2007年12月12日

サイン入りムック本のプレゼントのお知らせ!

サイン入りムック本のプレゼントのお知らせ!

幕末機関説いろはにほへとファンの皆様こんにちは!!
YYahoo!JAPAN週刊特集、いろは複製原画に続きビックなお知らせです!
絶賛予約受付中の完全限定生産品「いろはにほへと複製原画」。皆様もご存知のとおり
こちらは抽選で10名様に、キャラクターデザインのコザキユースケ氏と総監督高橋良輔氏のいずれかのサインがつきます。このサインの勢いにあやかって、ファンの皆様に日ごろの感謝の気持ちを捧げるべく、先行サインを頂きました!!ちょっと気の早いクリスマスプレゼントです!応募方法は下記の詳細ごらんください。

<本文> 
幕末機関説いろはにほへと 幕末活動絵巻物』をご購読いただいた方の中から、抽選でステキなプレゼントが当たります!!
総監督の高橋良輔氏&キャラクターデザインのコザキユースケ氏さらにチーフディレクター大橋誉志光氏のサイン本を5名様にプレゼント!
応募方法:官製ハガキに住所、氏名、クイズの解答を明記の上、下記住所までご応募ください。当選は発送を持って返させていただきます。
※ 応募するハガキは本書付属のアンケートハガキでも可。住所、氏名の記入欄がありませんのでご意見・ご要望の欄にご記入ください。
《住所》〒101-0054 東京都千代田区神田錦町3-19楠本第3ビル4F 『いろはサイン本プレゼント係』まで
応募締め切り:2008年1月31日消印有効
============
☆幕末機関説クイズ☆ 〜『幕末活動絵巻物』より出題〜
第1問:本書47ページで紹介されている登場人物は、「榎本武揚」「ジュール・ブリュネ」、そしてあと一人は誰?
第2問:版籍奉還後、主人公の秋月耀次郎が世界へ旅立ったのは何年何月? 本書51ページ掲載の年表を見てみよう!
============新紀元社
高橋大橋コザキ


irohablog at 20:52|この記事のURLComments(6)TrackBack(0)幕末 

2007年11月29日

幕末機関説 いろはにほへと ビッグニュース!至極の一品です。

幕末機関説 いろはにほへと ビッグニュース!至極の一品です。

みなさんこんにちは!
「幕末機関説いろはにほへと」Yahoo!JAPAN週間特集に続きさらにビッグニュース!!
多分これを逃したら二度とチャンスのないレア商品の紹介です!

 なんと、キャラクターデザインを担当したコザキユースケさん完全描き下ろしの「複製原画(ミストグラフ)」の登場です。

コザキユースケデザインの真骨頂がここにあります。この複製原画(ミストグラフ)は、いくつもの複雑な工程と厳しい品質チェックを経て作られております。長期にかけて鑑賞に堪えうる代物です。
 なんとのこ商品は、一般のお店では販売はしません!完全受注生産の一品です。まさに、いろはにほへと最終形態商品!これを期にぜひご購入を!

しかも今なら、2008年1月6日までにご予約の方に抽選で10名様に生サインが付きます。詳細は下記をご覧ください。
ぜひぜひチェックしてください!!



●複製原画 「幕末機関説いろはにほへと」
●発売日:2008年2月中旬予定
●価格:18,900円(税込み)
●仕様
本体:A4サイズ、額装フレーム:変形A3サイズ
額装済み複製原画(ミストグラフ)
●完全受注生産
●ご予約キャンペーン!
2008年1月6日(日)までにご予約のお客様から、抽選で10名様へ生サインが付きます!!
A:高橋良輔監督&キャラクターデザイン コザキユースケ先生のダブル生サインは3名様。
B:キャラクターデザイン コザキユースケ先生のみの生サインは 7名様。

※生サインの種類をお選びいただく事はできません。
※当選の場合は、お受取り商品に生サインが入ります。店頭・ホームページでの当選発表は行ないません。
※当選の場合も商品の代金は発生いたします。
※商品の発売・仕様などにつきましては変更・延期・中止になる場合がございます。
予めご了承ください。


ご予約はコチラで行なっています!! 「幕末機関説いろはにほへと」で検索してみてください!
全国のアニメイト
GyaOセレクトショップ
ムービックHPfukusei

2007年11月14日

「幕末機関説 いろはにほへと」まだまだ終わりません!期間限定大特集!!5

「幕末機関説 いろはにほへと」まだまだ終わりません!期間限定大特集!!5

「幕末機関説いろはにほへと」DVD第9巻が発売され、はや2ヶ月。秋の深まる11月みなさまいかがお過ごしでしょうか?
なんと今回はビックニュースがあります。11月といえば龍馬、坂本龍馬の生まれ、そして没した月。しかも今年は没後140周年なのです!
Yahoo!JAPAN週間特集では『週刊特集vol.37「没後140年 幕末の英雄、坂本龍馬を追う!』といった大特集が組まれ大変なことになっております。

 そう、坂本龍馬といえば、幕末を舞台にした「幕末機関説いろはにほへと」。本作主人公「秋月耀次郎」は坂本龍馬を守れなかった男として、登場します。彼は龍馬亡き後その意志を継ぎ、騒乱と混沌を巻き起こす「覇者の首」を追い求め旅立つのですが・・・・。この続きは見るしかない!さぁ!幕末思いを馳せてにいざ行かん!!


なんと、今回はインターネット限定アニメが期間限定で1〜5話無料!
しかも、全話パックもおトクな価格で視聴できる!
さらに、先着10名様に限り、DVD全巻セットが特別価格で買える!

期間:掲載期間:2007年11月14日〜2007年12月11日


■週刊特集vol.37「没後140年 幕末の英雄、坂本龍馬を追う!」


■いろはにほへとの特集ページ





2007年11月12日

設定紀行 出張編 日本カメラ博物館取材

設定紀行 出張編 日本カメラ博物館取材

前回の更新からかなり間が空いてしまいましたm(_ _)m
知人に「更新してないよ!」といわれ、慌てて更新中。
皆さん、すみません。。。
このサイトを見てくださっているファンの皆様に大感謝です!

さて、今回は個人的にも大好きだった第24話にまつわるエピソード。
蝦夷に死に場所を求めた土方歳三が、一本木関門にて戦死する場面が印象的な回でしたが、この回の冒頭で、土方が田本写真館にて写真を撮るエピソードがあります。
後年、市村鉄之助によって土方の生家に届けられたこの写真は、彼の雄姿を現代にも残す大変貴重な遺物となりました。

市村鉄之助に託された土方の写真

「土方の写真のエピソードを描こう」と決まった段階で、「日本カメラ博物館」のご協力の元、取材をさせていただきました。

これが“ダゲレオタイプ・カメラ”後ろはこんな感じ

これが当時使われていた「ダゲレオタイプ・カメラ」です。
土方たちを写したカメラもこのタイプに間違いないとのことでした。

そもそも、カメラの歴史は古く、その起源は「紀元前」まで遡ります。
その頃のカメラは、壁に穴を開けだけの暗い部屋でした。穴から差し込んだ光が、反対側の壁に反転した景色を映すという、この発見がカメラの始まりでした。
ダゲレオタイプ・カメラは木箱でその部屋を小型化、代用した物です。

中は空洞になっていて、複雑な仕組みはありません。


この原理は我々が現在使っているカメラと今でも変わらないとのことです。
(最近はその構造がデジタルに変換されただけとのことです)
この箱にネガとなるガラス板を挟みます。

ガラス板に薬品を塗布し、これを差し込んでレンズキャップを外す。すると、レンズから像を写した光がカメラ内部に差し込み、ガラス板を感光させるわけです。このガラス板がネガとなります。

この撮影には数分かかり(天候などの露光状態にもよります)、被写体となる人物はその間じっとしていなければなりませんでした。
“しぼり”を差しこんで露光を調整しました。

この頃撮影された被写体の人物が座っていたり、机などにもたれ掛かっているのは撮影中のブレを防ぐためです。
これで後ろから首を固定したこともありました。

土方の写真を撮影した箱館の写真家・田本研造は、他にも榎本武揚を始め多くの蝦夷共和国幹部の写真を後世に残しております。
蝦夷共和国の幹部たちは最期の決戦を前に、自らの遺影を残そうと無意識の内に思っていたのかもしれません。
当時の撮影風景。撮影は天気のいい日の野外で行われました。

彼らの写真は、時代を超えて、100年以上経った今も私たちにその雄姿を残そうとしていると思うと、写真というものの偉大さを感じました。

土方歳三を始め、維新に散って行った志士たちの写真を見る機会がありましたら、是非、このカメラにまつわるエピソードを思い起こしていただけるとありがたいです。

それでは、今回の講義はこの辺で。


関口敦彦(設定制作/サンライズ)

2007年09月25日

9月25日!「いろはにほへと」公式WEB 設定紀行 最終回更新です!

9月25日!「いろはにほへと」公式WEB 設定紀行 最終回更新です!

いろはにほへと設定紀行 最終回の更新はなんと!『キャラクターデザインについて』です。
しかも今回は、キャラクターデザインを行ったコザキユースケさんに質問直撃です!主要キャラができるまでの道筋とそのラフを堂々公開です。
 コザキユースケデザインの真骨頂がここにあり!
最後のいろは紀行更新です、読み応えありのその内容!ぜひぜひチェックしてください!!

2007年09月16日

設定紀行 出張編 仙台・松島取材

設定紀行 出張編 仙台・松島取材

だいぶ間が空いてしまいました。
残暑が続く今日この頃、いかがお過ごしでしょうか?

横浜、江戸を舞台に描かれていた物語も、「覇者の首」が榎本武揚に憑りついた物語中盤から、舞台は宇都宮、仙台へと移りました。
それに伴い、東京での資料集めに限界を感じた私は一路、仙台へと向かったのでした。

慶応四年8月19日、品川沖を出奔した、榎本武揚率いる旧幕府艦隊は、同月26日に仙台領東名浜に姿を現しました。
当時、奥羽越列藩同盟を結び、薩長に対し最後まで抵抗しようとしていた旧幕府軍と合流するためでした。
軍議が開かれていた仙台城にて、土方歳三と榎本武揚はこの席で初めて出会ったといいます。(劇中では、榎本の名代として蒼鉄が参加していましたが…)
仙台の礎を築いた“伊達政宗”

当時の様子を知るべく、仙台市博物館、青葉城資料展示館にご協力いただき当時の青葉城、城下町などの取材をさせていただきました。その成果は劇中で是非、お確かめください。

塩竈から連絡線に乗って44分。一路、仙台藩の造船所(ドッグ)があった寒風沢島へ。
寒風沢島の遠景寒風沢の桟橋

人口450人のコンビニも無い大自然に囲まれた島をゆったりと散策して廻りました。
(夏だったので気持ちよかったです)
旧幕府艦隊が寄港した当時、松島の寒風沢(さぶさわ)には仙台藩の造船所がありました。榎本艦隊は、ここで修理を行ったといわれています。
寒風沢造艦の碑

島には、仙台藩の砲台跡地も残っていました。
砲台場跡地からの眺め

山道で蛇に遭遇すること4回。その上、朽ちた看板の錆びた釘を踏み、破傷風の恐れありとのことでその後病院通い(実話)なんてこともありましたが、とても気持ちのよい島だったので、今度は観光で来たいと思いました。

その後は、芭蕉もその美しさに絶句したという松島へ。
美しい松島湾の島々

実は斎念和尚の「龍巌時」は、このとき取材した「五大堂」を参考にして美術監督さんに描いていただいたのでした。
松島 五大堂の遠景実は龍巌寺のモデルでした。

こうして、1泊2日の強行軍で行った仙台・松島取材でしたが、お陰で、その成果は16話、17話に見事に反映されたと思います。皆様も是非、DVDでご確認ください。

松島取材 完了!

それでは、今回の講義はこの辺で。


関口敦彦(設定制作/サンライズ)

2007年08月29日

設定紀行 出張編─^貂造良雋錣砲弔い

設定紀行 出張編─^貂造良雋錣砲弔い

久しぶりの更新となってしまいました。
全国的な猛暑となりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
さて、公式ページにて連載中の「いろはにほへと設定紀行」が更新されましたので、是非そちらもご覧ください。
今回は、その「設定紀行」の中で書ききれなかった「キャラクターたちの武器」について補足をさせていただきたいと思います。

一座の武器
「仇討ち」を本懐とする一座のメンバーたちには、初期段階から武器を持たせることが決定していました。しかし、蒼鉄以外は「武士」ではないので、彼らには帯刀が許されていませんでした。(当時、町人でも脇差しくらいの長さの刀ならば帯刀する事が許されてはいたようです)
旅芝居を続ける彼らが持っていても怪しまれない武器は何か?
我々は彼らの性格なども考慮しながら、各々の特徴的な武器を設定したのでした。

恵比須の頭巾の武器;車輪刃、カギ爪
中居屋重兵衛の放った暗殺者によって、生家を焼き討ちされた赫乃丈。当時、丁稚であった恵比須もこの事件に巻き込まれます。そのとき、全身を焼かれた彼の怒りは、十年以上経っても消えることはありませんでした。その憎しみと怨みの念を表現するためにも、「恵比須の武器はえぐい奴にしよう」と大橋チーフディレクターからの要望があり、それをコザキ氏が見事に表現してくれたのが、下の武器です。
恵比須の武器“車輪刃”“カギ爪”その先端には「返し」があり一度刺さると容易には抜けないのだった

「楽には死なせねぇ」と語っていた恵比須の怨みの伝わってくる禍々しい武器ですよね。(^^;)
第13話においては、彼が放ったこの武器が仇敵・中居屋を捕らえたのでした。
恵比須の放った車輪刃が船もろとも中居屋を縛りあげた


不知火小僧の武器;煙管(吹き矢
劇中では描写がほとんどなされなかった不知火の武器ですが、実は彼にも専用武器の設定がありました。「元は武士の家の出身だったが、武士の行き方に嫌気が差して、刀を捨てて世捨て人のような生き方をしている若者」という設定だったので、刀は使わないだろうという話になりました。ひょろっとした体躯なので、刀を振り回すこともなく「後方支援」的な武器として考えたのが、この吹き矢の仕込まれた「煙管」でした。
不知火愛用の煙管実は“吹き矢”になるギミックも設定されています。

しかし、この煙管。尺の都合からカットされることが多く、とうとう最後までそのギミックが描かれることはありませんでした(T-T)。
しかし、「仇討ち」のシーンでは、やはり煙管だけだとアクションにインパクトがないので、結果的に不知火はよく抜き身を振り回しております…(^^;)

案山子の恵信の武器;手甲
巨漢の恵信。まさに「己の肉体が武器」の彼には、琉球空手の使い手という設定もあり、その拳の強化・防護を考慮して鉄製の「手甲」でいこうという話になりました。
先の3つのスパイクはコザキさんのアイディアだったのを記憶しています。
(こんなので殴られたらひとたまりもありませんよね…(^^;))
恵信の武器“手甲”その拳はまさに“鉄拳”


一番悩んだのが座頭の武器でしたが、牧氏に確認したところ、当時の町人でも脇差しくらいの刀は持てたというお話でしたので、座頭には不知火ともども短刀を持たせることになったのでした。
(当初は「拍子木」をヌンチャクに使う。なんて案もありました(^^;))

公式ページ連載中の「いろはにほへと設定紀行」の更新も来月で最後となりました。
皆様、是非そちらの方もご覧くださいませ。
ブログの方も、まだまだ取材秘話を掲載していく予定ですので、こちらもお見逃し無く!

それでは、今回の講義はこの辺で。


関口敦彦(設定制作/サンライズ)

2007年08月17日

第1話をもう一度

第1話をもう一度

いろはファンの皆様、こんにちは。

番組の終了から数ヶ月…いかがお過ごしでしょうか。



突然ですが…
「幕末機関説 いろはにほへと」第1話を久しぶりにGyaOで開始致しました!!
当然無料ですので是非ともお楽しみ下さい。


GyaOのバンダイチャンネルコーナー
視聴はこちら!

1話を見ると…続きをドンドン見たくなってしまうのでご注意下さい!




夏季休暇って…いつあるんですか?
相島(GyaO編成局 番組編成部@USEN)

2007年08月06日

設定紀行 出張編А‐緻邯園

設定紀行 出張編А‐緻邯園

夏到来!
東京も梅雨明けし、猛暑な日々が連日続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
公式ページの「いろは設定紀行」も更新されておりますので、是非そちらもご覧くださいませ。北海道での取材秘話と写真を公開しております。
公式ページは、まだまだ更新していきますのでお見逃しなく!(^^)

さて、今回は「いろは」第9話〜10話で登場した、上野の寛永寺と彰義隊のお話。
寛永寺はもともと徳川家の菩提寺で、大政奉還により政権を返上した将軍・徳川慶喜が自ら謹慎した場所でした。
現存する寛永寺清水観音堂

しかし、政権を返上するも薩長の攻撃は止まらず、鳥羽・伏見の戦いを皮切りに、江戸総攻撃に向けて進撃が開始されます。
勝海舟や山岡鉄舟らの尽力により江戸城は無血開城され、江戸総攻撃は回避されましたが、これに反発する旧幕臣たちは、慶喜が水戸に蟄居すると、上野の寛永寺に立て篭もり篭城戦を開始したのでした。
立て篭もる彰義隊士たち(第10話)

立て篭もった「彰義隊」の攻防は凄まじく、薩長軍が手をこまねいたのは劇中でも描かれております。そして、加賀藩上屋敷(現・東京大学構内)に設置された備前藩の新型兵器「アームストロング砲」により戦局は一変します。
その砲弾は不忍池を飛び越え、寛永寺の吉祥閣に命中。形成は逆転し、「彰義隊」は敗走を余儀なくされるのでした。
現在の不忍池。砲弾はこの上を飛び越えました。

激戦地となり、多くの戦死者を出した上野公園には現在「彰義隊の墓」が残されております。
「彰義隊」は賊軍とされ、彼らの死体を葬ることは禁じられておりましたが、見かねた新門辰五郎らによって埋葬されたと伝えられています。
ひっそりと佇む彰義隊士の墓

上野戦争の最大の激戦地であった黒門攻撃に当たった薩摩藩の陣頭指揮に着いた西郷隆盛は、その後、明治政府の参議となりますが、征韓論に敗れ、西南戦争にて自害します。
そして、明治31年。彼の偉業を称え、上野公園に西郷隆盛の銅像が建てられました。
西南戦争から21年後のことでした。
西郷隆盛の銅像。“ウサギ狩り”の姿は有名

やがて上野山は公園として市民に解放され、桜の名所となりました。
現在でも、休日には多くの方々が訪れています。
ファンの方ももし立ち寄られた際には、彰義隊、そして西郷隆盛、戦いあったふたつの碑が建ち並ぶこの地に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

それでは、今回の講義はこの辺で。


関口敦彦(設定制作/サンライズ)

2007年07月25日

設定紀行 出張編Α^ε羶声辧陛豕)

設定紀行 出張編Α^ε羶声辧陛豕)

夏休み突入!
皆様いかがお過ごしでしょうか?
南の方では梅雨明けが宣言されたとのことですが、東京もそろそろでしょうか?
さて、今回もいろいろと廻ってきましたので、ご紹介したいと思います。

今回ご紹介するのは、東京都港区にある「愛宕神社」。
新橋駅から歩くこと15分。家康公ゆかりの地であるこの神社も、実は幕末に深い関係のある場所です。
港区にある愛宕神社
劇中の愛宕神社は当時の写真を元に再現しました。

前回の講義の中でもお話しました、高輪薩摩屋敷での会談の後、勝海舟と西郷隆盛は愛宕山にある愛宕神社に登り、眼下に広がる江戸の町を見ながら、この地を焦土としてはいけないと再度確認しあったといいます。
愛宕神社を参拝する勝と西郷(第8話)


愛宕神社を象徴する物は、なんといってもこの石段。
「出世の石段」と称されるこの石段は、86段もあり、かなりの急勾配!
「出世の石段」さて、そのご利益はいかに??
その昔、将軍・徳川家光の命令でこの石段を馬で登った侍が、家光公に「日本一の馬術の名人」と称されたことから、そう呼ばれているそうです。
私も登ってみましたが、歩くだけでも目がくらむほどなのに、馬で上り下りしたとは…。

標高25.7mのこの神社は、幕末当時は展望台として庶民たちの憩いの場でした。
境内には多くの茶店が並び、江戸の人々はここから見える江戸の街並みを眺望したといいます。今のような高層ビルのない時代でしたから、遠く東京湾まで見渡せたそうです。
現在の境内

昔はここに多くの茶店が立っていました。愛宕山からの景観。当時は東京湾まで見えました。

境内には「桜田烈士集結の地」碑も建てられています。
安政七年(1860)、桜田門外で時の大老・井伊直弼を暗殺した水戸浪士たちが、襲撃の前にこの愛宕神社に集結し、神前祈願を行ったそうです。
「いろは」の時代より八年前の出来事です。幕末の動乱の幕開けともいうべき事件ですね。
第5話で登場した「天狗党」の残党も水戸藩の浪士たちです。
すべての動乱の始まりもこの地からでした。

夏休みを利用し、皆様も「いろは」ゆかりの地を廻ってみてはいかがでしょうか?
耀次郎の息吹が感じられるかもしれませんね。

それでは、今回の講義はこの辺で。


関口敦彦(設定制作/サンライズ)


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