小説・短編『君は僕の天使』

2014年07月11日

 ただ待つばかり。君はそんな恋に幸せを感じていたのだろうか。
「シンちゃんなら、泊まっていってもいいよ」
 ゆかりは吐息を白い霧にしてそう言った。
「ちょっとあんた何いってるの? あたま大丈夫?」
 ゆかりの親友、ちかの声には驚きと呆れが入り混じっていた。
 そう言われたからって、はいそうですかって部屋に押し入れる状況か?
 同僚の篤史あつしがニヤニヤしながら注いでくる視線が不愉快だった。水商売にはつきものの仕事、「送り」の最中だったから、深夜の底冷えした街路にいたのは、僕とゆかりだけではなかった。
「なにそれ? どんな意味? わけわかんないし」
 篤史と同じようにニヤニヤしながら、僕にできたのはそう答えることだけだった。
「とにかくお疲れ様。変なこと言ってないで、部屋に帰って寝なさいな」
 手慣れたものだった。なんだかんだいって篤史は店長だったから、こういう場面でどうすればいいかを知っている。
「睦ちゃん、頼みますよ」
 ゆかりに声をかけることなんて出来なかった。ルームメイトであり親友でもある睦へと視線を彷徨わせた僕。
 意味深な溜息が聞こえた。
「……ゆか、行くよ。みんなを困らせないの」
 疲れて充血した眼をパチパチさせながら、ゆかりの肩を抱いている手が見えた。
「お疲れ様です……」
 ゆかりは諦めたかのように囁きながら、僕の目を見つめてきた。
 真剣な眼差しだった。手に入れられないことを知っていながら、それでも求めてしまうように、瞳の中で光が揺れていた。
 たまらなくなった僕は、長いこと友だちという位置に居続けている佳恵よしえに話しかけただろうか。それとも篤史に話しかけただろうか。それは定かではない。
 それでも、ゆかりの瞳に宿っていたあの真剣さだけは今でも嘘だったとは思えない。
 二人がアパートの階段を打つ靴音が聞えてくる。
 昨夜も僕は夢の中であの揺れる光を見たのだ。

 ゆかりはいわゆるOLだった。昼間フルタイムで仕事をして、週に二、三日、出勤する子だった。お店に出る日はいつも親友の睦と一緒だった。彼女たちは、無二の親友だったのだろう。昼間の仕事の関係で、退勤するのはいつも午前零時だった。さしずめシンデレラ的だったというわけだ。そんな風だったから、ゆかりのことを送るようなことは珍しいことだった。その僅かな瞬間を捉えて逃がさなかったのだから、彼女の思いは知れるというものだろう。
 水商売をする女の子といっても様々だった。とはいえ、派手なスーツを着て、高価ではないにしても目一杯お洒落だと思うアクセサリーをする子がほとんどだった。軽薄な会話でも躊躇なく乗っていける子。冗談を飛ばしてお客をうまいことあしらってしまう子。だが、ゆかりはそうではなかった。派手好みのホステスたちの中にいると、違和感さえ漂わせる子だった。座れば沈むようなソファーに座り、お客の横についても、まるで面接官と会話をしているかのように、いつも背筋が伸びていた。僕や篤史をからかったり、冗談をいうことすらなかった。ひたすら真面目で地味な印象しか与えなかったのだ。お客と真面目な話に夢中になると、グラスにウイスキーを注ぐことを忘れ、山盛りになった灰皿にさえ気づかないような子だった。
 こういう子もいるんだ。けど、この商売には合わないと思うなあ。
 ゆかりを見て僕が思い続けたのは、そんな風なものだったはずだ。たしかに水商売が似合わない子は幾人も見てきた。だけれども、ゆかりは別格だった。ストレートに伸ばした髪は手入れが行き届いていて綺麗だったが、飾り気というものを感じなかった。ありふれている言葉だが清楚というしかない。いや違う、純朴といったほうがいいだろう。清楚だなんていう愛欲をそそるような言葉は、ゆかりには似つかわしくないのだ。穢れを知らない。そんなはずはないだろう、彼女だってそれまでに恋の一つや二つはしてきたのだろうから、そんなことはないはずだが、どうにもそういう風にしか思えないのだ。でなければあんな台詞せりふを言えるわけがないのだから。
 昨夜もそんな眼差しをして夢の中で僕のことを見つめてきた。可愛げな銀色のレース飾りが控え目に施された黒いスーツを着て、見つめてきたのだ。

 僕は話しかけた。
「ただ待つばかり。君はそんな恋に幸せを感じていたのかい?」
「ううん、そうじゃないの。あたしが伝えたいことはそうじゃないよ。でも、気づいて欲しいの」
「何に? いったい何に?」
 あの頃、こんな風に話せたならどんなに幸せだっただろうか。
 あの時、君の気持を受け止められなかったこと、今でも苦しく思うんだ。
「そんな風に思わないで欲しいな。あたしは自分の心に素直だっただけなの。周りに誰かがいるとか、言っても叶わないと知っていてさえ伝えたかっただけってことを」
「でもそれって悲しいことじゃないの?」
「そんなことはないよ。あたしみたいな生き方もある。ただそれだけだよ」
「ああ、何だかわかった気がするよ。僕は君のように生きたかったということだね」
「そう、その通り」
 夢の中のゆかりが微笑んでいた。もうあの揺れる悲しげな光はなかった。ただそこには黒目がちな瞳だけがあった。
「いかなくちゃ、睦を待たせちゃってる。お疲れ様です……」
 戸惑うことなくゆかりは階段を登っていった。
「またね! ありがとう!」
 もう僕は二度と再び、あの悲しげな光を見ることはないだろう。

〜完〜




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