
駆潜艇第一三号型『第二五号駆潜艇』
(昭和17年1月31日 横浜)
Jun 31,1942
Type13 Submarine Chaser "No,25" in Yokohama.
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艦の大小にかかわらず任務があり
船乗りにはそれぞれの戦いがありました
自分たちのおじいさんの世代が、みんな戦艦『大和』に乗り組んでいたわけではありません。
このクラスの駆潜艇本来の任務は沿岸での潜水艦の駆逐ですが
開戦による慢性的な護衛艦不足から水上護衛戦に投入されます
小さな船体で外洋に出て、輸送船団を護衛するわけです
歴史は日本海軍の水上護衛戦を「失敗」としています
そもそもこんな小さな船までかり出されるような戦況ですから
「もうちょっとなんとかならなかったのか」とも思います
しかし、こうやって小さな駆潜艇の写真を時間をかけてなぞっていると
未来人の自分が結果論だけ聞きかじってどうすんだ?と
それだけでは歴史から学ぶ事にはならんのだろうなと
単純な自分に反省です
当たり前ですが、船の大小でその戦いやそこで生きた方々の価値が
変わる事はありません
彩色作業も、手数が増減するわけでもなく、小さな船だから簡単に仕上がるわけでもありません
マクロもミクロ、ミクロもマクロ
呪文みたいですがそんな感じです。
*画像は竣工一ヵ月後の艦影で、この年の夏にはアメリカ潜水艦の雷撃により沈没しています
コメント
コメント一覧 (3)
駆潜艇や海防艦などの 小さな艦艇に乗り組んでおられた方は 気が休まる時が無かったのではないでしょうか。 戦艦乗組の方とは質の違う戦争を戦われたような気がします。 それにしても こんなに小さな目標に魚雷を当てる米潜水艦には言葉もありません…。
遠洋のマグロ漁船よりは大きいですが、マグロは魚雷を持ってませんし
海上自衛隊は世界有数の対潜作戦遂行の能力を持っているようです
二次大戦の教訓が生かされているわけですが
現代の海の安全を支える基礎をつくってくれた先達には感謝しないといけないですね