July 21, 2011

ハーツォグ『ぼくらはそれでも肉を食う』

ぼくらはそれでも肉を食う―人と動物の奇妙な関係

Anthrozoologyの本。Anthrozoologyは「ヒトと動物の関係学」と訳すのが日本の学会の名前とも一致していいのだと思う(もっともヒトと動物の関係学会の英語名称はanthrozoologyではないのだが)が、本書ではなぜか「人類動物学」と訳されている。

全体としてのメッセージは、動物に対する態度は、動物愛護の活動家であれ闘鶏愛好家であれその中間のもっと一般的な人であれ一貫していないのが心理的に普通だということで、著者自身による非常に多様な人々に対するインタビューと、さまざまな心理学的知見、社会調査の知見などが紹介されている。自分は「菜食主義者」だと答える人の6割がなんらかの肉を24時間以内に食べている、という調査結果などがおもしろい。

翻訳は、あとで指摘する細かいところを除いては、正確さと読みやすさがほどよく両立されていてよい。学術書であればもうすこし忠実さを重視する方にふれていてほしいが、一般向けの書籍としてはこんなものだろう。ただ、原文より段落の区切りがかなり細かくなっているのはちょっと気になる。パラグラフライティングされている本では、段落を分けるか分けないかでだいぶニュアンスが変わってくるのは山形さんも知らないわけではないだろうに。

大変気になったのが、本書の一番最後の方の処理のしかたである。原書と比べると、翻訳は最後の章が大幅に削られ、独立の章ではなくなってしまっている(原書の9章と10章があわせて翻訳の9章になっている)。第十章のタイトルは「われわれの内なる肉食性ヤフー:道徳的非一貫性を処理する」で、熱心な動物愛護活動家でありながらもどこかで自分なりの線を引いている人々が紹介されている。一貫していなくてもこんな有徳な人になれますよ、というメッセージを最終章で発しているわけで、このあたりの事例は著者にとってけっこう重要だと思われるのだが、翻訳チーム(山形さん?)のお気には召さなかったようだ。もちろん、抄訳であることはあとがきでも断ってあるのだが、結論部の本書全体の印象にかかわるような箇所が省略されていることは触れられていない。
そのかわりにページが割かれているのが山形さんの解説である。山形さんは著者のハーツォグよりだいぶ動物愛護や動物倫理に否定的だ。「なにか巧妙な(と当人は思っている)動物とか知性とかいうものの定義をでっちあげ」「一貫性のあるかに見える人間動物哲学を構築した上で」「正気とは思えない主張をしはじめる」のが動物倫理の本なのだそうである(p.359)。そして、本書の主張のまとめとしては「自分なりにどこかで(恣意的な)一線を引いて、それをもとに適当に折り合いをつけるしかない」(p.363)という主張だという。前者についてはたぶんハーツォグはもっとも極端な立場をとる人以外については「正気とは思えない」とは絶対言わないだろうし、後者については、「恣意的」というところをあんまり拡大解釈されるのは困ると思うだろう。
10章が削られて山形さんの解説が入った全体的な効果として、訳書の読後の印象は原書よりもはるかに動物愛護運動にネガティブなものになってしまうように思う。せっかく原書が動物愛護活動家の悩みを生き生きと描いているのに、訳書の読後感は「ばかなことで悩んでいる奴らがいるな」という程度になってしまいそうである。

以下は細かい誤訳・疑問訳のチェック。
p.35 「結局、選択説が予想していたような」 →「まさに選択説が予想していたとおりに」 意味が逆
p.41 「哲学入門の授業(論理学)」→「哲学科の提供する論理学入門の授業」 Philosophy 101 (Logic)のニュアンスとしては「哲学入門」はちょっと不適切
p.61 「魚くさい友だち」→「お魚の友だち」 文脈からいってネガティブなニュアンスがあると変。ついでに、その前の段落で原書ではPETAが魚のことを「海の子猫たち」と呼ぶ話が紹介されておもしろいのに削られているのは残念。
p.78 「エシック・プリンシプル(ルビ)」→「エシカル・プリンシプル」 そもそもルビいらないと思いますがつけるなら正確に。
p.215 「政府と距離を置いた関係」→「政府に手の届く関係」 at arm's lengthはどちらにも訳せると思うがここはあとの文意から政府への影響力を保つというニュアンスだと思われる。
p.233 「アダプション(ルビ)」 → ルビ無し  原文はadaptiveで名詞形じゃないのに無理に名詞形のルビを入れる理由が分からない。しかもadaptiveの名詞形のカタカナ表記ならアダプテーションの方が普通だろうし。
p.250 純粋菜食主義者(ヴィーガン)の説明がわかりにくい。ヴィーガンの定義に直接関わるのは、乳製品や卵など肉以外の動物由来食品を摂取するかどうかで、衣類などは定義には関わらないはず。
p.250 真の菜食主義者、まともな菜食主義者 どちらもtrue vegetarianなのでどちらかに統一しないと混乱する。ヴィーガンを「純粋菜食主義」と訳したのもわかりにくさに拍車をかけている。
p.260 手羽先→ こここそルビで「バッファロー・ウィング」とつけてほしい。名古屋で暮らした人間には「手羽先」と言われても世界の山ちゃんしか思い浮かばない。
p.318 「アメリカ人道協会」 → Humaneという言葉の訳が一定していない。HSUSは同じhumaneでもアメリカ動物愛護協会と訳していたのに。humaneが動物愛護を指すテクニカルタームだというのはピンとこないと思うのでどちらも動物愛護にして、他の部分で訳し分けるようにした方がよかったのではないか。
p.335 「喜びと痛み」 → 「快と痛み」 哲学でよく使われる「快楽」という訳語はちょっと誤解をまねきやすいと思うが、「喜び」は原語のpleasureより精神的なニュアンスが強すぎるようにも思う。
p.337 「レーガンの義務論」→ 「レーガンの権利の議論」 原文でこの箇所にない義務論という言葉をむりに使うことでかえって説明がめんどくさくなっている。
p.338 「類人猿」 →「大型類人猿」 great apeはちゃんと訳してほしい。
p.338 「あらゆる人間」 →「4人の人間のだれに対しても」 人類全体の話ではなく、救命ボートに乗っている四人と一匹の話をしているのがわかりにくくなっている。
p341 「MRI」 → 「fMRI」  functionalがつくかどうかでだいぶ違います
p.346 「頭だけに頼るのがいかにダメかはこれでわかるだろう」 →「頭だけに頼ることについてはこのくらいで十分だろう」  原文はso much for ~  。 微妙だが訳者のバイアスが色濃く反映された「訳しすぎ」だと思う。





iseda503 at 01:15│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント

1. Posted by 山形浩生   July 21, 2011 17:30
ご指摘ありがとうございます。

まず、翻訳書というものの製造プロセスを何か誤解なさっているのではないかと存じます。訳者(山形)が何から何まで決定するわけではありません。段落分け、ルビの使い方などは、編集上の意向も当然加わります。また段落の長さなどは、日本の想定読者層にあわせて適時変えることは、読みやすさのために必要な処理です。

また、どこを削るかについては、原著者の了解をとっております。したがって本の現在の形は、著者の意図を完全に反映したものです。それを、山形が己の勝手な偏見を押しつけるべく恣意的な改変をして原著をゆがめた、と言われるのは不当な言いがかりです。

だから削除部分については、基本的にはそれを了承した著者に対して不満を述べられるべきだと考えます。そして著者がそれを了承したということは、貴殿が考える重要ポイントを著者が必ずしも重視していない可能性もあることをお考えいただければ幸いです。

 また、ぼくの解説は別に著者の代弁ではありません。今の日本の読者を相手にした、別の文です。ぼくは読者がその程度の区別はできると信じていますし、多少強い書き方をするのも、著者の見解とのちがいを際だたせるための処理ではあります。

各種のまちがいのご指摘に関しましては、感謝いたします。近々正誤表に反映いたしますので。ありがとうございます。
2. Posted by iseda   July 24, 2011 01:25
山形様
どうもお返事ありがとうございます。

翻訳がチーム作業で、編集者の意向もかなり反映されるのは存じています。パラグラフライティングの話で山形さんの名前を出したのは、チームの他の方のことはよく存じませんが、少なくとも山形さんはご存知だろうに、という意味でした。また、読みやすさのために改行を多くしていることはよく理解しております。その上でなおそこは忠実であってほしいという感想です。

「削除部分については、基本的にはそれを了承した著者に対して不満を述べられるべきだと考えます。」というのはちょっと開き直りすぎではないでしょうか。削除の提案をされたのは日本の翻訳チームなのですよね?「日本の読者はこんなの読んでも退屈だ」とか言われたら、まあよほどのことがないかぎり著者も翻訳チームの判断を尊重すると思います。こういうシチュエーションで著者に責任を丸投げするのにはちょっとびっくりしました。

「著者の見解とのちがいを際だたせるための処理」として強い書き方をされたということについては納得しました。ただ、解説の中身で著者の立場との対比という形にはなっていないので、「こういう立場の山形さんがほめてるくらいだから著者も似たような立場なんだろうな」という先入観を持たせるような作用はあるかもしれません。

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