スプリングスティーンの成功のおかげでソロのロックンローラーがメジャー・デビューしやすい状況になったという良い点もあるが、何かにつけて比較される宿命も同時に背負うことになった。その高いハードルを克服できた、数少ないサバイバーの代表が彼だろう。(そして、今度は彼が成功したことにより、ハンサムだけどワイルドな感じのロック・ボーカリストが80年代後半に次々とデビューすることになる。)

 このアルバムは実際に彼の出世作となったものだ。
 バラードの「フロム・ザ・ハート」がロングセラーになり全米トップ10ヒットとなった。僕もこの曲を佐野元春のラジオ番組ではじめて聴いてすごく気に入った。実ははじめての日本公演(渋谷公会堂)にも僕は行っている。客席は満員ではなかったが、ステージもシンプルで飾りっ気はなにもなかったが、ストレートなロックンロールでぐいぐい押してくる気持ちのいいライヴだった。

 ブレイクする以前にはスプリングスティーンも物真似だと批判されたこともあったようだ。だが、僕は両者はかなり違っていると思う。まず、彼の最大の魅力はハスキーでパワフルなヴォーカルだ。スプリングスティーンはヴォーカリストとしての天分がないことをずっと自覚していて、それを克服するために全方位的にスキルアップさせてきたと言っている。それに対して、彼にはボーカリストとしての天分がある。ただし、ハスキーでしかも十分な声量のある彼は、ストリート・ロッカーっぽいルックスを持ちながら、当初からフォーリナーやジャーニー(当時は一部から産業ロックとも呼ばれていた)などの前座をやるなど、メジャーなハードロックとの接点があった。

 それから、もうひとつの彼の武器は職業作曲家からキャリアを始めたというある種器用なソングライティング、特にメロディーメイカーとしての才能だ。「ヘヴン」や「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」などのスプリングスティーンは美しいパワーバラードは書けない(書かない?)。そして、ソングライターとしては後に、数々の映画の主題歌のバラードの大ヒットをとばした。成功とともに当初のオーセンティックなロックンロールからどんどん離れていってしまった。そこに彼なりの苦悩もあったはずだ。

 ボーカリストとしてもソングライターとしての能力もありルックスがいい、売れる要素を兼ね備えた人なのだ。
 このアルバムは、当時がんがん成長していた彼の才能がバランスよく発揮されているものだと思う。なによりも青春期にしか出せない、胸の奥が切なくなるような「何か」が作品全体からにじみでてくる。壮快でありながら、どこか儚い。この後は、きっともう「成熟」しかない。
 
 それから、アルバム最後に「明日を信じて」というバラードがあるのだが、この曲は彼と同じカナダ出身で、プレイメイト(「プレイボーイ」誌のヌードモデル)から女優として成功しようとした矢先に夫から殺害されてしまった、ドロシー・ストラットンという女性に捧げられたものとのことだ。