August 11, 2017

「仮説演繹法」という言葉の初出?

以前の「演繹と帰納についてのノート」というエントリーで、「仮説演繹法」という言葉について質問をもらった。

http://blog.livedoor.jp/iseda503/archives/1840017.html

暫定的なお答えとして1889年の本を挙げていたが、さすがにそれが初出ということはなかった。

その後、やはりgoogle ngram先生の助けを借りながら探したところ、見つかったもっとも古い用例はドイツの哲学者フリードリヒ・ランゲの『唯物論史』およびその英訳である。

Lange, F.A. (1866) Geschichte des Materialismus und Kritik seiner Bedeutung in der Gegenwart. Baedeker.
(English translation: The History of Materialism and Criticism of Its Importance, vol. 1, 1877, Trubner.)
原著初版 97ページ
https://archive.org/details/geschichtedesm00lang
英訳(1877年版)277ページ
https://archive.org/details/historyofmateria01lang

この箇所では、デカルトが仮説をたて、それによって現象を説明する、という形で、仮説を経験によってテストしたことをもって「仮説演繹法と呼んでもよい」方法と呼んでいる。原著の方では"Diese Methode, die man als die hypothetisch-deductive bezeichen kann"(この、仮説演繹法として呼ぶことができるような方法」という表現が使われ、他の箇所にもhypothetisch-deductiveという言葉が登場する。1877年の第二版からの英訳でこの箇所がhypothetico-deductive methodと訳されている。
ここでいう「演繹」が、前のエントリーで問題とした古い用法(一般から個別への推論)なのか新しい用法(前提が真なら結論も真であらざるをえない推論)なのかはこの文脈だけからはわからないが、時期からいえば新しい用法とは考えにくい。

しかし、英語での類似表現の初出はランゲの英訳ではなさそうである。一年はやい1876年のシジウィックの論文に似た表現が登場する。

Sidgwick, H. (1876) The Theory of Evolution in its Application to Practice, Mind 1, pp. 52-67.
http://www.henrysidgwick.com/2246857theoofevolpract.pdf

このp.64で"hypothetical-deductive use of the theory of Natural Selection"という表現が登場する。
こちらの用例は自然選択という仮説から道徳感情が進化するという予測を導き出すという文脈で使われている。シジウィックが意識していたかどうかはともかく、これは(ある特徴をもった集団が生き残りがちである、という)確率的推論であり、現代的な意味での「演繹」ではない。ここでは、時期からいっても内容から言っても、「一般から個別への推論」という意味で「演繹」という言葉を使っていると推測される。

シジウィックがランゲを原書で読んでこの言葉を使ったのかどうかはわからないが、『唯物論史』はかなりよく読まれた本のようなのでその可能性はなくはないだろう。

hypothetico-deductive, hypothetical-deductive, hypothetisch-deductive のこれより古い用例をご存知の方はご連絡いただければ。



iseda503 at 17:45|PermalinkComments(0)

April 05, 2017

vegetarianの語源

田上孝一さんから『環境と動物の倫理』をいただいた。
https://www.amazon.co.jp/dp/4780716071
田上さんの環境倫理・動物倫理に関する既発表論文を集めた上に、ベジタリアニズムに関する章が書き下ろされていて、田上さんのこの領域についての考えを知りたい人にとってはかっこうの本となっている。

さて、その本筋とは関係ないのだが、田上さんもまたvegetarianismの語源についてvegetableではなくラテン語のvegetusだという説を採用し、以下のように言っている。

「というのは、今日用いられる意味でのベジタリアンの語源は、ラテン語のvegetusに由来するものだからである。vetetus はvigorousな、活き活きとしてエネルギッシュな様子を意味する言葉である。」(p.107)

「このような本来の意味でのベジタリアンは、1847年創設のイギリスのベジタリアン協会によって造語されたというのが定説である。この時に先駆者たちは自らの立場を、vegetableではなくてvegetusを語幹とする言葉で表明したのである。ところが実際には、オックスフォード英語大辞典には1839年の用法が収められている。実はすでにあったのである。
とはいえ、言葉自体はすでにあったとしても、現在使われている意味はベジタリアン協会によるものである。」(p.108)

つまり田上さんは、1847年の時点でベジタリアン協会を作った人たちがvegetusを語源としてvegetarianという言葉を(すでに使われているのを知ってか知らずか)採用した、と考えているようである。これは近年書かれるベジタリアニズムについての本のほとんどに書いてあることで、とりたてて田上さんがどうこうということではないのだが、強いて言えば学術書という体裁の本でこの説が採用されるのは珍しいかもしれない。


まず、これについては、"Vegetus Myth"というブログ記事が存在する。
http://www.vegsource.com/john-davis/the-vegetus-myth.html
それによれば、vegetarianの語源がvegetusではないかという推測は最初に1879年にVegetarian Messengerというベジタリアン協会の発行物で登場したが、特に根拠は示されていないという。(同じ雑誌の別の号はネット上で見ることができたがこの号は発見できなかった)

ベジタリアン協会自身はこの言葉がどのように導入されたかについてあまりちゃんと語っていない。
初期の歴史については以下のURLでまとめられている。
https://www.vegsoc.org/history
ここでは、1842年のHealthianという雑誌でベジタリアン協会の前身にあたる人たちによって最初に使われた、と言うだけで、何からこの言葉を着想したのかは触れていない。
ありがたいことにHealthian誌もオンラインで読むことができる。
https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=hvd.hx3udv;view=1up;seq=1
該当箇所は34ページから35ページあたりだが、肉食に対する野菜食、果実食の優位を説く文脈で特に何の説明もなくvegetarianという言葉が用いられている。
最初の用例の前に"vegetable diet is by far the more sustentative.”という言い回しがあったあとで

"To tell a man, who is in the stocks for a given fault, that he cannot be so confined for such an offence, is ridiculous enough; but not more so than to tell a healthy vegetarian that his diet is very uncongenital with the wants of his nature, and contrary to reason"(罪のためにさらし台に縛り付けられた人に「そんな罪のために縛り付けられてはならない」と言うのはばかげている。健康的なベジタリアンに、あなたの食生活は本性の要求と適しておらず理性に反する、というのはそれと同じくらいばかげたことである)

というところがおそらく最初の用例である(同じ記事の中であと何回か出てくる)。この段落を素直に読むなら、vegetarianとはvegetable diet を採用する人のことである。
では、ベジタリアン協会が発足するまでに彼らはこの言葉の解釈を変えたのだろうか。1849年(発足の2年後)からベジタリアン協会が発行しはじめたVegetarian Messengerの初期の号はInternet Archiveで読むことができる。
https://archive.org/details/vegetarianmessen01vege
上でリンクした1849年の第一号にvegetarianismの原理が掲載されている(p.2)。

The principle of Vegetarianism, like any element of food, is plain and simple: That man as a physical, intellectual, and moral being, desiring the development of all his faculties to their fullest extent, can best accompllish his desire, by living in accordance with his original constitution or nature, which requires that he should subsist on the direct production of the vegetable kingdom, and totally abstain from the flesh and blood of the animal creation.
(ベジタリアニズムの原理は、食事のどんな要素とも同じく、平易で単純である。肉体的、知的、道徳的存在としての人間は、自分の能力を最大限まで開発したいと欲するなら、自分の本来の組成ないし本性に従って生きることでその欲求を達成することができる。その生き方が要求するのは、植物界の直接の産物を糧にして生きること、そして動物の肉と血を全面的に避けることである。)

この原理の前半部分を見ると、のちのvegetusを語源とするという解釈に繋がる側面がなくはないことが分かるが、全体としてみれば、direct production of the vegetable kingdom を食べて生きるというのがベジタリアニズムの基本的な態度だとこの時点では考えられていたというのが明らかである。

以上の証拠からは、vegetarianismの語源について、1840年代の協会創設者たちの意識の問題としては、vegetus説をとるのは難しい、と結論せざるを得ないように思われる。

ただ、現在のベジタリアニズムについて述べるときに、vegetusに由来する、というのは必ずしも間違いとはいえない。現代のベジタリアンが「ベジタリアニズムという言葉はvegusに由来する言葉として使う」と考えて自分をベジタリアンと呼ぶのであれば、そこで一種の言葉の再定義、再創出が行われたわけであり、その人たちを「菜食主義者」と呼ぶのはやはり不適切だということになるだろう。ただ、田上さんのように「この時に先駆者たちは自らの立場を、vegetableではなくてvegetusを語幹とする言葉で表明したのである。」とはっきり言ってしまうと、歴史的な語源の問題に足をつっこむことになり、今回の記事で書いたようなことを問題にせざるをえなくなる。

iseda503 at 17:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

March 30, 2016

プラグマティズム入門についての伊藤先生へのお手紙

伊藤邦武『プラグマティズム入門』をいただいた。



伊藤先生に感想と質問のお手紙を書いたのでここに転載しておく。


伊藤先生

ご無沙汰しております。過日はご著書『プラグマティズム入門』をご恵贈いただきありがとうございました。プラグマティズムのおこりから現代のプラグマティストまでを一気に鳥瞰する本はこれまでなく、新鮮な感銘をうけました。伊藤先生のようなバックグラウンドがなければできないことだったろうと思います。また、最近のプラグマティストについては私自身不勉強で知らないことが多く、勉強になりました。
以下、不勉強ながらに気になったことについてご質問させていただきたく存じます。

(1)まず、ジェイムズとそれ以前の実証主義の関わりについて質問があります。ジェイムズの「純粋経験」論は、一般には中性的一元論の一種と分類されると思いますが、そうするとジェイムズより前に中性的一元論をとなえていたアヴェナリウスやマッハとの関係が気になるところです。とりわけアヴェナリウスは「純粋経験」という言葉を作った当人で、ジェイムズもこの言葉を彼から借用したようですので、素人考えではなんらかの影響関係がないということはないだろうという気がします。それに対して、先生の記述では純粋経験論や中性的一元論をジェイムズが創始したという独創性の面が強調されています。また世間のジェイムズについての研究書一般に、マッハやアヴェナリウスの関係は論じないか、論じても関連性の存在に否定的であることが多いと思います。(注1)これはどういう根拠に基づくことなのか、以前から気になっていたのでこの機会にご質問するしだいです。

 また、87ページでラッセルが「ジェイムズの提唱した中性的一元論」を採用した、という表現をとられているのも気になります。ラッセルは1914年の論文でマッハとジェイムズをこの立場の支持者として対等に挙げており、注においては「マッハの理論は実質的にジェイムズと同じであるように見える」とも述べています。(注2) ジェイムズとマッハの立場の異同をどうとらえるにせよ、ラッセルの形而上学にジェイムズがもっぱら影響を与えたように書くのは、若干プラグマティズムびいきのようにも思えます。

(2)第二点はウィーン学団のアメリカへの導入についての記述です。先生はウィーン学団と古典的プラグマティズムの関係をかなり対立的に書かれていますが、それはジェイムズとカルナップを比較するからそうなったのではないか、という印象を持ちました。

具体的には、124-126ページにかけての節で、論理実証主義と古典的プラグマティズムの相違点として、事実と価値の二分法を受け入れるか否か、という点と認識における全体論に価値を見出すかどうか、という二点が挙げられています。カルナップやエイヤーの論理実証主義はたしかにこれらの点でジェイムズ流のプラグマティズムと対立するかと思いますが、ノイラートは科学の実践性を強調しましたし、さまざまな分野が協力するためにこそ統一科学(統一的な言語)が必要だと主張していました。認識論においてノイラートの船の比喩に象徴されるような全体論をとっていたのもよく知られているところです。ではノイラートが論理実証主義の中で異端だったかといえばそうもいえず、統一科学運動をリードしたのはノイラートです。最近論理実証主義の歴史については多くの研究がなされるようになってきましたが、そこでもアメリカのプラグマティストや左翼活動家たちによって(ノイラート流の)論理実証主義がプラグマティズムを補完するような存在として歓迎されたという分析がされることが多いと思います。(注3)

他方、古典的プラグマティズムといっても、パースのプラグマティズムが事実と価値の関係や認識的全体論の問題についてカルナップと対立したかというと議論の余地があるのではないかと思います。少なくとも、”How to make our ideas clear”で提示された、合意の収束点としての真理という考え方には有用性などの実践的な考慮は明示的にはからんでこないように見えます。そういうことを考えると、パースやカルナップのような理論派とジェイムズやノイラートのような実践派がプラグマティズムにも実証主義にもいた、というようなまとめ方の方がしっくりきます。わたしはパースについてそれほど詳しくありませんので、これについてもわたしの誤解でしたらその旨ご教示いただけましたら幸いです。

また、細かいことですが、122ページで「彼らの思想は新大陸においては「ウィーン・シカゴ学派」と呼ばれるようになった」という記述をされていますが、これだと周辺の人々がそう呼んでいたように読者が受け取ると思います。わたしの理解ではこの呼び方は日本での紹介に際して作られた表現で、英語圏でこれに類する表現はほとんど使われていないようです(ちょっと調べましたが英語圏での用例が発見できませんでした)。 (注4)実際、アメリカ移住後の論理実証主義の拠点をシカゴと見なすのは、特定の時期のカルナップに偏重した史観のような気がします。

(3)次に、パトナムの紹介のしかたについて少しお伺いしたいことがあります。内的実在論の不十分点として、177ページで「世界についてのもっとも詳細で完全な記述や描写、という概念がそもそも意味がある概念かどうか」「その達成の可能性を問うことに意義があるのかどうか」に「正面から答えようとしていない」ということを挙げておられます。しかし、先生が想定しているのと少し違う角度からだとは思いますが、パトナムのいわゆる「中期」の哲学はまさにこうした問題を扱っているように思います。パトナムが内的実在論の基礎においたのは、レーヴェンハイム=スコーレムの定理や並べ替えの議論を使った、「言語は意図する解釈を特定することができない」というテーゼです。内的実在論はこのテーゼの不可避の結論として出てきます。われわれが世界についてどんな記述をしようが、その記述が世界とどう対応するか(個々の名前や述語が世界におけるどういう対象や関係を指し示すか)は原理的に決まらないわけです。そうすると、世界についてのもっとも詳細な記述とか完全な記述などという概念にはそもそも意味がないことになるでしょうし、そんな記述の達成の可能性はないということで決着がつくはずです。そういう点を紹介せずに177ページのような書き方をするのはパトナムに対してアンフェアなようにも思うのですがいかがでしょうか。

そのすぐあとの箇所ですが、178ページで真理のデフレ理論のデフレーションというところに「価値の切り下げ」という表現をされているのも少し気になります。パトナムにせよ、真理のデフレ理論の支持者にせよ、真理というものを切り縮めているのは確かですが、それは真理というものの価値が少なくなるのかどうかというのとは独立の問題だろうと思います。特に真理のデフレ理論が真理というものの価値についての立場であるような誤解を与えるのはどうかと思います。真理の価値が世界との対応にあると思っている人にとっては、真理が世界との対応というニュアンスをなくすことで真理の価値が減るでしょうが、そういう立場をとらないならデフレ理論をとっても真理の価値がまったく減じないということは十分ありえます。

とりあえず一読して気になったのは以上の点です。また何かの折にでも、ご教示いただけましたら幸いです。

注1   LamberthのWilliam James and The Metaphysics of Experienceでは、ジェイムズの1890年代のノートを使って、純粋経験という言葉をアヴェナリウスからもらってきたことがほぼ間違いないことを示しながら、単に言葉を借りただけだ、という見解に落ち着いています。

注2 Russell, B (1914) “On the nature of aquaintance II: neutral monism” The Monist 24, 161-187.  p.162, n.1.

注3 G.A. ReischのHow the Cold War Transformed Philosophy of Science などが代表だと思います。

注4 おそらくこの表現の初出と思われる篠原雄『統一科學論集 : ヴィーン・シカゴ學派の思想と理論』(創元科学叢書1942)の訳者序で以下のように述べられています。「そしてこのマッハの伝統をひくヴィーン学団の研究はその主動的中心の一人であるカルナップが最近シカゴ大学に拠るに及んでプラグマティズムの流れを汲む同地の傾向と合体し、ここに極めて興味ある展開を示した。私は、そこで仮にヴィーン・シカゴ学派の名称を以って彼らを呼ぶこととしたのである。」

iseda503 at 14:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)