小説『三十六万歩をあるいた男』

2014年07月10日

 ずっと真っすぐに続いている通路をひたすら歩き、ひたすら過去のことを思い出していた。小学校で虐めにあったこと。転校していく友達との別れに泣きじゃくったこと。登校拒否に陥ったこと。うつ病であり自立神経失調症だと診断されたこと。高望みといえたあの娘への初心うぶな恋心。はじめて親友と思える友人達に出会えたこと。一途にプラトニックな片思いを貫き通したこと。思いもしない人から貰ったラブレター。夢中になって描いた何百枚という絵。全てはわたしが選びとってきたものであり、それを自由と思わずに、幾つかの事には不平不満を感じていたものだ。しかし、それは紛れもなくわたしが自由から選んだ結果だったのだ。誰かのせいにして納得できるものなど、何一つなかったのだ。
 歩きに歩いた、ただただ思い出してひたぶるにわたしは歩いた。女に注文する食事や入浴の間隔、必要な日用品も控え目になっていた。もう贅沢をしたいとは思えなくなっていたのだ。不快感が高まらない限り着替えすらすることなく歩き続けた。体力をつけるために、記憶力を維持するために、枕を持って歩いたりもした。そうして過ぎてゆく日々は早かった。入口をくぐってから一年十か月を過ぎたころ、時計の電池が切れて止まったことには参ったが、それでも挫けることはなかった。その頃のわたしは、抱えきれないほど勝ち取った過去の自由を運びながら、もう先のことを考えていたのだ。
 このツアーは決して甘くない。この通路に入ってからの一年は、現在を知るチャンスだったのだ。であれば、今歩んでいるのは過去を知るチャンスなのだ。ということは――。そして何よりもわたしは、二年目に歩いた通路のあちこちで眼にしたものから、あることに気づきはじめていたのだ。
 わたしがそうしたことを確信したとき、チェックポイントが見えてきた。
「やはりそうか。このノートパソコンは入口にあったものそのものってことか……間違いない」
 床に残っている足跡や汚れは、一年前にわたし自身が残したものであることを確認したとき、あらゆる恐れや不安が消え去っていくのがわかった。
 円形通路というわけだな。直線に見えた通路は、実は円弧だったということだ。しかしそれは人間の目では認識できないほど穏やかなカーブだったというわけか。
 絡まり合い霧に遮られていたものが、解け、晴れてゆくのがわかった。
 それからわたしは一週間ほどかけて、過去に勝ち取った自由をパソコンに入力し終えると、また歩き出した。
「さあ行こう。こんどは未来だ。どんな未来をお望みだ? これは楽しい旅になりそうだ。ここを出てからやりたいことを列挙しろと言うならば、それはた易いものだ。さあ行こう、行こうじゃないか!」
 こうしてわたしは、三年という年月を費やして、三十六万歩の旅を終えたのだ。後で知ったことだが、私が歩いた距離は八万キロを超えていたという。つまり、入口で見た宇宙から大地へ降り立ったと言えたし、はたまた岩漿が煮えたぎる地底から地上へと舞い戻ったとも言える。そしてそれはまた、地球の赤道を二周分歩き切ったとも言えるのだった。結局のところ、どこへ向かおうと、どれだけ歩こうと、わたしはわたしでしかなかったのだ。

〜完〜


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Boston 「Don't Look Back」


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 硬くてすわり心地の悪い椅子に腰かけて、わたしは自分が不自由だと感じた――本来は自由である――項目をひたすら入力し続けた。三日経ち、五日が過ぎた頃、女がつれない返事をするのを何度も耳にしはじめた。
「その項目は既に入力済みです。ほかの項目をご入力ください」
 という声だ。
 モニターに表示されている数字を見ると、125,963歩とあった。それは、十二万項目以上の自由を勝ち取ったという意味になるだろう。
 駄目だ。もうどんなに考えて思い浮かばない……。
 そうしてまたわたしは、違った意味での苦悩に襲われはじめたのだ。それから三日ほど、通路を歩いたときのことを思い出しては入力を続けていたが、やがてそれも限界を向かえてしまった。黙想だの瞑想だのというが、三日間考えて出てこないものは、出てこないのだ。わたしは否が応でも現実というものの厳しさを知った気がした。もっと時間をかければなんとかなるのは経験からしてわかっていた。しかし、固く閉じた鉄扉を目の前にして、足踏みをしていることが耐えがたくもあったのだ。これまで歩きに歩き続けてきたことで肉体が訴えてくる、「前へ進め、前へ進め!」という衝動もまた、耐えがたかったのだ。
 苛つきをなんとかしたくて、わたしはチェックポイントから先に続いてる通路を進んでみた。だが通路はあいも変わらず真っすぐに続き、行き止まりであるとか、曲り角があるという雰囲気を微塵も伝えてこなかった。二時間ほど歩いたとき、引き返す決意をした。
 いったいどうしろというんだ? 入力すべき項目が、この通路で経験したこと以外でもいいというならば、まだまだいけるだろう。だが、それが許されるものなのか? しかし、試してみる価値はある。
 そう思いついたわたしは、歩調を早めた。
 まてまて、落ち着くんだ。もしも、この通路であったこと以外の入力を拒否されたらどうするんだ? それを考えておかないと、ノーとあの女に提示されたときのショックに耐えられそうもないぞ。――確率は五十パーセント。そう考えておくのがいいだろう。どちらにしろ、入力してみないことには、答えは出ない。それだけは確実だ。よし、やってみようじゃないか。
 ようやく冷静さを取り戻せた気がした頃、視線の先にノートパソコンのあるチェックポイントが見えてきた。
 あと、四、五キロだな。あと四、五十分だ。そのときわたしは自分の全身が奇妙な高揚感に包まれていることに気づいた。そうそれは、歩いていることによる躍動感、前に進んでいるという単純明快な心地よさだったのだ。笑いが零れた。あれほど苦労して歩いてきたのに、まだわたしの肉体は歩くことを求めていることに笑いが止まらなかった。
「お前はまだ歩きたいのか。大した奴だな」
 思わずそう口にしてしまった。あそこへ戻って、入力を拒否されようが、どうということがない気さえしてきたのだ。そしてそれは現実になった。
「過去の項目は、次のチェックポントで入力を受け付けています。次のチェックポイントへお進みください」
 と女が答えたからだ。
「なんて意地が悪いんだ……けれども、頭がいいとも言えるな」
 ツアーの参加料金を思い出してそう声に出した。時間がかかるツアーだということは説明からわかっていたが、あまりの高額に度胆を抜かれもしたのだ。参加料金はわたしの持っている資産の全額だったのだ。銀行に預金してあるものはもちろん、生命保険金さえも担保にしてきたことを思い出したのだ。道半ばで倒れて死んでもおかしくなかった。ようやくわたしはそういうことに気づいたのだ。考えてみればおかしいことばかりだった。途中で他の参加者に出会わないということもおかしかった。だが、参加料金の高額さに思いをいたせば、すべてに納得ができると思えたのだ。
「さあ行こう。負けはしない。なにしろ、人間は負けるようには作られていないのだから」
 わたしは、道中で読み、憶えていたヘミングウェイの『老人と海』にあった言葉を口に出してから、歩き出した。
「どんな過去だ。子供の頃のことからはじめるか? それとも二度と帰れない、あいつと愛し合った一番美しかった日々か? いくらでも思い出してやるさ! 俺は負けはしないぞ」
 ふたたび歩きはじめたわたしは、床にある足跡にデジャブのようなものを感じたが、さして気にも止めずに前へ前へと進んでいったのだった。

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―#8―



Gary Moore 「Walking by Myself」


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ipsilon at 06:41コメント(0)トラックバック(0) 

2014年07月09日

 それを目にした時のことをどう言葉にすればいいかわからない。それでもと聞かれれば――
「来た、見た、勝った!」
 と答えるとしか言いようがなかったのだ。わたしはカエサルのように優れた人物ではないが、わたしだって、それまで筆舌を尽くすとか言語道断だとか、そんな風なものは沢山見聞してきた。だが、現実はそんな仰々しいものではない。物事はシンプルなのだ。本当のところ、わたしは、たった一語、
「よっしゃ!!」
 と叫んだのだ。あまりの嬉しさに取り乱したわたしは、
「とにかく椅子だ、椅子が欲しい! 早くしろ!」
 と言いながら、辺りをうろつきまわった。それでも何秒かに一回は小さなテーブルに設置されたノートパソコンに視線を落として、それが消えてしまわないことを確認したのだ。
 落ちつけ、落ち着くんだ。そうだ、よっしゃ!! は英語で何というのかを考えよう。あれは確か……。
 動揺した人間のとる行動とは、そんなものなのだろう。そうして、わたしは、「did itよっしゃ !!」という表現を思い出したのだ。
 いいや、わたしはそこにあったパソコンに興奮したのではなかった。灰色の壁に取り囲まれた通路の側壁に、張りつくように閉じられた錆びた鉄製の扉を発見したことに興奮したのだ。
 チェックポイントのコンピューターは何のためにある? 決まっている、側壁の扉のロックを解除するためさ!
 一年ほど歩き続けた間に何度も何度も自問自答して出した答えだ。
 ――いやそうではない。
 などと言われようが、知ったことではなかった。それ以外に何もなかった。誰に何と非難され中傷されようと、わたしは信念という名のもとに、確信していたのだ。
 そんなことをしていると、ようやくといった体で、壁に開いた穴から椅子がせり出してきた。
「さあ、はじめよう。何としてもここから出るんだ!」
 ノートパソコンの前に陣取ったわたしは、タッチパネルに触れた。指が振るえているのがわかった。起動音とともに現れたのは、
「ようこそ夢の世界へ! 高度八万メートルの世界へ!」
と、宇宙から地球を見下ろした風景に重ねられた、白く太い文字だった。なんだか腹が立った。だが、この一年ほど歩きに歩き、ただただ歩き続けてきたわたしは忍耐強くなっていたから、すぐに気を取り直して、とりあえずコンピューターの指示に従ってみることにした。
 入口の扉をくぐったとき、見逃したもの、聞き逃したものがあるのだから、同じことを繰り替えされても構わない。まずはそれをしっかりと確認すればいいのだ。
 そのようにして、わたしは注意事項を読み、十五分以上ある音声ガイドの説明に耳をそばだてていた。しかし、これといった収穫はなかった。全てこの一年ほどで既に体験し、経験してきたことだったのだ。虚しさに憑りつかれそうになるのを溜息で紛らわせながら、ほかに出来ることはないのかと、画面を見まわしていると、「検索」と書かれた入力ボックスがあることに気づいた。わたしはすぐさま、キーボードを使って、「出口」という単語を入力してエンターキーを押した。
 すると、画面がそれまで見たことのない映像に切り替わったあと、あの女が、
「出口は、『本当の自由』を手にいれた方のみにご案内させて頂いています。『本当の自由』を掴み取ったというお客様は、画面にある入力ボックスに内容をタイプして、エンターキーを押してください」
 と、聞きなれた声でアナウンスしてきた。
 自分自身に生きる。
 すぐさまわたしは、そう入力してエンターキーを叩いた。
「入力項目に不備がございます。お客様の思われる『本当の自由』以外の自由をまず、入力してください。そのあと、『本当の自由』の内容をご入力することで、出口という夢を掴むことが出来ます」
「なんてこった……」
 どう説明しろっていうんだ。自由でない自由だと? 確かにわたしは世間で自由と呼ばれているものに、嫌というほど辛苦を味あわされてきた。それを全て思い出して入力しろというのか? だが、それでここから出られるなら、やってやる。
 気を取り戻したわたしは、モニターに映し出された、煮えたぎる岩漿マグマの中を黒光りしながら流れてゆく岩石の映像へと向きなおった。そこには、白く太い文字で、
「地底八万メートルの世界から夢の世界へ、現実へ!」と書かれている下に、女が言っていた入力ボックスがあった。
 まずは何だ? ここへ来てまず初めに味わった不自由は何だったかな?
 記憶を巻き戻したわたしは、「先が見えない」と入力した。
「正しい解答です。出口は、夢は貴方へと一歩近づきました。ですが、まだ歩数が足りません。引き続き入力を続けてください」
 女があまりにも非情なことを言っているのが聞こえた。それでもめげなかった。わたしは、この一年ほどで味わった苦痛という苦痛を思い出しながら、不自由したことを次々に入力していった。
 ラジオが聞けないのは不自由だ。交通機関が使用できないのは不自由だ。ノートと筆記用具の所持が出来ないのは不自由だ。音声案内の選択項目が少ないことは不自由だ。顔も名前もわからないガイドとのやり取りは不自由だ。マイクとスピーカーだけの案内は不自由だ。直線だけの通路は不自由だ。決まった距離でしか飲食の提供がされないのは不自由だ。いちいちわたしが注文しない限り、照明が落ちないのは不自由だ。尿意のままに放尿できないのは不自由だ。太陽や青い空、夕暮れの風景を見れないのは不自由だ。腕時計が時計の機能を果たさなくなるのは不自由だ。カレンダーを見れないのは不自由だ。正確な日付も時間もわからないのは不自由だ。いまが春なのか秋なのかもわからないのは不自由だ。理解できない長編小説を読むことは不自由だ。弾けもしないギターをつまびきながら歌うのは不自由だ。お気に入りの靴と同じ靴が手に入らないのは不自由だ。贅沢をしても心が満たされないのは不自由だ。
 わたしは湧いては蒸発してゆく喜怒哀楽の感情の波に揉まれながら、ひたすら入力し続けた。
 風呂に入って誰かに背中を流してもらえないことは不自由だ。
 そう入力したとき、頬を涙がつたい落ちた。
 わたしは自由だったのだ。それなりの努力さえすれば、わたしはいつでも容易に自由を手にすることが出来たのだ。ともすれば、何もしなくても自由はそこにあったのだ。すべてが自由であったのに、既に手に入れていたのに、ここに自由なんてないと思い込んでいたのだ。それにさえ気づけず「自由が欲しい」と嘆いてきた自分が恥ずかしかった。恵まれていた現実を見ることもせず、悲嘆にくれて肩を落として歩く自分の姿が見えたとき、たまらなく悲しくなった。それまで出会った馴染みのある人達の顔が次々に浮んでは消えて行った。愛し合った彼女と背中を流し合ったあの感触を思い出したとき、わたしは入力し続けることが出来なくなっていた。
 幸せだったのだ。なのに……なのに。なぜ自ら進んでその幸せを捨てたのだろうか……。
 悲嘆に暮れたわたしは、涙を流しながら、わけもわからずに歌を口ずさんでいた。

夕やけ小やけの 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か

山の畑の 桑の実を
小篭に摘んだは まぼろしか

十五で姐やは 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

夕やけ小やけの 赤とんぼ
とまっているよ 竿の先

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―#7―


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 それから二か月ほどたったころのある日、わたしと一緒に過酷な日々を送ってきた靴が壊れた。歩きやすさや清潔さを考えれば、同じ靴を履き続けることが賢いとはいえないだろう。しかし、空虚さに満ちた真っすぐな通路を歩き続けるためには必要だったのだ。欲しいものは何でもすぐに手に入る。それは知っていた。もっと歩きやすい靴を手に入れることだって簡単だった。けれども、そうしてしまうことで、ここまで歩いてきた達成感と、これから先も歩き続けようという強固な意志を失ってしまうような気がしたのだ。その日まで旅を共にしてきた靴を目にすることで、なんとか自分を自分たらしめていたのだ。
 執着とはみっともないものである。人それぞれに、これだけは譲れないというものはあろう。しかしそれが何になる? 何にもならないだろう。その物が失われてしまうことで自分が無になってしまうような執着にどんな意味がある? ありはしない。
 わたしは自分の愚かさというよりも、人間の愚かさを靴に教えてもらった気がした。こうして大切にしてきたものが壊れることで、危うくなる自分という存在とは何だ? 何なのだ?
 父を亡くしたときも、母を亡くしたときも、それなりに虚脱感は味わった。だがそれは、いつかそういう日がくるということを知っていただけに、やがて立ち直れる日はくるだろうと思えたし、実際にそうだった。だが、同棲していた彼女と別れたときはそうでは無かった。その別れで、わたしは天涯孤独になったと感じたのだから。彼女を失ったことで、わたしはわたし自身を失ったと感じていたのだろう。執着がもたらした悲劇といえる。自分が自分であるために、何かにしがみつく、誰かに寄りかかる。その時感じていたのは、そうしていることで、自分たりえていたという偽物の満足感だったというわけだ。虚飾だらけの自信だったというわけだ。自分が自分であろうと執着すればするほど、わたしはかえって自分を失っていたのだ。馬鹿げた生き方をしてきた自分に激しい憤りを覚えた。例えばそれは尽くすという観点であっても同じだといえるのだ。尽くすことに満足し、尽くしていることで自分が自分だと思い込んでいる。尽くしている相手が自分の思い通りにならないと不満を持ち、不平をいう。そして最後には「あなたなんて知りません!」という怒りをぶつけながら匙を投げる。愚かとしか言いようがない。そうやって人間同士で傷つけあっている。結局のところ、わたしが、本当にやりたいことをやらない限り、わたしはいつまで経っても、自分というものを持たない存在のままなのだろう。体裁だとか、コモンセンスだとか、そんなものが役に立つとはもう思えない。ただ自分の心の底から湧き上がってくる、「これしかないんだ!」というものに従う以外、自分の人生を生きることなどできはしないのだ。
 靴が壊れたその日、わたしは重大なことに気づいたのだった。そしてそれは、一足の靴が教えてくれたことだった。わたしは泣いた。靴に感謝の気持を抱いて咽び泣いてしまうことを、どうにもできなかったのだ。
 それからというもの、わたしは贅沢することをやめた。気晴らしすらしようとも思わなくなった。あらゆる執着をこの身から剥し落とそうとする修行僧のようにただただ歩いたのだった。目的ははっきりしていた。とにかくここから出たい! そうしなければ、わたしは自分の人生を歩めないと思ったのだ。そのために歩く。そう心が定まったのだ。灰色の風景は、わたしの神経を逆なでし続けたが、しだいにそれも気にならなくなってきた。その頃から、コンピューターが設置されているであろうチェックポイントの幻影を見るようになったが、それでもただ歩き続けた。わたしは、どこまでも続いているかのような、真っすぐに続く通路から、なんとしても出たかったのだ。

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―#6―



Michael Jackson 「Man In The Mirror」

メッセージは単純明快
世の中をよくしたいなら
自分を振り返って自ら変えることさ




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ipsilon at 07:51コメント(0)トラックバック(0) 
 目覚めたわたしは腕時計に視線を落とした。夜行塗料のほのかな明かりで午前六時であることがわかった。
「照明を点けてくれ。それから朝食だ。サンドイッチが欲しい。ホットコーヒーが欲しい。それと……」
 女と問答を繰り返したあと、朝食をすませると、わたしは迷わず立ち上って歩き出した。とにかく歩くしかなかったのだ。
 おおよそツアーの概略はわかってきた。問題は何日くらいでチェックポイントにたどり着けるかだろう。三日か一週間くらいだろうか。できればそれぐらいで到着したいものだ。さすがに一か月もこの変化のない直線通路を歩き続ける自信があるかと問われれば、ないと答える気がする……。
 午前中はそんなことを考えながら、二時間ごとに小休止をとって歩きとおした。昼食は、かつ丼とお新香、それに日本茶ですませた。太陽もない。空もない。もちろん、足裏で土や砂を踏むという感触もなかった。刻々と震えるように動き続ける秒針のある腕時計が頼もしい存在に思えてくる。カレンダー機能があることにさえ、感謝の気持ちが湧きあがった。それぐらい変わり映えひとつない通路を歩き続けることは過酷なことだった。退屈しのぎにあの女にラジオを注文したところ、無言という回答を示してきたときには、思わず壁を蹴りつけてしまうほどの怒りに駆られた。それでも出来ることは歩くことだけだったから、そうせざるを得なかったのだ。そうしてわたしは午後も歩きとおした。
「今日はこのぐらいにしておこう。まだ先は長いのだろうし……」
 壁にもたれて座ったとたんに、思わずそう声に出していた。わたしが立てる音以外、なにひとつ音のない世界というものは、酷く精神を苛んでいるようだった。
「夕焼けこやけーの、赤とんぼー」
 きっと今頃外では陽が沈んでゆく景色が見えることだろう。
 静寂に耐えきれなかったのか、外の世界への郷愁からなのか、わたしは子供の頃に憶えた童謡『赤とんぼ』を歌ったのだった。
「今夜は豪華な飯を食って、風呂にでも入って、もう寝てしまおう。そうだ、着替えも欲しいな……」
 通路で出来る贅沢を思い描いたわたしは、女に話しかけた。そつなく用意されたものに不満などなかった。むしろわたしはそれを楽しんだ。そうでもしなければ無機質な灰色の空間と、そこを満たす静寂に耐えきれなかったのだ。
 そんな風な状態で三か月ほどは歩き続けた。それでもチェックポイントには着けなかった。ときには苛立ちが頂点に達して、食べ終えた食器を壁に投げつけたり、沸騰した怒りにまかせて枕を殴り続けたこともあった。それでもわたしは歩き続けた。そのあとの三か月は、思いつく限りの贅沢をしてなんとか自分を保って歩き続けた。海の幸を味わってみたり、山の幸に舌鼓したつづみを打ってみたり。誕生日でもないのに蝋燭を立てたバースデーケーキを食べてみたり。冷房を強めさせて、毛皮の外套を羽織ってみたり。その逆に暖房を強めさせて、水着一枚、裸足になって足を運んだこともあった。入浴剤に拘ってみたり。シルクの肌触りを満喫してみたり。それまで読んだことさえ無かった長編小説を読みふけったりしたこともあった。弾けもしないギターを注文してつまびいてみたりもした。とにかく思いつく限りのことをしてみながら歩き続けたのだ。なにしろ、手に入らない自由の中に、ノートと筆記用具が入っていることには参った。いつ何をして何があった。ここまで何キロ歩いてきた、いまが何月何日かということがしだいにおぼろげになってきてしまったのだから。唯一の頼りはカレンダー機能のある腕時計だけだったのだが、それは月が表示されないものだったのだ。今月は三十日まであるのか? はたまた三十一日まであるのか? そういう調整ができなくなった腕時計が、正確な日付を教えてくれないことくらい、わたしにだってわかったのだ。それでも歩き続けた。歩きに歩き、そして歩いたのだ。立ちどまっていても、座り込んでいても、何一つ解決しなかったからだ。「本当の自由」なんて、もうどうでもよかった。ただわたしは、チェックポイントという所に、このずっと真っすぐに続いてる灰色一色の通路からの出口があると思うことにしたのだ。希望といえば希望と呼べるのかもしれない。しかしそんな風には思えなかった。ただそれにしがみついて歩くしかなかったのだ。入口の錆び付いた扉をくぐってから九か月ほどがたっていた。わたしは自分の神経がボロボロになってゆくのを感じながら、それでも歩いたのだった。

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―#5―



童謡「赤とんぼ」


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