小説・短編『哀しき双生児』――ふたご座

2014年08月25日

 スパルタ王のデュンダレオスは幸福の絶頂にありました。美しく賢い妻レダ様がご懐妊なさったのです。しかし不思議なことに彼女は二つの卵を産み落としたのです。これが悲劇のはじまりでした。
 レダ様は、それはそれは子煩悩でございましたから、寝食を犠牲にしてまでも、何十日ものあいだ二つの卵を温めつづけ、やがて四人の子供たちが誕生したのです。二組の双子でございます。どの子も元気な男の子でございました。ですから、しだいに大きくなるにつれて、兄弟喧嘩が激しくなり、王も奥方のレダ様も困り果ててしまったのです。
 スパルタ王は考えました。ぎゅっと口を引き結んで考えました。昼は政務の合間に黙考されましたし、夜は晩餐のさなかに物憂げな顔で考えていらっしゃったのです。そうして、ようやくよい案を思いついたのです。しかしそれは、子煩悩のレダ様にとってはいたたまれない悲しみをもたらしたのです。
 四人の子供たちを、顔かたちの似ている者同士を一緒にいさせて、二組にわけて養育しようというのが、スパルタ王の考えだったのです。四人でいればいつでも喧嘩をする。それならば、二人でいさせることで兄弟仲良くしなさいということを、子供たちに身をもって教えようとされたのです。なんというスパルタ教育などとおっしゃってはなりません。それとこのお話とはあまり関係がないのですから。しかし、レダ様の受けたショックは甚だ大きかったのです。病床にお倒れになり、みるみる痩せてゆきます。しかし、なぜか危険な状態に陥ると、一羽の白鳥が現れてはレダ様の心をお慰めになり、なんとか命の灯だけは消えることはなかったのです。
 今宵も夕陽に照らされて、漣だった白銀の輝きを瞬く湖水のうえを、一羽の白鳥が大きな白い翼を広げて飛んでゆきます。
「ふぁー、ふぁ、ふぁーーーふう。ふぁ、ふぁー、ふぁーーーふ(儂のレダちゃん、元気にしとるうー?)」
 おや、どこか聞き覚えのある声でございますね。そうですゼウス様でございます。間違いありません。あの微妙にそこはかとなくイヤラシイ鳴き声は、ゼウス様に相違御座いません。
 なんでもゼウス様、いつものご病気が疼きだし、ある日のことついにヘラ様から折檻を受けそうになったことがあるのでございます。そのとき、慌てて白鳥に変身してお逃げになったのだそうです。たまたま見かけたレダ様の腕の中へと舞い降りて事なきをえたのだそうです。しかし、それでおとなしく帰ってゆくようなゼウス様ではございませんことは、皆さまも御承知のことと思います。つまりゼウス様はご病気のうえにご病気をおかさねになったのでございます。恥しゅうございます、誠に恥しゅうございます。これが全能の神と呼ばれるゼウス様かと思うと、お話ししていて情けなくもなるのです。念のためにお伝えしておきますと、ご病気というのは「浮気性」のことでございます。
 それはともかく、そうして引き離された二組の双生児である兄弟たちは、やがて立派な青年へと成長し、レダ様もご病気がちではありましたが、お手元に残られた兄イーダスと、弟リュンケウスとともに元気な姿を国民の前に披露なさっていたのです。
 たまらなかったのは、国もととレダ様から引き離された兄カストルと、弟ポルックスの二人でした。しかし、敏捷で引き締まった体躯のカストルは乗馬に夢中になり、骨太で筋力に優れたポルックスは拳闘に熱中してご自身を鍛え抜くことで試練にお耐えになられたのです。お二人の手綱さばきやフットワークはそれはそれは見事なもので、やがて様々な国でも評判になっていったのです。もちろんその名声は故国であるスパルタにも及びました。
兄者あにじゃ、聞きましたか? あ奴らのこと」
「聞いておる。小生意気な奴らじゃ。すこし痛い目に遭わせてやろうと思うが、どうじゃ?」
「名案でしょう。異議なしですじゃ」
 親の心子不知こしらずとはこうしたことを申すのでしょう。スパルタ王とレダ様の愛情の豊かさがかえってあだになったのかもしれません。
 こうして、イーダスとリュンケウスは、カストルとポルックスに果たし状を突きつけてきたのです。
「おお、もうはじまるな。どれが儂の子かわからんけど、どっちもがんばれー!」
 呑気なゼウス様は、その様子を、神の国にある白亜の神殿にあるバルコニーからご観覧になっておられました。
 筋骨隆々たるイーダスとリュンケウスは二人とも弓の名手です。イチイの木で出来た弓は長年の修練の跡なのでしょうか、握りの部分は脂が滲み込み、まっ黒に変色しております。それを見ただけでイーダスとリュンケウスの腕前の確かさが伝わってくるようです。背中には数十本にもなる鷲の羽根でできた矢羽ををつけた矢が入った筒を括りつけております。準備にぬかりはないようです。
 そこへ馬に乗ったカストルと、樫の木でできた柄をした槍を持ったポルックスがやってきました。カストルも樫でできた盾と槍を携えております。普段であればこうした果し合いは、闘技場で行うのが通例だったのですが、このときは違いました。林の樹木がまばらになった開けた場所で、四人の兄弟は睨みあっていたのです。
「なんで闘技場つかわへんの? もしかして……」
 さすがのゼウス様も眉間に皺をよせて、林に立つ四人を凝視したのです。
 カストルもポルックスも、目の前に立つ二人から、凄まじい殺気を感じとっていましたので、お互いの顔を見あわせて「精いっぱいやろう!」と肯きあったのです。
 その瞬間でした、戦いがはじまったのは。
 数瞬、後れを取ったかに見えたカストルは、あぶみに乗せていた足で馬の腹を蹴り、盾でイーダスたちの放った第一射目を防ぎ、槍を構えながら疾駆してゆきます。弟のポルックスもなんとか最初の矢を、手にしていた槍で払い落とすと、槍をぶんぶんと回しながら、慎重にイーダスたちに向かって足を進めはじめました。
 ひづめは芝生を剥ぎ、黒々とした土を蹴りあげ、矢はシュッ、シュッという音を立てて空気を切り裂き、槍はヒュン、ヒュンと唸って矢を寄せつけません。しばらくは互角の戦いがつづきました。
弟者おとじゃ、力を合わせようぞ!」
 業を煮やしたのか、イーダスが弟にそう呼びかけながら、顎をしゃくってカストルを二人で狙おうという合図を送りました。イーダスとリュンケウスのあわされた眼がぎらりと光りました。
 シュッ、シュッ! という音を立て、矢がカストルと彼の乗る馬に向かって次々に放たれました。
 カストルは盾と槍を使って必死に防ごうとしましたが、馬を狙われてはどうにもしようがありませんでした。数本の矢を受けた馬は、悲痛な声で鳴きながら棹立ちになってカストルを振り落すと、どすんと地面に倒れて動かなくなってしまいました。このままでは兄さんがやられてしまう……、そう思ったのでしょう。弟のポルックスは叫び声をあげながらイーダスに走りよって行きます。しかし、はじめからカストルたちを殺してしまうつもりだった二人は、落馬したカストルの隙をついて、間断なくシュッ、シュッと弓を射たのです。
「ぬあ!」
 それは小さな呻き声でしたが、ポルックスはその声を聞き逃しませんでした。兄に矢が刺さるのを横目に駆け出し、相手までまだ距離がありましたが構わずに、渾身の力をこめて槍をリュンケウス目がけて投げたのでした。しかしポルックスもまた、イーダスたちの放った矢を受けてしまったのです。
「あ奴らめ本気だったか……」
 数本の矢を受けて血を流し、倒れたまま動かなくなったカストル。槍に刺し貫かれ血飛沫を吹き上げながら倒れてゆくリュンケウスを見たゼウス様は、疑念に満ちた面もちです。
「ううむ、儂の息子はど奴なのじゃ?」
 そうつぶやいてゼウス様はじっと眼を凝らします。
 するとどうでしょう。すでにイーダスから何本もの矢を受けたにも関わらず、ポルックスは平気な顔をして立っているではありませんか。
「あ奴か、なにしろ儂は神じゃからのう、儂の息子は不死身の半神じゃからな。ということは、ポルックスが息子じゃな。――ちと待てよ、儂の息子のポルックスの兄をあの男は殺したんじゃないか?」
 ゼウス様はまだポルックスに矢を射りつづけているイーダスをキッと睨みつけました。ポルックスはなんとか兄が手にしていた槍を拾おうと必死ですが、矢がシュッ、シュッと飛んでくるので、避けるのだけで精いっぱいのようです。
「許さん! 儂、もう怒った! ――ゴロゴロ〜、ゴロゴロ〜!」
 確かにゼウス様はあわれなご病気持ちでございます。しかしまたこういう一面もお持ちであらせられるのです。気が短いといえば短いのでございます。我が息子の兄を殺害したイーダスが許せなかったのです。いささか自分勝手な気もいたしますが、ゼウス様ですし、神さまのなさることなので、そっと眼をつぶるしかないようです。見なかったことにしておきましょう。
 ドーン! と凄まじい轟音を立てながら、天界から雷光が降り注ぎました。
 とたんに、それまで弓を引いていたイーダスは、天から降り注いだ雷光に打たれて、全身を炭のように焼かれて死んでしまったのです。神の怒りに触れた瞬間ともいえますでしょう。
 一人その場に残ったポルックスは、すぐさま兄のカストルの元に駆けより、
「兄さん! 兄さん!」と、うら悲しげな叫声をあげましたが、すでにこと切れているのか、兄のカストルは何もこたえません。どうやら二つの卵から生まれた四人の兄弟のうち、ゼウス様の御子息であられたのは、このポルックル様だけだったようです。ほかの三人の父は、レダ様のご主人であらせられるスパルタ王デュンダレオス様の御子息だったようです。なんとも悲しい出来事でございます。
 しかし、仲のよい兄弟として、また竹間の友のように育ったポルックスからすれば、そんなことはどうでもよかったのです。ただただ、これまで共に生きてきた兄カストルの死は受け入れがたかったのです。それからというもの、ポルックス様は毎日のように泣き暮らしたのです。それは十年、二十年とつづき、幾年たったかもわからないほどのあいだ、ポルックス様は悲嘆に暮れつづけたのです。
 あわれに思ったゼウス様は、ある日、ポルックス様を白亜の神殿にお呼びになりました。
「ねえねえ、もう忘れなよ」
「それはできません」そういってポルックスは涙を流します。
「困ったにゃあ。――じゃさ、こうすっぺ。ポルちゃんどうせ儂の息子だからさ、もうこのさい神の国で暮らすことにすればいいじゃん。ヘラも許してくれると思うよ、いい女もごまんといるしね」
「ゼウス様の御恩情であっても、お断り致します」
「強情っぱり!」
 とふてくされては見せますが、ゼウス様も見捨てる気にもなれないようです。しかし、何もよい案が浮んでこないのか渋い顔をして鼻をぽりぽりとかきながら、跪くポルックスを見つめております。
「ゼウス様、我が命にかけて、お断り致します」
「こんこんちき!」
 ゼウス様はあいかわらず鼻をかきながらも、なんとかしてやれないものかと考えつづけました。
「ほんじゃさ、こういうのはどう? んとね、ポルちゃんさ、不死身だから、あんたの命の半分をさ、兄貴のカストルちゃんにあげてやってさ、一日おきに天上界と人間界で暮らせばいいじゃん。どうよ?」
「…………」
「まだ不満なのー。困ったわが儘息子やなー」
 今度はゼウス様、髪を掻きむしって悩みはじめました。
 さすがに申し訳ないと思ったのか、ポルックスは、
「かしこまりました」と、不満を顔に滲ませながらも承諾したのです。
 それからというもの、ポルックスとカストルは一日おきに天上界と人間界を行き来して、兄弟で過ごした短かった時間を取りもどすかのように仲良く暮らしたのです。乗馬に拳闘にと。そんな仲睦まじいい兄弟の姿に心を動かされたのか、やがてゼウス様は二人を星にして夜空の一角に住まわせることにされたのです。これが世にいうふたご座伝説なのだそうです。もちろん、二つの星の名は、ポルックスとカストルであることは、言うまでもございません。

〜完〜






【追記】肝心なところで、キャラの名前書き間違えてました!
訂正しておきました。御報告、ありがとうございます。




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