June 01, 2018

「いただきますの倫理」はいつごろ広まったのか(2)

前記事のつづき。


6 1998−1999の言及

1998年、1999年の記事においても、1997年までの記事と大きく傾向が変わるわけではない。ただ、いくつか注目すべき記事はある。
朝日新聞 1998年12月19日岡山版「ごみ テーマでおしゃべり」という記事内で、63歳の主婦からの投稿として以下の文章が掲げられている。

 私が常に心がけていることは、(1)安いからといって必要以上の食料品を買わない。料理するにも残るほど作らない。子供のころ親から教えられていたのは、「食事することは食物の命をいただくこと」。もったいない気持ちが先に立つ(2)ごみ出しの日は、ごみを小さく切ったり、折りたたんで量を少なくする、など。

この記事の注目すべき点は、「命をいただく」ことと「もったいない」という概念の結びつきが指摘され、食材を無駄にしない、という、「いただきますの倫理」の4つめの要素の一部がそれと結び付けられているところである。もちろん、この投稿がこの考え方のオリジナルということではなく、この考え方がこうしたちょっとした読者投稿にもあらわれるほど広がりを見せ始めている、と解釈すべきだろう。

同紙鳥取版の1999年1月19日の読者投稿欄にも同じ考え方を反映させた投稿がみられる。 投稿者は39歳の主婦である。関連する箇所だけ引用する。

「私たちはたくさんの命をいただいて、自分の命を支えている。いただきます、ごちそうさまでしたは、作ってくれた人ではなく、本来、たくさんの食べ物の命に対して言うものです。食べ物の命を食い散らかしていては、人の命まで粗末にするようになる」と、赤碕高校の先生が講演で話しておられました。

 ここでは「いただきますの倫理」が一つの倫理観であることがかなり明確に提示されている。食べ物を粗末にすることが「いただきますの倫理」に反する、という主張とともに、この倫理が人間に対する倫理とも結びついている、という考え方が(投稿者がきいた高校の先生の話として)展開されている。

7 2000ー2001の言及

2000年になったところで、「いただきますの倫理」の新しい展開が伺えるようになる。
一つは学校での教育実践に「いただきますの倫理」が組み込まれている例が登場することである。
2000年5月10日朝日新聞滋賀版に「アフリカへコメを 彦根の鳥居本小で救援に植え付け」という記事がある。この記事のなかで、この小学校での取り組みについて以下のような説明がなされている。

二年目の活動だが、今年度は初めて導入された「総合的な学習の時間」での取り組み。米作りを通し、食べものや命の大切さを学び、国際協力の精神もはぐくむねらい。勝居源一校長が「『いただきます』の気持ちを忘れず、心を込めて田植えをし、一粒でも多くお米が取れるようにがんばって」と激励した。


この記事でまず気づくのは、これが「総合的な学習の時間」での取り組みだということである。いわゆる「ゆとり教育」が本格的にはじまるのは2002年であるが、総合的な学習の時間は先行的に2000年から取り入れがはじまった(らしい)。米作りはかっこうの題材だったわけである。「いただきます」の気持ちが具体的にどういう気持なのかは説明されていないが、「食べ物や命の大切さ」を受けた発言だということからすれば、本稿でいうところの「いただきますの倫理」を想定していると推測される。ただ、その後のさまざまな同種の取り組みと比べ、肉食ではなく米食についてこの考えが適用されているところもまた注意すべきポイントだろう。

また、2001年1月24日付け読売新聞朝刊では、「食農教育、各地で工夫あれこれ 飼育・栽培し食べる」という記事でいつかの取り組みが紹介されている。ここでも、2002年から本格実施される「総合的な学習の時間」との関係で「食農教育」が注目されていることが紹介される。
紹介されているうち、長野県の実践では米作りの授業実践について、協力者が「自然がつくった米をいただいて、自分たちの命があるのだということを感じ取ってくれた」というコメントをしているほか、「信州大学教授(教育実践学)の土井進さん」が以下のようにコメントしている。

「生活の中で食物が育つのを見る機会がなくなった。だからこそ育てて食べるという体験を通じてものには命があること、自然の恵みによって自分が生きていることを体感する必要がある」

また、同じ記事の中で、新潟県の小学校でホルスタインを飼育して農家に買い取ってもらったという実践も紹介されている。この実践について、記事では以下のように付け加える。

最後に、飼っていた牛ではないが、牛の骨を使ってポトフを作って食べ、子どもたちは「いただきます」という言葉の重い意味をかみしめた。

これは、「いただきますの倫理」が肉食についての教育実践と結びついた早い時期の(もちろん三紙で確認できる範囲でであるが)例といっていいだろう。
また、この記事で取り上げられる教育実践が「食農教育」として紹介されていることも注目である。食農教育という言葉自体、この時期に作られたもののようであり、CINII等で検索しても1998年から1999年頃から登場する。この言葉を広める中心となったと思われる『食農教育』という雑誌は1998年に創刊され、同誌の初期の号では「総合的な学習の時間」が繰り返し特集されている。
http://www.ruralnet.or.jp/syokunou/side.htm
この雑誌は「いただきますの倫理」を組み込んだ教育実践を広める上で積極的な役割を果たしたとおもわれるので、また別途分析の対象にしたい。

もう一点、この時期の新聞記事での注目事項は、これまでの記事では断片的だった「いただきますの倫理」が、もう少し整理された形で述べられる例が見え始めることである。
毎日新聞大阪版2000年8月31日朝刊の「[奥村彪生の大胆不敵]男の料理 鶏もつのすき煮 尊い生命に感謝して」という記事である。奥村氏は、記事の肩書によれば「伝承料理研究家」とのことである。この記事のなかで、奥村氏は「いただきますの倫理」を完結に説明している。

生きることは食べること。人間以外の動植物を犠牲にし、その生命(いのち)を頂戴すること。だからあなたの生命いただきますと感謝の念を抱く。もったいないことをしているから余すことはない。


今回検討している3紙の範囲内では、これがもっとも早くに、「いただきますの倫理」の4つの主張を整理した記述のようである(もちろん、奥村氏の著書を調べれば氏自身のもっと早い用例が見つかる可能性は高い)。


さらに、この時期の新聞記事から、著名人による「いただきますの倫理」への言及が見られはじめる。朝日新聞2000年6月28日朝刊では、杉浦日向子が「隠居の日向ぼっこ」という連載の「はこぜん」という項で以下のような記述を行っている。

 「いただきます」とは、膳に供された野菜や肉や魚も、この世に生を受けた命であり、その命を戴(いただ)いて、今日を生きるという確認なのだろう。そのとき食器は、自らの体の延長となる。ひとりぶんの、はこぜんを前にして、命の分け前を有(あ)り難(がた)く戴く。そんな敬虔(けいけん)な食があったと、たまには思い出したい。

著名人が新聞のような広く読まれる媒体で拡散に加わることで、まちがいなく「いただきますの倫理」の浸透は加速したことであろう。






 

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May 29, 2018

「いただきますの倫理」はいつごろ広まったのか(1)

1 いただきますの倫理
日本の文脈で動物倫理の議論、とりわけ肉食をめぐる議論をしている際に無視できないのが「いただきますの倫理」とでも呼ぶべきものである。この倫理は、人によって内容に異同はあるものの、概ね以下のような主張から構成されている。

・人間は動植物の命を犠牲にする(「命をいただく」)ことでしか生きていくことはできない。
・人間はそうして犠牲になった動植物にせめて感謝を捧げなくてはならない。
・その感謝の気持ちを表すのが「(命を)いただきます」という食前のあいさつである。
・この感謝の気持ちの当然の帰結として、食材を無駄にする、食べ残しをするといった行為は許されない。

日本人の間で大変ポピュラーなこの考え方であるが、西洋流の動物倫理(19世紀型動物愛護、動物福祉、動物の権利等)の観点からは大変奇妙な考え方にうつる。「いただきますの倫理」を批判するのが本稿の眼目ではないので簡単にすませるが、西洋流動物倫理の観点からは、だいたい以下のような疑問が生じる。

・「動植物」とひとくくりにするが、犠牲にする相手が意識を持つかどうか、苦痛を感じるかは大きな違いのはずである。それが全く問題にされないのはおかしい。
・少なくとも、意識ある動物をできるかぎり犠牲にしないベジタリアニズムやヴィーガニズムの食生活と、そうした動物も犠牲にする通常の食生活が、「動植物の命を犠牲にすることでしか生きていけない」と一緒くたにされるのはおかしい。
・自発的に犠牲になってくれた相手に感謝を捧げるというのは意味がとおるが、人間が勝手に犠牲にした相手に「感謝」を捧げるというのは「感謝」という概念の意味からしても筋がとおらない。泥棒が被害者に感謝するようなものである。
・いずれにせよ、死んだあとに感謝を捧げられても殺された動物にとっては(幸福や苦痛という観点からは)何のたしにもならない。
・同様に、死んだあとに自分の亡骸をどんなに有効活用してもらってもきれいに食べてもらっても、殺された動物にとっては(幸福や苦痛という観点からは)何のたしにもならない。
・逆に、「いただきますの倫理」が「あとから感謝をし、無駄にしないなら、動物に何をしてもよい」という含意を含むものならば、動物虐待を容認する理屈にもなり得る危険性を持つ。
・動物を犠牲にしていることを本当に気にかけるなら、やはりベジタリアニズムやヴィーガニズムという選択肢をもっと真剣に考えるべきではないのか。

こうした西洋流動物倫理からの疑問に対して、さらに「いただきますの倫理」の支持者から反論があるだろうが、ここではそれには踏み込まない。ここではむしろ、この倫理がいつごろから人口に膾炙するようになったかに興味を持つ。

2 「いただきます」という挨拶の起源
「いただきます」という食前の挨拶そのものがいつ広まったかについては篠賀大祐氏が調査をまとめている(篠賀 2013)。篠賀が紹介する資料の一つとして、戦前の食習慣については、成城大学民族学研究所編の『日本の食文化』が1941年の全国調査を整理出版したものが参考になるが、「いただきます」「ごちそうさま」を言うという地域もあれば、何も言わないという地域もあり、回答はかなりまちまちである(成城大学民族学研究所編1990)。また、1983年に70歳以上の女性を対象に食習慣について聞き取りを行った調査もある(井上ほか 1991)。この調査からは、彼女らの少女時代には「いただきます」がそれほど普遍的な挨拶ではなかったのに対し、時代が下るにつれてだれもが「いただきます」というようになっていく様子がうかがえる。(なお、篠賀氏は成城大学の出版した1941年の調査について、59地域中8箇所がいただきますと言うと答えた、とカウントしているが、わたしがカウントしたところ、58件中、「いただきます」を言うと答えた地域が10箇所、言う人もいるという答えが6箇所、他が42箇所であった。篠賀氏は別のデータを見たのかもしれないが、いずれにせよ、戦前における「いただきます」の普及度合いについて篠賀氏の記述をもとにするとかなり過小評価してしまう可能性があるので気をつける必要がある。)
これらの調査結果から、単純に「いただきます」という挨拶が日本の伝統だと考えるのも、最近になってできた言葉だと結論するのもあまり正確ではないことがわかる。

篠賀大祐(2013) 『日本人はいつから「いただきます」するようになったのか』(Kindle版) Amazon Services International, Inc.
https://www.amazon.co.jp/dp/B00GB1IM7K
成城大学民俗学研究所編(1990)『日本の食文化 --昭和初期・全国食事習俗の記録』岩崎美術社
井上忠司ほか(1991) 「資料編 : 家庭の食事にかんするライフ・ヒストリー調査」国立民族学博物館研究報告別冊 16号243-447ページ
https://minpaku.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=3597&file_id=18&file_no=1


3 もともと誰に対して「いただい」ていたのか

「いただきますの倫理」が定着する以前、「いただきます」の「いただく」対象は、どちらかといえば人間を想定する表現だったと考えられる。たとえば、平成9年度の「農業白書」は「いただきます」の意味についてのコラムをたて、「食う、もらうといった行動に、感謝という気持ちが付加された言葉」と解釈した上で、その内容を以下のように敷衍している。

「禅の修行僧が食事をする時に、心のなかで反省と感謝の意を思い表す「五観(ごかん)の偈(げ)」というものが存在します。このなかには、『功(こう)の多少(たしょう)を計(はか)り、彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る」という言葉があります。これは、「私達がいただいている食事は、いかに多くの人達の手間と労力がかかっているか、その労苦を思うとともに、天地自然の恩恵を忘れてはならない」という意味を表しています。
私達が生命を維持するために属する農畜産物は、変動する自然環境のなかで、農家の人々の努力によって育まれた生物であり、流通段階あるいは調理の過程において様々な人の手を経て享受される」ものです。」(農林統計協会 1998, p.30)

ここでは、確かに「天地自然の恩恵」も言及されているが、主眼は農家、流通、調理といった食に関わる人間への感謝である。
今回の記事ではこうした「人への感謝としてのいただきます」の起源をさぐることは主眼ではないのでこれについて今回は掘り下げないが、この記事が「命をいただく」という、近年の「いただきます」の解説で決まり文句のように使われるフレーズを利用していないことからも、1998年の時点でそうした考え方が一般的ではなかったことが間接的に伺える。

農林統計協会 (1998) 『図説 農業白書 我が国の食を考える 平成9年度』農林統計協会

4 新聞に見る「いただきますの倫理」の流布

「いただきますの倫理」がどのように広まったのかを調べるための一つの手がかりとして、新聞データベースの全文検索を利用してみた。対象としたのは全文検索が可能な朝日、読売、毎日の三紙で、三紙のすべてにおいて全文検索が可能な1986年から、「いただきますの倫理」がかなり定着したと思われる2010年までを対象とした。朝日新聞のデータベース「聞蔵」では週間朝日、AERAの記事もあわせて検索可能であったので、それも含めた。これらのデータベースに対し、「命&いただきます」で検索をかけ、上がった候補のなかから「いただきます」が食前の挨拶として使われ、その「いただく」が「命をいただく」ことだと解釈されているものを抜き出した。また、検索結果に一般読者からの投稿が目立ったため、読者からの投稿の数も別途カウントしてみた。
さらに、「いただきますの倫理」を特徴づける「命をいただく」というフレーズについても検索を行った。この場合も、小児の誘拐事件など明らかに異なる意味で使っているものを除外してカウントを行い、また、読者からの投稿の数も別途カウントした。カウントの際には、ダブルカウントとならないよう、「命&いただきます」の検索語に該当した記事は「命をいただく」の該当数には含めなかった。

この調査は、さまざまな意味で「示唆的なデータ」以上のものではないことを注意しておく必要がある。
・そもそも、こうした明確な形をとらない「倫理観」のひろまりをとらえる手段として新聞記事が優れているとは必ずしもいえない。
・新聞記事のなかにこうした倫理観があらわれた事例の調査としても、今回の調査は表記のゆらぎ(「命」か「いのち」かなど)や別の表現を考慮に入れておらず、行き届いたものとはいえない。また、新聞以外の媒体も検索対象に含めている場合が一部ある(週間朝日、アエラ)ため、新聞記事の調査という意味でも厳格ではない。
・データベースそのものの信頼性も検証されていない(命&いただきますで本当にこれらの語が登場する該当期間内のすべての記事が検索結果として上がっているのかどうかの保証がない)

とはいえ、そうした注意を踏まえて見るならば、十分示唆的だと言ってよいだろう。以下に調査結果を示す。まず以下が集計結果である(クリックで拡大表示されるはず)。

単純集計




数字は左から順に、「朝日新聞で「命&いただきます」で検索して条件を満たすものだけ抜き出したヒット件数」「そのうち読者投稿件数」「朝日新聞で「命をいただく」で検索して条件を満たすものだけを抜き出したヒット件数」「そのうち読者投稿件数」、以下読売と毎日で同様にならんでおり、最後に総計と投稿のみの合計を掲載している。
最後の総計のみグラフ化したものが以下である(上に同じ)。

総計グラフ







グラフから見て取れるように、1980年代(1986年以降)は条件に該当する記事は三紙を通して一件も存在しなかった。1990年代にも「いただきますの倫理」に類する考え方に対して散発的な言及はあるものの、言及数が三紙あわせて10件に到達するのはようやく2000年になってからである。そして、グラフからは、2005年から2006年にかけてもう一段階の盛り上がりを見せていることが読み取れる。これは2000年に総合学習の時間が導入され、食育基本法が2005年に制定された、という教育の変化と深くかかわっていると思われるが、その分析はまたの機会にゆずる。
投稿についての集計結果からは、1998年以降2010年にいたるまで、この問題についての投稿が毎年この三紙のどこかに投稿されてきたことがわかる。特に、2001年などは記事総数10件のうち6件が読者投稿である。ただし、こうした読者投稿の比率が高いかどうか判断するには他の倫理問題についての記事などと比較する必要があるだろう。

5 新聞等における初期の言及の内容

今回注目したいのは、このグラフが上昇し始める前の、「初期」の「いただきますの倫理」への言及である(もちろん、1985年以前については調査していないわけであるから、これを「初期」と呼ぶのはより長期的な調査の結果不適切だと判明する可能性は十分にある)。ここには、「いただきますの倫理」の源泉がどこにあるかの秘密が隠れている可能性がある。

検索にかかったなかでもっとも古いのは1991年03月05日 の『アエラ』の記事である。「ひとり出版の志村俊司さん」と題する記事で、志村氏が山村の住民について述べるなかに「命をいただく」という表現があらわれる。

 「山奥が、つぎつぎ開発され、自然が破壊され消えていく。自分がその恩恵をうけていながら単純に「木を伐るな」「カモシカを殺すな」「クマを撃つな」という都会人にありがちな自然保護の考えには志村は、いささか違和感をもつ。
 彼らは木を1本伐るにも、けものを1頭撃つにも、「山の神」に手を合わせ、命をいただくという気持ちで山に入っていく。けものを語るときも、「あいつ」とか「あの野郎」と、村人を呼ぶと同じような仲間意識だ。」

ここでは、猟師として直接的に命を奪うことを「命をいただく」と形容しており、現在の用例よりは若干狭い可能性がある。

次に登場するのは1993年2月4日の読売新聞への読者投稿である。「生物への敬語なぜダメなの」と題する投稿のなかで、投稿者(15歳、名前から女性と判断される)は以下のように述べる。短く、また興味深い投稿なので全文を掲載する。

「国語の問題集の解説欄に敬語の誤った使い方としてこんな例が紹介されていた。「コイにエサをあげた」。私はこの短文を見て何が間違っているのかわからなかった。
 ところが、説明文に「コイにまでへりくだる必要はない」とある。しかし、この説明は少し違うんじゃないか。
 私は小学生だったから地球上にある生物はすべて共存し合っていると学んできた。人間は、自分たちが地球上の生物の中で一番上の位にあると錯覚しがちだが、他の生物がいなければ生きていくことすらできない。命はどの生物にも等しくある。
 私たちが食前に言う「いただきます」は、料理を作ってくれた人への感謝の気持ちのほかに、その材料となった動、植物に対して「あなたたちの大切な命を頂くかわりに、あなたたちの分も含めて地球を大切にしていきます」という誓いの意味も含んでいるのだ。それなのに、どうして「コイにエサをあげた」では、だめなのだろう。」

この投稿での「いただきます」には「あなたたちの大切な命を頂く」という、現在の「いただきますの倫理」で定番となっている意味合いに加えて、「地球を大切にする」という誓いの意味も含まれているという。用例として現在のような形で定着していないことを示唆しているのかもしれない。

次の用例は毎日新聞の1994年7月14日の記事である。これは童話大賞についての記事だが、童話のなかで「いただきます」といって食事をするトラに関連して、受賞した著者が以下のようなコメントをつけている。

「「いただきます」そう言って私の子どもたちは、毎日トラのようにたくさん食べます。そして、トラよりもたくさんの命をいただいて生きています。
「命は命が支えている」などと言ったところで、子どもは聞いてはくれません。
でも、童話ならどうでしょう。子どもの心に、少しは届くのではないでしょうか。」

これは児童教育の文脈で「いただきますの倫理」に相当する考え方を述べているものとして、その後の多くの用例のはしりとなるものである。

次の用例だが、同じ毎日新聞の1994年6月26日と1995年5月24日に、長野県の山菜採りについての記事があり、両方の記事で、「「山菜を食べることは自然の命をいただくことです」とお年寄りは言う。」というほぼ同じ文が登場する。なぜ1年たって同じ趣旨の記事が再掲されたのかはよくわからない。


同じく1995年には、朝日新聞で京大教育学部教授藤本浩之輔氏の署名記事に「いただきますの倫理」に類似した考え方が登場する(5月10日)。藤本氏は、「いただきます」「ごちそうさま」は「あまりに短すぎるので、掛け声化している」となげき、もう少し長い食前の挨拶をいくつか提案するが、その最後の一つが以下である。

「私たちは、天地自然の大いなる生命によって生かされています。また、多数の人々の力によって生かされています。感謝の心をもっていただきましょう。」

これについて、藤本氏は「これは、われわれ人間に自分の力だけで生きているのではなく、自然や多数の人々の力によって「生かされている」という意識を強調したものである。」という。ストレートに食べられる動植物の生命に言及していないので、ここで言う意味での「いただきますの倫理」にあたるとは厳密にはいえないが、感謝の対象を人間から大幅に広げている点では「いただきますの倫理」につながる面があるといえるだろう。

1997年の3件については簡単に列挙する。
1997年1月21日の朝日新聞で横浜市立若葉台西小学校の教諭が行っている教育実践についての記事中に以下のような記述がある。

「(前略)六年前から、担当する道徳の時間に、子どもたちにこう問いかけてきた。「クモの巣にチョウチョがひっかかっていたらどうする?」
 答えは「かわいそうだから助ける」から、「人間だって魚とか食べて生きているから、そのままにしておく」まで様々。「では、チョウチョは自分の命をプレゼントしてあげていると考えたら?」。子どもたちは、沈黙しながらも懸命に自分で考えようとする。
 「結論は出しません。日常の『いただきます』や『ごちそうさま』が、実は生命をいただいているのに気づいてもらうのが狙いです」」

同紙同年6月13日の記事では佐藤国雄氏が以下のようにのべる。

「我々は動植物、つまり人間以外の魚や鳥獣、草木など、「生きもの」の生命をちょうだいして生きてきた。
 だからこそ、食べる前に合掌して「いただきます」と唱えた。「お命ちょうだいします」という祈りであった。ところが、近代技術で食品が加工されて姿を変え、店頭に並ぶ。勢い、「いのち」に対する考えも遠のく。」

同年6月14日の読売新聞の記事は、臓器移植法案についての記事のなかの言及である。

藤井正雄・大正大教授(浄土宗僧りょ)「宗教的には食事でさえ、生きている命をいただく意識があり、日本には遺骨崇拝もある。多くの反対意見を切り捨てて強行しては、移植医療を台なしにしてしまう。立法は妥協の所産。二案を合体させるべきだ。移植医の合意ではなく、医学界の合意を作ってほしい」


これらの記事からは、「いただきます」というのは「命をいただく」ということである、という結びつけがすでにある程度人口に膾炙しはじめていることが伺える。
ただ、ここまでの用例は、冒頭に整理したような「いただきますの倫理」が全面的に展開されているわけではなく、どちらかといえば「いただきます」と「命をいただく」の言葉の結びつきの指摘にとどまっているものが多い(倫理面を強調している藤本氏の記事は逆に「命をいただく」というフレーズが登場しない)。もう少し発展した形を見るにはさらにあとの時期の記事を見る必要があるが、その作業はまた次回にゆずる。
もう一つ気づくのが、ここまでに挙げられた用例でも、受賞した童話の例をおそらく除いて、すでに存在する考え方について述べる形をとっているということである。つまり、「いただきます」が「命をいただく」という意味であるという考え方自体は、ここで見るような散発的な発言を行っている人々にとって、自分が思いついたものではなく、人からきいたものだと意識されていたようだということは言えるだろう。

次記事へつづく。


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August 11, 2017

「仮説演繹法」という言葉の初出?

以前の「演繹と帰納についてのノート」というエントリーで、「仮説演繹法」という言葉について質問をもらった。

http://blog.livedoor.jp/iseda503/archives/1840017.html

暫定的なお答えとして1889年の本を挙げていたが、さすがにそれが初出ということはなかった。

その後、やはりgoogle ngram先生の助けを借りながら探したところ、見つかったもっとも古い用例はドイツの哲学者フリードリヒ・ランゲの『唯物論史』およびその英訳である。

Lange, F.A. (1866) Geschichte des Materialismus und Kritik seiner Bedeutung in der Gegenwart. Baedeker.
(English translation: The History of Materialism and Criticism of Its Importance, vol. 1, 1877, Trubner.)
原著初版 97ページ
https://archive.org/details/geschichtedesm00lang
英訳(1877年版)277ページ
https://archive.org/details/historyofmateria01lang

この箇所では、デカルトが仮説をたて、それによって現象を説明する、という形で、仮説を経験によってテストしたことをもって「仮説演繹法と呼んでもよい」方法と呼んでいる。原著の方では"Diese Methode, die man als die hypothetisch-deductive bezeichen kann"(この、仮説演繹法として呼ぶことができるような方法」という表現が使われ、他の箇所にもhypothetisch-deductiveという言葉が登場する。1877年の第二版からの英訳でこの箇所がhypothetico-deductive methodと訳されている。
ここでいう「演繹」が、前のエントリーで問題とした古い用法(一般から個別への推論)なのか新しい用法(前提が真なら結論も真であらざるをえない推論)なのかはこの文脈だけからはわからないが、時期からいえば新しい用法とは考えにくい。

しかし、英語での類似表現の初出はランゲの英訳ではなさそうである。一年はやい1876年のシジウィックの論文に似た表現が登場する。

Sidgwick, H. (1876) The Theory of Evolution in its Application to Practice, Mind 1, pp. 52-67.
http://www.henrysidgwick.com/2246857theoofevolpract.pdf

このp.64で"hypothetical-deductive use of the theory of Natural Selection"という表現が登場する。
こちらの用例は自然選択という仮説から道徳感情が進化するという予測を導き出すという文脈で使われている。シジウィックが意識していたかどうかはともかく、これは(ある特徴をもった集団が生き残りがちである、という)確率的推論であり、現代的な意味での「演繹」ではない。ここでは、時期からいっても内容から言っても、「一般から個別への推論」という意味で「演繹」という言葉を使っていると推測される。

シジウィックがランゲを原書で読んでこの言葉を使ったのかどうかはわからないが、『唯物論史』はかなりよく読まれた本のようなのでその可能性はなくはないだろう。

hypothetico-deductive, hypothetical-deductive, hypothetisch-deductive のこれより古い用例をご存知の方はご連絡いただければ。



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