January 23, 2016

フォードピントの「内部メモ」は技術者倫理教育でどう語られているか

フォード社が1970年代に発売していたピントが追突されたときに燃料タンクに引火して炎上しやすい構造上の欠陥を持っていて、死亡事故の被害者に訴えられた、というエピソードは技術者倫理の教科書を中心に広く語られているので、聞いたことがあるという人が多いだろう。さらに、その欠陥設計を修正するためのコストがたいしたことがないにもかかわらず、フォードが内部で費用便益分析をして、安全対策をしない方が安上がりだという判断をした、という逸話もよく取り上げられる。さらには、その証拠のメモなるものの具体的な計算式を見たことがある人もけっこういるだろう。しかし、実はこのメモについて流布している「定説」はかなり事実と異なることがだいぶ前に指摘されている。私自身、これは過去の話だろうと思っていたら、意外にまだ現在の話だったことに気づいて、最近の教科書での記述をちょっと整理することにした。

1 背景
1-1 日本への「定説」の紹介
技術者倫理の事例としてのフォードピントの事例はHarris, Prichard and Rabins の『科学技術者の倫理』(日本技術士会訳、丸善 ,1998、以下『科学技術者』) を経由して日本に広まった。日本で技術者倫理教育の導入がはじまった際、日本語で読める教科書はこれしかなく、技術者倫理教育関係者のほぼ全員がこれを読んだと思われる。
この本での「メモ」に関する記述をまず確認する(この前にピント自体についての説明や安全試験の結果などについての記述があるがそこは割愛)

pp.208-209
「連邦政府はガソリンタンク設計への規制の強化を推進していたのだが、ピント車はその時点で適用可能なすべての連邦安全基準に明らかに適合していた。J.C.エコルドは、フォード社の自動車安全ディレクターであって、「衝突による燃料漏れと火災にともなう死亡者」と題する研究を発表した。この研究の主張によれば、その設計を改善する費用(1台11ドル)は、その社会的な受益を上回るという。その報告の注記に述べられた費用と受益は、つぎのとおりである。

<受益>
節約 熱傷死者 180
   熱重傷者 180
   車両炎上 2,100
単位費用 $200000/死亡者
     $67000/負傷者
     $700/車両
合計受益 180×$200000+180×$67000+ 2100×$700= 49.15百万ドル

<費用>
販売 乗用車 1,100万台
   軽トラック 150万台
単位費用 $11/乗用車
     $11/軽トラック
合計費用 11,000,000×$11+1,500,000×$11=137百万ドル

死亡者、負傷者、および損害車両の数の推定は統計的研究による。人間の生命の損失 $200, 000ドルは、全米高速道路交通安全管理局の研究によるもので、死亡者の社会的損失はつぎの計算によっている。

<要素>  1971年費用
将来の生産性損失
直接  $ 132, 000
間接    41,300
医療費
病院  700
その他  425
財産損害 1,500
保健管理 4,700
法的および裁判所 3,000
雇用者損失 1,000
犠牲者の苦痛 10,000
葬儀 900
資産(失われた消費) 5,000
その他事故費用 200
合計/死亡者 $200,725 」

二つ目の人間の生命損失の計算については、『マザー・ジョーンズ』の記事「ピントの"狂気"」が出典としてあげられている(この記事についてはまた稿をあらためて紹介する)。
よく読むと、『科学技術者』の記述は「定説」の中では若干良心的であることが分かる。このメモが内部文書ではなく「発表」されたものだという点、損失の側の数値が損害賠償費用ではなく高速道路交通安全管理局の計算した「社会的コスト」の値だということを明示している点はよい。しかし、この書き方では、この文書がピントについての文書であるという印象をぬぐいがたく持つであろう。

1-2 より正確な情報の紹介
ほどなくピントの事例については、『科学技術者』の紹介をはじめとする技術者倫理業界での理解に問題があることが指摘されるようになってきた。日本でその役割を担ったのが南山大学の杉原桂太さんだった。
杉原桂太(2004)「技術者倫理を捉えなおす ---公衆の安全、健康、福利のために何をすべきか---」『社会と倫理』17号、153-170。
この論文で杉原さんはチャレンジャー号事故の事例やピントの事例が不正確な形で教訓化されて教育に利用されていることを指摘している。特に、ピントの「メモ」については、Lee and Ermann 1999という論文を利用しながらかなり詳細に論じている。他の2つの誤解について論じたあと、杉原さんは以下のようにLee and Ermannの主張をまとめている。

p.162
「(三)に関して問題になるのは、「衝突事故がもたらす燃料の漏洩と火災による死亡事故」だろう。リーとアーマンは、規制者の立場にあったNHTSA [引用注:先ほどの『科学技術者』での記述にも出てきた全米高速道路交通安全管理局の略称]に影響を及ぼすためにフォード社の規制対策部によってこの資料が書かれていることを指摘する。この分析が同社の技術部門の活動を左右したということはなかった。これは社内向けに作成されたのではなく、フォードの技術者やリコールに関わる意思決定者には送られていない。技術的設計と安全にかんする責任者はこのレポートの存在を、1977年にダヴィが曝露するまで[引用注:これもさきほど名前を挙げた「ピントの"狂気"」という記事のこと]知らなかった。そして、このレポートがピントの設計上の意思決定に影響を与えたことはありえない。なぜなら、最初のピントが販売されてから3年後に書かれているからである。さらにリーとアーマンは、「衝突事故がもたらす燃料の漏洩と火災による死亡事故」の分析対象がピントでないことに注目する。この資料は米国のすべての車メーカーによって販売される自動車と軽トラックについて言及している。そして、燃料タンクの統合性にも後部衝突におけるタンクのの堅剛性にも言及していない。横転時に破れーたーなどから燃料が漏れるのを防ぐためにバルブを備え付けることをNHTSAが提示していることのみについて書かれている。」

なお、杉原さんが利用している論文はこちら。ネット上にpdfをあげている人もいる模様。
Lee M.T. and Ermann, M.D. (1999) "Pinto "madness"as a flawed landmark narrative: an organizational and network analysis" Social Problems 46, 30-47.

つまり、このメモは内部文書ではなく、ピントの設計より何年もあとに、設計者と違う部署で作られた文書であり、全米におけるありとあらゆる車種の自動車の規制に関する文書であり、しかも追突炎上ではなく横転時の炎上についての計算である。むしろこれだけ無関係なものがなぜピントについてのメモとして出回ったかの方が不思議だが、それについてはまたあとで紹介する。

杉原さんは黒田ほか編『誇り高い技術者になろう』(名古屋大学出版会、2004)でもピントに関する箇所を担当し、Lee and Ermannを引きつつ定説とかなり異なる記述を行っている。

2 現在の日本での紹介
『科学技術者』の翻訳出版からかれこれ20年近くがたち、杉原さんによる注意喚起からも10年以上が経つ。2004年より前に出たテキストがピントのメモについてHarrisらの紹介を受け売りにするのはしかたがない面があるし、その後も杉原さんの指摘にしばらく気づかないということは十分ありうる。しかしもう最近になれば少なくとも技術者倫理教育関係者はだれもが知っている公知の事実になっているはずである。しかし、ここ数年に改版された定番教科書を見ても、けっこう昔ながらの記述が目につく。以下、過去5年ほどに出版ないし改版された教科書から、とりあえず手に入るものについてピントのメモについての記述を確認していく。どの事例においても、メモに関する箇所のみを抜粋している。

2 -1 定説派
まず、一番流布する定番のストーリーを提示する教科書の一群がある。とりわけ影響力が強い教科書の最新版が含まれている。

2-1-1斉藤了文ほか編『はじめての工学倫理 第三版』(昭和堂、2014年)
pp.22-23
「フォード社の自動車安全ディレクターは、ピント1台につき11ドルの費用をかければ設計を改善することができると知っていたが、この設計改善費用が社会的受益を上回るという趣旨の報告書を提出した。この報告書を作る際に参考となった数字は以下のものであった。
(11ドルの設計改善費用をかけた場合の受益)
節約 焼死者数  180人
   車体炎上による重傷者数 180人
   炎上車両数 2100台
単位費用 死亡者1人につき 200000ドル
     負傷者1人につき 67000ドル
     援助得車両1台につき 700ドル
合計受益 180×200000ドル +180×67000 ドル+ 2100×700ドル= 4915万ドル

(11ドルの設計改善にかかる費用)
販売車数 乗用車 1100万台
     軽トラック 150万台
単位費用 乗用車1台につき 11ドル
     軽トラック1台につき 11ドル
合計費用 1100万台×11ドル+150万台×11ドル=1億3700万ドル

このようなわけで、フォード社は、利潤を追求するという市場経済の原理にしたがって、賠償保険料を支払ってもピントを売り続ける方が利益になると判断した。」

それまで翻訳しかなかった工学倫理教科書の世界に最初に日本語の教科書として登場したのが『はじめての工学倫理』(以下『はじめての』)だった。ピントのメモに関する箇所は2001年の初版以来同じ文章が使われている。ピントのメモについての「定説」を一番日本にひろめた本ではないかと思われる。
『科学技術者』が典拠として挙げられているが、報告書がどこに提出されたか書いていないために行政に提出されたものだということが分からなくなっている。また、死者に対する「単位費用」が賠償保険料だというのは『科学技術者』には書いていないどころか書いてある計算式と食い違っている。内部資料であれば確かにそう解釈する方が自然だから、うっかり付け加えてしまったのかもしれない。もう一点、4915万ドルは『科学技術者』におけるミスプリで、計算すれば4953万ドルになるのだが、ここはミスプリを(現在の版に至るまで)忠実に受け継いでいる。

2-1-2 中村収三ほか編『技術者による実践的工学倫理 先人の知恵と戦いから学ぶ 第三版』(化学同人、2013)

p.20
「ところが、フォード社の技術幹部は、予想される事故件数と、事故1件あたりの補償金の予想額をもとに、総補償支払額を試算し、これを販売予定の全台数に必要な安全対策費用の総額と比べた。そのうえで、起きる事故に補償金を支払った方が、ガソリンタンクを補強するよりも何倍も得だと結論した。」

技術者の立場から技術者倫理教育をリードしてこられた中村先生のグループの教科書(以下『技術者による実践的』)。この箇所は前身の中村収三『実践的工学倫理 みじかく、やさしく、役に立つ』(化学同人 2003、以下『実践的』) 以来ずっと同じ文章が使われている。
技術者による技術者倫理の授業ではかなり広く使われているはずで、これも『はじめての』とならんでピントのメモの定説を流布するのに一役かってきたと思われる。メモを内部資料ととらえ、そこにおける死者に対する費用を補償金と解釈するのは『はじめての』と同じだが、『科学技術者』にないこうした細部がどのようにしてこれらの教科書に共通して採用されたのかはよく分からない。出版の時期の比較だけでいえば『はじめての』を参考に『実践的』が書かれたとも解釈できるが、共通のソースがあるかもしれない。

2-2 中間派
次のグループは定説よりは実際の事実関係に近い記述がされているものの、定説にひきずられている面やミスリーディングになっている面があるものである。

2-2-1 川村尚登『工学倫理 実例で学ぶ技術者の行動規範』東京電機大学出版局、2011)
pp.28-29
「米国の高速道路交通安全局は、連邦自動車安全基準の301条を強化することを提案していた。この規制は、衝突された車の燃料タンクから漏れ出すことが許される燃料の量を厳しく使用というものだった。ピントは、この数年後に発効する新基準に合格しないことを技術者たちは知っていた。フォードは連邦自動車安全基準の第301条を強化しないよう再考をうながすことを考えていた。
安全担当取締役J.C.エコルドは、「衝突事故がもたらす燃料の漏洩と火災による死亡事故」という資料を提出。車の設計を改善する費用(1台あたり11ドル)が、その社会的利益を上回ると主張した。改善する場合の利益と費用は以下のとおりである。
・利益
救済件数 火災による死亡者 180件
     火災による負傷者 180件
     車両火災 2,100件
単位費用 死亡事故 20万ドル/件
     負傷事故 6万7000ドル/件
     車両火災 700ドル/台
合計利益 4953万ドル
・費用
販売台数 乗用車 1,100万台
     軽トラック 150万台
単位費用 乗用車 11ドル/台
     軽トラック 11ドル/台
合計費用 訳1億3700万ドル
この資料によってフォード社は、規制を強化して得られる社会的利益よりも、規制を強化したためにかかる社会的経費の方が上回っていると費用便益計算にもとづいて主張。ピントを改善することなしに発売し、そのまま販売を続けた。」

本書(以下『実例で学ぶ』)は初版が2011年で、技術者倫理の教科書としては新しい世代に属する。「連邦自動車安全基準の第301条を強化しないよう再考をうながす」というのは『科学技術者の倫理』にはない記述で、当該のメモが作成された理由を著者が調べたことが伺える。また、「利益」が単独の企業の利益ではなく「社会的利益」を指すことが明示されているのも「定説」からの改善である。
しかし、詳しく書いた結果、不正確さが増した面もある。『実例で学ぶ』によるとこのメモがピント発売前に作られたことになるが、ピントの発売は1970年、メモの作成は1973年で、前後関係がおかしい。また、開発チームがこのメモの作成に関わったという書き方はしていないものの、開発に関する決定と密接に結びついていると示唆する形になっている。

2-2-2 藤本温編『技術者倫理の世界 第三版』(森北出版 2013)
pp.56-57
「実は、フォードが行っていたピントの衝突実験では、12回のうち11回に問題があった。当時の自動車安全ディレクターによる「衝突による燃料漏れと笠井にともなう死亡者」という文書(表5.1参照。この文書は、アメリカ運輸省が燃料システムに関する安全基準の改善を提案したのに対して、フォード側が実施の再考を促すために行政官宛に提出した請願書である)によると、設計を改善した場合の損失と受益の計算が行われている。そこでは、1台について11ドルを加算して車を改善する場合とそうでない場合が比較されている。単位費用の項目をみると、「死亡者一人につき20万ドル」とある。
****
表5.1
受益
節約 熱死傷者 180人
   熱重傷者 180人
   車両炎上 2,100台
単位費用 死亡者一人につき 20万ドル
     負傷者一人につき 6万7千ドル
     車両一台につき 700ドル
合計受益 180人×20万ドル+180人×6万7千ドル+ 2100台×700ドル= 4953万ドル

費用(一台に11ドルかけて修理した場合の金額)
販売 乗用車 1100万台
   軽トラック 150万台
単位費用 乗用車一台につき 11ドル
     軽トラック一台につき 11ドル
合計費用 1100万台×11+150万台×11ドル=1億3700万ドル
****
4953万ドルと1億3700万ドルでは大きな差がある。通説によると、フォードはこうした計算にもとづいて、コストがかかりすぎると判断して、設計を改善することはなくピントを発売した。」

『技術者倫理の世界』(以下『世界』)は佐世保高専のチームによる教科書(ただし編者の藤本さんは初版出版後名工大に移動されている)。2002年の初版以来第三版まで改版が行われている。倫理学理論の記述なども充実していると出版当時から関係者の間で話題だった。
この教科書のピントに関する記述は初版から第三版へ大幅に書き換えが行われている。初版では、『はじめての』に近い記述が行われ、メモは内部文書として紹介されていた(賠償費用という書き方ではないが)。
ここに転載した第三版の記述は、かなり事実関係を踏まえて書き換えたものになっている。しかもこのメモとピントの設計の関係を「通説によると」と前置きして紹介していることで、別の解釈があることを示唆し、記述の正確さは増している。
ただし、『科学技術者』と同じく、嘘ではないものの大変誤解をまねく部分があることも指摘できる。『世界』ではこのメモがピントについてのものだという書き方は慎重にさけているのだが、そういう背景知識を持たずに読めば、このメモがピントについての計算だとうっかり思い込んでしまうのは避けがたいだろう。あるいは、ピントに限定しないまでも同様の車の追突炎上についてのものだと読むのは避けられないだろう(実際にはあらゆる車種の、横転時の炎上についての計算)。
実は『世界』第三版はこのあと、「フォード・ピント事件に関する他の見解」と題して、より正確な情報に基づくピント事件の紹介もしている。

pp.59-60
「この事件に関しては、フォード社が全面的に悪いと考える人もあれば、なんら有罪ではないと考える人もいます。前節で述べたストーリーはフォード社は悪いという線に沿っています。次に、それとは異なる見解をご紹介しましょう。そこで問題です。
問題:ピント事件に関する上記のような理解は問題視されることがあります。先の図(表5.1)をもう一度よく見てください。疑いを持って見てみると、どこか変ではないでしょうか。何か疑問は生じませんか。
考察:「販売車数」のところで「軽トラック150万台」とはどういうことでしょうか。「単位費用」の「軽トラック一台につき11ドル」についても同様です。フォード車のピントに軽トラックがあったのでしょうか。そんなことはないでしょう。なぜ、軽トラックが入っているのでしょうか。ここから、そもそも上記の資料はピントを対象としたものではなかったのではないか、という疑問が生じ得ます。実際、この資料はアメリカのすべての車メーカーによって販売される車と軽トラックに関するものである、と見ることができます。(中略)こうしたことから、ピントに関する費用便益分析はなかったのではないか、フォード社は人命と利益を秤にかけて、利益を優先した、という側面からこの事例を理解しない方がようのではないか、という方向へ話が進みます。」

さらに、この箇所への注として、Lee and Ermannと杉原論文の文献情報が挙げられている。つまり、『世界』第三版の著者はこれらの文献を参照した上で先ほどの箇所も書いていたわけである。
定説を疑わせるという構成はなかなか工夫されていて面白い。しかし、これらの論文を読んだのであれば、この文書がそもそもピント発売後に書かれたものであること、開発チームと関係ないところで書かれたものであること、横転についてのものであることなども著者は知っていたはずである。ここでの「考察」のしかたではそういうところまでは見えてこないので、結果として「定説」ではないけれどもそれと大筋でとどまってしまっている。それでもいいと判断したのだろうか。

2-3 正確記述派
今回見た中では、ピントの事例の紹介の中でフォードの計算書に言及しながらも、できるかぎり正確な情報提供を心がけているものもあった。

2-3-1 小出泰士『JABEE対応・技術者倫理入門』(丸善、2010)
p.61
「裁判ではさらに、フォード社の自動車安全ディレクターが、当時、「燃料漏れと火災を引き起こす衝突事故による死亡」という研究を行っていたことが明らかにされた。その研究の中で、今や有名となった、次のような費用-便益分析が示されている。
****
フォード社による費用-便益分析
ガソリン・タンク改善にかかる費用
販売 乗用車1100万台
   軽トラック150万台
単価 乗用車一台あたり11ドル
   軽トラック一台あたり11ドル
総費用 1億3750万ドル
便益
救助 焼死者 180人
   火傷負傷者 180人
   焼失車両 2100台
単価 死亡者1人当り20万ドル
   負傷者1人当り6万7000ドル
   車両一台当り 700ドル
総便益 4953万ドル
****
当時高速道路を利用していたすべての乗用車、軽トラックについて、燃料タンクを改善した場合に、改善に要する費用と、その結果生むと予想される社会的便益が、金銭に換算されて比較されている。この費用ー便益分析によれば、乗用車1100万台、軽トラック150万台に対し、1台あたり11ドルをかけて燃料タンクを改善すれば、それに要する費用の合計は、
11ドル×1100万台+11ドル×150万台=1億3750万ドル
となる。
他方、改善しなければ起こると予想される車両火災を2100台、その事故による死亡者を180人、負傷者を180人と見積もった。全国高速道路交通安全管理局によって提示された、死亡者一人あたり20万ドル、負傷者一人あたり6万7000ドル、炎上した車体1台当り700ドルという社会的損失額の数字を用いて計算すると、燃料タンクを改善しないことにより、車両火災事故が発生し、社会がこうむる損失は、
20万ドル×180人+6万7000ドル×180人+700ドル×2100台=4953万ドルとなる。逆の言い方をすれば、燃料タンクを改善することにより事故を防いで救うことのできる社会的便益の合計は4953万ドルということになる。燃料タンクの改善を行えば、1億3750万ドル-4953 万ドル=8797万ドルの損失となり、改善を行わなければ4953万ドルの損失となる。したがって、結果的な損得だけで考えるなら、燃料タンクの改善は行わないほうが得だと考えることができる。
裁判ではこの資料についてのこうした考え方がピント事件と結びつけられた。その結果、フォード社は尊い人命を金銭に換算した上で費用-便益分析に組み込み、ピントの製造・販売に際しての経営判断において、人命よりも自社の利益を優先したことにより公衆の安全性を軽視したものと見なされ、陪審員たちによって厳しい判決がくだされた。」

かなり長い引用になったが、これはフォードのメモについて正確な記述を期すならこれくらいの記述は必要ということでもある。特に注意してほしいのは最後の方で、「こうした考え方」がピント事件と結びつけられた、という指摘である。つまりこのメモはピントについて直接計算したものではなく、フォードの企業風土を示す間接証拠として裁判に持ちだされたということを指摘しているわけである。
ただ、記述を長くしたことで別の細かい問題も発生している。2つのシナリオを比べる際に、燃料タンクの改善を行った場合の数値で4953 万ドルを引いているのは筋がとおらない。事故がないことで事故損失は単に0になるだけで、4953 万ドルがどこからかわきだすわけではない。
また、提示されている乗用車と軽トラックの総台数を「当時高速道路を利用していたすべての乗用車、軽トラック」と表現しているが、これはそれぞれの販売された台数を示していると思われる。
http://www.senate.michigan.gov/sfa/publications/issues/motorveh/motorve1.html
こちらの統計で見ると1973年の乗用車の販売台数が1100万台程度、1971年の軽トラックの販売台数が170万台で、メモに使われた概数がそのままあてはまる年はないものの、それほど大きく異ならないこともわかる。単年度の販売台数は走行している総台数よりもはるかに少ないはずであるし、設計時の対策の費用なのだからすでに発売されている自動車を含めるのはおかしい。

iseda503 at 02:10│Comments(0)TrackBack(0)

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