小説・短編『謎はなぞのままに』――金星

2015年11月02日

 さちとのランデブーを満喫したひろしは、家に帰りつくとすぐにカーテンをあけた。
 日の入りを待ちきれずに昇った宵の明星が、せっかちに瞬いていた。
「美と愛の女神アフロディテさん、こんばんは!」
「ミァー」
「いつから、女神は猫になったんだァ!?……」
 どうやって迷い込んだのだろうか、ベランダに子猫がいるではないか。
「ここ、二階なのに……」
 といいながら、愛くるしさに敗北して、滉は窓をあけて子猫を抱きあげた。
 太陽が残していったのか、子猫のせいなのか、掌が日向のようにぬくむのがわかった。
「警戒感ゼロ、誰かさんみたいじゃないか」
 滉にとって倖は恋人というのではない。もちろんそれ以下などありえない。いうならばなくてはならない友だち。そうとしか表現できなかった。空気のような存在。互いの中にある太陽を核融合させる水素のようなもの。この世で一番に軽い原子。
「お前も軽いなァ」
「ミャー」
「俺とお前は空腹、似た者どうしってわけかい」
 などといいながら、自分と猫の夜ご飯を漁るべく、ポリエチレンをガサつかせるために窓辺を離れた。
「牛乳はないぞ、お前のおかずらしきものはない。一緒に寿司食うか? でもお前に魚やると、俺は酢飯だけになるなァ。仕方ないか……」
「ミャー」
 またしても愛くるしさに敗北した滉は、子猫を床に下ろして、柔らかそうなネタを台所ですり潰すと、飲みやすかろう深さの皿に水を汲んだ。
 その間じゅう、子猫は彼のあとをついてまわった。
「いっただっきまーす」
「ミャー」
「お行儀いいな」
 滉はそんなことを呟きながら神話の本を開いた。
 子猫は一心不乱に食事中のようだ。どうやら本を読んでも大丈夫のようである。
 読みはじめると、すぐに気になることに突き当たったのか、彼は眉をしかめた。
「息子クロノスによって切り落とされたウラノスの男性器についた泡から生まれた……」
 ということはアフロディテは処女懐胎ってこと? ありえなーい。ならこう考えたらどうだ、この泡はきっと白かった、そして儚く消えてしまうお玉じゃくしなのだ。
「そういえばお前もまっ白だな」
「ミャー」
 お玉じゃくしの寿命は短い、たしか数時間のはずだ。つまり泡から生まれたっていうのは、受精を意味してる。じゃ、父親のあれを切り落とすっていうのはどういうこと? ――たぶん……親殺しの儀式なんだろうなァ。
「ねェどう思う?」
 満腹なのか、子猫は幸せそうに目を細めて、毛づくろいをしている。
 滉はそれを邪魔しないように指で撫でてみた。特に抵抗はしなかった。喉を鳴らしはじめたから、それをBGMに考えごとをつづけた。
 自分の親に似た人を結婚相手に選ぶとかいうあれかな、あるいは親離れとかね? どっちにしても、一度は親と離れてみて、はじめて親のありがたみとか、親になる意味がちゃんとわかる、そういう意味なんだろうなァ。それまで無意識に隷属していたり、依存しあっていたりと、いろいろ影響しあってきた部分を客観視して、本当の意味で自分とは何かを自己観察する。――というこは、親に似た人を相手に選ぶということは、自立できていない証拠ともいえるわけか? 恋愛って真面目に考えると難しいよなァ。倖はどうなんだろ、うちの母親に似てるのかな?
「ミャー!」
「なんだよ急に、どっちといいたいの、似てるの? 似てないの?」
「ミャーン」
 毛づくろいの余勢をかってか、子猫は滉を手をぺちゃぺちゃと舐めている。
 まァ気にするな、そんなこと。そういわれている気がした。
「自然体やなァ。でもお前さん、親から離れてても平気そうにしてるのね」
 それにこたえるように、小猫は前足を開いて爪を見せながら、力一杯伸びをしてから、大あくびをしてみせたかと思うが早いか、滉の膝に登って寝る体制を作り上げようとしている。
「懐きすぎだから。訂正しまーす、君はまだ親離れできてませーん」
「ミャー」
「なんだか考えごとをするのが馬鹿らしくなってきた。ちょっと早いけど寝るか」
 おもむろに湧いてきた眠気に誘われて、滉は子猫を抱き上げて、万年床にむかった。
 しばらく聞こえていた喉を鳴らす音が、謎は謎のままでいい、それが自然だといっているようだった。
 滉とアフロとの出会いに、繕いなどひとつもなかった。
 
(了)







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