小説『矢じるし』

2017年02月12日

 あの美しさからして、もしやエミスは混沌の性向を強く持つダークエルフではないのか? という疑念がわたしの頭をよぎった。しかし彼女の耳は尖ってはいない。エルフほど白皙でもない。
 では、ここ一二世紀のあいだに人間に追いやられ辺境の砂漠や岩山や雪原、はては地図にない島々、鍾乳石の突き出す洞窟などで生きつづけている混血種や人型の亜種のなかで、いまだ知られていない種なのかもしれない。いいや、そんなことはない。わたしはそれまで旅の途次で見てきた悪意に満ちた種をつぎつぎに脳裏に思い描いてみた。だが、彼女の容姿や高貴さに似たものを見つけだすことはできなかった。そもそも容貌というものはそのものの性質が外観として現れるものなのだ。ゴブリン、オーク、トロール、オーガーといた鬼に分類される種はみなどこかしら醜怪である。変身によってエミスのような美女を装うことはできても、彼らが放つ臭気を嗅ぎおとすはずがない。では棘のない薔薇のごとき乙女に姿を変えて、人間を欺くことができるほどの知性をもった種か? いいや、少なくともわたしはそうした種を知らない。ドラゴンのように神気さと不吉さを兼ね備え、見た目からは想像できないほど高度な知性をもつ種もいるが、そうした種は往々にして人型とはかけ離れた外見を呈しているのだから。人間に非常に近い種も存在するにはするが、どれもわたしの知るがきり、彼らはどこかしら人間にはない特徴をもっている。翼があるとか、尾があるとか、肌の色が極端に違うとか、異様な言葉を奇怪な声で発するとか……。それでは彼女はドッペルゲンガーなのか? いいやいいや、ありえない。そもそもドッペルゲンガーとは、自分自身とそっくりな人物に出会うことであり、自分の生霊いきりょうを見るということに過ぎないのだから。もしも彼女がわたしの知識にないドッペルゲンガーだとしても、正体を見破ることはできよう。もしそうであるなら、彼女にそっくりな人物とこの村のどこかで出合うはずなのだから。何にしても待つこと……。今はそれしかないのかもしれない。いいや、もうひとつ可能性があるにはある。しかしそれは……それにしても彼女は……エミスとは一体……。
 わたしは一種の錯乱状態にあった。全身の毛が恐ろしさにそそけ立っていた。気がつけばわたしは、わが神に縋りつくように、祈りの言葉を胸の奥で必死に唱えていた。
 しかしその時、あることに気づいたのだ。
 そうだ、彼女には父がいる。そのメリンリー神父に会ってみれば、こうした疑念のいくつかは解消するはずだと。
 そうした結論に辿りついたとき、その神父らしき者がノックする音がして、扉が開くのが視野に飛びこんできた。
「こんばんは、旅の方々よ。娘からお話は伺っていたのですが」
 わたしはわが眼を疑った。それまで頭を駆け巡っていた思考が視覚に異常をきたしたのかと、目を擦ってはみたが、扉を抜けてやってくる神父の姿に変化など起りはしなかった。
 部屋でくつろいでいた誰も彼もがきょとんとした表情をしていた。大抵の物事には動じないクダルラでさえ。 
 黒い祭服キャソックを着てしっかりと身だしなみを整え、小脇に『福音書』を抱えながら質素な杖を突いて立っているメリンリー神父は、百歳近い老人に見えた。エミスを二十代であろうと見ていたわたしたちからすれば、その父というのは壮年であろうと誰もが想像していたのだから。
「ご挨拶が遅れた理由はこのとおり、長く生きているがゆえの節々の痛みでして。特に雨が降る夕暮れというのは堪えるのです」
 神父の声は年相応に枯れてはいたが不思議と心地よく響き、空気を穏和なものにしていた。それでいて聞き取りづらいということもなかった。声を聞いているというよりは心意が直接流れ込んでくるようだった。
「あら、お父様。もう手足の痛みはいいのですか?」
 そこへわたしたちのために納戸へと毛布を取りにいっていたエミスがちょうど戻ってきた。
「ああもう平気じゃよ。霊妙なものでな、雨が止んだ途端に痛みはどこかへ飛んでいってしまったよ。これも神のなせる業じゃろうて」
 白髪とも銀髪ともいえない短めの蓬髪をした老人は、普段は使われていなかった家具の置かれていない部屋へと、杖を頼りにゆっくり足を運びこみながら、
「皆さんどうかなされましたか? ははあ、若い娘に老いぼれた父。想像の外でしたか? しかしそれは常識というもの。この世界には百年生きても信じられないようなことは沢山あるものでしょう。だからわたしなどこの歳になっても生きていることが楽しくて仕方がないのです。一日一日、疑惑という霧が晴れ、信念という太陽が輝くことは喜ぶべきことですからね」
 神父は柔和な笑顔を一行に差し向けていた。

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「父は来年百歳を迎えます。どうやらあなたがたとお話をなさりたいようです。きっと長い長いお話になるでしょう。説教するような口ぶりのときはそうなります。どうか皆さまも固くならずにいらしてください。夜もまたなごうございますから」
「世間知らずの娘がなにかと詮索して失礼があったのではないかと心配していたのですが、わたしにもまたそのような詮索癖があるといいますか、どうも退屈していた時間が長すぎたようで。あいや、親子とは似たものですな」
 エミスとその父は互いの顔を見合って微笑んでいた。
「いけませんでした、わたしとしたことが。お父様に椅子を持ってきて差しあげなければなりませんね」
「それならわたしが」
 アンセルムの声だった。いつもながらに決断力の速さに驚かされる。
「ありがとうございます。西側の真中の部屋が食堂になっております。椅子はそこにございます」
「わかりました。厄介になるだけでは申し訳ないですから」
 そういってアンセルムは神父のもとへと歩み寄り、老人の手をとって丁重に挨拶をして、部屋を出ていった。
 わたしとて叶うことなら彼の手をとってみたかった。そうすれば、メリンリー神父が実在しているかどうかを確かめられるのだから。メタモルフォーゼという変身でもなく、ドッペルゲンガーやポリモーフという同質異像体でもなく実体をもつ者であるかを窺えたのだから。知るのではなく覚ることによって。
 だがその刹那わたしは自分を恥じもした。神に仕える聖職にある者が、溢れるように与えられる善意を未知なる恐れとも見て疑ったのだから。今夜だけは何も考えるまい。判断も留め置くとしよう。明日を待ちさえすればいいのだと思えたとき、わたしはようやく本来のわたしの性向、中立の中立に立ち返れたと確信することができた。今夜はただ生きとしいけるものたちがこの部屋に集い、与えあうものをただ楽しもうとわが神に誓ったのだ。
 わたしが沈思黙考しているあいだにアンセルムは戻り、メリンリー神父は椅子に腰をかけていた。エミスは父の傍らに寄り添っていた。睦まじい父娘がそこに居た。よもやまを語る人々の声が、ようやく明瞭にわたしの耳に聞こえはじめたのはその時だった。

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――#6――


ipsilon at 10:50コメント(0) 

2017年02月11日

「まずはあなた様が服を着替えねばなりませんね。ええとお名前は?」
「エジリオです。ご覧になったとおり、しがない旅の僧侶です」
 エミスから乾いた服を受けとって着替えをすますと、彼女は待ちわびていたように、わたしを連れて教会の一階をあちらへこちらへと動き回った。そのたびにわたしは一行が必要としていると彼女が考えたものを手渡され、それを携えて南西の部屋でくつろぎはじめた仲間のもとに運ぶことになった。
 そんなことをしているあいだに、エミスは一行それぞれから自己紹介を受けた。
 しかし不足しているものはまだあり、彼女はそのあともわたしを連れて教会の廊下を行き来していた。エミスはそうしたことを楽しんでいるようだった。
「旅の方がこんな片田舎の教会を訪れたのははじめてのことなのです。一夜といわずゆっくりされて、あなたがたがご覧になられてきた世の中のことをお聞かせ頂けたらどんなに幸せでしょうか」
「世の中のことといわれましても、われわれのような漂泊の輩が見るものと、一か所に身をおいて暮らすものの見る世界は違いますでしょう。われわれのような者が見てきたものがお嬢さんのお役に立つものかどうか」
 わたしは遠慮深くそう答えた。
「ですが、いかなる物事からも学ぶことはできましょう。心がけしだいではありませんか? ――それはそうと、お泊りになる部屋はおふたつということでよろしいでしょうか? ともに旅をされてきた方々ですから、同じ部屋にとも考えたのですが、なにしろこのとおり手狭でございますから」
 彼女はわたしに連泊を無理強いするのを避けるために、急に話題を転じたようだった。
「すべてお任せします。われわれはご厚意に甘えて厄介になるまでのことです。しかしジャメーランがあの様子ですと……」
「そのことなのです」
 エミスは突然立ち止まって振り返り、すこし首を傾げてから率直に訊ねてきた。
「なぜあの方に神の御業をつかって介抱して差しあげないのかと不思議に思っていたのです。エジリオ様は父と同じ聖職者。ですが恐らくは……」
「確かに、わたしは治癒呪文を行使することができます。しかし出来ないのには理由があるのです。話せば長い話になるのですが――」
「そのことなら私が話してもいいのだが」
 勝手口側の暗がりからコップを手にしたジャメーランが近づいてくるのが見えた。
「あれほど濡れたというのに、どうにも喉が渇いてね、誰かに頼めばよかったのだろうが、そういう気にもなれなかった。アンセルムも疲れているようだったし、他は気ままな連中であることは知っていよう」
「ともかく廊下は冷えます、暖炉のあるお部屋にまいりましょう。お話はよろしければその後でも構いませんので」
 立ち入り過ぎたと感じたのかエミスの声はか細かった。
「それがよかろう、なあジャメーラン」
 無言のまま肯いた魔導士は神父の娘に支えられながら、おぼつかない足取りで一行のいる部屋へ戻ると壁に凭れた楽な姿勢をとってから、話しはじめた。
「わたしは魔道の者メイジだ。好きでこの道を来たともいえるし、そうではないともいえる。わたしはエルフと人間の混血だからなのか、幼い頃から妙な感覚をおぼえることが多かった。それで魔道の道に進んだかといえばそうではない。もともとはソーサラーを志したのだ。しかしわたしの進むべき道はそれではなかった。ソーサラーとはこの世界の生きとしいけるものを形づくる四大、つまり地・水・火・風という精霊を我が身に引き入れてそれを力として術を行使するのだ。しかしわたしからそうした才能の芽が伸びることはなかった。むしろ怨みたくなるような力がわたしの中に眠っていることに気づかされたのだ。それが『魔』というものだ。わたしは忌むべき力に魅入られた愚か者にすぎない。『魔』の行末は悪に通ずる。しかしそれとても使いよう。忌むべき力を我が身に引き入れ、それを悪を滅する方向に導く。こうした徒輩が魔導士と呼ばれる者だ。つまり魔導の道とは悪によって悪を征するということだ」
 コップの水を煽るように飲んだジャメーランの喉が上下に動いた。
「だからエジリオが仕える神の御手なる治癒呪文はむしろわたしを破壊する。彼が仕えているのは聖でありわたしの力の根源は『魔』なのだから……。このわたしとて魔導によって自己を治療する術くらいは知っている。しかし『魔』によって『魔』を封じることは、わたしを死へとおいやりかねないのだ。そんなことだから、体を壊したときはこの世界にあり、わたしの中にもある自然治癒力というものに頼るしかない。魔導の道は死への道。そういう運命を背負った女がわたしだ。もしかすると雷雨もこのわたし自身が招いたのかもしれない。自業自得というわけだ」
 膝を抱えるように座り直していたジャメーランの眼から一滴の涙が零れていた。
「そんなことはございません」
 エミスの声は毅然としていた。
「雨には雨の役割があるのです。ジャメーランさん、窓の外をご覧ください。もう雨は止んでおります。そして月が昇り、星が輝いているではありませんか。雨は大地や草木を潤し、空気を澄んだものにします。あなた様が抱えているものはとても重く、わたしなどが推し量ることさえできないでしょう。しかし、ご自分を卑下してはなりません。わたしが父から教わった第一の誓いが『自ずから卑下すべからず』なのですから。今夜だけといわず、具合がよくなるまでお泊りになってよろしいのです。この何もない部屋にというのではないのです。あなたとあの方には」
 といってエミスはアンセルムのほうへ視線を投げてから、
「はじめからベッドのある南東の部屋へ案内するつもりだったのですから。エジリオさんにはすでにそうお話してあるのです。――あらいけない、わたしとしたことが、そのために掛け物を納戸に取りにいかなければならないのを忘れておりました。さっそく行ってまいります。そのあいだにそろそろ父も挨拶に伺うことでしょう。余計なことをお考えにならないように眠られることです。今少ししましたら、お部屋に案内できましょう。まずは涙を拭いてください。他の方がどうかは知りません。しかしあなたの使われる魔導は人を助けるものとお見受けしました。ですから泣く理由などどこにもありはしないのですから」
 そういってエミスは自分の持っていたハンカチを差しだした。
「かたじけない……」
 わたしはそのとき、ジャメーランが疲労困憊しているのとは別なナニカが彼女のなかで起っていると感じた。数年前、死と隣り合わせの絶望的な状況で気丈な女が物語ったことを今夜口にさせ、ここまで精神を衰弱させたエネルギーとでもいうものが、この村を覆っているような気がしたのだ。そしてそのエネルギーはこの教会を中心に渦をなしているようだった。
 フラーリアンもナニカを敏感に感じとったらしい。彼はエミスが去ったのを目で確かめたあと、耳元でこう囁いた。
「美しい花には毒がある。ことに美しい花は猛毒だ。気をつけたほうがいい」と。

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ラホール村教会の間取り図


――#5――


ipsilon at 19:27コメント(0) 
 小糠雨が強まり、しだいに足もとに白く霧をのぼらせはじめたころ、一行は村へ入るのを妨げるように東西に流れる川を前にして立っていた。
 川には丸太を並べただけの橋が東側と西側に架かってはいたが、欄干のある場所には丸木が渡されいるだけという、見るからにしがないなものだった。村と外界を繋ぐものとして相当の年月を経たきたであろう橋はところどころに補修の跡があり、貧窮ゆえに物の価値を知る住民たちの暮らしぶりをそれとなく伝えていた。
「ちょっくら斥候に出たほうがよさそうだな。こういった貧乏くさい村にいる連中ってのは、極度に余所者を嫌うからな。挨拶なしに村に足を踏み入れようものなら、雨に濡れて野宿なんてことになりかねんからな」
 言ったが早いか、クダルラは風のような素早さで橋を渡り、その先の様子を見ようと駆けさっていった。
「人の意見を聞くということを知りませんね」
 アンセルムは笑いをこらえているような呆れ顔だった。
「あれがローグやアサシンの生業としている、暗殺といったことをする男なら、わたしはこの隙に逃げ出すよ。ただの泥棒であることの幸いよ」
 と、わたしは笑って見せた。
 雨に遮られて無口がちだった一行は、それぞれに口を開きはじめたが、そこへ音もなくクダルラが戻ってきた。
「どうやらこっちの橋はよしたほうがいいらしいぜ。この先は畑だ。道はない。作物を踏み荒らすようなことをしたら村からおっぽり出されるのが関の山だろうよ。作物の出来は悪くないみたいだいしな」
 そういって彼はさっそく拝借してきたであろうトマトに齧りついた。
「西側の橋の先は道がつづいていたぜ。宿を求めるなら本道を行けとも言うしな」
「そのほうがいいようですね」
 即座にアンセルムが賛同した。騎士道とは正道を行くものだといわんばかりに。
「ものわかりのいい娘さんは嫌いじゃないぜ」
「それでクダルラ、何か妖しい気配とかいったものはなかったのかい? どうもわたしは――」
 フラーリアンの言葉をクダルラは遮って、
「正直者の娘さんにしても、エルフの兄さんにしても、人の話は最後まで聞くもんだぜ。それなんだがな――」
 と、彼はトマトを齧りながら滔々と早口で村の様子を話しはじめた。
「こんなちんけな村だってのに、畑にゃあ隠し道があったのさ。それも、この俺様が見逃しかねないほど巧妙に隠されていたんだぜ。余所者を警戒するにしてはいくらなんでも変だ。じゃあ村人同士で監視でもしあっているとでも? 判断のつかないところさ。ざっと見たところ家屋は十軒あるかないさか、それに遠くから見えたあの教会だ。この程度の村なのに、アンセルムの持っている地図に名前が記されていることがまずおかしい。どうだ? まだこの村に泊まる気になるかい?」
「しかしこの雨だよ。しかもだんだん降りは強くなっていくようじゃないか」
 混血ゆえだろうか、寒さに弱いらしいジャメーランの唇はもうずっと前から青ざめ、両手で肩を抱いて震えていた。旅の疲れもかさんでいたのだろう。
 わたしは肯きながらいった。
「並の旅人であるなら、逃げ出すのであろうが、われわれには神のご加護もあることだし、長年ともに危険をくぐりぬけてきた強者といっていいだろう。だから、今夜はあの教会に宿を求めて差し支えないだろう。ぐずぐずしていればジャメーランが魔法を使えないほど体を壊してしまいかねない。彼女なくして危機に対峙できるとも思えないのではないかな?」
「そのようですね、さあまいりましょう。大丈夫ですか? ジャメーラン」
 そういってアンセルムは虚ろな目になりはじめている魔導士の肩を抱いて、西の橋へと踵をかえした。
「俺様は警告はしたぜ」
 とクダルラは不満を表しはしたものの、両の掌を上にあげて「仕方がないか……」という仕草をしながらフラーリアンと眼を合わせたあと、ぬかるんだ道を歩きはじめた。
 盗賊の男がいったように、西の橋の先には道がつづいていた。道は途中家屋が集まった十字路とも広場ともいえない込み入った場所を抜けて、さらに先へと延びたところで途切れていた。通り過ぎてきた場所には明りの揺れていた家もあれば、人気のない暗闇に沈んでいる家もあった。だが、村人たちの気配はすれども姿を見かけることはなく、呼び止められて咎められることもなかった。クダルラの予想とあまりにも違う成り行きはかえって薄気味悪かった。
 道が途切れた行き止りには三階建ての教会が叢雨にしのつかれて濡れていた。空を見上げれば、遠くから稲光りが迫ってくるのと、塔を思わせる屋根の突端で、二頭の竜が絡まりあいながら自らの尾を飲みこもうとするウロボロスの紋章が天に向かって掲げられているのが見えた。まるで雷雨を呼んだのは我れであるといっているかのように。
 礼拝堂と呼ぶにはあまりにも質素だが粗末とはいいきれないその木造の教会は、厳粛なまでに伝統的な礼拝設備の様式にそったものであった。その蔦の絡まる建物もまた、橋に施されていたような補修痕が各所に見てとれ、長年月を経てきたことを示していた。
 わたしは聖職者であり年長者としての使命感から、またジャメーランを気づかうアンセルムを顧みて、真っ先に礼拝堂の入口にある階段に足をかけようとしたのだが、フラーリアンに肩を叩かれたことで我れにかえった。
 彼はアンセルムが裏へと回ってゆくのを指さして、無言のまま「もう夜も近いのです。こんな場合は勝手口からというのが人間世界での常識ではないのですか?」と諭してくれたのだ。わたしとしたことが、長年の放浪とも巡礼とも冒険ともつかぬ旅が不埒にさせていたのかもしれない。しかしその時は、それまであった事柄にいささか気圧けおされていたのが真実だろう。そんなことを考えながら足を早めたとき、アンセルムが扉を叩く音が聞こえた。
「こんばんは、すみません。どなたかおりませんか?」
 彼女の昭然とした声があたりを朗していた。
「こんばんは、すみません。どなたか、どなたかおりませんか?」
 しばらくは雨音と遠雷が耳朶をうっていたが、一行が固まってそこに立っていると、やがて閂を外す音が聞こえて扉が開いた。
「まあこれは……どうしたことでしょう。珍しいこともあるものですね」
 扉の向こうにでアルコールランプを手にしいる女は、驚きと喜びの入り混じった顔をしながらそういった。
 襞で控えめに飾られたワンピースを着たうら若き女はとても美しかった。不揃いに伸びた金髪ではあったが貧しさなど微塵も感じさせなかった。いなむしろ高貴さというか、神聖ささえ漂わせているようだった。まっすぐに人を見つめてくる目は青く澄み、人を疑えない純粋さを醸しだしていた。女は寒村といって過言のない場所にあまりにもそぐわない光を湛えていたのだ。
「旅の方ですね。用向きは察せたと思います……」
 彼女は咳きこみはじめたジャメーランを憐れんだ目でじっと見据えた。
「ですがお父様のお許しが必要なのです。せまい僅かばかりの軒ですが、どうぞお入りになって雨を避けてお待ちください」
 彼女はそういうと、手にした明りとともに奥へと消えていった。
 誰も口を開く者はいなかった。
 わたしが感じたと同じように、一行もまた女のもつなにがしかに打たれて痺れていたのだろう。
 明りを引き連れて戻ってきた彼女は、
「どうぞお入りください。さして綺麗な所ではございませんが、神聖な美しさはある所です。さあ――」
 といって、女はジャメーランに寄り添って一行を教会の中へと招じ入れた。
「申し遅れました、わたしはエミス。父は神父でしてメリンリーと申します。もっともそれは洗礼名であって、あなた方の習慣にのっとるならハンネストということになります。後ほどご挨拶に伺うそうです。それよりもまずはその濡れたお召し物をなんとかしなければなりませんね。そちらのお方ならわたしの言うことがよくおわかりかと思います」
 エミスは、わたしが濡れぞぼった服のうえから首にさげている神に仕える者の証を見つめていた。
「お恥ずかしながら、わたしも神に仕える者の端くれでございます。さあ、そちらの方、少しばかり手伝ってはくださりませんか? ここにはわたしと父しか居ませんもので」
「これは気のつかないわたくしであった。申し訳もない」
 わたしは乾いた服を受けとるために、彼女のあとを追ったのだった。

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――#4――


ipsilon at 13:37コメント(0) 

2017年02月10日

エジリオ……人間種の聖職者(cleric)
  男。性向は中立の中立(Neutral-Neutral)。
アンセルム……人間種の戦士(Fighter)
  女。性向は秩序(Lawful)。
クダルラ……人間種の盗賊(Thief)
  男。性向は混沌(Chaos)。
フラーリアン……エルフ族の弓使い(Archer)
  男。性向は中立の秩序(Neutral-Lawful)。
ジャメーラン……エルフと人間の混血種である魔導士(mage)
  女。性向は中立の混沌(Neutral-Chaos)。


メリンリー……ラホール村の教会に住む神父。
  本名はハンネスト。
エミス……ラホール村の教会に住むメリンリー神父の娘。

ipsilon at 23:22コメント(0) 
 ナーザファリーン大陸で国や共同体をつくって暮らしているものたちは、種族にわけて見ることもできる。
 古の時代であれば、各々が自らの種にあった土地を見いだし、そこに寄り集まって暮らしていたのだが、今もそうした習慣を維持しているものは少ない。はじめは種族間で暗黙のうちに了解されていた秩序を守りあっていたが、長い年月のあいだに混血種が生まれ、秩序は崩壊しはじめた。やがて種を超えた法や律が作りだされ、種を超えた様々な統治形態の国々を作りだすことになったのだ。
 時の流れがそうさせたのだろう。わたしにいわせれば神がすべての創造主であり、混血種も法も律も国も神の子といえるのだが。しかし、なかには時に抗って頑なに種の純血を維持しようとしてきた者たちもいる。その典型がエルフ族だ。
 男女ともに白百合のような肌をもち、男女ともに美しい容姿と尖った耳を特徴としている。その容姿の美しさは一見して男であるか女であるかと判断できないほどである。そのうえエルフ族は、他の種族より高い知性や鋭い感覚、敏捷性と優れた瞬発力もっている。それがゆえに、彼らは他種を蔑視しがちではあったが、あからさまに軽蔑した態度をとるわけでもない。美しさと知性をもったことと引き換えにもてなかった強靭な肉体が、彼らにそうした生き方を強いたのかもしれない。その証拠といっていいだろう、純血をよしとする古色蒼然たる思想を維持している多くのエルフたちは、今でも森や林を棲みかにしてひ弱な身体を守り、知性を頼りに生き続けている。
 そんなふうだから、他種族と関わりながら旅の生活に身をおくエルフなど、世情から推すれば、酔狂者といってよかった。
 その酔狂者の一人が、弓の名手であり薬学に博識なフラーリアンだ。
 人間たちが話し合っていた内容は聞いていたはずだ。しかし彼は、わたしが振り向くと、まるで訝しむことなどないといったすまし顔をしたまま、小春日のように快活な声で、
「今さら投げられてしまった犀の目など誰にも変えられんでしょう。わたしたちに特別な意見はありませんし、かといって理由もなく反対したりもしませんよ」と言った。
「ほほう、エルフの兄さん方にもそういった諺があるのかねェ。俺様たちは、『犀は投げられた』なんて言うんだがね」
 すかさずクダルラが茶々を入れたが、わたしはそれを無視して訊ねた。
「わたしたちということは、すでに君らのあいだでは協議済みということなのかな? それとも?」
質問に答えたのは魔導士の女、ジャメーランだった。
「人間族であろうがエルフ族であろうが似たような意味の成語など巨万ごまんとあるものよ。それを人間であるとかエルフであるとかで、どうこう言ってもはじまらないわ。もっともあたしとフラーリアンの考えはそんなところにはなくってよ。これまでの旅から、仲間意識や協調性を重んじたということ。だからといってあなたがたの意向に全面的に賛同してばかりではないとでも言えばわかってもらえるかしら?」
 彼女らしい表現だった。正しくいうならばジャメーランはエルフではない。エルフと人間のあいだに生まれた混血ハーフなのだから。したがって彼女の性向はどうあっても中立をたもとうとするようなのだ。人間の側に偏ることなく、かとっいってエルフの側にくみするわけでもない。しかし中立といってもこれがまた難しい。エルフ族というのは、ほとんどの者が中立の気質なのだが、中立にも三つの面があるからだ。こう考えればわかりやすいかもしれない。中立は彼らの性向の基盤であってその中にさらに秩序、中立、混沌という性質を含んでいると。しかるに中立は中立であるから、物事を判断するときの基本は秩序的でもなく混沌的でもない。善であるとか悪であると決めることはない。その時々によってどちらかを選ぶことはあっても、基本的には双方を顧みてバランスある答えを探そうとする。しかしその中立にも三種類あって、混沌に傾きやすかったり、秩序に赴きやすかったり、バランスを重視するという性質を秘めているといえばいいだろう。
 その意味でいえば、弓の名手フラーリアンは中立の秩序であり、魔の導き手ジャメーランは中立の混沌といえるかもしれない。
 そしてまた、枯草色の長衣ローブを纏い長杖スタッフを携えている彼女は、この旅の仲間パーティーにあっては人間とエルフを繋ぐ混血であるがゆえ、両者の架け橋という重要な位置にいるのだが、ジャメーラン自身そういったことには気づいていないようだった。それが、クダルラへの態度に見え隠れしていたのだから。
 何事も決めてかかるあなたみたいな性格はどうも好きになれない。けれども、受けいれるわ。
 そう彼女の顔には書いてあったのだから。
「では、特に問題はないようだな。それなら今宵の宿となる、ラホール村とやらへと急ごうではないか」
 そういって先に立って歩きはじめたとき、雨粒が頬を打ち、
「ほれ、急ぐ理由もこのとおりあるのだからな」
 わたしはそう言葉を継いだのだった。

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ナーザファリーン大陸とそこにある国々

――#3――


ipsilon at 11:47コメント(0) 
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