新しい年がきました
どんな毎日がくるでしょう
今年は更新作文頑張ろうと思います
こんなblogですが見捨てずにおつきあいください
2012年01月04日
よろしくお願いします
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2011年12月25日
メリークリスマス
今年は この数年の中で
美術館に行った回数が一番少ない年でした
こちらのブログで 作文することが少なかった・・・
来年は また美術館通いを復活させたいです
のぞいてくださる方々 今年一年有難うございました
大変な一年でした
軽々しく よい来年を・・と言えない気がするけど
私は それでも生きていこうと思います
皆様 よろしく願いいたします
LOVE ME TENDER を あなたと私に・・・
メリークリスマス
美術館に行った回数が一番少ない年でした
こちらのブログで 作文することが少なかった・・・
来年は また美術館通いを復活させたいです
のぞいてくださる方々 今年一年有難うございました
大変な一年でした
軽々しく よい来年を・・と言えない気がするけど
私は それでも生きていこうと思います
皆様 よろしく願いいたします
LOVE ME TENDER を あなたと私に・・・
メリークリスマス
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2011年11月21日
ネパールのお寺をちょっと紹介
ネパールはヒンズー教と仏教が混然としていた
仏教は土着のバラモン教やヒンズー教などを取り込んで成立していった
その過程ではヒンズーの神々は仏の守護神として取り込まれていったが
ヒンズー教はなくなることはなかった
仏教発祥の地のインドにおいても再びヒンズー教が中心になったが
ネパールでも ヒンズー教のお寺が多かった
印象としてはヒンズー教が中心で 仏教はその守護といった感じを受けた
古都にあるお寺は多くは だいたいは16世紀くらいのものらしい
仏教のお寺やお堂はストゥーパの形をしており白く塗られている

ヒンズー教のお寺は 日本の三重塔や五重塔のような形や
あるいは小乗仏教のトウモロコシのような形であった


日本でもお寺と神社が同じ敷地内にあるように
ネパールでも 仏教とヒンズー教の屋代が並んでいるところも多かった

バクタプルはネパールの小京都と言われるごとく 落ち着いた古都であった
寺院を中心にして街が繁栄してきたことがうかがい知れた

街の辻々に 日本のお地蔵さんのように(都会ではほとんど見なくなった)
神々の像が置かれていて 人々がお供物をお供えしているようだった

仏教は土着のバラモン教やヒンズー教などを取り込んで成立していった
その過程ではヒンズーの神々は仏の守護神として取り込まれていったが
ヒンズー教はなくなることはなかった
仏教発祥の地のインドにおいても再びヒンズー教が中心になったが
ネパールでも ヒンズー教のお寺が多かった
印象としてはヒンズー教が中心で 仏教はその守護といった感じを受けた
古都にあるお寺は多くは だいたいは16世紀くらいのものらしい
仏教のお寺やお堂はストゥーパの形をしており白く塗られている

ヒンズー教のお寺は 日本の三重塔や五重塔のような形や
あるいは小乗仏教のトウモロコシのような形であった


日本でもお寺と神社が同じ敷地内にあるように
ネパールでも 仏教とヒンズー教の屋代が並んでいるところも多かった

バクタプルはネパールの小京都と言われるごとく 落ち着いた古都であった
寺院を中心にして街が繁栄してきたことがうかがい知れた

街の辻々に 日本のお地蔵さんのように(都会ではほとんど見なくなった)
神々の像が置かれていて 人々がお供物をお供えしているようだった

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2011年11月20日
パタン国立博物館
ネパールに足を運んだ
カトマンズは混とんとした街だった
排気ガスでのどを痛めた
バクタブルはネパールの小京都
ティミは焼き物の街
パタンは浅草のような観光地
どの小都市も日本にはない不思議な雰囲気を持っていた
パタンにある博物館は かの地が繁栄した時の
王様の宮殿が博物館の建物が利用されていた
窓から市街が一望もとに眺められる
年代は あまり古くはない
だが かの地で仏教とヒンズー教が混ざり合って
一つの文化を作り上げている様子を垣間見ることができた
あまり詳しい説明はできない
ただ 日本の仏像にはないつややかさがあった
なまめかしいとでも言おうか・・・・・
とてもおおらかな感じのする仏像たちだった










カトマンズは混とんとした街だった
排気ガスでのどを痛めた
バクタブルはネパールの小京都
ティミは焼き物の街
パタンは浅草のような観光地
どの小都市も日本にはない不思議な雰囲気を持っていた
パタンにある博物館は かの地が繁栄した時の
王様の宮殿が博物館の建物が利用されていた
窓から市街が一望もとに眺められる
年代は あまり古くはない
だが かの地で仏教とヒンズー教が混ざり合って
一つの文化を作り上げている様子を垣間見ることができた
あまり詳しい説明はできない
ただ 日本の仏像にはないつややかさがあった
なまめかしいとでも言おうか・・・・・
とてもおおらかな感じのする仏像たちだった










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2011年10月11日
玉三郎
玉三郎を観に日比谷に足を運ぶ
劇場は日生劇場 懐かしい劇場だ
母が越路吹雪が好きで その影響で
リサイタルがあるごとに 深夜からチケット取りに並んで
一番いい席を何枚も取って 母や友人と観に行った
今回は 旧知の友人のお茶のお仲間が
玉三郎と親戚筋にあるとのことで いい席が手に入った
頼んでいたわけではないが 転がり込んできたチケットだ
巷では 玉三郎のチケットはなかなか取りにくいほどの人気らしい
今回はご縁をいただいて ファンの方々にはもし分けないくらい いい席に着くことができた
今回の舞台はお芝居ではなく舞踏の公演で
演目は傾城と藤娘と楊貴妃であった
傾城は歌舞伎に登場する花魁の名場面集といったところ
藤娘は有名な舞踏である
傾城が華やかで妖艶なのは当然であるが
藤娘もまた 玉三郎の手のかかると色艶がひいでてくる
玉三郎の踊りは日本舞踏の枠を超えて「玉三郎の舞踏」である
だれにもまねのできない身のこなし 目つき・・・
特に指先と体の線のやわらかさは 芸術的である
楊貴妃は 荒俣宏の脚本らしかった
こちらも日本舞踊同様に 玉三郎でしか表現しえない世界だった
日本舞踊には見られない開脚を巧みに使った独特の振り付けには
身震いしたくなるような美しさに 思わず身を乗り出して見入ってしまった
玉三郎の大ファンというわけではないのだけれど
若いころから歌舞伎に興味を持って観てきて慣れ親しんだ舞台である
やはり 歌舞伎の独特の華やかな世界に浸るのは楽しかった
でも 舞踊もよいけれど やはりお芝居がおもしろいかな・・・
セリフ回しや かの役者との絡み具合など お芝居の玉三郎を観たいなと・・・
はりのある美しい声の持ち主でもある
特に揚巻などの啖呵を切るようなきっぷのいいセリフ回しを
新しくなる歌舞伎座で 必ず聞きに行こうと思った次第である
劇場は日生劇場 懐かしい劇場だ
母が越路吹雪が好きで その影響で
リサイタルがあるごとに 深夜からチケット取りに並んで
一番いい席を何枚も取って 母や友人と観に行った
今回は 旧知の友人のお茶のお仲間が
玉三郎と親戚筋にあるとのことで いい席が手に入った
頼んでいたわけではないが 転がり込んできたチケットだ
巷では 玉三郎のチケットはなかなか取りにくいほどの人気らしい
今回はご縁をいただいて ファンの方々にはもし分けないくらい いい席に着くことができた
今回の舞台はお芝居ではなく舞踏の公演で
演目は傾城と藤娘と楊貴妃であった
傾城は歌舞伎に登場する花魁の名場面集といったところ
藤娘は有名な舞踏である
傾城が華やかで妖艶なのは当然であるが
藤娘もまた 玉三郎の手のかかると色艶がひいでてくる
玉三郎の踊りは日本舞踏の枠を超えて「玉三郎の舞踏」である
だれにもまねのできない身のこなし 目つき・・・
特に指先と体の線のやわらかさは 芸術的である
楊貴妃は 荒俣宏の脚本らしかった
こちらも日本舞踊同様に 玉三郎でしか表現しえない世界だった
日本舞踊には見られない開脚を巧みに使った独特の振り付けには
身震いしたくなるような美しさに 思わず身を乗り出して見入ってしまった
玉三郎の大ファンというわけではないのだけれど
若いころから歌舞伎に興味を持って観てきて慣れ親しんだ舞台である
やはり 歌舞伎の独特の華やかな世界に浸るのは楽しかった
でも 舞踊もよいけれど やはりお芝居がおもしろいかな・・・
セリフ回しや かの役者との絡み具合など お芝居の玉三郎を観たいなと・・・
はりのある美しい声の持ち主でもある
特に揚巻などの啖呵を切るようなきっぷのいいセリフ回しを
新しくなる歌舞伎座で 必ず聞きに行こうと思った次第である
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at 21:32 - | 目の愉しみ(映画・観劇など)
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