小説・未完『僕とリックと彼女と』

2019年04月06日

フレドリック・ブラウンならびに
ロバート・A・ハインラインほか、
すべての猫好きに感謝の意を表して――。


       1
 何時ものように、眠い目をこすりながら僕はリックの朝食のキャット・フードを皿へとあけてやる。
 リックは僕がこぼしたキャット・フードを見ては「本当にもう……これ一応食べ物なんだぜ」といった風貌をして、僕を見ている。しかしこいつは絶対に、もう食べてもいいよといった感じがするまでは、じっと座って待っているのだ。行儀がいいのだ。
 そう、行儀がいいといえば、こいつの食事の態度。まったくネコならネコらしく、ネコ座り? でもして食えばいいのに、そいつができないらしい。まるで、あぐらのように後ろ足をくんで三つ指とばかりに手? いや前足をついて飯を食うのである。そして食べる前には、必ず鼻先をキャット・フードに近づけ、腐ってはいないかを確かめてから食うのである。
 まったく冗談ではない。ところが僕はこいつのこういった日本情緒ゆたかな所が、なぜかとても気にいっているのだが、ただ一つ困ったことに、名前がリックなのである。
 おっと、こんなことをゆっくり語っている暇はない。
「げっ、もうこんな時間じゃないか!」
 リックは僕の焦燥なぞどこふく風と一声鳴いた。
「ごちそうさまはいいから、俺のベルトを探してくれよ」
 わかったのか、わからないのか、リックはまた一声鳴く。
「このままじゃ遅刻だよ。えっと、今日の時間割はと……」
 ジェンガのように積んであった教科書が、豪快な音をたてて崩れた。
 その直撃を受けたリックが悲鳴と抗議の声をあげる。
「悪いリック、急いでんだよ」
 と僕は本のなかにうもれたリックの首をひっつかんで、そこから出してやる。ふと見るとリックはベルトを咥えている。
「よくやったぞリック、俺でさえこの部屋のどこに何があるかわからないのに」
 そう言うと、僕はベルトを締め、カバンを片手に戸口へと急いだ。リックも後をついてくる。
「じゃあな、リック。いってくるからな」
 返事なのか見送りなのか判然としない鳴き声でこたえたるリックに目をやると、何時ものように三つ指ならぬ十本指をついて、僕を見あげている。ただ、こいつの座り方があぐら座りなのが珠に傷なのだ。
 そう思いながら扉に鍵をかけ、電車に間にあうべく全力疾走にうつった。
 交差点で立ち止まった僕は息が切れていた。
(まったくあの野郎、もっと寂しそうにしたらどうなんだ。犬なら主人と別れるときには、忠犬ハチ公みたいに鼻でも鳴らしてくれるだろうに……)
 僕が朝の雑踏のなかを全力疾走して駅につくまでは、なんと二分とかからないのだ。なんとも不健康な生活である。

       2
 申しおくれましたが、僕の名は長曾我部綾。れっきとした彼女がいます。これで僕が急いでいた理由はもうおわかりでしょう。
「おはよう! また1分30秒遅刻よ!」
「そういうなよ、リックに世話やかされちゃってね」
「なに言ってるのよ、リックがあなたの世話をやいてるんでしょ」
 透きとおった冬の朝日を斜めにうけている、彼女の口元がゆるんだ。
 いつものように、薄い茶色いチェックの2ピースになっている制服の襟元に、赤いマフラーを撒きつけ、手には黒い革の手袋をして、これもまたいつものカバンを持っている。
「どうしたの綾、ボーっとして?」
「なんでもないさ。ちょっと冬の朝に感傷的になってただけさ」
 彼女はまるで、我慢していたことに堪えられなくなったように大爆笑した。
「おい、お前なんて笑い方すんだよ」
 そう言うと僕は彼女に手をのばして、猫の首でもひっつかむようにして、そそくさとホームの内側へと引きよせた。僕と彼女はいつもこの調子なのだ。彼女の名前は瀬川ひかり。いまさらひかりのことを表現する気にはなれないけれど、六年前にもどった気分で少し語ってみようと思う。

       3
 まあ何を言ってもくじけない明るい性格と、美形美人とまではいかない人並みの顔立ちとスタイル。もし仮に一つ僕がひかりの長所を自慢するとしたら、無類の世話焼き性なところがそれだと言うだろう。
 そういえば、こんなことがあった。
 まだひかりと付きあって六か月。はじめて彼女が僕の家を訪れたときのことである。
「あんまり綺麗な部屋じゃないけど、ま、入ってよ」
 僕は少し気恥ずかしい気持ちでドアを開けた。
「さあ、入った入った」
 沈黙の空気が僕らをつつんだ。
 なんの変哲もない部屋のどこかから、くぐもったネコの鳴き声がした。そして、リックがのそのそと服の山から出てきた。
「ねえ……掃除何か月にどれくらいするの?」と、ひかり。
「いやー、ここに住んでから一回ぐらいかな……」
「何か月に一回じゃなくて、入ってから一回ぐらいね……」
「そう言うなよ。なにせ、男一人にネコ一匹、なにも気をつかうことなくてさ」
 リックが同意を示すように鳴いたが、本当のところ不平を訴えたのかもしれない。だけど僕はそれには構わなかった。
「ほら、こいつだってそう言ってるぜ」
 ひかりは茫然として、戸口に立ったままでいた。すると何たることか、今まで僕と僕のお袋にしか懐いたことのないリックが彼女の足に頭を擦りつけて、しきりに鳴いているではないか……。部屋の乱雑さにひかりは相当驚いたようだったが、僕はリックの行動にそれ以上に驚いたのだ。
「お、おい、君ってすごいよ……部屋の汚さより、こいつが君に懐かないことのほうが俺、心配だったんだよ……」
「でもこのこ平気みたいね……」
 と言うと彼女は戸口につまれた新聞の山に腰かけ、リックの首をくりくりといじくりはじめた。
(いや、そこはまずいだろう……そこをいじるのは俺だって気をつかうのに……)
 だがリックは気持ちよさげに喉を鳴らしはじめた。
 僕は驚愕のあまり、溜息とともに驚きの声を吐きだしながら、卒倒しそうになった。
「このこの名前、なんていうの、綾?」
 僕はやっと口を動かしながら言った。
「リ、リックってんだよ」
「じゃあ男の子ね」
「ああ」
「お風呂入れてあげてるの?」
 ひかりは戸惑うことなく、リックの耳垢をコリコリと指でとっている。
「いや、あまり入れてない」
 ひと鳴きした声から、リックが相変わらずご機嫌であることがわかった。
「ねえ、あなたの部屋を片付ける前に、あなたとリックでお風呂入ってきなさいよ」
「はァ……ちょっと待ってよ……こいつは大の風呂嫌いなんだぜ。俺、まだ死にたくないよ……」
「じゃ、一緒に入る?」
 僕は自分の耳を疑った。
「え、今なんて?」
「このこ、あたしとなら大丈夫なんじゃないかな……あたしあんまり汚いの嫌いなのよ……」
「で、俺はどうすれば?」
「あなたも一緒に入るのよ」
 僕は思わず、汽笛のように長い驚嘆の声をあげながら、こんなことがあっていいものかと、目を皿のようにして、ひかりを見つめていた。
「部屋の掃除はあなたが自分でやってね。そのかわりみんなでお風呂入って綺麗になったら、レストランでも行きましょうよ……どう?」
 こうして僕は否も応もなく正座した膝のうえにリックを乗せて、彼女が風呂の掃除をすませるのを待つことになった。
「さあ、いいわよー」
 風呂場から彼女の声。
 といっても、僕とて思春期の男。いきなり「うん」と返事をして入ってゆけるはずもなかった。
「おいリック、お前、偵察してこい」
 とリックの腰を両手で押した。
 不服そうに鳴いてから、恨めしそうに僕を一瞥して、リックは恐る恐るのそのそと歩いていく。
「やあリックくん、早く綺麗になっちゃいましょうねー」
 タイル張りの壁に反響したひかりの声と同時に、どぼーんという豪快な水音、それにつづいてリックの呻るような鳴き声が聞こえた。
 僕はさすがに心配になった。彼女が血まみれになっていやしないかと心配になったのだ。そうして僕は八割の心配と二割の期待(これはなにも説明しなくともわかってもらえると思う)をもって風呂場を覗きこんだ。
「…………」
 僕はあっけにとられて口をぽかんとあけていたことだろう。
「…………」
「ちょっと、変な気でもあるの? 綾、あたま大丈夫?」
 彼女はまだ買ったばかりであろう水着をきて、ボシャボシャと泡を飛ばしながらリックを洗っていたのだ。覗きこんだ僕と目があった瞬間、ひかりは相好を崩して言った。
「ばーか!」
 僕はその日、彼女とプールに行く約束をしていたのを、すっかり忘れていたのだ。


【あとがき】
 これもまた、十代の後半に書いたもの。原文は擬音を多用していたり、おかしな表現があったので、手直しした部分は多いが、八割がた当時のものである。この頃はSFを読みまくり、特に『夏への扉』に感動して、自分でも猫の出てくるものを創作してみたいと思ったことを憶えている。だが、結末をどうしようとしたかは全く記憶にない。設定にかなり無理が見られるが、若気のいたり。

ipsilon at 03:40コメント(0) 
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