ストリート・ロックの時代

 はじまりは1975年。ブルース・スプリングスティーンが「明日なき暴走」で打ち出した「STREET」の匂いのする都会(まち)ロック。当時の日本のレコード会社は「ストリート・ロック」と銘打っていた。  このブログは”50年代のエルヴィス・プレスリーのように、70年代半ば以降のロック・シーンにスプリングスティーンを置いてみるという試みで、その見取り図のようなものだ。  また、佐野元春、浜田省吾、尾崎豊の「御三家」を核とした日本のストリート・ロックについても検証したい。  そして何より、70年代のスプリングスティーンは、ロバート・デ・ニーロやスタローン、日本のショーケン、松田優作などとも同じ匂いのするアンチ・ヒーロー的ヒーローだった、ことを強調したい。  ストリート・ロックとはロックンロールとそんな時代特有の”ヒロイズム”がわずかな間手を結んでいた、そんなジャンルだ。それは、社会的敗者である若者が都会の夜のなか一瞬だけ夢を見る、という儚いヒロイズムであったのだが、、、。 (筆者:堀克巳 from VOZ Records)

 セックス・ピストルズを結成するアイディアの元だったと言われているニューヨーク・ドールズ。
 パンク・ムーヴメントのルーツとしても知られているわけだが、このブログで取り上げているストリート・ロッカーたちとも繋がりがあり、デヴィッド・ヨハンセンやジョニー・サンダーズのソロ作品もここで紹介してきた。

 が、ドールズのメンバーの中で、最も音楽的にストリート・ロックと共鳴していたのは、このシルヴェイン・シルヴェイン、だった。(今頃気づきました。勉強不足でした、すみません!)

 ドールズの中では”第三の男”だったわけで、ストーンズで言うならロン・ウッド、本人はかつてインタビューで”ドールズのジョージ・ハリスン”と冗談まじりで言っていたことがある。

 ジョージもロンもそうだが、第三の男の宿命として、バンドの中で自身の個性を全面に出せず、その本領はソロの作品によってはじめてベールを脱ぐことになるのだが、シルヴェインもまたこの初めてのソロ・アルバムでようやくその才能を炸裂させている。
 
 さて、ストリート・ロックの最大のルーツはエルヴィス・プレスリー(スプリングスティーンもトム・ペティも最初に受けた衝撃はプレスリーだ)である。
 そして、シルヴェインもプレスリーに最大の影響を受けていいて、他にもリッチー・ヴァレンス、バディ・ホリー、シャングリラス、ロネッツなど、ドールズでは思う存分には出せなかった自分の好きなスタイルのロックンロールをここで全開にしている(こういうルーツは、パンクよりストリート・ロッカーたちと共通点が多い)。

 1970年代後半にロックンロール・リバイバル・ムーヴメントがあったことはこのブログで何度も強調してきたけれど、その中でもこれは屈指の傑作だと僕は思う。

 ニューヨーク・パンクの都会的で危険な匂いを纏いながら、パワー・ポップやパブ・ロック的なオーセンティックなロックンロールをやると、それはすなわち”ストリート・ロック”になる。
 (なるほど、そういうことだったのか、と、このアルバムを聴きながらいまさらながら僕は妙に納得してしまった)

 彼のプロフィールからしても、当時はパンクを愛好する人たちのみに認知され、パンク好きの耳にはポップでオールディーズっぽ過ぎると思われたはずだ。結果、知る人ぞ知るアルバムとして今に至る、これは残念な事だ。なので、僕は、ストリート・ロックの傑作としてあらためて強く推薦したい。

 注目したい曲は「14th Street Beat」。これは先日、ガーランド・ジェフリーズの来日インタビューの企画で彼が選ぶストリートロック15選にも選ばれていて、ジョニー・サンダーズも取り上げている、ドールズのファンにも知られている曲だ。

 曲に電車の音や車内のアナウンスがSEっぽく入ってくるのだが、調べてみるとニューヨークの14丁目は地下鉄の駅があるところだ。マンハッタンのストリートの中では広い通りで、ユニオンスクエアの南側、グリニッチヴィレッジやウェストヴィレッジにも近い。ビリージョエルの52th Streetとは相当様相が違うはずだ。若くて貧しいアーティストやミュージシャン、パンクたちも集うエリアだったのだろう。当時のストリートの生のリアルな空気感がこの曲から時を超えて今でもダイレクトに伝わってくるようだ。

 アルバムのプロデュースは、 シルヴェイン本人と、ランス・クウィンとトニー・ボンジョヴィ。トニーは名字でわかる通り、ジョン・ボンジョヴィの従兄弟で、80年代洋楽ファンだったら誰もが耳にしたことがある有名なレコーディング・スタジオ「パワー・ステーション」の経営者でエンジニアだった人。ランスとトニーのコンビはボン・ジョヴィのデビューアルバムをプロデュース(ランスはセカンドも)している他、トーキング・ヘッズのファーストなどを手がけている。またトニーはラモーンズの「リーヴ・ホーム」「ロケット・トゥ・ロシア」も手がけている。
 もちろん、このアルバムもニューヨークのパワー・ステーションでレコーディングされている。



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 スプリングスティーンが「ローリング・ストーン」誌で、トム・ペティへの思いを語っている。それが、先日彼がSNSで発表した追悼コメントを具体的に説明するような内容になっているので、ここでも一部を是非紹介したい。

「トムは僕と同じ世代だ。僕たちはロックンローラーとしても同じ年代だ。だから、そういうやつら(ロッカー)をとても近い存在に感じるんだろう。その中で今も生き残っているやつはそう多くないし。僕はトムとハートブレイカーズにリアルな親近感を感じている。僕たちはだいたい同じ頃にキャリアをスタートさせた。同じような影響をたくさん受けた。その影響を、僕たちは若干違う方向性で形にしたわけだけど、重なり合う部分もまだすごく多くあった。彼には偉大なバンドがあって、とても長い間一緒に活動し、ギタリストのマイク・キャンベルとは特別な結びつきがあった、僕が自分のバンドメンバーと持っていたような特別な結びつきがね」 

   スプリングスティーンもトムもバー・バンドとしてカバー曲をやったりするハードな経験から、自分なりのソングライティングを身につけていったということについて

「今の時代ではもはや起こりえないような、オールドスクールなやり方だ。それは確かな親近感を与えてくれる。お互いに会えば、たくさんの同じような経験、失望、成功を共有していることがわかる。彼と過ごした時の記憶はとても愛おしいものだ。僕たちがカリフォルニアを離れてからは、滅多に会うことはなくなったけれど、会った時は長く離れ離れになっていた兄弟にばったり出くわしたような気持ちになった。パティと僕は打ちひしがれている。彼を失くすことなんて、想像もできないことだったから。」

  "あなたはトムの音楽的な違いをどう表現しますか?"という質問に関して

「トムは偉大な古典主義者だ。彼はクラシックなロックの様式を徹底して忠実に追求していた。僕の場合はそこから少し違う方向に持っていった。ハートブレイカーズの魅力的でエキサイティングなところはフォーマリズム(訳すと形式主義、になるけれど、バンドとしての「型」を極めている、というようなことだろう)
60年代の偉大なロックバンドに近いんだ、ビートルズとか。ギターバンドなんだ。そこが僕がすごくうらやましいと思っていたところだ。それは、僕が自分のバンドでギターを前面に出そうとしたけどまったくうまくいかなかったから。でも、彼らは本物のギターバンドだよ。
 そして、音楽は見事に書かれていて、見事に構築されている。
 彼はロックの古典を理解する耳を持っているんだ。でも、彼の姿勢やパーソナリティ、視点がそこに現代的な切り口を与えている。」

   トムがかつて「破壊」の頃にレコード会社と法的トラブルになった時に、スプリングスティーンからとても励まされるアドバイスをもらったと語っていたことについて

「僕も同じような経験を乗り越えてきたから(1976〜77年の当時のマネージャー、マイク・アペルとの訴訟問題)。僕にはいつも確かに言えることが一つある。やつらはあれもこれも奪い去って行くけど、才能は奪えないんだ。作り出す音楽は奪えない。どんな夜もステージに向かって歩き出し、会場が照らし出される、そういう事実は誰にも奪えないんだ。それが僕たちにとって最も価値あるものじゃないか?それはかけがえのない贈り物だ。それ以外のものはいずれ選り分けられてゆくものだ。その時は痛みを伴うかもしれない。でもやがて物事はそうなるべき方向に進み、トップに立つことができるだろう、なぜなら君はマジックを手にしているから。やつらはマジックを奪うことはできないんだ。」

   トムのどのアルバムが好きかとい質問にはまずジミー・アイオヴァインと作った「破壊」をあげ、オフビート(彼の本来のスタイルからちょっと外れたもの)なものも好きだと前置きして「サザン・アクセンツ」と「ワイルド・フラワー」をあげている。

  インタビューの最後で記者が、彼とトムに他に共通するものとして、ジミーアイオヴァインの名を挙げ、スプリングスティーンとトムがその時代の他のどのアーティストよりも、並行する道を歩んでいたと思う、と述べると

「僕はいつもそういう風に感じていたよ。僕たちはいつもお互いのことを意識し続けてきたんだ。」と答え、"競争意識を持ってですか?友好的な意味で、、"と聞かれると「もちろん、友好的に、そして、競争意識を持って。(笑)それがミュージシャンというものだ」と結んでいる。

  このインタビューで興味深かったのは、スプリングスティーンがギターバンドのスタイルを極めたトムとハートブレイカーズに対してうらやむ気持ちがあって、自分はE.STREET BANDでギターを前面に出そうとしたけどうまくいかなかった、と語っているところだ。  このブログの「破壊」の記事で、80年代後半からスプリングスティーンがギター・ロック路線になっていったのを「トム・ペティ化」と僕は表現していたのだが、意外に核心を突いていたようだ。それから、彼の一番好きなアルバムが「破壊」ということは、僕のもうひとつの仮説、「ハングリー・ハート」は「危険な噂」に触発されたのじゃないか?というのもあながち的外れでもなかったりして、、、。  
    ともかく、「ストリート・ロック」のヒーローから「アメリカン・ロック」の国民的なアイコン的存在にまでなった両雄は、お互いを意識し合うことが成長に繋がり、息長く活動出来たひとつの要因にもなったのかもしれない。


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