ルソー『人間不平等起源論』

2019年02月14日

人間が感じる不平等はなにを起源にして起こったのか?
そのことに関しては、本作を読む以前に仏教の思想を活用して思索していた。そして、本作を読んでみて、思索でたどりついた答えらしきものが、間違っていなかったことを今回確認できた。

すなわち、人間は他者という比較するものがない状態にあっては、不平等という概念すら持ちえないということだ。
ルソーは未開の自然人がいかなる存在かを推論することによって、そうした結論を提示していたのだが、わたしの場合、仏教にある「自他に境はない」あるいは「諸法無我」からそのように思索しえたということだ。

だから、例え先天的な障碍があったとしても、その人が自己だけを見つめていれば、不平等で苦悩するということはないということだ。
人が己だけ見つめているならば、食欲、睡眠欲(休息欲)、性欲という三大欲求が満たされるならば、それ以上の苦悩を抱えることは基本的にないということだ。
また人が、自然状態にあるならば、食欲、睡眠欲(休息欲)、性欲という三大欲求しか起りえず、不平等という概念を思いつくことがないということだ。

したがって、不平等という概念が人のなかに起こった原因は、人間が社会を形成し、嫌が応でも自分と他人を比較する視点を持ったときだというのが、ルソーの思想であるというわけだ。
であるから、幸福に生きたいならば、自然状態に戻るのが理想なわけだが、もはや文明化され都市化され、相互依存が当たり前になった社会で暮らしてしまうと、もはやに人間は自然状態に逆行することはできないのだ。
そこで必要とされるのが社会契約(一般契約)だというのがルソーの論理である。

この社会契約がどのようなものであるかは、ここでは触れない。それは『社会契約論』を個々人が学ぶしかないからだ。

ではこの、『人間不平等起源論』において、おさえておくべき要点はなにか?
おそらく大きくわけるなら、4つ程度になるだろう。

1)自然法とはなにか?
自然状態や文明状態に関係なく、本来、人間がもっている性質はいかなるものがあるのか?
「自己愛」と「憐み(嫌悪)」であるとルソーは解く。
しかしこの二つには注意が必要であろう。二つは別のものではなく一つのものが正反対の方向をさしているものと理解すべきだろう。

自己愛とは、自己を愛し慈しむ心情である。
憐みとは、自己と似た存在(同族や生きもの)が痛ましい目に遭っていることを見たくないという嫌悪の気持ちである。
この嫌悪が起こる土台には、自己愛があるということだ。自分が可愛いから自分に似た存在が痛ましい目に遭っていることを嫌悪するのであり、その嫌悪の感情が変化して憐みになるということだ。
したがって、人間にある根源的な心情というのは、「自己愛」という一つのものに収斂されるということだ。

これは仏教の三毒の思想とほとんど変わらない。
貪瞋痴。
貪とは自分の方に引き寄せたいという貪る気持ちであり欲求である。
瞋とは自分から離れて欲しいという嫌悪の気持ちであり欲求である。
したがって、貪と瞋は同じ自己愛が正反対に向かった形であらわれているということだ。
簡単にいえば、貪は好きという気持ちであり、貪は嫌いという気持ちだということだ。

そして痴は無知のことであるが、ようするには、自己と他者を比較することで貪と瞋という「苦」が起こるということに対して無知であるということだ。前述のようにして「苦」が起こるという根源的原因を知らないことを痴というわけだ。
仏教とルソーの思想が通底しているかが理解できるであろう。


2)真の徳とはなにか?
自然状態にもっとも近い視点でものを見れることとルソーは定義している。
つまり、自他を比較して嘆いたり、殊更に自他を別の存在だと見て苦悩しないことを徳と言っているということだ。無論、その延長には、正邪善悪などなど、すべての相対的な概念を比較せず、相対的なものを別の存在だと見做さないのが徳のある生き方だということだ。


3)人間には本能が存在しない?
これはあくまでもルソーの思想であるが、ほぼ間違っていないであろう。
もし人間に本能が存在するのであれば、自ら本能にしたがって、自己が生きやすい環境を選ぶはずだからだ。
しかし人間はそのようなことをしない。その逆に、環境を手なずけようとするのだ。
なぜそうなるのか?
人間には本能が存在しないかわりに自由意志と自己改善能力があるからだとルソーはいう。
動物はその逆で、自由意志と自己改善能力はないが、本能があると。
非常に感慨深い論理であり、様々思索する価値のあるものであろう。

つまり、人間は自由意志によって自己を顧みて、自己を改善し、人間(自己)としての本能(本性)があるのだったらどのうようにするべきかを、限りなく自己に問いながら生きる責任を科された存在だといえるだろう。
そのために、われわれの周囲には、沢山の本能にしたがって生きている動物がいるのではないだろうか。
彼らを見て、人間が自己の本能(本性)を思索するために彼らは居てくれているのではあるまいか。
そうした彼らを無慈悲に殺し、生きる場を奪うのが人間としての本性であるなど、決してありえないことだろう。
それは自己を顧みる鏡を自ら打ち壊す愚行にほかならないのだから。

カーソン『沈黙の春』にはこうあった。
地球上でもっとも種が多いのは昆虫であり、彼らこそが、様々な生物が生きる仲介の役目を果している、と。


4)不平等は共依存の別称か?
恐らくそうだろう。
人間が社会を築くということは、それまで自然人が生きてきたような、誰にも依存することなく、頼みは己のみという状態から脱し、互いに依存しあうということであるからだ。
問題なのは、この社会における共依存関係が人間の精神を蝕むということだ。
わたしの感覚からすれば、本書を読んでこれほど大きな気づきを受けた部分はなかった。
なぜかなら、社会はその構成員すべてを共依存状態におくという事実があるからだ。
この共依存がいかに恐ろしいものかは、アダルトチルドレンとはいかなるものかを少しでも学んだ人なら理解できよう。

自分がどうしたいかを自己に問わない。社会や人の目にどう映りどう評価されるかを考えて生きてしまう。
つまり、社会を形成するということは、必然的に自己不在な人間を大量に生みだすということだ。
こんな恐ろしい面が社会形成による弊害としてあったのかと、強烈に気づかされたわけだ。
ルソーもこのことをはっきり述べている。わたしが勝手に言っているわけではない。
人間は社会をつくったことで、自己に生きることよりも、他者に認められる生きかたをするようになり、それにより様々な弊害が生まれた、と。

無論、ここであげたことへの対処法はある。
だが、それをここで述べる気はない。
答えをいうと、探そうとしなくなるからだ。

社会的にこの共依存の状態を防ぐ手立てもルソーは一応提示しているので、学びたい人は『社会契約論』を繙いてほしい。
しかしそこで、制度ではなく、制度を人間がどう見ていけばいいかという精神論や認識論である部分を見損なってしまうなら、『社会契約論』など読む必要はないだろう。

制度を変えて何がしかの利益を得ようとするのは、対処療法にすぎないからだ。
制度を運営しているのはあくまでも人間であり、その人間たちがどのように制度を運営すれば良いかという視点、認識いかんによって、制度は生きもすれば死にもするのだから。
社会的に法や制度をいくら改善しようとも、そのような視点と認識がなければ無意味だということだ。


余談だが、ルソーを学ぶなら『人間不平等起源論』『社会契約論』そして『エミール』という順番に読むことをお勧めする。
理想の人間である状態が『人間不平等起源論』で語られ、それが叶わなくなる社会において、理想の人間である状態をどのような制度である程度担保できるのかが『社会契約論』で語られ、社会制度においてある程度しか達成できない不平等感を解消するために、どのように学び、教育すべきかが『エミール』で語られているからだ。

ルソーが最重要視したのは、言うまでもなく「自由」である。
自由が根底にあり、その自由を保障するために「平等」な社会契約が必要だと論じられたのが、『社会契約論』だからだ。
なぜそこまでルソーが自由を重要視したのか? 答えは3)にある。
人間には本能がなく自由意志があるとルソーが確信していたからだ。
本能に従う動物のような存在であれば、比較的不自由な環境(例えば動物園であるとか、屋内犬であるとか家猫のような状態にあっても)、本能を抑制されない限りさほど彼らは不快や苦悩を感じないが、人間は本能でなく自由意志によって生きる存在であらから、人間が生きるにあたっては自由がもっとも重要であると、ルソーは考えていたのだろう。
自由を束縛されることは、人間にとって最悪事なのだ。

もちろん社会においての、自由は放埓のことではない。
社会における一般契約(公共の利益に反しない約束)の範囲内にあっての自由であることなど言うまでもないだろう。

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