ストリート・ロックの時代

 はじまりは1975年。ブルース・スプリングスティーンが「明日なき暴走」で打ち出した「STREET」「都会(まち)」の匂いのするロック。当時の日本のレコード会社は「ストリート・ロック」と銘打っていた。  スプリングスティーンと歩調を合わせるかのように、ビリー・ジョエル、トム・ぺティなど都会を歌う才能あふれるロッカーが次々と現れたのがこの時代だ。  また、この頃、映画の世界ではロバート・デ・ニーロやスタローン、日本ではショーケン、松田優作など「都会型アンチ・ヒーロー」が現れ、それとストリートロックは完全にシンクロしていた。  日本では80年代に入ると、佐野元春、浜田省吾、尾崎豊などがストリート・ロックのスタイルをまといブレイクを果たした。  ワイルドで、でもほのかにロマンティックで、愚直で、でも粋な、ロックンロール。また、社会的敗者である若者が都会の夜のなか一瞬だけ夢を見る、という”儚いヒロイズム”を内包している音楽。それがストリート・ロック。 (筆者:堀克巳 from VOZ Records)

 ロイ・ビタン、マックス・ワインバーグ、ゲイリー・タレントが参加!

 彼の在籍していたモット・ザ・フープルの、ワイルドでソリッドなロックンロール・スタイルは、”ストリート・ロックの兄貴分”と呼んでもいいと僕は常々思っている。

 モット・ザ・フープルの前身バンドのメンバー募集のオーディションで、ボブ・ディランの歌を歌ったという彼は、調べてみてびっくり!ディランよりも2歳年上、今年で79歳とのこと(モットに参加した時にはすでに28歳。歳を誤魔化していたらしい、、)。2015年に初来日公演を行い、16年にはニューアルバムをリリースし、全く衰え知らずだ。

 今回このアルバムをピックアップした理由は、何と言ってもE.STREET BANDのロイ・ビタン、マックス・ワインバーグ、ゲイリー・タレントの3名が参加していること。しかも「闇に吠える街」と「ザ・リバー」の間の1979年だから、タイミングとしても最高だ。

 主要メンバー3人が参加しているのに、スプリングスティーン・ファンからこのアルバムがあまり注目されなていないのは、スプリングスティーン風な曲があまりないからだろう。

 シングルで小ヒットとなった(全米68位。彼唯一のTOP100入り)「Just Another Night」はあからさまなくらいにストーンズ風だし(奇しくもミック・ジャガーが同じタイトルで1985年にシングルを出している)、半年後にバリー・マニロウがカバーして全米9位まであがっている「Ships」は綺麗なバラードだ。

 だが「Wild West」のリズム・パターンには、翌80年にリリースされたボスの「ハングリー・ハート」につながるものを感じるし、オハイオ州クリーブランドの地元スポーツチームのアンセムになっているという「Cleveland Rocks」は、スプリングスティーンが主題歌を書いた映画「愛と栄光への日々(Light Of Day)」(1987年)のサントラに収録されていて、繋がりはなくもない(微妙、、)。

 しかし、2009年にリリースされたこのアルバムのデラックス・エディションのボーナス・トラックにはとっておきのものがあった。

 「Just Another Night -Early Version」!

 これはもう、”まんまスプリングスティーン”。

 歌声が違っていたら、「The Promise」か「Tracks」に入っててもおかしくないレベルだ。シングルになった「Just Another Night」とは全く別曲だと言っていい。
 ”これはあまりに、まんま、じゃないか”ということで変更されたのか、”メンバーも揃ってるからスプリングスティーンっぽくやってみよう”というあくまで余興的なものだったのか、真意はわからないが。

ともかく、スプリングスティーン好きは必聴。







 Early Versionの映像はさすがになかったので、、


「Ships」オーケストラと共演。この人、ジム・スタインマンとやってもよかったんじゃないだろうか?
今さらだけど。




 

 このブログにコンサート告知のコメントをいただいたことのあるキーボーディストの板倉雅一さん。 彼自身が参加した作品をアナログ盤で大音量で聴きながら そのエピソードを語るというイベントがあるというのを知って「彩の国さいたま芸術劇場小ホール」まで出かけた。

 主催は、アナログ盤をレーザーで読み取るというレーザー・ターンテーブルを販売しているエルプという会社。

 いきなりオープニングで、板倉さんの発案だったという浜省のバンド名「THE FUSE」の元となったジャクソン・ブラウンの「THE FUSE」がかかり、本編では、やはり板倉さんなので浜省ものが半分以上だったが、甲斐バンド、佐野元春、尾崎豊の曲もかかり、”日本のストリート・ロック四天王”の作品が揃い踏みとなった。

 例えば、佐野元春のデビュー盤「Back To The Street」の「夜のスウィンガー」「ビートでジャンプ」「Please Don't Tell Me A Lie」「Back To The Street」のキーボード、尾崎のデビュー盤「十七歳の地図」の「15の夜」「僕が僕であるために」のハモンドオルガンを彼は担当していて、日本のストリート・ロックが形成される過程で、本当に大きな貢献をされた人なのだと再確認した。


 このイベントで個人的に特に印象に残ったのは、甲斐バンドの「翼あるもの」と「最後の夜汽車」のライブ・テイク。正直、今まで甲斐バンドの曲でピアノに耳が行くことはほとんどなかったのだけど、あらためて聴くと、板倉さんのプレイが曲の情感を際立たせてすごくよかった。浜省以前にすでに、板倉節(?)があったのだなと発見できた。

 浜省の作品については、初期の「演奏旅行」「さよならの前に」から板倉さんアレンジによる有名曲「もうひとつの土曜日」「J.BOY」へと時間軸に沿って紹介されたので、洋楽の演奏の手法を取り込もうと模索しているところから、だんだんとオリジナルな堂々たる浜省サウンドが構築されていく過程を知ることができた。

 彼のピアノの特徴は、決して「鍵盤で歌わないこと」だ。まるで歌メロのようなメロディアスなフレーズで目立つキーボーディストもいるが、彼はあくまでも歌の情感がしっかり前に出るよう背後で演出することに徹している。技巧を見せつけようとしない。フレーズを押し付けてこない。決して目立つことなく、でも音楽的に大きな貢献をしている。まさに”音楽職人”というなのだろう。

 そして、なんといってもロックなので、情感がありながらもリズムも良くなければいけない。特に、ストリート・ロックは、ロックンロールとエモーショナルでドラマチックな音楽を両立させているジャンルだ。どちらかに偏ってはいけない。そのバランスが絶妙だ。そして、ストリート・ロックはフロント・マンのヒロイックさを際だたせることもすごく大事だ。

 そういう意味でも、板倉さんはそういう「理想のプレイ」ができる人だったのだ。間違いなく。


 さて、そのイベントで一人だけ僕の知らないアーティストの曲が紹介された。
 石渡長門(いしわたながと)さん。ご本人も会場にいらしていた。

 佐野元春が1989年に監修したオムニバス・アルバム「mf VARIOUS ARTISTS Vol.1」に入っていたというから当時聴いたはずなのだが覚えていなかった。ハートランド+板倉さんという”夢のバンド”で録音されたという収録曲の「Rumblin' Around」はサウンド、歌詞共に”コッテコテ”のストリート・ロックだ。ただ、89年ということを考えると、かなり”遅れてきた”ストリート・ロッカーだと言える(僕自身1989年頃はストリート・ロックはほとんど聴かなくなっていた)。

調べてみると、彼は1962年生まれ。スプリングスティーンの「ザ・リバー」を敬愛していて、80年代に板倉さんともデモを作っていたようだが、1990年には音楽業界から身を引いている。もちろん理由は知る由もないが何か個人的な事情があったのだろう。ただ、ストリート・ロック的なものが商業的にフィットしなくなってきた時代だったのは間違いない。しかし、彼は2008年から18年ぶりに音楽活動を再開、板倉さんプロデュースでアルバムも出し、近々板倉さんサポートでライブもやるという。

 ちょうど、先週田中ミツルさんの東京でのライブを見て相変わらずその気迫ある歌唱にグッときたのだが、石渡さんも同い年くらいだろう。彼もまた、20代で燃焼しきれなかった思いが強く残っている方なのかもしれない、とも思った。
 


 「最後の夜汽車」多分、板倉さんじゃないかと、、(違っていたらごめんなさい!)


 石渡長門さん



 

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