおごる気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水をおごられる因縁いんねんがないから、出すんだ。取らない法があるか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいいが、なぜ思い出したように、今時分返すんだ」
「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。おごられるのが、いやだから返すんだ」
 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと言った。赤シャツの依頼がなければ、ここで山嵐の卑劣をあばいて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きがとれない。人がこんなにまっかになってるのにふんという理屈があるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ」
「一銭五厘を受ければそれでいい。下宿を出ようが出まいがおれのかってだ」
「ところがかってでない、きのう、あすこの亭主が来て君に出てもらいたいと言うから、その訳を聞いたら亭主の言うのはもっともだ。それでも、もう一応たしかめるつもりで今朝けさあすこへ寄って詳しい話を聞いてきたんだ」
 おれには山嵐の言うことがなんの意味だかわからない。
「亭主が君に何を話したんだか、おれが知ってるもんか。そう自分だけできめたってしようがあるか。訳があるなら、訳を話すのが順だ。てんから亭主の言うほうがもっともだなんて失敬千万なことを言うな」
「うん、そんなら言ってやろう。君は乱暴であの下宿でもてあまされているんだ。いくら下宿の女房だって、下女たあ違うぜ。足を出してふかせるなんて、いばりすぎるさ」
「おれが、いつ下宿の女房に足をふかせた」
「ふかせたかどうだかしらないが、とにかく向こうじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物かけものを一幅売りゃ、すぐ浮いてくるって言ってたぜ」
「きいたふうなことをぬかす野郎だ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん。置くことは置いたんだが、いやになったんだから、出ろと言うんだろう。君出てやれ」
「あたりまえだ。いてくれと手を合わせたって、いるものか。いったいそんな言いがかりを言うような所へ周旋する君からして不埒ふらちだ」
「おれが不埒か、君がおとなしくないんだか、どっちかだろう」
 山嵐もおれに劣らぬ肝癪かんしゃく持ちだから、負けぎらいな大きな声を出す。控え所にいた連中は何事が始まったかと思って、みんな、おれと山嵐の方を見て、あごを長くしてぼんやりしている。おれは、べつに恥ずかしいことをした覚えはないんだから、立ち上がりながら、部屋じゅうひととおり見まわしてやった。みんなが驚いているなかに野だだけはおもしろそうに笑っていた。おれの大きな目が、貴様も喧嘩をするつもりかと言うけんまくで、野だの干瓢かんぴょうづらを射ぬいた時に、野だは突然まじめな顔をして、大いにつつしんだ。少しこわかったとみえる。そのうち喇叭らっぱが鳴る。山嵐もおれも喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れてはじめてだからとんと様子がわからないが、職員が寄ってたかって、自分勝手な説をたてて、それを校長がいいかげんにまとめるのだろう。まとめるというのは黒白こくびゃくの決しかねる事柄についていうべき言葉だ。この場合のような、だれが見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇つぶしだ。だれがなんと解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座に校長が処分してしまえばいいのに。ずいぶん決断のないことだ。校長ってものが、これならば、なんのことはない、煮え切らないぐずの異名いみょうだ。
 会議室は校長室の隣にある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子いすが二十脚ばかり、長いテーブルの周囲に並んでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。そのテーブルのはじに校長がすわって、校長の隣に赤シャツが構える。あとはかってしだいに席につくんだそうだが、体操の教師だけはいつも末席に謙遜けんそんするという話だ。おれは様子がわからないから、博物の教師と漢学の教師のあいだへはいり込んだ。向こうを見ると山嵐と野だが並んでいる。野だの顔はどう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐のほうがはるかに趣がある。おやじの葬式の時に小日向こびなたの養源寺の座敷にかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主に聞いてみたら韋駄天いだてんという怪物だそうだ。きょうはおこってるから、目をぐるぐる回しちゃ、時々おれのほうを見る。そんなことでおどかされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり目をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの目は恰好かっこうはよくないが、大きいことにおいてはたいていな人に負けない。あなたは目が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく言ったくらいだ。
 もうたいていおそろいでしょうかと校長が言うと、書記の川村というのが一つ二つと頭数あたまかずを勘定してみる。一人足りない。一人不足ですがと考えていたが、これは足りないはずだ。唐茄子とうなすのうらなり君が来ていない。おれとうらなり君とはどういう宿世しゅくせの因縁かしらないが、この人の顔を見て以来どうしても忘れられない。控え所へくれば、すぐ、うらなり君が目につく、途中あるいていても、うらなり先生の様子が心に浮かぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々あおい顔をして湯壺ゆつぼの中にふくれている。挨拶をするとへえと恐縮して頭を下げるから気の毒になる。学校へ出てうらなり君ほどおとなしい人はいない。めったに笑ったこともないが、よけいな口をきいたこともない。おれは君子という言葉を書物のうえで知ってるが、これは字引にあるばかりで、生きてるものではないと思ってたが、うらなり君に会ってからはじめて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらいだ。
 このくらい関係の深い人のことだから、会議室へはいるやいなや、うらなり君のいないのは、すぐ気がついた。実をいうと、この男の次へでもすわろうかと、ひそかに目標もくひょうにしてきたくらいだ。校長はもうやがて見えるでしょうと、自分の前にある紫の袱紗包ふくさづつみをほどいて、蒟蒻版こんにゃくばんのようなものを読んでいる。赤シャツは琥珀こはくのパイプを絹ハンケチでみがきはじめた。この男はこれが道楽である。赤シャツ相当のところだろう。ほかの連中は隣同志でなんだかささやき合っている。手持ち無沙汰ぶさたなのは鉛筆のしりについているゴムの頭でテーブルの上へしきりに何か書いている。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐はいっこう応じない。ただうんとかああとか言うばかりで、時々こわい目をして、おれの方を見る。おれも負けずににらめ返す。
 ところへ待ちかねた、うらなり君が気の毒そうにはいって来て少々用事がありまして、遅刻いたしましたと慇懃いんぎんに狸に挨拶をした。では会議を開きますと狸はまず書記の川村君に蒟蒻版を配布させる。見ると最初が処分の件、次が生徒取締りの件、その他二、三か条である。狸は例のとおりもったいぶって、教育の生霊いきりょうという見えでこんな意味のことを述べた。「学校の職員や生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳かとくのいたすところで、何か事件があるたびに、自分はよくこれで校長が勤まるとひそかに慚愧ざんきの念に堪えんが、不幸にして今回もまたかかる騒動をひき起こしたのは、深く諸君に向かって謝罪しなければならん。しかし一たび起こった以上はしかたがない、どうにか処分をせんければならん、事実はすでに諸君の御承知のとおりであるからして、善後策について腹蔵のないことを参考のためにお述べください」

 おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの狸だのというものは、えらいことを言うもんだと感心した。こう校長がなにもかも責任をうけて、自分のとがだとか、不徳だとかいうくらいなら、生徒を処分するのは、やめにして、自分からさきへ免職になったら、よさそうなもんだ。そうすればこんなめんどうな会議なんぞも開く必要もなくなるわけだ。第一常識から言ってもわかってる。おれがおとなしく宿直をする。わるいのは校長でもなけりゃ、おれでもない、生徒だけにきまってる。もし山嵐が扇動したとすれば、生徒と山嵐を退治ればそれでたくさんだ。人の尻を自分でしょいこんで、おれの尻だと吹き散らかすやつが、どこの国にあるもんか、狸でなくちゃできる芸当じゃない。彼はこんな条理にかなわない議論を吐いて、得意げに一同を見回した。ところが誰も口を開くものがない。博物の教師は第一教場の屋根にからすがとまってるのをながめている。漢学の先生は蒟蒻版を畳んだり、延ばしたりしてる。山嵐はまだおれの顔をにらめている。会議というものが、こんなばかげたものなら、欠席して昼寝でもしているほうがましだ。
 おれはじれったくなったから、いちばん大いに弁じてやろうと思って、半分尻をあげかけたら、赤シャツが何か言いだしたから、やめにした。見るとパイプをしまって、縞のある絹ハンケチで顔をふきながら、何か言っている。あのハンケチはきっとマドンナから巻き上げたに相違ない。男は白い麻を使うもんだ。「私も寄宿生の乱暴を聞いてはなはだ教頭として不行届ふゆきとどきであり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかったのを深くはずるのであります。でこういうことは、何か陥欠があると起こるもので、事件そのものを見るとなんだか生徒だけがわるいようであるが、その真相をきわめると責任はかえって学校にあるかもしれない。だから表面上にあらわれたところだけで厳重な制裁を加えるのは、かえって未来のためによくないかとも思われます。かつ少年血気のものであるから活気があふれて、善悪の考えはなく、なかば無意識にこんな悪戯いたずらをやることはないともかぎらん。で、もとより処分法は校長のお考えにあることだから、私は容喙ようかいするかぎりではないが、どうかその辺を御斟酌ごしんしゃくになって、なるべく寛大なおとりはからいを願いたいと思います」
 なるほど狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒があばれるのは、生徒がわるいんじゃない教師がわるいんだと公言している。気狂きちがいが人の頭をなぐりつけるのは、なぐられた人がわるいから、気狂いがなぐるんだそうだ。ありがたいしあわせだ。活気にみちて困るなら運動場うんどうばへ出て相撲すもうでも取るがいい。なかば無意識に床の中へバッタを入れられてたまるもんか。この様子じゃ寝頸ねくびをかかれても、なかば無意識だって放免するつもりだろう。
 おれはこう考えて何か言おうかなと考えてみたが、言うなら人を驚かすようにとうとうと述べたてなくちゃつまらない、おれの癖として、腹がたったときに口をきくと、二言ふたこと三言みことで必ず行きつまってしまう。狸でも赤シャツでも人物からいうと、おれよりも下等だが、弁舌はなかなか達者だから、まずいことをしゃべって揚足あげあしを取られちゃおもしろくない。ちょっと腹案を作ってみようと、胸のなかで文章を作ってる。すると前にいた野だが例のへらへら調で「実に今回のバッタ事件および吶喊とっかん事件はわれわら心ある教員をして、ひそかにわが校将来の前途に危惧きぐの念をいだかしむるに足る珍事でありまして、われわれ職員たるものはこの際ふるってみずから省みて、全校の風紀を振粛しなければなりません。それでただいま校長および教頭のお述べになったお説は、実に肯綮こうけいにあたった凱切がいせつなお考えで私は徹頭徹尾賛成いたします。どうかなるべく寛大な御処分を仰ぎたいと思います」と言った。野だの言うことは言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列するぎりで訳がわからない。わかったのは徹頭徹尾賛成いたしますという言葉だけだ。
 おれは野だの言う意味はわからないけれども、なんだか非常に腹がたったから、腹案もできないうちに立ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と言ったあとが急に出てこない。「……そんな頓珍漢とんちんかんな、処分はだいっきらいです」とつけたら、職員が一同笑いだした。
「いったい生徒が全然わるいです。どうしてもあやまらせなくっちゃあ、癖になります。退校さしてもかまいません。……なんだ失敬な、新しくきた教師だと思って……」と言って着席した。すると右隣にいる博物が「生徒がわるいことも、わるいが、あまり厳重な罰などをするとかえって反動を起こしていけないでしょう。やっぱり教頭のおっしゃるとおり、かんなほうに賛成します」と弱いことを言った。左隣の漢学は穏便説に賛成と言った。歴史も教頭と同説だと言った。いまいましい、たいていのものは赤シャツ党だ。こんな連中が寄り合って学校を立てていりゃ世話はない。おれは生徒をあやまらせるか、辞職するか二つのうち一つにきめてるんだから、もし赤シャツが勝ちを制したら、さっそくうちへ帰って荷造りをする覚悟でいた。どうせ、こんなてあいを弁口で屈伏させるてぎわはなし、させたところでいつまで御交際を願うのは、こっちでごめんだ。学校にいないとすればどうなたってかまうもんか。また何か言うと笑うに違いない。だれが言うもんかとすましていた。

 すると今までだまって聞いてた山嵐が奮然として、立ち上がった。野郎また赤シャツ賛成の意を表するな、どうせ、貴様とは喧嘩だ、かってにしろと見ていると山嵐はガラス窓を振るわせるような声で「私は教頭およびその他諸君のお説には全然不同意であります。というものはこの事件はどの点から見ても、五十名の寄宿生が新米の教師某氏を軽侮けいぶしてこれを翻弄ほんろうしようとした所為とよりほかには認められんのであります。教頭はその原因を教師の人物いかんにお求めになるようでありますが失礼ながらそれは失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着後早々のことで、まだ生徒に接せられてから二十日はつかにみたぬころであります。この短い二十日において生徒は君の学問人物を評価しうる余地がないのであります。軽侮されべき至当な理由があって、軽侮を受けたのなら生徒の行為に斟酌を加える理由もありましょうが、なんらの原因もないのに新米の先生を愚弄するような軽薄な生徒を寛化かんかしては学校の威信にかかわることと思います。教育の精神は単に学問を授けるばかりではない、高尚な、正直な、武士的な元気を鼓吹こすいすると同時に、野卑な、軽躁けいそうな、暴慢な悪風を掃蕩そうとうするにあると思います。もし反動が恐ろしいの、騒動が大きくなるのと姑息こそくなことを言った日にはこの弊風はいつ矯正きょうせいできるかしれません。かかる弊風を杜絶とぜつするためにこそわれわれはこの学校に職を奉じているので、これを見のがすくらいならはじめから教師にならんほうがいいと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を厳罰に処するうえに、当該教師の面前において公に謝罪の意を表せしむるのを至当の処置と心得ます」と言いながら、どんと腰をおろした。一同はだまってなんにも言わない。赤シャツはまたパイプをふきはじめた。おれはなんだか非常にうれしかった。おれの言おうと思うところはおれの代わりに山嵐がすっかり言ってくれたようなものだ。おれはこういう単純な人間だから、今までの喧嘩はまるで忘れて、大いにありがたいという顔をもって、腰をおろした山嵐のほうを見たら、山嵐はいっこう知らんかおをしている。しばらくして山嵐はまた起立した。「ただいまちょっと失念して言い落としましたから、申します。当夜の宿直員は宿直中外出して温泉に行かれたようであるが、あれはもってのほかのことと考えます。いやしくも自分が一夜の留守番るすばんを引き受けながら、とがめるもののないのをさいわいに、場所もあろうに温泉などへ入湯にいくなどというのは大きな失体である。生徒は生徒として、この点については校長からとくに責任者に御注意あらんことを希望します」
 妙なやつだ、ほめたと思ったら、あとからすぐ人の失策をあばいている。おれはなんの気もなく、前の宿直が出あるいたことを知って、そんな習慣だと思って、つい温泉まで行ってしまったんだが、なるほどそう言われてみると、これはおれがわるかった。攻撃されてもしかたがない。そこでおれはまた立って「私はまさに宿直中に温泉に行きました。これはまったくわるい。あやまります」と言って着席したら、一同がまた笑いだした。おれが何か言いさえすれば笑う。つまらんやつらだ。貴様らにこれほど自分のわるいことを公にわるかったと断言できるか、できないから笑うんだろう。

 それから校長は、もうたいてい御意見もないようでありますから、よく考えたうえで処分しましょうと言った。ついでだからその結果を言うと、寄宿生は一週間の禁足になったうえに、おれの前へ出て謝罪をした。謝罪をしなければその時辞職して帰るところだったがなまじい、おれの言うとおりになったのでとうとう大変なことになってしまった。それはあとから話すが、校長はこの時会議の引き続きだと号してこんなことを言った。生徒の風儀は、教師の感化で正していかなくてはならん。その一着手として、教師はなるべく飲食店などに出入りしないことにしたい。もっとも送別会などの節は特別であるが、単独にあまり上等でない場所へ行くのはよしたい――たとえば蕎麦屋そばやだの、団子屋だの――と言いかけたらまた一同が笑った。野だが山嵐を見て天麩羅てんぷらと言って目くばせをしたが山嵐は取り合わなかった。いいきびだ。
 おれは脳がわるいから、狸の言うことなんか、よくわからないが、蕎麦屋と団子屋へ行って、中学の教師が勤まらなくっちゃ、おれ見たような食いしんぼうにゃとうていできっこないと思った。それなら、それでいいから、初手しょてから蕎麦と団子のきらいなもの注文して雇うがいい。だんまりで辞令を下げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令ふれを出すのは、おれのようなほかに道楽のないものにとってはたいへんんな打撃だ。すると赤シャツがまた口を出した。「元来中学の教師なぞは社会の上流に位するものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものではない。そのほうにふけるとつい品性にわるい影響を及ぼすようになる。しかし人間だから、何か娯楽がないと、田舎へ来て狭い土地ではとうてい暮らせるものではない。それで釣に行くとか、文学書を読むとか、または新体詩や俳句を作るとか、なんでも高尚な精神的娯楽を求めなくってはいけない……」
 だまって聞いてるとかっとなって熱を吹く。沖へ行って肥料こやしを釣ったり、ゴルキがロシア文学者だったり、馴染なじみの芸者が松の木の下に立ったり、古池へかわずが飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子をのみ込むのも精神的娯楽だ。そんなくだらない娯楽を授けるより赤シャツの洗濯せんたくでもするがいい。あんまり腹がたったから「マドンナにあうのも精神的娯楽ですか」と聞いてやった。すると今度はだれも笑わない。妙な顔をして互いに目と目を見合わせている。赤シャツ自身も苦しそうに下を向いた。それみろ。きいたろう。ただ気の毒だったのはうらなり君で、おれが、こう言ったらあおい顔をますます蒼くした。

――つづく

ipsilon at 15:33 
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