プラグマティズム入門についての伊藤先生へのお手紙「仮説演繹法」という言葉の初出?

April 05, 2017

vegetarianの語源

田上孝一さんから『環境と動物の倫理』をいただいた。
https://www.amazon.co.jp/dp/4780716071
田上さんの環境倫理・動物倫理に関する既発表論文を集めた上に、ベジタリアニズムに関する章が書き下ろされていて、田上さんのこの領域についての考えを知りたい人にとってはかっこうの本となっている。

さて、その本筋とは関係ないのだが、田上さんもまたvegetarianismの語源についてvegetableではなくラテン語のvegetusだという説を採用し、以下のように言っている。

「というのは、今日用いられる意味でのベジタリアンの語源は、ラテン語のvegetusに由来するものだからである。vetetus はvigorousな、活き活きとしてエネルギッシュな様子を意味する言葉である。」(p.107)

「このような本来の意味でのベジタリアンは、1847年創設のイギリスのベジタリアン協会によって造語されたというのが定説である。この時に先駆者たちは自らの立場を、vegetableではなくてvegetusを語幹とする言葉で表明したのである。ところが実際には、オックスフォード英語大辞典には1839年の用法が収められている。実はすでにあったのである。
とはいえ、言葉自体はすでにあったとしても、現在使われている意味はベジタリアン協会によるものである。」(p.108)

つまり田上さんは、1847年の時点でベジタリアン協会を作った人たちがvegetusを語源としてvegetarianという言葉を(すでに使われているのを知ってか知らずか)採用した、と考えているようである。これは近年書かれるベジタリアニズムについての本のほとんどに書いてあることで、とりたてて田上さんがどうこうということではないのだが、強いて言えば学術書という体裁の本でこの説が採用されるのは珍しいかもしれない。


まず、これについては、"Vegetus Myth"というブログ記事が存在する。
http://www.vegsource.com/john-davis/the-vegetus-myth.html
それによれば、vegetarianの語源がvegetusではないかという推測は最初に1879年にVegetarian Messengerというベジタリアン協会の発行物で登場したが、特に根拠は示されていないという。(同じ雑誌の別の号はネット上で見ることができたがこの号は発見できなかった)

ベジタリアン協会自身はこの言葉がどのように導入されたかについてあまりちゃんと語っていない。
初期の歴史については以下のURLでまとめられている。
https://www.vegsoc.org/history
ここでは、1842年のHealthianという雑誌でベジタリアン協会の前身にあたる人たちによって最初に使われた、と言うだけで、何からこの言葉を着想したのかは触れていない。
ありがたいことにHealthian誌もオンラインで読むことができる。
https://babel.hathitrust.org/cgi/pt?id=hvd.hx3udv;view=1up;seq=1
該当箇所は34ページから35ページあたりだが、肉食に対する野菜食、果実食の優位を説く文脈で特に何の説明もなくvegetarianという言葉が用いられている。
最初の用例の前に"vegetable diet is by far the more sustentative.”という言い回しがあったあとで

"To tell a man, who is in the stocks for a given fault, that he cannot be so confined for such an offence, is ridiculous enough; but not more so than to tell a healthy vegetarian that his diet is very uncongenital with the wants of his nature, and contrary to reason"(罪のためにさらし台に縛り付けられた人に「そんな罪のために縛り付けられてはならない」と言うのはばかげている。健康的なベジタリアンに、あなたの食生活は本性の要求と適しておらず理性に反する、というのはそれと同じくらいばかげたことである)

というところがおそらく最初の用例である(同じ記事の中であと何回か出てくる)。この段落を素直に読むなら、vegetarianとはvegetable diet を採用する人のことである。
では、ベジタリアン協会が発足するまでに彼らはこの言葉の解釈を変えたのだろうか。1849年(発足の2年後)からベジタリアン協会が発行しはじめたVegetarian Messengerの初期の号はInternet Archiveで読むことができる。
https://archive.org/details/vegetarianmessen01vege
上でリンクした1849年の第一号にvegetarianismの原理が掲載されている(p.2)。

The principle of Vegetarianism, like any element of food, is plain and simple: That man as a physical, intellectual, and moral being, desiring the development of all his faculties to their fullest extent, can best accompllish his desire, by living in accordance with his original constitution or nature, which requires that he should subsist on the direct production of the vegetable kingdom, and totally abstain from the flesh and blood of the animal creation.
(ベジタリアニズムの原理は、食事のどんな要素とも同じく、平易で単純である。肉体的、知的、道徳的存在としての人間は、自分の能力を最大限まで開発したいと欲するなら、自分の本来の組成ないし本性に従って生きることでその欲求を達成することができる。その生き方が要求するのは、植物界の直接の産物を糧にして生きること、そして動物の肉と血を全面的に避けることである。)

この原理の前半部分を見ると、のちのvegetusを語源とするという解釈に繋がる側面がなくはないことが分かるが、全体としてみれば、direct production of the vegetable kingdom を食べて生きるというのがベジタリアニズムの基本的な態度だとこの時点では考えられていたというのが明らかである。

以上の証拠からは、vegetarianismの語源について、1840年代の協会創設者たちの意識の問題としては、vegetus説をとるのは難しい、と結論せざるを得ないように思われる。

ただ、現在のベジタリアニズムについて述べるときに、vegetusに由来する、というのは必ずしも間違いとはいえない。現代のベジタリアンが「ベジタリアニズムという言葉はvegusに由来する言葉として使う」と考えて自分をベジタリアンと呼ぶのであれば、そこで一種の言葉の再定義、再創出が行われたわけであり、その人たちを「菜食主義者」と呼ぶのはやはり不適切だということになるだろう。ただ、田上さんのように「この時に先駆者たちは自らの立場を、vegetableではなくてvegetusを語幹とする言葉で表明したのである。」とはっきり言ってしまうと、歴史的な語源の問題に足をつっこむことになり、今回の記事で書いたようなことを問題にせざるをえなくなる。

iseda503 at 17:14│Comments(0)TrackBack(0)

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