
6月24日のサラエボでの皇太子暗殺事件を受け、半旗を掲げるヴィリブス・ウニーティス級戦艦『プリンツ・オイゲン』
(大正3年7月)
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ハプスブルグ家によるオーストリア帝国
神聖ローマ帝国の流れをくみ、650年続くこの国は「イギリス」「フランス」「プロイセン」「ロシア」と並ぶ五大国で、これを列強と呼びます
プロイセンとの勢力争いに敗れ、衰退を始めたオーストリアは
その後、領域内のハンガリーに自治権を認めオーストリア=ハンガリー二重帝国となります
それでもまだ広い領内に多数の民族、言語、宗教を抱えた多民族国家であり、「世紀末ウィーン」と呼ばれた文化の爛熟期にも、帝国の不安定化は進みました
1914年、過激化する民族主義運動から、サラエボで皇太子暗殺事件が発生
暗殺グループの背後にあったセルビア政府に対し、帝国は宣戦布告を行います
このとき、複雑な同盟関係で結ばれていた欧州各国は、それぞれの思惑から戦争に介入、やがて世界を巻き込む第一次世界大戦へと広がっていきます
そして戦後、敗れた帝国は解体されてしまいます
アメリカやイタリア、日本といった新興国が列強の新たなプレイヤーとして国際情勢に強い影響を持つようになりました
しかし、「第一次大戦以前の世界」の中心は、たしかにこの国にありました
現在ではその領土に海を持たないオーストリアが、なぜ海軍か?と疑問を持つ方がいらっしゃるかもしれません
しかし、当時はクルップに互する重工業を持ち、領海にいく艘もの弩級艦を浮かべる海軍大国でもあったのです
この時期
アドリア海をはさんだ対岸のイタリア王国は、オーストリアと比べると統一したばかりでまだ若く、オーストリア=ハンガリー帝国の海軍はこの新興国と普墺戦争を経て、対峙していくことになります

おたがいの領海であるアドリア海は穏やかで、保有する弩級艦は、ドイツやイギリスといった外洋海軍のものと比べると、喫水の浅い小ぶりなものでした
両国の建艦競争はイタリアは戦艦ダンテ・アリギエーリから始まります

三連装砲塔を四基、軸線上に並べた独特な艦影です
これに対抗して、オーストリア=ハンガリー帝国は同じ三連装砲塔を四基、こちらは背負い式に配置したヴィリブス・ウニーティス級戦艦を四隻建造します

対するイタリアは連装と三連装を混載し、計13門の主砲を搭載したカブール級戦艦を三隻建造、さらに同じ構成のカイオ・ドゥイリオ級戦艦を二隻建造し、計五隻でヴィリブス・ウニーティス級の四隻に対抗します


主砲の数を競うように建造されたこれらの主力艦は、三連装砲塔という特殊な兵装もあいまって、独特な建艦競争となったと思います
しかし、結局これらが砲火を交えることはありませんでした
イタリアは一隻を事故で失った他は健在で、戦後はフランスの新鋭戦艦と対抗することになります
ヴィリブス・ウニーティス級の四隻は、内二隻を魚雷や爆破工作で失われ、残りの二隻は賠償艦としてイタリアとフランスにそれぞれ引き渡されました
解体された帝国は海を失い、オーストリアという内陸国になります
そしてその海軍は役目を終え、国から失われることになりました。
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魚雷艇の攻撃により撃沈された戦艦「セント・イシュトヴァーン」は
その沈没する姿が動画に残されています
ちなみに、イタリアはこの撃沈の日を海軍記念日としています
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長々と書いてしまいましたが、これでもザックリとして物足りません
日本にはあまりなじみの無いこの海軍をあつかった、素晴らしいサイトがありますので 、ぜひご覧になってみてください
「失われたオーストリア・ハンガリー二重帝国海軍」
http://www1.hinocatv.ne.jp/hr-aks5/index.html
第一次世界大戦での地中海の戦いには、実は日本海軍も参加しています
日本ではいまひとつ関心のうすい第一次世界大戦に、少しでも興味を持っていただけると幸いです。
アドリア海をはさんだ対岸のイタリア王国は、オーストリアと比べると統一したばかりでまだ若く、オーストリア=ハンガリー帝国の海軍はこの新興国と普墺戦争を経て、対峙していくことになります

おたがいの領海であるアドリア海は穏やかで、保有する弩級艦は、ドイツやイギリスといった外洋海軍のものと比べると、喫水の浅い小ぶりなものでした
両国の建艦競争はイタリアは戦艦ダンテ・アリギエーリから始まります

三連装砲塔を四基、軸線上に並べた独特な艦影です
これに対抗して、オーストリア=ハンガリー帝国は同じ三連装砲塔を四基、こちらは背負い式に配置したヴィリブス・ウニーティス級戦艦を四隻建造します

対するイタリアは連装と三連装を混載し、計13門の主砲を搭載したカブール級戦艦を三隻建造、さらに同じ構成のカイオ・ドゥイリオ級戦艦を二隻建造し、計五隻でヴィリブス・ウニーティス級の四隻に対抗します


主砲の数を競うように建造されたこれらの主力艦は、三連装砲塔という特殊な兵装もあいまって、独特な建艦競争となったと思います
しかし、結局これらが砲火を交えることはありませんでした
イタリアは一隻を事故で失った他は健在で、戦後はフランスの新鋭戦艦と対抗することになります
ヴィリブス・ウニーティス級の四隻は、内二隻を魚雷や爆破工作で失われ、残りの二隻は賠償艦としてイタリアとフランスにそれぞれ引き渡されました
解体された帝国は海を失い、オーストリアという内陸国になります
そしてその海軍は役目を終え、国から失われることになりました。
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魚雷艇の攻撃により撃沈された戦艦「セント・イシュトヴァーン」は
その沈没する姿が動画に残されています
ちなみに、イタリアはこの撃沈の日を海軍記念日としています
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長々と書いてしまいましたが、これでもザックリとして物足りません
日本にはあまりなじみの無いこの海軍をあつかった、素晴らしいサイトがありますので 、ぜひご覧になってみてください
「失われたオーストリア・ハンガリー二重帝国海軍」
http://www1.hinocatv.ne.jp/hr-aks5/index.html
第一次世界大戦での地中海の戦いには、実は日本海軍も参加しています
日本ではいまひとつ関心のうすい第一次世界大戦に、少しでも興味を持っていただけると幸いです。
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S.M. Schlachtschiff "Viribus Unitis", 1912.

S.M. Schlachtschiff "Viribus Unitis"

S.M. Schlachtschiff "Prinz Eugen", 1913.

S.M Schlachtschiff "Szent István". 10. June 1918

S.M. Schlachtschiff "Prinz Eugen", 1913.

S.M Schlachtschiff "Szent István". 10. June 1918

U-Boote S.M.U-5 at Kotor Bay. 1915

U-Boote S.M.U-14 (Ex-Curie) 1915

SMS Versuchsgleitboot

Lohner flying boat

Austro-hungarian heavy bomber Aviatik 30.07
1916








写真や記事がとてもバランス良くコンパクトにまとめられていて、とても
読みやすいと感じました。
彩色写真はとても迫力があって引き込まれますし、海軍をめぐる歴史にも
興味をそそられる内容で感心しました。
もしよろしければ、こちらのサイトのリンク集にirootoko_jrさんのブログも
追加させていただきたいと考えているのですが、いかがでしょうか?
最初に「失われたオーストリア・ハンガリー二重帝国」を見つけたときは
抜け落ちた部分がつながったような気分でした
ステキなサイトを作っていただいて感謝しております。
最初のリンク依頼から間が開いてしまい、申し訳ありませんでした
まさか直後にこのようなことになるとは思ってもいませんでした
出来る限り平常運転に戻すことがベターだと考えていましたが
踏ん切りがつくまで時間がかかりました
「どうしていいのかわからなかった」のが本音です
こんな感じでムラのある進行ですが、今度ともよろしくお願いいたします。
そう言っていただけると、こちらのサイトも多少なりとも人様のお役に立っているのかな?とほっとした気持ちになります。
またこちらのサイトは震災直後、10日ほど更新を見合わせましたが、
必要以上に自粛にとらわれるのもどうかと思い、平常運転に戻しました。
それが正しかったのかどうかはわかりませんが・・。
というわけで、今後ともよろしくお願いいたします。
Greetigs from Hungary!
Z.